中国はなぜ「反日」になったか
清水美和著
文春新書
中国の外交史から日中関係を冷静に分析する良書
文藝春秋社による中国の本ということで、当然右寄りのタカ派的論調が繰り広げられるのかと思いきや(もちろんそんな本だったら読まないが)、中国の外交史を非常に冷静に分析した本だった。ちなみに著者は新聞記者の特派員として中国に10年あまり滞在したお方。なお著者の名前は「しみずみわ」ではなく「しみずよしかず」で、つまりは男である。
中国が現在のように「反日」化したのは実は90年代の終わり頃、つまり江沢民が実権を握ってからだったということで、それ以前は日中関係は割合良かったと著者は主張する。実際僕の記憶でも、中国は80年代「大人の国」という印象で、歴史認識の問題でもめることはなかったと記憶している。そしてそれが元々は、中国の対外関係に由来するもので、ソ連と敵対していた1960年代末から1980年代後半までの時代(実際に軍事衝突もあった)、どうしてもアメリカや日本と敵対することは避けなければならなかったために、指導部も日本に敵対するような政策をとらなかったということである。また、当時のトップ、胡耀邦や趙紫陽が穏健な外交政策を展開していたということもあった。だが胡耀邦が死去し、天安門事件(1989年)が起こって、その後趙紫陽が失脚すると、外交政策が大きく変わることになる。90年代中頃には、台湾海峡での一触即発の事態を経て、アメリカや日本と対立する構造になっていった。ソビエト連邦がなくなりかつてのような緊張関係がなくなったことも、こうした対立構造を助長することになった。また天安門事件への反省から中国政府が「愛国主義教育」を推進したことも反日感情を生みだす要因になったという。
胡耀邦の後を承けて江沢民が実権を握ると、反日感情が盛り上がる機運が生まれる。それは政府トップの発言にも反映され、中国に「反日」のイメージがつきまとうようになるのもこの頃からである。だがその後、政府当局も過剰な愛国主義が共産党の一党独裁政治に悪影響を及ぼすことを危惧し始め、反日の機運がやや収束したのが本書が出た2003年の状況である。いずれにしても、庶民の諸外国に対する感情には、少数の政治家の意向が色濃く反映しているということなんである。で、2003年以降は、昨年の反日デモでもわかるように、「反日」が政府に対する不満のはけ口となって爆発し、中国側の反日と日本側の嫌中がぶつかり合う現在のような状況になっているわけだ。
日中関係を中国の外交史の中で捉える見方が斬新で、知的好奇心を大いにそそられた。また良識的かつ客観的な記述にも好感が持てる。今後の日中関係について冷静に考えたい向きにお奨めの本である。
★★★★参考:
竹林軒出張所『家族と側近が語る周恩来 (3)(4)(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『総書記 遺された声(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『天安門事件(ドキュメンタリー)』