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竹林軒出張所

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<   2015年 06月 ( 17 )   > この月の画像一覧

『ラオス 不発弾の大地』(ドキュメンタリー)

ラオス 不発弾の大地 〜今も残る戦争の傷痕〜(2007年・豪Red Lamp Films)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

アメリカが悔い改めることはないのか

b0189364_8294964.jpg 東南アジアの国、ラオスには今も不発弾7800万個が埋まっており、すべてを処理するのに200年かかると言われている。これまでも多くの人々が不発弾の犠牲になっており、犠牲者数は1万2000人に上る。
 なぜにこれだけの不発弾が眠っているかというと、ベトナム戦争当時、米軍が大量にラオス国内に爆弾を投下したからである。といっても当時ラオスは中立国で、爆撃されるいわれはまったくないのだが、ラオス国内に北ベトナムと南ベトナム解放戦線を結ぶ補給路、ホーチミン・ルートがあったことから、アメリカがこれを破壊するため無差別爆撃を行った。しかもこれはすべて、非公開の作戦である。本来ならば、これは重大な戦争犯罪であり、少なくともアメリカが無条件ですべての不発弾を撤去する責任を負っているが、アメリカが積極的に不発弾処理に関わっているという話は訊かない。
 この番組に登場する不発弾処理専門家はオーストラリア人で、不発弾処理作業を遂行しながらも、現地の人々を指導し、新しい専門家の育成も行っている。その過程に密着し、不発弾処理の現場を紹介するというのがこのドキュメンタリー。
 ラオスに不発弾がなぜこんなに埋まっているか、なぜ犠牲者が後を絶たないのか、実際にどのような方法で不発弾処理が行われるか、専門家養成課程はどのようなものかなど、隅から隅までていねいに紹介されているため、状況を把握しやすい。
 正論を言えば、1オーストラリア人の善意に頼るんではなく、アメリカが国家のプロジェクトとしてもっと積極的に関わるのが筋じゃないかと思う。それはこのドキュメンタリーに登場した現地の少年も言っていたことでもあるが、そういうメッセージ性も十分に伝わってきた。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『アフガニスタンで手足を失って(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ベトナム戦争関連のドキュメンタリー3本』
竹林軒出張所『サイゴン陥落 緊迫の脱出(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『もうひとつのアメリカ史 (5)〜(7)(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2015-06-30 08:30 | ドキュメンタリー

『サイゴン陥落 緊迫の脱出』(ドキュメンタリー)

サイゴン陥落 緊迫の脱出 前後編(2014年・米WGBH)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

