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竹林軒出張所

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『地を這う魚 ひでおの青春日記』(本)

地を這う魚 ひでおの青春日記
吾妻ひでお著
角川書店

b0189364_16313438.jpg 『失踪日記』のマンガ家、吾妻ひでおの自伝的青春記。
 内容はマンガである。が、表現方法が斬新で、何だか不思議。主人公の親密な人々はみんな半人半獣だし、あちらこちらに魚、タコ、イカが飛び回っているしで、その独特の世界に慣れるのに時間がかかった。展開されるのは奇妙な世界ではあるが、しかし完成度は高い。あまりに面白い絵空間なんで、下に示しておきます。見てね(166ページと167ページ)。
 北海道からマンガ家を目指して上京し、印刷工場に勤めるがそれもすぐにやめ、やがて「いててどう太郎」先生の下でアシスタントを務めるようになる。貧しいながらも、同じ夢を持つ仲間たちと切磋琢磨し、挫折を味わいながらも成長していくという、こうやって書いてみれば比較的ありふれたどうということもない話と言えなくもないが、そこはそれ吾妻センセイのこと、トキワ荘グループの青春譚とはまたひと味もふた味も三味も違った味わいを持つ。全体を通じてギャグ・タッチだが、青春期のほろ苦さなんかもよく伝わってくるし、独特の不思議世界とあいまって、奇妙な魅力に包まれている。
 僕自身、吾妻作品は『エイト・ビート』('71年)や『ふたりと5人』('72年)の頃から読んでいて、当時こういった作品を連載していた少年チャンピオンは手塚治虫、藤子不二雄、つのだじろうなど、一線級の人々が連載していたため、吾妻センセイもてっきり巨匠の1人だとばかり思い込んでいた。だが、この『地を這う魚』が'68年〜'69年頃の話であることを考えあわせると、実はその当時まだ駆け出しだったということになる。
b0189364_16324420.jpg その後、'80年代からはマンガ雑誌を読まなくなったこともあって、吾妻センセイがどうしているかよく知らなかったが、新井素子と対談したり、本の装丁をやったりしていたのは話に聞いたりしていたので、さぞやご活躍のこととお喜び申し上げていたのだが、実はこの'80年代から'90年代にかけて、ご本人は絶不調の時期で、自殺未遂したり失踪したりアルコール依存がひどくなったりと、それはそれは大変だったようだ。僕自身、そのあたりの話は2005年の『失踪日記』を読んで初めて知ったのであった。もともと非常に才能のある人と思っていたので、そういう有様だったことを知って大変ショックを受けたが、しかし同時に『失踪日記』の水準の高さにあらためて感心するとともに、また変なことにならなきゃ良いがというサポーター的な感覚も沸き上がってきたのだった。
b0189364_1633461.jpg で、2009年に出版された本書『地を這う魚』を読んでみて、非常に高い水準が保たれていることがわかり、安心するわ感心するわの今日この頃というわけである。それにしても、この吾妻ひでおという人、もっと大切にされてしかるべき作家であると思うんだが、随分扱いが雑なように思う。そのあたりの事情は、本書にも『失踪日記』にも出てくるが、彼をひどい境遇に追い込んだ責任も、結局は日本のマンガ産業、出版産業にあるのだ。大切な人材を今みたいに使い捨てにしていると、今に自分の元に返ってくるぞと思う。
 ともかく本書は、吾妻ひでおの面目躍如というべき会心の作と言えるもので、『失踪日記』を読んだ人も読まなかった人も一度覗いてみてはどうだろうと思うのだ。このあたりサポーター的感覚も少し入っている。

追記1:ちなみに本作に出てくる「いててどう太郎」は板井れんたろうで「まっちゃん」は松久由宇(と思う)。
追記2:上の絵は、クリックで拡大します。ちなみにフクロウみたいな登場人物が「まっちゃん」です。魚も沢山空中に飛来して、まるで水族館です。お楽しみください。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『逃亡日記(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第5巻、第6巻、第7巻、第8巻(本)』
竹林軒出張所『白土三平伝 カムイ伝の真実(本)』
竹林軒出張所『「ガロ」編集長 私の戦後漫画出版史(本)』
竹林軒出張所『ショージ君の青春記(本)』
竹林軒出張所『トキワ荘の青春(映画)』

by chikurinken | 2011-09-17 16:38 |
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