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竹林軒出張所

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『薬禍の歳月 〜サリドマイド事件・50年〜』(ドキュメンタリー)

薬禍の歳月 〜サリドマイド事件・50年〜(2015年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

b0189364_823043.jpgサリドマイド被害者の今

 1960年前後にドイツから入ってきた睡眠薬、サリドマイドは当初日本でも副作用のない薬として歓迎された。ところが、その後この薬に催奇性があることが判明し、この睡眠薬を服用した妊婦から、奇形を持った子どもたちが生まれた。このサリドマイド禍は日本の薬害史において重大な事件で、特に子どもたちへの影響がすさまじかったため、マスコミでも盛んに取り上げられることになった。
 僕自身は、「サリドマイド」という言葉は子どもの頃から知っていたものの、実際に身近に接したのは『典子は、今』という映画で、これはサリドマイドの被害を負った辻典子という女性が主人公の典子を演じた映画で、主人公を演じた辻典子さんが、手が不自由なため足を使って口紅をひいているシーンが出てきたりして、かなりの衝撃を受けた記憶がある。
 この番組では、サリドマイドの被害に遭った当時の子ども、今はすでに50歳前後になっているが、彼らの現在とこれまでの足跡を追い、あらためてサリドマイド禍について問い直していく。同時にドイツでのサリドマイド被害者に対する救済措置なども取り上げ、現在の日本の行政の立ち後れについても指摘していく。
 彼らサリドマイド被害者には、当初露見していなかった障害、つまり二次障害が経年と共に現れてくるということも起こっている。現状の政策ではこういった新しい障害に対応することができておらず、番組では新たな対策が必要だとする。被害者たちも懸命に厚労省に現状を訴えるなどして活動しているが、なにぶん動きが遅いのは日本の行政の常。被害者が元気なうちに何らかの対策がとられることを望みたいところである。
 僕自身は、サリドマイド被害者の現在についてはもちろん、彼らの苦しみについてもまったく知らなかった。テレビ番組でこういう状況を伝えてもらって初めて現状を知ることができるわけで(皆さんも同じようなものだろうが)、そういう点でこういう番組は非常に価値があると感じる。こういう問題をどんどん提示してもらって、我々を啓蒙していってほしいものである。それこそがマスコミの役割ではないだろうか。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『典子は、今(映画)』
竹林軒出張所『典子50歳いま、伝えたい(本)』
竹林軒出張所『水俣病 魂の声を聞く(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『母と子 あの日から(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『生き抜くという旗印 詩人・岩崎航の日々(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『日本人は何をめざしてきたのか (6)(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2016-05-31 08:23 | ドキュメンタリー

『底辺への競争 ヨーロッパ労働市場の現実』(ドキュメンタリー)

底辺への競争 〜ヨーロッパ労働市場の現実〜(2014年・デンマークDR)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

一歩先行くヨーロッパの労働事情

b0189364_7312887.jpg EUに東欧諸国が加盟して以来、東欧諸国の低賃金労働者が北欧やドイツ、イギリスに派遣労働者として送られている。結果的に当時国ではその国の労働者たちが職を失い、同じ職種の賃金も低下する。だが、被害に遭っているのは当事国の労働者だけでなく、派遣される側も非常に痛い目を見ているというのが実情である。
 現実には、発注元と労働者の間を仲介する派遣会社が間に数社入って、賃金を搾取しているという実態がある。番組ではスウェーデンの工事の例が取り上げられていたが、発注元は時給7000円で雇用契約を結んでいるが、間に複数の派遣会社が介在してピンハネしているため、労働者に辿り着く段階では時給500円になってしまう。
 仲介業者はこのように甘い汁を吸っているにもかかわらず、労働者が作業事故でケガを負ってもそれに対して補償することなく、本国に強制的に送り返すだけである。結果的に派遣労働者が体の良い使い捨てになっているという現状がある(当事国でも外国人が肉体労働に就労するようになってからその分野の事故率が上がっているらしい)。また、派遣会社から賃金を支払われていない労働者さえいる。しかもそれどころか、賃金の支払いを求めて組合活動を始めた労働者が、逆に破壊行為で訴えられたケースすらある。とにかくこの番組で取り上げられている派遣業者はかなりのブラックで、法に触れようが触れまいがやりたい放題である。まるで19世紀のヨーロッパ下層社会のようである。
 派遣業者が賃金のかなりの部分をピンハネするというケースは日本の原発労働でも見られる構図で、しかも違法なブラック企業も今の日本では多々見受けられる。したがってこの番組で取り上げられているような状況も対岸の火事ではまったくないが、ただし今の日本では外国人労働者を安く使い倒すこういった大がかりなシステムはまだ確立されていない(「労働研修生」という名の低賃金労働はシステム化されているが)。今後日本でもグローバリズムが進んでいくと、同じような状況が国内に出現し、従来型の労働者の生活がさらに脅かされることになりかねない。派遣が増えている昨今、一段と人々の労働環境が悪化する可能性があるわけで、現在のヨーロッパの労働状況は今後も注視していく必要がある問題だと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告(本)』
竹林軒出張所『スペイン危機を生きる(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『低価格時代の深層(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『原発ジプシー(本)』
by chikurinken | 2016-05-29 07:32 | ドキュメンタリー

