木嶋被告 100日裁判(2012年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

埼玉、千葉、東京で起こった埼玉連続保険金殺人事件の裁判員裁判に焦点を当てたドキュメンタリー。
この事件の公判(裁判員裁判)で、被告、木嶋容疑者に対して先日死刑判決が出された。この裁判は100日に及ぶもので、裁判員裁判としては異例の長さだった。そういうこともあり、裁判員の視点でこの裁判を振り返ってみようとする企画である。
この3件の事件に対して殺人容疑で逮捕された木島被告は、ネットなどでそれぞれの被害者と知り合い交際を始め、結婚話をちらつかせながら金銭的援助を受けてきたが、その交際相手が3人とも練炭自殺していたという(うち1件は出火)。しかもこれらの事件、被告が逮捕される1年以上前に起こった事件で、当初は不審な点のない自殺とされていたため、十分な証拠がないらしい。しかも目撃や自白などの証拠もまったくなく、検察は状況証拠のみで立件したのであった。100日におよぶ審理の結果、先日死刑判決が出て、被告側がすぐに控訴したのはすでにあちこちで報道されたとおりである。
この番組では、この裁判において裁判員の間でどのような議論があって、どういう過程を経て死刑判決が出されたかを追求するのだが、しかし実際には裁判員には守秘義務があって議論の内容を公表することができない。そのためこの番組では、裁判員経験のある人々を集めて、公判を実際に傍聴してもらい、実際の裁判員と同じような形式で論議してもらうという手段を使った。いわば疑似裁判員である。この辺、なかなか意欲的で良い。
ここで集められた疑似裁判員は、実際の裁判員裁判と同じような環境で、撮影スタッフ立ち会いの下、証拠について検討しながら議論を進めていくのだが、実際に提出された証拠は多くなく、決定的と考えられるものはない。実際には限りなく灰色ではあるが黒とは言えないという状況である。とすれば、「疑わしきは罰せず」の原則に従って殺人事件については無罪にすべきなのであるが、それで遺族が納得するかなど、さまざまな意見が出される。番組で紹介された議論の内容はどれも非常に鋭く、裁判員裁判もこのように真摯な態度で行われるのだなというのはわかったが、しかしやはりこれだけ少ない証拠しか検察側から提出されていないのであるならば、個人的には有罪にすることは不可能なのではないかと思う。心情的にどうであっても、こういうのは感情の問題ではないのだ。疑似裁判員からも判断材料が少ないということに不平が出ていたが、裁判という場では提出された証拠のみからシロクロを付けなければならないのであるから、この場合十分な証拠が出ていなければ無罪にしなければならない……このようなことを僕は思ったのであった。
ただし、この番組で紹介された証拠は争点になったもの中心で、実際にどれだけの証拠が提出されたかは本当のところよくわからない。短い放送時間の番組であるためある程度は致し方ないが、十分な説明が視聴者に与えられていないきらいはあった。事件についても説明不足で、この事件の核心に迫るといったようなものになり得ていないのははなはだ残念なところである。非常に面白い試みだったが、中途半端に終わってしまって、結局は裁判員は大変だという結論だけしか残らなかったのも残念と言えば残念。
この事件を公平に判断するならば、先ほども書いたように殺人については無罪、結婚詐欺について有罪とすべきであると思う。裁判員は被害者遺族の心情に踏み込んだりせず(そもそもわかりようがない)、また被告の印象で左右されることなく、純粋に証拠だけで黒か白かを判定する審判員に徹するべきではないかと思った。ただそういうふうに考えると、「裁判員の役割って何?」というところまで考えを巡らせなければならくなる。いろいろな意味で考えさせられる番組ではあった。
★★★参考:
竹林軒出張所『騙されてたまるか 調査報道の裏側(本)』竹林軒出張所『ふたりの死刑囚(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『正義の行方(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『DNA捜査最前線(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『死刑(本)』竹林軒出張所『ブレイブ 勇敢なる者(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『死刑弁護人(ドキュメンタリー)』