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竹林軒出張所

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『三度目の殺人』(映画)

三度目の殺人(2017年・「三度目の殺人」製作委員会)
監督:是枝裕和
脚本:是枝裕和
撮影:瀧本幹也
出演:福山雅治、役所広司、広瀬すず、満島真之介、市川実日子、松岡依都美、蒔田彩珠、橋爪功、斉藤由貴、吉田鋼太郎

死刑制度に対する痛烈な皮肉……
と受け止めた


b0189364_18465928.jpg 強盗殺人の容疑で逮捕された容疑者、三隅(役所広司)の弁護を引き受け、何とか死刑を回避しようとする弁護士(福山雅治)が主人公の法廷ミステリー。この弁護士、少し醒めているようで一見それほど熱意を感じさせないんだが、自ら関係者のところに足を運び真相を解明しようとしたりする。そもそもが容疑者の供述が二転三転してなかなか真相が掴めないのだが、ともかくそういう流れでストーリーが進行していく。
 冷淡で事務的な検察官(市川実日子)や少々異常性を感じさせる母親(斉藤由貴)など、リアルさを感じさせるユニークな人物が登場してきて、ドラマ的な(ステレオタイプな)キャラクターがあまり登場しないのは、この映画の大きな魅力の1つである。一方で戯画的なキャラクター(父親役の橋爪功や同僚役の吉田鋼太郎)は存在し、こちらはまた良いアクセントになっている。毎度ながらキャラクター設定が非常にうまいと感じさせる是枝脚本である。
 タイトルがおそらくこの映画のキーになっていて、おそらく死刑のことを指しているのではないかと思うが、あまり言うとネタバレになってしまうので、ここでは触れないようにしなければならぬ。法廷劇は(僕の場合)内容を追いづらくなることが多いが、是枝演出らしく非常に良いテンポで、流れが自然に頭の中に入ってくる。だが、ストーリーはさながら「藪の中」で、最後まで結構モヤモヤが残る。実際のところ何が真相なのかはっきり見えてこない。そのあたりと死刑制度を絡めたテーマなんだろうが、こちらについてもあまり触れることはできない……危ない危ない。終わった後かなり頭の中がモヤモヤするが、これこそがテーマであるならば、それについてどうこういうことはできない。よくできているとしか言えない。
 この映画についても、他の是枝作品同様、なぜだかわからないが流れの悪さなどなく、非常にスムーズに展開されて、見ていて途中でだれることがない。編集や演出の妙なんだろうが、うまいもんである。
第41回日本アカデミー賞最優秀作品賞他受賞
★★★☆

注記:
ネタバレ注意!
 映画もモヤモヤするが、上で書いた文章も(内容に極力触れないようにしたため)かなりモヤモヤしている。そこで、ネタバレ覚悟で、僕なりの解釈と感想をここで書いておこうと思う。まだこの作品を見ようと思うが見ていないという人は、ここは読まない方が良いです。
 容疑者の三隅は、若い頃一度殺人事件を犯していて、今回の事件で二度目の殺人のはずだが、それを考えるとタイトルは少々不可解である。だが結局三隈は死刑判決を受けることになる。しかも真相については結局わからないままで、裁判は「藪の中」の状態で結審してしまう。基本的には自供が唯一の証拠であるが、この自供についても公判の途中で容疑者が否認するため、この唯一の証拠も怪しくなる。「疑わしきは罰せず」の原則で行けば(検察がこれに代わる証拠を提出しない限り)無罪にしなければならない。しかしそれでも裁判所の都合でそのまま裁判が進められ、犯行を誰が行ったのかはっきりとわからないまま(暗示するようなイメージショットはある)、死刑判決が出てしまう。要はこれが製作者の主張する「三度目の殺人」ということではないかというのが僕の解釈である。ストーリーは最後まで「藪の中」であるため、見ている方はかなりモヤモヤした状態が残るが、「藪の中」を表現するのであれば(不快であっても)こうした終わり方をするのが正解だと思う。安易なヒューマニズムでわかったような気にさせるのは面白くないと個人的には思う(竹林軒出張所『羅生門(映画)』を参照)。

参考:
竹林軒出張所『羅生門(映画)』
竹林軒出張所『歩いても 歩いても(映画)』
竹林軒出張所『海街diary(映画)』
竹林軒出張所『ゴーイング マイ ホーム (1)(ドラマ)』
竹林軒出張所『ゴーイング マイ ホーム (2)〜(10)(ドラマ)』
竹林軒出張所『ブレイブ 勇敢なる者 前・後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『死刑弁護人(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-12-15 07:46 | 映画

『羅生門』(映画)

羅生門(1950年・大映)
監督:黒澤明
原作:芥川龍之介
脚本:黒澤明、橋本忍
撮影:宮川一夫
美術:松山崇
音楽:早坂文雄
出演:三船敏郎、京マチ子、森雅之、志村喬、千秋実、本間文子、上田吉二郎、加東大介

