ブログトップ | ログイン

竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

『ブレードランナー ファイナル・カット』(映画)

ブレードランナー ファイナル・カット(1982年・米)
監督:リドリー・スコット
原作:フィリップ・K・ディック
脚本:ハンプトン・ファンチャー、デヴィッド・ピープルズ
デザイン:シド・ミード
音楽:ヴァンゲリス
出演:ハリソン・フォード、ルトガー・ハウアー、ショーン・ヤング、エドワード・ジェームズ・オルモス、ダリル・ハンナ、ブライオン・ジェームズ

ブレードランナーは一角獣の夢を見た

b0189364_20263258.jpg フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が原作。舞台は2019年のロサンゼルス。怪しげな外国語が飛びかう多国籍の街。日本語が飛びかう屋台、巨大スクリーンに映される芸者の広告(なぜか「強力わかもと」)が新鮮である。LAでありながらずっと雨が降っている。
 この時代、人間そっくりのアンドロイド(レプリカント)が普及しており、知性も腕力も持っていて他の星での肉体労働などに従事しているが、中には地球に紛れ込む者がいる。そういうレプリカントを破壊するのがブレードランナーで、主人公もその1人。地球に紛れ込んだ数人のレプリカントを追うというのがこの映画のメインストリームである。
 ストーリー自体は比較的平凡だが、この映画の特徴は美術で、とにかく舞台の描写がリアルですごい。この映画が作られたときはまだCGがなかったため、一般的な合成による特撮で作られているが、非常に質が高い。それに世界観が独特で、たとえば主人公のハリソン・フォードが日本人の経営する屋台で麺を食べているシーンは、妙にユーモラスで最初見たとき思わず笑いがこみ上げてきた。ちなみにこの映画、僕自身は1984年ぐらいに初めて見ており、そのときは美術はすごいと思ったがストーリーがよく把握できず、なんだか曖昧な印象しか残らなかった。この映画、公開当初はあまり人気が出ず、時代を経るうちにカルト的な人気を集めて今に至っているんだが、当初は製作側でもストーリーがわかりにくいといわれていたようで、それでも見切り発車みたいな形で公開されたらしい。監督のリドリー・スコットにとってはそれが不本意だったようで、その後人気が高まるにつれて、カットされたシーンを活かし監督自身が再編集したディレクターズカット版が発表された。そしてさらにその後編集が加えられて「ファイナル・カット」版が作られ、それが今回見た作品ということになる。今回は、ストーリー自身にはわかりにくさを感じなかった。鳩のシーンも非常に魅力的だった。
 撮影時からいろいろスタッフの間で対立があったりとか、演出上もいろいろとゴタゴタがあったことがメイキングビデオ(『デンジャラス・デイズ メイキング・オブ・ブレードランナー』)で紹介されていたが、(アメリカの事情は知らないが)そんな状態でもこれだけの完成度を持つ作品ができあがったということに驚く。リドリー・スコットの前作『エイリアン』同様、ともかくデザインを含め美術が際立った映画で、リドリー・スコットとシド・ミードの才能のたまものなんだろうと思う。世界観を堪能してくださいというそういう映画である(と思う)。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ポアンカレ予想 100年の格闘(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-08-16 07:27 | 映画

『陸軍中野学校』(映画)

陸軍中野学校(1966年・大映)
監督:増村保造
脚本:星川清司
出演:市川雷蔵、小川真由美、待田京介、E・H・エリック、加東大介、村瀬幸子、早川雄三

暗くて暗くてとてもやりきれない

b0189364_20445900.jpg 太平洋戦争中に実在した「陸軍中野学校」を舞台にしたスパイ映画。
 陸軍中野学校というのは、諜報活動のプロを養成すべく陸軍内に作られた機関で、この映画でその名が世間に知られるようになったのではないかと推測される。
 内容は陸軍中野学校がどういう学校か、どういう性格かという説明が多く、特に序盤は多分に説明的であるが、その後主人公の三好陸軍少尉(市川雷蔵)が関係者を殺害しなければならなくなるという展開は想定外で、ドラマとしてなかなかうまく練り上げられている。主演の市川雷蔵は、この映画が初の現代劇ということで、雷蔵が新境地を見せた映画としても知られている。興行的にも当たったようで、その後シリーズ化された。
 総じてよくできた映画ではあるが、ただやはりフィルムノワール(「虚無的・悲観的・退廃的な指向性を持つ犯罪映画」- Wikipediaによる)風で、しかも殺伐としており、あまり気分が良い作品ではない。この気分の悪さというのは、作り手による反戦のメッセージだろうとは思う。そういう点で、この時代に多数作られた戦争ヒロイズム映画とは一線を画す作品ではある。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『間諜X27(映画)』
竹林軒出張所『兵隊やくざ(映画)』
竹林軒出張所『巨人と玩具(映画)』
竹林軒出張所『妻は告白する(映画)』
竹林軒出張所『炎上(映画)』
竹林軒出張所『ぼんち(映画)』
竹林軒出張所『小野田元少尉の帰還(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀 第5集〜第8集(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-08-14 06:44 | 映画

『兵隊やくざ』(映画)

