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竹林軒出張所

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『テレビがくれた夢 山田太一 その1』続き(補足)

テレビがくれた夢 山田太一 その1(2013年・TBS)
TBSチャンネル2

前回の続き)
● 『俄(にわか) 浪花遊侠伝』について
木村:あの、『俄 浪花遊侠伝』、これは司馬遼太郎さんの原作を山田さんが脚色なさってドラマ化したんですよね。
b0189364_903079.jpg山田:ええ、そうです、そうです。それはあの、僕はここんとこはずっとオリジナルで書いていたんですけれども、まあ司馬さんもその、今は神様みたいになっているけど、その頃は特にそんなふうに、良くも悪くも偉くなかったと言うかな(笑)、ええ。で、あの『俄』っていう作品は、大阪の侠客達の話なんですよね。薩長に、ま、いわばやられちゃう側ね、徳川側の人達なんだけれども、(その徳川側が)自分で闘うっていう動力があんまりもう、ずっと平和て来ているからね、それで、まヤクザっていう人達を利用してね、それで闘ったりしたんですよ。その利用されているヤクザたちの話でね、それをとっても僕はいい話だなと思いました。それで、その利用されたヤクザの、まあ長の方が、林隆三さんが若いときで演ってくださってね。ラストになってね、僕はどうもね。その人はね、長生きしちゃうんですよ、ずっと……
木村:司馬遼太郎さんの原作の中だと主役の方は……はい。
山田:事実ですからそれはそれでしようがないんですけどね。僕はね、これ最後にこうパッとすごいでんぐり返る話がね、そういうようなものが書きたくて、それで司馬さんにね、僕考えた上で……ずっと利用されたまんまではなくて、最後に大阪で戦争があるときに、侠客達が全部親分の周りにいて、明治維新側に裏切っちゃうぞと……
木村:大どんでん返しということですか?
山田:そうそう(笑)。それで裏切っちゃうという話を書きたくなったのね(笑)。そりゃひどいことなんだけど、司馬さんもまだそのね、そういう学者みたいなふうではなかった。いくらかまだ少し大衆小説を書いているというお思いがあったのか、失礼かも分からないけど、ま、失礼ではないと思いますけどね、そういうわくわくするような話っていうのも良いと思うって言ってましたけども。
木村:それはあの、ラストシーンを変えても良いですかってお伺いしたんですか?
山田:ええ、ええ、そうです。そしたら、良いよっておっしゃったんで……
木村:あ、そうですか。
山田:ええ。ですから、その頃は司馬さんももちろん事実を基にしてるっていったって、『坂の上の雲』みたいな、ああいうふうに事実じゃないわけですよ。それをま、ネタにして、面白おかしい侠客の話を書いてるわけですから、そんなに抵抗はなかったんじゃないかなっていうふうに思いますけども。

語り:そして上村一夫さんの人気劇画を脚色した『同棲時代』。1970年代の若者の貧しくも爽やかな同棲生活を、沢田研二、梶芽衣子が熱演しました。

● 『同棲時代』について
山田:この辺で僕は脚色が嫌になっちゃったっていうか、止めようと思ったのね。
木村:それはなぜですか?
山田:えっ、だって人の作品でしょう。つまんないじゃないですか。だって自分が作家になろうと思って、こう歩き始めたのに人の作品をこう技術的にテレビ向きに書くっていうこと、それは決して簡単ではないわけですよ、人の作品ですから。その人に対する敬意がなきゃいけないし。
木村:あの、沢田研二さんが主役ですよね。
山田:ええ、沢田研二さんがね。僕は大体キャスティングの3人か4人決まってからじゃないと書き出さないんですよ、ええ。俳優さんによってこう、インスパイアされるっていうのかな、この俳優さんだったらどういう物語になっていくだろうっていうね、大雑把な物語は考えているけど……
木村:はい。
山田:でもある俳優さんが掴まるか掴まらないかで、やっぱり話が変わってきますよね。オリジナルだとね。
木村:へぇ—。
山田:原作だったらそうはいかないでしょ。
木村:まぁ、そうですよね。
山田:当時、新聞のね、今でもちょっとそういうとこあるけど、脚本の名前なんか出ないんですよ(笑)。
木村:うーん。
山田:ですから『浪花遊侠伝』なんか連続ですけれども、そりゃもちろん「司馬遼太郎原作」ってなっちゃいますよね。それでそれは、倉本聰さんとか早坂暁さんとか向田邦子さんとかも無念だと思っていたわけね(笑)。
木村:忸怩たる思いがありますよね。
山田:悔しい……
木村:はい。
山田:それで新聞の人達と会ったりすると「名前出してよ」とか言ってたわけね(笑)。このままずっと便利に脚色で使われてると、そういうライターになっちゃうっていうふうに思ってね、これは少し売れなくてもいいやっていうかな、「オリジナルで行こう」って思ったわけね。それでそれが、倉本さんなんかも向田さんなんかも思ってた時期なんですね。そういう時期だったっていう気がするな。僕一人でそんなふうに切り開いたわけじゃなくてね。