美術と撮影は超一流だが……

b0189364_19053666.jpg ヴェネチア映画祭でグランプリを獲得した黒澤明の出世作。今回見るのは2回目。
 原作は芥川龍之介の(『羅生門』ではなく)『藪の中』である。ただし『羅生門』的な要素も主題(人間のエゴイズム)として組み込まれているし、何より舞台が平安京の羅生門になっている。そしてまた、この羅生門のセットがすばらしい。さすが大映!と感じさせる立派なものである。ちなみにこの映画、黒澤作品だが、東宝ではなく大映製作なのである。これだけ立派なセットを組んだにもかかわらず、ほとんどのシーンがロケで撮影されている。このあたりは結構な無駄に思え、製作責任者に対しては少し腹立たしく感じる。もっともこのロケのシーンについても、宮川一夫のすばらしい撮影でコントラストの効いた面白い絵面になっていて(少々やり過ぎな感もあるが)、しかも登場人物の息づかいが感じられるようなすばらしい映像になっている。
 ただ、これだけ立派な素材を揃えながらも、やはりなぜだかわからないが、途中流れが悪く感じる場面が多く、見ていてだんだん飽きてくる。それに原作は「藪の中」(真相がわからないことのたとえ)のはずであるにもかかわらず、杣売り(志村喬)がすべて種明かししてしまって、そのために面白味が極度に損なわれてしまっている。ストーリー上、最後までモヤモヤするのがそもそもの『藪の中』の面白さでありテーマだと思うんだが、ソフトランディングしてしまったために、他の登場人物の証言が、単なる見栄による嘘で片付いてしまって面白味もへったくれもあったもんじゃないという結末になってしまった。それに人間のエゴイズムがテーマになっているにもかかわらず、最後はつまらない黒澤流ヒューマニズムで片付けられていて、テーマが台無しになってしまっている。このあたりも原作を尊重するのであれば、不快になるようなエゴイズムを突きつけてほしかったと感じる。橋本忍の脚本にしてはちと陳腐だと思っていたんだが、今調べたところ、橋本忍のオリジナル脚本に黒澤明が加えた部分が、このヒューマニズムのシーンと種明かしのシーンだったらしい(ウィキペディア情報)。妙に頷いてしまう。
 今回見たのは、デジタル完全版というもので、リマスター処理が施されていた。そのため画面が非常に美しくなっており、宮川一夫の芸術的な映像も生きるというものである。そういう芸術性も随所に感じられるんだが、やはり流れの悪さや(おそらく黒澤改変による)プロットの陳腐さはいかんともしがたいと思う。原作、脚本、美術、撮影、音楽などどれもすばらしい素材が揃ったにもかかわらず、センスの悪い使い方のせいで台無しになった……という印象しか残らなかった。
1951年ヴェネチア国際映画祭サン・マルコ金獅子賞受賞
★★★

参考:
竹林軒出張所『今昔物語(上)(下) マンガ日本の古典8、9(本)』
竹林軒出張所『椿三十郎(映画)』
竹林軒出張所『用心棒(映画)』
竹林軒出張所『蜘蛛巣城(映画)』
竹林軒出張所『天国と地獄(映画)』
竹林軒出張所『デルス・ウザーラ(映画)』
竹林軒出張所『三度目の殺人(映画)』

# by chikurinken | 2018-12-14 07:05 | 映画

『事件』(映画)

事件(1978年・松竹)
監督:野村芳太郎
原作:大岡昇平
脚本:新藤兼人
出演:丹波哲郎、芦田伸介、大竹しのぶ、永島敏行、松坂慶子、渡瀬恒彦、佐分利信、西村晃、山本圭、北林谷栄、佐野浅夫、乙羽信子、森繁久彌

よくまとまった法廷劇

b0189364_19081595.jpg 大岡昇平原作の同名小説の映画化作品で、法廷ものである。バーの美人ママ(松坂慶子)が山林で殺害された事件について、弁護士が真相を探るというストーリー。
 舞台はそのほとんどが法廷で、証言、あるいは回想で真実が見えてくるようになっている。真相が分かりやすく、しかも過剰に説明的にならずに事件のいきさつが説明されており、よくまとまった良いシナリオだと思う。おかげさまで、アメリカ映画の法廷ものでありがちな、意味不明な箇所が最後まで残るということはなかった。
 演出は野村芳太郎の推理ものらしく、非常に正攻法で、取り立ててどうこう言うような部分もない。演出もオーソドックスで、性格や立場を反映した、いかにもという演出で登場するキャラクターはありふれていて面白味はないが、当然のことながら破綻はない。キャストは概ね当たり障りのない演技をしており、大竹しのぶが好演。永島敏行は『サード』の直後の出演だが、何だか冴えない野暮ったい演技だった(『サード』では好演だったが)。また、キャスティング自体も概ねありきたりで、いかにもというキャスティングばかりである。弁護士と検察官の丹波哲郎と芦田伸介は、『砂の器』や『七人の刑事』を彷彿とさせるキャラクターだし、佐分利信の判事も『判事よ自らを裁け』を挙げるまでもなく、いかにもな配役である。キャストの中で、当時おそらく俳優と配役のイメージがもっともかけ離れていたのが松坂慶子だろうが、ただこれはおそらく公開当時、「これを見ろ」というような「目玉」的なキャスティングではなかったかとも想像できる。
 地味で、それほど人に勧めたくなるような映画ではないが、見ればそれなりに楽しめる。法廷劇ではあるが、眠くなることも一切なかった。
毎日映画コンクール日本映画大賞他、日本アカデミー賞作品賞他受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『わるいやつら(映画)』
竹林軒出張所『拝啓天皇陛下様(映画)』
竹林軒出張所『遺族(ドラマ)』
竹林軒出張所『判事よ自らを裁け(ドラマ)』
竹林軒出張所『妻は告白する(映画)』
竹林軒出張所『裁きは終りぬ(映画)』
竹林軒出張所『ブレイブ 勇敢なる者 前・後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『俘虜記(本)』

# by chikurinken | 2018-12-13 07:07 | 映画

『クレイマー、クレイマー』(映画)

クレイマー、クレイマー(1979年・米)
監督:ロバート・ベントン
原作:アヴェリー・コーマン
脚本:ロバート・ベントン
出演:ダスティン・ホフマン、メリル・ストリープ、ジャスティン・ヘンリー、ジョージ・コー、ジェーン・アレクサンダー

70年代を代表する今日性のある映画

b0189364_16540395.jpg 1979年に公開され、日本でも話題になった映画。これまで2回見ていて、内容をかなり憶えている映画なのでそれほど新鮮味はないが、しかし何度見てもグレードが高いと感じる。
 (映画としては)比較的短い時間にさまざまなエピソードがぎゅっと濃縮されていて、しかもどれも過不足ないため、まったく飽きることがないし、どのシーンも記憶に鮮明に残る。
 夫婦の離婚、そして父子・母子の関係を描いた映画で、後半は子どもを巡る裁判になるというストーリーである。当時のアメリカの世相を(そして今現在の日本の世相も)よく反映した非常によくできた話で、しかも使用前・使用後みたいな対句的なシーンも散りばめられていて、分かりやすく、なおかつ感情移入しやすくなっているのもすばらしい。邦題は何のことだかよく分からないが、原題は『Kramer vs. Kramer』、つまりクレイマー(夫)対クレイマー(妻)という、裁判の場面を意識したタイトルである(クレイマーは登場人物の姓である)。この原題も映画のテーマからは少しずれている感じがしないでもないが、邦題はそれに輪をかけてひどい。もう少し何とかならなかったのかと思うが、配給関係者が付けたタイトルだろうし、しかもこのタイトルがしっかり定着したんで、彼らにとっては御の字なんだろう。
 登場人物も等身大でそれぞれが魅力的なのも、この映画の長所である。ダスティン・ホフマンとメリル・ストリープの名優については言うまでもないが、子役のジャスティン・ヘンリーも非常に好演。今日でもテーマが説得力を持つ、70年代を代表する映画である。
第52回アカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞他
第37回ゴールデングローブ賞ドラマ部門作品賞他受賞
★★★★