兵隊やくざ(1965年・大映)
監督:増村保造
原作:有馬頼義
脚本:菊島隆三
撮影:小林節雄
出演:田村高廣、勝新太郎、淡路恵子、北城寿太郎、早川雄三

人間的な魅力に富む二人の超人の話

b0189364_06581856.jpg 『兵隊やくざ』はシリーズになっていて、途中の作品はたびたび見る機会があったものの、シリーズ第1作目、つまり本作についてはなかなか見る機会がなく、今回とうとう見ることができたということになる。シリーズの途中から見るというのははなはだ不本意で、だから実際には見てはいない。そもそもシリーズ化した作品というのは第1作が当たったためにシリーズになったというのが普通である。ならばとりあえず第1作を見れば良いではないかというのが僕の考え方である。まあ普通の人はそうだろうが。
 もっともこの『兵隊やくざ』、シリーズ化されているといっても、比較的地味な作品群で、映画ファンでなければ知らないようなシリーズである。勝進のシリーズ作品と言えば『座頭市』の方がはるかに有名だし。ただし僕は『座頭市』も勝進もあまり好きではない。したがって『兵隊やくざ』にしても、とりあえず第1作目を見れば良いかなという程度の考えしかなかった。
 で、今回まあ見たわけだが、予想に反して、これが非常に良くできた面白い映画に仕上がっていたのだった。型破りの元やくざ、大宮(勝新太郎)が、関東軍に二等兵として入隊してくるが、関東軍といえば苛烈な初年兵いじめで有名。でもって、当然この初年兵、目を付けられて散々な目に遭わされる。しかしこの大宮、そんじょそこいらのやわな人間と違って、腕力と破天荒さにかけては天下一品。徐々に自分の居場所を作っていく。この大宮の目付役が三年兵の有田(田村高廣)だが、大宮に共感を覚えたか、窮地を救ったり上官に対してかばったりする。大宮の方も有田をボスと認め、この恩義をいつか返すと誓うというそういった流れになる。
 軍隊内、特に大日本帝国陸軍のいじめや暴力というのはいろいろな映画で描かれていて、見ていていつも辟易する。『真空地帯』しかり、『人間の條件』しかりであるが、『真空地帯』ではそんな中で実力でのし上がる男、『人間の條件』ではあくまでも正義を貫こうとする男が出てきて、それがドラマの中心になる。この映画も同様で、(身分)秩序がしっかりあってしかも暴力によってその秩序が維持されている集団内に、破天荒な人間が入ってきて一悶着起こすというドラマになる。ただその入ってくるよそ者が、「人物」でありながら腕力も持っている魅力的な存在というのがこの映画のミソである。この人物、どこか無法松を思わせるが、無法松→阪妻→田村高廣というふうにこの映画にも繋がっているのはたまたまか。この魅力的な男が異常な集団の中で、人間性を見失わずに自分を貫いていく。またもう一人の主人公、有田の正義感も気持ち良い要素である。彼も異常な集団の中で、まともな思考とまともな感情を見失わない。そういう意味では、二人ともややスーパーマン的ではあるが、基本的に娯楽映画だからそれで良い。
 駐屯地のセットは野っ原の中にしっかりと作られていて、舞台が満州と言われてもまったく違和感はない(実際の撮影地は北海道あたりか)。大映映画らしい豪華さである。
 先ほども言ったが、この映画かなり当たったようで、その後シリーズ化され、結局第9作まで作られた。ただし増村保造が監督したのはこの一作のみで、後はプログラムピクチャーの監督が担当している。見ていないし見る予定もないのでどの程度の作品になったかはわからない。やはりこの一作だけで終わらせても良かったんじゃないかというのが実感である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『真空地帯(映画)』
竹林軒出張所『拝啓天皇陛下様(映画)』
竹林軒出張所『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代(本)』
竹林軒出張所『無法松の一生(映画)』
竹林軒出張所『陸軍中野学校(映画)』
竹林軒出張所『巨人と玩具(映画)』
竹林軒出張所『妻は告白する(映画)』

# by chikurinken | 2017-08-12 06:59 | 映画

『季節が変わる日』(ドラマ)

季節が変わる日(1982年・日本テレビ)
演出:久野浩平
脚本:山田太一
出演:八千草薫、岡田真澄、小池朝雄、早川勝也、キャロライン、ハナ肇

教育についていろいろ考えるドラマ
なかなかの力作


b0189364_08131479.jpg 不登校の息子をある山間の寄宿学校に入れることにした女性(八千草薫)と、非行の娘を同じ学校に入れることにした男性(岡田真澄)が恋愛関係に陥っていくというストーリー。この学校というのが軍隊式で、子ども達のヤワな根性をたたき直すというコンセプトの施設。おそらく戸塚ヨットスクール(竹林軒出張所『平成ジレンマ(ドキュメンタリー)』を参照)がモデルだと思われるが、ドラマではこのような施設に対する批判精神も顔を覗かせる。一方で荒れる子どもをお払い箱にした親が見せる安心感なども描かれ、少し辛辣さも感じる。
 これも日テレ製作のドラマで、ややリズム感を欠いている上、ホテルのベッドシーンなんかは(以前の日テレドラマらしさを感じるような)ちょっと気恥ずかしい演出で、ちょっとどうよと思うようなものであったが、先が読めないストーリー展開はさすが山田ドラマである。子どもを寄宿学校に入れて親たちがよろしくやっているということには反撥も感じるが(主人公の口からもそういうセリフが語られる)、しかしこの親たちにしても、不倫ではないわけだし恋愛したって問題はないわけで、こういう(視聴者という)第三者による(一方的で)禁欲的な考え方は理不尽である。本来は。だがまあそういう感慨を持つのも自然といえば自然で、一方でそういう紋切り型の考え方をしてしまう自分が何やらみっともなくもあり、なかなか厳しいところを突かれたという感じが残る。かくのごとく、いろいろ考えるところが多いドラマで、そのあたりも山田ドラマらしいと言える。
 教育の問題は難しいし、特にこのドラマが製作された時代は不登校に対する定見がなかったこともあり、親も社会も手探り状態であったと思う。教育の歪みが校内暴力などという形で現れたのもこの少し前の時代で、教育については難しい問題が山積みであった。答えは簡単に見つからないし、今も正答があるわけではないが、社会が以前より柔軟に対処しているのは実感できる。それは教育に対して真摯に向き合った人々の成果でもあるわけで、こういった問題意識の高いドラマも一役買っていたのではないかと思う。実際山田太一には教育論(『親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと』)もあり、これも大変興味深い本であった。子どもが提示してくる問題に対しては真摯に向き合うというのが唯一の方策なのかなとも思うが、このドラマでも何となくそういう方向性が示されていたように思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと(本)』
竹林軒出張所『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その1(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その2(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『山田太一のドラマ、5本』
竹林軒出張所『続・山田太一のドラマ、5本』
竹林軒出張所『平成ジレンマ(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-08-10 08:13 | ドラマ

『ちょっと愛して…』(ドラマ)

