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竹林軒出張所

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『砂川事件 60年後の問いかけ』(ドキュメンタリー)

砂川事件 60年後の問いかけ(2017年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

「砂川事件=統治行為論」で片付けられない

b0189364_16262520.jpg 1957年、東京都立川市の米軍基地で基地反対運動が展開された際、数人の学生が基地の敷地内に入ったという容疑で逮捕された(いわゆる「砂川事件」)。けが人や死人が出ることもない割合ありふれたごく普通の事件で、この事件も微罪扱いで釈放されるというのが一般的な見方であったが、東京地裁で行われた一審公判で無罪判決が出され、しかも米軍の存在が憲法違反とする憲法判断が示されたことから、大きな話題になった。
 憲法判断になったこともあり、検察側は、高裁を経ずに最高裁に跳躍上告するという異例の対応に出る。最高裁判決も異例の早さで下され、地裁判決を破棄し裁判のやり直しを行うよう命じられた。全判事一致の判決である。この判決では、安全保障などの高度に政治的な事案については、それが明白に違憲でない限り、裁判所が違憲かどうかの判断を行うことはできないとする、いわゆる統治行為論が採用された。考えようによっては裁判所が違憲立法審査権を放棄したとすることもできる。この「砂川事件」は、現在高校の現代社会の授業でも扱われ、生徒たちには「砂川事件=統治行為論」で憶えるよう教えられるらしい。
 ただこの砂川判決はその後、日本の公判において決定的な判例になり、同様の事案については裁判所が介入しないという悪しき伝統が作り上げられてしまった。そのため、今周りを見回すとわかるが、数々の違憲まがいの法律が成立しまかり通っている。そもそも現在、憲法自体がどの程度尊重されているかもかなり疑問なのではあるが。
 ところが2008年に、アメリカでこの事案についての公文書が発表されたことから話は少し変わってくる。要するに当たり前のように司法権力による判断とされていた「統治行為論」であるが、実は判決の直前に外務大臣と米大使、それから最高裁長官と米大使が会談しており、政治情勢(当時、岸内閣によって新日米安保条約の改訂が進められていた)に配慮した判決を出すことをアメリカ側に確約していたという事実が明らかになったのだった。つまり最初から出来レースだったというわけで、それこそ司法の長による司法権の放棄ということになる。この公文書の発表を受けて、当時の被告4人が再審請求を行った。関係者のインタビューを行いながら、こういった事情を丁寧に追いかけるというのがこのドキュメンタリー。内容は非常に濃密で、司法のあり方についていろいろ考えさせられる番組であった。当たり前のように高校で教えられる統治行為論は決して「当たり前」ではなかったのである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『裁判百年史ものがたり(本)』

# by chikurinken | 2018-04-23 07:26 | ドキュメンタリー

『第50回全国高校野球選手権大会 青春』(映画)

第50回全国高校野球選手権大会 青春(1968年・朝日新聞社)
監督:市川崑
脚本:井手雅人、白坂依志夫、谷川俊太郎、伊藤清
音楽:山本直純
出演:芥川比呂志(ナレーター)(ドキュメンタリー)

『熱闘甲子園』よりはグレードが高い

b0189364_18103392.jpg 今からちょうど50年前の「夏の甲子園」を記録したドキュメンタリー。
 監督は『東京オリンピック』の市川崑で、テイストもあの映画と似ており、大会関係者や選手に接写でアプローチするという手法である。映像が詩的で美しいのも『東京オリンピック』と同様である。ビスタかシネスコかよくわからないが、横長の画面にアップで映される選手たちの姿は、テレビ映像とはまたひと味違った味わいがある。応援団や周囲の風景も、『熱闘甲子園』風で取り立てて目新しいものはないが、詩的に映る。また音響面もユニークで、選手の息づかいが収録されていたり、塁審が選手にかける言葉が拾われていたりする。
 とは言うものの、たかだかスポーツの大会ではないかという意識もこちら側にはあり、これほど一つのイベントを持ち上げることは果たして良いことなのかという疑問を最初から最後まで抱いていたのは事実。もちろんこれは映画に限ったことだけでなく、世間の高校野球に対する見方に異議を唱えているわけであるが、この映画で高校野球がとりわけ大層に描かれていたため余計にそう感じたのである。
 だがこの大会については、今と違って公立高校の割合がはるかに多いのは好ましく感じる。それに馴染みの高校も出ていたため、そういうチームを見てみたいという期待もあって、あまり退屈するというようなことはなかった。決勝に残った静岡商業のエース・ピッチャーが(その後ジャイアンツのエースになる)新浦壽夫だというのも、僕にとって発見であった。
 今こうやってレビューをまとめていて驚いたのは、脚本担当者が4人もいることで、詩人の谷川俊太郎までが名を連ねている。ごく一般的なドキュメンタリー映画のように見え、それほどの大層なシナリオだとは思わなかったので、これはかなり意外な事実であった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『あっこと僕らが生きた夏(ドラマ)』

# by chikurinken | 2018-04-21 07:10 | 映画

『さびしんぼう』(映画)

さびしんぼう(1985年・東宝)
監督:大林宣彦
原作:山中恒
脚本:剣持亘、内藤忠司、大林宣彦
出演:富田靖子、尾美としのり、藤田弓子、小林稔侍、佐藤允、岸部一徳、秋川リサ、入江若葉、大山大介、砂川真吾、浦辺粂子、樹木希林、小林聡美

