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竹林軒出張所

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フィギュアの採点はアンカリングの所産か?

今回はちょっと内容がわかりにくいかも知れません。ご了承ください。文章が思考に追いついていってないためです。いずれ書き直します(誤記も多かったんで直しときました)。

b0189364_13445743.jpg 今、『プライスレス 必ず得する行動経済学の法則』という本を読んでいるんだが、少し冗長かつ散漫な上、分量も400ページあるため、途中いくらか飛ばしながら読んでいた。ただし冗長かつ散漫と言っても、内容は結構目新しくて面白く、しかも広範に渡って「価格」の科学について記述されており、得るところは大である。
 この本の中心的な概念に「アンカリング(係留)」という考え方がある。これは「初期値(アンカー[錨])が、未知の数量を推測する際の基準点もしくは出発点の働きをする」という理論である(トヴェルスキー、カーネマン『不確実性の下での判断 - ヒューリスティックスとパイアス』)。つまり、人は、何らかの値が提示されたら、その値との対比で数値(ものの値段など)を判定していく性質があるらしいのだ。たとえば、裁判で賠償金を求める場合、高い金額を提示した方が、認定される賠償金が高くなるというようなことがあるらしいが、これがアンカリングの作用だということだ。人間には、ものの絶対的な価格がわかるわけではないので、他のものとの対比でその価値を判断する。したがって、あらかじめ提示されるものが、その対比対象になるということである。
 だから、高級品を売る小売店(たとえばブランド品ショップ)には、この理論を応用して、法外な値段(たとえば1000万円)のものを展示していたりするものもあるらしい。これがその対比対象になるわけである。結果的に、通常では高価なものであっても、客はそれが安いものであるかのような錯覚を覚えることになる。
 話は変わって女子フィギュア・スケートなんだが、今回のオリンピックの採点について、日本国中で不満の声が上がっているようだ。キムと浅田の間にあれだけ(あの点差分)の差があるとは思えないということらしい。誰もできないトリプル・アクセルを跳ぶんだからそれだけで十分点を加算すべきだという話もある。
 僕は、縁があって以前から女子フィギュアをよく見ているんだが、以前からなんとなく感じていることに、滑る前から得点がある程度決まってるんじゃないのかということがある。つまり、オリンピックなどといっても実際のところはほとんど出来レースみたいなもので、よほど大きな失敗をしなければそれほど結果に影響しないということである。そのため、大会で上位に入るためには、それ以前の大会で実力を少しずつ見せて、審査員に顔と技術力を認知してもらう必要がある(これはおおむね事実)。一見(いちげん)でいきなり上位に食い込むなどということは、まあない。
 要するに、審査員の間に、各選手に対するアンカリングの作用が大きく働いているんじゃないかと思うわけだ。各選手ごとにこれまでの実績からすでに基準ができていて、それとの差に基づいて採点される。だから前回よりミスが少なければその分点が加算されるという結果が出る。飛ぶごとに自己最高得点を更新というのもこのあたりが原因ではないかと思う。
 ということは、大技を入れるよりも、無難な線で、表現力の要素を多く盛り込んだプログラムを作って、それをツアーの中でブラッシュアップ(表現力向上)することに努めた方が、戦略としては叶っていたのではないだろうか。というわけでキム(金)が金に落ち着いたことになる。結果的にフィギュア・スケートなどの採点競技を純粋な競技として見てもあまり意味はないという、そういう結論に落ち着くわけだ。

参考:
竹林軒出張所『日本フィギュアスケート 金メダルへの挑戦(本)』

by chikurinken | 2010-02-27 13:46 | 社会
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