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竹林軒出張所

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『日本は世界一の「医療被曝」大国』(本)

b0189364_843717.jpg日本は世界一の「医療被曝」大国
近藤誠著
集英社新書

またまた画期的な医療本
今度は医療被曝に切り込む


 これも『成人病の真実』同様、近藤誠の著書。この本では、CTスキャンなどに代表される放射線検査によって引き起こされる被曝について説く。
 元々著者は放射線医であることから、この本で語られる内容もきわめて信憑性が高いと考えられる。実際、放射線を使った検査による被曝については、医者は非常に鈍感なところがある。それは多くの医者が何かというとレントゲンやCTを撮りたがる傾向からも実感として感じられる。しかしCTスキャンについては、確かに便利ではあるが、患者は相当量の被曝を受ける。本書によると、機種や浴びせる放射線によって異なるが、多い場合だと25ミリシーベルトを超えるという。ミリシーベルトという単位にまず驚くが、これだけの高線量であれば年に4回受けると100ミリシーベルトという驚異的な値に達してしまう。ちなみに100ミリシーベルトというのは、原発作業員の5年間の上限値である(これでさえ甘すぎるという議論がある。だが厳しくすると仕事にならないという実情があるため甘めに設定されている)。たしかに命に関わるなどという状況であれば、こういった検査も致し方ないが、現在CTは非常に安易に撮られている。何かというと「念のためCTでも撮っておきましょう」ということになる。患者の側でも「CT撮らなくて大丈夫ですか」みたいなことを言う人がいるらしい(本書によると)。以上のような理由から、医師の側も患者の側も安易なCT検査を止めるべきだ、と著者は主張する。ましてや検診でCT撮影を行うことは無意味を通り越して害しかないというのが著者の主張。
 僕自身、この本でCTによる被曝量を知って驚いたが、日本でCT検査があまりにも安易に使われていることはよくわかった。僕自身は検診を一切受けていないのでCTなど生涯受けたことがないが、気に留めておかないと今後何となくCTを撮られたりすることもないとは言えない。日本は特にCT設置台数が多いらしいし、CT神話も蔓延しているようなので、利用者一人一人が注意しないと行けないということなんだろう。このあたりはがんの外科手術と同じで、うかつなことをしていると病院で危害を加えられるため、防衛策として知識が必要というわけである。
 本書には、実効被曝線量の計算式なども紹介されていて、CT検査を受けたときの被曝量を推定できるようになっているが、実際のCTの線量を病院側から教えてもらうことはなかなかできないため、あくまでもこれは推定値でとどまるというのが残念である。それでも指標があるのとないのとでは大きく違う。望むべくは、病院側がもう少しCTのデータに対してオープンになると同時に、医師の側も患者の被曝について敏感になってほしいという結論になる。
 内容は少々専門的な箇所もあるが、他の著書同様、著者の語り口が非常にうまいため、最後まで一気に読める。これを読んだら、少なくとも読んだ人の意識は大きく変わる。CT検査を過去に受けた人、これから受ける予定の人すべてに読んでほしい本である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『成人病の真実(本)』
竹林軒出張所『これでもがん治療を続けますか(本)』
竹林軒出張所『がん放置療法のすすめ(本)』
竹林軒出張所『どうせ死ぬなら「がん」がいい(本)』
竹林軒出張所『大往生したけりゃ医療とかかわるな(本)』
by chikurinken | 2016-09-25 08:05 |

『暴かれる王国 サウジアラビア』(ドキュメンタリー)

暴かれる王国 サウジアラビア(2016年・英Hardcash Productions)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー シリーズ「知られざる国々の素顔」

