ブログトップ | ログイン

竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

<   2014年 12月 ( 19 )   > この月の画像一覧

2014年ベスト

 今年も恒例のベストです。例年どおり「僕が今年見た」という基準であるため、各作品が発表された年もまちまちで、他の人にとってはまったく何の意味もなさないかも知れませんが、個人的な総括ですんで、ひとつヨロシク。
(リンクはすべて過去の記事)

b0189364_7225434.jpg今年見た映画ベスト5(67本)
1. 『炎628』
2. 『細雪』
3. 『山椒大夫』
4. 『プライベート・ライアン』
5. 『もうひとりのシェイクスピア』

 今年も再見の映画が2本。昨年同様、過去見て感心した映画を生きている間にもう一度見ておこうという意識が働いているわけ。
 『炎628』は絶版だったDVDが今年再版されたため20年ぶりに見ることができた。ソビエト映画らしく無骨な映画ではあるが、虐殺にあう側から撮られたシーンがどれも強烈で、戦争を膚で感じさせてくれる傑作である。
 戦争を膚で感じられるといえば『プライベート・ライアン』も同様で、臨場感のあるシーンが次々に繰り出されるが、結局は予定調和なヒューマニズムに落ちついてしまう。そのあたりはハリウッド映画の限界か。
 『細雪』も見るのは二度目で、映像の美しさも相まって空気感が大変心地良い。何度も目にしたくなる、と言うか体感したくなる映画である。
 『山椒大夫』は元祖『グラディエーター』と言えるようなストーリーで、細部までしっかり作られていて往年の大映映画のパワーを感じられた。
 『もうひとりのシェイクスピア』も細部までしっかり作り込まれているという印象が強く、当時の風俗の再現がすばらしい。しかも「シェークスピア別人説」を実にさりげなくドラマに盛り込むなど見所が非常に多い作品だった。

b0189364_824789.jpg今年見たドラマ・ベスト5(33本)
1. 『王様のレストラン』
2. 『アオイホノオ』
3. 『夏子の酒』
4. 『再会』
5. 『俺のダンディズム』

 こちらも再見のドラマが多い。『王様のレストラン』と『夏子の酒』は90年代屈指のドラマなんで、僕としては今さらなんだが、特に『王様のレストラン』は何度見ても飽きないんで、やはりトップに据えるべきかなと思う。
 『再会』は、10年以上前に放送された山田太一のドラマで、これも今回で見るのは三度目だが、登場人物の心理が非常にうまく描かれているだけでなく、セリフのおかしみが秀逸で、傑作ドラマの1本である。
 今年放送されたドラマの中では『アオイホノオ』が最高で、これは島本和彦のマンガが原作のドラマだが、マンガ的な面白さをそのまま映像化し、そこにさらにドラマ的な面白さもこれでもかと盛り込んだ福田雄一の演出が光る。遊びの要素も非常に多いが、それでいて青春のほろ苦さや他人の才能に対する驚きや嫉妬まで描かれていて、アメリカ映画の『ラストショー』や『アマデウス』の要素までが盛り込まれている。そういう点でも、原作をはるかに超えているという印象である。
 同じくテレビ東京の深夜枠で放送された『俺のダンディズム』もよくできていて、基本的にはカタログ的な番組でありながら、十分楽しめるドラマに仕上げたスタッフの腕力に感心する。いずれにしてもテレビ東京の深夜枠からは目が離せない。

b0189364_7563258.jpg今年読んだ本ベスト5(80冊)
1. 『悪童日記』
2. 『英国一家、日本を食べる』
3. 『白文攻略 漢文法ひとり学び』
4. 『漫画・日本霊異記』
5. 『全国アホ・バカ分布考』
番外. 『ミツバチの会議』

