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竹林軒出張所

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『死刑』(本)

b0189364_938997.jpg死刑
森達也著
角川文庫

死刑制度について考える

 『放送禁止歌』オウム真理教の映画でお馴染みの森達也が、死刑制度について思いを馳せ考察していく「ロードムービー」的な内容の本。
 ドキュメンタリー映画の撮影でオウム事件の関係者と身近に接するようになった著者は、死刑について思いを馳せるようになる。ただ実際のところ、死刑制度について詳しく知っているわけではない。世の中には死刑廃止論と死刑存知論があるが、それについても明確な意見を持っているわけではない。そこで、死刑制度の周辺にいる人々に接することで、死刑に対して考えていこうというのがこの本の主旨で、実際に著者は全国を飛び回りさまざまな人々や拘置所(死刑囚が収監され、処刑のための施設も置かれている)に接触を試みている。そういう点で著者は、この本を「死刑をめぐるロードムービー」と位置付けているわけ。
 死刑制度について人に尋ねると、今の日本では八割以上は死刑制度存置に賛成というスタンスを取っているらしい(法務省の調査による)。だが実際のところ、ほとんどの人が死刑制度の実態について知らないのではないかと著者は推測する。死刑制度について云々している人の多くは、死刑制度について真剣に向かっているわけではなく、情緒的に好き嫌いでものを言っている。しかし死刑制度自体が人の目から隠されている現実を考えると、果たしてこれが本当に正しいと言えるのかはなはだ疑問である。もちろん議論の対象となることがよく見えないので、どのような結論になっても致し方ないわけだが。
 そこで著者はまず、どのように死刑が執行されるのかそのあたりから明らかにしようとする。しかし行政当局が刑場を公開するなどということは実際にはなく、また当事者に対しても守秘義務が課されているため、その方法すらなかなか知ることができない。当局の壁は予想以上に厚いのである。結果的に、刑場を視察したことがある国会議員や死刑の現場に立ち会ったことがある元刑務官(坂本敏夫)にインタビューし実情を聞くことで、間接的に想像する。
 さらにその後、死刑に関係するさまざまな人々にもインタビューを試みる。死刑制度を感覚的に捉えている我々と違い、間近で死刑制度に接することで、真剣に対峙して自分なりに結論を出している人々である(結論を出せていない人も当然ながらいる)。たとえば、死刑廃止を主張する議員、元死刑囚、死刑囚、元検察官、殺人被害者の親族らが登場するが、その内容はどれも重い。これまで我々にとってまったく他人事だった死刑制度が目の前に提示されるような心持ちさえしてくる。こうして、死刑とは直接関係ないと感じている人々に、考えるための素材が提供される。それをどう捉えるかは読者次第ということになる。もっとも著者自身は死刑反対の立場に落ち着いていくが。
 実際、世間で喧伝されている死刑制度存置の論理、たとえば死刑制度自体に犯罪抑止力があるだとか、あるいは被害者感情に配慮すべきだとかいう議論は、ほとんど有効性がないことがわかっている。犯罪抑止力については、死刑制度を廃止しても凶悪犯罪が増えないことが明らかになっているし、むしろ死刑制度が凶悪犯罪を生み出すケースさえあると著者は言う。被害者感情についても被害者ごとに感じ方は違うし、中には死刑廃止運動に携わっている被害者遺族もある。こういった「論理的な」主張の多くは破綻している。そういうこともあり、世界的な潮流は死刑廃止に向かっている。少なくとも先進国の中で死刑制度を存続し死刑を執行している国は、日本とアメリカの一部の州だけである。
 しかし論理だけで死刑制度を捉えることは、情緒だけで捉えることと同様、意味のあることではないと著者は考える。そのため著者自身は最終的に、こういった論理や情緒ではなく、自分の自然な気持ちとして目の前で処刑されていく人々を助けたいと思うという点で、死刑制度に疑義を呈するに至ったわけだ。
 考えるための素材を提供することがこの本のテーマであるため、どのような結論を出すかは基本的に読者次第で、著者がどういう結論を出したかは本来であれば関係ないわけだが、死刑制度に疑問を持つのが自然な流れにはなっている。著者が取材を通じてそういう考え方に落ち着いたためにそうなるのは当然だが、著者がミスリードしていると主張する読者も出てくるだろう。だが今の死刑存置論の多くが、マスコミが垂れ流す「被害者の図式」が一般に浸透しているためであることを考えると、これこそマスコミによるミスリードとも言える。本書でマスコミ論まで踏み込んでいるのは、当初からマスコミのあり方に鋭く切り込んできた著者の面目躍如だが、そういう一つ一つのことに真剣に向き合うことがこの本で求められていることなんだろうと思う。
 いずれにしても、死刑についていろいろと考えることができる素材を与えてくれるパースペクティブ本と言える。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『アは「愛国」のア(本)』
竹林軒出張所『ぼくに死刑と言えるのか(本)』
竹林軒出張所『死刑弁護士(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『A(映画)』
竹林軒出張所『A2(映画)』
竹林軒出張所『FAKE(映画)』
竹林軒出張所『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔(本)』
by chikurinken | 2015-05-31 09:38 |

