大江戸庶民いろいろ事情
石川英輔著
講談社文庫

石川英輔の『大江戸事情』シリーズはどれも外れがない。しかもどの著作も内容にあまり重複がなく、新刊を読むたびに目を開かれる思いがする。
だが本書については、残念ながらほとんどが過去の焼き直しみたいな内容であった。いろいろな雑誌で書いた記事を集めたエッセイ集みたいなものなので、その点は致し方ないところであるが少し残念でもある。だがこの本を初めて読むという人であれば、そういう点はまったく問題ないのであって、おそらくその内容の斬新さに驚くのではないかと思う。従来広く流布されていた「江戸=暗黒時代」という見方が大転換すること間違いない。
著者の基本的な考え方は、江戸時代は独自のテクノロジーが花開き、長い期間に渡って平和が保たれ、学術文化も大きな進歩が見られた特異な時代という見方である。もちろん江戸がユートピアだというのではないが、しかし少なくとも一般的に考えられているような、武士階級に虐げられ重税に苦しめられる庶民という図式は間違いであると主張する。それを立証するため、多くの文献(特に江戸時代は多数の文献が残されている)に当たり、詳細に検討していくのである。基本的にはエッセイのような論調であるが、学術的にも立派に通用するような論の展開で、まったく申し分ない。しかも著者は小説家でもあるため、文章は平易で非常に読みやすい。
本書で扱っているのは、ファッション、食、学術文化、政治体制、テクノロジー、水道技術など多岐に渡る。おそらく元の記事が掲載された雑誌の性格とのかねあいもあるのだろうが(残念ながら各項の初出は紹介されていない)、非常に雑多な内容で、江戸という時代を高い位置から俯瞰することができる。とは言っても、何度も言うがやはり焼き直しの印象は残り、以前他の著書で読んだことのあるものが多く、その辺はやはり残念な部分である。今回は全体的に現代文明論が多かった印象があり、江戸から見る現代社会という側面が強調されていたような気がする。強いて言うなら『大江戸事情』シリーズの入門編、または補足版という位置づけになろうかと思う。内容は充実していて面白かったが、そのあたりは石川英輔の筆力に由来するのだろう。
★★★☆参考:
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