予想どおりに不合理 増補版
行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」
ダン・アリエリー著、熊谷淳子訳
早川書房
「目からウロコ」続出の快著。行動経済学の書だが、内容は非常にわかりやすく、文章も読みやすい。翻訳も良い。行動経済学というものがどういうものかもよくわかる。
経済学というものは、人間の合理性に基づいて理論が打ち立てられているが、実際には、人は必ずしも合理的に行動するわけではなく、そのため経済活動は必ずしも経済学の理論どおりに進行しない。そういった不合理性の側面から経済学に新たな視点を持ち込むのが行動経済学である(私の理解が確かならば)。
この本は、人間のさまざまな非合理的な行動を、著者が実際に行った実験(これがどれも独特で面白い)を通じて紹介していくというもので、どれもとても目新しい。実は、このうちのいくつかの実験についてはすでに結果ともども聞いたことがあるものだったが、それは以前途中まで読んだ
『プライスレス』という本で紹介されていて、本書の著者の実験が『プライスレス』で引用されていたためである(
竹林軒出張所『フィギュアの採点はアンカリングの所産か?』を参照)。『プライスレス』はどちらかと言うと、「理論の集大成」的な本で、こういった一連の行動経済学の実験と結果をまとめた本である。本書はいわばそのネタ元の1つであって、数々の法則を著者自ら検証しており、面白さや読みやすさはこちらの方が上回る。もちろん包括的な行動経済学という点では『プライスレス』の方に軍配が上がる。
この本は全15章立てになっており、各章ごとに人間の不合理な行動を示す法則とそれを検証するための実験が示される。どれも面白いので、長くなるが、ここで紹介しようと思う。
1. 相対性。いくつか選択肢がある場合、その中に比較できる選択肢があれば、人はそのうちの優れたものを選びやすい。
(ある有料Webニュースの購読料を例に取ると、a.ウェブ版59ドル、b.印刷版125ドル、c.印刷版+ウェブ版のセット125ドルという3つのオプションが提供されている場合、多くの人は印刷版が不要でもcを選ぶ)
2. アンカリング。ものごとの値段を判断する場合、あらかじめ金額が提示(直接そのものごとに関係あるかないかに関係なく)されると、その金額が基準になってしまう。
3. 「無料」の効果。「無料」であるか「無料」の品物が付くだけで、多くの人はそちらに惹かれていく。
4. 社会規範と市場規範。ボランティアでやってもらっている仕事に金銭で謝礼を提示したとたん、その仕事が経済的な側面から考えられるようになる。
(義母からすばらしい夕食に招かれた後、その代金としてお金を渡そうとすると、出入り禁止になる)
5. 「無料」にすることによって、物事に社会規範がもたらされることがある。
6. 性的に興奮しているとき、良心の観念が損なわれ、冷静な判断ができにくくなる。
7. 締め切りは、自分で決めるより、他人に決められたときの方が守られやすい。
8. 人は、自分の持っている品物の価値を過大評価しがちである(ものを売る際は高い値段をつけやすい)。
9. 選択肢がいくつか残されている場合、人は、選択肢を狭める行動を取りにくい。
10. 予測が、物事の判断のバイアスになる。
11. 価格が高いことが、プラセボの価値を高める。
12. ある市場において、モラルを出し抜いた行動が取られると、市場全体の価値が下がる。
13. 道徳心を呼び起こすようなものが目につきやすい場所にあると、不正が減少する。
14. 金に直接関連する不正は起こりにくい。不正は金に直接関連しない(ように見える)ところで行われやすい。
15. 大勢でメニューを選ぶとき、後で選んだ人は、それ以前に選ばれたメニューに影響を受けやすい。
興味のある方は、本書を読まれたし。実験はどれも秀逸で、実験者自身、おおいに楽しんでいるのではないかと思わせる。こういった不合理性を知った上で行動すれば、不合理な行動を少しでも回避できるようになるのではないか……というのが著者の主張である。大変面白い本で、行動経済学に興味がわいた。いずれ『プライスレス』を読もうと思う。
★★★★参考:
竹林軒出張所『不合理だからうまくいく(本)』竹林軒出張所『(不) 正直な私たち』(ドキュメンタリー)』竹林軒出張所『僕らはそれに抵抗できない(本)』