『アは「愛国」のア』(本)

b0189364_836597.jpgアは「愛国」のア
森達也著
潮出版社

対談形式にはなっているが
主人公はあくまで森達也


 『放送禁止歌』オウム真理教の映画でお馴染みの森達也が、若い連中と対談するという企画。タイトルからわかるように、対談相手にはネトウヨみたいな奴も含まれる。
 対談のメンバーは、森達也の他、司会者(潮出版社の西田信男って人)、A、B、C、D、Eで、Aが公明党のシンパの雑誌編集者(創価学会員と思われる)、Bがネトウヨの代表格みたいな会社員、CとDが学生(森達也が教鞭を執る大学の学生)、Eは中道の契約社員というラインアップ。話のテーマは、安倍政権が進めようとしている憲法改変、集団的自衛権の問題、軍備と戦争、中国や韓国との関係、さらには死刑制度、オウム真理教などで、ネトウヨ代表のBが、あらゆるテーマに対して「いかにも」な反応をし、それに対して森が応酬するという構図になる。いやもちろんそれだけではなく、他の参加者もいろいろ意見を表明しているんだが、一番面白かったのはやはり森とBのせめぎ合いである。
 個人的には森達也自身に対してシンパシーは感じていないんだが、ネットにあふれるあまりに短絡的かつ身勝手なネトウヨ連中の論理には辟易しているんで、森に対しては「(ネトウヨを)もっといてもうたれ」くらいの感覚で読んでいた。テーマになっている事柄については森が非常に明解な考え方を持っていて、それに沿ってネトウヨの論理(大した論理性はないが)にきっちり反駁しているのは非常に良い。ネトウヨのB君は、反駁されたからといってもちろん意見を変えるようなそぶりは見せないが、第三者的に見ると論理はめちゃくちゃで、要は自分の心地良い見方でしか世界を見ていないということがわかる。森の論理については、感心する部分が非常に多く、なるほどと思う箇所も多かった。よくよく考えてみれば、本書でテーマになっている部分は森の専門みたいな領域が多く、森の土俵の上で相撲を取っているようなものである。もちろん森の論理がすべて正しいわけでなく、賛同できない部分もあるが、バランス感覚は優れているように感じる。
 森によると、ネトウヨ連中は思想的に右翼的というのではなく、単に集団化(「集団へのより強い帰属を求める現象」)の結果であるに過ぎないのであって、大勢が集まることで「「成敗せよ」とか「許すな」とか「やっつけろ」とか、一人では言えないことも口にできるようになる。多くの人が一緒に唱和するから、自然に声も大きくなる。でもそこに政治的なイデオロギーはほとんどない。あるのは大勢で同調したいとの衝動だけだ」ということらしい。そしてそれがオウム真理教の暴走とも共通しているという。
 またネット自体が、誰かまたは何かを叩くために適した媒体で「罵倒」を軸にした属性を持つというのも面白い視点である。そうすると今の安倍政権の右傾化もネット社会の言論を反映しているということになるが、こういう見方も目からウロコである。政府やマスコミが暴走するのも、それを望む大衆がいるからだという指摘は森によって再三行われているが、これもなかなか興味深い指摘である。
 全編対談ということで、正直とりとめがない印象があるが、それでも森による考察がさまざまな部分に反映されていて、森の他の本や映画も見てみたいと思わせる本だった。ということは対談で呼ばれた5人の若者は、どんな威勢の良いことを言っていても所詮は狂言回しに過ぎないということになる。それを思うと、こういうスタイルの本というのはちょっとずるいんじゃないか……とも感じる。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『死刑(本)』
竹林軒出張所『ぼくに死刑と言えるのか(本)』
竹林軒出張所『A(映画)』
竹林軒出張所『A2(映画)』
竹林軒出張所『FAKE(映画)』
竹林軒出張所『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔(本)』
by chikurinken | 2015-05-29 08:37 |