ちょっと愛して…(1985年・日本テレビ)
演出:せんぼんよしこ
脚本:山田太一
出演:樹木希林、川谷拓三、和田アキ子、河内桃子、篠田三郎、沢田雅美、小倉一郎

冴えない男女のドラマ……だが
やっぱり冴えてる方が良いような


b0189364_21075742.jpg 山田太一脚本の1985年のドラマ。製作は山田ドラマとしては珍しい日本テレビだが、山田ドラマの味は損なわれていない。このドラマは放送時見ておらず、存在すら知らなかった。日テレ放送だったからか。
 婚期が遅れている冴えない男女(樹木希林と川谷拓三)が、結婚相談所を通じて結婚相手を求めるが、なかなか理想的な相手が見つからず……という展開のドラマ。『想い出づくり。』を作るときに「ドラマだけがね、なんかこう2人の男女のきれいなのがいて、後は奉仕するっていうのは……恋敵とかだってね、恋敵という役にもう固定されてしまうわけでしょ。そんなドラマはね、早晩壊れちゃうだろうって思った」という山田センセイ、それを地で行くようなストーリーである。
 確かに美しい男女があれやこれやあって恋愛関係に陥るという話もバカバカしさを感じるが、でもやっぱり恋愛ドラマは美しい男女の方が良いという気もする。このドラマにはキャストレベルでのリアリティはあるが、出ている人が美形の方が見ていて楽しいし、精神的にも盛り上がるんではないかと感じた。もっとも、それは一般的なつまらない恋愛ドラマでの話で、密度が濃いこういうドラマだと、ちょっと冴えない風貌でもOKかなとは思う。一方で、篠田三郎や河内桃子などの美形男女が出てくると、見ているこっちは安心したりする。なお篠田三郎と河内桃子は結婚相談所の職員役で出てくるんだが、主役の2人を鑑みると、これも少し意地悪な配役だと感じる。
 主人公が勤めるのがデパートの紳士服売り場で、しかも紳士服メーカーから直接派遣されているという立場で、主人公の口から「そういうのがあるんです」と語られるが、僕自身はそういうシステムがあることを知らなかったので、そういうもんなんだと感心した。こういう目新しい職業形態が紹介されるのも山田ドラマらしいと言える。主人公の同僚役を務めるのが和田アキ子で、この役が非常に魅力的である。主人公と仕事面で対抗しながらも、主人公の幸せのために尽力するという存在である。和田アキ子の山田ドラマ出演は『輝きたいの』以来(だと思う)。一方主役の樹木希林も山田ドラマの出演は珍しい。『さくらの唄』以来ではないかと思う。なおこの『さくらの唄』だが、久世光彦演出の水曜劇場だったこともあり、樹木希林(当時、悠木千帆)らの出演陣がやたらアドリブばかりやるんで、山田太一が非常に怒って「アドリブは止めて台本通りにやってくれ」と要求した(こういうこともあり、それ以降久世光彦とは組んでいない)という逸話が残っている。それを考えると樹木希林の主役起用は意外である。
 ドラマとしては、途中まで流れがあまり良くなく少々まだるっこしさを感じるが、途中から良い具合のダイナミズムが出て来た。話のテーマとしては『ハワイアン ウエディング・ソング』に似ているが、どちらのドラマもオリジナルで魅力的な作品であることには変わりない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その2(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『輝きたいの(1)〜(4)(ドラマ)』
竹林軒出張所『ハワイアン ウエディング・ソング(ドラマ)』
竹林軒出張所『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その1(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『山田太一のドラマ、5本』
竹林軒出張所『続・山田太一のドラマ、5本』

# by chikurinken | 2017-08-09 07:07 | ドラマ

『いちばん綺麗なとき』(ドラマ)

いちばん綺麗なとき(1999年・NHK)
演出:伊豫田静弘
脚本:山田太一
出演:八千草薫、加藤治子、夏八木勲、多田木亮佑、中嶋ゆかり

短時間、少製作費でもこれだけのドラマができる

b0189364_20042549.jpg 茨木のり子の詩「私が一番きれいだったとき」を思い出させるようなタイトルだが、内容もあの詩と共通する要素がある。また、あの詩と同様、反戦テーマも入っていて、うまいこと練り上げられたストーリーである。
 夫に先立たれた女性(八千草薫)のもとに、その夫が不倫していたという情報がもたらされる。その情報を持ってきたのは、夫の不倫相手の女性の夫(夏八木勲)ということで、不倫された者同士が、それぞれの想いをぶつけ合うという展開になっていく。途中、戦争の引き上げの話がストーリーに絡められ、しかもロードムービー的な味も盛り込まれてなかなか盛りだくさんである。しかも、山田ドラマには珍しく、主演の八千草薫と加藤治子の激しいぶつかり合いなどまである。それも、向田邦子作品かと思わせるような激しさである。実際、この2人、(後から思い出したんだんが)向田作品の『阿修羅のごとく』の長女役と次女役で「さもありなん」という感じ。向田邦子へのオマージュだったんだろうか。
 配偶者の死後、その不倫が発覚するというストーリーは『魂萌え!』を思い起こさせるが、発表はこちらのドラマが先である。もしかしたら桐野夏生、このドラマからモチーフを拝借したか。今ではよく扱われるモチーフになったが、もしかしたらこのドラマが元祖かも知れぬ。
b0189364_08141816.jpg 先ほども言ったように、いろいろな要素が盛り込まれた盛りだくさんなストーリーだが、セリフの生々しさ、登場人物の行動様式のリアリティなどは、さすが山田ドラマとうならせるようなものである。夫に不倫されていた妻と妻に不倫されていた夫が、配偶者たちの行動を推測して怒りを感じながらも「(配偶者の不倫の話について)こんな話他の人にできない」などと漏らすさりげないセリフに思わずうなってしまう。
 なおこのドラマ、舞台が名古屋で、京都の舞鶴まで舞台が広がっていく。おそらくNHK名古屋の製作ではないかと思うが、製作に関する詳細な情報がタイトルバックに出なかった。夜9時から1時間15分の『NHKドラマ館』という枠で放送されたらしいが、僕自身は見ていない。この頃はほとんどの山田作品はチェックしていたがこれについてはチェック漏れであった。主演の3人を除くと無名の俳優ばかりで、しかも家の中のシーンまでロケで撮影しているなど(ただしそれはそれで良い効果が出ている)、製作費が少なかったのかと勘ぐったりもするが、作品のグレードは高い。1時間15分枠、しかも少なめの製作費でこれだけのものができるとなれば、今放送されている他の多くのドラマは一体何なんだと感じてしまう。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『山田太一のドラマ、5本』
竹林軒出張所『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『再会(ドラマ)』
竹林軒出張所『旅の途中で(ドラマ)』
竹林軒出張所『「早春スケッチブック」、「夕暮れて」など(ドラマ)』

