ナイフの行方 前編・後編(2015年・NHK)
演出:吉村芳之
原作:山田太一
脚本:山田太一
出演:松本幸四郎、今井翼、相武紗季、石橋凌、松坂慶子、津川雅彦
ミステリアスな登場人物たち
山田太一の真骨頂 先日放送された山田太一のドラマ。あまり番宣もなかったんで、あやうく見逃すところだった。前編後編それぞれ1時間15分のドラマで、都合2時間30分。久々の本格ドラマと言える。
ストーリーは、人生に絶望してナイフで通行人に斬りかかろうとする若い男(今井翼)と、それに関わるワケありの男(松本幸四郎)を中心に動いていく。例によっていろいろな人が絡み、話の広がりを生み出す。
主人公のワケありの男(松本幸四郎)は、後半途中までなかなか正体がわからないんだが、これは他の登場人物にも共通で、そのために話はミステリアスに進行していく。見る方は、彼らの素性を知りたいと感じるせいか、ストーリーを一生懸命追いながらドラマに集中することになる。このあたりは山田太一の真骨頂で、衰えたといっても他者の追随を許さない部分である。こういう手法はこれまでも多くの山田作品で使われており、新しいところでは『星ひとつの夜』や『遠い国から来た男』もそうだし、古くは
『深夜にようこそ』、
『春の一族』や
『秋の一族』でも同じ手法が使われている。こういうミステリアスな男の役どころは山田ドラマでは緒形拳が演じることが多かったため、主人公には緒形拳を連想するが、なにぶんすでに故人なので今回は松本幸四郎が演ったという、まあそういう印象である。
この主人公のワケありの幸四郎が合気道の達人で、凶悪化した若い男を押さえつけて骨折させ、自分のうちに連れ帰ってしばらく面倒を見るという具合にストーリーは展開する。なんだかできすぎの話だが、そういうことは見ていてあまり気にならない。シナリオがうまいため、見る側がライターの思い通りに動かされていくから、気にならないということが起こるんだろう。視聴者側が、意識することなくドラマに埋没させられるというドラマは昨今少ないが、このドラマにはそういう要素がある。ナイフ男がテーマになったのは、世間で頻発する同様の事件に対する山田太一の思いが反映されてのことだろうが、ましかし、かなり理想主義的であるのは確か。
登場人物については一様に、それぞれの経歴が明らかにならないまま話が進み謎がずっと続くんだが、主人公とそのかつての友達(津川雅彦)が抱える問題は、最後の最後まで明かされず、いよいよという段階で延々とセリフで語られる。セリフ部分がちょっと長すぎるという印象はあるが、聞くに堪えないことはない。地味目なドラマだがデキは良い。山田太一久々のセンター前クリーンヒットという感じである。
タイトルバックには石田徹也の奇妙な絵が使われていたし、途中のバーのシーンでは、室内に宇野亜喜良風(おそらく宇野亜喜良作品だと思う)のミステリアスな絵がたくさん出て来たりして、演出家の好みなのか脚本家の好みなのかはわからないが、こういう美術作品が独特の雰囲気を作り出していたのも事実である。
★★★☆参考:
竹林軒出張所『深夜にようこそ (1)〜(4)(ドラマ)』竹林軒出張所『春の一族 (1)〜(3)(ドラマ)』竹林軒出張所『秋の一族 (1)〜(3)(ドラマ)』竹林軒出張所『「早春スケッチブック」、「夕暮れて」など(ドラマ)』竹林軒出張所『山田太一のドラマ、5本』竹林軒出張所『続・山田太一のドラマ、5本』