『最貧困女子』(本)

b0189364_82246.jpg最貧困女子
鈴木大介著
幻冬舎新書

日本の最下層社会

 日本の貧困にスポットを当てる本だが、この本で取り上げられるのは、売春でギリギリ食いつないでいるという究極の貧困状態に置かれている若い女性。
 彼女たちに共通するのは、3つの無縁(家族の無縁、地域の無縁、制度の無縁)と3つの障害(精神障害、発達障害、知的障害)であると著者は言う。なんでもこういった女性の多くに精神障害や発達障害が見られると言う。本来であれば行政の支援の対象になるべき存在であるが、彼女らの多くがこういった手続きを苦手としているという面もあり、その存在が行政担当者に発見されることすらなかなかないらしい。
 当然生きていくためには収入が必要になるので、多くは風俗業に走ることになる。風俗業が貧困女性のシェルターの機能を果たしていることは、これまでもあちこちで聞いたことがあったが、だがそれはある程度の容姿、知性を兼ね備えている女性の場合の話。容姿も知性も欠いた最底辺の女性は、たとえば面接にいったところで罵倒されて帰ってくるなどということもある。結果的にネットを利用した売春に走るというわけ。売春だと言っても非常に安い料金設定になっていて、結局その日暮らしに近い状態になるというのだ。
 この本では、何人かの最貧困女子がケーススタディとして取り上げられており、中には親から虐待を受け続けてやっと逃げ出したというような女性もいる(むしろそういったケースが多い)。一方で地縁を利用しながらも、風俗業でがんばっているような貧困女性も紹介されている。状況はさまざまで、だからこそすべてをひっくるめて一概にこうだと言うような言い方は問題がある。一部で言われる「貧困でも頑張っている人はいるし、貧困とか言ってる人間は自己責任」などの無理解な言動に対しても著者は不快感を示している。
 ともかく現状を知ってほしいという著者の主張が伝わってくる本で、巻末にはこの問題に対して、どのように取り組むべきか著者なりの回答を提示している。最貧困女子たちを含むセックスワーカーたちを社会学的な図式にして分類しているのも著者の真摯さと意欲を感じさせる。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『子どもの未来を救え(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『セーフティネット・クライシス vol.3(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『パーク・アベニュー 格差社会アメリカ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『コミック貧困大国アメリカ(本)』
by chikurinken | 2015-05-27 08:02 |

『アラビアンナイトを楽しむために』(本)

