今年も恒例のベストです。例年どおり「僕が今年見た」という基準であるため、各作品が発表された年もまちまちで他の人にとってはまったく何の意味もなさないかも知れませんが、個人的な総括ですんでそのあたりご理解ください。
例によって、映画とドラマはあまり見ていない(しかも昔見たものばかりである)ため、ベストの対象は本とドキュメンタリーだけです。
(ベスト内のリンクはすべて過去の記事)
今年読んだ本ベスト5(35冊)
1.
『殺人犯はそこにいる』2.
『羊皮紙をめぐる冒険』3.
『ピエタ』4.
『テロルの昭和史』5.
『ストーリーが世界を滅ぼす』
僕が読むのはノンフィクションの本が多いんだが、3がフィクションで、1と2もスリリングでフィクションの一種と見なせるような本である。
1.の『殺人犯はそこにいる』は、ジャーナリスト、清水潔が北関東連続幼女誘拐殺人事件の解明に挑んだ作で、評価もすでに高く、世間ではよく知られた本である。今までこの手のミステリー系と言って良いようなノンフィクションにはあまり手を出さなかったが、冤罪関連で関心が涌いたため今年になって読んでみたのだった。なんと言っても、警察が突き止められなかった犯人を特定するまでに至った、しかもそれが明らかになったにもかかわらず警察が動こうとしなかったというのが衝撃的で、ジャーナリズムの力だけでなく日本の行政組織に横たわる闇が明るみにされている点が特に印象深い。著者の緊張感が伝わってくるような迫真的な記述も大きな魅力である。
2.の『羊皮紙をめぐる冒険』は、羊皮紙に魅せられた若者が、自ら羊皮紙を作ってみては改良し、本場に乗り込んで本物を手に取り、さらに改良を加えて、やがて羊皮紙のスペシャリストになっていくまでの過程が、少し軽い筆致で自伝的に描かれる書である。この本自体は(面白いには面白いが)軽さが気になって必ずしも好みというわけではないが、著者が他で出している
『羊皮紙のすべて』という本が非常に格調高い良い本で、『羊皮紙をめぐる冒険』はその序章というような位置付けで接するとその価値の高さに気づく。マニアのパワーにあらためて感心する。

3.の『ピエタ』は、近世ヴェネツィアを舞台にした小説で、かつて実在したピエタ慈善院を舞台にした作品。元々はAmazon Audibleで小泉今日子による朗読版を聞いており、その後この原作に当たったため、印象の中心は小泉今日子のAudible版になるが、当時の風俗が破綻なく描かれ、しかもドラマ性もあって、近年では珍しい(僕が知らないだけかも知れないが)と思わせるような立派な小説に仕上がっていた。とは言っても、僕が本書に対して抱いている好感度は、Audible版の小泉今日子の熱演あっての前提である。そういうわけで、Audible版が一番のお奨めである。
4.の『テロルの昭和史』は、昭和史研究の第一人者、保阪正康の、これまでの研究成果を統合したようなダイジェスト的な著作で、著者が他の書で紹介してきた昭和のテロ事件を一冊にまとめたような本である。調査が細部にわたり、内容が深く、しかも本書ではそれぞれの事件の繋がりにまで論考が及んでいるため、通史として非常に価値が高い。軍部の暴走をマスコミや民衆が推し進めていった過程もよくわかるようになっていて、「軍=悪」という画一的な見方に終始しない姿勢は、歴史に対する取り組み方として見習う必要があると感じる。

