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竹林軒出張所

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『日本人は何をめざしてきたのか (3)』(ドキュメンタリー)

日本人は何をめざしてきたのか
第3回 公害先進国から環境保護へ

(2015年・NHK)
NHK-Eテレ 2015年度「未来への選択」

日本戦後環境史

b0189364_821834.jpg 戦後日本を振り返るシリーズ『日本人は何をめざしてきたのか』の第3回。1960年代から明るみに出始めた公害問題、拡大する被害、それへの対策、政府レベルでの環境問題への取り組みという流れで戦後環境史を辿る。
 日本政府は、高度成長に伴い重化学工業を重視するという政策に乗り出し、各地にコンビナートをはじめとする重化学工業施設を建設していく。だがその過程で、さまざまな重金属、硫化物が環境に放出されたため、人の生活や周辺環境に多大な悪影響が現れ始める。三重県四日市の喘息被害や田子の浦のヘドロ、水俣病やイタイイタイ病などが頻発するのが50年代から70年代にかけてで、こういった環境汚染は「公害」という言葉で表現されるようになる。企業にも政府にも対応が求められるようになり、ようやく政府の重い腰が上がったのが1971年。ときの佐藤栄作政権は環境庁を設立し、公害対策にも積極的に取り組むようになる。
 このような尽力もあり公害対策はある程度改善されるが、一方で市民の側も積極的に行政の政策に対して意見を表明するようになる。そのため各地で環境破壊をもたらす施設に対して反対運動が起こり、その際提唱されたのが「環境権」という概念で、こういうこともあり、日本は徐々に環境保護を是とする方向にシフトしていった。
 やがて深刻な公害を経験した国として、世界の環境問題に積極的に関わることが政府の政策の1つになり、1997年には温室効果ガスの排出規制のための京都会議を開催するまでになる。もちろんまだまだ日本の環境問題には大きな問題が残されているが、これまでの国内の歩みを眺めることで、少なくとも50年前から環境意識が進んでいるということは実感できる。今後も行政、民間を問わず積極的に取り組んでいってほしい(取り組みたい)ものだと思う。温室効果ガスについてはすでに待ったなしの状態である。個人レベルでは、とりあえず自家用車の利用を少なくするところから始めるのはいかがでしょう?
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『水俣病 魂の声を聞く(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『写真は小さな声である(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『青空どろぼう(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『CO2と温暖化の正体(本)』
竹林軒出張所『原発と日本の未来 原子力は温暖化対策の切り札か(本)』
竹林軒出張所『暗闇の思想を(本)』
竹林軒出張所『明神の小さな海岸にて(本)』
竹林軒出張所『母と子 あの日から(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2015-07-31 08:21 | ドキュメンタリー
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