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竹林軒出張所

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『極私的エロス・恋歌1974』(映画)

極私的エロス・恋歌1974(1974年・疾走プロダクション)
監督:原一男
音楽:加藤登紀子
出演:武田美由紀、小林佐智子、原一男(ドキュメンタリー)

半径3メートルのドキュメンタリー

b0189364_7261786.jpg 噂でタイトルだけはかなり以前から聞いていたが内容については長い間知らなかったという「伝説」のドキュメンタリー映画である。監督の原一男は、1987年に『ゆきゆきて、神軍』で大ブレークしたが、この『極私的エロス』は原一男の名前を映画ファンに初めて知らしめた原点と言える映画かも知れない。そういう伝説の映画が、このたび再DVD化されて日の目を見ることとなったのは実にめでたいことである。
 さてこの映画、内容は、監督、原一男の、言ってみれば身辺「半径3メートル」のドキュメンタリーで、非常に個人的な映画である。カメラが終始追い続けるのは武田美由紀という若い女性だが、この人、元々、原と同棲していた人で、しかも2人の間には子どもが1人ある。この美由紀という女性、非常に独立心が旺盛というか進歩的というか、とにかくワイルドで、型にはまった生き方をしたくないというタイプの人である。そのため、同棲も一方的に解消し、その後、子どもを連れて沖縄に移住してしまった。棄てられた形になった原は、その理由を探るために美由紀のもとに行くが、美由紀は女性と同居していて、なんだかこの2人の関係もややこしい。しかも美由紀は、もう一人子どもが欲しいと言っていて、それも自分一人で育てるつもりと言う(もちろんこの子どもは原の子どもではない)。で、その際の出産に当たっては、立ち会ってその様子を映像に収めてほしいという要望を原に出しているという有様である。
 この美由紀の行動と思考があまりに突拍子がなくて、頭では理解できても感覚的についていけないという状態が最初からずっと続く。ある意味非常に面白い女性ではあるが、個人的にはあまり魅力は感じない。何で原がこんな女にこだわっているのかよく分からないくらいである。いずれにしても、この映画では美由紀の(自力)出産シーンが流される。自力出産自体、この現代ではまず目にすることはないが、そういう点でも驚きのシーンと言える。しかもこれがかなり具体的な描写で、子どもが出てくるシーンも正面から定点撮影されている。こういったシーンは普通ではなかなか公共で流せないものではあるが、幸か不幸か途中から画像全体にもやがかかった状態になる。僕はてっきり意図的に処理したものかと思って見ていたが、実は撮影時に原が興奮したためレンズの曇りに気が付かなかったという話で、原によると「痛恨のミス」だったらしい。
 あるいは、性行為中と思われる美由紀のバスト・ショットなんかもあって、これなんかは言ってみれば「元祖ハメドリ」である。このように一般的な通念から行くと「エロス」のシーンが次々に出てくるんだが、この美由紀があまりにもワイルドで動物的なので、「エロ」はまったく感じない。人間もしょせん動物と感じさせる。
 あげくに、原の新しい恋人、小林佐智子まで出てきて、何でも美由紀はあまり佐智子のことは好きじゃないようだが、この佐智子までが出産し、そのシーンも映像に収められているということで二度ビックリである。なおこの佐智子、その後原一男の妻になる人であり、同時にこの映画のプロデューサー。疾走プロダクションを原一男と共に支えていく人である。
 こういったことが1本のドキュメンタリーにまとめられていて、非常に個人的というか(タイトル通り)極私的な映画ではあるが、武田美由紀の個性があまりに強烈であるため、それで1本の映画として成立しているのである。原一男の映画は、こういった強烈な個性に支えられているものが多いが、その元祖と言える映画で、何とも表現のしようがない作品である。とは言うもののインパクトが強いことだけは確かである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ゆきゆきて、神軍(映画)』
竹林軒出張所『全身小説家(映画)』
by chikurinken | 2016-06-29 07:27 | 映画