b0189364_7321093.jpgアラビアンナイトを楽しむために
阿刀田高著
新潮文庫

アラビアンナイトの格好の入門書
これで充足するのもアリだ


 ササン朝ペルシアのシャーリャル(シャフリアール)王はとあるきっかけで女性不信になり、それ以降、毎夜処女を後宮に呼びつけては夜伽をさせ、夜が明けるとその女性を殺すという残虐行為を続けていた。おかげで街中に処女がいなくなったが、大臣の娘シャーラザッド(シェヘラザード)がみずから夜伽役として名乗り出る。シャーラザッドは、シャーリャル王に面白い話を聞かせ「続きはまた明日」ということで、殺されることを逃れた。そしてこれを1001夜続け、結局シャーリャル王は女を殺すことをあきらめて改心し、このようなすばらしい女がいることに気付いて彼女を妻にすることを決める。そしてその1001回続いた話をまとめたのが「千夜一夜物語」つまり「アラビアンナイト」の話。もちろんこれは実話ではなく、この物語のコンセプトに過ぎない。
 この話をヨーロッパに最初に紹介したのはガランというフランス人で、アラブ世界に伝わる説話を集めた底本を翻訳したというのが大元ではないかということである(いわゆる「ガラン版」)。その後、さまざまな異版が作られ、新しい話がどんどん盛り込まれていって、随時ヨーロッパに翻訳されていった。そのため最初のガラン版では280夜程度だった(この時点では「千夜一夜」ではないのだ)のが、有名なバートン版(1888年刊)では1001夜を超えてしまって「補遺」まで出てきたらしい。
 やがてこの中から「シンドバット」や「アラジン」の話が日本でも童話として普及することになる。このお馴染みのアラビアンナイトの話を、一般向けに平易に書き直して紹介しようというのが本書で、語り部は子どもの頃からアラビアンナイトに馴染んでいたと言う阿刀田高。本書では全12編プラスαを非常にわかりやすい語り口で紹介しており、アラビアンナイトをつまみ食いするには格好の書である。ただしシンドバットやアラジンなどの非常に有名な話は収録されておらず、一般的にはあまり知られていない話ばかり。どれもスペクタクルな話ばかりだが、荒唐無稽なものが多く、中には枝葉の話が次から次に出てきてどれが幹の話だったかわからなくなるというものも出てくる。そういうのをひっくるめてアラビアンナイトだということだ。ただ阿刀田高の語り口は非常にうまく、話自体にも適度にツッコミが入ったりしていて読みやすい。実際のところアラビアンナイトは、全部読もうと思ったら相当な労力がかかる(ちくま文庫から出ている『バートン版 千夜一夜物語』は各巻600ページ以上で全11巻構成)ため、こういう形のダイジェストで紹介してくれるのは助かる。アラビアンナイトの入門書として接するのも結構、ダイジェスト版として接するのも結構というスタンスだと思うが、なかなかに有用である。個人的には『バートン版 千夜一夜物語』を呼んでみたい気もするが、6600ページを超える大著はどう考えても読了できるとは思えず、まあつまみ食いしても良いんだが、少々敷居が高いかなーと感じている。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『アラビアン・ナイト(映画)』
by chikurinken | 2015-05-25 07:32 |

『強いられた沈黙 前・後編』(ドキュメンタリー)

強いられた沈黙 前編後編
(2014年・米Morninglight Films/NakedEdge Films)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

アメリカは民主主義を放棄したのか

b0189364_8333577.jpg CIAやNSA(米国家安全保障局)などの不正について内部告発した結果、破滅に追い込まれた、あるいは追い込まれそうになった人々を追うドキュメンタリー。
 2001年9月11日の同時多発テロ以降、アメリカは対テロリズムで暴走を始め、一部の国には攻撃を仕掛け、他の国についてはそれに加担するよう迫り、また国内では監視体制を強めて不都合な人間を片っ端から追い込んでいった。あげくにCIAは拷問を当然のように行い、市民の通信についても当然のように傍受するようになった。
 そんな中、元CIA職員がCIAによる拷問の事実を告発したり、元NSA局員が国民監視プログラムについて公表したりという事件が起こった。かれらはもちろん、合衆国憲法の理念、つまり民主主義の理念に基づいてこういった行動を起こしたわけだが、当局はかれらに圧力をかけ全力でつぶしにかかった。彼らから仕事を奪い、家族や本人にも精神的な苦痛を与え続けるなど、あの手この手でかれらを破滅させるよう仕向けていく。終いには彼らを訴追することで多額の費用がかかるように仕向け、経済的にも破綻させるよう持っていく。権力を持っているものが個人をつぶすのは簡単で、どんな強靱な精神の持ち主でもあっけなく折れてしまう。だからこそ権力者が持つ力は、システムや法によって制限されなければならない。それが民主主義の理念である。
b0189364_834288.jpg ああそれなのにそれなのに、2001年以降アメリカの政府当局は暴走し続けており、それは今でも収まっていないのだ。オバマ政権になっても状況は変わらず(というより悪化しており)、2013年のスノーデン事件でもそれは明らかになった。このドキュメンタリーで取り上げられる3人の告発者の悲劇はまったく他人事ではなく、何かきっかけがあればいつでも自分の身に降りかかってくるような事件である。それは日本でも同様。3人のうちの一人はこのドキュメンタリー製作時点で懲役刑に服しているわけで、要はアメリカの政治システムが個人を弾圧するための手段として機能しているということになる。
 僕が若い頃、アメリカでは、報道機関が不正を働いた政府を倒すことさえできるという(ウォーターゲート事件)民主主義の理想みたいな見方さえされており、今のようなアメリカの姿はまったく予想さえできなかった。今のアメリカの姿は、行政システムも政治システムも途上国並みというのが実情である。不正を告発することさえ許されない。日本もアメリカと同じような道を辿っているが、個人的にはこういうことが身に降りかからないよう気をつけなければならないと考えさせられる。権力ってのは恐ろしいもんだとあらためて実感した。
トールグラス映画祭ゴールデンストランド賞、トラバースシティ映画祭特別賞受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『アメリカの新たな戦争 無人機攻撃の実態(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ターゲット ビンラディン(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『もうひとつのアメリカ史(5)〜(7)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『もうひとつのアメリカ史(8)〜(10)(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『福島原発の真実(本)』
竹林軒出張所『知事抹殺 つくられた福島県汚職事件(本)』
by chikurinken | 2015-05-23 08:34 | ドキュメンタリー