サウジは想像以上にアブない国だった

b0189364_818157.jpg サウジアラビアの人権侵害の実態を報告するドキュメンタリー。
 サウジアラビアの一般的なイメージといえば、中東の中ではまとも、というかヨーロッパ的な穏健さを保った国というもので、実際アメリカやヨーロッパ諸国、日本の政府も信頼に足る国として付き合っている。巨大産油国で先進国に必要とされていることもあるが、不安定要素が多かったり反欧米主義があふれている中東諸国の中で、比較的穏健かつ平和でしかも先進国的な余裕がある国という印象がある。
 だがその実態はということになると実はあまり知られていない。それはサウジアラビアが国外のジャーナリストの入国を厳しく管理しているからで、先進諸国のように自由な取材が許されていないため、実情が外に伝わることがあまりないのである。しかし実際には、国内で人権を無視した行動が取られており、言論も著しく制限されているらしい。それがこのドキュメンタリーの主旨である。分かりやすく言えば中東の北朝鮮といったところである。
 この番組では、隠しカメラを使って国内を撮影した潜入取材映像が紹介される。富裕国というイメージが強いサウジアラビアであるが、実は貧しい地域も存在し、国民の1/4が貧困層という話にまず驚く。さらにある活動家が政府の方針に対して批判的な意見をインターネットに掲載したために鞭打ち刑と禁固刑に処されたケース(いまだに収監されていて安否がわからないらしい)や、デモに参加した17歳の少年に死刑判決が出されたケース、スーパーみたいな場所で女性が通りすがりの男に蹴倒される状況を撮影した隠しカメラの映像(女性の人権がないに等しいことを示す証拠映像)など、想像以上の実態が明らかにされていく。
 またサウジアラビア国内では、ワッハーブ主義に基づいて反ユダヤ主義、反キリスト教主義が子どもたちに教え込まれており、これがひいては差別的で反社会的な人間を育成することに繋がっていると主張する。サウジが国家として採用しているこの考え方は差別的であり、9・11の実行犯の多くやオサマ・ビンラディンがサウジアラビア出身であったこともこれを裏付けるとする。またこの考え方はISとも共通する思想で、サウジ当局は体外的にISと敵対していることを表明してはいるが実態はISと思想が非常に近いらしい。
 まさに目からウロコの内容で、近くて遠い国サウジアラビアの実態が透けて見えてくるルポルタージュだった。ものごとの判断をイメージだけに委ねるのが危険であるということをあらためて思い知らされた。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『過激派組織ISの闇(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像記録 市民が見つめたシリアの1年(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ホムスに生きる 〜シリア 若者たちの戦場〜(ドキュメンタリー)』
竹林軒『圧倒的な迫力、アフガン版ネオリアリズモ』
竹林軒出張所『タリバンに売られた娘(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ネットが革命を起こした(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ムハンマドたちの絶望(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『チュニジア民主化は守れるのか(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ベラルーシ自由劇場の闘い(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2016-09-13 08:18 | ドキュメンタリー

『成人病の真実』(本)

b0189364_21275820.jpg成人病の真実
近藤誠著
文春文庫

成人病治療も日本の医療界も
ぶった斬る!


 『がん放置療法のすすめ』の近藤誠が、日本の医療を斬りに斬りまくった快著。著者は、これまでがんの外科手術についてその無用さを訴えてきたが、この本ではがん治療だけでなく成人病の検診と治療全般について詳細に取り上げて分析し、その問題性を指摘して斬っていく。返す刀で日本の医療界の異常さにも斬り込み、名のあるエラい権威のセンセイたちまで実名を挙げて批判していく。まことに痛快ではあるが、こんな本を出した日にゃ近藤センセイ、医学界にいられなくなるのは想像に難くない(ちなみにこの本、元のハードカバーは2002年に刊行されている)。逆に言えば、医学界の外にいる我々にとっては非常に価値の高い本である。
 先ほども言ったように、本書で中心になっているのが成人病の問題で、成人病検診によって「病人」が作り出され、それに対して本当であれば行われるべきでない治療が行われていると訴える。成人病検診では、恣意的な基準値が使用されており、それに収まらない人は「病人」とされる。本来であればまったく問題にならない部分が問題とされ、患者側の不安を煽って、不要な薬物投与や「治療」が実施される。こうして何も知らない庶民は、自らの健康な生活が医療によって削られていき、健康が損なわれることになる。要するに、成人病検診自体が無駄どころか有害だというのが著者の主張である。
 他にも医療ミスの問題、インフルエンザワクチンの問題に加え、がん検診や腫瘍マーカーの問題まで切り刻んでいく。「インフルエンザ脳症が薬害」とする議論は一読の価値がある。医療界にとっては暴論以外の何ものでもないだろうが。とにかくその切れ味は鋭く、こんなことまで言っちゃって大丈夫かと思わず目を疑うような記述が後を絶たない。極論だという批判もあるかも知れないが、こういった大胆な批判が、医療界が抱えている多くの問題を照らし出す結果になっているわけで、この著書のような主張は決して無下に扱うことはできないと思う。近藤誠のもう1つの代表作と言える快作である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『これでもがん治療を続けますか(本)』
竹林軒出張所『がん放置療法のすすめ(本)』
竹林軒出張所『日本は世界一の「医療被曝」大国(本)』
竹林軒『書籍レビュー:この本をすすめる本当の理由』
竹林軒出張所『大往生したけりゃ医療とかかわるな(本)』
by chikurinken | 2016-08-20 07:21 |