アメリカ側から見たベトナム撤退

b0189364_850456.jpg パリ協定で北ベトナムとアメリカの間で停戦合意が行われたのが1973年(竹林軒出張所『パリ秘密交渉の内幕(ドキュメンタリー)』を参照)。アメリカが南ベトナムから撤退することを取り決めた協定である。建前上は、北ベトナムと南ベトナムの停戦であり、南北ベトナムの領土不可侵を規定したものであったが、それまで攻勢を続けていた北ベトナムが南ベトナムに侵攻するのは目に見えていた。少なくとも、当局者はそれについてある程度予測していたはず。
 で、1975年になると案の定というか、北ベトナムが国境を越えて南ベトナムに侵攻を始めた。アメリカという後ろ盾のない南ベトナム軍はひとたまりもなく、北ベトナム軍と南ベトナム解放戦線は数カ月で首都サイゴンまで迫ってきたのである。
 当時の南ベトナムは、今映像で見ると70年代の日本と大差はなく、アメリカ文化の影響を多大に受けていることがうかがわれるが、北から共産勢力が入ってくれば、当然大きな社会変動が起こるのは必定で、生活は激変するはず。それに南ベトナム軍関係者は言うまでもないが、アメリカへの協力者と見なされるとどのような目に遭わされるかもわからない。そのため、北ベトナム軍が迫ってくることがわかると、多くのベトナム人がアメリカ大使館に殺到して、亡命を求めるようになる。
 一方アメリカ大使館の側、とくに駐南ベトナム・アメリカ大使は、北ベトナム軍がすぐにサイゴンまで迫ってくるとは思っておらず、部下たちが速やかな撤収作戦を勧めてもそれを受け入れようとしなかった。ところが北ベトナム軍のサイゴン侵攻は思いの外早く進み、アメリカ側の撤収作戦は、当初の予定どおり遂行できなくなる。当初の予定というのは空港から軍用機または旅客機で米国人や亡命希望のベトナム人を大量輸送するというものであるが、結局、大使館から沖合の空母にヘリコプターで人を輸送するという人海戦術しか取れなくなるのだ。一度に運べる人数は限られるもこの作戦で沖合まで亡命希望者をせっせと運んではいたが、やがて北の軍が迫ってくると、いよいよこの作戦自体も遂行が困難になる。しまいには大統領命令で、作戦遂行が打ち切られ、ベトナム人亡命希望者は500人ばかりが大使館に取り残されてしまうのだった。なおアメリカ人は、一部のジャーナリスト以外、撤収に成功する。
b0189364_8503242.jpg このあたりの一部始終を、この作戦に関係した軍人、亡命しようとして叶わなかったベトナム人らから話を聴き、まとめ上げたのがこのドキュメンタリーである。当時のアメリカのニュース映像の他、サイゴンに残ったジャーナリストが撮影した映像などもふんだんに出て来て、当時の状況がよくわかるようになっているのは、このドキュメンタリーの大きな魅力である。緊迫感も伝わってきて、ドラマチックで非常に面白かった。
 ただ、アメリカの製作局ということもあり、全体的にアメリカ目線で、アメリカの当事者の人道的な側面ばかりが強調されているきらいはある。実際「サイゴン陥落」という視線が貫かれていたが、北ベトナム軍がサイゴンに侵攻した当時の映像を見ると、むしろ「サイゴン解放」みたいな印象さえ受けた。もちろん、アメリカへの「協力者」たちが「解放」後どういう扱いを受けたか、詳しいところはよくわからない。番組の最後で紹介されていた情報によると、大勢が再教育収容所に入れられ、多くがそこで死んだ上、処刑された人も多数いたということだったが、数字が示されていたわけではないし具体例が紹介されていたわけではないので、本当のところははっきりしない。ただ、番組全体を通じて終始解放後のベトナムが地獄であったかのような表現だったことは確かである。少なくともこの番組のインタビューに登場していたベトナム人は、その後アメリカに亡命しているわけで、生きながらえているのは確かなのだ。だから余計、解放ベトナムでその後どういうことが行われたかについてももっと具体的に示してほしかったと思う(ジャーナリストが残ったわけだから映像や資料がないということはあるまい)。それがために、アメリカ側の一方的な視点という印象は最後まで拭いきれなかった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『パリ秘密交渉の内幕(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ベトナム戦争関連のドキュメンタリー3本』
by chikurinken | 2015-06-29 08:50 | ドキュメンタリー

ベトナム戦争関連のドキュメンタリー3本

 昨日、このブログでベトナム戦争関連ドキュメンタリーを紹介したが、それを書くに当たって過去のベトナム戦争関連記事を検索していたらほとんど見つからなかった。ディエンビエンフーの戦いに関連するやつを確か書いたはずなのにおかしいなーと思っていたところ、前のブログにいくつか書いていたものがあった。このあたり、先日の『イラク戦争関連の本』のときとほとんど同じ感触で、要するにこの10年があまりに早く過ぎ去って、そのあたりの感覚が少々麻痺しているということなんだろう。こうしてだんだん死期に近づくわけやね。
 ともかく、こういった記事もこっちのブログに挙げておいた方がのちのち検索するときにも役に立つだろうということで、今回まとめて引用しておこうという、そういう主旨である。
 以下、過去のブログから3本分。

