あこがれ雲
山田太一原作、辻村弘子作画
講談社コミックス
少女マンガ版の『パンとあこがれ』 脚本家の山田太一がかつて書いたというドラマ『パンとあこがれ』は、山田太一の話を聞く限り、大変興味をそそられる作品である(詳細については
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その1(ドキュメンタリー)』を参照)。一度見てみたいという気持ちはあるが、いかんせん古い民放ドラマ、しかも連続ドラマであることを考えると、映像はもう残ってないだろうなと思う。シナリオが我々の目に触れるというのもあまり期待できないだろう(残っているかどうかさえわからない)。そういう事情で、その内容を推測するためにR.B.ボースの周辺を知ろうということで、
『中村屋のボース』を読んだのだった。実際『中村屋のボース』を読んでみると、確かにドラマになるような面白い素材であり、脚本家がこの素材を選んだのも頷けるというものである。
『パンとあこがれ』で主演の宇津宮雅代が演じるのは相馬黒光(そうまこっこう)で、この人が、当時ハイカラだったパン屋さんを夫と開店(これが「中村屋」)し、その後ボースを匿ったり、あるいは芸術家が集まるサロンを作ったりする。この相馬黒光、上京してパン屋を始める前には、彫刻家の荻原守衛とも一時期恋愛関係にあったそうで(『中村屋のボース』にもこのあたりの事情が書かれていた)、そう考えると、この人の周辺にはボース・ネタ以外にもドラマになりそうな素材が随分転がっている。
素材が面白いためか、相馬黒光の伝記も割合出ているようなので、そういうものを読めばもっと彼女の周辺がわかるんだろうが、その前に見つけたのが今回のこのマンガである。なんと『パンとあこがれ』に触発されて描かれたというマンガで、1977年の作である。原作が山田太一になっていることから、基本は『パンとあこがれ』の内容に沿っていると思われる。ただしこれは、黒光の娘時代から東京にパン屋を開くまでの話で、ボースは出てこない。夫に愛され、一方で若い芸術家(荻原守衛がモデルなんだろう)にも愛され、いろいろ逡巡するというようなストーリーである。『パンとあこがれ』から少女マンガ向けの部分だけ取り出したという感じか。全4話で一応完結していることを考えると、当時、早々に打ち切りになったのかも知れない。
絵は、当時の少女マンガの典型で、やけに目が大きく足が長い美男・美女が大挙出演する。完全に少女向けにカスタマイズされており、僕のようなオヤジが見たところで大して感じるところはない。正直言って面白いのかどうかさえ判然としない。とは言え『パンとあこがれ』が序盤はこういうふうに展開していったんだなというのはよくわかった。それから当時の少女マンガがこういうふうに展開していたんだなというのもわかった。いずれにしても資料的な価値以上のものは僕にはなかったと言える。だが元々が安い古本だったからそれで良しとする。
★★☆参考:
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その1(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『中村屋のボース(本)』