『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(本)

大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ
中村仁一著
幻冬舎新書

死を想うことは生を見直すことだ

b0189364_741515.jpg 現代医療の問題点を指摘した本は、近藤誠の本をはじめとして今では数々あるが、この本はきわめて異色である。
 著者は、老人福祉施設付きの医者で、多くの老人を看取ってきた経験を持つ。その経験から、がん死について、人間の死に際を苦しめているのは医療であり、医療にかからずすべてを放っておけば、ほとんどの場合安楽に死を迎えられると主張する。また、人が死に際に食べたり飲んだりしなくなってやがて死んでいくのは自然なことであり、飲食をしないから死ぬのではなく、死ぬための過程として飲食をしなくなるのだと説く。他方現代医療では、食べられなくなったり飲めなくなったりすると、食べ物や飲み物を無理やり体内に入れることで、死の瞬間を延ばしている。だがこのような処置は患者に苦痛を強いるだけのもので、結果的に安楽に死ぬことを阻害しているのだという。何の処置もしなければ、たとえがんであっても、穏やかな表情で自然死していくというのが著者の主張である。死ぬ間際には脳内でエンドルフィンが分泌されるので気持ち良く死ねるのではないかとまで言っている。
 ではどうしてこういう「自然死」を迎える人が少なくなったかというと、患者の側が医療に対して万能だと勘違いしていること、医療側もそれを利用して利益を上げようとしていることなどが理由として挙げられるという。無駄な医療を受ける/行うことでどんな病でも直せると双方とも勘違いしているというわけだ。死は誰にでも来るという前提に立ち、生殖が終わったのであれば生物としての役割を果たしたのだから、運命を受け入れて死に行くことが望ましいのだというのが著者の主張で、そうすることが無駄な医療を断ち切ることに繋がるという。
 そして死を受け入れることは、死をタブー視せず常に死を前提として生きることから、生の充実にも繋がる。1カ月後に死ぬことが分かっていれば、何を優先的にやるべきか自分で考えて、自分なりに最重要なことに集中するようになる。結果として人生が充実するというのである。
 記述は非常に平易で、しかも随所に著者独特のおかしみがあふれているため、非常に読みやすい。中には悪ノリみたいな箇所もあるが、当人がきわめて真面目に取り組んでいることが分かるため、決して不快ではなく、むしろ笑いを誘う。
 著者は「自分の死を考える集い」などという集会を15年以上続けているらしく、その集会で、健常な人々の模擬葬儀を行い当事者が棺桶に入るという企画まで執り行っている。著者自身も自ら棺桶を体験しており(写真が掲載されている)、こういう体験こそが「生き直す」ことや「人生を軌道修正」することに繋がると主張する。本書の内容もユニークだが、著者もきわめてユニーク。医療や生命について考え直す良いきっかけになる本と言える。目ウロコ本である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『どうせ死ぬなら「がん」がいい(本)』
竹林軒出張所『成人病の真実(本)』
竹林軒『書籍レビュー:この本をすすめる本当の理由』
竹林軒出張所『がん放置療法のすすめ(本)』
by chikurinken | 2016-07-03 07:42 |

『地球を食い尽くすのは誰?』(ドキュメンタリー)

