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竹林軒出張所

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『あなたの体は9割が細菌』(本)

あなたの体は9割が細菌
アランナ・コリン著、矢野真千子訳
河出書房新社

主張に1本筋が通っている良書

b0189364_08122145.jpg 人間の体内に棲む微生物(本書では「マイクロバイオータ」と呼ぶ)と人間の共生関係について説いた本。
 20世紀になって抗生物質が乱用されるようになりマイクロバイオータが大量に殺されたことから、この共生関係が壊され、I型糖尿病、アレルギーなどの21世紀病(免疫疾患)が発生したというのが著者の主張。
 著者はマイクロバイオータの重大性から説く。人間の体内には100兆を超えるマイクロバイオータが棲んでおり、消化吸収に関わる多くの重要な仕事はマイクロバイオータが担当している。微生物はライフサイクルが短いため、環境に適用しやすいという特質がある。この特質を利用することで、人間を含む大きな生物は(本来であれば進化のために何百年何千年もかけなければ適用できない)食生活に容易に適用できるようになっているらしい。
 しかしその関係は、抗生物質によって大きく変わった。抗生物質は感染症に対して大きな効果を発揮したことは言うまでもないが、あまりに不必要に乱用されているため、人間の体内のマイクロバイオータが相当量殺され、人によっては、マイクロバイオータの組成が大きく変わった。また肉中心の食生活もその組成を変える助けになっている。これが21世紀病の原因ではないかというのが本書のキモの部分である。しかも肥満や自閉症まで、マイクロバイオータの組成変動が原因ではないかとする(これについては十分な考察がある)。
 また同時に、本来であれば出産時に母から子に伝えられるマイクロバイオータが子に伝わりにくくなっていることも指摘する。帝王切開が増えていることがその原因で、帝王切開の場合、産道を通るときに浴びせられる母親のマイクロバイオータが子に浴びせられる、つまり取り込まれる機会が損なわれる(通常であれば母から子へマイクロバイオータが継承される)。さらに、母乳の代わりに人工乳を使うことも、マイクロバイオータの子への伝搬を阻害するという。こういう話はちょっと聞いただけではにわかに信じがたいが、これについても何度も繰り返し論証している。論証がどのくらいできているかは即断できないが、少なくとも論証しようとしている。そのため全体的にはかなりくどさを感じる記述になっている。もちろんこれは著者の良心とも言えるわけで、必ずしもマイナスポイントではない。
 ともかく治療が難しい21世紀病を克服するには、マイクロバイオータを正常化(抗生物質登場以前の段階まで戻す)することが重要で、そのために抗生物質の使用は極力少なくする、出産、育児についてもマイクロバイオータの観点から見直すべきというのが著者の主張である。また21世紀病に対しては、糞便移植が効果を発揮していることも紹介している(竹林軒出張所『あなたの中のミクロの世界 (2)(ドキュメンタリー)』を参照)。これも腸内のマイクロバイオータを正常化させるための治療である。
 マイクロバイオータについて非常に詳細に解説し、なおかつ今後の我々のあり方についても示唆する良書で、内容は『失われてゆく、我々の内なる細菌』と重複する部分も多いが、あの本ほどの読みにくさもない。
 『あなたの中のミクロの世界 (1)(2)』もこの本と同じような内容が紹介されていたため、あのドキュメンタリーの補足(あるいは理論的な拠り所)として読むのもありだ。とにかく主張が明解で結論がはっきりしているので、読後感は非常に良い。
 微生物の専門的な名前が多出するのが少々難だが、一方でしっかりした索引が付けられているため、それを十分補っている。値段もまあ手頃だし、この手の本を買うならまずこの本ということになる。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『失われてゆく、我々の内なる細菌(本)』
竹林軒出張所『あなたの中のミクロの世界 (1)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『あなたの中のミクロの世界 (2)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『腸内フローラ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『わたしたちの体は寄生虫を欲している(本)』
竹林軒出張所『土と内臓 微生物がつくる世界(本)』

by chikurinken | 2017-04-23 08:13 |

『短歌をよむ』(本)