『被曝の森 〜原発事故 5年目の記録〜』(ドキュメンタリー)

被曝の森 〜原発事故 5年目の記録〜(2016年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

『被曝の森は今』の福島版
だが内容には少々疑問符が付く


b0189364_17571573.jpg 2011年の福島原発の事故のため、放射能が高くなり人が住めなくなった地域が原発跡地周辺に広がった。帰還困難区域に指定された地域ではいまだに人が帰れず、家は荒れ、草ぼうぼうになってしまっている。しかし「家が荒れた」というのはあくまで人間側の感覚であり、野生動物にとっては、天敵がいなくなった上食べ物が豊富にある楽園が目の前に現れたという感覚に近いのかも知れない。それを裏付けるように、こういった地域には野生動物が我が物顔で闊歩しているという状況が生まれている。
 この番組に出てきた動物たちは、イノシシ、アライグマ、ハクビシン、猿など。イノシシなどは群れを作って路上や人家を歩きまわっている。一時帰還した人々が脅しても一向に逃げる気配がない。むしろ縄張りを主張するかのように威嚇するものまでいる。こうして帰還困難区域に野生の楽園が誕生したのだった。
 こういった状況はチェルノブイリ周辺でも起こっていて、このあたりは『被曝の森は今』というドキュメンタリーで紹介されていた。放射能がいまだに残っているのは福島でも共通で、野生動物にも放射線の影響が出ていることが容易に推測できる。そのため、研究者たちは野生動物を捉えては放射線の影響を調査しているのである。そして多くの動物が放射性物質を体内に取り込んでいることが判明している。ただし放射線が生体にどのような影響を与えるかはいまだはっきりとは分かっておらず、現在も調査が続けられている(ツバメの尾羽には奇形が現れていたりしている)。言ってみれば帰還困難区域が「壮大な実験場になっている」わけだ。
 こういう状況を報告しているのがこのドキュメンタリーだが、このドキュメンタリーでは、野生動物が棲み始めたため今後帰還する予定の地元民にとっては大変だという視点が貫かれていた。そりゃ確かに大変なのはわかるが、そういう部分に落とし込んでしまうと実につまらない話になってしまう。動物の側の視点からすると、原発を作って放射能をまき散らしたのも人間の勝手、いなくなったのも人間の勝手というふうに考えられやしないか。被害者に過剰に同情するよりも、起こった問題から、従来の間違った人間中心の生活スタイルについて反省するというアプローチがあっても良いんじゃないかと考えたりする。
 野生動物が人間の生活にとって邪魔なら捕獲するなり虐殺するなりしたら良い。それは放射能をまき散らした当事者が責任を持ってやれば良いことだ(人災によって地域に人が住めないようにしたのだから、人が住めるよう元に戻すのは彼らの当然の責任である)。要は、ポイントをこういった卑近な話に落とし込んでそれを結論にしてしまうのが正解なのかということである。そういう結論で良しとするドキュメンタリーは安易に過ぎると思うし、その番組製作者については問題意識が足りないんじゃないかと感じてしまうのだ。要するに、作り手との間で感覚に少しズレを感じるというわけだ。
★★★

参考:
竹林軒出張所『被曝の森は今(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『メルトダウン 連鎖の真相(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『原発事故 100時間の記録(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2016-05-27 06:56 | ドキュメンタリー