大林映画らしくかなり気恥ずかしい

b0189364_18444306.jpg 大林宣彦の「尾道三部作」と呼ばれている映画の中の1本。舞台は、大林の故郷である尾道で、自伝的な要素が多分に入っているらしい。
 主人公の高校生の淡い初恋を描くという趣向であるが、そこに童話めいた話が絡んでくる。このあたりの童話的な部分に原作の要素が入っているようだが、実質的には大林オリジナルの話に近い。主人公が憧れる隣の女子高のマドンナが富田靖子で、富田は「さびしんぼう」という変わったキャラも二役で演じる。
 ストーリー自体はそれなりにまとまっているが、あちこちに、素人臭い、程度の低い演出が入っていて少々辟易する。前に見たとき(30年前)は割合よくできた映画のように感じていたが、今回は受け入れられない箇所が結構鼻に付いた。なにしろマドンナの女子高生が、あまりに理想化された男目線の存在で、見ていて気恥ずかしくなる。他の女の子たちが素の感じで登場しているのときわめて対照的で、実在感に欠けている。
 ただ中には、樹木希林と小林聡美の親子みたいに強烈なキャラの登場人物もいて、こういった部分には魅力を感じる。特にこの親子、雰囲気と顔が非常によく似ていて(意図的にそういう演出にしているようだ)、実の親子のようである。似ていると言えば、藤田弓子と富田靖子も何やら似ていて(こちらは同一人物という設定)笑ってしまう。もっとも今の年取った小林聡美と富田靖子を見ても、樹木希林や藤田弓子にはまったく似ていないので、このあたりは演出の妙と言える。
 一方で、「金玉」ネタをしつこく連発したり、秋川リサが演じる女教師のスカートが(意味もなく)何度も落ちたりという程度の低いドタバタ・ネタが、先ほども言ったように苦笑を誘う。小学生じゃないんだからそんなネタで楽しめるかと思う。それでもメインプロットである淡い恋愛に感情移入できさえすれば十分楽しめるんだろうが、30年経った今となっては、くだらない箇所ばかりが鼻について、そのためあちこち突っ込みを入れながら見ているという、そういうオヤジになってしまったのだった。30年の歳月は重い。
★★★

参考:
竹林軒出張所『異人たちとの夏(映画)』

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 以下、以前のブログで紹介した大林宣彦作品のレビュー記事。

(2005年12月25日の記事より)
なごり雪(2002年・大映)
監督:大林宣彦
脚本:南柱根、大林宣彦
出演:三浦友和、須藤温子、細山田隆人、反田孝幸、ベンガル、左時枝、宝生舞

b0189364_18444738.jpg 伊勢正三作のフォークソング「なごり雪」をテーマにして、大分県臼杵市を舞台に作られた「甘く切ないラブストーリー」らしい。
 実際のところ、途中でアホ臭くなって見るのが嫌になった。まず、登場人物全員の話し言葉が異様。大林宣彦によると、「28年前(その時代が舞台になっている)の美しい日本語を再現したかった」らしい。「岸恵子や原節子が映画でしゃべっていた美しい日本語を目指した」ということだ。しかーし、この映画で使われている言葉は、岸恵子や原節子の話し言葉などではなく、むしろ書き言葉である。原節子だって「よい子を産んで」などとは言わないだろう。そんなもんでものすごい違和感があった。大林監督によると、若い人には違和感があるかもしれないがその美しさを味わって欲しいというような話だったが、そういう問題じゃないと思う。とってもヘン。たちの悪いパロディみたいだったぞ。
 それに、街の描き方も嘘臭くて鼻についた。私は臼杵市には何度か行ったことがあり、確かに良い街ではあるが、ちょっと美化しすぎだと思った。映画に出てくる臼杵駅は、それはそれはレトロで、今どき珍しいなというようなたたずまいだったが、臼杵駅の駅舎は何十年も前から近代建築(というか、現在の地方の一般的なJR駅のスタイル)になっていたような記憶がある。この映画を見て臼杵を訪れた観光客は、駅に降り立った瞬間にガックリくるのではないか。街を歩いても同様である。過剰な美化はどんなもんだろうかと思う。
 ストーリーもとっても安直だ。素晴らしい友人と自分を思ってくれる美女が田舎で待っていてくれるなんて、故郷を離れた男とにとってはそりゃ理想ではある(「なごり雪」というより「木綿のハンカチーフ」みたいだった)が、モチーフがちょっと古すぎる。やたらに説明的な台詞も多いし、回想を使いすぎるのも安直な感が否めず。シナリオ講座などでは「登場人物が生きていない」などとよく言われるそうだが(『「懐かしドラマ」が教えてくれる シナリオの書き方』など参照)、まさにその見本みたいなストーリーだった。また登場人物の背景も薄っぺらで奥行きがない。
 舞台になった高校が「臼杵風成高校」(もちろん架空の高校)。これを見て、私ゃ少し複雑な気持ちになった。臼杵の風成と言えば、かつて大企業の環境破壊を住民運動で阻止した漁師町だ(このあたりの事情は、松下竜一の名著『風成の女たち』に詳しい)。DVDに収録されている監督インタビューを聞く限りでは、そのあたりの事情を知った上で「風成」を使ったようだが、個人的には、こんなしょうもない映画で使うんじゃなくて『風成の女たち』を映画化したらどうですかという気持ちである(もちろん監督は他の人ね。大林氏にはプロデューサーでもやっていただくということで)。蛇足ながら、『風成の女たち』は、ノンフィクションでありながら、映像が頭に浮かんでくるような臨場感あふれる傑作である。
 大林宣彦の映画は、別に毛嫌いしているわけではないが、どうもこの人は安易な映画を作ってしまうところがあって、今回もそんな感じがしたのでちょっと批判めいたことを書いた。たとえば『姉妹坂』などはその格好の例で、あれは特にひどかったと思う。これについてはまた別の機会に書いてみたいと思う。この映画で唯一救いだったのは須藤温子である。なかなか存在感のある美少女だった。そう言えば、大林映画では、十代の良い主演女優がわりに出てくる。大林氏にそういう嗜好があるのだろうか……
★★

追記1:ちょっと前に、あるCM(認知症のコマーシャル……スポンサーは不明……エーザイ?)で、角替和枝(この映画の母役、左時枝に何となく似ている)が、故郷を離れる息子を臼杵駅で見送るというシーンがあったが、もしかしてこの映画とタイアップしていたのだろうか。同じようなシーンが映画に出てきた。
追記2:今ネットで調べたところ、映画に出てくる駅のシーンは、上臼杵駅と重岡駅でロケしたんだそうな。

# by chikurinken | 2018-04-20 07:44 | 映画

『忍びの者』(映画)

