山椒魚戦争
カレル・チャペック著、栗栖継訳
岩波文庫
SFの古典……ついに読んだ
SFの古典である。ちなみに著者のチャペックは「ロボット」という言葉の生みの親でもある。
タイトルは『山椒魚戦争』になっているが原題は「山椒魚との戦争」というものらしく、タイトル通り山椒魚との戦争が描かれる。なおこの山椒魚は、日本在来のオオサンショウウオがモチーフになっているようで、似たような形状の二足歩行の山椒魚が東南アジアで見つかるところから話が始まる。やがてある人物がこの生き物に人間の言葉や身を守る方法を教えこみ、山椒魚をさまざまな産業に利用し始めるようになるところから話が動き出す。利用価値が高くなった山椒魚は当然のごとく人間によって売買され、世界中のあちこちで育成されることで、山椒魚人口が爆発的に増えていくというような展開になる。
全体は三部構成になっており、知性を持つ山椒魚が発見され、そのポテンシャルを見せる過程を描く第一部「アンドリアス・ショイフツェリ」、山椒魚のさまざまな新聞記事を集めた第二部「文明の階段を登る」、山椒魚と人類の抗争を描く第三部「山椒魚戦争」で構成される。第一部、第三部は純粋な小説仕立てであるが、第二部は、さまざまな新聞記事や学術論文を通して山椒魚の文明化を描いていくという趣向で、この新聞記事はもちろんフィクションだが、脚注や図版まで付いていたりして、フィクションではないかのように見せかけられている。しかも随所に当時の政治に対する皮肉が効いていて、思わず口がほころぶ。だがこの記述のせいもあって、チャペックはナチスから目を付けられることになったらしい。
実際、チャペックが生きていた時代は、彼の母国であるチェコスロバキアがドイツに侵略される時期と重なる。実際、ナチス・ドイツがチェコに侵攻した1939年には、ゲシュタポがチャペックの家に(チャペックを捕らえるために)来たという。ただしチャペック自身はその少し前に死去していたため、ナチスに虐殺されることはなかった。しかし彼の兄(同じく作家のヨゼフ・チャペック)はゲシュタポに逮捕され、後に強制収容所で死んでいる。また、チャペック邸に頻繁に集まっていた仲間たちも、その多くがナチスに虐殺されている。当然この『山椒魚戦争』も、ナチス占領下のチェコでは禁書に指定された。その後、チェコが解放されると『山椒魚戦争』は再び発刊されることになったが、共産主義政権が権力を握ると、本書も部分的に検閲されるという状態になり、そういう状況が1970年代まで続いたということである(以上「解説」より)。
当時の政治に対する風刺だけでなく、山椒魚の売買などの過程は黒人奴隷貿易を彷彿させるし、人種差別主義や過剰な動物保護主義などに対する皮肉も随所に出てくる。こういった部分が、フィクションの新聞記事で客観を装ってまことしやかに説明されるが、これに伴って、山椒魚が人間社会への影響力を強めていく過程も自然にわかるようになっている。無理矢理なストーリー展開がないのが、下手なSF小説と大きく異なる部分で、そういう意味でもこの第二部の方法論を大いに評価したいところである。
実はこの小説、随分前から読んでみたいと思っていた本だが、岩波文庫に入っていたのは長いこと知らなかった。10年ほど前にそのことを知って、そのときに購入し、永らく積ん読状態になっていたが、それを読了したのが数日前。苦節10年である。
本文400ページを超える大著だが、語り口が自然で、しかもスリリングな部分などエンタテイメント的な要素も散りばめられている。そういう意味でも満足度が非常に高い一冊だった。
★★★★参考:
竹林軒出張所『ロボット(本)』竹林軒出張所『山椒魚・遙拝隊長 他7編(本)』