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(2004年7月22日の記事より)
世界を変えた56日間の戦い 〜ボー・グエン・ザップ 93歳の証言〜
(2004年・NHK)
NHK-BS1 BSドキュメンタリー

b0189364_953863.jpg ベトナム戦争初期のディエンビエンフーの戦いの経過を、当時ベトナム軍の司令官だったボー・グエン・ザップの回想を中心に回顧する。
 ディエンビエンフーの戦いについては、沢田教一の写真などで名前は知っていたが、具体的なことは何一つ知らず、その点で非常に勉強になった。
 1954年初頭、フランスは、ベトナム民主共和国(いわゆる北ベトナム)のラオスルートの要衝、ディエンビエンフーに要塞を築き、兵站用のラオスルートを遮断しようとする。これに対してベトナム軍は、ディエンビエンフーの奪還をもくろむ。このとき奪還作戦の司令官に就任したのが、当時43歳のボー・グエン・ザップ。早期攻撃を主張する周囲を抑え、ザップは周到な準備を済ませてから作戦を開始することを主張する。
 結局ザップの作戦に従って、20門以上の105mm砲を国内から人海戦術でかき集め、ディエンビエンフー北部の山頂付近に隠すことに成功する。ベトナム軍の攻撃を予測していたフランス軍は、いつまでたっても攻撃が始まらないため、業を煮やしてベトナム軍を挑発するビラまで撒いたらしい。
 3月になって準備が終わると、ベトナム軍の一斉攻撃が始まる。ディエンビエンフーの要塞は、数多くの要塞群で構成されており、ベトナム軍は北部の要塞から1つずつ攻略していく。攻撃手段は、山腹に隠した大砲と人海戦術だ。攻略が特に難しかったA1要塞に至っては、敵軍の要塞の地下までトンネルを掘り、爆弾で要塞ごと吹き飛ばすということまでやっている。結局この作戦で雌雄が決まった。A1要塞の陥落によって、ベトナム軍は、フランス軍司令部に迫ることになり、ついに戦闘は集結することになる。
 とにかく、ベトナム軍の人海戦術は驚くばかりだ。戦闘が続いている最中もひたすら塹壕を掘り続ける。補給路が空爆されたらすぐに道を作り直す。大砲は人力で山頂まで引っ張り上げる。これぞゲリラ戦の見本。そしてその作戦の一部は、日本軍(日中戦争)や米軍(朝鮮戦争)と闘った中国共産党から引き継いだものだということも明かされている。
 結局この戦いが、フランスのベトナムからの撤退に直接結びつくことになる。これが欧米植民地主義のアジアからの最初の撤退となった。
★★★☆

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(2005年3月2日の記事より)
ベトナムで戦死した父を追って
(2003年・米 オーファンズオブウォー・プロダクション)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_955818.jpg あるドキュメンタリー作家が、自身の生後4カ月のときにベトナム戦争で死んだ父の実像を追うドキュメンタリー。
 父の生前の姿について、戦友たち、同級生たち、親戚家族に尋ね回り、その素顔に迫る。未亡人である母と一緒に行動するのだが、その母は終始泣きじゃくっていた。かなり湿っぽい作品。
 余談だが、戦友の中に、前回の大統領選挙で民主党から出たケリーもいて、故人の話を詳細にし、未亡人である母を励ましていた。とてもいい人だ。
2003年エミー賞ドキュメンタリー部門受賞
★★★

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(2005年5月5日の記事より)
ベトナム戦争 〜サイゴン陥落・最後の58日間〜 前・後編(2005年・NHK)
NHK-BS1 「戦後60年 歴史を変えた戦場」

b0189364_962960.jpg パリ和平協定以後、北ベトナム軍が南ベトナムのサイゴンを陥れるまでの経過を描いたドキュメンタリー。
 パリ協定で米軍が撤退した後の出来事であるため、どんなに詳細に説明があったとしても、あまりインパクトはない。
 ベトナム戦争をベトナム人民軍と米軍の戦いととらえる(普通はこういうとらえ方だが)と、米軍が撤退するまでのプロセスの方が重要な気がする。確かに、北ベトナム軍と南ベトナム軍の戦いではあるが、この58日間はむしろ戦後処理というか総仕上げという印象であり、こうやってスポットを当てるほどベトナム戦争全体の中で大きな意味があるとは思えなかった。
 ドキュメンタリーとしても、あまり緊迫感がなく少し退屈だった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『パリ秘密交渉の内幕(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『サイゴン陥落 緊迫の脱出(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『イラク戦争関連の本』
by chikurinken | 2015-06-27 09:08 | ドキュメンタリー