 『悪童日記』は無類の面白さで、小説の面白さが凝縮されている。文体自体も凝縮されたようなシンプルなもので、大変魅力的である。
 『英国一家、日本を食べる』は、英国人ジャーナリストの日本食見聞記であるが、潜入している先が相撲部屋であったり「ビストロスマップ」の収録現場であったり、日本人でもなかなか入り込めないような場にしなやかに赴いて日本人の食を探るという試みが非常に興味深い。英国人らしいユーモアあふれる記述も魅力的で、電車の中で読んでいて思わず笑ったという箇所もある。続編『英国一家、ますます日本を食べる』(といっても元は1冊の本だが)もお奨め。
 『白文攻略 漢文法ひとり学び』は、前にも書いたが、受験生時代にこういう本があったらよかったのにと思うような本で、漢文入門書の定番となるべき本である。もう一度漢文を勉強し直したいという人に最適の一冊である。
 『漫画・日本霊異記』は、日本最古の説話文学『日本霊異記』をマンガ化したものだが、原作のどぎつさをとぼけた味の絵が中和して、独特の世界を作っている。『日本霊異記』を原作で読んだだけではなかなか気が付きにくい要素を巧みに翻案しているという点でポイントが高い。原作に内在するような日本人の性に対するおおらかさも感じられる。
 『全国アホ・バカ分布考』は、テレビ番組『探偵!ナイトスクープ』のネタが元になっているが、同番組のプロデューサーがこれをさらに進めて「アホ・バカ」などの罵り言葉に方言周圏論が適用できることを示した快著である。同時に方言学の素人である著者から見た方言学の現状までがわかるようになっており、そういう点でも大変興味深い。しかも「アホ」や「バカ」の語源にまで追究するという姿勢は、到底「素人の書いた方言学の本」と言えない凄みがある。
 『ミツバチの会議』は、内容的には非常に興味深いものだったが、翻訳がひどく、大変読みづらかったために「番外」とした。地道な観察と実験によって、ミツバチの分蜂が民主的な手順で行われていることを示した研究は学術的に見ても画期的で、いずれそれなりの地位を占めるだろうと思うが、それほどの本なのにこの翻訳はないだろうと思う。出版社にも配慮がほしいところである。

今年見たドキュメンタリー・ベスト5(53本)
1. 『精進料理大全 〜大徳寺 禅と茶 もてなしの心〜』
2. 『若きビジネスマンが挑んだ農業再生550日』
3. 『辞書を編む人たち』
4. 『カラーでよみがえる東京』
5. 『ヒトラー 権力掌握への道 前後編』

b0189364_8454577.jpg どれもNHKで放送されたもので、『若きビジネスマンが挑んだ農業再生550日』、『辞書を編む人たち』がETV特集、『カラーでよみがえる東京』がNHKスペシャル、『ヒトラー 権力掌握への道 前後編』がBSドキュメンタリーである。といっても『カラーでよみがえる東京』、『ヒトラー 権力掌握への道』はどちらも古い映像に着色してカラー化するという企画から生まれたドキュメンタリーで、他にも『カラーでよみがえる第一次世界大戦』も同じコンセプトの番組である(これも見応えがあった)。『若きビジネスマン』は、前にたまたま読んでいた『マイファーム 荒地からの挑戦』で、『辞書を編む人たち』の方はドキュメンタリー『ケンボー先生と山田先生』や映画『舟を編む』でそれぞれ触れていた世界だったため、見る前から関心があった分野である。ただそれぞれのドキュメンタリーは、そういった既知の素材をさらにいっそう面白くしていて、やはり現実というのは一筋縄でいかない、百聞は一見にしかずだなとあらためて感じさせる番組になっていた。製作者の力量を感じた2本だった。
 『精進料理大全』は、これはもうアーカイブとして絶対に残しておきたいドキュメンタリーで、DVD化してほしい素材である。短いドキュメンタリーではあるが、精進料理の精神に触れることができる貴重な番組である。

 というところで、今年も終了です。今年も1年、お世話になりました。また来年もときどき立ち寄ってやってください。
 ではよいお年をお迎えください。

参考:
竹林軒出張所『2009年ベスト』
竹林軒出張所『2010年ベスト』
竹林軒出張所『2011年ベスト(映画、ドラマ編)』
竹林軒出張所『2011年ベスト(本、ドキュメンタリー編)』
竹林軒出張所『原発を知るための本、ドキュメンタリー2011年版』
竹林軒出張所『2012年ベスト』
竹林軒出張所『2013年ベスト』
by chikurinken | 2014-12-30 09:12 | ベスト

