原発ジプシー
「原発=科学」の虚妄を剥ぐ体験ドキュメント
堀江邦夫著
現代書館
体験ルポと言えば、ジャック・ロンドンの『どん底の人々』やシモーヌ・ヴェイユの『工場日記』などを思い浮かべるが、この『原発ジプシー』もそれに匹敵するほどの古典的名著と言っていいだろう。
著者は、原発の実態を自分の目で確かめたいと思い、原発労働に従事することにした。福井県の美浜でつてを得て、1978年9月に美浜原発に入り、その後福島第一原発、敦賀原発に移りながら、都合約半年間にわたって底辺の下請け労働者として原発労働に携わった。
原発労働のシステムは、電力会社や原発製造メーカーが下請け業者に仕事を発注し、そこからさらに孫請け、ひ孫請けと進んでいく。そのため現場は、さまざまな中小企業所属の作業員であふれているという。このような発注構造のために、当初の労働報酬は途中の段階で各業者にかなりの額がピンハネされるらしく、最終的に労働者に渡るのは5000円ほどの日当になる。この安い日当でさせられるのは、狭く暗い空間に押し込められ埃を全身に浴びたり、温度・湿度が高い場所で全面マスクを着けての作業を強いられたりで、とてもじゃないがまともな「労働環境」と言えないような代物である。しかも現場の周辺には放射性物質がそこここに飛散しており、常に高放射線被曝の危険と隣り合わせにある。と言うよりも実際は被曝が前提の作業になっている。そのため労働者は、現実的に使い捨ての状態である。
本書の内容は日記形式で書き進められ、原発に入所するところから退所するところまで時系列で説明されるため、自分が労働者としてそこに立ち会っているかのような臨場感がある。ともすればわかりにくい原発内の構造についても地図やイラストを駆使して丁寧に説明しているため、かなりの程度把握できるようになっている。また、報道写真家の樋口健二氏が撮影した稀少な原発内の写真も何点か掲載されており、理解に役立っている。
著者は、3箇所の原発をそれこそジプシーのように転々としており、それぞれの原発内で放射性物質に対する扱いが違うことも明らかにする。中でも最古参の敦賀原発のずさんさは群を抜いており、高放射線領域でもマスクを着けないなどまさしく驚嘆に値する。
読んでいて感じるのは、電力会社が、危険な作業を外注に押しつけるなど、要するに危険性を自分たちの目に見えない場所に置こうとしている構造である。しかも、その押しつけられる作業というのも、とても本来人間がやるような類のものではないということがわかる。また、その作業自体も非常にアナログで、「科学の粋を集めた」と喧伝される原発がほとんどこういった手作業で支えられているということも重要だ。さらには放射能の扱いも非常にずさんで、本来放射能汚染のチェックを受けるはずのものがチェックなしで外部に搬出されているということもあるという。とにかく「原発の安全神話」の影にこれだけのものが存在するわけで、それが白日の下にさらされることになっている。かれらの(決死的な)仕事がなければ、原発自体稼働できないということもよくわかる。
本書によると、著者も結構被曝したようで(原子炉直下の格納容器内の作業も行っている)、そういうこともあって著者のその後の健康状態が非常に気になるところだが、ネットで調べる限りではよくわからなかった。その後本書を若干改訂して出された
『原発労働記』という文庫本に加筆(2011年時点)があるということなので、まだ健在なのだろうとは思う。著者の他の著書や活動についても知りたいところだが、本書(およびその焼き直しの書)以外見つけることができなかった。
★★★★☆参考:
竹林軒出張所『原発を知るための本 5冊+1冊』竹林軒出張所『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言(映画)』竹林軒出張所『パリ・ロンドン放浪記(本)』竹林軒出張所『ビンボーになったらこうなった!(本)』竹林軒出張所『ホームレス大学生(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『東京自転車節(映画)』