忍びの者(1962年・大映)
監督:山本薩夫
原作:村山知義
脚本:高岩肇
出演:市川雷蔵、藤村志保、伊藤雄之助、城健三朗、西村晃、岸田今日子、加藤嘉

エンタテイメントとしての忍者映画

b0189364_20442038.jpg 大泥棒、石川五右衛門が伊賀の忍者、百地三太夫の弟子であるという説が前提になっている忍者映画。
 この映画では、百地三太夫が忍者の総大将で、織田信長の命を狙い刺客を差し向けるが、その中の1人が石川五右衛門(市川雷蔵)という設定になっている。石川五右衛門については、百地の妻と密通した上その妻を殺し、京に逃れて大泥棒に転ずるというよく知られている(らしい)筋書きの中で描かれるが、実はそれは百地が仕組んだことで、五右衛門は、大きな力に翻弄される存在として描かれる。
 僕自身は、石川五右衛門が伊賀の忍者という俗説はまったく知らず、百地三太夫のことも名前以外知らなかったが、百地三太夫という名前とそのあたりの事情が繋がって、五右衛門の俗説を知ることができた点はありがたい。またそこに独自の解釈を施して、集団の中で抹殺される個人という図式のドラマにした点は評価に値する。ただ、忍者好きにとっては堪らない話かも知れないが、僕自身は(子ども時代ならいざ知らず)あまり忍者には思い入れがないため、割合ありきたりの時代劇という認識しか得られなかった。今回、監督が社会派の山本薩夫ということで見てみたんだが、確かに疎外される個人という視点はありはするものの、やはりエンタテイメント映画である。独特の解釈が面白いため、五右衛門俗説を知った上でエンタテイメントとして見れば申し分ないのではないかと思う。
 主演は、市川雷蔵の他、『破戒』でも雷蔵の相手役だった藤村志保。伊藤雄之助や加藤嘉が(いわば)アクション俳優をやっているのも新鮮である。織田信長役は、見ている間はてっきり勝新太郎だと思っていて、雷蔵と勝新の共演とは贅沢……と思っていたが、事実はさにあらず、城健三朗という人が演じていた。ちなみにこの城健三朗、若山富三郎の別名。若山富三郎は勝新の兄ということで、勝新と間違えるのも無理はない。しかしこの映画の若山富三郎、勝新に本当によく似ている。
 なお、この映画、『陸軍中野学校』『大菩薩峠』同様、評判が良かったせいで、その後シリーズ化されたらしい。言わば大映スタイルである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『破戒(映画)』
竹林軒出張所『華麗なる一族(映画)』
竹林軒出張所『不毛地帯(映画)』
竹林軒出張所『金環蝕(映画)』
竹林軒出張所『真空地帯(映画)』
竹林軒出張所『氷点(映画)』
竹林軒出張所『炎上(映画)』
竹林軒出張所『ぼんち(映画)』
竹林軒出張所『陸軍中野学校(映画)』
竹林軒出張所『大菩薩峠(映画)』

# by chikurinken | 2018-04-19 07:44 | 映画

『偉大なる、しゅららぼん』(映画)

偉大なる、しゅららぼん(2013年・製作委員会)
監督:水落豊
原作:万城目学
脚本:ふじきみつ彦
出演:濱田岳、岡田将生、深田恭子、渡辺大、大野いと、貫地谷しほり、佐野史郎、笹野高史、村上弘明

これも荒唐無稽に堕してしまった

b0189364_18074355.jpg 万城目学の同名小説が原作。万城目学というと、『鴨川ホルモー』や『プリンセス トヨトミ』などの映画、『鹿男あをによし』などのドラマの原作小説の作者で、どの作品もなかなか凝った奇想天外なストーリーの作品である。
 この『偉大なる、しゅららぼん』も奇想天外なストーリーであることには変わりないが、なんとなく『鴨川ホルモー』の二番煎じみたいなストーリーであり、しかも途中からかなり行き当たりばったり的になってしまい、奇想天外というより荒唐無稽に陥ってしまった。実はこのブログでかつて紹介した『プリンセス トヨトミ』のレビューでも「「奇想天外」が「荒唐無稽」に堕してしまった」と僕自身書いていたのだった(今回確認して初めて気付いた)。どうもこの作者、少々ネタ切れ気味かという気がする。もっとも毎回、奇想天外なデキの良い小説を書けというのも無理な話であるし、多少「荒唐無稽」であっても、ある程度大目に見るというのがファンである。もっとも僕はファンではないが。ただこの著者には、傑作を目指すという今どき珍しい志を感じているため、成功してほしいとは思っている。何だったら、これまでの作品で相応の収益も上がったことだろうし、最前線から一歩退いて、もう少し寡作になっても良いんじゃないかと老婆心ながら感じる。
 それはさておき、本作であるが、琵琶湖周辺のある城下町が舞台(ロケはほとんど彦根)で、そこの城に住まう元城主一家が不思議な力を持っているというのがドラマの背景である。主人公は、その元城主の末裔という2人の高校生である。例によって、この一家と別のライバルみたいな一家が絡んでいってゴチャゴチャし、最後は摩訶不思議な力が現れて大団円という『鴨川ホルモー』のパターンになるわけである。ストーリー自体はそれなりに面白く、演出もあちこちにサービス要素があってそれなりに楽しめる。たとえば、浜村淳が「ありがとう」と言うシーンがあったり(MBSラジオの『ありがとう浜村純です』のパロディで、80〜90年代の関西の鉄板ネタ)、『十戒』のパロディみたいな水が割れるシーンもあったりする。もっともこのシーンは、舞台が竹生島であることを考えると『大魔神』のパロディという方が適切かも知れない。他にも『南総里見八犬伝』や『七瀬ふたたび』(あるいは『家族八景』)がネタ元かと思えるような道具立てもあり、これもパロディと考えれば楽しみも一層深まるのではないかと思う。ともかくサービス精神は随所に溢れている。
 後半かなりゴチャゴチャしていき、しかもご都合主義的に収束していくのはストーリー展開としていただけないが、エンタテイメントとして見れば、2時間の間、最初から最後まで存分に楽しめる映画であり、不満はない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『鴨川ホルモー(映画)』
竹林軒出張所『ホルモー六景(本)』
竹林軒出張所『プリンセス トヨトミ(映画)』

# by chikurinken | 2018-04-18 07:07 | 映画

『海辺のリア』(映画)