『パリ秘密交渉の内幕』(ドキュメンタリー)

パリ秘密交渉の内幕
(2014年・仏Goyave Production/Al Di Sopra Production/ARTE France)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

戦争は終結させるのも大変だ

b0189364_8503274.jpg ベトナム戦争を終結させるため、アメリカと北ベトナムの当局者の間で数年間にわたって極秘のうちに行われた会談についてのドキュメント。
 冷戦時代、南北に分断されたベトナムだが、アメリカは南ベトナムを支援し、北からの「共産主義の脅威」に立ち向かおうとする。こうしてアメリカが支援する南ベトナム、ソ連、中国が支援する北ベトナムの間で勃発したのがベトナム戦争で、事実上、北側の共産ベトナムとアメリカの戦争だった。物量に勝るアメリカは、さまざまな武器を投入してベトナムをねじ伏せようとするが、ベトナム軍はゲリラ戦を展開し、米軍を悩ませる。米軍は戦線を打開できず戦争は長期化した。一方でベトナムでの米軍の野蛮な行為が明らかになってくると、米国内だけでなく世界中でベトナム戦争に反対する世論が高まる。
 1969年にアメリカ大統領に就任したニクソンは、ベトナム戦争からの撤退を公約に掲げていた。極力面目をつぶさずにベトナムから撤退したいアメリカと、早期の戦争終結と南北統一を目指す北ベトナム政権側の思惑が一致し、停戦に向けての極秘交渉が持たれることになった。アメリカの全権代表はニクソン政権の大統領補佐官、ヘンリー・キッシンジャーで、北ベトナムの全権代表はレ・ドク・ト。双方良い条件で戦争終結できるよう駆け引きが始まるが、南ベトナム政府や南ベトナム解放戦線など、さまざまな当事者の思惑も絡み、条件でもつれて長期化する。その間、米側がハノイを空爆したということもあり、結局停戦合意に至ったのは1973年。実に4年以上の歳月がかかった。戦争は終結させるのも一筋縄ではいかないということである。
 停戦合意の条件として南ベトナム政府の存続が明記されてはいたが、1975年の北側によるサイゴン侵攻・陥落で南ベトナム政府は崩壊、南北ベトナムが統一されるに至った。
 言ってみればベトナム戦争の歴史を扱ったドキュメンタリーだが、通常では歴史の表舞台に出ないような秘密交渉に光を当てることによって表の歴史をあぶり出すというユニークなドキュメンタリーになっている。秘密交渉の録音や、キッシンジャーをはじめとする当事者のインタビューなども盛り込んでおり、一編のドキュメンタリーとしても良い仕上がりになっている。レ・ドク・トが生きていて証言が取れていればなお良かったが、こればかりは致し方ない(1990年死去)。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『ベトナム戦争関連のドキュメンタリー3本』
竹林軒出張所『サイゴン陥落 緊迫の脱出(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『もうひとつのアメリカ史 (5)〜(7)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『フルメタル・ジャケット(映画)』
竹林軒出張所『ディア・ハンター(映画)』
by chikurinken | 2015-06-26 08:50 | ドキュメンタリー

『キング牧師 vs. マルコムX』(ドキュメンタリー)

キング牧師 vs. マルコムX(2014年・仏Camera Lucida Productions)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