地球を食い尽くすのは誰? 〜“人口爆発”の真実〜
(2013年・襖Nikolaus Geyrhalter Filmproduktion)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_840920.jpg人口問題の根底に迫る

 世界中の「有識者」たちは、アジアやアフリカで人口が増えすぎると食糧が不足し地球規模で惨事が起こると主張するが、それについて本当にそうなのか検証しようというドキュメンタリーがこれ。着眼点が非常に面白い。
 このドキュメンタリーでは、このような議論を検証するため、学者やNGO関係者などにインタビューを試み、「人口問題」が、先進国の権力者たちが作り出した幻想だと結論付ける。そしてその背後には、アジア・アフリカに対する差別的な意識が見え隠れすると断定する。実際のところ、人口議論では途上国に対して人減らしをしろと迫っているわけだが、その多くはそれぞれの国の事情が無視された上での議論になっている(世界銀行でも人口抑制策が財政支援の条件にされるらしい)。実際にはアフリカ全体の人口密度は西ヨーロッパの人口密度よりはるかに小さいにもかかわらず、そういう議論が平気で横行する。多分に政治的な意図が働いているというのが、このドキュメンタリーの主張である。地球の環境を良くするには、人減らしをするよりも、資本が主導する環境破壊をやめさせ富が公平に分配されるようにすることが第一で、本来行われるべきそういった議論が人口問題にすり替えられていることを認識することが必要とする。
 人口問題については、個人的には今まで特に疑問を持たなかったが、このドキュメンタリーを見て確かにそうだと納得する。人口問題はあらためて検証しなければならない問題であると感じた。そう言えば、人口学が専門のエマニュエル・トッドも、著書『帝国以後』で世界のほとんどの地域で人口はむしろ減少傾向にあると述べていたことを思い出す。
 シンプルな語り口だが、なかなか奥が深く、目から少しウロコが落ちたドキュメンタリーだった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『帝国以後 - アメリカ・システムの崩壊(本)』
by chikurinken | 2015-03-14 08:41 | ドキュメンタリー

『エロティシズム』(本)

エロティシズム
フランチェスコ・アルベローニ著
中公文庫

男女のエロティシズムに対する感じ方の違いを
これでもかと紹介した本


b0189364_8524457.jpg 恋愛やセックスに対する男女の感じ方(つまりエロティシズム)について、著者自身の考え方を展開した本。また男女の性差(感じ方、考え方の違い)についても詳細に記述されており、性差に注目した本としてはかなり初期の本ではないかと思われる。
 性差について世間に新たな認識を喚起した本は、ピーズ夫妻の『話を聞かない男、地図が読めない女』ではないかと思うが、このピーズの本が2000年頃出版されたのに対して、本書は1986年刊行である。その先見の明は評価に値する。
 本書での性差に対する考え方は、ピーズの本以上に科学的論拠が示されておらず、つまるところ著者の独断に過ぎないわけだが、書かれていることは割合説得力があって、納得する箇所が多い。著者は精神分析医で、数多くの男女に聞きとりを行った上で本書を書いたということで、そういう部分が説得力につながっているのだろう。単なる独断と一蹴できないだけの説得力がある。
 著者によると、恋愛やセックスに対して女は継続性を求め、男は断続性を求める。これは男女関係にも共通で、男はあくまでもイベントとして逢瀬を楽しみたいが、女の方は出会った状態を続けていき、生活の範囲にまでこの関係を敷延することを理想とする。このように男と女にはそもそも嗜好性も発想法も異なるので、一緒にいれば当然矛盾が現れてくるが、そこにうまく折り合いを付ければ関係を持続させることができるということになる。
 他にも同性愛者のエロティシズムや男女が理想とする恋愛像なども細かく紹介されていて、こちらも興味深い。同性愛者のエロティシズムは、共産主義的な集団運動であるという見方は目からウロコである。また、女性がロマンス本に出てくるような恋愛を理想としているというのも興味深い。著者によると、男にとってのポルノが女にとってのロマンスものに相当するんだそうだ。これも意外。
 このように内容が非常に多岐に渡っており、ごく一部分を読んだだけでも感心する部分が多く、蘊蓄にあふれた本と言える。ただし翻訳のせいか原著のせいかわからないが、何が言いたいのかわからない箇所も結構多かった。ここらあたりはマイナス・ポイントである。
 また装丁もなかなかエロティックな絵でよろしい。いかにも男が好みそうな絵だが、一方で女性はどう感じるかわからない(読者も性差の実験台になっているのかしらん)。
★★★☆