『魯山人 食と美の革命家』(ドキュメンタリー)

魯山人 食と美の革命家(1993年・NHK)
演出:小林千洋
脚本:岩間芳樹
出演:北村和夫、山本学、市原悦子

いけ好かない人間だが美意識は究極
それが魯山人


b0189364_832287.jpg 美食家、北大路魯山人の生涯を辿るドキュメンタリー・ドラマ。
 きわめて説明的なドラマではあるが、元々そういう趣向のもの(ドキュメンタリー・ドラマ)なので、それについて文句を言う筋合いのものではあるまい。魯山人の生涯が大雑把ではあるが丁寧に描かれていて、母親との関係をその中心に捉えているあたりが新しいのかなとも思う。全体的によくまとまっていた。
 魯山人は、元々書家で、その後中村竹四郎の協力で骨董屋を始める。骨董屋で客に振る舞っていた料理が評判になるが、これが会員制食堂「美食倶楽部」へと発展する。美食倶楽部では、自ら料理を作る他、それを盛るための焼き物も焼くという凝りようで、これが魯山人の美学の真骨頂ということになる。美食倶楽部はその後、星岡茶寮という料理屋に昇華し名を上げるが、魯山人自身は、その横暴さ、出費の多さから中村竹四郎から解雇される。
 生涯を通じ、容赦ない批判精神やその不遜さから敵が多く、理解者であった中村竹四郎とも袂を分かつことになるが、このドラマでは、そういったものが母への憬れから来ているという解釈をとっている。生涯何度も結婚、離婚を繰り返しているのもそれに由来している(らしい)。
 魯山人は北村和夫、盟友中村竹四郎は山本学が演じる。北村和夫の魯山人は適役で、風貌もどことなく似ている。かつての妻には市原悦子が扮し、ほぼナレーションとして参加する。先ほども言ったがドキュメンタリー・ドラマという性格上、内容もそれなりではあるが、魯山人の生涯が簡略にまとめられているため、彼の生涯を手っ取り早く俯瞰するにはとても良い番組である。また、魯山人が料理を盛るのに使った器がふんだんに出てくる他、星岡茶寮で出した料理も当時の料理長(松浦沖太氏)によって再現されるという凝りようで、魯山人の美意識を堪能できる。魯山人の弟子、平野雅章が監修しているのも信頼性を高めている。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『豪姫(映画)』
竹林軒出張所『幻の名碗 曜変天目に挑む(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2015-05-22 08:04 | ドキュメンタリー

『塀の中の自由 アフガニスタンの女性刑務所』(ドキュメンタリー)

塀の中の“自由” 〜アフガニスタンの女性刑務所〜(2012年・NHK他国際共同)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_8191613.jpg男どものバカヤロー

 アフガニスタンの女性刑務所を取材したドキュメンタリー。刑務所と言っても、入所者の多くは、普通の国であれば犯罪者に当たらない。なんせ暴力的な夫から逃亡したり強いられた結婚から逃げたりといった女性で、むしろ彼女らにとってはこの刑務所がシェルターのような働きをしている。この刑務所に入っていなければ、暴力的な家族から虐待を受ける可能性まであるというんだから。
 また、この刑務所内の環境も非常におおらかで、もちろん簡単に外には出られないが、中では好きなことがかなりできる。金を稼いでいる人もあり、子どもを育てている人もある。刑務官もフレンドリーである。まったくもってシェルターに他ならない。入所者ものびのびしていて、シャバに出ると殺されるかも知れないというのが唯一の不安である。
 しかしこういう人々にスポットを当てることで、アフガニスタン社会の閉鎖性や理不尽さが逆に浮かび上がってくる。もちろんアフガンにはアフガンなりの道徳観があるだろうが、一部の人間の都合で犠牲になる人が現れるのは決して健全な社会とは言えまい。こういう社会通念がタリバンを呼び寄せたのかどうかはわからないが、こういう非人道的な感覚は一掃されるべきだと思う。一方で、タリバン支配の痕跡みたいなものは画面からは感じられなかった。アフガニスタンも少しずつ良い方向に向かっていけば良いが……などと思いながら見ていた。なお、このドキュメンタリーにはナレーションはない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『タリバンに売られた娘(ドキュメンタリー)』
竹林軒『圧倒的な迫力、アフガン版ネオリアリズモ』
竹林軒出張所『祖国に幸せを(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『わたしが明日殺されたら(本)』
竹林軒出張所『アフガニスタンの少女、日本に生きる(本)』
by chikurinken | 2015-05-20 08:19 | ドキュメンタリー