b0189364_18542516.jpg短歌をよむ
俵万智著
岩波新書

読もうが詠もうが短歌は短歌

 歌人、俵万智の短歌論。出版されたのが1993年で、第二歌集が出た後ということになる。『サラダ記念日』で一世を風靡したとは言え、短歌の世界ではまだ新人に入る時代に短歌について書いてみた、しかも岩波新書にということで、著者にとってはかなり思い切った本ではないかと思うが、なかなかよくできている。あるいは渾身の作と言っても良いかも知れない。
 「短歌を読む」、「短歌を詠む」、「短歌を考える」の三部構成になっており、本書のタイトルが『短歌をよむ』であることから「短歌を考える」は蛇足のようにも感じられるが(実際当初は2部構成の予定だったらしい)、執筆の段階で急遽この章の追加が決まったという。「短歌を考える」の項では、短歌の世界から身を引いた現代歌人について論じているんだが、結果的に著者による決意表明みたいになっており、読んでいて何やら少し気恥ずかしさも感じる。
 第1章の「短歌を読む」は、和歌や短歌の鑑賞教室、第2章の「短歌を詠む」は、自作の例から、どのような推敲を経て短歌が作られていくかが示される。第2章も種明かしみたいで面白かった(たとえばサラダ記念日の歌<「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日>は、本当のところはサラダではなくカレー味の唐揚げだったとか、日付も7月6日ではなかったとか)が、個人的には第1章の鑑賞教室が一番のお気に入りである。伊勢物語の解説本などでもそうだったが、著者の古典文学に対する洞察が僕には新鮮で、しかも語り口もなかなかうまいため、あの本同様、非常に興味深く感じる。
 全体として見るとそれなりにまとまっていて、しかも熱意も感じられるなど、総じて良書ではあるが、僕としてはやはり第1章だけでも良かったかなという感じがする。
★★★

参考:
竹林軒出張所『恋する伊勢物語(本)』
竹林軒出張所『たんぽぽの日々(本)』
竹林軒出張所『生まれてバンザイ(本)』
竹林軒出張所『ちいさな言葉(本)』
竹林軒出張所『オバカ記念日』

by chikurinken | 2017-04-21 06:54 |

『殷周伝説 太公望伝奇 (1)〜(22)』(本)

b0189364_21041610.jpg殷周伝説 太公望伝奇 (1)(22)
横山光輝著
希望コミックス

伝説的な軍師、太公望の一代記

 横山光輝の遺作。古代中国の王朝、殷が、紂(ちゅう)王の暴政により、周の武王によって倒される過程を描く。原作は、明代に書かれた『封神演義』と『史記』。『封神演義』自体、妖怪とか仙人とか出てくる話である(らしい)ため、このマンガも歴史物語風でありながら、随所にオカルト的な要素が出てくる。『史記』や『三国志』のような話を期待していると少し当てが外れるかも知れない。
 ストーリーは、元々が伝説的な話であるため少々荒唐無稽だったり、後半はほとんどが戦闘シーンが延々と続き、さながら水島新司の甲子園マンガみたいで少し辟易するが、太公望呂尚が登場するあたりはなかなか見応えがあった。なんせ、長年仙人修行を続けて娑婆に戻ったばかりの呂尚が、嫁さんから仕事をしろなどと迫られて商売を始めたりする(しかも商売はあまりうまく行かない)。もちろんその後、呂尚は周の国で作戦参謀として頭角を現すんだが、その辺の落差は、よくあるエピソードとはいえ、なかなか面白い。
b0189364_21045301.jpg また登場人物がやけに多くなるのも、他の中国文学ものの横山マンガと共通で、まるで『水滸伝』である。おかげで主要登場人物以外ほとんど頭に入ってこなかった。登場人物の描き分けは割合されていたとは思うが、いかんせん、味方も敵も次から次へと登場してくるんで、こちらの頭がついていかない。
 作品のレベルとしては、たとえば途中かなり絵が荒れていたりして(これでも単行本化前にかなり加筆訂正が行われたらしい)、『三国志』『史記 』には遠く及ばない。だがこのマンガの完結後、横山氏が事故死したため、結局これが遺作になった。編集者によると、横山氏はこの後『孫子』のマンガ化に意欲を示していたということで、そういう点でも非常に残念である。横山版の『孫子』にも興味があるところだが、ないものはしようがない。少なくとも殷と周の関係や、太公望呂尚などについてかなり知ることができた点、このマンガも十分評価に値する。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『史記 (横山光輝版)(本)』
竹林軒出張所『三国志 (1)〜(30)(本)』
竹林軒出張所『項羽と劉邦 (1)〜(3)(本)』
竹林軒出張所『水滸伝 (1)〜(6)(本)』
竹林軒出張所『平家物語 (上)(中)(下)(本)』
竹林軒出張所『元禄御畳奉行の日記 (上)(下) (横山光輝版)(本)』

by chikurinken | 2017-03-24 07:02 |

『本当はちがうんだ日記』(本)