参考:
竹林軒出張所『キッド(映画)』
竹林軒出張所『チャンプ(1931年版)(映画)』
竹林軒出張所『離婚の泥沼(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『風にむかってマイウェイ(ドラマ)』
竹林軒出張所『ウホッホ探険隊(映画)』
竹林軒出張所『プレイス・イン・ザ・ハート(映画)』
竹林軒出張所『俺たちに明日はない(映画)』
竹林軒出張所『卒業(映画)』

# by chikurinken | 2018-12-11 07:53 | 映画

『トータル・リコール』(映画)

トータル・リコール(1990年・米)
監督:ポール・ヴァーホーヴェン
原作:フィリップ・K・ディック
脚本:ヨスト・ヴァカーノ
出演:アーノルド・シュワルツェネッガー、レイチェル・ティコティン、シャロン・ストーン、マイケル・アイアンサイド、ロニー・コックス

「万物斉同」にして「逍遥遊」

ネタバレ注意!

b0189364_20303864.jpg フィリップ・K・ディックの短編小説「追憶売ります」(現在は「トータル・リコール」と訳されている)を映画化したもの。またこの作品、数年前にリメイク版が作られている。今回見たのはシュワルツェネッガー主演のオリジナル版である。
 舞台は近未来で、すでに火星では植民活動が行われているという世界。主人公のクエイド(シュワルツェネッガー)は、実体験に近い夢を見せるというリコール社の広告に惹かれ、このサービスを受ける(諜報員になるという設定のオプションも買う)。ところが、この夢サービスを受ける段階で異常が発生し、クエイドが実は火星での重大な秘密を握ったために記憶を消されていたことが判明する。そのためにその現場から抜けだして火星に赴き、火星でゲリラ戦を展開している反植民地政府ゲリラにこの重大な情報を明かすことで、火星植民地の悪徳支配者コーヘイゲンを倒すべく戦うというストーリー。
 途中からハリウッド映画的にやや荒唐無稽な感じでドンパチが始まってしまい、何だか少し白けてしまうが、しかしもしかしたらここで展開される劇的なストーリーもクエイドが見せられている夢である可能性があり、そしてそれを示唆するようなシーンもあって、どれが夢でどれが現実なのかよく分からなくなる。言ってみれば「胡蝶の夢」あるいは「邯鄲の枕」のモチーフと言うこともできる。したがってあまりに主人公に都合良く話が進むハリウッド的な展開についても、これがリコール社によって作られた夢であると考えれば、映画的な視点からは決してご都合主義的ではなくなる。ただし、映画ではそのあたりをうやむやにしていて少々モヤモヤするが、しかしそれはそれで良かったのではないかと見終わってから思う。
 美術もよくできており、当時テレビのCMでよく放送されていた変身のガジェットや投影装置のガジェットなどは映像として非常に魅力的な素材である。ただ火星植民地の街の様子がスタジオ感が滲み出ていて安っぽかったのが難点。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ブレードランナー ファイナル・カット(映画)』
竹林軒出張所『アイズ ワイド シャット(映画)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 老子・莊子(本)』

# by chikurinken | 2018-12-10 07:30 | 映画

『フランス人ママ記者、東京で子育てする』(本)

フランス人ママ記者、東京で子育てする
西村・プぺ・カリン著、石田みゆ訳
大和書房

日仏出産子育て事情

b0189364_17220244.jpg じゃんぽ〜る西のマンガ、『モンプチ 嫁はフランス人』に出てくる「嫁」は、この本の著者、西村・プぺ・カリン。ということでこの本では、妻の側から見た西(西村)家の風景が描かれる。
 著者は、旅行で訪れた東京を気に入り、その後東京に住むことを決意。長期休暇を取って東京を再び訪れ、携帯電話をテーマにしたルポを書いているうちに、それが売れるようになる。それを機に、それまでのパリでの仕事を辞めて東京に移り住み、フリージャーナリストに転身する。やがてAFP(フランスの通信社)に採用されて現在に至る。さすがフランス人という行動力で、まずそのあたりに感心する。その後、日本でじゃんぽ〜る西氏と知り合って結婚し、その後40歳で出産。そしてそのときの経験を中心にまとめたエッセイがこの本である。
 内容の大半は、日本で経験した出産と育児に関するもので、多くはフランスとの比較論になる。著者によると日本、フランスのどちらのシステムにも一長一短あるが(日本は出産に金はかかるが親切、フランスはすべて無料で著者が希望した無痛分娩についても比較的容易だがサービスが悪いなど)、著者は日本を選択。子育てについても一長一短ではあるが、こちらも今後日本に住み続ける可能性が高いことから日本を選択した。ただ一方で、日本もフランスの制度の良いところを取り入れてくれれば、より一層快適になるのにと思っているようだ。お説ごもっともである。
 意外だったのは、ベビーカー論争(少し前に取り沙汰された、電車内でのベビーカーの使用に関する議論)やマタニティハラスメントなども、僕は日本独特かと思っていたんだが、フランスにも同じような問題が存在するという話である。もちろん、フランスは自由の国であるため、お互いが意見をぶつけ合って主張し合う方向に進むらしいんで、経過は多少違ってくるが、それでも日本ほどひどくはないにしても同じような問題はあるらしい。
 比較文化論がこういった本の目玉になるわけだが、後半に描かれるフランスと日本の子育て事情の違いは、本来本書の目玉の部分なんだが、個人的には少々退屈した。日本の新米両親(つまり小さい子を持つ親、特に母親)もフランス人みたいにもっと育児に手を抜いて良いんじゃないかという著者の提言については大いに賛成するところだが、現在の僕にとって小さい子どもの育児はあまり大きな関心事ではないため、前半ほどは楽しめなかったというところだろうか(だが小さい子どもを持つ親であれば、大いに参考になることは容易に想像される)。
 やはり僕にとって一番面白かったのは、じゃんぽ〜る西が描く世界を裏側の視点(描かれる対象からの視点)から見たかのような二重映しの世界である。そういうのを過剰に期待していたことが、後半少し飽きた理由かも知れない。
★★★