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以下、以前のブログで取り上げた男女の性差やエロティシズムに関連する本。

(2006年12月21日の記事より)
なぜ美人ばかりが得をするのか
ナンシー・エトコフ著、木村博江訳
草思社
b0189364_853426.jpg 男は女の何に惹きつけられるのか、女は男の何に惹きつけられるのかといったことを、さまざまな実験データを使って、心理学的、人類学的、生物学的にアプローチするきわめて真摯な本。タイトルと表紙の印象からあまり気が進まずに読み始めたが、非常に多岐に渡る素材がうまくまとめられており、言ってみれば現在の叡智が凝縮されたような本である。ちなみに原題は『Survival of the Prettiest -- The Science of Beauty(美しいものは生き残る -- 美の科学)』(こちらの方がしっくり来るような……)。
 男が女のどこに美を感じるか(相手の美に反応しやすいのは男の方だという。「男は写真で、女は履歴書で相手を選ぶ」)は、相手の生殖能力がその源になっている。つまり、丈夫な子孫を生むことができる体型や相貌に対して男は美を感じ、それに反応するという。いわゆる「美人」の顔は平均的な顔で、平均的な因子を持つ個体が長生きしやすいという事実から、平均顔である美人が好まれる。また、男がもっとも魅力を感じる(らしい)腰のくびれも、妊娠出産に最適な状態を表しており、女の若さも同様の理由で男が求めることになる。つまり男は、遺伝子を確実に残してくれる(可能性の高い)相手に魅力を感じ、恋をしてセックスに至るということらしい。要するに、人間もただの動物にすぎず、自然の力で動かされているに過ぎないという結論なのだろう。
 至極当たり前の結論が導き出されるわけだが、このあたりの論証で非常に多くの実験データが引用されており、なかなか説得力がある(実験データの信憑性についてはいくぶん疑問が残るものもあるが)。
 人間の美について幅広く探求しており「美人百科」といった趣もある。何度も読める良書だ。
★★★★

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(2006年6月23日の記事より)
人はなぜ恋に落ちるのか?―恋と愛情と性欲の脳科学
ヘレン・E・フィッシャー著、大野晶子訳
ソニーマガジンズ

b0189364_8535334.jpg 恋愛活動によって脳内がどのように反応しているか、生化学的に解明を試みる本。
 かつて、脳内化学物質の所在が明らかになってきたとき(1980年代中ごろ)に、『ケミストリー・オブ・ラブ 恋愛と脳のメカニズム』(恋愛の際に分泌される脳内化学物質について解明した本)という本を読んで、非常に感心したというか目からうろこが落ちた記憶があるが、この本も同様の方向性を持っている。ただ、この本では、生化学よりも自然人類学的なアプローチが多く、その辺は少し辟易した(著者が人類学者だから仕方ないが)。「男は原始時代から狩猟をして……」などという記述が出てくると、「そのあたりから検証した方がいいんでないかい」と思ってしまう。こういった自然人類学的なアプローチはほとんどが独断だと感じられる。
 また、さまざまな化学物質が唐突に紹介されて、わけがわからない箇所がいくつかあった。そういう意味で非常に読みづらい本であった。
 とは言うものの、脳内化学物質についてよくまとめられており、こういう分野の概要を把握する上では良い本かも知れない。
★★★☆

