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竹林軒出張所

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攻撃性

 最近、街を自転車でウロウロしていて、カチンと来ることがやたら多くなった。たとえば、走行中に割り込まれたりとか、無理な追い越しにあったりとかすると、ついつい我を忘れて、追いかけていって殴りつけてやりたくなったりする(実際にはそんなことしませんが)。そういう状況になると、頭に血が上って、アドレナリン大放出という感じになり、ちょっと忘我の状況が続いてしまう。そうすると今度は、別の他人の敵対的な視線が気になったりして、ナンダコノヤロ的な視線をこちらもとばしたりするのだ。結局、こちらも、他人に対して同じような所作をして不快感を与えることになったりしている(かもしれない)のだ。後で考えてみると、実に馬鹿馬鹿しく、子供じみているし、しかも危険性だって伴う。良い大人がみっともないというものである。
b0189364_8112491.jpg ただ、こういうことが続くと、こちらも少し反省を迫られることになる。せっかく気候がよくなって、街並みが美しくなろうかというこんなときに、こんな馬鹿げたことで心乱されるのは実につまらないものである。というわけで以前読んだ『すぐカッとなる人びと ― 日常生活のなかの攻撃性』という本をもう一度読んでみた(とばし読みではあるが)。この本は、日常的な怒りやいさかいについて探求し、そういった類の問題をどうすれば回避できるようになるかを説いたすばらしい本である。
 なぜ人が日常的に怒りを感じるかというと、その瞬間に自分が攻撃されていると感じるからだというのがこの本の主張である。つまり、僕が自転車で割り込みされて頭に来たのは、相手が自分に対して攻撃性を抱いているとこちらが感じたためである。「相手の攻撃に対して攻撃または防御を」という本能が働き、脳内でアドレナリンが放出され、興奮状態になった……というのが本書の言い分に従った解釈である(多分)。これは同僚や家族と言い合いになったり喧嘩になったりする場合も同様である。冷静であれば、たとえば割り込まれたとしても「あいつは急いでいるんだろう、オレはヒマだから先に行かせてやろう」というくらいの余裕が出るんだが、こちらが冷静でないとき、つまりストレスにさらされているときなどは、自分に対する攻撃性を感じやすくなる。したがってこういう状況で怒りを爆発させないためには、(本書によると)極力冷静でい続け、相手の行動に攻撃性を感じないようにすることが大切である。
 確かに僕はせっかちで、自転車でもいつも割とスピードを出しており、前を別の自転車が遅い速度で走っていると少しイラッとして脇をすり抜けていくということが多い。というわけで今日は、極力ゆっくり進むことを心がけて外出した。おかげで心に余裕ができたようで、走行中も、涼しくなった風が非常に心地良かった。最近カチンと来ることが多かったのも、おそらく忙しかったりしてこちらにストレスが溜まっていたせいだと思う。自分の心持ちくらい律することができないようでは「まだまだ青い」と言われても仕方ないというものだ。
 さて、自分の心をしっかりコントロールできたとしても、それでも周りにはどうしようもなく攻撃的な人というのがいるものである。また、そういう人間が集まる状況というのもままあるが、そういうときはどう対処したらいいのか。『すぐカッとなる人びと』では、極力そういう人や場を避けるようにすることが推奨されている。これもあまりに当たり前の結論のようではあるが、実は非常に有用である。僕も過去、そういう人間が同僚にいたが、そういう人間は当然あちこちでトラブルを引き起こしている。僕も非常に不快な思いをさせられたことがあるが、そのためもあって結局距離を置くようになった。で、結果的にはそれが正解だったと思う。こういう人はもうどうしようもないのであって、おおむね皆から嫌われている。であるから対等につきあう必要はまったくないのだ。遠ざけるのが一番である。
 この本を再読して、自分の中のモヤモヤが吹っ切れて、浄化されたような気分になったのである。この本は本当に良い本だとあらためて思ったのだった。
by chikurinken | 2010-09-25 08:11 | 日常雑記
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