『雷獣』(ドラマ)

雷獣(1990年・TBS)
演出:鈴木利正
原作:立松和平
脚本:砂田量爾
音楽:加古隆
出演:奥田瑛二、原田美枝子、杉浦直樹、大滝秀治、森本レオ、田島令子、角野卓造、鷲尾真知子、七尾伶子、斉藤洋介、田山涼成、不破万作

手堅く作られたドラマだが
犯行の動機に今一つ説得力がない


 立松和平の小説が原作のドラマで、非常に端正に作り込まれている。この時代のドラマの水準の高さがわかるというもの。
 ストーリーは立松和平らしく農業後継者の問題を扱ったものだが、そこに幼児殺人事件が絡んでくる。正直、この幼児殺人事件はとってつけたような印象が最後まで残るが、先ほども言ったようにドラマの作りが非常にしっかりしているので、あまり気にはならない。
 キャストにもうまい人ばかりを並べており、こういった名バイプレーヤーを活かした演出も光っている。脚色もよくできている。こういうドラマはもっと脚光を浴びても良いような気がするが、あいにくまったく知られていないし、僕自身も存在すら知らなかった。地上波でももっと積極的に取り上げた方が良いんじゃないかと思う。
★★★☆
by chikurinken | 2014-12-29 08:52 | ドラマ

『ナンシー関のいた17年』(ドラマ)

ナンシー関のいた17年(2014年・NHK)
NHK BSプレミアム プレミアムドラマ
演出:戸田幸宏
脚本:戸田幸宏
出演:新山千春、安藤なつ、木南晴夏、中村靖日

b0189364_8465253.jpgナンシー関の意外な一面が

 消しゴム版画家、ナンシー関が死んですでに10年以上経っているが、そのナンシー関のドラマがついに作られることになった。
 ナンシー関というと、消しゴム版画とあわせて非常に辛口のコラムも書いていたんで、相当世をすねたシニカルな人で友達なんかもいないんだろうと思っていたんだが、このドラマによると、素顔のナンシー関は、意外に友達、姉妹思いだったという。あのコラムの姿勢は、あくまで仕事という立場でとられていたものだという、このドラマによると。
 ナンシー関のコラム自体は、僕自身かなり長いこと目にしてきたが、「ほとんど悪口のレベル」という印象で、個人的にはあまり好きになれなかった。ただし消しゴム版画については別で、こちらはスキルも高いしなかなか面白いと思っていた。コラムなしで消しゴム版画だけというわけにはいかなかったんだろうが、コラムに見られるあのいきった感じがどうにも好きになれない。したがって、このドラマで展開される素顔のナンシー関は意外過ぎるほど意外であった。
b0189364_848216.jpg ドラマ自体は、素顔のナンシー関を披露したという以外あまり見所はない。おそらくそういうような部分がこのドラマのテーマであり見所なんだろうとは思う。その証拠に、(編集者時代にナンシー関を「発見」した)いとうせいこうや(長い間ナンシーと対談企画を持っていた)リリー・フランキー、かつての担当編集者らがインタビューで登場し、素顔のナンシー関について語っていた。生前の、人間としてのナンシー関を明らかにしようという意図は見て取れる。確かにそういう目的は達成できているが、まあしかし、それだけではある。
 最後にナンシー関のコラム風のタッチでこのドラマ自体を茶化した(ドラマに出てくるナンシー関自身がこのドラマを批評する)のは自虐ネタ風でポイントが高かった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『忌野清志郎 トランジスタ・ラジオ(ドラマ)』
竹林軒出張所『チェルノブイリの真相 ある科学者の告白(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ダンナ様はFBI(ドラマ)』
竹林軒出張所『未解決事件File. 02 オウム真理教(ドキュメンタリー』
竹林軒出張所『手塚×石ノ森 ニッポンマンガ創世記(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2014-12-27 08:49 | ドラマ

