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竹林軒出張所

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『令嬢ジュリー』(映画)

令嬢ジュリー(1951年・スウェーデン)
監督:アルフ・シェーベルイ
原作:アウグスト・ストリンドベリ
脚本:アルフ・シェーベルイ
出演:アニタ・ビョルク、ウルフ・パルメ、アンデル・ヘンリクソン

『令嬢ジュリー』(映画)_b0189364_112850.jpg スウェーデンの作家、ストリンドベリには以前から興味があった。学生の頃読んだ宮城音弥の『天才』(絶版本で、今読むと差別的な記述がわりにある)という本で、ニーチェ、ドストエフスキー、ゴッホなどと並んで狂気の天才として紹介されていたためで、そのストリンドベリの戯曲(『令嬢ジュリー』)が映画化されていることも以前から聞いており、チャンスがあれば是非見てみたいと思っていた。図書館で『令嬢ジュリー』のDVDを見つけたのは、このような状況であった。『令嬢ジュリー』がDVD化されていることもこのとき初めて知ったんだが、目の前にあればこれは是が非でも見ておかなければならない。ところが「禁帯出」扱いで、館内でないと見られないということになっている。結局、図書館の館内ブースを借りてビデオ鑑賞することになった。
 さて、映画『令嬢ジュリー』であるが、戯曲を映画化したものらしく、時制、場所、筋が単一であり、いわゆる三一致の法則が守られている。伯爵令嬢ジュリーと伯爵家の馬丁ジャンの一夜の出来事と、それぞれの精神的葛藤が描かれる。基本的には両者の会話で話が進行する会話劇であるが、それに回想が織り交ぜられていく。原作の戯曲ではどうなっているか知らないが、回想は映画的に行われるので、会話劇であってもあまり退屈することはない。テーマは階級の問題なんだろうか。それでも夢のような恋愛と現実の間で揺れる心情もよく描かれていて、心理劇としても見所があった。また、アニタ・ビョルクらのキャストが端正で美しく、映像的にもなかなかのものであった。
 「被害妄想のストリンドベリ」という予備知識があったため、「ジュリーという女性にストーカーのようにまとわりつく男(=ストリンドベリ)」または「ジュリーという女性に迫るが嫌われて勝手に憎しみをつのらせる男(=ストリンドベリ)」という図式のストーリーを想像していたが、まったくもって違っていた。割にノーマルな展開の演劇映画で、偏見を抱いて臨むのは大間違いであるということを思い知らされたのであった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『原作と映画の間』
竹林軒出張所『居酒屋(映画)』
竹林軒出張所『ゴリオ爺さん(映画)』
竹林軒出張所『脳の配線と才能の偏り(本)』

by chikurinken | 2011-02-11 11:03 | 映画
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