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竹林軒出張所

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『秩父山中 花のあとさき ムツばあさんの秋』(ドキュメンタリー)

秩父山中 花のあとさき ムツばあさんの秋(2007年・NHK)
NHK-BShi ハイビジョン特集

b0189364_1123199.jpg 埼玉県秩父市吉田太田部楢尾という山間の集落に住む一人の女性(小林ムツさん、この番組放送時84歳)にスポットを当てたドキュメンタリー。
 これに先立つ2002年にも『秩父山中 花のあとさき』というタイトルのドキュメンタリーが放送されており、このムツさんの生活が紹介されている。実は今知ったんだが、この『秩父山中 花のあとさき』は、その後、『ETV2002』と『にんげんドキュメント』でも形を変えて放送されている。『秩父山中 花のあとさき』は、特に目を引くような著名人ではない市井の人を扱う番組で、どうも何を目指しているかわからないようなところがあって、(再三再放送されたにもかかわらず)今まで見ていなかったんだが、おそらく元々は『にんげんドキュメント』あたりの企画だったんだろうということで納得した。『にんげんドキュメント』ならこういう内容でも納得できる。
 第1作目の『秩父山中 花のあとさき』では、比較的地味な過疎地の様相に過ぎなかったが、その続編の『ムツばあさんの秋』(本作、2007年)、『秩父山中 花のあとさき〜ムツばあさんのいない春〜』(2009年)が登場するに至って、様相が変わってきた。過疎が進む田舎の断片にしかすぎなかったものが、時系列を超えてゆくことで、新たなドラマが生まれてくる。それに伴い、ムツさんとその家族、その近所の人がとても身近に感じられるようになる。『エリックとエリクソン』同様、こういう企画ができるのはNHKならではで、テレビ・ドキュメンタリーの新しい可能性を見せてくれる。
b0189364_11251135.jpg このドキュメンタリーの大きな魅力は、ムツさんの人間性が画面を通して伝わってくることである。ムツさんが、大地に根を下ろして、以前と変わらない生活を続けているのがまた魅力的で親しみやすく、まるで田舎の肉親のような感情さえ感じてしまう。そのムツさんであるが、第2作、つまりこの『秩父山中 花のあとさき ムツばあさんの秋』の撮影中に倒れて入院してしまうのである。実は第1作と第2作の間に、夫が亡くなっていて、太田部楢尾はますます過疎が進んでいたのだが、ついにムツさん自身が倒れて集落を離れることになる。これはつまり、滅びに向かう日本の集落の断面であり、それが赤裸々に映し出されていく。だが「滅びに向かって」いるとしても、それはやはり日本人の目から見ると、大切にしたい文化でもあるのだ。テレビ番組だからといって客観的な視点で冷淡に見ることができない要素がある。そしてそういう主張を、ムツさんという1人の市井の人を通じて、声高ではなく静かに語りかける……そういった魅力がこのドキュメンタリーにはある。
 このドキュメンタリーを通して、たまに田舎に帰って感じるような、切なさや寂しさ、そして人々の明るさなど、いろいろなものを身近に感じることができた。さすがに評判通りの名作ドキュメンタリーである。ちなみに、この第2作目の後、ムツさんは亡くなってしまう。第3作目は「その後の太田部楢尾」である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『地方発ドキュメンタリー(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『タイマグラばあちゃん(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『島の命を見つめて 豊島の看護師・うたさん(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『五島のトラさん(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2011-01-21 11:25 | ドキュメンタリー
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