『婉という女』(映画)

b0189364_8593953.jpg婉という女(1971年・ほるぷ映画)
監督:今井正
原作:大原富枝
脚本:鈴木尚之
出演:岩下志麻、北林谷栄、山本学、北大路欣也、江原真二郎、河原崎長一郎、緒形拳、中村賀津雄、楠侑子、長山藍子、岸田今日子

「幽閉」生活のリアル

 野中婉の半生を描いた映画。
 野中婉という人は、江戸時代初期に土佐藩の家老を務めた野中兼山の娘である。野中兼山は土佐藩の家老として腕をふるったが、その後失脚し、そのために野中家は幽閉され、数十年の間外部との接触が一切断たれる。野中婉も4歳から40代になるまで幽閉生活を送るが、その後野中家は許され、普通の生活に戻る。その野中婉が見た、幽閉中の家族の不幸や葛藤、幽閉後の生活などを描くことで、政治によって翻弄される市民、異常な環境下に置かれた女の性などがあぶり出される。原作は、大原富枝の同名小説である。
 監督は日本映画界の巨匠、今井正。キャストも豪華メンバーで、映画は全編正攻法に展開する。奇抜な演出はなく、原作の持つ味わいをそのまま出そうという意図が見受けられる。話はおおむね幽閉時と幽閉後の2つに分かれているが、前後の途絶感はあまりなく、割合うまくまとまっている。原作小説を映像という形で正確に再現したというような、そういう映画である。ただし、原作小説に見られるようなシニカルな描写は比較的少ない。
★★★☆

参考:
参考
竹林軒出張所『にごりえ(映画)』
竹林軒出張所『米(映画)』
竹林軒出張所『喜劇 にっぽんのお婆あちゃん(映画)』
by chikurinken | 2014-12-26 08:59 | 映画

『米』(映画)

b0189364_8284449.jpg(1957年・東映)
監督:今井正
原作:八木保太郎
脚本:八木保太郎
撮影:中尾駿一郎
美術:進藤誠吾
出演:江原真二郎、中村雅子、望月優子、木村功、中原ひとみ、山形勲、加藤嘉

見るのがつらくなるリアリズム映画

 名匠、今井正のリアリズム映画。戦後日本の農村の暗い側面があぶり出される。木下恵介の『日本の悲劇』を彷彿とさせる暗さだが、よくよく考えると、リアリズム女優、望月優子がその暗さを一身に背負っているという共通点がある。
 映画はとにかく暗く、貧困にあえぐ民衆を執拗に責め立て続けるが、随所に映し出される映像には、農村風景や漁の様子など、江戸時代から綿々と続いている平和的な営みが映し出されていて、非常に美しい。そのためにいっそう、厳しい現実が浮かび上がるという寸法なのか。また、清純な印象のラブシーンなどもあるが、これなども厳しい現実と好対照をなしていて、かえって痛ましい感じさえする。
 この頃、本家イタリア同様、日本でも現実を照射するこういった類のリアリズム映画が多数作られていて、それぞれ高評価を受けているが、これも当時の敗戦後の厳しい世相を反映したものなんだろうと思われる。この映画など、映し出される現実が非常に厳しいので、見る側の状態が良いときでないと結構ダメージが大きい。今回、評価の高い名画という以外、何の先入観もないまま見たが、僕の場合見るタイミングが悪かったと言える。結構ダメージが残った。
1957年キネマ旬報ベストテン第1位、ブルーリボン賞作品賞受賞
★★★☆

参考
竹林軒出張所『日本の悲劇(映画)』
竹林軒出張所『にごりえ(映画)』
竹林軒出張所『喜劇 にっぽんのお婆あちゃん(映画)』
竹林軒出張所『にあんちゃん(映画)』
竹林軒出張所『路傍の石(映画)』
by chikurinken | 2014-12-24 08:29 | 映画

