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竹林軒出張所

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『統合失調症になった話』(本)

統合失調症になった話
ズミクニ著、岩波明監修
KADOKAWA

日本のマンガの裾野は広い

『統合失調症になった話』(本)_b0189364_12585211.jpg タイトル通り、統合失調症になった人が自らの経験を描いたマンガである。
 勤めていた会社を辞めてから幻覚や妄想が現れ始め、地元の精神科病院に行くも門前払いを食らう。さらに交番に行っても応対してもらえなかったことから、受け入れてくれる病院を目指して上京したものの、銃で撃たれる幻覚を見て卒倒する。その後保護され、措置入院の手続きがとられて、都内の精神科病院に入院。3カ月の措置入院、任意入院を経て退院し、職に就き、いろいろありながらも3年後に寛解するという過程をマンガに描いた作品である。
 入院時の話がかなりの割合を占めており、精神科入院を疑似体験できるという点では吾妻ひでおの『失踪日記2 アル中病棟』に近いとも言える。また、日常生活に異常を来していたときの経験や、退院してからの苦労や変調なども画像化されて具体的に描かれているため、統合失調症の経験がよく伝わってくる。
 絵は、簡略化されたマンガ的なものではあるが、手抜きはない。内容は本来暗いものなんだろうが、マンガであることから暗さを感じることはない。途中4コマ・マンガが挟まれるなど構成にも工夫があり、真摯な本という印象である。元々ツイッターに発表していたものをまとめたものということで、日記の延長とも言えるが、内容としてはなかなか斬新で、読む価値は十分にある。統合失調症の理解にも繋がるのではないかと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『今日もテレビは私の噂話ばかりだし……(本)』
竹林軒出張所『失踪日記2 アル中病棟(本)』
竹林軒出張所『入院しちゃった うつウーマン(本)』
竹林軒出張所『人間仮免中(本)』
竹林軒出張所『統合失調症がやってきた(本)』
竹林軒出張所『この人を見よ(本)』
竹林軒出張所『路上のソリスト(映画)』
竹林軒出張所『精神(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2025-06-23 07:58 |

『私たちの“仮想空間”を守ろう!』(ドキュメンタリー)

私たちの“仮想空間”を守ろう!
〜ゲームで狙われる子どもたち〜

(2024年・加Fathom Film Group)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

ネットは無法地帯であるという自覚が
必要ではないだろうか


『私たちの“仮想空間”を守ろう!』(ドキュメンタリー)_b0189364_11414720.jpg メタバース(仮想空間)で作られた仮想的な空間に出入りすることでエンタテイメントを提供するという類のゲームが人気らしい。日本ではマインクラフトなんかが人気のようだ。世界レベルで見ると、ロブロックスというゲームが大人気だという。
 こういうメタバース空間では、子どもから大人まで誰でも身元を隠した状態でいろいろな活動を行うことができるらしいが、当然その中には悪しき動機で入ってくる悪い大人たちがいて、未成年ユーザーを騙したり、あるいは極端な過激思想を植え付けたりすることも行われている。こういう事例は他のSNSでも大きな問題として取り上げられているが、SNS同様、サービスプロバイダは、それに対してろくに対策を行わない。そのため実質的に野放し状態になっており、未成年の被害者は拡大し続ける。中にはメタバース空間から現実空間に移行し、誘拐や脅迫が行われるケースもある。このドキュメンタリーでも15歳の少女の誘拐事件が取り上げられていたが、無法地帯化したネット空間が犯罪の温床になるのは、当たり前っちゃあ当たり前。
『私たちの“仮想空間”を守ろう!』(ドキュメンタリー)_b0189364_11414344.jpg このドキュメンタリーに登場するのは、ロブロックスで被害に遭った女性たちで、何ら対策を取ろうとしないロブロックス当局に対して、児童保護のための規制を設けるよう働きかけを行っている。案の定ろくに取り合ってもらえないが、その過程でこの問題に関心を持っている議会議員などとも知り合い、連帯して活動していくことを誓うというところでドキュメンタリーは終わる。なお、例の誘拐犯人はやがて検挙され、15年の懲役が科されたという。
 ネット社会が野放しでろくに対策を取られていない無法地帯になっており、この状況はあらゆるネットサービスに共通で、一種のネット文化と言っても良いのかも知れない。結局のところ、そういう人々に善意を求めたところで、そう簡単にものごとが改善されることはないのだ。むしろ、特に未成年に対しては、こういった無法地帯に安易に近づかないことを徹底する方が方策として適切なのではないかと感じる。「ネット上の倫理」という、ありそうでないものに期待しても無駄なのではないかと、このドキュメンタリーを見ながらあらためて感じたのだった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ソーシャルメディアの“掃除屋”たち(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ネット自動広告取引の闇(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『オンラインカジノ 底知れぬ闇(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『#フォロー・ミー(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『“幸せ”に支配されるSNSの若者たち(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『私を“合成”したのは誰(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『クリック・ベット(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『カネはモスクワへ消えた(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『「また見つかった 何が?」』
竹林軒出張所『消えた200億円と暗号資産の闇(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『僕らはそれに抵抗できない(本)』
竹林軒出張所『スマホ脳(本)』

