ネーデルラント旅日記
A. デューラー著、前川誠郎訳
岩波文庫
16世紀の画家、アルブレヒト・デューラーの著。といっても発表された著作物ではない。デューラーは、1520年から翌年にかけて、ネーデルラント(今のベルギー)に旅をしている。神聖ローマ皇帝カール五世に、滞っている年金の支給を請願しに行くというのが目的であったが、行く先々で歓迎され、結果あちこちを旅することになり、都合1年間ほどアントウェルペン中心に滞在している。デューラーはマメな人だったらしく、その間の現金出納をメモしている。そしてそのメモが本書の原典ということになる。そういうわけで本書の多くの部分は、誰それにいくら払ったとか、版画や絵画がいくらで売れたとかそういった細々したことがだらだらと書かれているだけで、面白味はない。ただそういったメモの間に、ところどころ、旅で見聞したものやまわりで起こったことなどもあわせて簡単に記述していて、そういう部分が唯一興味が惹かれる部分である。中には、ルターが逮捕されたというニュースに接し、愕然として、その感想を書いている箇所もある(おそらく本書の目玉)。そこではエラスムスに対して、ルターの後継となるべく働くよう希望している。ちなみにエラスムスとは面識があったようで、旅の途中で面会もしている。
そういったイベント箇所を除けば、ただの出納メモに過ぎないが、読んでいるうちに、何となくデューラーの人間性に接しているような気がしてくるから不思議なものである。それになんと言っても、金の出入りが結構激しく、自分の作品などもわりに手軽にプレゼントしたりしている。ただし相手から見返りがない場合は、ぼやいたりもしている。旅中ギャンブルにも何度か手を出しており、結構な額をすっている。この当時、デューラーはすでに成功した画家であり、ネーデルラントにも名前がとどろいていたようで、どこに行っても地元の名士から接待を受けている。簡素なメモではあるが、名をなした人間の自信みたいなものも垣間見えてくる。
本書には、デューラーの日記の後に詳細な解説があり、当時の状況や通貨について説明がある。特に通貨は日記中に何種類も出てきてはなはだややこしい。その価値がわからなければいかんともしがたいが、そのあたりは十分な解説があって、日記を読む上で役に立つ。僕はデューラーの日記を読む前にこの解説を読んでいたが、そういう読み方の方が良いかも知れない。また、日記の中に出てくるものも含め、デューラーの美術作品も40点ほど図版で紹介されていて、そういう点も大変親切である。ただし翻訳に少し難があり、少々読みづらい。
★★★