「無理から」企画はもう結構

b0189364_811259.jpg 先日の『マリア・カラス vs. レナータ・テバルディ』『スティーブ・ジョブズ vs. ビル・ゲイツ』と同様「ライバル」シリーズの1本で、今回はキング牧師とマルコムX。
 ジョブズとゲイツのケースにも共通するんだが、キング牧師とマルコムXをライバル扱いするのはお門違いである。この2人をライバルとして取り上げること自体がなんだか野次馬的な印象を受ける。あるいは興味本位的かつ自己中心的なアプローチと言い換えても良い。
 実際にキングは公民権の実現という実績を残しているが、マルコムXについては何ら実績はない。単に虐げられていた人々を煽って騒ぎを大きくしただけである。マルコムXがキングの非暴力主義を批判していたのはわかるが、だからと言ってライバルと言うのはちょっと度が過ぎている。
b0189364_8114833.jpg マルコムXのキングに対する批判は、自分の見方を世界に当てはめるような狭隘な視点に立脚している。要するに(キングが語っていたように)マルコムは「非暴力を無抵抗と勘違いして」いたのである。たとえ多くの黒人の考え方を代弁していたとしても、その批判自体は取るに足りないもので、不平分子のそれと同じである。それどころかむしろキングの活動の足を引っぱる結果にすらなっている。キングが実際に仕事を行った人間であれば、マルコムは単なる批判者に過ぎない。そういう意味では同じ俎上に挙げることすらおこがましい。彼らの共通点と言えば、同じ時代に生き、同じ問題に取り組もうとしたということぐらいである。
 結局のところ、この企画自体がどことなく「無理から」みたいな印象があり、もしライバル対決の企画をやりたいってんだったら、本当にライバルと言えるような人々を取り上げなければならない。もっともそういう企画はこれまですでに出尽くしていて面白くないかもしれない。だが面白くなくても、それが製作者の良心というものである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『キング牧師とワシントン大行進(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『スティーブ・ジョブズ vs. ビル・ゲイツ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『マリア・カラス vs. レナータ・テバルディ(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2015-06-25 08:12 | ドキュメンタリー

『スティーブ・ジョブズ vs. ビル・ゲイツ』(ドキュメンタリー)

スティーブ・ジョブズ vs. ビル・ゲイツ(2014年・仏Pulsations)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

中高生向けの学習教材みたいな浅薄さ

b0189364_8282961.jpg 昨日の『マリア・カラス vs. レナータ・テバルディ』と同様「ライバル」シリーズの1本。もう1本『キング牧師 vs. マルコムX』なんてものもある。どれも製作局が違うし、どういう企画で作られたドキュメンタリーかはっきりわからないが、3本集めてシリーズにしたのは面白い試みと言えなくもない。おそらくフランスの放送局が(別の制作局に作らせた番組を)1つのシリーズとして放送したものなんだろうと推測するが、共通するのはどれも中途半端であまり面白い発見はないということである。言ってみれば中高生向けの学習教材みたいなノリの番組で、そういう点が非常に物足りない。
 このジョブズ vs. ゲイツもご多分に漏れず、取り立てて目新しい話はない。コンピュータ業界にあまり興味のない人にとっては珍しい事実もあるかも知れないが、それにしても出てくるのは有名なエピソードばかりである。元関係者の証言が興味深いと言えば言えるが、あちこちで語り尽くされていることばかりで、取り立てて興味を引くような新事実はない。
b0189364_8285071.jpg 個人的には「マイクロソフトが質の悪い製品ばかり広めている」、「マイクロソフトにはセンスがない」というジョブズの発言に同意するが、こういう見方は世間的には少数派なんだろうと思う。実際この番組でも、こういうジョブズの発言について負け惜しみに過ぎないみたいな扱いをしていた。だが質の悪いものが標準になってしまった業界は憐れなものである。これがどれほどみじめなものかは、今のWindowsパソコンを使ってみると実感できるが、こういう業界で唯一と言って良いほど革新を起こしてきたのがアップルである。本当はそういうところをしっかり描いてほしかったと思う。そもそもゲイツとジョブズを同格で並べること自体、僕には少々違和感があるのだ。ゲイツとジョブズの共通点は、同じ時代に同じ業界にいたってことぐらいで、かたっぽはクリエーター、かたっぽは(詐欺師まがいの)商売人である。僕は別にジョブズやアップルの信者ではないが、古くからのコンピュータ・ユーザーの感覚ってのはそういうもんじゃないかと思うのである。
★★★