『ふたりの証拠』(本)

b0189364_12252042.jpgふたりの証拠
アゴタ・クリストフ著
ハヤカワepi文庫

その後の『悪童日記』

 アゴタ・クリストフの『悪童日記』に続く第2弾。主人公の双子のうち1人(リュカ)が主人公で、前作の終了時点から話が始まる。
 舞台は前作同様ハンガリーの国境の町で、第二次大戦後以降続いたソヴィエト主導の共産主義時代が背景になる。途中ハンガリー動乱も起こり、民衆の視点から見た政治動乱もあわせて描かれるのが、前作と共通した特徴と言える。
 主人公のリュカは、さまざまな女性や友人と出会っていき、前向きな生き方もしていくが、作品全体にどこか乾いた暗さが漂う。主人公にもどことなくシニカルな雰囲気が漂っているが、このあたりは前作と共通である。おそらく作者自身が膚で感じた当時の時代の空気がここに反映しているんではないかと思う。
 ストーリーはめくるめくような展開で、しかも前編同様短い文章の積み重ねで読みやすいため、どんどん読み進められるが、最後の最後はクエスチョンマークが残るような不思議な結末を迎える。作者自身続編を書くことを前提にしていたのかも知れないが、ちょっと納得がいかない終わり方である。『悪童日記』の後、この『ふたりの証拠』と『第三の嘘』が出版され、それぞれが続きものになっていて三部作などと呼ばれているが、この謎の終わり方は、おそらく次の『第三の嘘』で解消されるんだろう。面白い話ではあったが、さすがに『悪童日記』ほどのインパクトはなかった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『悪童日記(本)』
竹林軒出張所『悪童日記(映画)』
竹林軒出張所『第三の嘘(本)』

by chikurinken | 2014-12-23 12:25 |

映画館の進化

 個人的には30年ほど前から映画をよく見るようになったんだが、映画館には当初から大変不満を抱いていた。
 1つには、イスが悪いと言うこと。両隣と肘掛けを共有しているために、隣に厚かましい人間が座ったら肘掛けはその人間に独占される。肘掛けくらい良いじゃないのと思うかも知れないが、厚かましい人間が得をしているようで理不尽な感じがつきまとう。ということになると、こちらも対抗して肘掛け奪取に動くと、これはもう映画の内容どころではなくなって、何をしに映画館に足を運んだんだかわからなくなる。結局、馬鹿な人間と肘掛けの取り合いをしただけで、不快さだけを身体の中に残して劇場を後にする。こういうことは実はたびたびあった。せめて肘掛けをそれぞれの座席に1セットずつ配備したらどうだとずっと感じていた。
 また、イスの前後の間隔が狭すぎるのも問題である。後ろの人間が動くと足が自分の椅子に当たって不快になる。少しくらいだったら気にしないが、たまにやたらイスにガツガツ足を当ててくる客がいて、一度「椅子を蹴らないでくれ」と文句を言ったことさえある。もっともそんなことを言ったりしたら、その後は映画どころじゃなくなるんで、何しに映画館に来たんだかわからなくなる。
b0189364_9272586.jpg さらに、これは名画座でよくあった話だが、上映中にタバコを吸う客や、これも上映中に内容についてしたり顔で語る客(こういう連中は「客」と呼ぶことさえはばかられる)、上映途中から入ってきて、すぐ近くに座り、傍若無人(椅子を蹴る、タバコを吸う、肘掛けを奪うなど)の行為に及ぶ者など。上げたら切りがないほどだ。そういうわけで、僕は映画館から足が遠くなっていった。家でビデオを見られるようになったことも大きい。少なくとも客が殺到するような映画は、よほどのことがない限り行かなくなった。僕のようなコアなファンが行かなくなるんだから映画館が斜陽化するのは明らかで、地方の劇場がどんどん減っていったのは皆さんご承知の通り。
 横浜に住んでいたときにちょくちょく通った近所の二番館もご多分に漏れず客入りが少なく、その後潰れたんだが、客が少なかったために、さっき書いたような周囲の客とのトラブルが逆になくて、居心地は意外に良かったってんだから皮肉なものだ。実際、客が僕1人だったという貴重な経験は、この劇場でしか経験していない。つまり僕1人のために、映写機を使って一般の劇場空間で上映されていたのであるから、これはある意味最高の贅沢と言って良かろう。
 当時から僕が主張していた優れた映画館の条件というのは、他の観客のことが気にならずに快適な環境でスクリーンに集中できることで、そのためにはイスの改善、システムの改善、劇場空間の改善が不可欠だった。これについては実は大学のレポートで書いたことがあって、当時の僕の悲願だったんだが、あいにくこういったすべての条件を満たした劇場は今までなかった。
 とは言っても、娯楽産業の方も多少工夫を凝らすようになって、総入れ替え制にして途中入場禁止にするとか、飲食禁止にするとか、イスを豪華にするとか、それなりの工夫が見られるようにはなっているが、それでも客の試聴環境に配慮した劇場は皆無と言って良い。