語り:その後、山田さんのオリジナリティを確立していくきっかけとなった作品が『それぞれの秋』。効果的にナレーションを加え、新しい辛口ホームドラマのスタイルを築き上げました。

● 『それぞれの秋』について
山田:木下恵介アワーとかいうことは気にしないで書きたいものを書いてみろって言われたのね。それで書こうと思ったのね。で、家族の話っていうのが割合アットホームな家族のシリーズものが当たってた時期だったんですけども、僕はそういう家族は書きたくないって思ってて、しかしその、なんとも荒れ狂ったような家の話とかってね、そういうのも書きたくないのね。それで、いろいろ考えて、まこれ「ドラキュラドラマ」ってその頃、僕がちょっとしゃべったもんだからそう言われたんですけれども、あの、首筋に血を吸われた跡がこう……
木村:見てます。
山田:それで血を吸われた人間はもう、吸血鬼になってるわけですよ。
木村:はい。
山田:だけど普通は、普通の恰好して普通にしゃべっているわけですね。で、首筋見るとアッて(思う)……こんな太い薪みたいなのでこうやってガンと胸をやって殺しちゃわなければいけないっていうね。僕が、家族がみんなドラキュラみたいになる話を書けないかなって思ったのね。
木村:それはドラキュラの映画を見て思い付いたんですか?
山田:そうそう(笑)。
木村:へぇー。
山田:良い家族だとみんなで思ってるんだけど、実は隠し事をみんな持ってるわけですよ。そりゃまあ人って何かの隠し事を持ってるもんだってチェーホフが言ったけども、ほんとにま、そうですけどね。それで中心になるのは、小倉一郎さんが若い頃に演ってくださったんだけど、男っぽくない子ね。
木村:すごいはまってらっしゃいましたよね、私このドラマ見ましたけども。
b0189364_91610.jpg山田:あ、そうですか。フニャフニャした男って(笑)。
木村:(笑)。
山田:友達にそそのかされて、痴漢を1回やってみろって言われて、それでうっかり高校生のお尻触っちゃうと、腕捕まれてこうやってやられる(腕を上げる)と、それが高校の女性の番長なのね。
木村:桃井かおりさんですね。
山田:そりゃあ桃井かおりで怖いよね(笑)。それで、小倉一郎を好きになっちゃうわけですよ。そうすると迷惑なわけだけど(笑)、痴漢やったって言うぞって言われるとちょっとどうしようもなくて。それでグループに行くと、妹がそこにいるわけですよ。つまりみんな、えーっ、何なんだ、俺は痴漢で、妹はそういう……
木村:スケバングループの一員になってて……
山田:……だってビックリしちゃう。
木村:妹のこの首筋に歯の跡があった……
山田:歯の跡があったという……
木村:そこで見ちゃうっていうことですよね。
山田:そうです、そうです。それで、あの、お父さんが脳腫瘍になって。それはあの脳腫瘍のある話を『暮らしの手帖』っていう雑誌で、どなたかが体験エッセイを書いてらっしゃって、脳腫瘍に主人がなって、もうあらぬことを言いだしてしまって、それが家族に対する不満だったり内面の、ちょっと人には聞かせられないような気持ちとかをしゃべっちゃったり。そういうのは全部、先生が、お医者さんが、これはあの、全然本心とは関係がありませんって言うわけですよね(笑)。これは病気が言わせてるんだから、それを真に受けて苦しんだりしちゃいけませんって言うんだけど、ものすごく内面の告白なんかにリアリティがあるもんだから、これはやっぱり……
木村:家族としてはつらいですよ……
山田:やっぱりこれっていうふうに、そういう装置を使って、普通の人がだんだんだんだんみんな内面にはなんか暗闇を持ってるっていうふうに書いていた話を、それこそ『女と刀』のとき言われたんじゃないけど、笑いを入れるってことでおかしい話にして、書こうと思ったのね。
木村:温かい人情味あふれるホンワカ・ホームドラマが流行っている時代で、あえてそういう辛口ホームドラマって言っていいんでしょうか、そういうものに挑戦しようと思われたのは……どういうメッセージがあったんですか?
山田:それは、もうものすごくアットホームなね、お祖父さんがいてお祖母さんがいて、両親がいて、それで家族兄弟が大勢いてっていう、そういうものは実際にはもうどんどん減ってたわけですよ。核家族っていってね。両親と子どもだけっていう、それがいわば標準家庭みたいに言われだしていた頃に、そういう大家族の話を書くっていうことは、いわば今失われていくものだから書く、そして見たいと思うという要素も僕は絶対あると思ったけども、そこへ遅れて参入したってかないっこないわね。あの、向田さんなんかがいるんだから(笑)。それだから僕がでていく意味って考えると、やっぱり核家族。で核家族がうまく行ってますっていうんじゃなくて、核家族の暗闇を描くっていうことはいずれそうなるだろうと思った、ドラマが。そういつまでもいつまでも、お祖父さんの知恵で解決するとか、お母さんの情で解決するとかいう話は、だんだんみんな、白々しくなって見なくなるだろうと思ったのね。それだから、割合確信犯的にドラキュラドラマを(笑)……