『青年の海 四人の通信教育生たち』(映画)

b0189364_811184.jpg青年の海 四人の通信教育生たち
(1966年・小川プロダクション)
監督:小川紳介
撮影:奥村祐治
ドキュメンタリー

自主映画レベル

 ドキュメンタリー映画作家、小川紳介率いる小川プロダクションの全作品がDVD化されることになった。その第一弾として発売されたのがこの『青年の海』で、小川信介のデビュー作である。
 この映画が撮影された少し前に、当時の文部省が大学の通信教育課程をそれまでの4年制から5年制に変えるという案が出された。それに対する学生たちの反対運動を追うという形式の映画で、それ以後の小川紳介の映画を予感させるような内容である。
 運動を率先して展開していく通信教育学生4人(慶應3人、法政1人)に焦点を当てて、経過を辿っていくんだが、映像素材があまり整理されておらず、8mmで撮った素材を単に並べてみましたというような仕上がりで、正直言って鑑賞に堪えない。当時の学生運動の例に漏れず、学生同士の間でいろいろと議論が展開されていくんだが、一体誰と誰の間で議論が行われているのかも見ていてよくわからない。(通信課程でない)一般の学部学生と議論しているようなシーンもあるんだが、相手が誰なのかは最期まで分からない。また運動がどのように展開していったかも分からなければ、その後どうなったかもまったく見えてこない。結果的に作り手の自己満足で終始しており、残念ながら自主映画のレベルを超えていない。人に見せるような代物ではないということである。
 小川プロダクションの映画をDVD化するというのは素晴らしい企画だと思うが、もう少しタイトルを厳選しても良いんじゃないかとも思う。小川プロの関係者である土本典昭の『ある機関助士』も絶版中だし、小川紳介が助監督を務めたという『わが愛 北海道』もいまだDVD化されていない。順序としてはこちらの方が先なんじゃないかという気がしないでもない。もちろんいろいろ事情はあるだろうが。そういう意味で「DVD化した」という点以外まったく評価できないとても残念な映画であった。
★☆

参考:
YIDFFニュース「小川プロダクション全作品DVD化プロジェクト始動」
竹林軒出張所『わが愛 北海道(映画)』
竹林軒出張所『ある機関助士(映画)』
竹林軒出張所『六ヶ所村ラプソディー(映画)』
by chikurinken | 2016-06-28 08:02 | 映画

『調べる技術・書く技術』(本)

b0189364_849172.jpg調べる技術・書く技術
野村進著
講談社現代新書

ノンフィクションの1つの見本

 ノンフィクション作家の著者が披瀝する「ノンフィクションの書き方」。
 「テーマを決める」、「資料を集める」、「人に会う」、「話を聞く」、「原稿を書く」、「人物を書く」、「事件を書く」、「体験を書く」の全8章構成で、ノンフィクションを書くときのノウハウを細かく伝授してくれる。たとえば取材依頼文の書き方から礼状の出し方まで、取材講座の授業さながらの内容である。しかも、当日は約束の時間ちょうどか1、2分遅れで訪問すべきということまで書かれており、こんなことまで書く必要があるのかと思ったりもする。だが著者によると、近ごろのライターには最低限の礼節を欠いている者が増えているため、こういうことまであえて書いたのだということらしい。ただしかし、ここに書かれていることは、著者が経験を重ねて得てきたような経験知のようなものまで含まれており、こういう企業秘密に属する類のものまでこうして公開した著者の態度には、ある種の高潔さを感じる。
 もっとも僕のように、実際のライターになろうと思ってこの本に接触したわけではない人間にとっては、こういった(前半部分の)一般的方法論は少々退屈ではある。無関係の我々でも俄然面白くなるのは後半部(「人物を書く」以降)で、実際にこれまで著者が書いた短いルポルタージュを紹介して、それについてどのような方法で取材を進めたか手の内を存分に見せるのである。そしてこの部分が、前半部の具体的事例として機能するというなかなか凝った作りになっているのだ。
 テーマがしっかりとしており、本書全体にそのテーマに基づく一貫性があって、しかも構成がよく練られている。この本自体が、ノンフィクションの1つの見本みたいになっていて、大変好感が持てる良書である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ノンフィクションの崖』
by chikurinken | 2016-06-26 08:49 |

『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』(本)

b0189364_17391196.jpg平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学
M・スコット・ペック著、森英明訳
草思社文庫

