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竹林軒出張所

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『大峯千日回峰行 修験道の荒行』(本)

大峯千日回峰行 修験道の荒行
塩沼亮潤、‎ 板橋興宗
春秋社

心の贅肉がそぎ落とされるということ

b0189364_16341856.jpg 以前、『行 〜比叡山 千日回峰〜』というタイトルのNHK特集で、比叡山に千日回峰という修行があり、それを達成した酒井雄哉阿闍梨が紹介されていたが、実は同様の修行は、大峰山にもある。しかもこちらの方が過酷らしい。
 あのNHK特集を若い頃見た一人の若者が、自分もこの行をやってみたいと思い、過酷な方の大峰山を選ぶ。そして高校卒業後、資金集めのアルバイトを1年間やった後、吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)に入り出家する。ここまでの話を聞くと、出家者というよりまるで冒険家である。それが本書で対談している塩沼亮潤で、その後、通常の修行期間を経て、百日回峰行、やがて千日回峰行に入る。
 千日回峰行は、48kmの山道を1000日間歩き通すという修行で、1年のうち120日間(山が開いている期間)、台風だろうが山崩れだろうが毎日行を続けなければならない。これを9年間続ける。したがって晴天時の山歩きをイメージしていてはいけない。晴天時でも毎日長距離を歩くとなると、身体のあちこちに問題が出てくる。この修行はそういうことを踏まえて、修行者に人間の極限に迫ることを強いるという行なのではないかと思う。この本で、かなり具体的に修行の内容が紹介され、どのような危険に遭遇したか、何がつらいか、修行者自身にどのような変化が起こるかなどについて細かく語られる。
 聞き手は、禅僧の板橋興宗という人で、この大峯千日回峰行を達成したという塩沼亮潤の話を聞き、面会を申し出たというのがそもそもの出会いの始まりらしい。最初から最後までずっと対談形式だが、修行を達成した塩沼亮潤・阿闍梨(あじゃり)が相当細かい内容まで語るため、修行についてかなり詳しく知ることができる。また当初の痛い・辛いという感覚から、行を重ねるごとに、次第に感覚が研ぎ澄まされ、自分の中の迷いが徐々に消えていく過程についても詳しく語られる。心の贅肉がそぎ落とされているとでも表現したら良いのか、煩悩が落ちるというのはこういうことなのだというのが伝わってくる。
 なおこの阿闍梨、千日回峰行の後、四無行と八千枚大護摩供も成し遂げている。四無行というのは、9日間、断食・断水・不眠・不臥(食べない、飲まない、寝ない、横にならない)という修行で、比叡山の堂入りと同様の修行である。NHK特集では、これにカメラで迫るという偉業を行っていたわけだが、それについて当事者側の観点で語られるというのが本書である。千日回峰行にしても四無行にしても、行者の内面がどんどん変わっていく様子が大変興味深く、これが悟りということなのだと実感できる。
 行の話の後、現代の生きづらさについても、修行を終えた身の視点で語られる。辛さと向き合ってそれを「出会い」と捉えるというスタンスは非常に興味深い。辛い修行を達成した阿闍梨の口から語られる内容だけに力強い説得力がある。生きづらさを感じている人も同様の修行をして人間の限界を感じたら良いのではなどと、本書を読んで感じたのだった。なおこの塩沼阿闍梨、幼少時はかなり貧しく、かなり無茶苦茶な生活を送っていたようだ(ただそれを苦にしていた様子はない)。こういう幼少期の話も、彼の説法の説得力に繋がっていると思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『行 〜比叡山 千日回峰〜(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『NHK特集 永平寺(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2017-12-11 07:33 |