● ドラマの「語り」について
木村:その後に追随してくるドラマってみんな辛口ホームドラマで、その後、随分増えますもんね。その増えるといえば、『同棲時代』もそうなんですが、いわゆるモノローグっていう、独り語りのナレーションをすごく山田さん、多用なさいますよね。
山田:要するに映画界は、ナレーション、語りで見せるっていうことは、非常に邪道だと言われてたんですよ。その存在、動き……
木村:映像で物語らなきゃいけないと。
b0189364_8295262.jpg山田:そうです。だから回想だって、回想入れると「えぇっ」て言うくらい、映画はそういうの嫌いだったわけね。「私はこう思った」なんてそんなの言うなって、映しゃ分かるんだっていうのが映画の流儀、それは僕はそれで非常に正しいと思う。今でも正しいと思うけれども、テレビへ来たら集中度が悪いわけ、見てる人のね。電話がかかってきたり、トイレ行ったり、新聞開いたりで見てるわけですよ。それに集中して見てないとわからないようなドラマを書いたってね、通じないだろうと思ったのね。それで、ナレーションを入れようかと思ったのは『3人家族』なんだけども、それまでのアメリカのテレビが『逃亡者』っていうかなり有名な、その後ハリウッド映画にもなりましたけども、連続ドラマがすごく評判が良くて、それを日本語に吹き替えていたナレーションを矢島正明さんっていうね、日本のナレーターの方がやってくださっていた。そりゃもう有名な方ですけども、それ見てて「矢島さんのナレーション使いたいな」って思ったわけね。
木村:はい。
山田:それでここで使ったんですよ。で、そうやって『それぞれの秋』のときは、今度は小倉一郎さんの口調、小倉一郎さんのしゃべりで入れる。それはつまり単に説明ではなくて、それも描写の一種ですよね。僕はそれは良いと思ったの、そういう描写になればね。効果音としてここで雀の声を入れるとかウグイスを入れるとかっていうのと同じように、もう作品の中に入っているものだ、テレビと映画は違うんだからお客様に届かなきゃしようがないんだから、っていうんで入れたのね。
ま、あの倉本聰さんがね、ああこういうのやっても良いんだって思ったっておっしゃってくださったのは、倉本さんも映画育ちでしょ。だからナレーションやモノローグなんて、「バカヤロー、入れるんじゃねぇ」って言われて書いてたわけじゃないですか。おずおずやっても良いんだっていうふうになってって、きっと『北の国から』は、あの坊やのね……
木村:山田太一さんが突破口を開いてくださったわけですね。
山田:(笑)いえいえいえ、そういう意味で言ったんじゃない。倉本さん怒るかもわかんない(笑)。

参考:
竹林軒出張所『「3人家族」と「二人の世界」(ドラマ)』
竹林軒出張所『二人の世界 (1)〜(26)(ドラマ)』
竹林軒出張所『それぞれの秋 (1)-(15)(ドラマ)』
竹林軒出張所『同棲時代(ドラマ)』
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その1(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その2(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その2 続き(補足)』
竹林軒出張所『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『山田太一のドラマ、5本』
竹林軒出張所『続・山田太一のドラマ、5本』
by chikurinken | 2013-06-05 08:20 | ドキュメンタリー
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