b0189364_8403229.jpg で、いよいよ本題。先日、近場にできた超豪華映画館に行ってみた。その名も「グランシアター」! 文字通りグランなシアターである。入場料もグランで2,500円と少々お高くなっているが、ワンドリンク付きで、イスが「全国初の全席電動フルリクライニングシート」と来ている。僕としては、「フルリクライニングシート」には別に大した感慨はないが、それぞれの座席に肘掛けが1セットずつ付いているという事実に着目したわけで、これは是非一度自分で体感してみなくてはと思ったのだ。もちろん今の僕には、こういう贅沢を堪能するような余裕はなく、招待券をもらったんで出向いたわけなんだが。
 あらかじめ劇場の情報を調べると、お金をもらっても見たくないような類の映画ばかりがかけられていて気乗りしなかったんだが、『ショート・ターム』という(どちらかと言うと)ミニシアター系の映画が昼間に唯一かけられていたんで、これを見に行くことにした。付け加えておくと、この劇場はシネコンの一部であるため、他のスクリーンとの間でいろいろな作品が持ち回りされている。だからたとえばこのグランシアターに1日中とどまっていると、毎回違う映画を見られる可能性もある。ただこの劇場には全部で46席しかないという話なので、ちょっと早めに行かないと満員で入れないかも知れないという危惧もある。
b0189364_8412597.jpg ここまで下調べをした上で劇場に赴く。到着すると、シネコンらしく豪華な受付カウンターがしつらえられており、そちらで入場の手続きをする。全席指定ということになっていて、ここでモニターを見ながら席を指定できるようになっている。当初危惧したようなことはまったくなく、僕が入場する時点で占有されている座席は1つだけだった。そのまま劇場に入ると、ロビー(「ラウンジ」と呼ばれている)にもソファーがしつらえられており、バーのようなカウンターもある。ここで飲み物をオーダーすることになっており、上映開始までロビーで飲み物片手にくつろげるという算段になっている(先ほども言ったがワンドリンク付き)。僕は「白桃ピューレソーダ」というちょっとおしゃれかつ不思議な名前の飲み物を注文した(これがまた結構美味だったのだ)。劇場内にも持ち込めるようになっている。
 そしてついに、肘掛けが1セット揃ったイスを目にすることになる。でわかったのは、これは従来の映画館のイスの概念とまったく違うということで、言ってみればソファみたいなものだということ。いちおう2脚ずつ接してはいるが、それぞれのイスはほぼ独立している。「フルリクライニング」のシステムも予想以上に快適だ。イスには飲み物を入れるドリンクホルダーも付いているので、上映中飲み物をひっくり返すなどということもあまりあるまい。非常によく考えられている。特に目を引いたのは、前後の席との間にかなり広い空間が空いていることで、1列ずつほぼ完全に独立しているような印象である。前に座っている人間の頭すらほとんど見えないくらい距離が確保されておりかなりの段差もある。ボックス席であるかのような錯覚すら受ける。このように、イスについてはまったく申し分なく、理想に近い劇場と言うことができる。
b0189364_841113.jpg 唯一の難点は、スクリーンと最前列のイスがやや近いことで、最前列に座ると少し疲れるかもしれないという印象を持った。とは言え、リクライニングで寝そべって見ればかえって楽しいかも知れないし、アクション映画なんかだと、スクリーンに近いことでかえって臨場感が増すかもしれない。値段にしてみても高いと感じるかも知れないが、一般のロードショー館でも1,800円であることを考えると、500円弱の値段のドリンクが付いているわけで、それほど高すぎるという感覚もない。イベント感覚で行けば十分元が取れるんじゃないだろうか。
 さて、当初危惧していた客の入りなんだが、僕ともう一人の客以外結局入ってこなかった。最後まで2人で貸し切り状態で、しかも、僕の少し前の列に座っていたその客が視界に入ることもほとんどなく、その客がいることすら意識されることはなかった(先ほども言ったように、後ろからは前の客の頭がほとんど見えない)。ましかし、客が2人なら僕としては従来型の映画館でも全然問題なかったんだが……などと思いながら、帰路についたのだった。しかしこんな街中にシネコンができた日にゃ、周辺のロードショー館は廃業するしかあるまいな……とも思う。あるいは思い切って劇場空間を改装しお客様最優先の空間にしたら特徴が出せて客を呼び戻せるかも知れない。いずれにしても今までの映画館が客をないがしろにしすぎていたのは事実である。どこの映画館も生き残りをかけて発想の転換を図ってもらいたい……と勝手なことを書いて締めることにする。