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(2006年12月11日の記事より)
愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史
ヘレン・E・フィッシャー著、吉田利子訳
草思社

b0189364_8541070.jpg 人間の恋愛衝動や性衝動を、人類学的観点から説き明かす書。ほとんどは仮説や推測の域を出ないし、ちょっと眉唾な感もあるが、それでもこういう分析はなかなかおもしろい(そしてある部分鋭い)。少なくとも、そこいらへんの構造主義者の場当たり的社会分析よりもはるかに説得力がある。
 著者は人類学者であるが、自然人類学や文化人類学的なアプローチのみならず、リーボヴィッツ(『ケミストリー・オブ・ラブ』の著者)らの大脳生理学的アプローチも取り入れている。もちろん、恋愛の構造を分析するには必要な要素になるだろうが。
 男も女も遺伝子を残すために恋愛しセックスするが、男の場合、その生理構造上、不特定多数の女と交わることで遺伝子を残す可能性を高めることができる。一方女の場合は、できた子供を大切に育てることで、遺伝子を残す可能性を高めることができる。そのため男は、子供ができたら浮気に走りやすいし、女は子供が自立できる程度に育った時点で、男の助けが不要になり、別の遺伝子を残す可能性を探る。結婚4年目で離婚率がもっとも高くなるのは、このためであり、これは原始社会から人間が引きずっている性質だと著者は言う。ともかく男も女も、生物学的には一夫一婦の枠に収まらず、不特定多数と交流したがる(そういう衝動がある)ものだというのが著者の主張である。
 これまでのさまざまな分野の研究成果をまとめて(というか都合の良い部分を集めて)、人類学を駆使しながら恋愛のカラクリを解明するというのが本書の全般的な印象で、学術書というよりエッセイに近いと考える方が妥当かも知れない。
★★★☆
by chikurinken | 2014-08-16 08:54 |

『ストーカー 殺意の深層』(ドキュメンタリー)

ストーカー 殺意の深層 〜悲劇を防ぐために〜(2014年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

ストーカー問題について冷静に考えさせる番組

b0189364_817510.jpg ストーカー事件が後を絶たない現代社会。なかなか解決できないストーカー問題に鋭く切り込むのがこのドキュメンタリーである。
 ストーカー問題に対処するNPO「ヒューマニティ」の理事長であるカウンセラーの小早川明子さんに密着し、実際のカウンセリングの現場を映像に捉える。
 このカウンセラーの小早川さん、ストーカー問題は被害者側だけを救済するのではなく、加害者側のふくれあがった憎悪を解消させることが重要と説く。そのために加害者側とも積極的に面談し、彼らの中に渦巻く「被害者」意識と対峙し、それを解消させるまで粘り強く対応する。その様子が映像化され紹介されていくが、中にはカウンセラーに対して声を荒げる加害者の映像まで出てきて、なかなか迫力がある。
 またオーストラリアのストーカー対策も紹介されており、ストーカー問題について広く考えられるようになっているのも良い配慮である。決してストーカー問題の解決策が明示されているわけではないが、ストーカー問題の解決には加害者の救済が必要であるという見方は斬新で、目からウロコである。ストーカー問題への方向性が見えてくるような啓示的な番組であった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『「ストーカー」は何を考えているか(本)』
by chikurinken | 2014-08-13 08:17 | ドキュメンタリー

『白文攻略 漢文法ひとり学び』(本)