参考:
竹林軒出張所『モンプチ 嫁はフランス人 (1)、(2)(本)』
竹林軒出張所『生まれてバンザイ(本)』
竹林軒出張所『ママたちが非常事態!?(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-12-08 07:21 |

『モンプチ 嫁はフランス人』(1)、(2)(本)

モンプチ 嫁はフランス人
モンプチ 嫁はフランス人2
じゃんぽ〜る西著
祥伝社

子どもに対するユニークな視点がヨイ

b0189364_18420125.jpg フランス人キャリア・ウーマンと結婚したアラフォーのマンガ家のコミック・エッセイ。
 このマンガ家、「じゃんぽ〜る西」というふざけたペンネームから推測できるように、若い頃、マンガのネタ探しということでフランスに渡った経験を持つ。ただし渡仏は実質1年程度で、スーパーのバイトしかやっていない(本人談)ということで、フランス語に堪能というわけではないらしい。だが縁あって、日本でフランス人女性と知り合い、結婚。友人たちや親は著者のことを「結婚できない」と思っていたため、フランス人と結婚したことに一様に驚かれたというエピソードも本書に描かれている。
 マンガについては、やはりプロのマンガ家が描いたもので、絵は多少素人っぽさを漂わせてはいるが、非常に面白いしうまいと感じる。絵についても一見拙そうに見えるが、しかし素人のコミック・エッセイとは異なる質の高さが随所に見受けられる。そのあたりはやはりプロの表現力ということになるのか。
 このマンガ、シリーズ化していて、現在シリーズ3まで出ている。結婚し、やがて子どもが生まれ、その子どもがだんだん成長していくという家族の物語だが、特に幼い子どもに対する著者の視点が鋭くて面白く、石坂啓の『赤ちゃんが来た』『コドモ界の人』のような「子どもに対する新発見」ネタが実に楽しい。b0189364_18420652.jpg本来はフランス人と結婚した日本人男の視点による異文化論が中心になるべきところなんだろうが、それよりむしろ子どもという異次元の存在に対する興味が先行しているようで、異文化ネタより異次元(子ども)ネタの方が充実している。もちろん子育てに対する日仏の考え方の違いのエピソードなどもユニークで面白いが、それでもやはり子どもが中心に来ているのは、著者が主夫業もやっているためだろうか。とにかく子どもに対する視点が斬新。著者の少し醒めたような、あるいは芸術家的と言っても良いのかも知れないが、そういうややシニカルなものの見方も楽しい。
 今回、シリーズ1とシリーズ2を図書館で借りて読んでみたが、子どもがもう少し大きくなったエピソード(つまりシリーズ3)もぜひ読んでみたいと思わせるような優れた作品であった。現在、シリーズ3も図書館で予約しているところである。なお、この著者、他にもパリ滞在記みたいなマンガが数巻出ている。また奥方のフランス人女性も、日本での育児に関するエッセイを発表している。こちらは現在読んでいるところ。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『フランス人ママ記者、東京で子育てする(本)』
竹林軒出張所『中国嫁日記(本)』
竹林軒出張所『生まれてバンザイ(本)』
竹林軒出張所『たんぽぽの日々(本)』
竹林軒出張所『ちいさな言葉(本)』
竹林軒出張所『ママたちが非常事態!?(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-12-07 07:41 |

『アフリカ少年が日本で育った結果』(本)

アフリカ少年が日本で育った結果
星野ルネ著
毎日新聞出版

アフリカ人が描いた関西ノリのマンガ

b0189364_16173739.jpg タイトル通り、カメルーン生まれ、関西育ちの著者が描いたエッセイ・マンガ。元々はSNSで公開していたものらしいが、どういういきさつかわからないが本になった。概ね1ページで完結する話が集められて、全体で126ページ。50ページほどがフルカラーであとはモノクロという構成である。
 朝日新聞の天声人語で紹介されていたことから興味を持って、図書館で借りようとしたが在庫1冊のところすでに予約者が50人いた(こちらの手元に届くまで単純計算で2年以上かかる)ため断念して購入した。ただ内容は非常に充実しており、マンガとしてもグレードが高いため、買うだけの価値はあると思う。
 子ども時代の経験や異文化交流などが題材になっていて、しかも全体的に関西ノリで、ボケやツッコミが非常に良いテンポで展開され、笑える要素が散りばめられている。またマンガとしての表現力もあり十分魅せる。個人的には異文化交流の話が好きなんで、この手の本は割合良く接している方だが、本書は目新しい事がらが多く、異文化交流本としてもユニークな存在になっている。
 僕が一番好きなエピソードは、著者が小学校の運動会の徒競走に出たときに(黒人=アスリートというイメージのせいで)周りの(知らない人たちの)期待が異様に高いのが膚でわかるが、実際に走ったところ3着になってしまい、周囲の人々の落胆が伝わってきたという話。在日ブラジル人でサッカーができない人の話も以前聞いたことがあるが、あれと同じようなパターンであり、「人は見た目が9割」というのもあながち外れていないと感じる。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『中国嫁日記(本)』
竹林軒出張所『戦場から女優へ(本)』
竹林軒出張所『アフガニスタンの少女、日本に生きる(本)』
竹林軒出張所『「ニッポン社会」入門(本)』
竹林軒出張所『日本語ぽこりぽこり(本)』

# by chikurinken | 2018-12-06 07:17 |

『カルト宗教信じてました。』(本)