『西園寺公望 最後の元老』(本)

b0189364_21075814.jpg西園寺公望 最後の元老
岩井忠熊著
岩波新書

1人の有力政治家の視点で
日本近現代史を俯瞰する


 歴史を勉強しようと思うと、最初はどうしても教科書的な素材を探すことになる。日本の近現代史についてもしかりであるが、しかし、なぜ大日本帝国が英米戦という暴挙にのめり込んでいったかというその過程がなかなか見えてこないという現実がある。教科書の限界である。そこで今回少し変わったアプローチを考えた。つまりは『応仁の乱』風のアプローチで、要するにある当事者の視点から、その同時代の歴史を捉えようという試みである。
 で、いろいろ物色したところ、西園寺公望が適任ではないかという結論に達した。というのも、西園寺という人は、若い頃フランスに長期に渡りとどまっていたこともあり、当時としては非常に開明的で自由主義的なものの見方をする。現代人に近いと言える。そのため、我々が西園寺の視点に立ってもまったく違和感がない上、そういう人間が軍部の暴走をどのように見ていたかは大いに参考になる。しかも西園寺は、幕末からほぼずっと政権中枢に関わっており、首相も2回経験している上、その後は天皇の側近としての役割である「元老」の職に就き、首相の指名に大いに影響力を発揮している。したがって西園寺の歴史イコール日本の近現代史と言っても過言ではないという、その程度の力はあったわけである。
 実際、大陸への覇権拡大、日中紛争の拡大、軍部の台頭に対して反対の立場を取り続けていることが本書からわかり、西園寺の求心力の低下に伴って、政党政治の瓦解、軍部の暴走が進んでいくという印象を持つ。ちなみに、本書が底本にしているのは西園寺公望の秘書を務めてきた原田熊雄の手記『西園寺公と政局』である。西園寺自身が、自分の伝記や評伝を一切拒否しており、資料も処分するよう遺言しているため、記録は乏しいが、側近である原田の記録が、西園寺の考え方、行動をかなり正確に捉えているということらしい。著者自身も、戦後まもなくの1950年に、当時刊行されたこの本を初めて読んで驚いたらしい。国民が政治過程を知らされていなかったことを痛感し、同時に西園寺が「大陸への新たな侵略戦争と軍部の政治的台頭に反対し、国際協調と平和を求めたことには、考え及ばなかった」(本書「あとがき」より)と感じたということである。
 本書で見る限り、日本をファシズムに走らせた最大のターニングポイントは、張作霖爆殺事件の首謀者を正しく処分しなかった田中義一内閣の時代だったと思える。田中義一はこの件について昭和天皇から叱責を受け、そのショックで翌年死んでしまったらしいが、しかしその責任は大きい(昭和天皇自身も田中の死で自分の責任を感じ、以後政局に口出ししないことにしたという。これも軍部の暴走を助長する結果になった)。ましてやこの田中義一内閣が、「憲政の常道」と言われていた時代の政党内閣であったことも大きい。問題の根源についてきっちり総括せず野放しにすることが、どれほど危険かよくわかろうと言うものだ(今の内閣にも通じる問題である)。
 また軍部、特に陸軍に大幅に譲歩した広田弘毅内閣、近衛文麿内閣にも大きな問題があったことは今さら言うまでもない。この辺は東京裁判でも明らかになっている。ただ、東京裁判は以前も書いたように、裁判というのも恥ずかしいぐらい、非常に政治的で恣意的なものである。もちろん、それまで隠されていたさまざまな事実を明らかにするという役割は果たしているが。先の愚かな戦争について真の意味で総括すべきなのは、現代日本に生きる我々一人一人なのではないかと感じる。そういう点で、陸軍の暴走軍人は言うまでもないが、田中義一、広田弘毅、近衛文麿が政治家として責任を負うべき存在なのではないかという結論を個人的に出したいと思う。もちろん、1920年代、30年代の政党が、ライバル政党に打撃を与えるためと言え、統帥権干犯などの愚かな議論を巻き起こしたり、利益誘導や腐敗の問題で有権者の不信を招いたことも大きい。しかも国民の多くも日中戦争や太平洋戦争の戦局拡大で狂喜乱舞していたというんだから、政治家や軍人だけではなく、多くの庶民、そしてそれを煽ったマスコミすべてが責を負うべきという結論になる。愚かな国民の元では愚かな政治体制しか生まれないということになるわけで、西園寺が晩年語ったという「いろいろやって見たが、結局、人民の程度以上にはならなかった」というところに結局落ち着く。これは、現代社会にもそのまま当てはまるんだから困ったもんである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『昭和史 1926-1945(本)』
竹林軒出張所『幕末史(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第1巻、第3巻、第4巻(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第2巻(本)』
竹林軒出張所『応仁の乱(本)』

by chikurinken | 2017-12-09 07:07 |

『光圀伝 (上)(下)』(本)