b0189364_07380204.jpg本当はちがうんだ日記
穂村弘著
集英社

飲み屋での会話…みたいな

 歌人、穂村弘のエッセイ集。といっても僕はこの人のことをまったく知らなかった。今もあまり知らない。
 このエッセイ集は、2003年から2005年にあちこちの雑誌に書いたエッセイをまとめたもので、半分くらいは『小説すばる』に連載したもの。他は『本の雑誌』や『讀賣新聞』など。媒体によって内容も違っており、『小説すばる』に連載したもの(本書の第I部)は、自分がいかにダメな人間か書いたものが多く、癒やし系あるいは脱力系のエッセイということになるか。たとえば、40歳にして独身とか、友だちがいないとか、あだ名で呼ばれたことがないとか書かれているが、ちゃんと勤めて稼いでいるようだし、趣味も多いし、しかも歌人としても有名らしいし、どこがダメ人間だというツッコミはともかく、こういった些細なことへのこだわりというかコンプレックスがこの第I部の味である。
 『本の雑誌』の連載をはじめとする第II部はそういうダメさ加減は身を潜め、特有のこだわりが顔をもたげ、こちらも味わいになっている。ただ、この著者の歌や人物に特別な関心を寄せているのでなければ、あまりどうと言うことのないエッセイで、軽く読めるんで今回読んでみたんだが、正直あまり感じるところがなかったというのが本音の部分である。よほど特異な見方でも披露されないと、こうした飲み屋での会話みたいな内容ではあまり満足できないし、ことさらに時間をかけて読む必要があったのか疑問を感じている。
★★★

参考:
竹林軒出張所『ちいさな言葉(本)』
竹林軒出張所『生まれてバンザイ(本)』
竹林軒出張所『たんぽぽの日々(本)』
竹林軒出張所『小説より奇なり(本)』
竹林軒出張所『さわの文具店(本)』
竹林軒出張所『かつをぶしの時代なのだ(本)』
竹林軒出張所『山手線内回りのゲリラ(本)』

by chikurinken | 2017-03-22 07:07 |

『クー・クラックス・クラン 白人至上主義結社KKKの正体』(本)

b0189364_17133161.jpgクー・クラックス・クラン
白人至上主義結社KKKの正体

浜本隆三著
平凡社新書

KKKの出自と現代

 アメリカの秘密結社、クー・クラックス・クランについて書かれた「日本ではじめての新書」。
 クー・クラックス・クラン(KKK)は、アメリカの古いドラマでときどき目にする白装束の一団で、ドラマでは黒人や黒人に理解がある白人を拉致して暴行を加える(場合によっては殺人)集団として描かれ、アメリカ史の暗部を示す素材として取り上げられる。視聴者の方も、概ね恐怖の対象としてKKKを捉える。だがその実態は意外に知られていない。そこでそれを掘り下げて、彼らの真の姿に迫ろうという試み、それがこの本である。
 KKKの活動時期は大きく、南北戦争直後(1860年代)、移民が増加した20世紀初頭(1920年代)、公民権運動が盛んだった時期(1960年代)の3期に分けられる。それぞれの時代に共通しているのが、それまで利益を受けていた多数派だった人々が既得権益が失われることをもっとも恐れた時期だということで、そのはけ口として、KKKのような活動が盛んになったというのが著者の分析である。一方でKKKは、集団として福祉活動を行っていたこともある(第二期)というんだから意外。また1920年代の第二期には、会員数が数百万単位まで増えていたらしいが、その裏にはネズミ講まがいの会員獲得作戦があったという(その後会員数は激減)。こういうことを考えるとKKKは単なるテロリスト集団とも言えない側面もあるが、それはどこの暴力集団でも共通かも知れない。
 今の時代も「それまで利益を受けていた多数派だった人々が既得権益が失われ」つつある時代で、そのためか排外主義や保守主義が世界中に蔓延してきている。そういう意味ではKKKが台頭してきた時代と共通性がある(日本でも差別的な言動が多くなっている)。KKKとアメリカの歴史を振り返ることで、この時代の社会の動きを予想しそれに対処できるようにしたいというのが本書の目的らしいが、そのあたりはうまく達成できていると思う。しかしやはりKKKは遠い世界の話であり、読んでいてあまり熱くなれずむしろ醒めてしまう自分がいる。どことなく学術論文的な記述のようにも感じるが、それも物足りなさに拍車をかけているのか。読みやすくはあるが、さして満足感を感じない本というのが僕の印象であった(あくまでも個人的な感想です)。
★★★