カルト宗教信じてました。
「エホバの証人2世」の私が25年間の信仰を捨てた理由

たもさん著
彩図社

「エホバ」の内実が白日の下にさらされる

b0189364_17340234.jpg このマンガも、『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』同様、「エホバの証人」を脱会した元信者の体験談。こちらの方が後発で、どういういきさつで出版されることになったのかわからないが、しかし内容は充実している。「エホバ」の内情が非常に事細かく描かれているため、あの本を読んだ後でも、得るところはあり、読む価値も十分ある。
 著者が小学生の頃、著者の母親が入信し、それに伴われて著者も入信させられた。その後は、教義については半信半疑ながらも活動を続ける。そのために学校での活動も制限され、友人もできず、多くの時間を「エホバ」の活動に費やすという生活を送る。その後(「エホバ」信者の)恋人ができるが、周囲から付き合いを辞めさせられる(「エホバ」は男女交際に厳しい)。それでも数年後にその人と結婚するが、結婚しても周囲の「エホバ」信者が何かと干渉し、息苦しいことこの上ない。やがて子どもができて、会の活動はやや消極的になっていく。消極的ながらも「エホバ」の活動を続けていた著者を大きく変えたのが、子どもの難病である。難病の治療に輸血が必要ということになるが、「エホバ」では輸血が禁止されているため、二者択一を迫られることになる。そして、著者によると、そこから「エホバ」に対する疑念が始まる(結局は他の会員には秘密にしたまま輸血の同意書にサインする)。その後、アメリカの元信者による「エホバ」告発の映像に偶然接し、「エホバ」の実態を知るようになって、「エホバ」の真の姿を知った結果、ついに夫と共に脱会することになる。その後も、周囲の信者(母親を含む)からいろいろな圧力を受けるが、本当の自由を獲得する……という話である。
 マンガは非常に質が高く、表現はプロレベルであり、処女作とは思えないほどである。このあたりは『よく宗教勧誘に来る人の……』と同様で、そこらのエッセイ・マンガとは一線を画す。途中「エホバ」の集会や活動について詳細に描かれた部分が続くが、これを読み続けるのが非常に苦痛で、とは言ってもこれはマンガの質が低いからというわけではなく、その内容が過酷であるせいである。平気で人の領域にズケズケ入ってきて、彼らの解く「真理」を押し付ける。何か好きなことをしようとしたら、それをやめるよう圧力をかけてくる。戦時中の隣組とかクラス内でのイジメとか、そういうものを思わせる極端な全体主義で、こういうものに接していると(たとえマンガを通じてであっても)はなはだ気分が悪くなるわけだ。しかも会員の行動が「エホバ」に対する反逆行為と見なされると「排斥」され仲間たちから無視されるようになると来ている。その同調圧力の強さは、(同調圧力の強い)この日本社会でも群を抜いたもので、息苦しいったらない。読んでいるだけでそのあたりが伝わってきた……ということは、それはこの著者の表現力に負うところが大きいということなんだろう。著者たちを含む当事者がどれだけ息苦しかったかが、この作品から忍ばれる。
 また、信者が「エホバ」の活動のために生活を著しく犠牲にしているという状況も紹介されており、それもかなり新鮮であった。つまり平日から活動を強いられるせいで、多くの信者が仕事にちゃんと就くことができないというのだ。したがって年金などを受けられる立場にないことから年を取ったら必然的に国の世話になる(「エホバ」は面倒見てくれない)。国などの外の世界を「サタン」と排斥していた人々がその世話にならなければ生きていけなくなるということで、マンガの中で語られる「皮肉だよな 今までさんざん滅びると触れ回っていたサタンの世からやしなってもらうんだもんな……」という言葉が響いてくる。こういう現状を教えられると「組織に騙されて収奪されるだけ収奪された人々のなれの果て」というイメージがにわかに湧いてくる。恐ろしい話である。
 いずれにしても著者は脱会して普通の生活に戻ったようで、最後は非常に前向きな形で終わる。「エホバ」のような現実否定の後ろ向きな姿勢ではなく、現実を肯定することから始めて、人生を見つめていくことが重要であるというメッセージが直に伝わってきて、煩わしい世界から抜け出せたすがすがしさが(読者にも)心地良く感じる。表紙はあまり良いとは言えないが、非常にすばらしい表現力を持った著者による、佳作のルポルタージュ・マンガである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話(本)』
竹林軒出張所『カルトの思い出(本)』
竹林軒出張所『カルト村で生まれました。(本)』
竹林軒出張所『さよなら、カルト村(本)』
竹林軒出張所『酔うと化け物になる父がつらい(本)』

# by chikurinken | 2018-12-05 07:33 |

『キレる私をやめたい』(本)

キレる私をやめたい
〜夫をグーで殴る妻をやめるまで〜

田房永子著
竹書房

マンガとしてはアレだが
内容は結構深い


b0189364_16425722.jpg 表紙を見るとある程度推測できるが、これがプロの画力かと思うような拙い絵のマンガである。エッセイ・マンガだからある程度は目をつぶりたいところだが、しかしこれは今まで僕が読んだ中でも最悪の部類ではなかろうか。こういう読者を軽く見ている(と感じられる)ようなマンガは、基本的にここであまり紹介しないんだが、このマンガは内容(作画以外の部分)に目新しさがあるんで、取り上げることにした。
 先ほども言ったようにエッセイ・マンガなんで、自らの身辺を描くというアプローチである。タイトルにあるように、著者はそれまで突然キレて夫をグーで殴るようなヒステリー女性で、しかもそういった自分に嫌悪感を抱いていたんだが、子どもが生まれ、子どもに手をあげそうになった(実際には少々小突いたようだが)ことからあらためて猛省し、キレてしまうことをなんとか止めたいということで、いろいろ方策を探し始めるのである。最終的にゲシュタルト療法に落ち着くんだが、このセラピーに行き着く前にも箱庭セラピーを試したり心療内科などに通ってみたりしたがしっくり来なかった。著者にとっては、ゲシュタルト療法が唯一最高の解決策になったのだった。
 ゲシュタルト療法というのは、あまり一般には聴き慣れないが、このマンガから察すると、ロールプレイを交えた一種の認知行動療法のような印象を受ける。どの程度効果があるかについては僕は知らないが、少なくともこの著者については大いに効果を上げたようで、自分がキレる原因、キレるプロセスなどが自分なりによくわかり、腑に落ちたようである。(著者が発見した)そのキレるプロセスやその構造についてもマンガで図解しながら、自分の中の何が原因だったかを紹介しているが、読んでいるこちらはもう一つ腑に落ちない。何となくだが、子どもの頃から母親からいろいろと干渉され否定されてきたことが遠因で、そのために自己肯定感の低い人間になってしまったことが背景になっている……というのは推測できる。自己肯定感が低いため、外部からの刺激(夫の何気ない言葉など)をともすれば攻撃と受け取ってしまい、低い自己肯定意識を守るために攻撃(と自らが解釈したこと)に対して過剰に反応する、それが暴力という形になって表れる、とこういうことではないかと読者であるこちらは推察する。著者はゲシュタルト療法を通じてそういうことに気付いたわけで、それと同時に「休むこと」、「〈今ここにいる〉ことを意識すること」、「自分を褒めること」などを実践するようになって、キレない人間になることができたという、そういう体験談である。
 このように内容が非常に興味深く、いろいろと考えさせられる話である。絵は挿絵みたいなものであって、一般的なマンガとはアプローチが違うのだと考えれば、絵の拙さも気にならなくなる。自己肯定感の低い人は周りにもいるし、それぞれで大変なものを背負っているようだが、こういう人と接する際の参考にもなる。もしかして今まで、僕自身が彼らに対してひどいことを言って傷つけていた(そして彼らの自己肯定感の低下を助長していた)のかも知れないなどとも反省してしまう。いずれにしても、本人も周囲もそういった問題点について理解することが、問題解決、そしてさらには関係改善の突破口になる。それについては間違いなさそうだ。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『攻撃性』

