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竹林軒出張所

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『独立時計師たちの小宇宙』(ドキュメンタリー)

独立時計師たちの小宇宙 〜スイス・超複雑時計の世界〜(2002年・NHK)
NHK-BShi ハイビジョンスペシャル

b0189364_92029100.jpg 僕自身腕時計にはまったく関心がなく、いつもは安物のクオーツ腕時計(シチズン製)を身につけていて、しかもその軽さがわりに気に入っていたりする。したがって世間でロレックスだカルティエだと騒がれても、僕にはまったく関係のない世界であって、成金の悪趣味ぐらいにしか思っていなかった。
 1970年代に日本でクオーツ腕時計が実用化され、これが低価格化していくにつれ、それまで機械式腕時計で世界の市場を席巻していたスイスの時計産業は壊滅的な打撃を受けた。だがその後、再び機械式腕時計の見直しが進むにつれて、スイスの時計産業は復興し、現在のような高級腕時計全盛の時代に至るのである。僕が腕時計を使うようになったのはクオーツ全盛の時代で、そう言えば僕の子ども時代は腕時計と言えば高級品であって、うちの兄なんかも高校入学のプレゼントで買ってもらっていた。もちろん高級スイス時計などではなくセイコーのものであるが。それでも値段は2万円前後したと思う。すでに良い中年男の僕が3千円程度のクオーツ時計を身につけているのと好対照である。
 このドキュメンタリーでは、現在のスイスの時計産業を紹介すると同時に、大手の時計メーカーではなく、個人で時計を作って販売する独立時計師(キャビノチェ)に焦点を当て、その精密な仕事を高倍率カメラを駆使しながら紹介していく。
 この番組で紹介されるのは、スイスのバーゼルで開かれる見本市に作品を出展する2人の独立時計師で、1人(プレジウソ)は2000個以上のダイヤをちりばめた最高級腕時計「スターダスト・トゥールビヨン」、もう1人(デュフォー)は一生壊れない堅牢性と簡素さを追求した優美な腕時計「シンプリシティ」の製造に取りかかる。作る時計の方向性も対照的であるが、プレジウソの方はチームで、トゥールビヨンの方はすべて1人で製作するという点でも好対照の2人の時計職人である。この2人の作業を丹念にかつ丁寧に追っていくカメラワークはすばらしいもので、撮影されたミクロの映像も、驚嘆に値する。同時にその細かい手仕事を黙々とこなす職人芸もすごい。彼らの手で、小さな筐体の中に小さな宇宙が生みだされていく過程が巧みに捉えられており、人間の手仕事のすごさも垣間見ることができる。
 また番組では、随時小型時計の歴史が紹介される。たとえば、現在の小型時計の基本設計はブレゲが発明したものであり、その技術の多く(たとえばトゥールビヨンというメカニズム)が当時のまま現在に引き継がれているなど、僕にとって目新しい事実ばかりであった。同時に、スイスの機械式腕時計(ロレックスとか)の本当の価値というのも、あらためて理解できたような気がする。
 「イタリアが30年間支配された時代、戦争と流血が続いたが、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、さらにはルネッサンスを生んだ。しかし、スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」
 これは、映画『第三の男』でハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)が語るセリフである。しかし、彼がちっぽけなもののたとえとして出したその時計にしてみても、このように小さな宇宙と究極の人間技が詰め込まれているのである。まったくバカにできないものなのだ。
★★★★
by chikurinken | 2011-04-19 09:20 | ドキュメンタリー
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