海辺のリア(2016年・「海辺のリア」製作委員会)
監督:小林政広
脚本:小林政広
出演:仲代達矢、黒木華、原田美枝子、小林薫、阿部寛

仲代の仲代による仲代のための映画

b0189364_19165776.jpg かつての名優が、すでに認知症になっていて施設に入っている。ところがその施設を抜け出して行方不明になる……というストーリーの映画。
 日本映画専門チャンネルでたびたび予告編を見て感心し、ぜひ見たいと思っていた。なんといっても画面に映し出される仲代達矢の演技が素晴らしい。ただ一方で、ストーリーの予測がある程度ついたこともあり、果たしてこれで1本の映画になるのだろうかという若干の危惧、というか(それを裏切ってほしいという)期待もあった。しかし、実際映画に触れてみると、概ね予想通りで、1本の映画にするには題材として無理だったのではないかという結論に落ち着く。言ってみれば舞台劇を見ているようで、ある瞬間のスナップショットみたいな話である。『リア王』を下敷きにしたストーリーで、かつての老名優が娘から裏切られ(捨てられ)施設に押し込まれているという背景が、登場人物の会話の中から見えてくる。実際、最初から最後まで会話劇であり、舞台演劇を映像化したという表現が当てはまる作品である。
 登場人物は5人だけで、仲代達矢以外は、さして面白味のない演技に終始しており、あまり見所もない。ただ仲代達矢については、演技といい、存在感といい、これはもう素晴らしい。そもそもこの映画、仲代達矢という俳優を多分に意識して作られた作品で、「仲代達矢がもうろくしたらどうなるか」というようなイフの話なのである。仲代自身は、その役に完全に入り込み、まさに「もうろくした仲代達矢」を演じていて、彼を見ているだけでも十分楽しめる。ただし仲代が画面に出ていないシーンになると、途端に退屈してしまうのも事実。それを考えると、一種のプロモーションビデオみたいな映画なのかとも思う。
 撮影は随所に工夫があり、映像も詩的で面白いものが多い。また「(主人公の名前が)用心棒の三船さんより名前が前にあった」などの遊びのセリフも楽しい。ただ脚本について言えば、何だかつじつまが合わないようなモヤモヤ感が残った。短いシナリオなんだからその辺は整理しておきたいところである。
 先ほども言ったが、あくまで仲代達矢のための映画で(仲代達矢自身、これが最後の映画になるんではないかと言っている)、いっそのこと長さを半分ぐらいにして、仲代達矢の魅力炸裂で終わらせておけばユニークなハイレベルの作品になっていたのかも知れないが、実際劇場にかけるとなると1時間で終わりというわけにも行かなかったんだろう。そういう点では少々惜しい作品であったかなと思う。
★★★

参考:
竹林軒出張所『果し合い(ドラマ)』
竹林軒出張所『役者なんかおやめなさい(本)』
竹林軒出張所『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代(本)』
竹林軒出張所『用心棒(映画)』

# by chikurinken | 2018-04-17 07:16 | 映画

『百代の過客〈続〉』(本)

百代の過客〈続〉
ドナルド・キーン著、金関寿夫訳
講談社学術文庫

他人の日記の覗き見の仕方として理想的

b0189364_14330807.jpg 『百代の過客』の続編。
 『百代の過客』は、平安期から江戸期までに(日本人によって)書かれた日記を一点ずつ取り上げ、それについて論じるという本であったが、著者の当初の目論見と違って、結局近代の日記を取り上げるに至らなかった。著者によると、あまりに取り上げるべき日記が多すぎたためということらしい。これを承けて、その後、江戸末期から近代までの日記をあらためて取り上げるという続編の連載が朝日新聞で始まった。それをまとめたのがこの『百代の過客〈続〉』である。こちらも本来であれば現代の日記まで到達する予定だったが、大部となったせいで、結局明治時代までで終わってしまった。しかもページ数は前作をかなり上回る大著になっている。
 取り上げられた日記は、大きく7つのカテゴリーに分けられている。1つ目は、幕末から明治初期にかけて欧米に出かけていった人によるもの(「遣米使日記(村垣淡路守範正:1860年の遣米使節団の一員)」、「奉使米利堅紀行(木村摂津守喜毅:咸臨丸司令官)」、「西航記(福沢諭吉)」、「尾蠅欧行漫録(市川渡:遣欧使節団副使の従者)」、「欧行日記(淵辺徳藏:遣欧使節団の一員、洋画の研究のために派遣)」、「仏英行(柴田剛中:遣欧使節団の幕府官僚)」、「航西日記(渋沢栄一)」、「米欧回覧実記(久米邦武:岩倉使節団の正式書記官)」、「航西日乗(成島柳北:東本願寺の現如上人の洋行に随行した文人)」)、つまり欧米での異文化体験について書かれたもの。2つ目は、ヨーロッパ以外の国との接触について書かれたもの(「桟雲峡雨日記(竹添進一郎による中国旅行の漢文日記)」、「松浦武四郎北方日誌(蝦夷地でアイヌと接触しその文化的価値を大いに評価した松浦武四郎による蝦夷探検記)」、「南島探験(笹森儀助による沖縄滞在記)」)。3つ目は著名な文人の海外滞在記(「航西日記(森鷗外の洋行記録)」、「独逸日記(森鷗外のドイツ滞在記)」、「漱石日記(夏目漱石による英国滞在記)」、「新島襄日記(新島襄の青春冒険譚)」)で、4つ目は著名な政治家の日記(「木戸孝允日記」、「植木枝盛日記」)。5つ目は女性による日記(「小梅日記(川合小梅という和歌山在住の女性による、江戸〜明治期の長期に渡る記録)」、「一葉日記(樋口一葉)」、「峰子日記(森鷗外の母、森峰子による日記)」、「津田梅子日記(幼い頃からアメリカに滞在し、帰国してから教育に携わった津田梅子)」、「下村とく日記(写真花嫁として在米の日本人に嫁ぎ、その後太平洋戦争中強制移住させられた経験を持つ下村とくの日記)」)。6つ目は著名な文人による日常日記で、彼らの文学と大いに関連しているもの(「欺かざるの記(国木田独歩)」、「子規日記(正岡子規)」、「啄木日記(石川啄木)」)。そして7つ目も、著名人による日常日記(「観想録(有島武郎)」、「幸徳秋水日記(幸徳秋水)」、「蘆花日記(徳冨蘆花)」、「木下杢太郎日記(木下杢太郎)」、「西遊日誌抄(永井荷風の米国滞在記)」、「新帰朝者日記(永井荷風の国内日記)」)で、計32書である。
 内容はどれも興味深く、前著よりも内容は充実している。中でも、数々のアメリカ人と親しくなりアメリカの生活に非常に馴染んだ咸臨丸司令官の木村摂津守や、アイヌの知恵を高く評価しアイヌ文化評価の先駆けとなった松浦武四郎、ドイツの生活にすっかり溶け込んで学生生活を謳歌していた森鷗外らには、人間的な魅力を感じる。また、樋口一葉や正岡子規、石川啄木の日記には、彼らの文学性、人間性が顔を出し、大変興味深い。人間性といえば徳冨蘆花の日記が出色で、老女中を蹴倒して殴りつけたり、あるいは若い女中に性的関係を迫ったり(未遂で終わる)、まさにやりたい放題の明治男である。性欲がかなり強かったらしく妻との頻繁な性交渉まで詳細に記録しているらしい。徳冨蘆花という人物、ほとんど知らなかったがかなり興味を引かれた。
 どの日記も、当然のことながらその人の生(そして時代背景)が反映されており、日記を読むという行為は、言ってみればその人の生き様を覗き見する行為であることよと気付く。その覗き見の面白さを伝えるのが、この『百代の過客』ということになる。
 ただ、いろいろな人が残した日記を読もうとすると、実際には読者にとって退屈な記述が連綿と続くため、多くの場合すぐに飽きるらしい。しかも後の時代の者が読みたいと思われる記述が必ずしもあるわけではなく、歯がゆい思いをすることもあると著者は「序」で述べている(たとえば、著者はある英国大使館付の外交官夫人がかつて書いた日記を読んだことがあるらしく、その日記にジョージ・バーナード・ショウと会食した記述が出てきたらしいが、そこにはショウの会話の内容や印象などは一切書かれておらず、料理のことしか触れられていなかったという)。それを思うと、こういうような形で、面白い部分だけ引っ張り出し味付けした上で出されるという方法が、他人の日記を読む方法としては一番適していると言える。こちらとしてはありがたく賞味するだけである。
 なお、タイトルになっている『百代の過客』は、もちろん松尾芭蕉の『奥の細道』の冒頭部分からとったものだろうが、日記の作者たちのことを「過客」と表現している箇所があって、「長い期間に渡る日記作者たち」というような意味あいもあるのかとあらためて納得した。本の内容は言うまでもないが、タイトルも秀逸である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『百代の過客(本)』
竹林軒出張所『ドナルド・キーン わたしの日本語修行(本)』
竹林軒出張所『ドナルド・キーン自伝(本)』
竹林軒出張所『私が愛する日本人へ(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-04-15 07:32 |