少々独断的でうんざり
第5章が唯一の救い


 精神科医による、人の中の「邪悪」の分析。
 著者の患者の中にいた、邪悪な性質を持つ人々をサンプルとして俎上に置き、彼らの邪悪性について考察していく。話として聞かされる分には面白いが、中にはこれを邪悪として敵対視して良いものか少々疑問に感じるケースもある。相当鬱陶しい人も出てくるが、彼らが本当に「サイコパス」レベルの邪悪な人なのか、にわかに判断できない。このあたりが同じシリーズの『良心をもたない人たち』と比べて物足りない部分である。
 また方法論も夢診断を使ったりなどいささか古めかしい感じがする。原著が1983年に刊行されたというのもその一因かも知れない。正直言ってあまり信憑性がないというか、読んでいて少々胡散臭さを感じてきた。「悪」に対する研究という視点も途中まで明確に示されないため、一貫性を欠いているような印象すら受ける。途中まで読みながら、何のためのケーススタディなのかも分からなくなっていた。著者のこういった主張は第6章でまとめられていて、確かに納得できる部分はあるが、議論は独断的でしかもあまりはっきりとした結論も出てきていない。結局曖昧なまま終始してしまったという印象である。
 本書で唯一興味深い箇所が第5章で、ベトナム戦争で起こったソンミ虐殺事件を題材にとり上げ、集団がどのように邪悪に転化するか分析している。著者が米軍でベトナム帰還兵の聴き取りを行ったという経歴を持っているせいか、この部分は非常に説得力がある。ベトナムに派遣された歩兵部隊が持つ問題性、当時のベトナムでの条件、集団に見られる過剰な専門性などがその原因であると喝破し、知的怠惰(何が正しいか自分の頭で考えない)とナルシシズム(自分ではなく他者に誤りがあると考える)がその根本に横たわる原因であるとする(これは個人の邪悪についても共通)。
 以上のようなわけで、この本を読むのなら、第5章から、または第5章だけ読むようにすれば時間も無駄にならず、十分元が取れるという結論に最終的に達したのであった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『良心をもたない人たち(本)』
竹林軒出張所『映像の世紀 第9集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『もうひとつのアメリカ史 (5)〜(7)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ヒトラー 権力掌握への道 前後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『カラーで見る 独裁者スターリン(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『勇気ある証言者 〜ボスニア〜(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2016-06-24 06:38 |

『日本列島人の歴史』(本)

b0189364_754071.jpg日本列島人の歴史
斎藤成也著
岩波ジュニア新書

期待外れでガッカリ

 著者がDNA解析の専門家でしかも本書の目的が日本列島に住んできた人々の歴史を遡っていくことと聞くと、古代史好きにとってはいやが上にも期待が高まってしまうところである。だが、遺跡から出て来た日本人の人骨のDNAを解析してそこから歴史を読み解くなどという部分はほとんどない。日本人を含む、さまざまな東アジア人がどの程度互いに近いかという人類学的なアプローチもあるが、その多くは第1章「日本列島人とは」で書かれており、第2章以降は歴史学上の知見をなぞっただけの記述ばかりになってまったく面白味がなくなる。目新しさもない。特に第4章「ヤマト時代とハカタ時代」に至っては、「もしこうだったら」という仮説だらけで論が進められ、ただの「オジさんの妄想」に終始している。専門家の本を読むということはその専門性に触れたいということであり、本書のように著者の専門外のことをいろいろ並べられたところで(それに説得力があればいざ知らず)面白くもなんともない。
 そういうわけでこの本は、「はじめに」と第1章がすべて、というなんとも情けない本になってしまったのだった。
★★☆

参考:
竹林軒出張所『ズニ族の謎(本)』
竹林軒出張所『血液型の科学(本)』
竹林軒出張所『銃・病原菌・鉄 (上)(本)』
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
by chikurinken | 2016-06-22 07:54 |