『お墓のゆくえ 〜弔いの社会史〜』(ドキュメンタリー)

お墓のゆくえ 〜弔いの社会史〜(2016年・NHK)
NHK-Eテレ ETV特集

b0189364_1850252.jpg墓には社会のありようが
刻み込まれている


 都心では墓地がなかなか手に入らないが、地方では墓が無縁化してうち捨てられるような状況が起こっている。墓地は足りているのか足りていないのか一見したところよくわからないが、実はそこに人口動態の変化が反映されているのだ……というような内容のドキュメンタリー。
 つまり、戦後日本の家族制度がかつてのような家を中心とした大家族から核家族に移行し、しかも都市への人口集中が起こったため、地方において家単位で守られてきた墓が守れなくなったこと、そしてさらに都市の核家族の新しい墓が都市部に必要になったことがこういう結果をもたらしているということらしい。つまり人口動態の変化が如実に反映されているのが墓地だということなのだ。
 こういった墓地の問題についても、この人口動態に合わせて変化しなければ対応できないというのがこの番組の主張で、今まで埋葬や墓地提供を取り仕切ってきた寺の側に変化が必要になっている現実も紹介される。
b0189364_18502133.jpg 他に、平安時代の死者の取り扱い方や鎌倉新仏教が葬儀に関わるようになったこと、江戸時代の寺請制度によって寺が葬儀一切を取り仕切るようになったことなども紹介される。そのため全体的に新書みたいな内容だったが、問題点が適確にあぶり出されており、しかも時代に応じて墓のあり方を変えていくべきという明確な主張があって実に明解である。もしかしたらこの内容を焼き直して新書にするなどということが行われるかも知れない。この番組の「弔いの社会史」という副題も新書のタイトルみたいだ。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『葬式仏教の誕生 中世の仏教革命(本)』
竹林軒出張所『葬式は、要らない(本)』
by chikurinken | 2016-05-25 06:42 | ドキュメンタリー

『パソコンを置いて森で暮らそう』(ドキュメンタリー)

パソコンを置いて森で暮らそう(2014年・加Drift Productions)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_821978.jpgカナダ版『北の国から』

 現代の忙しすぎる生活に疑問を持ったあるテレビ・ディレクスターが、9カ月間休暇を取り、家族5人だけで森の中で生活をしようと試みる。その一部始終を映像で追ったドキュメンタリー。タイトルに「パソコンを置いて」と付いているが、パソコンについてはドキュメンタリー内で特に触れていない。もちろん移住前は生活の一部としてパソコンが存在していて、そういう文明の利器を持ち込まないという生活を新しく始めるわけだが、パソコンが特にどうこういうことはない。なぜこのような邦題を付けたかは疑問。
 さて、新生活を送るのはカナダ、ユーコン川ほとりの森の中にある山小屋で、街から結構距離があり、車やカヌーなどを使ってさまざまな食料や生活必需品を持ち込む。山小屋には電気や水道はないが、すべてが自給自足というわけではない。むしろ150年くらい前の北米の生活様式という感じで、『大草原の小さな家』みたいな雰囲気がある。決して文明をすべて拒否するというわけではない。
 それでも、自分たちで倉庫を作り、トイレを作り、燃料は森の薪から得るという具合に、基本的には自分たちの力でなんでもまかなう。本来の目的が、子どもたちと接することが少ない現代の生活を少し変えたいということで、過剰に大上段に構えていないのである。とは言え、今の我々の常識から考えると、ちょっとキャンプに行くというような雰囲気ではない。まさしく『北の国から』のような世界でかなり本格的。
 3人の子どもたちとも1日中接することになり、関係が緊密になっていく。また、ゲームやネットがないため、楽しみは自分たちで工夫して生み出す。料理をはじめとする生活にもふんだんに時間をかけなければ生きていけないため、生活は結構忙しくなる。それでも家族との関係は、都市生活と比べると格段に濃厚である。
b0189364_824773.jpg 山の中でのこういう生活も一度はやってみたいとは思うが、彼らの環境は少々厳しすぎるようにも思う。なんせ冬には氷点下40゜Cを下回り、春先にはクマが小屋の近所をうろつくほどである。春先にはこれまで凍っていた川の水が融けてこれも危険。したがって森の生活を送るにしても、これほど過酷な環境は初心者には無理。それくらいのハイレベルの環境で人間が生きていくとなると、人間のあるべき姿みたいなものが現れてきて(これについては映像から窺われる)非常に興味深い。地に足を付けた人間の姿というものが見えてくる。これを見ていると、やはり人は環境の中で活かされているのだということが改めて分かる。 9カ月間という期間限定ではあるが、決して甘えが許されない自然環境で生活を楽しみ、それをしっかり記録したという点で、貴重なドキュメントになっている。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『世界の川を旅する(本)』
竹林軒出張所『風に吹かれてカヌー旅(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ダムはいらない! 新・日本の川を旅する(本)』
竹林軒出張所『聞き書き 倉本聰 ドラマ人生(本)』
by chikurinken | 2016-05-24 08:03 | ドキュメンタリー

