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竹林軒出張所

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『核燃料サイクル 半世紀の軌跡』(ドキュメンタリー)

不滅のプロジェクト 〜核燃料サイクル 半世紀の軌跡〜
(2012年・NHK)
NHK Eテレ ETV特集

b0189364_81856100.jpg NHKのETV特集では、これまでさんざん放射能汚染や日本の原子力行政を積極的に取り上げていて、このブログでもかつて『原発事故への道程』『アメリカから見た福島原発事故』を紹介してきた。中でも日本の原子力行政を扱ったシリーズはちょっと見応えがある。どうして日本であんな危険なものが積極的に導入されてきたのかというのは今となってはなかなか理解できない部分で、こういう形で日本の原発行政史を俯瞰するのは非常に有意義である。特にここ何本かの番組は、原子力行政を担ってきた、政・官・財・学の当事者による非公式会議「島村原子力政策研究会」の録音テープを紹介するというもので、当時の担当者たちがどういうメンタリティで原子力に取り組んできたかが窺われて興味深い。
 結論としては、基本的に50〜60年代にかけては原子力が夢のエネルギーであったこと、70年代からは危うさが認識され始めたが、利害が絡んだり、日本人的な事なかれ主義があったりしたせいで歯止めがかからなかったことが大きい。またオイルショックなどのエネルギー危機の影響で石油以外のエネルギーを確保する必要性が出てきたことも、原子力推進の大きなモチベーションになった。これで慎重論が一挙に消し飛んでしまったらしい。
b0189364_8204448.jpg 同時にこの頃さらに、使用済み核燃料を再利用して新しいエネルギー源として取り出すという夢のような話が飛び込んでくる。当時米英が積極的に研究していた核燃料サイクルがこれで、日本もこれに取り組むべきということで、官・学がこれに取り組むことになる。使用済みのウラン燃料からプルトニウムを取り出して、これを高速増殖炉で燃やすことで発電を行い、同時に燃料も再生できるというまことにうまい話である。だがうまい話には裏があるのがこの世の常で、その行程で危険物質のナトリウムを使うなど、かなりの危険性が伴う。そんなわけで米英をはじめ原子力先進国はこの計画から次々に撤退することになった。それでも日本では、いまだに核燃料サイクルに固執し続け、「もんじゅ」に莫大な金を投入し続けている。だが「もんじゅ」は現在トラブルのために動かなくなっている。六ヶ所村の再処理施設もなかなか進展していないのが現状である。
 さてこの核燃料サイクルだが、この番組によると、意外なことに70年代に米国から横やりが入ったらしい。要は核拡散の視点からということで、核燃料サイクルでは、核兵器に転用できるプルトニウムが生産されるため、核拡散に危惧を抱いていた当時の米国政府はこのプロジェクトの中止を要求してきたらしい。当時、日本の政治家の間にいつでも核武装できるようにプルトニウムを生産すべきと考えていた人々もおり、こういう人々の働きかけもあって、結局核燃料サイクルプロジェクトは温存されることになった。こういう過程を経て、やがてこのプロジェクトはアンタッチャブルな領域になり、誰も止められない、誰も止めようとしないプロジェクトになり、官僚の間では「不滅のプロジェクト」と囁かれるようになったという。だから合理性の欠如が明らかになってもプロジェクトが止まることはなく、「もんじゅ」が大事故を起こしても(1995年12月)プロジェクトは相変わらず推進されるのだった。
 今では核燃料はリサイクルしない方が合理的であることが明らかであるにもかかわらず、いまだに核燃料サイクルに執着する勢力があるのは、こういった経緯による。一度決まってしまうとなかなか撤回しないというのはいかにも日本的であるが、同時に非常に官界らしいとも思える。
 この番組のような形で原子力行政の歴史を追っていくと、ものごとの本質が少しずつ見えるような気がしてくる。そういう意味でも大変有意義な番組と言える。今後にも期待。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場(本)』
竹林軒出張所『六ヶ所村ラプソディー(映画)』
竹林軒出張所『“核のごみ”に揺れる村(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『終わらない悪夢 前編、後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『核のゴミはどこへ(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2012-06-30 08:21 | ドキュメンタリー
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