参考:
竹林軒ネット『映画を所有するぜいたく』
竹林軒出張所『映画の見方、その変遷』
竹林軒出張所『日本映画の「文革のようなもの」』
竹林軒出張所『昨日、悲別で (1)〜(13)(ドラマ)』
竹林軒出張所『ショート・ターム(映画)』
by chikurinken | 2014-12-22 08:42 | 日常雑記

『ショート・ターム』(映画)

b0189364_8261525.jpgショート・ターム(2013年・米)
監督:デスティン・ダニエル・クレットン
脚本:デスティン・ダニエル・クレットン
出演:ブリー・ラーソン、ジョン・ギャラガー・Jr、ケイトリン・デヴァー、ラミ・マレック、キース・スタンフィールド

現代社会の歪みを照らし出す!
ドキュメンタリーのような素材


 アメリカの青少年短期滞在施設(ショート・ターム)が舞台の話。この施設には、虐待やネグレクトを受けた青少年たちが入所しているが、所内でもいろいろ問題を起こしたりする。そういった施設に勤めるのが主人公のグレイスで、難しい環境で育った子どもたちに対峙しているんだが、実は自分の方も問題をかかえていて、子どもたちの問題と自分の問題とがシンクロしながら話が進んでいく。こうして現代社会の歪みが照らし出されていくという寸法である。
 なんでも、この映画、監督の実体験が基になっているということで、そのせいか全編無駄に大げさな表現はなく、割合淡々と進んでいく。本来ならばドキュメンタリーで取り上げられるような素材であるが、1本のストーリーとしてうまくまとめられており、劇映画としての質は高い。
 今回僕は劇場で見たが、劇場でなければならないというタイプの映画ではなく、むしろDVDなどでゆっくり味わいながら鑑賞する方が良いのかという気もする。
ロカルノ国際映画祭2013最優秀主演女優賞、SXSW映画祭2013最優秀審査員賞受賞
★★★☆
by chikurinken | 2014-12-20 08:28 | 映画

『悪童日記』(映画)

b0189364_23235654.jpg悪童日記(2013年・独ハンガリー)
監督:ヤーノシュ・サース
原作:アゴタ・クリストフ
脚本:アンドラーシュ・セケール、ヤーノシュ・サース
出演:アンドラーシュ・ジェーマント、ラースロー・ジェーマント、ピロシュカ・モルナール、ウルリク・トムセン、ウルリッヒ・マテス、ジョンジュヴェール・ボグナール