b0189364_8574249.jpg白文攻略 漢文法ひとり学び
加藤徹著
白水社

こんな本が欲しかった

 漢文に接していると、文法的に英語に似たところがあることに気付く。たとえば「於」は、訓読の世界では「置き字」ということにして読まなかったりすることも多いが、「〜で」とか「〜に」とかいう意味で名詞の前に置かれていることが多いように感じる。してみるとこれは英語の前置詞のinやatに相当するんじゃないかと感じたりする。日本語で訓読して前後の文字に行ったり来たりするのも良いが、元々の文字の意味をくんだ上で、そのまま英語みたいに前から読んでいくのもありなんじゃないかと感じることも多い。とは言っても、漢文を読むために中国語を勉強するというのもエラい回り道みたいだし、そもそも漢文は現代中国語とも大分違うという。とすると漢文の文法について書いた本が欲しくなる。残念ながら学習参考書にはそういったものがないのだな。学生時代に読んだ『漢文法基礎』にはそういう要素がなきにしもあらずだったが、文法書として考えるのはどんなものかと思う(雑談みたいな語り口で整理されていないこともある)。
 そんなときに見つけたのがこの本。ホントに学生時代にこんな本があったら良かったと思うような内容(著者自身も「『自分が漢文を学び始めたころ、こんな本があったら良かったのに』という思いで書いた」らしい)で、漢文法について、全21課に(ただし最後の1課はまとめ)、「代名詞」、「否定詞」、「疑問詞」などで章立てされていて、非常に要領よくまとめられている。説明も必要十分でわかりやすい。中には「繁詞」などという見慣れない文法用語の課もあり、これまでの外国語の感覚と違うことにも気付く。
 文法事項ももちろんしっかり紹介されているが、それ以外にも漢文の特徴、特質についても紙面が割かれていて、こちらも非常に興味深い。たとえば「漢文は、中国だけのものではな」く「日本、朝鮮、越南(ベトナム)などの漢字文化圏においては、十九世紀まで、漢文が学問や公文書の『公用言語』であった」という記述は目からウロコである。つまり「漢文は、過去三千年ぶんの『東洋文明の集積知』にアクセスするためのツール」と言うのである。言ってみればヨーロッパで言うラテン語みたいなものということになる。漢文の特質をこれほど適確に表現した文言はこれまで目にしたことがなかった。漢文ってすごいんだなーとあらためて思う。
 とりあえず一読してみたが、この本は何度も読む価値があると思う。何度も読んで、自分の教養の一部として身につけたい素養、それが漢文である。漢文に対してそういう思いを持ったのは初めてで、本当に何度も言うが目からウロコの思いがした。そういう本であった。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『漢文の読みかた(本)』
竹林軒出張所『漢文訓読入門(本)』
by chikurinken | 2014-03-15 08:57 |

『古典文法質問箱』(本)

b0189364_843563.jpg古典文法質問箱
大野晋著
角川ソフィア文庫

参考書だけど参考書じゃなかった!
学の本質に迫った本


 竹林軒出張所『日本語の文法を考える』の大野晋が古文学習者向けにまとめた古文文法の書。とは言っても、そこは古典研究者、某ゼミナールの人気教師が出しているような学習参考書とは趣を異にしており、「活用を憶えろ」だの「格助詞と接続助詞を区別しろ」だの、そういうことは書いていない。むしろ、なぜ係り結びの法則が存在するかとか、助動詞がどういう動詞から転化してきてどういう意味を持つのかとか、根源的なというか、学術的なアプローチが多い(ただし、こういった記述の多くは『日本語の文法を考える』にも共通した事項で、あの本を読んだ人にはあまり目新しさがないかも知れない)。
 本書全体を通じて、古典文法についての質問を立て、それに対し著者が回答していくという構成になっていて、それぞれの質問は「文法の基礎知識」、「用言(動詞)」、「助動詞」、「助詞」、「諸品詞・敬語・修辞」の各章に分類されている。内容は相当深く、知的興味がそそられる項目が多い。が、古典学習入門者にとっては少々敷居が高いかも知れない。ある程度古典文法の知識がある人か、あるいは純粋に知的関心で読む人でなければ、あまり役に立たないと感じるかも知れない。ただ、高校のありきたりの古典教育にうんざりしているような人が読めば、得るものは大きいと思う。学問の目的は憶えることではなく、感じて探求していくものだということがわかるだろう。そういう点で(優等生以外の)高校生にもお奨めできると思う。
 何よりも古典文法が時代によって変遷しているという(実に当たり前の)ことを明言しているのが良い。こういうことは通常高校では教えない。だから係り結びの法則を憶えろなどと頭ごなしに言われたりするんだが、そもそも鎌倉時代以降、係り結びはほとんどなくなるわけで、本当はそのことの方が大事なんじゃないかと思う。言葉が生き物であることを考えれば、文法が変わるのは当たり前であって、そういう前提で古文にアプローチするのは至極当然である。この本は、そういった、学問に対する態度など根源的な部分を学習者に教えるという点で、学問を志す人に適した良書だと思う。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『日本語の文法を考える(本)』
by chikurinken | 2013-11-18 08:05 |

