“アラブの春”が乗っ取られる?(2012年・仏TAC Presse)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー
独裁者から自由を獲得したは良いが
ついでに狂信的原理主義者も自由を得た
「アラブの春」で民主化したチュニジアでは、一方でサラフィー主義者と呼ばれるイスラム原理主義者が台頭する。サラフィー主義者というのは、イスラム法(シャリーア)に基づく国家建設を目論む一派であり、言ってみればイスラムの極右勢力で、彼らは民主主義を否定し、女性に対しても差別的である。タリバンや「イスラム国」を連想すればわかりやすい。
サラフィー主義者は、独裁政権下では逮捕され収監されていたが、チュニジアのいわゆるジャスミン革命後、恩赦でシャバに出て来た。しかも武力による現政権の打倒を訴えて、あちこちで騒動を起こしているという。その一方で現政権は、こういった勢力に対して半ば放任状態であり、民主勢力はこういう態度に不満を持っている。
そしてこういう状況はチュニジアだけでなく、リビア、シリア、レバノンでも同様であるというのがこのドキュメンタリーの主張。2015年現在の時点では「イスラム国」がいろいろと世間を騒がせているためそういう状況は知れ渡ってきているが、このドキュメンタリーが製作されたのが2012年であるということに注目されたい。つまり「イスラム国」が今みたいな形になる以前で、かなり早い時期からこういった状況を警告していたわけである。しかもなんと現在の「イスラム国」占領地(もちろんこの時点での自由シリア軍側の前線ではあるが)まで潜入して撮影を敢行しているが、この領域は今となっては危険すぎて入ることができない。この取材中、自由シリア軍からもアサド政権側のスパイではないかと疑われ拘束されたらしく、このあたりの映像は全編緊張感が漂い圧巻である。実際に拘束され殺害されたジャーナリストはこういう手順を経て処刑されているが、それは今の時点で判明している事実であり、取材時にはおそらく知られていなかったんではないだろうか。この取材クルーも一歩間違えていれば、生還できなかった可能性がある(なおその後、リビア、レバノンでも潜入取材を敢行しており、内戦の映像もあった)。
サラフィー主義者は全体の中では少数派のようだが、実際シリアやイラクのようにすでに権力を獲得しつつある地域も存在するわけで、侮ることはできない。レバノンには、シリアに行ってジハードせよみたいなことを言っている煽動家までいて、「お前がいの一番に行けよ」とツッコミを入れたくなるが、こういう人間に煽動されて命を落とす犠牲者はこれからも増えていくだろうし、そういう人間がジハードという名のテロを行えばその犠牲者も出てくる。こういう状況を目の当たりにすると、独裁政権でも無政府状態よりはまだましなのかなどと考えてしまう。いろいろ考えさせられるドキュメンタリーであった。
★★★☆参考:
竹林軒出張所『チュニジア民主化は守れるのか(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『イエメンのアルカイダ(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『バシャール・アサド 独裁と冷血の処世術(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『過激派組織ISの闇(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『追跡「イスラム国」(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『“イスラミック ステート”はなぜ台頭したのか(ドキュメンタリー)』