参考:
竹林軒出張所『人種隔離バスへの抵抗(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『グローリー 明日への行進(映画)』
竹林軒出張所『キング牧師とワシントン大行進(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2017-03-20 17:14 |

『土と内臓 微生物がつくる世界』(本)

土と内臓 微生物がつくる世界
デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー著、片岡夏実訳
築地書館

植物の根と人間の内臓の中は同じらしい

b0189364_8125331.jpg 土壌の細菌が自然の中で果たす役割は非常に大きく、植物や菌類はこういった細菌を根の部分で利用しながら生長する。中には植物を攻撃する細菌もあるが、それはむしろ少数派で、植物は他の細菌を利用しながらこういったいわゆる「悪玉菌」を撃退しているという。一方で、我々の内臓(特に小腸と大腸)の中にも非常に多くの微生物が棲息しており、人間や動物の身体はこういった微生物を利用しながら(あるいは助けられながら)生きている。その関係は植物の根と同じであり、人間の内臓はいわば植物の根をひっくり返したような構造になっているというのが著者の主張。農薬が大地に棲む微生物を十把一絡げに殺してしまい大地を不毛の地にするように、人間の体内では抗生物質が有用な微生物まで虐殺し腸内を不毛にしてしまう。結果的に、免疫関連の(現在原因不明の)病気が発生するという。その過程もミクロ的に詳細に描かれていて、わかりやすい。ただし著者のデイビッド・モントゴメリー(前も書いたが本来であれば「モンゴメリー」だろうと思う)は土壌の専門家で、大地の微生物についてはともかく、体内の微生物については門外漢であり、説得力はあるがどこまで信用して良いものかちょっとわからない。
 共著者はデイビッドの妻のアンであり、こちらは生物学者。おそらく第6章、第7章あたりを書いたのではないかと思うが、ここらあたりは学術というよりむしろ体験記みたいなもので、学術書みたいな本を期待している向きは失望するかも知れない(わかりやすくはなっているが)。
 このように本書は学術書ではないが、人間と微生物との関わりの歴史や、大地での微生物の働き、腸内での微生物の働きや免疫システムの機能など、非常に網羅的に紹介しており、微生物のあれやこれやについて知るには恰好の書物になっている。また、人間にとって食生活がいかに大切か、何を摂取すべきかについても、説得力のある見解が披露される。これについては僕自身少し感じるところがあり、現在少し乱れている食生活を変えてみようかと考えたりするきっかけになった。
 難点は、同じ著者の『土の文明史』にも当てはまるが、翻訳がものすごく読みにくい点で、『土の文明史』のときと同様もう少しこなれた日本語にできなかったのかと思う。そもそも「モントゴメリー」から直せよと思う。ちなみにこの著者、デイビッド・モントゴメリー名義の訳書については『土の文明史』と本書の2冊が刊行されているが、実は「デイヴィッド・R. モンゴメリー」名義の訳書もある(『岩は嘘をつかない 地質学が読み解くノアの洪水と地球の歴史』)。同一人物である。Amazonで検索すると別人扱いになり紛らわしいったらない。この著者の本については洞察力が鋭く、僕自身大変興味があるんで、次からはもう少ししっかりした翻訳で読めたら良いなと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『土の文明史(本)』
竹林軒出張所『あなたの体は9割が細菌(本)』
竹林軒出張所『失われてゆく、我々の内なる細菌(本)』
竹林軒出張所『あなたの中のミクロの世界 (1)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『あなたの中のミクロの世界 (2)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『腸内フローラ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『腸内フローラ 医者いらずの驚異の力(本)』
竹林軒出張所『食について思いを馳せる本』
by chikurinken | 2017-02-24 08:13 |

『問題は英国ではない、EUなのだ』(本)