# by chikurinken | 2025-06-20 07:41 | ドキュメンタリー

『シリコン・デザート』(ドキュメンタリー)

シリコン・デザート
インド 砂漠化するIT都市

(2024年・仏Yes Sir Film)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

文明崩壊のスナップショットなのか

『シリコン・デザート』(ドキュメンタリー)_b0189364_08161025.jpeg インドのベンガルールという都市での話。
 1980年代以降、米国のIT産業の下請先として発展し、いまやインド版シリコンバレーのような都市になったのがこのベンガルールであるが、現在、同地の水不足が深刻になっている。過剰な人口の流入のために水消費が増えたことと、急速な都市開発のせいで湖などの水源が破壊されたことが大きな原因である。
 現在は、地下水を売っている業者(「水マフィア」と呼ぶ人もいるらしい)や、住民自ら汲み上げている地下水に頼っている状況だが、その地下水さえ枯渇し始めているという状況で、住民にとっては生死に関わる死活問題である。こういう局面でとばっちりを受けるのが農家で、灌漑用水よりも飲料水が優先されるのは常であるため、古くからこの地で農業を営んでいる近隣の農家も、米作りが満足にできない状態になってしまっている。水不足でもたらされる混乱のある側面が現在のベンガルールに如実に現れているというわけである。
『シリコン・デザート』(ドキュメンタリー)_b0189364_08161325.jpeg 土地の破壊と水の枯渇が文明の崩壊の最大の原因であることを考えると、ベンガルールの状況は文明崩壊の過程を垣間見ることができる事例とも言える。金が増えて豊かになったところで生活の根本的な要素が失われたらどうしようもないということが、この現代文明の縮図から窺われる(決して他人事では済まされないが)。
 興味深いトピックであったが、番組自体はインタビュー中心で構成されており、映像的な動きがあまりなかったため、やや退屈なドキュメンタリーになってしまった。途中少し眠くなった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『デイ・ゼロ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀プレミアム 第15集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『武器ではなく命の水を(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『土の文明史(本)』
竹林軒出張所『サンド・ウォーズ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『私は黄砂と闘う(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2025-06-18 07:15 | ドキュメンタリー

『草の大地に生きる』(ドキュメンタリー)

草の大地に生きる —ある放牧酪農家の人生—
(2025年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