参考:
竹林軒出張所『バトル・オブ・シリコンバレー(映画)』
竹林軒出張所『1ユーザーによるスティーブ・ジョブズ追想』
竹林軒出張所『マリア・カラス vs. レナータ・テバルディ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『キング牧師 vs. マルコムX(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2015-06-23 08:29 | ドキュメンタリー

『マリア・カラス vs. レナータ・テバルディ』(ドキュメンタリー)

マリア・カラス vs. レナータ・テバルディ(2014年・仏Ma Drogue a Moi)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

「悪魔 vs. 天使」という図式がわかりやすい

b0189364_8301894.jpg 伝説のオペラ歌手マリア・カラスと歌姫レナータ・テバルディがかつてライバル関係だったというエピソードを取り上げたドキュメンタリー。
 マリア・カラスは、生前セレブとのつきあいや億万長者オナシスとの恋愛などさまざまなスキャンダルがあったこともあり、オペラファン以外でも名前が知られている。それにパゾリーニの映画『王女メディア』では主演も果たしているし、音源についても「伝説」扱いである。個人的には、カラスの声がだみ声であるため、彼女の歌唱にあまり魅力を感じたことはないが、しかし20世紀声楽界における最大のビッグネームであるという点では、ほとんどの人に異存がないだろう。
 そのカラスが、イタリア人歌手、レナータ・テバルディとライバル関係だったというのは、僕にとっては少々意外な事実であった。元々オペラの殿堂、ミラノスカラ座では、カラスがデビューした時点でテバルディの方がすでに花形だったらしいが、その座を狙っていたのがカラス。テバルディの歌唱は「天使の歌声」とも呼ばれ、しかも優等生的なイメージもあったため、あちこちで騒ぎを起こしたカラスとは正反対であった。しかし、カラスもスカラ座でテバルディの代役を務めた頃から徐々に人気を獲得していき、スカラ座ではテバルディ派とカラス派が、サッカーの応援団さながら場内、場外でトラブルを起こすまでになった。マスコミやスカラ座の関係者までがそれに加担するようになるが、テバルディはそういう状態のスカラ座に嫌気がさしてニューヨークのメトロポリタン歌劇場を主舞台にするようになった。
b0189364_830485.jpg 一方のカラスは、当時100kg近くあった体重を落とし声楽のトレーニングも積むなどして、名実ともにスカラ座のプリマになるが、オナシスと愛人関係になって、やがて不摂生がたたり歌が歌えなくなる。オナシスとも破局になり引退。
 一時期、テバルディに激しく敵対していたカラスもその後テバルディに接近し和解するが、このドキュメンタリーではそのあたりまで描かれていた。基本的に幼少期から親子関係に問題があったカラス、理想的な親子関係だったテバルディというような関係性を強調するなど、「悪魔」と「天使」のような描き方が特徴的だった。過去、マリア・カラスのドキュメンタリーや伝記映画(『永遠のマリア・カラス』)なんかも見ているが、どれもスキャンダル中心であるため、オナシスとの関係以外あまり印象に残っていない。このドキュメンタリーのように、スキャンダルだけではなく音楽界でのカラスにスポットを当てると、リアルなカラス像に接近できるような気がする。アプローチの方法としてはなかなか良い。
★★★

参考:
竹林軒出張所『森麻季……いろっぽくて良い』
竹林軒出張所『椿姫ができるまで(映画)』
竹林軒出張所『キング牧師 vs. マルコムX(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『スティーブ・ジョブズ vs. ビル・ゲイツ(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2015-06-22 08:32 | ドキュメンタリー

『永遠のABBA アグネッタの告白』(ドキュメンタリー)

永遠のABBA アグネッタの告白(2014年・英BBC/UNIVERSAL MUSIC GROUP)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_8103328.jpgプロモーション番組かっ!?