問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論
エマニュエル・トッド著、堀茂樹訳
文春新書

b0189364_7234474.jpgトッド概論といったところ

 『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』同様、文春新書によるエマニュエル・トッドの講演、インタビュー集。文春新書らしい非常にお手軽な作りの本ではあるが、トッドが語る世界観が凝縮されていて、この本もまったくないがしろにできない。
 この本で語られているのは、英国のEU離脱(いわゆるブレグジット)、そしてその原因(それをグローバリゼーション・ファティーグとする)、トッドの方法論、近未来の世界情勢、中国の不安定性、そしてパリ同時多発テロについてで、非常に雑多であるが、中身の濃さはすごい。この本を読んでいる間、何かとてつもない「事実」にアプローチできているのではないかと感じるのは、『帝国以後 - アメリカ・システムの崩壊』と同じ感覚で、トッドの著作ならではある。
 中でも注目に値するのは、英国と米国で進められてきたグローバリゼーションに対し、その過酷さに英国と米国自身が耐えられなくなったという考え方で、それがブレグジットと大統領選でのトランプ勝利という形で表面化してきたという分析である。今後グローバリゼーションの流れは収束し、保護主義へと傾いていくというのがトッドの「予言」である。一方でこの流れはトッドにとってはある程度理想的な形ではある。トッドは以前から、EUなどに代表されるグローバリゼーションはかなり無理があるシステムと規定していた。
 また中国の産業が先進国主導のもので、先進国側の経済停滞の影響をまともに喰らう性質のものであるため、破綻する可能性が高いというのも斬新な見方である。中国の家族制度から考えると格差を許容できない社会であるにもかかわらず、中国の格差が甚だしいということも社会不安の原因になり、不安定性の要因とする。
 一番興味深かったのが、トッドが自身の経歴を披露した章で(第3章:トッドの歴史の方法)、トッドの立ち位置や彼がなぜ現在のような人口学的アプローチを取るようになったかがわかり、非常に面白い。トッドの著書を読む上で知っておくと非常に役に立つ。
 一番不満なのが、トッドを「予言者」扱いする出版社の態度で、この本も帯に「トランプ勝利も予言していた!」などと書かれているが、これはデタラメである。トッドはどの本でも、来たるべき世界像を示すことはしているが「予言」など一切していない。ただしその世界像が適確で、割合その通りに推移している、要するにトッドの分析の多くが正しいということである。こういう売り方は非常に不快で、文春新書みたいな怪しげなところからはトッドの本を出してほしくないという気もしているが、一方でトッドの本が安価で提供されているという側面もあり、無下にはできないところが悩ましい。まあ最低限、嫌らしい売り方だけはやめてほしいものである。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『帝国以後 - アメリカ・システムの崩壊(本)』
竹林軒出張所『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告(本)』
竹林軒出張所『エマニュエル・トッド 混迷の世界を読み解く(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2017-02-22 07:24 |

『世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史』(本)

世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史
スティーブン・ジョンソン著、大田直子訳
朝日新聞出版

人気コラムニストによる技術革新概論

b0189364_2015884.jpg 何かのきっかけで思いもかけない技術が生まれ、それが登場することでまた別の技術の登場が誘発される。こういったことの連鎖が発明を作り出す。したがって発明は、偉大な1人の天才がもたらしたものではありえず、時代背景があって初めて成立するものである。それは『発明はいかに始まるか』でも繰り返し主張されていたことである。
 この本では、「ガラス」、「冷たさ」、「音」、「清潔」、「時間」、「光」などをテーマに、どういった時代背景でどういったきっかけが起こり、それが周りをどう触発していったか、そしてそれがその後の技術革新にどのように影響を与えていったかについて紹介していく。
 たとえば「ガラス」の場合、透明ガラスが発明されてからそれが眼鏡を生み出し、そのことが、活版印刷術の発明でもたらされた本の普及に拍車をかけた。また同時にレンズの改良により顕微鏡や望遠鏡が生み出され、それが生物学、医学、天文学、物理学などの発展を促す結果になった……などという一連の流れが紹介されている。実はこれ、以前ここで紹介したドキュメンタリー、『いまに至る道 ガラス』と内容がほぼ一致している。あちらの番組も、この本の作者、スティーブン・ジョンソンが関わっており、要するにこの本、あのドキュメンタリーの書籍版という立場である。そのためあのドキュメンタリー・シリーズと内容は重複している。僕自身、あのシリーズでは「ガラス」、「冷たさ」、「清潔」、「光」の回を見ているので、この本にあまり目新しさは感じなかったが、内容自体は実のところかなりエキサイティングで、言ってみれば大学教養課程の「技術革新概論」というような内容である。買っても損はない良書だと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『いまに至る道 灯り(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『いまに至る道 ガラス(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『発明はいかに始まるか(本)』
by chikurinken | 2017-02-21 07:14 |

『黄昏のビギンの物語』(本)