『源頼朝像 沈黙の肖像画』(本)

b0189364_8205174.jpg源頼朝像 沈黙の肖像画
米倉迪夫著
平凡社ライブラリー

 1964年、ルーブル美術館からミロのヴィーナスが日本に貸し出され、日本公開の運びになった(国外に貸し出されたのは後にも先にもこれっきりだそうで)。そのときにルーブル側からあの「源頼朝像」を代わりに貸し出すよう求められたが、「頼朝はダメだけど重盛なら」ってことで「平重盛像」がルーブルに貸し出されたという。そういう話を昔、予備校の先輩から聞いたんだが、本当のところはわからない。何となく都市伝説みたいな気もするが、だが少なくとも「平重盛像」がルーブル美術館で展示されたのは事実のようだ。
 さて、この「源頼朝像」と「平重盛像」、所蔵しているのは京都の神護寺で、僕も若い頃、高雄の神護寺まで自転車を走らせて見に行ったことがある。当時は5月のゴールデン・ウィークのときしか一般公開してなかったので、なかなか見ることができなかった(今はどうだか知りません)。実際に見てみると、国宝だけあって、その偉容はさすがに目を瞠るものがある……となんとなく思った。この辺、若干権威主義的だが、当時はその程度の認識しかなかったのだ。これがあの教科書でよく目にした頼朝かと感心したものだった。
 だがこの「源頼朝像」、実は頼朝じゃないという説が世間を賑わしているらしい。と言うより、今では頼朝じゃなく足利直義(尊氏の弟)だという説の方が有力なようで「平重盛像」の方も本当は足利尊氏像なんだそうだ。先日、小学生向けの教科書を見たところ、この「頼朝像」のキャプションに「源頼朝像」と付いていたほどで、「尊氏・直義」説も無視できない存在になっているということなんだろう。
 で、その「尊氏・直義」説を最初に提起したのが本書の作者、米倉迪夫で、本書がその主張に当たる。
 この肖像が、頼朝・重盛像(以下「神護寺三像」)とされた根拠になっているのは、神護寺に伝わる『神護寺略記』で、そこに後白河法皇、源頼朝、平重盛、藤原光能、平業房らの肖像が神護寺の仙洞院に収められているという記述がある。ただし、現在神護寺に残されている「源頼朝像」と「平重盛像」が、これに該当するかどうかはわかっていない。それぞれの絵の作者は藤原隆信(1142-1205)と記述されているが、時代的にもう少し下がるんじゃないかというのが、本書の主張である。
 まず、中世の肖像画の歴史と特徴から書き進め、藤原隆信の頃に始まった「似絵」(頼朝像は似絵の代表作とされていた)の特徴の違いを論述していく。次に、この神護寺三像の描画法について検討していき、時代が14世紀まで下がる可能性が大きいことを指摘する。そして歴史的な経緯についても検討し、足利直義が神護寺に二幅の肖像画(足利尊氏と足利直義)を奉納したという記録があることを紹介する(足利直義願文 - 康永四年(1345年))。これについても検討を加え、最後に「神護寺三像」の画風について検討し、頼朝や尊氏の他の肖像との比較なども行って、「神護寺三像」のモデルは、足利尊氏、足利直義である可能性が高いと結論付けている。ちなみに「神護寺三像」のもう一像(現在「藤原光能像」とされているもの)については足利義詮に比定している。
 この論は日本の史学界・美術学界にセンセーションを起こした模様で、その後も反論や再反論、新説などが繰り返されているが、おおむね尊氏、直義で落ち着きそうな様相だという。実際この本の主張は非常に説得力があり、頼朝、重盛よりも尊氏、直義の方が可能性ははるかに高いと思わせるものがあるが、ただ残念なのは決定的な証拠がないということで、だからこそ今までもめてきたんだろうが、そうは言っても非常に斬新で有意義な議論であることは確かである。元々論文として書かれたもののようで、論文調で多少読みづらさはあるが、非常に詳細に説明があるので内容がわからないということはない。画期的な論文と言えるんじゃないだろうか。
★★★☆

参考:Wikipedia「神護寺三像」
by chikurinken | 2012-08-17 08:21 |