# by chikurinken | 2018-12-04 07:42 |

『督促OL業務日誌』(本)

督促OL業務日誌 ちょっとためになるお金の話
榎本まみ著
メディアファクトリー

内容は前著と重複

b0189364_16320162.jpg 『督促OL 修行日記』の作者が、あの本の後に出した本。内容はあちらとかなりかぶっており、目新しさはさほどない。タイトルが似ているため当初続編かと思っていたんだが、『督促OL 修行日記』が文藝春秋社、本書がメディアファクトリーから出ているんで、続編という位置付けではなさそうである。あるいは一種の便乗本なのかも知れない。
 構成は、いろいろなテーマごとに項目立てされており、それぞれの項目ごとに著者の4コマ・マンガ2ページ、そのテーマについてのエッセイ2ページ、N本(著者の分身)とK藤(N本の上司)との会話形式のQ&A(「教えて!K藤センパイ」)2ページでひとまとまりになっている。
 カード会社のコールセンターで督促OL業務を行っている著者が描く現場の様子、理想的なお金の借り方などが紹介され、初めて読む分には非常に新鮮だと思われるが、先ほども言ったように前著と内容が重複しているんで、あちらを読んでいればこちらは必要ないかなとも思う。確かに有用な情報はあるが、やや(情報が)垂れ流し気味で面白さは少なめである。
 カード会社の債務を返せない人たちの事例が紹介されるのも前著と同様。中には(返せない客の方がオペレーターに対して)恫喝や脅しをするようなケースもある(多い)ようだが、だからといってカード会社のオペレーターの方もヤミ金のように「ぶっ殺す」などと怒鳴ることはないわけで(現在は法律で禁止されている)、ただひたすらお願いする、あるいは一緒に解決策を考えるというのが現状らしい。だが、返せない客側からすると、督促が来たらあるいは恐怖しあるいは激怒するわけで、こういった人間に対峙しなければならないコールセンターのオペレーターは、それはもう大変な仕事になるのはお察しできる。だがこういった督促が不快だからといって客側が無視し続けたりすると、むしろそれは客の方のデメリットになるというのが著者の意見。そういった場合、そのカードが即使えなくなる上、信用情報が他の銀行やクレジット会社とも共有されるため、クレジットを含む借入れができなくなり、結局のところその客に不便がまわってくるというのである。そのため、督促電話にちゃんと出て、話し合いをした方が客(金を借りて返せない人)にとってははるかに良い結果になるというのが著者の主張である。場合によっては支払日が延期されたり(その分利子が付くが)ということも行われるらしい。借金はうまくしましょうというのが本書の言わんとするところで、借金で首が回らなくなった人にいつも接している現場の人間の意見として非常に貴重である。
 僕自身は極力借金をしたくない人間で、借金をうまく利用しようと言われてもあまり賛同できないが、その趣旨自体はよくわかる。基本的にローンやクレジットについても極力利用すべきではないと思ってはいるが、使うんであれば、著者が言うように賢く使わなければいけないのは火を見るより明らかである。やはり「ご利用は計画的に」というところに落ち着く。
★★★

参考:
竹林軒出張所『督促OL 修行日記(本)』

# by chikurinken | 2018-12-03 07:31 |

『戦車の時代がやって来た』(ドキュメンタリー)

戦車の時代がやって来た
(2017年・仏IMAGISSIME/独LOOKS Film)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

機関銃→塹壕→戦車という過程で
大量殺戮の時代を迎える


b0189364_18244103.jpg 第一次世界大戦が始まった1914年当時、ドイツ人もイギリス人もこの戦争が短期間で終結すると考えていたという。参加した兵士も、英雄的な考えにとらわれた志願兵が大半で(「クリスマスまでには戻ってくる」などと語った志願兵もいるらしい)、その事実が当時の一般的な考え方を反映している。ところがこの頃の戦争は、それまでヨーロッパ諸国で繰り広げられていた政治の道具としての戦争ではすでになくなっていた。一番大きいのは、機関銃などの近代兵器が実用化されたことであり、機関銃が主力になると敵陣に打って出るというような英雄的な戦い方ができなくなるため、塹壕を掘り、その中で敵の出方を窺いながら耐えるという戦い方になる。したがって戦闘は長期化し、武器をはじめとする兵站が膨大になり、結果として国力をかけた総力戦になってしまう。そのために第一次大戦は、当初の目論見から外れて長期化し、ヨーロッパ諸国は戦勝国も敗戦国も著しく疲弊することになった。これが第一次大戦の歴史的な評価である。
b0189364_18244994.jpg 大戦が戦われていたとき、西部戦線(独仏国境)では、バルト海から地中海にまで達する長い塹壕が掘られた。この長い塹壕で向かい合った両軍は、この状況を打開するために、塹壕を突破できる新兵器の開発を始める。それが戦車である。周囲を装甲で覆い、敵からの攻撃に耐えながら塹壕を突破し、機関銃や大砲で敵兵を一掃するというコンセプトの車両である。フランスや英国で開発が進んだが、最初に実戦に投入されたのは、ソンムの戦いにおいてである。英国軍が戦場に新開発の戦車を数十台投入し敵軍に大いなる脅威を与えたが、完成度が低かったためにそのほとんどが途中でエンコし、使い物にならなかった。しかしそのポテンシャルについては両軍ともに大いに感じるところがあったようで、戦車は改良され(ルノーなどの自動車産業も協力したという)、やがて実践にどんどん投入されるようになる(ドイツ軍は、資材の不足により十分な量の戦車が作れなかったために、結局戦車投入競争に敗れたらしい)。こういった近代兵器と戦車の歴史が語られるのがこのドキュメンタリーである。戦車についても英軍のマークI戦車、リトル・ウィリー、フランスのルノーFT-17などが映像で紹介される。
 ドキュメンタリー自体は、少々尻切れとんぼの終わり方をし、続編があるかのような示唆が最後に出てくる(この後戦車の技術が近代農業に活用されソ連の計画経済を支えるというような表現がある)。実際この作品の原題が『AGE OF TANKS Ep.1』であるところを見ると、エピソード2以降の存在も当然考えられる。今回なぜにこれを単発ドキュメンタリーのようにして放映したかは不明だが、第一次大戦の特性を知る上で兵器を知ることは重要であり、戦車の存在がその後の大量殺戮に繋がったことを知ることも重要であるため、それはそれで有意義な番組だったとは思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『カラーでよみがえる第一次世界大戦(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀 第1集〜第4集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アメリカの新たな戦争 無人機攻撃の実態(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-12-02 07:24 | ドキュメンタリー