光圀伝 上
冲方丁著
角川文庫

徳川光國と『水戸黄門』は別もん

b0189364_19005985.jpg 『天地明察』の作者による『天地明察』スピンオフ小説。『天地明察』で特異なキャラとして登場した徳川光國にスポットを当てた伝記小説である。
 本来であれば長子が世継ぎになるべきところを次子である光國が継いだため、光國本人はその継嗣に「義」がないのではないかとずっと悩み続ける。若い頃はそのためにぐれて、無頼を働き、あげくに何の咎もない無宿人を殺すことになる。そのときに立ち会っていた宮本武蔵らに大きな影響を受け、やがて自身の義を見つけ出して、徳川御三家の水戸藩を継承するというストーリー。義をストーリーの中心に置き、義を巡って登場人物たちを動かしていくという趣向は面白い。
 この著者の特徴はキャラクターの描き方がうまいことで、『天地明察』同様、この小説でも、光國はじめ、正妻の泰姫、兄の頼重ら魅力的な登場人物が目白押しである。宮本武蔵や沢庵和尚まで出てくるのは少々行き過ぎのようにも思えるが、エンタテイメントなんだから良しとする。また、『天地明察』の主人公、渋川春海も登場し、『天地明察』と同じようなシーンが出てくる。同じシーンを光國側からの視点で描いているわけで、別の小説で異なった視点から1つのシーンを描くという趣向は斬新で、面白い。
b0189364_19010415.jpg 他にもテレビドラマ『水戸黄門』でお馴染みの佐々木助三郞、渥美格之進のモデルである佐々宗淳介三郎と安積澹泊覚兵衛も登場。風車の弥七やうっかり八兵衛は当然のことながら出てこない(あれはドラマのキャラ)。黄門様が助さん格さんを引き連れて諸国を漫遊するというネタは、佐々宗淳らが、光國の畢生の事業である『大日本史』の資料集めのために全国を旅したことから起こったものだそうだが、この小説で語られる徳川光國、佐々、安積のイメージとはほとんど重なる部分がない。そのあたりに逆に面白さを感じる。
 また『天地明察』でもそうだったが、当時の時代背景が丁寧に描かれるため、(著者の解釈による)当時の空気が非常によく伝わってくる。歴史がよく描かれていると言うべきか。こういった点もこの小説の大きな魅力である。
 文庫本で上下2分冊、計1000ページに及ぶ大著だが、シーンが目に浮かぶような映像的な表現が巧みで、またエンタテイメント的な話の運び方のせいか、読むことはまったく苦にならない。儒学関連の少々難しい事項も出てくるが、すんなりと頭に入るため、どんどん読み進めることができる。ただし、題材のせいかスピンオフだったせいかわからないが『天地明察』ほどのキレはないと感じる。それでも著者の筆力のせいで、途中読むのをやめられなくなる。歴史好きにはたまらない本ではないかと思う。
第3回山田風太郎賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『天地明察 (上)(下)(本)』

by chikurinken | 2017-12-07 07:00 |

『ビギナーズ・クラシックス 大鏡』(本)