『正しさをゴリ押しする人』(本)

正しさをゴリ押しする人
榎本博明著
角川新書

攻撃的な社会現象を推し量るためのものさし

b0189364_18014312.jpg ネットの言論を目にすると胸くそ悪くなることが多い。やたら正義を振りかざして、他人のちょっとした過ちを責め立てる(中には過ちですらないものへの言いがかりもある)。テレビのワイドショーもしかり。一体お前らは何様だと思う。インターネットが普及して、それまで発言機会がなかった一般大衆が自分の意見を表明できる機会が増えたことがその原因の一つであることは容易に予想がつくが、本来公の場所で発言すべきでないような陳腐な意見がまかり通って、しかも数の力で正論を押し黙らせるような議論を目にすると、暗澹たる気持ちになってくる。僕の見たところ、ネットの言論などというものは、井戸端会議や居酒屋のくだまきと同等のものであり、本来であれば無視すればそれで済むわけだが、中には、議論の相手の個人情報を利用して犯罪行為に及んだりする低レベルな人間もいるため始末が悪い。インターネットが普及してから20年も経つんだから、いい加減こういう困った人間に対する法制度が整えられても良さそうなものだが、いまだにやったもの勝ち、言ったもの勝ちみたいな状況が続いている。まことに苦々しい気分である。
 さて、こういったいわゆるバッシング行為が、どういったところから湧き出しているか分析するのがこの本である。といっても、今述べたような社会的な分析ではなく、なぜこういった風起委員的な「自分の正義」を主張する訳知りの言動が起こってくるのか、人の心理面に注目して分析したものである。
 分析はきわめて明解かつ適確で、読んでいて非常に感心した。要するに、(人間には多様な意見があるという前提に立って)異なる立場に立つ能力を欠いた人々が、社会的なストレスによる欲求不満のせいで、インターネットの匿名性を利用して、自身の承認欲求を満たしているということになる。また嫉妬による一方的なやっかみから、特定の成功者に対する攻撃を行うケースも多いという。一々ごもっともで、非常に鋭い分析であると思う。同時に、自分にもこういう特徴がまったくないわけでなく、実は多少思い当たるフシもあり、奇天烈な攻撃性を他者に向けないよう気をつけようと反省するのだった。
 この本で紹介されているものの見方が、現在あちこちで見受けられる攻撃的な社会現象を推し量るためのものさしになるのは間違いない。こういった事実を知った上で、周囲の問題に対処したいものである。もちろん、先ほども言ったが、個人的に反省する材料にもなる。
 この手の本は一般的に独りよがりの議論が多く読むに値しない、または読むに堪えないものも多いが、この本はまるきり違う。大変読みやすく、非常に良い本であると断言できる。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『良心をもたない人たち(本)』
竹林軒出張所『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学(本)』
竹林軒出張所『STAP細胞問題 問題の根底』

# by chikurinken | 2018-04-13 07:01 |

『日本フィギュアスケート 金メダルへの挑戦』(本)