# by chikurinken | 2017-08-08 07:04 | ドラマ

『富士ファミリー』(ドラマ)

富士ファミリー(2015年・NHK)
演出:吉田照幸
脚本:木皿泉
出演:薬師丸ひろ子、小泉今日子、吉岡秀隆、高橋克実、ミムラ、片桐はいり、中村ゆりか、マキタスポーツ、小倉一郎、仲里依紗

取って付けたようなエピソードがどうもね

b0189364_20180321.jpg 昨年の正月に放送されたドラマだが、今の今まで見ていなかった。つまりハードディスクの肥やし状態。
 木皿泉の脚本で、木皿泉ドラマの常連が登場するドラマ。あまり起伏のない癒やし系のドラマであろうという予測に違わず、木皿泉らしい穏やかなドラマであった。
 いくつかの小エピソードを盛り込んでひとつのストーリーにするのはこの脚本家らしいが、やはりどれも大して面白味を感じない。もちろんこれはデキが悪いわけではないため見る人次第ということだが、僕などはこういったドラマには物足りなさを感じる。お化けが出たり吸血鬼が出たりするのもやり過ぎでくだらないし、それに20年間連続で女性の誕生日にプロポーズする(しかも断り続ける)というのもリアリティがなさすぎ。設定自体が多分に童話的で、これを受け入れられるかどうかも人によるんだろう。「誰でも今のまま生きてて良いんだよ」というのがこのドラマのメッセージで、その辺はまずまずと言えるが、あまりにリアリティを欠いたこの類のドラマを、僕はやはりあまり歓迎したくないと思うのである。
第32回ATP賞テレビグランプリドラマ部門最優秀賞受賞
★★★

追記:
続編の『富士ファミリー2017』も録画しているが、おそらく見ないと思う。

参考:
竹林軒出張所『すいか (1)〜(10)(ドラマ)』
竹林軒出張所『昨夜のカレー.明日のパン (1)〜(2)(ドラマ)』
竹林軒出張所『おやじの背中 (2)〜(6)(ドラマ)』

# by chikurinken | 2017-08-06 07:17 | ドラマ

『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』(本)

英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史
堀田隆一著
研究社

b0189364_07183625.jpg素朴な疑問を手始めに
言語の歴史に足を踏み出す


 英語学の本だが、英語についての素朴な疑問に答えていくというアプローチで英語の本質に迫ろうという一風変わった趣向の本。
 こういう切り口だと、テーマとして立てられている素朴な疑問がどの程度興味深いかで面白さが決まると言えるが、この本についてはなかなか面白いテーマが取り上げられている。たとえば「なぜ"a apple"ではなく"an apple"なのか?」、「なぜ三単現に-sを付けるのか?」、「なぜIf I were a birdとなるのか?」などは興味深いテーマであると言える。一方で「なぜHelp me!と叫ぶのにAid me!とは叫ばないのか?」、「なぜI you loveではなくI love youなのか」は設問としてはあまり面白くないが、実は英語の歴史と深く関わるようなトピックで、内容については読み応えがあった。さらに言えば、「sometimesの-s語尾は何を表すのか?」、「なぜ1つの単語にさまざまな意味があるのか?」などは、設問もつまらない上、内容も面白味がなかった。
 このように内容についてはテーマごとに玉石混淆ではあるが、全体的には興味深い内容が多かった。歴史が言葉にどのように影響するかがよくわかるし、特に英国の歴史が波瀾万丈であったことを考えると、英語は言語学の題材としては面白い存在であると思う。そういう点では、言語学入門としても良い。僕自信は、図書館で借りて読み終えた後、新刊書を買った。実際、繰り返し読みたくなるような類の本である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『英語の歴史 ― 過去から未来への物語(本)』
竹林軒出張所『ネイティブスピーカーの英文法(本)』
竹林軒出張所『語源でわかった! 英単語記憶術(本)』
竹林軒出張所『日本人のための英語学習法(本)』
竹林軒出張所『日本人のための日本語文法入門(本)』
竹林軒出張所『ひらがなでよめばわかる日本語のふしぎ』(本)
竹林軒出張所『古典文法質問箱(本)』

# by chikurinken | 2017-08-04 07:19 |

『古典和歌入門』(本)

b0189364_20083258.jpg古典和歌入門
渡部泰明著
岩波ジュニア新書

匂ひ立つ いにしへびとの雅にも
今に連なる愛欲を見る


 奈良時代から鎌倉時代に詠まれた和歌を48首取り上げ、どういう風に詠まれたか、どういう味があるかなどを解説した和歌入門者向けの本。和歌をはさんで話が語られるなど、どこか「歌物語」を思わせるような構成である。取り上げられた1首あたり4ページずつ割り当てられ、それが「四季」、「恋」、「雑(ぞう)」、プラス「祈り」の四部構成でまとめられている。ちなみに前の三部(「四季」、「恋」、「雑」)の分け方は勅撰和歌集で採用されている分け方(だそうだ)。それを考えると、なかなか凝った作りと言える(なお「祈り」は著者の思い入れのたまもの)。
 各項が4ページでまとめられているため、ちょっと暇なときに拾い読みするというような読み方もできる。どの項も、著者の和歌に対する愛情が溢れ出ているようで、読んでいて大変面白い。歌の魅力も十分伝わってきて、和歌というものが決してカビくさいものではないということがわかる。各項では、その話題に関連する歌が他にも何首かずつ取り上げられているため、実質的にはかなりの数(百首程度か)の和歌がこの本一冊で紹介されていることになる。
 しかも巻末に詳細な歌の索引、解説(あとがき:和歌の概論のようになっている)なども完備されていて、本の体裁としても申し分なし。古文学習者にはうってつけの入門書で、なかなかの力作である。真摯に作られた本というのはこういう本を言う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『和歌のルール(本)』
竹林軒出張所『短歌をよむ(本)』
竹林軒出張所『あさきゆめみし完全版(1)〜(10)(本)』

# by chikurinken | 2017-08-03 07:08 |

『東大VS京大 入試文芸頂上決戦』(本)