5.の『ストーリーが世界を滅ぼす』は、他人が発したナラティブ(語られたストーリー、物語)が人々の考え方に影響し、それが結果的に集団の考え方を醸成するという議論で、社会がこういったナラティブに取り巻かれ影響を受けている状況を提示している。特に現代ネット社会では、真実に基づかないナラティブがはびこって一般市民に大きな影響を及ぼしているという現実があるわけで、そういう現状を踏まえて、我々個人個人の側が受け取るナラティブに対して注意を払わなければならないと主張する。米国のノンフィクションに見られるような冗長さが前編に渡っているが、主張は明確で斬新なため、一読の価値は十分ある。
今年見たドキュメンタリー・ベスト5(60本)
1.
『万年時計』2.
『印象派の夜明け』3.
『平成の名香合』4.
『AIの不都合な真実』5.
『ハルマゲドンを待ち望んで』
今回選んだドキュメンタリーは、1〜3までが文化ドキュメンタリーである。1.の『万年時計』は、江戸時代に作られたからくり時計の複雑な構造を、CGを交えて解説するというもので、内容については言うまでもないが、優れた映像表現も特筆に値する。後世に残しておくべき映像で、保存版とも言えるような作品であった。
2.の『印象派の夜明け』は、フランスのドキュメンタリー作品。19世紀後半にフランスで起こった印象派の運動を、それが発生した背景から、その運動が後世にもたらした影響に至るまで、ドラマ仕立てで再現したドキュメンタリーである。中でも、作家に似た俳優を起用して再現したドラマ風の映像が非常によくできており、しかも、第1回印象派展を学術的な視点に基づいて再現するなど、地味だが目を瞠るような演出もある。これも保存版と言える作品である。

3.の『平成の名香合』は、2009年にNHKで放送されたドキュメンタリーで、数十年ぶりに実施された香道の行事、名香合について、主宰者、参加者に密着して、レポートするというもの。通常であれば接することがない非常に特異な世界に、映像を通じて接することができるという点で、これも価値が高い。先の2本の作品とあわせて、記録映像としての価値を再認識させるドキュメンタリー作品であった。
4.の『AIの不都合な真実』は、目下世界中を席巻している(先進的な)AIが、実は低賃金の収奪的な(手作業の)労働に支えられていることを報告する、きわめてユニークな内容のドキュメンタリー。AIは今でも過大に評価され、世の人々がAIを万能であるかのように思い込んでいるフシがあるが、所詮は(低賃金労働に従事する)犠牲者の上に築かれた砂上の楼閣に過ぎない。一般人の間のAIの幻想はまだ当分続きそうだが、このドキュメンタリーは、その実態を明らかにしており、AIの見直しのきっかけになる可能性を秘めた作品である。

5.の『ハルマゲドンを待ち望んで』は、米国のキリスト教福音派の実態を明かす作品で、利己主義のスーパー保守主義者たちを次々に生み出す不気味な福音派の現状が明かされる。正直言って、こういう人間が多数存在する米国という国に空恐ろしさを感じるが、こういう人間たちがイスラエルに赴いて、パレスチナで戦争を起こそうとしているという現実にも不気味さを感じる。単なる宗教で片付けられない不気味さは、オウム真理教や統一教会に通じるものがあり、新しい脅威が次々に生み出される現代社会の暗黒面を物語っているようである。気持ち悪いので、ここでもう一度紹介し直すのもはばかられるんだが、日本在住の小市民の僕にも将来的に影響する可能性があるため、現実に目を向けておく必要があるとあらためて感じる。
というところで、今年も終了です。今年も1年、相手をしていただいてありがとうございました。更新頻度も以前より少なめですが、またときどき立ち寄ってみてください。
ではよいお年をお迎えください。
参考:
竹林軒出張所『2009年ベスト』竹林軒出張所『2010年ベスト』竹林軒出張所『2011年ベスト(映画、ドラマ編)』竹林軒出張所『2011年ベスト(本、ドキュメンタリー編)』竹林軒出張所『原発を知るための本、ドキュメンタリー2011年版』竹林軒出張所『2012年ベスト』竹林軒出張所『2013年ベスト』竹林軒出張所『2014年ベスト』竹林軒出張所『2015年ベスト』竹林軒出張所『2016年ベスト』竹林軒出張所『2017年ベスト』竹林軒出張所『2018年ベスト』竹林軒出張所『2019年ベスト』竹林軒出張所『2020年ベスト』竹林軒出張所『2021年ベスト』竹林軒出張所『2022年ベスト』竹林軒出張所『2023年ベスト』竹林軒出張所『2024年ベスト』