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竹林軒出張所

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『カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 下』(本)

カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 下
アレクサンダー・ヴェルナー著
喜多尾道冬、広瀬大介訳
音楽之友社

『カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 下』(本)_b0189364_8465674.jpg 『カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 上』に続く後編。
 『上』同様、少しばかり読みづらい本で、少々難儀した。その原因は、これまた『上』同様、登場人物が非常に多くしかも唐突に出てくることと、翻訳文につながりのおかしい箇所がよく出てくることなどである。句読点の使い方も変で、違和感があった。
 本自体の完成度という点ではこのように疑問符が付くが、ただしかし、『下』を読んで初めて知ったんだが、クライバー自身が自分の子ども達に対して、第三者が書く伝記には一切協力してはならないという遺言を残していたらしく、そのためもあって本書の執筆は非常な困難を極めたという。結果的に、クライバー周辺の多くの人間に聴き取りを徹底的に行うことになり、それが多数の登場人物を生みだすことにつながったようだ。現に本書は、周辺人物の話を集めることでクライバーの人間性をあぶり出していくというアプローチをとっている。そのため、クライバーがキャンセル魔だった理由や、激昂してもめることが多かった理由についても、周囲の人間の視点から推測することになっている。そういうこともあって、本書のクライバー像は、少しぼんやりしていて、普通の伝記のような明確な断言は避けられており、著者自身もそのことを承知の上で書き進めているようだ。とは言っても、クライバーの性格や志向はかなりのレベルまでうかがい知ることができ、周りの人間に映るクライバー像の集積から、一人の人物像を紡ぎ出すことには成功している。
 本書では、1976年から死去した2004年までの、クライバーの最盛期を扱っており、僕がクライバーを同時代人として知っていた時期とも重なっていたこともあって、『上』よりも内容的には興味深かった。クライバーは何よりも日本がお気に入りだったそうで、そのせいもあり日本では名演を残している。1986年のバイエルン州立管弦楽団との日本公演はNHKでも中継され、僕も見て非常に感動を覚えたが、その公演についてもクライバーの側から記述されている(2011年2月現在YouTubeで一部の映像を見ることができる)。また1989年のニューイヤー・コンサートは、当時僕はテレビを持っていなかったためFMラジオにかじりついて聴いていた記憶があるが、そのニューイヤー・コンサートのいきさつも本書で紹介されていた。というわけで、僕の個人史ともかみ合う部分があり、『上』よりもリアルタイム感があって、クライバーの人間性についても『上』より理解できる部分が多かったような気がする。やはりクライバーの音楽家生活同様、後半がハイライトということなのだろう。
 クライバーが、あれだけ周囲や聴衆から称えられあがめられていても、自分の音楽に納得できず苦悩していた様子も本書からよく伝わってきた。レパートリーが極端に少なかったのも、著しく自信が欠如していたためで、キャンセルを繰り返したのも満足いく準備ができなかったことが原因だったためという(例外もある)。しかも名声を得てあちこちから客演の申し出がひっきりなしに来ていた晩年でも、いざ舞台に上がる直前になると極度に緊張し、手が震えていて、舞台に上がりたくないとこぼしていたという話も興味深い。天才指揮者の隠れた一面を垣間見せられる思いがした。

参考:
竹林軒出張所『カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 上(本)』
竹林軒出張所『カルロス・クライバーのドキュメンタリー2本』
竹林軒出張所『伝説甦る……カルロス・クライバーの場合』
竹林軒ネット『クライバーの田園』
YouTube『Carlos Kleiber -Johann Strauss II "Die Fledermaus"』(人見記念講堂公演でのアンコール曲「こうもり」:冒頭クライバーが客席に向かって日本語で「コウモリ」と言っているが、本書にはそのことについても記述がある)
YouTube『kleiber Donner und Bilitz』(人見記念講堂公演でのアンコール曲「雷鳴と電光」)

★★★☆
by chikurinken | 2011-02-27 08:50 |
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