 1970〜80年代に活躍したスウェーデンのポップス・グループABBAで、ボーカルを務めていたアグネッタ・フォルツコグの半生記。
 10代でのソロ・デビュー後、恋人のビョルン・ウルヴァース、その友達のベニー・アンダーソン、その彼女のアンニ=フリッド・リングスタッドと一緒に音楽活動をしたのがABBAの始まりだという。その後、英国のユーロビジョン・ソング・コンテスト1974で入賞したことをきっかけにABBAの歌はヨーロッパ、世界へと広がり、ヒットも立て続けに飛ばす。
 ビョルンとは結婚し2児をもうけるが、その後離婚。離婚後もABBAの活動は続けていたが、もう1組のカップル、ベニーとアンニ=フリッドの離婚をきっかけに、ABBAの活動もやがて終了する。ABBA解散後もアグネッタは数曲ソロでレコードを出すが、やがて子どもたちとの生活を大切にするため、マスコミから姿を消すことになった。
 いったんは姿を消したアグネッタだが、2000年代になって再び音楽活動を始め、アルバムを発表。このドキュメンタリーが作られた直前にも新しいアルバムが発表されている。というわけで、この「ドキュメンタリー」、どことなくプロモーション番組臭さがある。ユニバーサル・ミュージックが製作していることを考えるとその可能性大だ。ま、ABBAについては「ダンシング・クイーン」と「チキチータ」を英語で歌ったグループ……くらいのイメージしかなかったんで、いろいろ知るところは多かったという点で、それはそれで良いとは思うんだが、なんだか少々腑に落ちない部分が残る。つまり『BS世界のドキュメンタリー』枠で放送するような代物かという……ま、そういう部分。
★★★

参考:
竹林軒出張所『キャロル・キングのすべて(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ストックホルムでワルツを(映画)』
by chikurinken | 2015-06-20 08:11 | ドキュメンタリー

『10億人が愛した高倉健』(ドキュメンタリー)

10億人が愛した高倉健(2015年・NHK)
NHK-BS1 BS1スペシャル

あの『憤怒』が中国で受けたわけ

b0189364_8265879.jpg 70〜80年代の改革開放中国で高倉健が絶大な人気を博していたという話は『中国10億人の日本映画熱愛史』『証言 日中映画人交流』の2冊の本で紹介されていたが、それを実際に現地の年配の人々の話を聞いて裏付けるというのがこのドキュメンタリー番組。
 この番組を見る限りタイトルの「10億人が愛した」というのは決して誇張ではないと感じる。春秋航空の会長やカメラマン、作家、元検察官など何人かの人々が出てきて、高倉健が主演した『君よ憤怒の河を渉れ』(中国版タイトル『追捕』)が彼らの青春時代にどれほどの影響を与えたかを語る。
 彼らの多くが感銘を受けたのが、映画で描かれる「正義」と「愛」、それに映画に登場する日本の先進的な生活だということだった。このあたりも先の本で書かれていたことと共通する。そして確かに、ここに登場する人たちが、たとえば文革などで悲惨な環境下に置かれていたことを考えると、この映画に惹かれた理由というのも納得がいく。文革時代は不正義と不実がまかり通っていた時代である。現在作家として活躍している胡発雲氏などは、文革のせいで(親が国民党に協力的だったという理由で)社会の最下層に落とされたというんだから、社会「正義」と「愛」を夢見るのは無理もないことだ。そして彼らがその後生きていく上で、この映画と高倉健の存在が支えになっていたという話も感動的である。1本の映画がそこまで人生に影響を与えるなんてことはあまりないもので、そういう点では彼らは幸運だったとも言える。前も書いたが、今『君よ憤怒の河を渉れ』を見ても少々アホらしさを感じる(公開当時も日本ではそういう受け入れられ方だったようだ)ような作品である。しかしそれでも時代や地域が変わるとまた別の魅力が出てくるということなんだろう。
b0189364_8273438.jpg なお、この番組だが、番組宣伝の段階で紹介されていたような、高倉健と中国の若者との交流などについては一切出てこなかった。あくまで現地の人々が語る、当時の状況と映画の影響、その後の人生といったものばかりである。もちろんこういう切り口は非常に面白く、結果的に中国の現代史があぶり出されており、構成はうまく行っている。だが切り口がこれほど変わっているとなると、何かあったんだろうかと勘ぐってしまう。あるいはいずれもっと長い番組として再構成するつもりなのかも知れない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『中国10億人の日本映画熱愛史(本)』
竹林軒出張所『証言 日中映画人交流(本)』
竹林軒出張所『君よ憤怒の河を渉れ(映画)』
竹林軒出張所『単騎、千里を走る。(映画)』
by chikurinken | 2015-06-18 08:28 | ドキュメンタリー