『写真は小さな声である』(ドキュメンタリー)

写真は小さな声である 〜ユージン・スミスの水俣〜
(2018年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

水俣でのユージン・スミスの仕事に迫る

b0189364_17123793.jpg 写真集『MINAMATA』で有名な報道写真家、ユージン・スミスにスポットを当てたドキュメンタリー。今年が生誕100周年ということで、ジョニー・デップ主演で映画も作られるらしいが、ETV特集でもいち早く特集した。
 報道写真家としてすでに名をなしていたユージン・スミスは、1970年から水俣湾沿岸の月浦地区(水俣病患者が多数出た地区)に移り住み、患者たちを写真に収め始めた。水俣病の実態を世界に伝えたいという動機からである。同時に当時、日系2世のアイリーン・美緒子と結婚し、通訳や助手は彼女にしてもらっていた。またアイリーン自身も写真を撮影している。ユージンは気さくな性格であるため、地域の人々とも溶け込み、親しく付き合っていく。水俣病被害者の家族とも親しくなり、中でも田中実子さん(当時18歳)がお気に入りで、何度も何度も彼女の家に訪れて写真を数多く撮影している。ただし水俣病の実態を伝えられる写真が撮れなかったということで、実子さんの写真は1枚しか公開していない。
b0189364_17124007.jpg 多くの被害者や家族と知り合い、今でもユージンのことを懐かしむ人がいる一方で、あまり良い思いを持っていない人もいる。それが上村智子さんの家族で、上村智子さんというのは『MINAMATA』でもっとも有名な入浴写真のモデルを務めた被害者である。まさに水俣病の実態を伝えるような写真でインパクトがあるが、あの写真集が発表された後、上村智子さんの家族はいわれのない中傷を受けたりしたそうで、そのためにユージンに対しても良いイメージを持っていないようだ。だがユージンの方も、被害者の写真を撮るに当たって、本当にこれが彼らにとって良いことなのかと自問していたらしい。そのあたりの心情を語った言葉が、アイリーンの手元にある音源に残されている。
 ユージンはその後、水俣病加害者であるチッソの敷地内で、撮影中にチッソが雇ったヤクザ者に暴行を受け、重傷を負ってその後苦しむことになり、それが原因で帰国した。後にあの写真集『MINAMATA』が発表されるが、その数年後、他界する。
 このドキュメンタリーでは、かつてユージンの周囲にいた人々への聴き取りや、残された記録、音源などを使って、彼の人となりや活動などに迫っていく。ドキュメンタリー、それからこの『ETV特集』でもよく使われるオーソドックスな手法で番組が構成されている。実に正攻法な手法であり奇を衒ったところもないので、見ていてくたびれることもないし、非常にわかりやすい。単にユージンの仕事を礼賛するのでもなく、いろいろな人々の気持ちをすくい取って紹介しているのも良い。製作予定になっている映画にも興味が湧くというものである。なおタイトルの「写真は小さな声である」というのは、ユージン・スミスが『MINAMATA』の序文で、写真家としての自身の矜持を表明した文章から取られたものである。それについても最後に紹介されている。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『水俣病 魂の声を聞く(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『日本人は何をめざしてきたのか (3)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『薬禍の歳月 〜サリドマイド事件・50年〜(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『カメラマン・サワダの戦争(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-12-01 07:12 | ドキュメンタリー

『NYタイムズの100日間』(ドキュメンタリー)

NYタイムズの100日間
〜トランプ政権とメディアの攻防〜 前編
後編
(2018年・米RADICALMEDIA/MOXIE FIRECRACKER FILMS)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

第四権力のプライド

b0189364_18541900.jpg アメリカの有力新聞、ニューヨーク・タイムズの編集部に密着するドキュメンタリー。原題は『THE FOURTH ESTATE The First 100 Days(第四権力 最初の100日間)』である。邦題の『トランプ政権とメディアの攻防』は、番組のニュアンスをあまり正確に表していないと思う。メディアの攻防というほどのシーンはあまりなく、基本線は新聞社の密着ドキュメンタリーである。
 密着する期間は、タイトル通り、トランプが大統領に就任してからの100日間で、史上かつてない破天荒というか非常識な人間が大統領になっただけにいろいろと問題が噴出して、編集部もてんてこ舞いである。中には大統領選前からトランプの担当だった女性記者もいて、大統領選が終わったら解放されて生活に余裕ができると思っていた(下馬評ではヒラリーが圧倒的に有利だったため)ところ、予想外の結末になったためいまだに忙しさから解放されていない。小さい子どもからも始終電話が入るような生活がいまだに続いていて、心身共に疲れ果てている。一方で、トランプはマスメディアを敵視しており、ニューヨーク・タイムズはまさにその標的になっている。ニューヨーク・タイムズの方もトランプとの対決姿勢(というより権力に対する批判的な姿勢)を貫いている。
b0189364_18543494.jpg このドキュメンタリーでは、編集長、編集者、代表などさまざまな関係者の話がふんだんに聴ける上、彼らが締切と戦いながら、日夜激務に追われている様子が映し出される。もちろん激務であっても、編集者の士気は非常に高く、仕事にもプライドが感じられる。映画『大統領の陰謀』に出てくるような編集部の有り様が映し出されて、非常に興味深いところである。
 この作品は、何かを告発するというタイプの作品ではなく、むしろ状況をそのまま描いていくというタイプの詩的な要素も持つ作品で、ドキュメンタリーというより映画に近く、元々映画として制作・公開されたのではないかと感じる。そのためにタイトルバックなども割合凝っていて、少しばかり映画風であった。何よりプロデューサーの名前が20人近く出てきたのに驚いた。制作協力している放送局、製作局が多かった(15の団体名が示されていた)せいかも知れないが、指揮系統は一体どうなっていたのか非常に気になるところである(だからと言って完成度が損なわれているというようなこともなかった)。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『“フェイクニュース”を阻止せよ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『路上のソリスト(映画)』
竹林軒出張所『“強欲時代”のスーパースター D・トランプ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ドナルド・トランプのおかしな世界(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-11-30 07:53 | ドキュメンタリー