『ニッポンのサイズ 身体ではかる尺貫法』(本)

b0189364_22244365.jpgニッポンのサイズ 身体ではかる尺貫法
石川英輔著
講談社文庫

度量衡から
江戸の生活と考え方を探る


 大江戸ブームの火付け役である石川英輔の著書。
 これも元は雑誌連載(『なごみ』の「ニッポンのサイズ」)をまとめたもので、全18章構成になっている(ということは連載は全18回だったと想像できる)。江戸時代に使われていた度量衡、つまり測定の単位がテーマになっていて、さまざまな単位、たとえば尺、石、匁などがどういう単位だったのか、どのようないきさつで使われるようになったのかなどの他、現代とのつながりも紹介されていく。(四畳半とかの)畳や坪など現代でも使われている単位はもちろんだが、里や鯨尺など現代ではあまり使われない単位まで、かなりの範囲が網羅されていて、非常に勉強になる。
 なんでもこういった単位の多くは、律令時代に唐から導入され、その後実質的な値が随時変動してきた(多くは増えてきた)んだという。また業界ごとに大きさが違う単位なんかもあって(建築業界の曲尺とアパレル業界の鯨尺)、現代的な感覚で言うとややこしいったらない。だが著者によると、そもそも違う業界で流通している(名前だけが共通の)単位なので混同されることはほとんどなく、混乱はなかったという。現代のメートル法に慣れた感覚から言うとおかしく感じるが、確かにそれで良いと言われるとそれでも良さそう。
 そもそもメートルという値は19世紀に地球の子午線の4000万分の1の長さとして決められたものであり、一方で伝統的な度量衡は人間の感覚から生じたような単位であるため、成り立ちからしてまったく違う。メートル法がきわめて厳密な単位であるのに比べて、伝統的な度量衡は随分感覚的で、時代によって変動したりもしている。一尺が親指と人差し指を広げた程度の長さであったり、一里が人が1時間で歩ける距離であったりなどという話を聞くと、ものさしや時計がなくても概ね長さが推測できるような単位になっているのに感心する。また江戸時代でよく使われていた(米の)一石という単位が、1人が1年食べて暮らせる量というのも驚きである。つまり加賀百万石という場合、加賀藩は100万人の人口を養える経済力があったことを示していることになる。
 また現代使われているグレゴリオ暦と旧暦の比較も非常に面白い。旧暦は太陽太陰暦であり、太陽暦と太陰暦を組み合わせたシステムである。今の暦と比べると、閏月があったりして現代人の感覚からはややこしく感じるが、実際のところは生活に根ざしていた暦であって、農業や漁業に非常に適した暦であったという説も目からウロコである。それは時刻についても同様で、江戸時代のように季節によって1単位の長さが変わっても、むしろその方が便利であるという考え方も新鮮。随所に石川英輔の主張が押し出され、しかも分かっているようでよく分からない度量衡の単位がよくわかる、著者の他の『大江戸』シリーズに匹敵する画期的な本である。是非手元に置いて随時参照したいと思わせる本である。実際僕は、図書館で借りた後、買って手元に置いている。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『大江戸庶民いろいろ事情(本)』
竹林軒出張所『江戸時代はエコ時代(本)』
竹林軒出張所『実見 江戸の暮らし(本)』
竹林軒出張所『ニッポンの旅 江戸達人と歩く東海道(本)』
竹林軒出張所『大江戸しあわせ指南 ― 身の丈に合わせて生きる(本)』
by chikurinken | 2016-05-23 07:23 |