東大VS京大 入試文芸頂上決戦
永江朗著
原書房

後半は長々と与太話を聞かされた

b0189364_19162006.jpg ときどき大学入試の国語の問題を解いてみたりするんだが、当然ながら良い問題もあればひどい問題もある。どちらかというとひどい問題の方が多いかもしれない。まず問題文の悪さが目に付く。基本的に現代文の大学入試で取り上げられる文章は読みづらい悪文が多いなどという話を聞いたことがあるが、それにしてもあまりにひどいものがある。内容がプアなのも多いが、そもそも人に読ませる日本語が書けていないものがあまりに多い。出題者にこんなひどい文章を高校生に読ませたいのかと訊ねてみたい気持ちに駆られる。
 最悪なのは大学入試センターが作っているいわゆるセンター試験の文章で、年々悪くなっているように思える。そんな中、国立大学の問題は割合良い問題が多い。採点にしっかり時間をかけられているせいか(国語については詳しいことは知らないが)中には読みふけってしまうような面白い問題文まである。この著者も、いわゆる「赤本」に掲載されている国語の問題を、アンソロジーとして読んだりするのが好きらしい。そういう著者であるからこそ、国立大学(この本では東大と京大)の国語の問題に食いついたというわけ。この本は、過去の東大と京大の国語の問題(多くは現代文)を紹介して、そこに時代背景を読み取ったり、あるいは書かれている内容に興味があればそれについてもコメントしたりというコンセプトの本で、企画としては面白いかも知れないが、少しばかり作り手の作為を感じる企画でもある。それに「入試文芸頂上決戦」という、煽るようなタイトルもいただけない。
 紹介する入試問題は、明治期、大正期から、戦後、高度成長期、バブル期を経て2016年までで、都合100年以上に渡っている。戦前の問題は、第一高等学校(東大の一部の前身)と第三高等学校(京大の一部の前身)の問題で、学制改革後は東大と京大の入試問題である。特に(明治期を含む)戦前、戦後すぐの問題はなかなか興味深いもので、学術的に(あるいは博物学的にでも良いが)アプローチしていれば非常に面白い本になっていたと思われるが、本書ではこちらはどうもおまけのような位置付けである。この著者の関心は、ここ20年くらいの問題で、そちらの方に偏っているという印象がある。特に比較的新しい問題については、著者の好みが合うのか、やたらいろいろ取り上げてコメントしている。ただし内容は野次馬的あるいは知識のひけらかしみたいなふうにも感じられ、読者の側からするとまったく読む価値を感じない。僕自身もいろいろとツッコミながら読んでいたぐらいで、後半は「★☆」程度の評価である。本書を半分以上読んだんで無理して最後まで読みましたというのが本音のところである。そもそもこの著者が好んで取り上げる文章がどれも面白くない。中身が伴っていないスカした文章ばかりで、こういう人が入試問題を作っているのだなというのがよくわかったのは収穫である。
 また、この著者の文章がところどころ気持ち悪くて鼻に付く。たとえば「オレが受験生なら、この出題文を読んで泣くね。(253ページ)」などとという文章。しかもご丁寧に5ページ後にも、「オレが受験生だったら、出題文を読んで泣くね。(258ページ)」という具合に同じような表現が繰り返される。オレが著者だったら、ちゃんと校正するね。
 他にも低レベルな表現が多数あるので以下に一部をご紹介。引用文の後のカッコ内は僕のツッコミである。
● (メルロ=ポンティとギブソンの名前が問題文に入っていたことから)「いまの東大受験生はメルロ=ポンティの『知覚の現象学』やギブソンの『生態学的視覚論』を読んでいたりするのだろうか。(240ページ)」(読んでるわけねえだろ)。この著者が単にこういうのを読んだことを自慢したいのかとも思える。その後、242ページにも「メルロ=ポンティなどに親しんだ受験生ならそう難しい問題ではないが、初見ではちょっと戸惑うかも知れない。」などとしつこくメルロ=ポンティを押してくる。
● (幸田文の文章にちょっと外すテクニックがあるなどと指摘した後)「ほとんどの人が見逃していて、それでちょっとかわいげのあるようなコメントをひとこと言うのが、アイドルとして愛される秘訣だというのである。ジャニー喜多川は幸田文を読んだだろうか。(247ページ)」(アホか)
● 「自己の同一性をめぐる素朴な問いである。受験生にとっては、前日の夜、自宅の勉強部屋の机に向かっていた自分と、いま試験会場の机の前にいる自分を対比するだろうか。(250ページ)」、「「意地悪だなあ、こんな文章を試験に出すなんて」と思うだろうか。(252ページ)」(想像力にも創造力にも乏しい安っぽい文章)
● 「ロマンス小説や漫画で、複雑だけども陳腐な人間関係や事件、感情のもつれなどについて知っておくことは、東大受験をする上でもけっしてむだではないのだなあ、と思う。東大入試は下世話な人が意外と有利?(255ページ)」(もはや何も言えない)
 こういう文章が特に後半多くなってきて、かなり不快な気持ちになったことを付記しておく。また誤植が多いのも鼻に付く。ともかくかなりいい加減な本である。
★★☆

参考:
竹林軒『大学受験ラジオ講座回顧』
竹林軒出張所『数学受験術指南(本)』
竹林軒出張所『大学入試担当教員のぶっちゃけ話(本)』
竹林軒出張所『笑うに笑えない大学の惨状(本)』

--------------------------
 折角だから不肖私も、この本を題材に入試問題を作ってみた。大学関係者の方々、入試で使ってもかまいませんよ。

第一問 次の文章は、東大の入試問題について書かれた文章の一節である。これを読んで、後の問いに答えよ。なお、表記は一部改めている。

(本書274ページから)
 文科では4つめに堀江敏幸の「青空の中和のあとで」から出題されている。日経新聞に連載されたエッセイで、日本文藝家協会編纂の『ベスト・エッセイ2015』に収録されている。
 堀江敏幸は1964年生まれで、現在は早稲田大学文学学術院教授。ぼくが5年間、任期付の教授として早大に勤務したとき、堀江のゼミは人気が高く、入るのが難しいことで知られていた。ぼくの演習に出ている学生のなかにも「堀江先生のゼミに入りたかったけど、選考で落とされました」という学生が何人もいた。たしか朝井リョウは堀江ゼミだった。
 堀江は温厚で静かに話す人だ。デビューは白水社の雑誌『ふらんす』に連載した『郊外へ』で、フランス留学時のことを題材にしている。エッセイなのか小説なのか判然としないところが魅力なのだが、『おばらばん』が三島賞を受賞したり『熊の敷石』が芥川賞を受賞したとき、これは小説ではないと文句をいう人もいた。べつにどっちでもいいというか、どうでもいいことなのに。堀江はたくさんの賞を受賞し、たくさんの賞の選考委員もつとめている。大学に勤務しながら、コンスタントに小説を発表している。さすがに翻訳の仕事は少なくなっているけれども。
 出題文は、夏のある日、突然の夕立に遭ったことを、空の青にからませて書いたものである。