『六国史 ― 日本書紀に始まる古代の「正史」』(本)

b0189364_8333041.jpg六国史 ― 日本書紀に始まる古代の「正史」
遠藤慶太著
中公新書

日本の古代文献の入門書

 古代に作られた日本の6つの正史を総称して六国史(りっこくし)という。具体的には『日本書紀』、『続日本紀』、『日本後紀』、『続日本後紀』、『日本文徳天皇実録』、『日本三代実録』がこれに当たる。記述の対象となっている時代は、神代を含み神武天皇から光孝天皇の時代までである。神代や神武の時代まで扱っている『日本書紀』はちょっと特殊だが、『続日本紀』以降の歴史書では、製作年と比較的近い時代の出来事を天皇の事績として記述していることから、概ね事実をありのままに書いていると考えられている。ただしこの「ありのまま」がくせ者で、それぞれの歴史観は製作時点の政府側の見方であることに注意が必要である。つまり時の政府が、過去の出来事をこのように解釈したいという歴史観に彩られているわけ。したがって、それぞれの史書がどの時代に誰の命令によってどういういきさつで作られたか知ることが重要な鍵になるのだ。
 そこでこういったことを詳細に書きつらねていく役割を果たしたのがこの本ということになる。そのためこの本では、それぞれの歴史書の特徴が非常に詳しく解説されている。また、ときの政府が過去の出来事をどのように解釈したかったかに関する記述もふんだんに出て来て、そのあたりも面白い部分である。
 とは言え、内容が細かく、そのために分かりにくくなった箇所が多くなったのは残念な点である。また、江戸時代をはじめとする後の時代における六国史の扱いまで書かれていて、ちょっと手を広げすぎのような印象もある。本当にそこまで必要だったのかということである。あまりに対象が広いと、読む側にとってはややこしくなり、読むのに骨が折れる。あまりに雑多な情報を提示されても、読む側としては困惑してしまうわけだ。そのため新書の割には、読み終わるのに結構時間がかかってしまった。
 ただそうは言っても、こういうような箇所にかえって非常に興味深い部分があったりするので、そのあたりは難しいところではある。たとえば明治政府が六国史に続く正史を作ろうとしていた話や、散逸していた『日本後紀』を江戸時代の塙保己一がどこからか集めて出版したという話は非常に興味深い。これだけで一冊の本になりそうなほどで、そういうことを考えると、この本が「日本の正史の入門書」として恰好の素材になっているとも言える。読むのには時間がかかるが、それなりのものが得られるという言い方もできるかな。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『マンガ古典文学 古事記 壱(本)』
竹林軒出張所『京都 冷泉家の八百年(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『京都御所 秘められた千年の美(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2016-06-21 08:34 |

『曜変 陶工・魔性の輝きに挑む』(ドキュメンタリー)

曜変 〜陶工・魔性の輝きに挑む〜(2016年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

止まっていた時計が今動き出した

b0189364_2012365.jpg 七色の光彩を放つと言われる曜変天目茶碗。現存する曜変天目茶碗は世界に3個で、そのいずれも日本にあり、国宝に指定されている。その希少性もあって徳川将軍家や足利家、織田信長が所有したものもあるらしい。ちなみに元々は800年前、中国福建省の建窯(けんよう)で焼かれたものである。
 現存するものがこの国宝三点以外なく、国宝ゆえに簡単にアクセスできないことからこれまで研究者をさんざん悩ませてきた曜変天目茶碗であるが、最近中国で曜変天目茶碗の破片が新たに発見され、今まで簡単にアプローチできなかった組成などの解析が進むのではないかと期待が持たれた。何しろすでに壊れているものであるため、化学分析なども比較的容易に行うことができる。
 というわけで日本の曜変天目研究者数名が、現地の所有者に化学分析を申し込んだところ、これが受理された。喜び勇んで中国に乗り込んだ研究者チームだったが、土壇場になって化学分析が拒否されることになる。なんでも中国の関係団体から日本人に化学分析させるなというような横やりが入ったらしいのだ。そのため詳細なデータは結局手に入らないままになってしまった。
 このチームには曜変天目茶碗の再現に挑み続けている陶工、9代目長江惣吉も含まれていた(竹林軒出張所『幻の名碗 曜変天目に挑む(ドキュメンタリー)』を参照)。曜変の再現に挑み続けいまだに実現できていない彼にとって、この機会は曜変の秘密に近づける千載一遇のチャンスだったが、それが失われてしまったことになる。ただし化学分析はできなかったが陶片を見ることによって、元々の茶碗が何度で焼かれたかという疑問に対する解答を得ることができた(最高温度1300〜1350゜Cであることがわかったらしい)。しかもその後、このチームに同行していた藤田美術館のオーナーが所蔵曜変天目茶碗の科学調査に協力してくれることになった(実際には国宝であるためなかなか簡単には行かなかったらしいが)。その結果、曜変を起こしていた物質が何であるか調べるため化学分析が行われて、結果として物質成分が判明し、長江氏は成分についても一定の解答を得ることができた。
 長江氏は、これらのデータを基にして、再び再現を試みる。見せかけだけの技巧を排して、あくまでも800年前の製法を忠実に模倣することで本物の曜変天目茶碗を再現しようというのである。で、実際にあの曜変が部分的に現れる茶碗を焼くことに成功したのである。まだまだ本人にとっては「再現」には至っていないようだが、大きく前進したことは間違いない。
 このドキュメンタリーでは、長江氏中心に話が進められていくが、以前放送された『幻の名碗 曜変天目に挑む』にも当てはまるように、長江氏の生き方がなかなかドラマチックに描かれている。一つのことにとりつかれた芸術家という構図が非常に絵になるため、結果的にそういう演出になったんではないかと推察される。すべてを投げ打って、真実を追究し続ける彼の姿勢は(端で見ている分には)感動的である。今回の放送では、おそらく近いうちに完全再現を果たすのではないかという雰囲気が漂っていたため、いずれこの長江氏にスポットを当てた番組がNHKでまた作られるんではないかと感じている。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『幻の名碗 曜変天目に挑む(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『曜変天目を現在に(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2016-06-19 06:46 | ドキュメンタリー