『大江戸しあわせ指南 ― 身の丈に合わせて生きる』(本)

大江戸しあわせ指南 ― 身の丈に合わせて生きる
石川英輔著
小学館101新書

b0189364_9585027.jpg「大江戸」への超入門

 大江戸ブームの火付け役である石川英輔の著書。
 元々はCD付きマガジン『落語 昭和の名人』全26巻に連載したエッセイで、それを1冊にまとめたのがこの本。そのため落語に関連した記述が散見される。内容はこれまで著者があちこちで書き綴ったことがほとんどで、あまり目新しさはない。江戸社会を記録や絵画で読み解き、リアルな姿を甦らそうとするのも著者の他の本と共通する。
 江戸の社会は、化石燃料に依存せず、植物由来のエネルギーのみを使って身の丈に合わせて生活していた(せざるを得なかった)ということが繰り返し書かれるのも他の著書と一緒である。テーマがはっきりしていてその決まったテーマから各論に掘り下げて、詳細な部分まで迫るというアプローチで、非常にわかりやすいだけでなく非常に興味深い。これは著者の表現力に由来するんだろうが、リアルな江戸社会がとても身近に感じられて、読んでいると気分が高揚する。
 とは言え、石川英輔の他の本に慣れた身からは、目新しさがほとんどないという点はあらためて指摘しておかなければならない。本作りに安直さを感じるというか、連載を集めて新書に仕立て上げるという作り手の編集態度に対して、それで良いのかと思う。お手軽に石川史観に近づけるというメリットはあるが、本当に石川英輔が描く江戸を知りたければ講談社文庫の『大江戸』シリーズを読むのが一番ではないかと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『大江戸庶民いろいろ事情(本)』
竹林軒『書籍レビュー:江戸の新発想』
竹林軒出張所『ニッポンのサイズ 身体ではかる尺貫法(本)』
竹林軒出張所『実見 江戸の暮らし(本)』
竹林軒出張所『江戸時代はエコ時代(本)』
竹林軒出張所『ニッポンの旅 江戸達人と歩く東海道(本)』
by chikurinken | 2016-05-22 09:59 |

『元禄御畳奉行の日記 ― 尾張藩士の見た浮世』(本)

b0189364_22414717.jpg元禄御畳奉行の日記 ― 尾張藩士の見た浮世
神坂次郎著
中公新書

斬新な内容だが読みづらさもある

 先日紹介したマンガ版『元禄御畳奉行の日記』の原作。
 マンガを読んだ後こちらの原作に当たったが、驚いたことに、あのマンガ版、この原作のかなりの部分を描ききっていた。しかもマンガ版は、時系列に従って物語的にストーリーが展開するため非常にわかりやすいという利点もある。
 この原作では、テーマ別に記述を集めてそれについて解説していくという構成で、話が前後するため少々分かりづらさはある。また、オリジナルの『鸚鵡籠中記』の記述をそのまま抜き出している部分が多く、中には内容についてあまり解説をしていない箇所もあるため、ところどころ読みづらくなっている。そもそも『鸚鵡籠中記』自体、日記であるため誤字や当て字が結構あり、解読しなければ読めない部分がある。また原文で読む場合、その背景について知らなければ、解読不能な部分もある。そのため、原文をそのまま提示されるという方法は少々不親切に感じる。
 内容はマンガ版と同様、『鸚鵡籠中記』を紹介するもので、朝日文左衛門の日常と身辺雑記が紹介される。ただ、あのマンガ版がこの本の内容のかなりの部分を汲み上げているため、正直あのマンガを読んでいれば原作は読む必要がないんじゃないかと感じる。そういう点でもあのマンガ版は出色のデキと言うことができる。横山光輝おそるべしである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『元禄御畳奉行の日記 (上)(下) (横山光輝版)(本)』
竹林軒出張所『幕末単身赴任 下級武士の食日記(本)』
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『ニッポンの旅 江戸達人と歩く東海道(本)』
竹林軒出張所『大江戸庶民いろいろ事情(本)』
竹林軒出張所『江戸時代はエコ時代(本)』
by chikurinken | 2016-05-20 06:41 |

