エンディングノート
(2011年・「エンディングノート」製作委員会)
監督:砂田麻美
製作:是枝裕和
音楽:ハナレグミ
出演:砂田知昭、砂田麻美(ドキュメンタリー)
製作の是枝裕和は近年売り出し中の映画人で、『誰も知らない』や
『歩いても 歩いても』などで有名な監督でもある。今回は新人の砂田麻美を抜擢したとかで、監督だけでなくプロデューサーとしての手腕も一流であることがわかる。
死にゆく自分の父をカメラで追い回す極私的なドキュメンタリーで、さしずめジョナス・メカスの現代日本版といったところだろうか。しかしそれにしても、構成がしっかりしていて、特に編集技術は新人とは思えないほどだ。死までの数ヶ月間に(おそらく)この作品のために撮影した映像以外に、過去撮影した映像や私的な映像・写真も織り交ぜながら、一編の映像詩にまとめ上げている。マイケル・ムーア作品のように、非常に軽快なテンポで展開されるため、90分の作品だが途中まったくだれることがない。全編を漂うユーモアもムーア作品と共通である。
被写体になっているのは、監督の実の父親で、長年有名企業の営業マンとして働き、役員まで務めた人である。だが引退した矢先に癌が見つかった。しかもすでに末期であったという。その彼が、来るべき死の瞬間に備えて、親族に迷惑がかからないよう親族宛にメッセージ、つまりエンディングノートを残す。それには葬儀の段取りまで細かく書いており、そういうところに彼の性格がよく表れていると言える。とにかくこの几帳面で、なおかつ剽軽な父親が醸し出す空気感が楽しく、その辺はさすがに日本の高度経済成長を支えたトップ営業マンといったところで、この人の魅力がこの映画の魅力になっている。
映画では、死に臨むこの父親の姿だけではなく、生い立ちから現在に至るまでの人生も紹介される。そのため、一人の市井の人間の生き様が丹念に描かれることになり、見るこちら側は死の意味についても考えることを強いられる。結果、死を迎える人を目の当たりにすることで「死を思うことこそ生を実感することだ」ということが身にしみてわかるのだ。
この父親、もちろん若い頃は夫婦間で不和があったりして山あり谷ありだったようだが、最期を迎えるにあたって妻、子ども、孫たちに見とられながら死地に赴くということであれば、たとえ人生が波瀾万丈だったとしても幸福なもんである。小津安二郎の映画風に言えば「まあ幸せな方じゃよ」ということになる。見ているこちらにしても、幸せな人間の幸せな最期を親族の視線で見とることができ、ちょっとだけビターではあるが、良い心持ちにさせてくれる映画である。見終わった後もしばらく余韻が残ってとてもヨイ。だがなんと言っても、一番印象的だったのは編集者、つまり監督の手腕で、こういう見せ方ができる砂田麻美のポテンシャルは侮れないと心底思った。ただ、一作目でこういう題材を扱ってしまうと次回作が大変かなという気もする。いろいろな意味で次回作に興味が湧くところだ。
第33回ヨコハマ映画祭新人監督賞、
第35回山路ふみ子映画賞文化賞他受賞
★★★★参考:
竹林軒出張所『夢と狂気の王国(映画)』竹林軒出張所『五島のトラさん(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『最期のコンサート死(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『在宅死 死に際の医療(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『島の命を見つめて(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『おっぱいと東京タワー(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『毎日がアルツハイマー(映画)』竹林軒出張所『ひいくんのあるく町(映画)』竹林軒出張所『彼のいない八月が(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『歩いても 歩いても(映画)』