黄昏のビギンの物語
奇跡のジャパニーズ・スタンダードはいかにして生まれたか

佐藤剛著
小学館新書

「黄昏のビギン」にまつわるあれやこれや

b0189364_7501154.jpg 1990年代にちあきなおみが発表した「黄昏のビギン」は、今や日本のスタンダードとして歌い継がれているが、なぜそれが広く歌い継がれるようになったかという視点で、この歌の秘密、ひいては作者の中村八大にアプローチしようという試みの本である。
 「黄昏のビギン」は元々、水原弘のシングルレコード『黒い落葉』のB面に収録された曲で、表舞台では永らく演奏されることがなかったが、1991年にちあきなおみが発表したアルバム『すたんだーど・なんばー』にカバー曲として収録され、その後このちあきなおみ版がCMで流されるに至って広く認知されるようになり、それがさまざまな歌手にカバーされたことから徐々にスタンダード曲として定着し始めた。だが実際は、この曲、日本のスタンダードを作りたいと考えていた中村八大のもっともお気に入りの曲であり、キャバレーなどでも昔から歌い継がれていて、スタンダード曲になる素養は最初からあったというのが著者の主張である。
 内容は雑誌で発表されるような実に軽いものであるが、それなりに面白い話である。もっとも一冊の本にするには中身が少なすぎるためか、中村八大のバックグラウンドなどが非常に細かく記述されていて、むしろこちらがメインになっていると考えることもできる。
 「黄昏のビギン」については、個人的にはやはりちあきなおみのバージョンのできが良かったことと、その後のカバーブームがスタンダード化の原因ではないかと思っている。ちあきなおみ版は、ちあきなおみの歌唱と服部隆之の編曲が抜群で、元歌の魅力を150%アップしていると感じる。その後発表された数々のカバー版も聴いたが、大きく分けて、水原弘風とちあきなおみ風に分かれる。多くはちあきなおみの歌唱に似せたもので、こちらが標準になっていることがわかる。中森明菜、岩崎宏美薬師丸ひろ子由紀さおり小野リサなどがそうで、さだまさし長谷川きよしが水原弘風と言えるんじゃないかなと思う(井上陽水についてはその中間みたいな感じ)。ともかく今カバーCDが非常に多く、過去のいろいろな曲が頻繁にカバーされているという現状があり(『京都慕情』や『夢で逢えたら』もカバーがかなり多い)、それが著者の言う「スタンダード化」に繋がっているというのが僕なりの解釈である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ちあきなおみ ふたたび』
竹林軒出張所『「ちあきなおみ ふたたび」ふたたび』
竹林軒出張所『それぞれのテーブル』
竹林軒出張所『京都人の密かな愉しみ 夏(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2017-02-20 07:51 |

『脳は奇跡を起こす』(本)

b0189364_20132134.jpg脳は奇跡を起こす
ノーマン・ドイジ著、竹迫仁子訳
講談社インターナショナル

神経可塑性の可能性

 神経可塑性について紹介する本。
 従来、脳細胞は一定の年齢になると成長しないで衰えるだけと考えられてきたが、実は必要に応じて変化していくというのが神経可塑性という考え方である。たとえば脳障害のために動かなくなった部位がその後動かせるようになったケースの場合に、詳しく調べると実は通常と違う代替の脳部位が使われるようになっていたことが判明するなどというのがその実例である。脳が回路を作り替えていたわけである。
 著者は精神科医で、この本では神経可塑性についての最新の知見が紹介される。脳障害だけでなく、これまで不治の病とされてきた病気も、神経可塑性を利用することで回復する可能性があることも記述されている。自閉症やPTSDまでがその対象になる。紹介されている実験も面白いものが多く、被験者にテーブルが腕の一部であるかのように認識させると、テーブルを叩いたときにその被験者が痛みを感じるなどのケースはユニークで興味深い。
 ただ、この著者は基本的に精神科医でフロイトの考え方を踏襲しているらしく、少し疑わしい内容のものもあった。フロイトの理論について神経可塑性で説明している部分はそれなりに説得力があるが、ホンマかいなという感情も最後まで残る。
 またネットポルノ中毒についても1章を割いて解説しているが、これも結構怪しい。やや独断的な見方が少々気になるところだが、従来信じられていた局在論(脳の機能が特定の脳領域に固定されているとする考え方)に対抗する1つの解答がここにあるのも確かである。必要な部分だけ読んで吸収したら良いだけのことだ。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『奇跡の脳(本)』
竹林軒出張所『再起する脳 脳梗塞が改善した日(本)』
竹林軒出張所『壊れた脳 生存する知(本)』
竹林軒出張所『よみがえる脳(本)』
竹林軒出張所『タッチ・ザ・ミュージック(ドキュメンタリー)』

by chikurinken | 2017-01-28 07:12 |