『元禄御畳奉行の日記 (上)(下)』(横山光輝版)(本)

b0189364_2115994.jpg元禄御畳奉行の日記 (上)(下)
神坂次郎原作、横山光輝著
秋田文庫

横山光輝がこんなものまで

 横山光輝のマンガである。原作は、中公新書から出た『元禄御畳奉行の日記』。これは出版当時かなり話題になった本で、そのことは僕の記憶に残っている。ただしこのマンガを読むまで原作本は読んでいなかったため内容についてはよく知らなかった。今回、酒井伴四郎という下級武士に関する本(竹林軒出張所『幕末単身赴任 下級武士の食日記(本)』を参照)を読んだため、その流れで江戸のリアルな武士の生活にもう少し触れてみたいと感じて、この本に思い至った。あの中公新書は今でも出ているかなと思ってネットで探してみたところ、横山光輝のマンガ版があることを知って、さしあたりこちらを図書館で借りてきたというわけ。
 内容は原作をかなり忠実に再現しており、主人公の朝日文左衛門の人となりや生活がリアルに甦ってくる。ちなみに原作は、この朝日文左衛門が残した『鸚鵡籠中記』から面白い記述を引っ張り出して、それで文左衛門の当時の生活を探っていくという趣向の本である。
 この朝日文左衛門って人、とにかく異常なほどの記録魔で、18歳から45歳までの26年8カ月に渡って自分の周りで起こったことを克明に記録しており、それに『鸚鵡籠中記』と名付けていた。この本は尾張藩に保存されていて永らく公開が禁じられていたらしい(本書による)。一つには幕政や藩政に対する批判が記述されていたためとされているが、実際に徳川綱吉の政策についてはかなり痛烈に批判しているようだ。また藩主の一族についても色情狂扱いしている他、彼らのゴシップを書き連ねたりしていることもその原因と考えられる。
 ただ、公務員である武士がここまで藩政や幕政を批判できていたというのは意外で、封建主義の権化みたいに言われている江戸時代のイメージを一新する事実である。ここに書かれているようなことは、当然当事者間で酒のつまみとして話されていたようなことだろうと思う。それを考えると、彼らには、封建社会とは言え、今の我々が考えている以上に自由闊達な気風があったのかも知れない。
 またゴシップと言えば、藩主だけでなく近隣で起こった事件などについても詳細に取り上げられていて、これも単にイメージとしての江戸でなく、リアルな当時の姿を伝えてくる。とにかくこの文左衛門、酒井伴四郎同様非常にマメで、あれやこれやを事細かく書き綴っているのである。当時当たり前だったことというのはなかなか記録に残りにくいものだが、そういう点を細かく記録している点でもこの『鸚鵡籠中記』には価値があると言える。
b0189364_2122589.jpg さてこの文左衛門、いろいろな手習いに通い、その手習い先の娘と結婚して、やがて父から家督を受け継いで一家の主となる。その後、酒と女遊びにうつつを抜かし、妻の嫉妬が激しくなって夫婦関係がうまく行かなくなる。その後一種の帰宅恐怖症になって、友人たちと飲み歩くようになるが、それが妻の嫉妬に拍車をかけて、ますます家に帰れなくなるという悪循環に陥るのだ。このあたりは、侍であっても現代人と共通する部分である。結果的に妻とは離縁し、その後再婚するも、二番目の妻の嫉妬も輪をかけて強烈で、ますます酒に溺れるようになるのだった。で、結局酒で肝臓を悪くし、酒で命を取られることになるんだが、身から出た錆とはいえ結婚運もあまり良くなかったのかも知れない。
 また、若くして御畳奉行という役職を拝命し出世する。で、その職務上3カ月間の京大坂出張があったんだが、この間商人の接待攻勢に遭い、毎日楽しく過ごしたりしている。そのためこの京大坂出張は文左衛門にとって数年に一度の楽しみになる。接待されて喜び浮かれるなどというのも現代のサラリーマンとさほど変わらず親近感が持てる。さらに言うと、当時の役人(武士)の状況が300年後の今とあまり変わらないというのもなかなか興味深いところである。1人の記録魔のおかげで、元禄時代の武士のリアルな生活が垣間見えてくるわけだ。
 江戸という時代が泰平の時代で、文化面、経済面で大いに発展したことを考えると、そこでの生活が現代に通じていても何ら不思議はないんだが、我々に与えられている江戸時代のイメージがあまりに封建的で窮屈な社会というものであるため、リアルな姿が見えてくるといまだに意外に思えてくる。こういう機会を通じて、作られた「江戸暗黒時代」のイメージを少しずつ取り払っていきたいところである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『元禄御畳奉行の日記 ― 尾張藩士の見た浮世(本)』
竹林軒出張所『幕末単身赴任 下級武士の食日記(本)』
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『ニッポンの旅 江戸達人と歩く東海道(本)』
竹林軒出張所『大江戸庶民いろいろ事情(本)』
竹林軒出張所『江戸時代はエコ時代(本)』
竹林軒出張所『三国志 (1)〜(30)(本)』
竹林軒出張所『史記 (横山光輝版)(本)』
竹林軒出張所『項羽と劉邦 (1)〜(3)(本)』
竹林軒出張所『水滸伝 (1)〜(6)(本)』
竹林軒出張所『平家物語 (上)(中)(下)(本)』
by chikurinken | 2016-05-19 06:59 |