新企画定点観測ドキュメンタリーの予感

『草の大地に生きる』(ドキュメンタリー)_b0189364_09124070.jpg 北海道足寄町の酪農家・吉川友二氏に密着するドキュメンタリー。
 この吉川氏、若い頃牧場でバイトし、その際に牛舎で管理する集約的な酪農に疑問を持ったことをきっかけに、酪農に本格的に関わることになる。ニュージーランドの牧場での修行を経た後、自ら足寄に渡って、放牧式の酪農を始めることになった。同じ頃、足寄の集約的酪農が採算が取れず壊滅状態だったこともあって、放牧地を拡大し現在に至る。もちろん放牧地は当時荒れ地だったこともあり、開墾には労力も年月もかかったようだが、理想の酪農を行うために奮起したのだった。
『草の大地に生きる』(ドキュメンタリー)_b0189364_09124573.jpg その後、放牧酪農に関心を持つ若者たちも研修生としてこの吉川牧場(「ありがとう牧場」)にやってきては独立していき、吉川氏の放牧酪農も少しずつ足寄だけでなく全国的に拡散しているという状況である。さらにはあるチーズ職人が「ありがとう牧場」の牛乳を気に入って、近所にチーズ工房を作り、この牧場の牛乳を使ってチーズ作りを行っているというようなケースもあり、この「ありがとう牧場」の周辺が、村のようになって放牧酪農産業が広がっているという。
 その吉川氏もすい臓がんになり、今年になって死去した。「ありがとう牧場」は長男が継ぎ、いろいろと難渋しながらも放牧酪農を続けている。吉川氏はいなくなったが、彼が残した放牧酪農村は存続し、おそらく今後も拡大するだろうというところで番組は終わる。
『草の大地に生きる』(ドキュメンタリー)_b0189364_09125084.jpg 撮影は数年間に渡っており、吉川氏の元気なとき(がんが発覚する以前)から死去後までが映像に捉えられたドキュメントで、期間は短めだが定点観測ドキュメンタリーとして成立している。さらに今後数年に渡って取材を続ければ、放牧酪農村にもいろいろな変化が出てくることになり、結果的にこの村のドキュメントとして大いに価値を持つ作品ができあがることになると思われる。製作関係者には、是非今後も取材を続けていただきたいものである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『山懐に抱かれて(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『夢は牛のお医者さん(映画)』
竹林軒出張所『五島のトラさん(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ハッピーヒル(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『フード・インク(映画)』
竹林軒出張所『食について思いを馳せる本』

# by chikurinken | 2025-06-16 07:12 | ドキュメンタリー

『医療限界社会』(ドキュメンタリー)

ドキュメント 医療限界社会 追いつめられた病院で
(2025年・NHK)
NHK-総合 NHKスペシャル

同じような内容の番組が
2日続きでNHKで放送されるってどうよ


『医療限界社会』(ドキュメンタリー)_b0189364_08442644.jpg 病院の内情を曝すドキュメンタリーが前日に『ETV特集』で放送されている(竹林軒出張所『“断らない病院”のリアル(ドキュメンタリー)』を参照)が、『NHKスペシャル』でも似たような番組が放送された。NHKが何らかの医療キャンペーンをやっているのかどうかわからないが、同じようなコンセプトの番組を連日放送するのはいかがなものか、間を空けることはできなかったのかなどという点は気にかかるところである。
 このNHKスペシャルだが、地方の大病院の問題を紹介する。登場するのは、島根県にある済生会江津総合病院で、こちらの病院も、『ETV特集』の神戸市立医療センター中央市民病院同様、その内情を割合あけすけに曝している。立派なものである。
 この病院もご多分に漏れず、医師の過重労働が問題になっており、それに加えて、地方の医療機関らしく、医師不足の問題も抱えている。特に医師不足は深刻で、そのために医療過誤の多い医師までそのまま勤務を続けさせなければならないという状況で、さらには救急医も足りておらず、その分医師の負担が大きくなり、過剰勤務で辞めていく医師が出てくるという悪循環になっている。
『医療限界社会』(ドキュメンタリー)_b0189364_08443102.jpg 最終的にこの病院では、診療科を減らし、救急患者の受け入れを合理化する(隣接する大病院に依頼するなど)ことで、難局を乗り越えようとしている。どれもある程度合理的な対応のように思えるが、この病院の対応でもっとも効果的かつ有効なものは、この番組で内情を曝したことではないかとも思える。どのような組織も、弱みや問題を曝け出し、ステークホルダーと問題を共有することが問題解決の第一歩になる。医療業界もそのあたりに気づいたのかも知れないが、内情を曝け出す病院が現れたことは、日本の医療にとって良い徴候と言えるかも知れない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『“断らない病院”のリアル(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『飛び出せナース!(本)』
竹林軒出張所『ルポ 死亡退院(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『大学病院が患者を死なせるとき(本)』
竹林軒出張所『成人病の真実(本)』
竹林軒出張所『コロナ利権の真相(本)』
竹林軒出張所『医原病(本)』
竹林軒出張所『医療ムラの不都合な真実(本)』

# by chikurinken | 2025-06-13 07:44 | ドキュメンタリー