『戦後70年 ニッポンの肖像 (2) "バブル"』(ドキュメンタリー)

戦後70年 ニッポンの肖像 豊かさを求めて
第2回 "バブル"と"失われた20年" 何が起きていたのか
(2015年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

b0189364_8314258.jpg負けに不思議の負けなし

 戦後70年を記念して、戦後の日本の歩みを振り返ろうという企画で、実質的には日本現代史のレビューである。第2回目は、1980年代から始まったバブル経済とその後。
 バブルの時代は、個人的にはあの時代特有の軽薄さがイヤで、思い出すといまだに不快さが甦ってくるが、日本中が浮かれていた時代というイメージはある。だがなぜああいった狂騒が始まって、どのような経緯で推移したか、分析されたのをあまり見た憶えはない。あの時代は良かったとかあの時代は何かおかしかったみたいなことはよく見聞きするが。実際、この番組でも2人のゲスト(堺屋太一と野口悠紀雄)が出てきてNHKのアナウンサーと対談するコーナーがあるが、そういうようなことを語っていた。堺屋太一に至ってはあのバブルの時代、これはおかしい、絶対に悲劇的な最後を迎えると感じていたなどとぬけぬけと言っていたが、ホンマかいなと思ってしまう。こういうずるい言動をする大人になってはいけませんと子どもに言いたくなるところ。
 さて、バブルの時代がなぜ始まったかだが、80年代初頭、財政赤字に苦しむアメリカが金融緩和に踏み切ったことがその始まりとする。1985年のプラザ合意がさらにこれに拍車をかける結果になったとも。当時多大な貿易黒字を抱えていた日本に対して、内需拡大で貿易黒字を減らすようアメリカから圧力がかかり、結果的に日本の公定歩合引き下げに対する圧力が強まる。日本政府も公定歩合の引き下げに応じてアメリカの圧力をかわそうとするが、結果的にこれが庶民の財テクに拍車をかけることになった。
 要は、日本の銀行は利子が安いんで、日本で安い利息で資金を調達し、アメリカで運用すれば(利息が高いために)それだけで利益が見込めるということになるというわけ。このためにアメリカから日本に資金が流れる形ができあがったという。こうして金が集まると、投資先として堅調と思われていた日本の土地に資金が集中する。すると地価が高騰する。高騰する地価は投資先として魅力である。何せ当時翌年に地価が2倍にはねあがったりした事例もある。こうして地価はどんどん高騰していった。投資しておけば自動的に金の価値が高くなるということで「楽して儲けるのが正しい」という風潮ができてきて、これがバブルにつながったわけだ。
 ただ裏では、悪辣な地上げが方々であったことも記憶にある。早い話、あの時代は、道徳律が無視されたモラルハザードの時代と言える。もちろんそんな時代がいつまでも続くわけはないんで、日本政府の金融引き締め政策を機に、異常な株価高騰は止まり株安に転じる。土地投機熱も一気に醒める。そして残されたのは金融機関が抱える不良債権の山で、その処理に手こずる日本政府、金融機関はその後20年近く低迷期を迎える。これがいわゆる「失われた20年」である。
 今振り返って見ると、あの時代、借金して散財しているどら息子みたな構図に見えてくるが、どことなく今の時代に重なってくる。アベノミクスも、大量に借金して景気を浮揚させるという構図である。バブルにならないのは今の日本にかつてほどの経済的な余力がないためだろうが、だが借金はいずれ返さなければならない。過去から何を教訓として学ぶかは歴史を勉強する上で必ず重要なテーマになるが、今の時代を見ると、どうも過去の教訓を生かせていないような気がするんだが、どうだろうか。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『戦後70年 ニッポンの肖像 (1) 高度成長(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『マネー資本主義第4回(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ウォール街(映画)』
by chikurinken | 2015-06-16 08:32 | ドキュメンタリー