『蘇る伝説の死闘 猪木vsアリ』(ドキュメンタリー)

蘇る伝説の死闘 猪木vsアリ(2016年・テレビ朝日)
テレビ朝日 モハメド・アリ緊急追悼番組

「猪木アリ状態」の元祖

b0189364_20473363.jpg 先頃死去したモハメド・アリの追悼番組。1976年のモハメド・アリとアントニオ猪木との異種格闘技戦を第1ラウンドから第15ラウンドまでノーカットで放送するというもの。また同時に、この試合が開催されるまでのいきさつや、猪木の他の異種格闘技戦(ウィリアム・ルスカ戦、モンスターマン戦など)、もちろんこれまでのアリの軌跡も一部紹介された。
 この試合自体、当時プロレスや格闘技にまったく興味がなかった僕は見ておらず、凡戦だったことに怒っている級友を冷ややかに見ていた程度の認識だった。その後、一部だけ目にすることがあったが、全体を通して見るのは今回が初めてである。
 この試合、アリ側はエキシビション・マッチ、つまり筋書きのある「プロレスリング」をやるつもりで来日したが、土壇場でセメント・マッチつまり真剣勝負になってしまったといういきさつがある(竹林軒出張所『完本 1976年のアントニオ猪木(本)』を参照)。そういう意味でこの試合は、その後日本で隆盛を極めた総合格闘技の原形と言ってもよい。
 ただし当時、総合格闘技のためのノウハウがなかったため、ルールがなんだかよく分からないものになってしまった。たとえばロープ・ブレイクがあるなどというのは、プロレスではいざ知らず、総合格闘技ではあり得ない(ロープ・ブレイクがあるとグラウンドでの戦いが成立しない)。一説によるとアリ側がいろいろな制約を突きつけたということらしいんだが真相は分からない。試合前にそのルールが公表されることもなかったようだ。何しろ直前にルール変更が何度も行われたほどである。そもそも、アリ側からしてみると、エキシビションのつもりがセメントになってしまったわけで、彼らに取ってみれば前代未聞の珍事と言える。
b0189364_20475482.jpg 猪木側には、当時日本プロレスから独立したばかりの(猪木が主宰する)新日本プロレスがうまく軌道に乗らず、何とか打開を図りたい、この試合をその起爆材にしたいという思惑があり、一方のアリ側には、2カ月後のケン・ノートン戦の前に一稼ぎしたいという思惑があったようだが、両者の間では最初から話が噛み合っていなかったわけだ。こういうことを考えると、このマッチメークを進めた新日本プロレスのプロモーターとしての手腕が非常にお粗末だったと言わざるを得ない。
 で、いざ試合が始まってみると、猪木は寝転がり、アリは挑発を繰り返すばかりという内容の「凡戦」になってしまった。しかし上記のような事情を知った上でこの試合を見ると、抜き差しならないほどの緊迫感がある。猪木が終始寝転がって戦ったのはあまり褒められたものではないが、それでもローキックをアリに浴びせ続け、しかもアリをグラウンドに持ち込んだときに禁止されている顔面への肘打ちをさりげなく繰り出したり、金的に膝を入れたりというプロレスばりのラフ・ファイトを繰り出したのは(プロレスラーとして見ると)なかなかのもんである。一方のアリも、90発以上のローキックをもらいながら15ラウンド(!)猪木に対峙しつ続けたのも立派なものだ。この試合には、当事者にしか分からない思いや恐怖があったことが窺われる。
 数々の総合格闘技の試合を見ると、組み系の選手と打撃系の選手が戦うと組み系の方が概ね有利になるということがわかる。なぜなら、打撃系の選手の繰り出す攻撃がかわされた場合、組み抑えられて打撃系の技が使えなくなり、一方的に組み技で仕留められるためである。打撃系の選手は、相手を一発で仕留めなければならず、しかもミスが許されない。そのため打撃系の選手もある程度組み技やタックルの防ぎ方を知っておかなければ対応できない。したがってこのアリ対猪木みたいな試合は、今の総合格闘技ルールでやればおそらく猪木の方がはるかに有利である。それを考えると、いろいろなルールで、猪木側をがんじがらめにしたアリ側の方策は正解だったと言える。それでもあれだけの数のローキックを耐え続けたアリは、格闘家として一流であると感じる。そしてこの試合によって、異種格闘技戦に必要なもの、つまり明確なルールやそれぞれの選手の事前の準備の必要性が明らかになり、異種格闘技戦自体が、総合格闘技という1つの競技として成立することになるのだった。そういうエポックメイキングな試合が、格闘技不毛の今日、こうしてノーカットで(さりげなく)しかもゴールデンタイムに放送されたのは画期的である。