<その日、変哲もない住宅地を歩いている途中で、私は青の異変を感じた。空気が冷たくなり、影をつくらない自然の調光がほどこされて、あたりが暗く沈んでいく。大通りに出た途端、鉄砲水のような雨が降り出し、ほぼ同時に稲光をともなった爆裂音が落ちてきた。電流そのものではなく、来た、という感覚が身体の奥の極に流れ込んで、私は十数分の非日常を、まぎれもない日常として生きた。雨が上がり、空は白く膨らんでまた縮み、青はその縮れてできた端の余白から滲み出たのちに、やがて一面、鮮やかな回復に向かった。
 青空の青に不穏のにおいが混じるこの夏の季節を、私は以前よりも楽しみに待つようになった。平らかな空がいかにかりそめの状態であるのか、不意打ちのように示してくれる午後の天候の崩れに、ある種の救いを求めていると言って良いのかもしれない。>

 日常の一瞬を、まるで短いドラマのように切り取るその筆致は、さわやかで気持ちいい。それでいて地名など固有名詞は使わず、「変哲もない住宅地」「大通り」「目の前の歩道橋」とすることで、イメージを固定させない。文藝家協会のアンソロジーで読んだ文章をいままた読み返して、つくづく「うまいなあ」と思う。
 設問は、出題文中に傍線を引いた箇所について問うもの。

 (一)「何かひどく損をした気さえする」とあるが、なぜそういう気がするのか、説明せよ。
 (二)「青は不思議な色である」とあるが、青のどういうところが不思議なのか、説明せよ。
 (三)「そういう裏面のある日常」とはどういうことか、説明せよ。
 (四)「青の明滅に日常の破れ目を待つという自負と願望があっさり消し去られた」とはどういうことか、説明せよ。

 という4問。
 出題文をゆっくりじっくり読めば答えられるが、しかし、説明する、つまり他の言葉に置き換えてしまったら、堀江のエッセイとも小説ともつかない文章の味わいも損なわれてしまう。もっと出題文をより深く楽しむ方向での設問はできないだろうか。
 そうそう、堀江が明大に勤務していたとき、新刊インタビューのあとの雑談で入試の話になった。堀江は明大でフランス語を教えていて、フランス語の入試も担当した。フランス語での受験生は少なく、たいていはフランス語圏からの帰国子女だそうだ。人数は少なくても受験生がいる限り、入試問題を作成した教員は質問や誤植等への対応のために試験会場で待機していなければならない。ところが入試の前に他の志望校に合格した学生は、試験会場に現れないこともある。年によっては誰も来ないことさえ。誰も来ない試験会場で誰も受けない試験問題への質問に備えて待機する空しさについて、堀江は苦笑しながら語っていた。堀江敏幸らしい光景だと思った。

問一 この文章の前半(出題文より前)には、大意には関係ないため削除した方が良いと考えられる段落が一つある。どれか。最初の五文字を抜き出せ。

問二 本書の著者は出題文について「日常の一瞬を、まるで短いドラマのように切り取るその筆致は、さわやかで気持ちいい」と書いているが、読む人によっては気取った過剰な表現に不快さ、滑稽さ、気持ち悪さを感じる。そういう人の立場に立って、このような表現を「気持ち悪い」順に三つ抜き出せ。

問三 この文章の大意としてもっとも適切なものを、次の選択肢の中から選べ。
 1 フランス語の入試は受験生が少ない。
 2 私は早稲田に教授として勤務したことがある。
 3 突然の夕立も素敵なものだ。
 4 私はあの堀江敏幸と知り合いで、親しく口を利く間柄である。

問四 この文章の特徴は次のうちのどれか。もっとも適切なものを選べ。
 1 奇を衒った独特の比喩表現が多く、表現の意図がわかりにくい。
 2 話言葉に近い表現で読みやすくなっているが、内容も会話のように脱線していき、とりとめがない。
 3 無駄がない密度の高い文章で、イメージが次々に喚起される完結な名文である。
 4 随所に皮肉を効かせた表現は、辛辣だが詩的で味わい深い文章である。

--------------------------
解答:
問一 「堀江敏幸は」(第2段落:まったく不要なエピソード)
問二 その縮れてできた端の余白から滲み出た
   影をつくらない自然の調光
   来た、という感覚が身体の奥の極に流れ込んで
   青の異変(の上位から3つ)
問三 4
問四 2
   注:一種のパロディですので、怒らないでくださいね。

# by chikurinken | 2017-08-02 07:15 |

『更級日記 平安時代の元祖文系オタク女子の日記』(本)

更級日記 平安時代の元祖文系オタク女子の日記
菅原孝標女原作、清水康代著、川村裕子監修
双葉社

b0189364_19330347.jpg更級日記ダイジェスト

 『更級日記』のマンガ版。『更級日記・蜻蛉日記 ― NHKまんがで読む古典2』でも『日本人なら知っておきたい日本文学』でも『更級日記』をマンガ化していたが、どちらも中途半端で、ほとんど物語オタクだった若い頃の話で終わっていた。一方でこの清水康代版は、菅原孝標女が『更級日記』を書くようになったいきさつまで網羅しており、ほぼ全体をカバーしている。また随時原文も掲載されているため、古文の苦手な人の古文入門書としても適している。先の2冊と比べると後発であるだけにそれなりの特徴がなければ存在意義がないわけだが、この本は原作を網羅しているという強みがある。また『更級日記』のテーマ性も再現していて、味わい深い。世の無常も感じられる。
 作画はそれほどきれいではないが、登場人物の描きわけもちゃんと行われているし、『更級日記』入門、古文入門の素材としては格好の本であると言える。ところどころ『日本人なら知っておきたい日本文学』とかぶる表現があるが、あの本が参考文献リストに載っているので、適宜拝借したのかも知れない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『更級日記・蜻蛉日記 ― NHKまんがで読む古典2(本)』
竹林軒出張所『日本人なら知っておきたい日本文学(本)』