日本フィギュアスケート 金メダルへの挑戦
城田憲子著
新潮社

日本のフィギュアスケートの成功の秘密

b0189364_19510941.jpg 10年ほど前だったと思うが、日本のフィギュアスケート関係者が海外の関係者から「日本のフィギュアはどうなっちゃったの?」とよく訊かれるようになったというような話を、新聞かあるいは雑誌かの記事で目にした。その頃、日本のフィギュアスケート界は多数のタレントを輩出し、男女ともいろいろな大会でことごとく上位を占めるような時代になっていた。その少し前の日本フィギュア冬の時代を知る人々からすると、確かにその頃(今もそうだが)の日本フィギュアスケート界の状況というのは異様であった。聞くところによると、スケート連盟が若年層の育成に力を入れるようになったためということだったが、詳細については(僕には)わからなかった。とは言え、その「育成」については興味が沸くところであった。やはりあれほど短期間で状況を劇的に変えたというのは、きっと何か要因があるはずで、「何かあらむ、やうのあるにこそ、あやしきかな」(宇治拾遺物語 巻11の6「蔵人得業猿沢の池の龍の事」より)という感じであった。
 そして実はその「育成」の仕掛け人が、この本の著者、城田憲子氏なのであった。この本では、日本のフィギュアスケート界が現在のように花開いた、その秘密が明かされている。要するに、城田憲子氏が、日本スケート連盟フィギュア強化部長に就任し、「日本のフィギュアスケート選手が金メダルをとる」ようにするために、強化システムを作り、スケーターを影に日に支えてきたことがその理由……ということになる。
 この城田氏だが、元々はフィギュアスケートの選手であった。結婚と同時に現役選手を辞めた後、先輩に乞われてスケート連盟に顔を出すようになり、そのうちいろいろな仕事を任されるようになる。とりわけ、国際大会であるNHK杯の運営、才能のある若いスケーター(伊藤みどり)の発掘と育成・支援、強化システムの構築、トップ選手のサポートなどの面で、数々の実績を上げていく。中でも伊藤みどり、本田武史、荒川静香、羽生結弦らに対する支援は(この本によると)出色である。一介の強化部長がこれほど個人のスポーツ選手に介入して良いのかというほどで、コーチを世話したり、スケート留学の手配をしたり、演技のどこを変えるべきと口を出したりとそれはもう想像以上である。フィギュアスケートというのは、コーチと選手だけで道を開くような個人スポーツだと思っていたが、決してそうではないということがわかり、そういう点が非常に意外だった。もっとも口だけでなく金も出しており(実際フィギュアには非常に金がかかるらしい)、この人自身がかなり身銭を切っているという状況も窺えるわけで、選手にとって良いかどうかはともかく、口を出すことが決してマイナスとは一概に言えない。実際、この強化部長の尽力で、日本の選手は男女ともオリンピックで金メダルを獲得しており、日本のフィギュアスケートの地位は、ここ20年で格段に向上している。
 この本では、そういった育成の過程が時系列で詳細に描かれ、著者が場合によっては母親、場合によってはマネージャー、場合によっては手配師となり、スケーターを支えている様子がわかる。何より、選手自身が望む「結果」をもたらしていることが、強化部長としての仕事の偉大さを物語っている。こういった育成方法が良いかどうかはにわかに判断できない上、これを他のスポーツ分野で応用できるかというと疑問にも感じる。何より城田氏のような情熱、それに才能は、どこにでもあるもんじゃない。そういう点でも、日本のフィギュアスケートの成功の最大の要因は、城田憲子の存在だったと言えるのではないかと、この本を読んで思うのである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『フィギュアの採点はアンカリングの所産か?』

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 以下、以前のブログで紹介したフィギュアスケート関連の本に関する記事。

(2004年12月17日の記事より)
フィギュアスケートの魔力
梅田香子、今川知子著
文春新書

b0189364_19520183.jpg 2001年8月アメリカ・デトロイトの球場で50人に「北米で一番有名な日本人は?」と尋ねてまわった。これが「まえがき」の冒頭の文章。「イチロー」という答えが多いかと思ったらさにあらず、イチローは3位(6票)、2位はオノ・ヨーコ(8票)。そして栄えある1位は、なんと佐藤有香! 36票。
 佐藤有香……ご存知だろうか。フィギュアスケートが好きな人は、幕張の世界選手権で優勝したあの「佐藤有香」を思い出すだろうが、それにしても70%もの人が1位にあげるとは。
 このように冒頭からいきなり驚きのエピソードが紹介され、次から次へと興味深い話が続く。フィギュアスケートがなぜ「フィギュア」という名前なのかとか、なぜ6点満点なのかとか、フィギュア史の話も面白い。フィギュアスケートに多少でも興味を持っている人はかなり楽しめるだろう。
 現在アメリカに住む梅田香子(自身のご子息もフィギュアスケートをしているとか)から見たアメリカのスケート事情や、元選手だった今川知子の体験的フィギュアスケート論は、知らない世界をかいま見させてくれる。
 今の日本の女子フィギュア界は、現在の女子マラソンなみにタレントが豊富である。次のトリノ冬季オリンピックでは活躍が期待できる。おそらく世間の耳目も集まるだろう。一足先にこの本でフィギュアスケート情報を集めるのも良いのでは。
 巻末に、6種類のジャンプについて写真入りで解説しているのも親切。
★★★☆

# by chikurinken | 2018-04-11 07:50 |

『オリバー・ストーンONプーチン』(ドキュメンタリー)

オリバー・ストーンONプーチン 前編後編
(2017年・米Showtime Documentary Films)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

プーチンの頭の中を少し覗けるかな
だがやはり怖い


b0189364_20310297.jpg 映画監督のオリバー・ストーン、近年は政治的なドキュメンタリーや著作も手がけているが、今度はなんと、あのプーチンに、数回に渡ってインタビューを試みた。そしてその模様をまとめたのがこのドキュメンタリー。今回放送されたものは前編と後編、合わせて100分で、終始和気藹々と対話が展開される。もちろんオリバー・ストーンだけに、ツッコミの厳しい質問もあるが、プーチンはプーチンなりの立場で淡々と、時にはユーモアを交えながら自説を展開していく。
 僕などは「プーチンにインタビュー」と聞くとヒヤヒヤしてしまうが、インタビューは滞りなく進んでおり、オリバー・ストーンが拉致されてシベリア送りになったなどということは(当然のことながら)ない。
 プーチン自身、よくこういったインタビューの申し出を受けたなというのが僕の当初の率直な印象。そりゃ確かにオリバー・ストーンは物事について比較的バランスのとれた見方をするのはわかるが、なんせアメリカ側からのインタビューである。ただ実際には、プーチンはこれまでにもアメリカの著名なアンカーマンの取材を受けていることがこの番組で紹介されていたし、意外にプーチンはアメリカのメディアには慣れていたのかも知れない。実際この番組では、プーチンの立場がはっきりと表明されていたし、家庭での顔やスポーツマンとしての顔も紹介されていて(プーチンが柔道やアイスホッケーをやっているシーンも出てくる)、決してプーチン側のマイナスにはならないと思う。b0189364_20310725.jpgむしろ、西側で報道されるロシア情報がかなり偏っていることにあらためて気付かされるという面もあった。ロシアに対するイメージは、ウクライナ問題もあり、EUと米国によってかなり悪いイメージが誇張されているという話をかつてエマニュエル・トッドの著作(何であったか失念した。『問題は英国ではない、EUなのだ』『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』のどちらかではないかと思う)で知ったが、それは今回少し実感した。ロシア側の視点で見ると、確かに西側諸国によって理不尽なイメージが作られているとも感じる。とは言え、やはりプーチンに怖さを感じるのは変わらない。プーチンにとってもオリバー・ストーンにとっても(イメージ、名声の上で)プラスになったことは明らかであるし、これを見た視聴者にとっても、虚像に踊らされず自分の目で物事を判断するよすがになるというプラス面がある。物事を正しく見るためには、さまざまな視点を確保することが大切である。とは言いながらも、やはりプーチンは怖い。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『プーチンの道(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『混沌のウクライナ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『サルバドル 遥かなる日々(映画)』
竹林軒出張所『もうひとつのアメリカ史(1)〜(4)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『もうひとつのアメリカ史(5)〜(7)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『もうひとつのアメリカ史(8)〜(10)(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-04-09 07:30 | ドキュメンタリー