 なおこの放送では、猪木の口の動きを読み取ることでセコンドに何を話しているか判別して字幕で流した他(同じテレビ朝日の『キリトルTV』の手法)、試合中に両陣営からかけられる声も字幕化されていた。これも面白い趣向であった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『完本 1976年のアントニオ猪木(本)』
竹林軒出張所『1993年の女子プロレス(本)』
by chikurinken | 2016-06-17 06:38 | ドキュメンタリー

『ヒトラー暗殺計画』(ドキュメンタリー)

ヒトラー暗殺計画(2015年・仏Sunset Presse)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

再現ドラマを交えてヒトラー暗殺未遂事件を辿る

b0189364_8101051.jpg 第二次大戦中、世界中を災厄に包んだナチスを憎む勢力は、ドイツ国内にもあったし、ドイツ軍の上層部にもあった。そのため、その災厄の源であるヒトラーを暗殺しようという動きは数多くあった(このドキュメンタリーによると30以上)。
 最初の暗殺未遂は、ベルリン在住のある時計職人が起こしたもので、1939年のことであった。しかしヒトラーが予定より早く演説を切り上げたため、仕掛けられた時限爆弾は爆発したがヒトラーはまったく無事だった。この時計職人は当然逮捕され、拷問を受けた上、強制収容所に送られた(結局1945年、終戦直前に銃殺される)。
 その後も軍の高官により数度暗殺が試みられるが、まるで何かに守られているようにヒトラーは生き延びる。このドキュメンタリーの原題が『The Luck of Devil』(悪運)となっているのはその事実を反映したものであろう。
 最後の暗殺未遂は、1944年7月の大本営爆発事件で、これにはかなりの数のドイツ軍将校が絡んでいた。しかしこれもいくつかの偶然が重なり、すんでの所でヒトラーは助かったのだった。結局、関係者はほとんどが逮捕され処刑された。この事件には、ヒトラーの信任が厚かった「砂漠の狐」ロンメル陸軍元帥も関与したとされており、ロンメルはその後極秘裏に自殺させられたという。
 こうして数々の暗殺計画をすり抜けて生き延びた悪運強いヒトラーだったが、翌年連合国がベルリンに迫ると、官邸の地下室であっさり自殺したのであった。本来であれば捉えてみじめな姿を世間に曝させるべきであったんだろうが、結局、死体はソ連軍によって地下から搬出され、焼き払われたという。
 このドキュメンタリーでは、ヒトラーの暗殺計画について、再現ドラマを交えながら順に辿っていくという趣向で、なかなか見応えがあった。ヒトラー暗殺計画については、これまでさまざまな本や映画で描かれていて格別目新しいものではないが、45分で全体の流れを俯瞰できるため、非常に有意義である。またドラマ部分がよくできていた点も特筆に値する。おかげで最後までまったく飽きることがなかった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ヒトラー 権力掌握への道 前後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ヒトラー 最後の日々(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀 第1集〜第4集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『新・映像の世紀 第3集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀 第5集〜第8集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ヒトラー「わが闘争」封印を解かれた禁断の書(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2016-06-15 08:11 | ドキュメンタリー

