にっぽん点描「最期のコンサート 〜あるチェロ奏者の死〜」
(1996年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムアーカイブス
ある音楽家の白鳥の歌 1996年、一人のチェロ奏者が、死の直前、ホスピスで最期のコンサートを開いた。このコンサートの45日後に彼は死去するが、その模様がビデオ・カメラによる映像という形で残されている。そのコンサート映像を中心に、そこに至るいきさつやそれに関わった人々の話をまとめたドキュメンタリーがこの番組。
このチェロ奏者は徳永兼一郎という人で、NHK交響楽団(N響)の主席チェロ奏者を長く務めていたという。かつてN響のコンサート・マスターだった徳永二男はこの人の弟で、この人もこの最期のコンサートに奏者として参加する。この最期のコンサートは1996年の3月に本人のたっての希望で開かれたもので、兼一郎氏が入院していた、富士山が見えるピースハウス・ホスピスの集会場で、兼一郎氏の友人、知人、ホスピスの医師や看護師らを集めて行われた。曲はメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲とパブロ・カザルスの「鳥の歌」だが、このとき兼一郎氏は末期ガンで、ガンがすでに全身に転移していたため下半身が動かなくなっていた。そのため自分でチェロを足の間に固定することすらままならず、関係者に手伝ってもらってやっと準備ができるという状態だった。しかも開演前、発熱と激しい痛みで動けなくなっていたという。それでもコンサートは何事もなかったように無事に進行していき、最後の「鳥の歌」は、まさに1人の演奏家の「白鳥の歌」になった。コンサートの後も部屋でうずくまって動けなくなったという兼一郎氏だが、その後死去するまで一度もチェロに触ることがなかったという。
このドキュメンタリーでは、弟の二男氏の他、N響で仕事をともにした仲間やチェロ製作者たちにもインタビューするが、兼一郎氏の死後、つらくてコンサート映像を見ることができなかったと異口同音に語る。同時に兼一郎氏の人柄の良さなども語られ、中には嗚咽する人もいた。
言ってみれば一人の死者について語るこれだけの番組で、その死者も有名人ではなく、一般の市井の人とさして変わらない。ただ音楽家であったことから、自分の最期をコンサートで締めくくったというのが少し特異な点だが、せいぜいその程度である。それでも番組として非常に密度が濃く、人間の生と死について考えさせる心優しいドキュメンタリーに仕上がっていた。僕が見たのは、BSプレミアムの『プレミアムアーカイブス』だったが、特にアンコールの声が多かったということでこの番組が再放送されたらしい。再放送の要望が多かったことも頷ける。
★★★☆参考:
竹林軒出張所『ラスト・ソング(本)』竹林軒出張所『在宅死 死に際の医療(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『やがて来る日のために(ドラマ)』