b0189364_20512874.jpgビギナーズ・クラシックス 大鏡
武田友宏編
角川ソフィア文庫

平安貴族の人間ドラマ
古典だが存分に楽しめる


 平安時代の歴史物語『大鏡』を抜萃し、現代語訳を付けたもの。
 現代語訳が丁寧であるため、古文が読めなくても内容を楽しめる。また背景などについても詳細な解説があり、入門書としてはうってつけである。
 『大鏡』については、学生時代に関心があったので文庫本を買ったこともあったが、相当な大著で、しかも、帝紀から始まることから、通読していてあまり面白いと感じない。面白い部分とどうとうことのない部分が混ざっているため、当たりにぶつからないと結局読み続けることができなくなる。そういう按配で、序盤で断念した。この本みたいに面白い部分ばかり取り出して、しかも現代的な感覚ではわかりにくい箇所についても説明してくれていると、『大鏡』を面白いと感じる。まさに「ビギナーズ・クラシックス」という名にふさわしい、ビギナー向けの好著である。
 『大鏡』は、大宅世継(190歳)と夏山繁樹(180歳)という二人の老人の昔語りを若侍と著者、その他の人々が聴くという体裁で記述される歴史書で、藤原道長を絶賛している点が特徴として挙げられる。そのために道長の武勇伝が取り上げられているが、一方で道長の兄の道兼のダメ具合なども出てくるし、道長が、姉の皇太后・詮子による(息子の)一条天皇に対する強い圧力によって関白に取り立てられることになったというようなエピソードもある。人間ドラマとしても興味深い話があり、奥深さを感じる。ただしだからと言ってやはり全部読み直すのは骨が折れそうである。僕が以前買った角川文庫では本編だけで300ページ近くあり(8ポイント程度の文字)結構な大著である。したがって、読むとしても、せいぜい拾い読み程度で結局終わるんではないかと思う。またすべて現代語訳という潔い文庫も出ているんで、そちらに当たっても良いかなという気もする。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 梁塵秘抄(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 土佐日記 (全)(本)』
竹林軒出張所『日本人なら知っておきたい日本文学(本)』

by chikurinken | 2017-11-15 06:51 |

『ビギナーズ・クラシックス 土佐日記 (全)』(本)

ビギナーズ・クラシックス 土佐日記 (全)
紀貫之著、西山秀人編
角川ソフィア文庫

b0189364_16300702.jpg女がすなる千年前の日記を
読んでみむとて読むなり


 紀貫之の『土左日記』をオリジナルのまままとめたもの。といってもメインになっているのは現代語訳で、各部ごと(ほぼ日付単位で約40段に分けられている)に現代語訳が現れその後に原文、さらにその後に解説文が現れるという構成になっている。
 土左日記は、当時土佐の国司として高知に赴任していた紀貫之が、任期を終えて都に戻るまでの55日間の出来事を日記形式で記録したもので、(本書の解説にも書かれているが)今風に言うとブログである。作者は(当時から)有名な歌人、つまり文学者であり、しかも周囲の人間が書いたかのような体裁、つまりなりすましで日々の事柄を綴っているというのが、この日記の特徴である。
 本来であれば土佐から都までは25日くらいの行程であるが、海が荒れたり、あるいは淀川の水が少なくなって遡上がうまく行かなくなったりしたことから倍以上の日数がかかる。その間海賊に怯えたり、あるいは土佐の地で死んだ我が子を悼んだり哀しみに沈んだりする。そういった心情を歌に読み込んでおり、さながら歌物語のようでもある。随所に貫之の得意のシャレが現れる他、鈍感な客人を軽蔑したりという記述もあって、内容的にも十分楽しめる。古典を原文で読んだときに一番困るのが、当時の習俗、風俗がわからないために何のことだかわからない箇所が多いという点だが、そのあたりもかなり細かい解説があってわかりやすい。
 内容的には面白いものだが、なぜ(おそらく個人の)日記がその後読み継がれていったのかはいまだにわからない。それは『蜻蛉日記』や『更級日記』についても同じだが、平安時代、出版文化は皆無であり、本人が発表したとも考えられない。後世の誰かが、これ面白いよとかなんとかいって、どこかから入手した人の日記を回し読みしたんではないかと思うが、そのあたりの解説はなかった。なお解説によると、紀貫之は土佐への赴任前から、屏風に書く和歌の作者として依頼が殺到していたということで、すでに都では和歌の名人として名が通っていたらしい。したがって、彼の和歌が大量に掲載されている日記が興味の対象になっても不思議はないと言うことはできる。
 この角川ソフィア文庫の古典シリーズは、ビギナーズ・クラシックスという名前がついているが、どれも現代語訳や詳細な解説が載せられており、大変読みやすくなっている。難点は、それぞれの原作を網羅しているとは限らない点で、その点この『土佐日記(全)』は、原典が短いためもあり、最初から最後までがきっちり掲載されている。その点でもポイントが高い。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 梁塵秘抄(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 大鏡(本)』
竹林軒出張所『日本語の考古学(本)』
竹林軒出張所『マンガ古典文学 方丈記(本)』
竹林軒出張所『更級日記・蜻蛉日記 ― NHKまんがで読む古典2(本)』
竹林軒出張所『吾妻鏡(上)(中)(下) マンガ日本の古典14、15、16(本)』

