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竹林軒出張所

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『絢爛たる影絵 小津安二郎』(本)

『絢爛たる影絵 小津安二郎』(本)_b0189364_928296.jpg絢爛たる影絵 小津安二郎
高橋治著
文春文庫

 映画監督、小津安二郎の評伝。元々の連載時は「小説・小津安二郎」というタイトルだったらしいが、僕はこれが小説だとは知らずに、ずっとノンフィクションだと思って読み進めていた。実際、小津安二郎の身辺だけでなく、著者本人がしつこいくらい顔を出し、本人周辺のことがイヤになるほど出てくる。
 著者は松竹の元・映画監督で、小津安二郎と同じ時期に松竹で監督をやっていた人らしい。『東京物語』にも助監督として参加したという。当時、松竹では新人監督の採用を続けており、後に松竹ヌーヴェルヴァーグと呼ばれる一団を輩出していくが、著者もその中の一人と言える。ちなみに同期の監督には篠田正浩、一期下に大島渚、二期下に吉田喜重らがいるという。
 ただ僕は元々、小津安二郎の話を読みたかったわけで、松竹ヌーヴェルヴァーグにはあまり関心がない。彼らの映画についても、完成度が低い上に押しつけがましさを感じることが多いために、あまり好きじゃない。だから著者の身辺の話がやたら出てくるのは少々辟易した。序盤の方は、「先輩同僚である小津安二郎」という見方が割に新鮮で、そういう切り口から入って小津の人間に迫るのかと思って期待していたんだが、その後も何かというと自分周辺の話を持ち出してくる。僕から見ればこれは「脱線」であり、しかもそれが非常に多い。やたら自己主張が強いという印象で、こういうところが松竹ヌーヴェルヴァーグらしいと言えば言える。
 小津作品の分析めいた箇所も非常に多いが、これもかなり深読みなものばかりで、違和感がかなりある。たとえば著者は『東京物語』の紀子に性的な要素が表現されていると主張しているが、映像を見てそこまで感じることは僕にはできない。あからさまに表現しないのが小津のスタイルだというのはよくわかるが、手がかりをまったく映像に入れていなければそれは表現できていない(または表現していない)のであって、もちろん見る側がどういう解釈をしてもかまわないわけだが、そういうものをいちいち独断でこうだと決めつけても説得力はないと思う。
 松竹大船での小津安二郎の生き様は、著者を含む身辺の人々の目でアプローチしていていて、これは業界に籍を置いた人ならではで、なかなか興味深いものがあった。ただそこでも著者の姿がしつこいほど出てきて、やはりかなり鬱陶しく感じる。
 なお、小津安二郎は、戦時中に、軍の意向でシンガポールに赴任したが、そのあたりのことは「幻のシンガポール」というタイトルで別作品になっていて、「絢爛たる影絵」の後に収録されている。こちらは完全に小説形式になっていて、当時の小津がよく再現されている。著者の姿がしつこく出てきたりしないので鬱陶しく感じることもない。ただ小説として面白いかどうかは少し微妙である。
★★★

参考:
竹林軒出張所『小津安二郎・没後50年 隠された視線(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『秋刀魚の味(映画)』
竹林軒出張所『デジタル・リマスターでよみがえる名作(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『青春放課後(ドラマ)』
by chikurinken | 2012-12-30 09:29 |
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