# by chikurinken | 2017-08-01 07:32 |

『トッド 自身を語る』(本)

トッド 自身を語る
エマニュエル・トッド著、石崎晴己編・訳
藤原書店

これまでの著書の解説をまとめてみました……という本

b0189364_20455179.jpg エマニュエル・トッドのインタビュー集。それぞれ、トッドの著書『家族システムの起源』、『不均衡という病』、『最後の転落』、『アラブ革命はなぜ起きたか』、『文明の接近』に関連して行われたインタビューで、すべて元々『環』という雑誌に掲載されたものである。著書のテーマについてトッドが語るという形式で、インタビュアーは編者の石崎晴己とフランドラワというフランス人女性が行っている。この本はインタビュー本なので読みやすいかと思っていたが、読んでみると、他のトッドの著作同様、かなりわかりにくい。石崎晴己自体が訊ねている質問の部分(おそらく本書では石崎自らが翻訳しているんだろうが)さえもわかりにくい。当事者が自らの言を日本語で書いて、それでも分かりにくいということになると、トッドの著作の読みにくさは、ひとえにこの人のせいだろうと推測できる。もっともトッドの本は、堀茂樹という人が翻訳しているものも多く、こちらはもっと読みづらくわかりにくいんで、石崎訳の方がまだましかも知れない。
 内容は、石崎の解説によると、非常に画期的なものもあるらしいが、概ね今までの考え方をまとめているという範囲であり、特にこの本で目新しいことが紹介されているわけではない。目新しいことと言えば、共産主義(ソ連型の独裁的なものではなく理想主義的な)が、パリ盆地周辺で、「保護層」(宗教がなくなった後の精神的支柱で、行動の枠組みをなす価値体系)、つまりカトリシズムの代わりとして機能していたという話や、トッドの生い立ちなどの話ぐらいか。トッドが若い頃共産党員で、それが良い想い出だというのは今回初めて聞いた。また、トッドは震災後東北地方を訪れており、それについてのインタビューもあるため、まったく目新しさがないというわけでもない。とは言っても、ほとんどは、これまでの著書の解説レベルで終始しているのは確かである。トッドのことを知りたいとか理解を深めたいとかいう人向けであり、新しい議論の展開を求めることはできない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『帝国以後 - アメリカ・システムの崩壊(本)』
竹林軒出張所『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命(本)』
竹林軒出張所『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告(本)』
竹林軒出張所『問題は英国ではない、EUなのだ(本)』
竹林軒出張所『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧(本)』
竹林軒出張所『エマニュエル・トッド 混迷の世界を読み解く(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『E・トッドが語るトランプショック(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-07-31 06:45 |

『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』(本)

グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命
エマニュエル・トッド著
朝日新書

b0189364_20293183.jpg恰好のトッド入門書

 エマニュエル・トッドのインタビュー集。
 エマニュエル・トッドの著作はこれまで数冊紹介しているが、内容は非常に興味深いにもかかわらず、どれも翻訳がことごとくひどい。この本は、これまで朝日新聞がトッドに試みたインタビューをまとめただけの割合安直な編集本ではあるが、元が話し言葉であることから、翻訳文は割合平易で、トッドの和訳本の中ではもっともわかりやすいものと言える。しかも1998年から2016年までたびたび行われたインタビューが収録されているため、トッドの思想の概観書としてはこれ以上ないのではないかと思う。
 朝日新聞自体は権威主義的であまり好きではないが、しかし1998年からトッドに注目していたとはさすがの大新聞! それに聞き手(多くは朝日新聞編集委員の大野博人という記者)が積極的にトッドに対して問いかけを行っているため、内容が白熱しており、読んでいて面白い。特に「日本に核武装を勧めたい」(2006年10月30日付の記事)では、内容が刺激的なだけに、(筋は通っているが)多くの日本人が反発を持つであろうと思われる内容で、それを記者が代弁しているかのようにトッドに絡み、トッドもそれに対して堂々と論を展開するという点で非常に白熱した雰囲気が窺われ、記事自体も非常に刺激的になっている。少し引用しよう。

トッド 核兵器は偏在こそが怖い。広島、長崎の悲劇は米国だけが核を持っていたからで、米ソ冷戦期には使われなかった。インドとパキスタンは双方が核を持った時に和平のテーブルについた。中東が不安定なのはイスラエルだけに核があるからで、東アジアも中国だけでは安定しない。日本も持てばいい。
――日本が、ですか。
 イランも日本も脅威に見舞われている地域の大国であり、核武装していない点でも同じだ。一定の条件の下で日本やイランが核を持てば世界はより安定する。
――きわめて刺激的な意見ですね。広島の原爆ドームを世界遺産にしたのは核廃絶への願いからです。核の拒絶は国民的なアイデンティティーで、日本に核武装の選択肢はありません。
 私も日本ではまず広島を訪れた。国民感情は分かるが、世界の現実も直視すべきです。北朝鮮より大きな構造的難題は米国と中国という二つの不安定な巨大システム。著書『帝国以後』でも説明したが、米国は巨額の財政赤字を抱えて衰退しつつあるため、軍事力ですぐ戦争に訴えがちだ。それが日本の唯一の同盟国です。
――確かにイラク戦争は米国の問題を露呈しました。
 一方の中国は賃金の頭打ちや種々の社会的格差といった緊張を抱え、「反日」ナショナリズムで国民の不満を外に向ける。そんな国が日本の貿易パートナーなのですよ。
――だから核を持てとは短絡的でしょう。
 核兵器は安全のための避難所。核を持てば軍事同盟から解放され、戦争に巻き込まれる恐れはなくなる。ドゴール主義的な考えです。

 この箇所の聞き手は若宮啓文という人で、この本に参加している部分はこれが唯一。他はこれほど白熱しておらず、全体的に「お説拝聴」という印象が強い。この項は特殊である。
 なお、インタビューの順序は逆時系列、つまり最新のものが前で古いものが後に来ている。これはこれで意図が感じられて良いが、9・11やイラク戦争、リーマンショックあたりになると、こちらの記憶も怪しくなって、同じ時代に読めたらもっと別の感慨もあったかもと感じる。いずれにしてもこの本、恰好のトッド入門書ということができる。それに他のヤクザ出版社みたいに必要以上に「予言」を強調していないのも良い。「新しい予見に満ちた書」とは書いてあるが。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『帝国以後 - アメリカ・システムの崩壊(本)』
竹林軒出張所『問題は英国ではない、EUなのだ(本)』
竹林軒出張所『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告(本)』
竹林軒出張所『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧(本)』
竹林軒出張所『トッド 自身を語る(本)』
竹林軒出張所『エマニュエル・トッド 混迷の世界を読み解く(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『E・トッドが語るトランプショック(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-07-30 07:28 |