by chikurinken | 2017-11-13 07:29 |

『ビギナーズ・クラシックス 梁塵秘抄』(本)

b0189364_19043813.jpgビギナーズ・クラシックス 梁塵秘抄
後白河院著、植木朝子編
角川ソフィア文庫

梁塵秘抄の 入門書だが
この一冊でも 必要十分


 後白河上皇が大層好んだという今様(当時のはやり歌)。好きが高じて、和歌集ならぬ今様集を編纂してしまった。それが『梁塵秘抄』。
 『梁塵秘抄』自体は、本書によると元々全20巻構成だったらしいが、現存するのはそのうちわずかに2巻プラス・アルファということで、本来の姿は想像すべくもない。本書は、その中からさらに50首程度をピックアップしてその訳文と解説を載せたという『梁塵秘抄』入門書である。
 おそらく現代に生きる普通の人々にとって今様なんかまったく縁がなく、ほとんどの人に取っては生涯触れることのないものであるが、中にはどこかで聞いたことがあるというような割合有名なものもある。たとえば「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ(359)」などは比較的知られている。この一首でわかるように、今様は七五七五七五七五と続く形式の歌……だとばかり僕は思っていたのだが、この本を見る限り、必ずしもそうとばかりは言えず、形式はかなり多岐に渡る。はっきり言って決まった形式はないと言うことさえできる。七五調が日本人好みで実際現代に伝わる歌も七五調が多いのは確かで(たとえば「春のうららの隅田川」とか「酒は飲め飲め飲むならば」とか)、今様についても七五調が多いことは多いが、今様は七五七五七五七五であるとは断じて言えない。現代的な感覚から言うとリズムが悪いものもあり、一体どういう風に歌っていたのだろうかと思うものも多い。本書によると、独特の歌い方があったようで、後白河上皇などは、乙前という傀儡(芸能民)のお婆さんに弟子入りして歌い方を習っていたという。後白河院の今様へのめり込みようについては、『梁塵秘抄』の口伝集(本書でも紹介されている)でも記述されていて、実際かなりの(今様歌いの)腕前だったのではないかと推測されるらしい。
 『梁塵秘抄』で紹介されている今様自体はあまり僕の気を引くものはなかったが、解説がなかなか興味深く、書籍としては非常にできが良いと感じた。現存する『梁塵秘抄』全体を収録した本もあるようだが、僕を含む一般的な古文素人にはこの程度の本が適しているのではないかと思う。ものごとはどのあたりで見切るかということも大切で、少なくとも僕にとっては本書の内容は必要十分であった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 土佐日記 (全)(本)』
竹林軒出張所『ビギナーズ・クラシックス 大鏡(本)』
竹林軒出張所『古典和歌入門(本)』
竹林軒出張所『和歌のルール(本)』
竹林軒出張所『短歌をよむ(本)』

by chikurinken | 2017-11-11 07:05 |

『ロボット』(本)

b0189364_17283774.jpgロボット
カレル・チャペック著、千野栄一訳
岩波文庫

ロボットの元祖
反乱ネタもこれが元祖


 これも、『山椒魚戦争』同様、SFの古典である。そもそも「ロボット」という言葉は、この作品から派生したものである。アシモフだとばかり思っていたが、思い違いだった。こっちが元祖で、生みの親はチャペックである。
 4幕ものの戯曲で、本当のタイトルは『R.U.R. ロッスムのユニバーサルロボット』というらしい。R.U.R.社が製造した人造人間(我々が一般的に想像する機械式のロボットではない)が、やがて人間に対して反乱を起こすというストーリーである。
 戯曲であるため、すべて会話で話が進み、反乱もセリフで語られる。そのためかなり地味な作品である。また登場人物が比較的多く(ほとんどはR.U.R.社の重役)、本当に全員必要なのか疑問に感じたりもする。なんせほとんどが会話なので、4人+ロボットで十分な気もするが、著者は必要だと感じたのだろう。ストーリー自体はモダンであるが、セリフには魅力を感じない。これは翻訳のせいでもあると思うが。
 本書の中には、舞台の美術と、初演時の俳優による登場人物の写真が何枚か載っている。イメージが湧きやすくなるため非常にありがたい配慮ではあるが、どうせなら全員の分を(なるべく一箇所に)載せてほしかったところで、編集自体がどうも中途半端な気がする。
 読了するにはしたが、結局のところ、古典を読んだという達成感のみになってしまった。そのあたりが少々残念。
★★★