『「わが闘争」 封印を解かれた禁断の書』(ドキュメンタリー)

ヒトラー「わが闘争」 〜封印を解かれた禁断の書〜
(2016年・独BROADVIEW TV/ZDF)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_844025.jpg『わが闘争』タブー顛末記

 ヒトラーの著書『わが闘争』は、日本では普通に書店で買うことができるが、ドイツでは禁書になっていて簡単に入手できない。多くのドイツ人は、第二次大戦のナチスドイツの悪夢を繰り返してはならないと考えているが、ヒトラーの極端な民族主義に共感する勢力がまったくないわけではない。若者へのヒトラー主義の拡散を防ぐという意味もあってこれまで禁書扱いされてきたという事情がある。もっとも「禁書」といっても、そこは自由主義社会のドイツのこと。かつてのナチスドイツやソ連のように、この本を持っている人間は厳罰に処すなどということができるわけではない。では実際どういう扱いになっていたかというと、現在版権を所有しているバイエルン州政府がその著作権を管理することで、他者に対して出版を許可してこなかったというのが真相。ただ、これまではそれで概ねうまく行っていたんだが、ヒトラーの死後70年となる2015年にこの著書の著作権が切れるという事態が発生する。つまりこの本がパブリックドメインになって、著作権法上は自由に出版できることになる。
 そこで、一部の識者(「現代史研究所」)が先手を打って、(教育素材としての)注釈付きの『わが闘争』を出版することに決めた。『わが闘争』は、非常に差別的で極端な民族主義に偏った本であり、ヒトラーが積年の恨みを晴らすために書かれたと言われるほど怨嗟にあふれた本らしい。「注釈付き」というのは、もののよく分からない若者がこれを目にして感化されたりしないようにするための方策である。実際、ネット社会になってオンライン版『わが闘争』はドイツ語版でも入手できるようになっているらしく、その状況への対抗策という面もあったらしい。
 ところがバイエルン州当局は、イスラエル政府からの働きかけのせいかどうか分からないが、著作権が切れた後も出版を禁止することに決めたのだった。つまりこの本の出版が民衆煽動罪に相当すると規定した法律を作って対抗したわけである。そのため完成していた注釈付き『わが闘争』は出版が認められなくなった。製作に関わった現代史研究所は、州政府の対策、つまり出版禁止では、現在同書がオンラインで広く出回っているという事態に対する根本的な対策になっていないと主張する。こういった場当たり的な対応ではなく、『わが闘争』タブーに対して真摯に向き合うべきだと言うのである。結局現代史研究所は、2016年に注釈付きの『わが闘争』を出版することにしたらしい(その後どうなったかは、このドキュメンタリーからは不明)。
 ドイツ最大のタブーである『わが闘争』の騒動をめぐり、現代のヨーロッパ社会に満ちている民族主義的なポピュリズムにまだ話を敷延させ、人間の内に潜んでいる邪悪にまで考察をめぐらせる真摯なドキュメンタリーであった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ヒトラー 権力掌握への道 前後編(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ヒトラー暗殺計画』(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ヒトラー 最後の日々(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀 第1集〜第4集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『新・映像の世紀 第3集(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『映像の世紀 第5集〜第8集(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2016-06-14 08:05 | ドキュメンタリー