『“黒幕”バノンの戦い』(ドキュメンタリー)

“黒幕”バノンの戦い(2017年・米WGBH)
NHK-BS1

トランプ政権のダースベイダーという見方もある

b0189364_18451287.jpg トランプ政権の影の大統領とまで言われている黒幕、スティーブン・バノン。そのバノンの経歴と野望に迫るドキュメンタリー。
 ブライトバートという右翼系新聞の経営、編集に乗り出し、自分の右翼的指向を表現する手段を得たバノンは、やがて政界への野望を持つようになる。自らが直接表に出るのではなく、政界に打って出たいと思っている人間を探し出し、そこに自分の思想や政策を注ぎ込む。まるで寄生生物のようだが、寄生される側として現れたのが、大統領への野心を持った実業家、ドナルド・トランプ。トランプ自体も差別主義者で、バノンと似たような思考の持ち主である。こうして共依存関係ができてくる。
 このドキュメンタリーによると、トランプが訴えるラティーノの排斥や反イスラム政策もバノンがその筋書きを書いたものである。トランプが注目を集め出したのは、バノンのトランプ陣営参加以降で、バノンの力はまったく侮れない。またトランプが女性差別的な言動で窮地に追い込まれたときも、対立候補クリントンに攻撃を集中することで事なきを得たのもバノンの手腕ということである。
 そんなバノンの存在がマスコミに知られるようになったのは最近だが、それ以来マスコミで影の大統領などと囁かれるようになる。トランプがバノンの操り人形であるかのように描くメディアも現れ、それにいらだったトランプがバノンを遠ざけるのではないかという憶測が出て来たこともある。
 だが残念ながら、現時点では相変わらずバノンとトランプは蜜月のよう。この番組を作った人々もバノンがトランプから離れるのを期待しているフシがあるが、先行きがどうなるかはなかなか見えてこない。
 バノン自体については今回初めて知ったんだが、いずれにしてもトランプ政権はそんなに長くは持たないだろうと思う。公約も当初発表した大統領令以外ほとんど手つかずだし、何よりも敵が多すぎる。今後も強硬路線を貫くだろうし、何もできないまま(そもそもスタッフも足りていないというじゃないか)、スキャンダルまみれでいずれ消え去る運命にあるのではないか。憎悪と不正だけで大統領職を得たは良いが、大統領は名誉職ではない。目下の焦点は1期まっとうできるかどうかと、やけを起こして妙なことをしでかさないかの2点。なんと言っても莫大な量の大量破壊兵器を抱えている国だからね。
★★★

参考:
竹林軒出張所『“強欲時代”のスーパースター D・トランプ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ドナルド・トランプのおかしな世界(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『E・トッドが語るトランプショック(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『“フェイクニュース”を阻止せよ(ドキュメンタリー)』

# by chikurinken | 2017-07-28 07:11 | ドキュメンタリー

『“強欲時代”のスーパースター D・トランプ』(ドキュメンタリー)

“強欲時代”のスーパースター 〜ドナルド・トランプ 1980s-1990s〜
(1991年・米The Press and the Public Project)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

史上最悪の大統領の行状

b0189364_19085671.jpg アメリカ大統領にまで上り詰めたドナルド・トランプが、若い頃、どのようにしてのし上がったかを描いた1990年のドキュメンタリー。
 80年代は、その毒舌と自信でマスコミから盛んに取り上げられていたが、80年代の終わり頃になると、トランプの法律違反や悪辣な手法が明るみにあり、しかもデリバティブを地で行くような詐欺的な取引まで明らかになっていき、マスコミの扱いも冷ややかになっていく。詐欺的で無理な経営手法のせいで破産も間近……そういった折(1991年)に作られたのがこのドキュメンタリーである。この後いったんは破産寸前まで行ったが、ロスチャイルドなどの支援のおかげで立ち直ったらしい。そのあたりは当然のことながらこのドキュメンタリーでは描かれていない。
 このドキュメンタリーで紹介されるトランプの手法は、裏切り、企業乗っ取り、補助金詐取、詐欺、地上げに伴う住民への脅迫など、経済に関係するありとあらゆるあくどい所業が登場する。マフィアとの取引も噂されているとも。実際このドキュメンタリーは、トランプ側の圧力によりお蔵入りになっていたらしいが、ここに来て日の目を見ることになった。
 ここに登場するドナルド・トランプという人物、とにかく人との繋がりを重視するという感覚に著しく欠けており、言ってみれば、自分さえ良ければ良い、他人は自分に奉仕する存在くらいの考え方を持っているように見受けられる。この男の言動から判断すると間違いなく反社会性人格障害(サイコパス)だろうということがわかる。なぜこのような男を最高権力者に選んだのかわからないが、こちらの国もあちらの国も愚か者を権力者に戴いている国は、国民の知性レベルが窺われるというもの。だが一方でこういった人間に武器を自由にする権限を与えておくことの危険性についてはわきまえておかなければならない。幸い今のところ、大したことを実行できていないが(この男の価値観があまりに周囲と違うため)、いずれは消えるであろうことは目に見えているが、それまでに世界の状況に致命的なダメージを与えないでくれることのみを願う。
 トランプがこれまでどのような悪辣なことを重ねてきたかが紹介されているドキュメンタリーは貴重で、このドキュメンタリー自体が悪意に満ちていると見る向きもあるかも知れないが、この男の所業はそれを上回る邪悪さである。彼の法律違反を集めて法廷に出したら、終身刑になってもおかしくない。だがそういうことになったとしても決して反省するようなことはなく、周りの人間を恨むだけだろう。まさにサイコパスの本領発揮。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ドナルド・トランプのおかしな世界(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『“黒幕”バノンの戦い(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『E・トッドが語るトランプショック(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『帝国以後 - アメリカ・システムの崩壊(本)』
竹林軒出張所『良心をもたない人たち(本)』

# by chikurinken | 2017-07-26 07:08 | ドキュメンタリー