『ショパン・時の旅人たち』(ドキュメンタリー)

ショパン・時の旅人たち 第一回国際ピリオド楽器コンクール
(2018年・NHK)
NHK-BS1 BS1スペシャル

特異な解説者を得たこのドキュメンタリーは
格別な仕上がりになった


b0189364_18010775.jpg 5年に一度ワルシャワで開催されるショパン国際ピアノ・コンクールはピアノ演奏家の登竜門として有名だが、2018年、同じワルシャワで古楽器を使用したピアノ・コンクールが新たに開催されることになった。これがショパン国際ピリオド楽器コンクールで、その模様を追いかけたのがこのドキュメンタリー。最近ドキュメンタリーで時折目にする「コンクールもの」である。
 このドキュメンタリーも、他のコンクールものあるいはグレート・レースものと同じように、数人の参加者にスポットを当てて、ファイナルまで追いかけていくというアプローチだが、ただ一つ他のドキュメンタリーと違うのは、参加者の1人(川口成彦)が非常に雄弁に(まるで解説者であるかのように)心境や古楽器のピアノについて語ってくれることで、それがためにこのドキュメンタリーは他と一線を画すすばらしい仕上がりになっている。
b0189364_18024161.jpg このコンクール、「ピリオド楽器コンクール」というだけあって、使用されるのは、ショパンの時代に使用された古楽器のピアノ(いわゆるピアノフォルテ)である。ショパンの時代はピアノが大幅に改良された時代であり、ショパンも時代ごとに何種類かのピアノを使い分けていたと考えられている。つまり作曲した楽曲によって、想定されているピアノが異なっている可能性があるということである(竹林軒出張所『ピアノの詩人ショパンのミステリー(ドキュメンタリー)』を参照)。このコンクールでは、参加者が、4台あるピアノフォルテから楽曲に合った任意の1台(もしくは数台)を選択し、それを演奏していくという方法論が採用されている。したがって単に演奏がうまいと言うだけではだめで、音色やショパンの楽曲に対する理解なども問われることになる。表現力がトータルで試されるわけで、そういう点ではなかなかに意欲的なコンクールと言える。
 コンクールは2018年9月1日から2週間に渡って実施された。事前にDVD書類審査で選抜された30人が1次審査を受け、その中の15人が2次審査に進む。2次審査では、ピアノ・ソナタなどトータルで50分に渡って演奏し、その中からさらに選ばれた6人が最終審査に臨む。最終審査では18世紀オーケストラと協奏曲を共演するという流れになる。
 このドキュメンタリーで密着する参加者は、先述の川口成彦の他に、マ・シジャ(中国)、ディナーラ・クリントン(ウクライナ)、クシシュトフ・クションジェク(ポーランド)で、最終審査まで残る者もいれば、1次審査で落ちる者もいる。それぞれ感じること、抱えていることがあり、そのあたりにこの種のドキュメンタリーの目玉があるのが一般的だが、このドキュメンタリーについては、先ほども言ったように川口成彦のキャラクターがすばらしく、そのあたりが一番の見所になっている。
b0189364_18010179.jpg なんといっても、非常に穏やかな好青年であり、感じていることやどのあたりが演奏のポイントかなどについてかなり細かく説明してくれる。特にピアノフォルテに対する理解と情熱がすばらしく、それぞれの楽器でどのような音が鳴るか、自分がどのように表現したいか、そしてコンクールの場でそれを表現することにどのような難しさがあるかなど、非常に丁寧に説明してくれるのである。このコンクールが実況されて専属解説者がいたとしても、ここまでの解説は不可能ではないかと感じる。しかも、たとえばモデレーター(弱音器)を使うことで表現がどのように変化するか実際に演奏して見せてくれたりする。プレイエル、エラール、ブッフホルツなど、コンクールで使われたピアノフォルテについてもそれぞれの特徴を解説してくれ、その上で彼のコンクールの演奏を楽しむことができるため、コンクールのウチとソトの両方からコンクールに迫れるような感覚さえある。しかもこの川口氏、最終審査まで残ったため、視聴者はこのコンクールを隅から隅まで楽しめるようになっている。コンクールものでここまで徹底したものはかつてなかったんじゃないかと思う。それもこれもすべて、この川口氏という特異な演奏家のおかげである。
 ちなみにこの川口氏、オランダ在住で、18世紀オーケストラにも出入りしていたため、最終審査で共演したオーケストラの面々とも顔見知りだった。団員から「ファイナルまで来たの、すごーい」みたいなノリで激励されており、とても愛されているというような印象を受けた。演奏にも人間性が滲み出るということは良くあるが、そのあたりもこの人の魅力だったんじゃないかと思う。今後、川口氏と18世紀オーケストラの共演も十分あり得るため(CDを含めて)、今から楽しみにしたいところである。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『ピアノの詩人ショパンのミステリー(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『カリスマ指揮者への道(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ストラディバリウスをこの手に!(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『もうひとつのショパンコンクール(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ホグウッドのモーツァルト』

# by chikurinken | 2018-11-29 07:00 | ドキュメンタリー