参考:
竹林軒出張所『山椒魚戦争(本)』
竹林軒出張所『ブレードランナー ファイナル・カット(映画)』
竹林軒出張所『ロボット革命 人間を超えられるか(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ロボットがもたらす“仕事”の未来(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2017-10-31 07:28 |

『倍賞千恵子の現場』(本)

倍賞千恵子の現場
倍賞千恵子著
PHP新書

倍賞千恵子のように
素朴なたたずまいで好感が持てる本


b0189364_18030099.jpg 女優、倍賞千恵子の経験的映画論。
 副題が「出会った素敵な人たち」になっているように、第1章では渥美清、第2章では山田洋次をはじめとする監督たち、第3章では高倉健について語る。第4章は自身の映画での経験と自分の演技、第5章は歌手としての活動についてで、倍賞千恵子の来し方が本人の口から語られるといった内容。『男はつらいよ』や『駅 STATION』『遙かなる山の呼び声』などの撮影裏話が満載である。もちろん渥美清や高倉健らの人となりも紹介される。渥美清が役柄同様、本当の妹に対するかのような思いやりを見せた話や、普段は気さくな高倉健が次のシーンの役作りのために人を寄せ付けない雰囲気を発するなどの話が興味深い。
 映画ファンとしては、撮影裏話が一番面白い。『駅 STATION』や『遙かなる山の呼び声』に、倍賞千恵子をはじめスタッフ、キャストがこれだけ入れ込んでいたのかというのがよくわかる。やはり名作となるとそれだけの背景があると感じる。
 本自体は取り立てて特筆するような箇所はあまりないが、倍賞千恵子の人柄が出ているような素朴なたたずまいの本であり、大変読みやすく、好感が持てる本である。
★★★

参考:
竹林軒出張所『駅 STATION(映画)』
竹林軒出張所『遙かなる山の呼び声(映画)』
竹林軒出張所『男はつらいよ 純情篇(映画)』
竹林軒出張所『家族(映画)』
竹林軒出張所『聞き書き 倉本聰 ドラマ人生(本)』
竹林軒出張所『友だち (1)〜(6)(ドラマ)』

by chikurinken | 2017-10-29 07:02 |

『のぼせもんやけん』、『のぼせもんやけん2』(本)