『祇園・継承のとき 井上八千代から三千子へ』(ドキュメンタリー)

祇園・継承のとき 〜井上八千代から三千子へ〜(2000年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムアーカイブス

b0189364_818799.jpg家元の襲名、その舞台裏

 京舞の家元、四世井上八千代の孫、井上三千子が、井上八千代という名跡を継ぐ過程を追ったドキュメンタリー。
 京舞と言えば、祇園の「都をどり」の振り付けで有名で、祇園甲部の芸妓・舞妓の舞は京舞である。四世井上八千代は、僕が(バイトで)祇園に出入りしていた30年前からお見かけしていたが、なんだか怖そうで近寄りがたい雰囲気があった。その当時でもすでに80代、この番組の初回放送時点(2000年)ではすでに95歳で、さすがに体調面で不安を抱えているご様子。元気なうちに跡取りをはっきり決めておきたいということで、襲名に踏み切ったという。
 襲名する側の当の井上三千子の方は、まだまだ井上八千代を名乗る器ではないと思っていたようでしばらく逡巡していたが、八千代が元気なうちに極力その芸を受け継ぐ必要があると感じ、襲名を受け入れたという。名跡を受け継ぐのは大きな責任が伴うということが三千子の姿からうかがわれ、家の芸の重さについて思いをめぐらすことができる。
 番組ではハイビジョン映像が駆使されており、京都の四季の様子が美しく描かれる。また、井上八千代の過去の映像もふんだんに登場するため、井上八千代や京舞に関心のある向きには堪えられないんじゃないかと思う。僕自身は、こういうものにあまり関心がないため、終わりの方は少々飽きてしまった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『外国人が見た禁断の京都(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『祇園 女たちの物語 お茶屋・8代目女将(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『舞妓の反乱(本) 再録』
竹林軒出張所『祇園囃子(映画)』
竹林軒出張所『祇園の姉妹(映画)』
by chikurinken | 2015-05-19 08:19 | ドキュメンタリー

『大内延介九段 アジア縁台将棋紀行』(ドキュメンタリー)

素晴らしき地球の旅『大内延介九段 アジア縁台将棋紀行』(1995年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムアーカイブス

ボードゲームのルーツに迫る

b0189364_951711.jpg 1995年に放送された紀行番組。「旅人」は、タイトル獲得経験のある将棋棋士、大内延介九段で、旅のテーマは将棋のルーツを探すというものである。
 まず最初にインドに赴き、ボードゲームのルーツ、チャトランガを探しに行く。実際のところ、現在インドでチャトランガが行われることはあまりないということで、そのチャトランガがペルシアに渡りインドに逆輸入されたボードゲーム、シャトランジで現地の人々と対局する。対局を通じて現地の人々と交流を深めるというのもこのドキュメンタリーの主旨のようで、大内九段、気軽にどんどん人々の間に入っていき、対局を申し出たりする。ちなみにシャトランジはチェスにかなり似ていて、たとえばキャスリングなどというルールもあり、チェスはこのシャトランジをほぼそのままの形で継承したものではないかと推測できる。
 次に訪れるのはタイで、タイにはマークルックと呼ばれるボードゲームがある。これもシャトランジに似ているゲームだが、タイでも、大内九段、どんどん人々の中に入って対局していく。
 最後は中国で、ここでは象棋(シャンツィ)といういわゆる中国将棋を楽しむ。中国では象棋のエリート養成校や象棋全国大会を訪れるなど、ここでも随分活動的である。なおこちらでは、少年大会チャンピオン、全国大会の猛者と対局する。日本の将棋でも対局したりして、テレビの取材とは言え、ここまでやるかという勢いである。95年現在の中国が今よりずっと素朴なのも注目に値する。
 基本的に将棋のルーツ探しというコンセプトの番組ではあるが、実際に将棋のルーツが判明するわけでもなく、そういうのを期待するとガッカリするかも知れないが、シャトランジ、マークルック、象棋が実際にどのように行われるか、市民の間でどのように楽しまれているかなどが映像で見られるなど、資料的価値は高い。それに何より大内九段の人間性というか人なつこさが、良い感じで画面に映し出され、こういう紀行番組のキャラクターとしては持って来いだなと感じさせる。縁台将棋は古今東西で似たようなもので、そのあたりも興味深いところである。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『運命の一手 渡辺竜王 VS 人工知能・ボナンザ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『棋士VS将棋ソフト 激闘5番勝負(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『天才 ボビー・フィッシャーの闘い(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代(本)』
by chikurinken | 2015-05-18 09:05 | ドキュメンタリー

