ナオキ(2009年・NHK、BBC)
NHK-BShi ハイビジョン特集「東京モダン」
監督:ショーン・マカリスター

英国人ドキュメンタリー作家が描く、日本のワーキング・プアの実態。
映像に登場し、その私生活を赤裸々に曝すのは、山形に暮らす57歳のナオキ(佐藤直樹)氏。かつては家3軒、会社2社、バー1軒を持つ実業家だったが、バブル崩壊とともにすべてを失い、現在は郵便局の簡易保険集金業務のバイトに従事する(年収100万円程度らしい)。彼には同棲する27歳年下の恋人がいるが、彼女は昼、夜ダブルヘッダーでバイト。実質上、彼女に養われる生活で、主夫業も厭わない。小さな窓のない部屋で二人の共同生活が営まれている。
監督のショーン・マカリスターは、そんな彼に密着し、家の中から職場から、小型カメラで追いかけ回す。なんでも、東京で別の人に密着取材していたが、入浴シーンを撮影して顰蹙を買い、中断してしまったらしい。こうして、日本の現在(いま)を撮るという企画がいったんは頓挫したが、ナオキという恰好の人物にアプローチできて、本作が完成するに至る。
なんといってもこのナオキ氏、何でもかんでも平気でさらけ出す。そういう意味でも恰好の取材対象になっている。部屋は狭い上に片付いておらず(恋人の彼女はそのことが嫌で当初は取材を拒否していたらしい)、映像には、彼女との痴話喧嘩まで登場する。人間の嫌な部分も垂れ流されることになるので、見ていてちょっと辟易する。救いは、ナオキの明るく屈託のない性格で、その楽天性が心地良い。だがその実、自身、崖っぷちと感じているようで、彼女と別れたら路上生活に直行するしかないと語る。こうして日本のワーキング・プアの現状が白日の下にさらされる。このナオキ氏、英語はうまくないが監督と普通に会話できており、彼の経歴が気になるところである。学生運動にも関わっていたという話をしていたので教育もあるんだろうが、その彼にしてもこの崖っぷちの状況である。日本の現状の深刻さがよく伝わってくる。
一方で、彼の職場にもカメラが入り、ノルマに対する過剰なプレッシャーやいじめも明かされていく。郵政は、小泉政権時代もっとも強い圧力を受けた部分の一つで、その圧力が現場にしわ寄せとして押し寄せているのがわかるようだ。やがてそれが職員や(ナオキのような)バイトに対するプレッシャーという形で新たなストレスを生みだす(このドキュメンタリーには、その職場でストレスのために欝病になったという職員も登場する)。こういった職場で受けたストレスは、バーやスナックなどでも発散されるんだろうが、そのストレス解消の対象になるのがホステスなどの人々。バーで働いているナオキの恋人も、客から受ける侮辱で、大変なストレスを受けており、それがナオキにぶつけられる。ナオキは、職場の他、家でもそういったストレスを受けることになる。ストレスの連鎖が垣間見られるようである。
日本の社会が抱える問題をよく伝えているが、内容があまりに赤裸々で、ちょっと汚い映像や汚い部分も普通に出てくる。そのため見ていて参ってしまう箇所もある。ただ、インパクトのあるドキュメンタリーで、しかもナオキがなかなか魅力的であるため、途中で飽きることはない。非常にドキュメンタリーらしいドキュメンタリーだが、人の醜さや汚さも突きつけられるようで、あまり良い気持ちはしない。そういったわけで、もう一度見たいという気にはならないな。
山形国際ドキュメンタリー映画祭2009年特別賞、市民賞受賞作
★★★☆参考:
竹林軒出張所『禅と骨(映画)』竹林軒出張所『新宿タイガー(映画)』竹林軒出張所『彼のいない八月が(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『五島のトラさん(ドキュメンタリー)』