のぼせもんやけん 昭和30年代横浜 セールスマン時代のこと。
のぼせもんやけん2 植木等の付き人時代のこと。
小松政夫著
竹書房

植木等、やっぱりいい人過ぎ

b0189364_19130680.jpg コメディアン、小松政夫の自伝的青春記。
 『のぼせもんやけん』は高卒後上京してから自動車のセールスマンをしていた頃までの話。続編の『のぼせもんやけん2』では植木等の付き人になってからデビューするまでを描いている。小松政夫著の小説という体になっているが、小松政夫が語った内容を清水東というゴーストライターが書いたものらしい(『のぼせもんやけん2』のあとがきに書いてある)。とは言え、内容は充実していて、非常に面白い。それに恐ろしく読みやすい。
 さまざまなバイトを転々とした後、横浜トヨペットでセールスマンとしてスカウトされ、トップ・セールスマンになるあたりが『のぼせもんやけん』の内容だが、ストーリーは一種のサクセスストーリーになっていて、エンタテイメントとしても楽しめる。なんといっても著者を取り巻く周りの人々が魅力的で、主人公(つまり著者)に対して思いやりに溢れた行動をしてくれる。それにきわめてユニーク。著者は「ブル部長」や「アリクイ係長」などのニックネームで通しているが、実在の人物らしい。ただし著者によると、脚色も入っているらしい(これもあとがきに書いてある)。小説という体だからそれはそれでかまわない。
b0189364_19131109.jpg 『のぼせもんやけん2』では、植木等のボーヤ(バンドマンの付き人)になって目にする芸能界の姿が描かれる。特に師匠である植木等、クレージーキャッツの面々との付き合いが中心になるが、彼らも、トヨペットの人々と同様、非常に人情家である。植木等に至っては、当時、超売れっ子であったにもかかわらず、ボーヤである著者にまで気を配る思いやりの人という描かれ方で、どんだけいい人なんだと思う。芸能人として独り立ちする算段まで、知らない間に全部やってくれていたらしいんだ、これが。
 思うに、著者自身が、いろいろな部分に目を配ることのできる心優しい人間であったために、周りの人々にも愛されたんではないかと推察する。つまり周囲が著者自身の姿を反映しているというわけである。
 なお、この本で描かれている数々のエピソードは、若干形が変わったものもあるが、ドラマ『植木等とのぼせもん』でも数多く採用されている。ただし、ドラマの性格上、適当に味付けを変えたりしているし、時間の制約もあるため、薄味になっていたり、元々の味が失われているものもある。あのドラマも面白く心温まるエピソードに溢れていたが、こちらの原作の方がお奨めである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『植木等とのぼせもん (1)〜(7)(ドラマ)』

by chikurinken | 2017-10-27 07:12 |

『あわわのあはは 徳島タウン誌風雲録』(本)

b0189364_19034950.jpgあわわのあはは 徳島タウン誌風雲録
住友達也著
西日本出版社

ハイパーな行動力に脱帽

 移動スーパー「とくし丸」の創業者、住友達也氏の半生。
 地元徳島で高専を卒業して、フリーター生活、1年間の米国生活を経て、再び徳島に戻り、資金もないのにタウン誌を作ることを決意。自身の四畳半の安アパートで『あわわ』という名のタウン誌を創刊する。その後この『あわわ』がヒットを飛ばし、数年後には自社ビルを建設、第2、第3の雑誌(『ASA』、『SALALA』など)を創刊するまでになる。
 そんな折、地元徳島の吉井川に可動堰建設の話が持ち上がり、行政によって一方的かつ高圧的に進められていくその計画に疑問を持つ。地元民の意向を住民投票で問うべきと考え、同じような考えを持つ人々と手弁当で住民投票の実施を目論む。行政による嫌がらせを受けながらも、結局住民投票を実現し、しかも過半数の可動堰反対票を得ることに成功。その後、住民投票でこのような結果が出たにもかかわらずその結果をないがしろにして計画を進める県知事に対し、今度は知事選で対立候補をぶつけるなどという住民運動を展開して、最終的に可動堰計画の撤回を勝ち取ることになる。
 ただし著者はその過程で、『SALALA』の経営から追われることになる(可動堰住民投票運動への参加がスポンサーの意向に添わなかったため)。また、運動とは直接関連していないようだが、『あわわ』の運営からもきれいに引退する。
 ド素人であるにもかかわらず雑誌を作ることを決意し、しかもそれを成功させ、その上住民運動まで展開してこちらも成功させた。著者の向こう見ずさ、熱意、バイタリティにはまったく恐れ入るが、本人にとってはやりたいことに手を染めてきただけということらしい。変に老成した我々のような人間にはなかなかできない。若気の至りとも言えなくはないが、このような「若気の至り」であれば、多くの若者にぜひやっていただきたいものである。
 その後著者は「とくし丸」を事業として始めるに至るんだが、これについては本書では扱われていない。その後の「とくし丸」奮戦記みたいな本もいずれ書いてほしいものである。
 本書は、このように一種のサクセス・ストーリーではあるが、何をやるのも部活の延長みたいな雰囲気が漂っていて、どの活動も実に楽しそうである。著者の人間的な魅力も随所に現れていて、読んでいて心持ちが良い。読後、快い疲労感みたいなもの(読むこちらは何もしていないわけだが)が漂ってくるのも良い。本の作りが丁寧なのは『ねてもさめてもとくし丸』と共通である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ねてもさめてもとくし丸(本)』

by chikurinken | 2017-10-26 07:03 |