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竹林軒出張所

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『金融が乗っ取る世界経済 21世紀の憂鬱』(本)

金融が乗っ取る世界経済 21世紀の憂鬱
ロナルド・ドーア著
中公新書

『金融が乗っ取る世界経済 21世紀の憂鬱』(本)_b0189364_820316.jpg ロナルド・ドーア(竹林軒出張所『100年インタビュー ロナルド・ドーア(ドキュメンタリー)』参照)による現在の(異常な)金融事情の分析とそれへの対処法。
 金融化(金融利益志向の増大)が異常に進んだ結果、ついにリーマン・ショックという形で金融バブルが崩壊したのは4年前で、まだ記憶に新しいところだ。こういった金融化を危惧していた人も多いが、それでも金融機関の暴走に歯止めをかけることができなかった。著者は、それはそもそもシステム自体に問題があったせいだとする。たとえばある金融機関のトレーダーは、為替取引で収益を挙げればそれが莫大なボーナスとして自分の懐に跳ね返ってくるが、無理な取引を行ってその金融機関に大損害を与えてもクビになるのが関の山で、損害について弁償させられることはない。それまでに貯めたボーナスで生涯安楽な生活を送れるわけだから、こういった人間にとってはギャンブルの勝ち逃げみたいなものだ。そもそもが現在の投資、投機は、何ものをも生産しないギャンブルに過ぎないと著者は主張する。実際現在の為替売買の総額は、国際貿易総額の百倍にも上っているという。何も生産することなく、金が(厳密には数字だけが)方々を移動しているのである。結局うまく振る舞ったものだけが莫大な利益を得られるというシステムができあがっており、その利益にしてみても元々他の投資家たちの金(本来サラリーマンの年金となるべき積立金など)だったわけで、いわば巧妙な集金システムに過ぎない。この辺は、『帝国以後』のエマニュエル・トッド(竹林軒出張所『帝国以後 - アメリカ・システムの崩壊(本)』参照)に通じる見方である。こういった見方に対して、金融化を押し進める勢力(金融機関など)は、金融化こそ、必要な箇所に資金が公正に分配されるシステムと主張する。市場原理で、行くべきところに資金が流れるというのが彼らの主張だ。これに対して著者は、為替取引の額のうち、適正と考えられる資金(行くべきところに流れた資金)はごくわずかであり、金融化自体がそういう役割を果たしているわけではないとデータを上げて主張する。
 著者の考え方によると、こういった金融化の流れは、そもそも米国と英国に特有の経済システム(著者は「アングロサクソン資本主義」と呼ぶ)によるもので、ローカルなシステムに過ぎなかったが、これが普遍的なものであるという見方が世界中に広められて、その結果押し進められたものだという。つまりアメリカン・スタンダードがグローバル・スタンダードとされたのである。本来、日本には日本独特、ドイツにはドイツ独特の資本主義システムがあったにもかかわらず、いわゆる「構造改革」により、アングロサクソン的な「株主第一主義」(貯蓄ではなく株式投資を推進すべきで、同時に株主に利益を還元すべきという考え方)が徐々に浸透してきた。そしてその結果が、格差の拡大という形で表出しているのが現状である。同時に、世界の経済を破壊してしまうような異常な金融システムができあがってしまった。こういった金融化の傾向にはさまざまな問題があり、それに対して歯止めをかけるべきなのだが、金融勢力が力を付けている現在、歯止めをかけるべき機関までがそれに牛耳られているという状況だという。リーマン・ショックは、ある意味そのための最高の機会だったが、金融化の流れが一時的に後退するものの結局元に戻りつつある。こういう現状ではあるが、著者は、今後どのように進むべきかを指針として示している。
 本書で扱われる内容はきわめて多岐に渡り、正直やや雑多な印象もあるが、それでも内容は非常に濃い。ただ経済関係の、特に金融商品の解説は、金融素人の僕にとってはものすごくわかりにくかった。それに文章も翻訳調で読みづらい。巻末の「謝辞」には、ドーア氏自身が日本語で書いたかのような記述があるが(ドーア氏がこれを日本語で書いたのなら大したものである)、どうも日本人が訳したような印象があり、こなれていない読みづらい翻訳文という感じを受けた。密度が濃かったため最後まで読んだんだが、内容が薄かったら放り出すような読みにくさであった。とは言え、それを差し引いても良書であることには変わりない。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『100年インタビュー ロナルド・ドーア(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『消えた200億円と暗号資産の闇(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2012-05-16 08:20 |
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