『ロシアで働く』(ドキュメンタリー)

ロシアで働く(2017年・チェコKrutart/Česká televize)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

驚愕のロシア労働事情

b0189364_15433125.jpg ロシアのアフトヴァース社という自動車メーカーの立て直しのため、再建請負人のボー・アンダーソンがCEOとして招かれた。このドキュメンタリーは、そのCEOから見たロシアの労働事情で、「ロシアで働く」という邦題になっているが、タイトルから受けるイメージとは異なる。決して出稼ぎ肉体労働者の話ではない。
 とは言え、実際アンダーソンが目にするアフトヴァース社の労働事情は、これがロシアの一般的な姿かどうかわからないが、かなり衝撃的である。なんせ、労働者たちがろくに仕事をしない。映像で映される仕事はことごとくがやっつけ仕事で、労働者は見るからに仕事をやりたくなさそう。実際積極的にはやっていない。少なくとも日本の労働の現場とはまったく違う。アメリカの大手自動車会社の工場も似たり寄ったりという話を聞くので、もしかしたら一定の地位にあぐらをかき続ける企業の姿なのかも知れないが、ともかく日本人が持っている一般の労働者のイメージとは大分違うのは確か。少なくとも彼らが作る製品を利用したいとは思わない。
 また、この会社の寒中水泳クラブが(活動で必要だからという理由で)除雪機を新社長に要求したという話も紹介される。新社長もあちこち手配して古い除雪機を彼らに送ったのだが、最新型の機種でなければダメだという理由でクラブ側が拒否したらしい。
 こういうようなぬるま湯体質……というより労働自体が成立していない環境を変革すべく、アンダーソンはさまざまな改革を行う。こういう改革の中心になるのは、当然ながらやる気のない社員を解雇するということなんだろう。で、これまた当然ながら、それに対する反発も起こる。
 このドキュメンタリーでは、改革反対の労働者による集会が映されるが、その場である労働者が、かつては定時に来るだけで給料がもらえたのに今はハードワークを強いられる、あり得ないなどと言っていて、その演説が賛同の拍手で迎えられていた。まさしく驚嘆である。根本的に価値観を変えるところから始めない限り、ちゃんとした製品はできないのではないかと思うが、しかしその価値観の転換は相当困難を極めそうである。
 このドキュメンタリーを見ると、自分がCEOの立場だったら何ができるかなどと考えてしまうんだが、結局のところ、どうしようもない。手の施しようがないので、このまま倒産するしかなさそうである。アンダーソンも、こういう状況を知っていたらCEOを引き受けなかったと言っていた。実際彼はその後、改革途中で株主により解任されてしまい、改革は結果的に失敗に終わった。ただし彼が在任中に開発を進めたラーダの新モデルは売上も好調らしく、ロシア国内のカーオブザイヤーに選ばれたというんだから、皮肉なものである。
 なにしろ労働に対する考え方がこうも自分と違うと、どちらが正しいのかわからなくなる。いやー世界って広いもんですね。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ソビエト連邦のコマーシャル王(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-04-07 07:43 | ドキュメンタリー

『エルドアン “スルタン“への道』(ドキュメンタリー)

エルドアン 〜“皇帝(スルタン)”への道〜
(2016年・仏ARTE G.E.I.E / ALEGRIA PRODUCTIONS)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

タイトルは興味を引くが
内容が伴っていない


b0189364_18233185.jpg トルコの現大統領であるエルドアンの来し方を描くドキュメンタリー。
 エルドアンと言えば非民主主義的な政策を次々に実行している男として有名で、このドキュメンタリーの主眼も当然そのあたりに置かれている。ただやや一方的な価値観で強引に描き出しているという印象が拭えず、どうしてもヨーロッパ対イスラムみたいな視点が挟まってきて、価値観闘争みたいになってしまう。もう少し人道的な見地を押し出すべきではなかったかと思う。
 また、エルドアンがイスタンブール市長からトルコの首相、その後大統領まで上り詰めた過程や、イスラム的な価値観をトルコ中に押し付けようとしていることは伝わってきたが、この人の立ち位置がもう一つわかりにくい。たとえば2016年に軍によるクーデター騒ぎが発生しており結局鎮圧に成功してはいるが、軍に正義があるのかエルドアンに正義があるのかが見えてこない。番組ではエルドアンに問題があるかのような描き方になっているが、しかし普通に考えると軍事クーデターに正当性があるとは思えない。もちろん、かといってエルドアンが正義の人だとも思えない。実際のところ、エルドアン自身は国民の権利を抑圧する政策を続けている。そういうことを考えると、少なくとも西側の価値観からすると歓迎されない存在だし、実際に国内にも弾圧される人々や被害者が出ている(この番組によると、クルド人政党に対するテロ事件などもエルドアン側が実行したものとして描かれている)。だがその割に国民からはそれなりに支持されているようで、そのあたりの真相が全然見えてこないのである。
 問題がある政治家であることはわかるが、核心の部分が描ききれていないために、非常に中途半端なドキュメンタリーで終わってしまっている。素材が面白いだけに、結果がはなはだ残念というドキュメンタリーになった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『プーチンの道(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『スターリンの亡霊(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『暴かれる王国 サウジアラビア(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ベラルーシ自由劇場の闘い(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-04-05 07:23 | ドキュメンタリー

『アリーテ姫』(映画)

アリーテ姫(2000年・アリーテ製作委員会)
監督:片渕須直
原作:ダイアナ・コールス
脚本:片渕須直
出演:桑島法子、小山剛志、高山みなみ、沼田祐介、こおろぎさとみ、佐々木優子(アニメーション)