『幕末単身赴任 下級武士の食日記』(本)

b0189364_8475533.jpg幕末単身赴任 下級武士の食日記
青木直己著
NHK出版生活人新書

下級武士の生活を覗き見

 万延元年(1960)に江戸詰めになった、酒井伴四郎という紀州藩士は、かなりのメモ魔で、どこに行って何を見て何を食べたかをかなりマメに記録として残していて、その記録が江戸の下級武士の生活を今に伝える一級資料になっている。その彼の日記を覗きみて、当時下級武士がどのような生活をしていたか、何を食べていたか、何を楽しんでいたかを垣間見ようというのがこの本。
 この本は、元々2000年から2003年までNHK出版の『男の食彩』という雑誌に連載していたものをまとめたもので、前に紹介した酒井伴四郎が登場するドキュメンタリー竹林軒出張所『江戸古地図の旅 〜江戸東京 迷宮の道しるべ〜』もここからヒントを得られているのは間違いない。僕自身もあのドキュメンタリーを見て酒井伴四郎に興味を持ち、この本を手に取ったわけで、ドキュメンタリーと本とで相乗効果をもたらしていると言うことができる。
 酒井伴四郎は、叔父である宇治田平三の補佐役みたいな形で、彼らを含む計5名、従者1名という構成で江戸詰になった。江戸には、紀州から中山道を通って下っており、伴四郎の日記はそのあたりから始まる。大雨で足止めを喰らったり、名物を買って食べたりしている様子が詳らかに書かれているため、当時の江戸の旅の様子がよく分かる。この本では、この伴四郎の日記と平行して当時のさまざまな食べ物やその食べ物にまつわる蘊蓄が著者によって語られていくんだが、こちらも非常に面白い。ちなみに著者は、和菓子の研究をしている人で、執筆当時、虎屋文庫研究主幹を勤めていたらしい。
 本では、伴四郎が江戸に入ってからもこのような進行で語りが進められていき、伴四郎の生活や当時の食べ物が面白く紹介されていく。鰹を自分で調理して皆がひどい下痢をしたとか、自分が食べようと残していた鰺を「叔父様」(宇治田)が勝手に食べていて立腹したとか、内容が詳細であるため、さながら野次馬的に伴四郎の生活を覗き見しているような印象さえ受ける。同時に江戸の街の活気が伝わってきて、非常に魅力的に映る。
 江戸に蕎麦屋が3000以上あったとか、幕府から諸大名に菓子を賜る儀式(6月16日の嘉定の日)があったとか(僕にとって)目新しい情報もいろいろと出てきて、読んでいて楽しさを感じるような良書である。江戸関連の本も永らく読んでいなかったが、また久しぶりに石川英輔の本を読んでみようかなと感じた(石川英輔も、さながら江戸を見てきたように紹介するから、この本同様読んでいて楽しさを感じる)。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『江戸古地図の旅 〜江戸東京 迷宮の道しるべ〜(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『幕末グルメ ブシメシ!(1)〜(6)(ドラマ)』
竹林軒出張所『元禄御畳奉行の日記 ― 尾張藩士の見た浮世(本)』
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『ニッポンの旅 江戸達人と歩く東海道(本)』
竹林軒出張所『大江戸庶民いろいろ事情(本)』
竹林軒出張所『江戸時代はエコ時代(本)』
by chikurinken | 2016-05-18 08:48 |