『愛の新世界』(映画)

b0189364_9213480.jpg愛の新世界(1994年・Gカンパニー)
監督:高橋伴明
原作:島本慶、荒木経惟
脚本:剣山象
音楽:山崎ハコ、かしぶち哲郎
出演:鈴木砂羽、片岡礼子、萩原流行、宮藤官九郎、阿部サダヲ、松尾スズキ、田口トモロヲ、武田真治、塩屋俊、鈴木ヒロミツ、杉本彩、下元史朗、荒木経惟、哀川翔

超異色のフーゾク映画

 風俗嬢の青春を描いた映画。主演のSMの女王様に鈴木砂羽(本作が主演デビュー)、ホテトル嬢に片岡礼子が扮する。
 特異な風俗の世界を丁寧に描いているため、考えようによってはちょっとルポルタージュ風ではあるが、いろいろと見所が多く、最初から最後まで楽しめる。ただし描かれている世界は一般人にとってはかなり異様で、それぞれの(風俗の)仕事のシーンがふんだんに出て来て、裸もたくさん出てくる。したがって映画にはR18指定が付いている。鈴木砂羽を撮った荒木経惟の写真も随所にモンタージュされて、特異な世界を演出している。
 この映画で描かれる風俗の客にはかなり奇妙な人間もあり、現代人って不思議な存在だなーなどと妙に感心したりする。中でもSMクラブに足繁く通ってくる「澤登」という客を演じる萩原流行の演技は絶品で、これは彼の代表作と言って良い。鈴木砂羽も非常にキョーレツな役どころで、この映画を公開時に見て以来、僕の中では鈴木砂羽は怖いヒトで通っていた。96年にNHKで放送された山田太一のドラマ『家へおいでよ』に出て来たときも、なんだかミステリアスな役柄だったが、この映画の影響もあり「コワイ」という印象が強かった。
 この映画、風俗業界の怪しい世界が描かれていて、本来であれば僕のような普通の人間にとってはあまり楽しくなく、「青春映画」という捉え方はなかなかできにくいと思うが、なんと言っても、劇中に流れる山崎ハコの歌が爽やかで「青春映画」であることを再定義するんである。なお劇中で流れる歌は「今夜は踊ろう」(アルバム『十八番』に収録)と「私が生まれた日」の2曲。エンドロールでは鈴木砂羽の子ども時代の映像(おそらく8mmで撮ったもの)のバックに「私が生まれた日」が流れ、これがまた泣かせる。愛にあふれた歌で、世の中にはいろいろな人間がいるがどういう人間であっても彼らの人生を肯定的に捉えられる……というような気持ちになる。
 円画に登場する劇中劇では劇団『大人計画』が協力しているそうで、松尾スズキの他、今をときめく宮藤官九郎や阿部サダヲが劇団員として登場してくる。荒木経惟も写真家の役で(ドキュメンタリー風に)登場。婦人科医の鈴木ヒロミツ、SM客の下元史朗も最高。途中出てくる「Jリーグのチケット付けろ!」などというセリフが当時の世相を反映していて面白い。また女王様の仕事を「セラピスト」と言いのける主人公の感覚も脱帽である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『山崎ハコ「十八番」(CD)』
竹林軒出張所『新版「ざんげの値打ちもない」』
竹林軒出張所『東京日和(映画)』
竹林軒出張所『家へおいでよ (1)〜(6)(ドラマ)』
by chikurinken | 2015-05-16 09:22 | 映画