映像の美しさ、世界観の完成度は特筆もの

b0189364_16045421.jpg ダイアナ・コールスの『アリーテ姫の冒険』が原作のアニメーション映画。『この世界の片隅に』の片渕須直の長編映画監督デビュー作である。
 映画自体は片渕作品らしく、非常に丁寧な作りで、シナリオレベルでも緊張感が漂い、優れた作品と言える。ただ、『マイマイ新子』とも共通しているが、ストーリーが複雑というかこんがらがっていてわかりにくい部分がある。この映画についても、見終わった後にクエスチョンマークが頭の中に飛来する。決してわからないことはないのだが、何かモヤモヤが残る。ストーリー自体は童話で、ある国の姫が魔法使いにさらわれるが、その困難を自力で乗り越える、という実に単純なものであるにもかかわらずである。要するに、あちこちのディテールにややこしさが残るわけだ。このややこしさの源泉の1つは、セリフだけで状況を説明し過ぎているためだとも思うが、その点、もう少し配慮があったら良いのではと思う。また原作からかなり改変されているため、たとえば「3つの難題」がまったく中途半端なまま宙ぶらりんになっていたりするのも、モヤモヤ感に繋がっているのではないかと思う。庶民を愛する姫という性格付けにしても、姫の魅力は増すが、そもそも無理があるような気がする。シナリオをもう少し整理したいところである。
 とは言え、映像の美しさ、世界観の完成度は特筆もので、そういう点では宮崎駿作品のレベルと言える。今回、この監督の長編劇場映画を3本見たが、どれもすばらしいできで、今後が非常に楽しみな人である。監督の年齢を考えると、3作というのはあまりに寡作であるが、『この世界の片隅に』が成功したため、今後は作品も増えることが予想される。今後に期待したい。ただしシナリオ監修については、誰かちゃんとした人にやってもらった方が良いと思う。
第1回「新世紀東京国際アニメフェア21」劇場映画部門優秀作品賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『この世界の片隅に(映画)』
竹林軒出張所『マイマイ新子と千年の魔法(映画)』

# by chikurinken | 2018-04-03 07:04 | 映画

『マイマイ新子と千年の魔法』(映画)

マイマイ新子と千年の魔法(2009年・「マイマイ新子」製作委員会)
監督:片渕須直
原作:高樹のぶ子
脚本:片渕須直
出演:福田麻由子、水沢奈子、森迫永依、松元環季、江上晶真、中嶋和也(アニメーション)

あの頃の風景、子どもの世界が懐かしい

b0189364_19492300.jpg 昭和30年代の山口県防府市が舞台のアニメーション映画。原作が高樹のぶ子で、この人の出身が防府市ということなので、自伝的な話であることが推測される。
 活発な新子と、おとなしい都会的な転校生、貴伊子の触れあいや、子ども達が見る世界、彼らが作り出す遊びの世界が再現される。途中、幼少期周防で過ごした清少納言の話が出てきて、新子、貴伊子の現在の環境とオーバーラップする。今は麦畑になっている彼らの遊び場が、かつては周防の都だったという話が出て、そこに過去の都の姿が重なって現れてくる。このあたりはなかなか面白い魅力的な映像である。
 とは言え、こういった子どもの世界と空想が入り交じった話が延々と続き、ストーリーはどっちの方向に行くのか途中まで見当が付かず、まさかこのまま終わるわけではあるまいなと思いつつ、結局それなりの(あの時代にありがちな)複雑な事件が起こって収束に向かっていくという具合に展開して、物語としてきっちり完結していく。とは言うものの、現代の事件と平安時代の事件との絡み合いや、一貫して描かれる子どもの世界との関係が少々複雑すぎるきらいがあり、見終わった後はクエスチョンマークが頭の中に残る。もう少しシナリオを整理したいところである。
 映像は非常にきれいで緻密。これは『この世界の片隅に』とも共通で、この監督の特色と言える。この映像だけでも十分見る価値がある。特に中世とのオーバーラップのシーンは非常に魅力的である。映像の見所は随所にあり、この美しい映像表現はジブリの後継と言っても良いのではと感じた。いつまでも見ていたくなるような、実に魅力的な映像表現である。
 また映像とは別に、最後に貴伊子の言葉が当地の方言に変わっていたりしたのもリアルで良い。この映画は、ある意味で子ども達の成長話であり、そういうふうに捉えることで一段と魅力が増す。少々複雑でわかりにくいストーリーではあるが、あの頃の風景や、自分が子どもの時に感じたものと近い「子どもの世界」に懐かしさを感じる。個人的な好みで言うと「好き」の度合いはかなり高い。
モントリオール・ファンタジア映画祭最優秀長編アニメーション賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『この世界の片隅に(映画)』
竹林軒出張所『アリーテ姫(映画)』
竹林軒出張所『本日もいとをかし!! 枕草子(本)』

# by chikurinken | 2018-04-01 07:49 | 映画

『この世界の片隅に』(映画)

この世界の片隅に(2016年・「この世界の片隅に」製作委員会)
監督:片渕須直
原作:こうの史代
脚本:片渕須直
出演:のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世(アニメーション)

時代感覚が非常によく再現されている

b0189364_19324294.jpg 一昨年、全国的に評判になったアニメーション映画。広島から呉に嫁入りした主人公、すずが身体で経験する太平洋戦争がテーマで、原作はこうの史代の同名タイトルのマンガである。
 庶民の感覚から見た戦争はこういうものであったのかという「手触り」のようなものが感じられて、この映画についてはそういう点が非常に優れていると感じた。また、描写が非常に緻密で隙がない。リアルを伝えるのであればそういう緻密さは必須で、この映画の魅力はその「リアルさ」にある。さらに、映像が非常に美しいのも魅力である。映像表現についてはまったく申し分ない。
 また声優として出演しているのんのしゃべり方が、主人公の性格を反映し実にのんびりしていて、登場人物の魅力を増している。
 当時の生活が非常によく再現されているのもこの映画の魅力で、時代考証がしっかりなされているという印象である。こういう点でも隙がない。面白かったのは、登場人物たちが、戦争による混乱自体を災害と同格で捉えているような様子が垣間見えたことで、庶民感覚というものは確かにそうかもしれないと納得した。そういう時代感覚の再現がこの映画の最大の魅力ではないかと思う。
第90回キネマ旬報ベスト・テン日本映画ベストワン、監督賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『マイマイ新子と千年の魔法(映画)』
竹林軒出張所『アリーテ姫(映画)』
竹林軒出張所『カラーでみる太平洋戦争(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『戦後ゼロ年 東京ブラックホール(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2018-03-30 07:31 | 映画