映画版も見た

 原作を読んでから映画を見ると、当然のことながら原作のイメージとの差にガッカリするもので、本来であればそういう映画についてあまりコメントすべきではないということは重々承知の上で、今回ちょっと語ってみようと思う。
 映画自体は、原作に割合忠実にストーリーを追っており、映画化作品としてはよくできている部類に入る。それに、原作の舞台になったハンガリー郊外の風景を目にすることができた点も良かった。原作を読む場合は、どうしても自分のイメージで想像せざるを得ないので、こういった風景を映像で知ると、続編を読むときに助けになるというもの。
 ただ、映像化するんで仕方ないんだが、描写があまりに具体的かつ赤裸々になっていて、少々生々しすぎるという印象はある。文章で読むと、こういった生々しさは軽減される。というより、原作者のアゴタ・クリストフが意図的にそういう軽めの表現を使っているとも考えられる。原作の文章はどれも短くリズム感があって軽快で、それが主人公の前向きさや正義感と響き合って心地良い読後感を生み出していた。当然そういうものは映像では描きようがない。製作者側も、映像が引き起こす生々しさを知っていたのか、どぎつい性的なシーンが除かれていたりする。要は、原作があまりに優れていれば映像化はきわめて難しいということだ。そういう条件の中で、ストーリー的な要素をこれだけしっかり映像化できたことは十分評価に値すると思うが、個人的には、一種の諦観のような、なんだか居心地の悪い後味が残った。それに映画版が反戦的な要素を強調しすぎているようなきらいもある。ことさら強調しなくても、そういう要素は原作の中に十分あると思うんだが。
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭グランプリ受賞
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『悪童日記(本)』
竹林軒出張所『ふたりの証拠(本)』
by chikurinken | 2014-12-18 07:23 | 映画

『悪童日記』(本)

b0189364_7563258.jpg悪童日記
アゴタ・クリストフ著
ハヤカワepi文庫

掛け値なしに面白い

 第二次大戦中のある国(文中では明示していないがハンガリー)の話。主人公である双子の少年が<大きな町>(文中では明示していないがブダペスト)から国境沿いの<小さな町>(文中では明示していないがクーセグという田舎町がモデルだそうだ)に連れてこられた。彼らの母親が子どもたちを<大きな町>から疎開させるために、その母親(つまり主人公にとっては祖母)の元に連れてきたのである。この祖母は、夫を毒殺したという噂がある、癖のある老婆で、当初は少年たちの受け入れを拒否し、彼らにつらく当たりながら重労働を強いるが、少年たちの方もしたたかで、この老婆の扱いに慣れてきて次第に<小さな町>での生活にも慣れてくる。主人公の少年たちは、困難な時代を生き残るため、自分たちにも厳しく対峙し日課として訓練や学習を自らに強いる。そして彼らは国語の学習の目的で日記を書き始める。このときに日記として書かれたものが実は本書という設定である。
 この話の時代背景となっているのが、第二次大戦末期から大戦終結後である。その間、彼らの町には当初はドイツ軍(文中では明示していない)の部隊が進駐しているが、やがてソビエト軍(こちらも文中で明示していない)の部隊が進駐してくる。それに伴い、町の周囲が鉄条網で囲まれるなど、非常に物々しい雰囲気になる。このあたり、町の空気感がうまく表現されていて臨場感がある。そんな中、主人公の少年たちは、拷問にあったり、奇妙な経験をしたりするが、一方で平然とゆすりや泥棒を働いたりする。ただ、こういった反社会的な行為が、ことごとく人道的な動機から行われているため、まったく不快な気はしない。何もかもが、戦争のせいでいびつに歪んでいて、このような状況に陥っているということが淡々と描かれる。あわせて描かれる少年たちの強さも大変心地良い。
 著者は、幼少時ハンガリーで過ごし、やがてスイスに亡命したアゴタ・クリストフ。1986年にこの作品を発表して、一躍名前が知られるようになった。そのあたりの事情は『文盲 アゴタ・クリストフ自伝』で語られている。この『悪童日記』にも続編があるらしく、そちらもいずれは読んでみたいと思わせるような充実した作品だった。現在、この作品を原作にした映画が日本でも公開されているらしい。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『悪童日記(映画)』
竹林軒出張所『ふたりの証拠(本)』
竹林軒出張所『第三の嘘(本)』

--------------------------

 以下、以前のブログで紹介した『文盲 アゴタ・クリストフ自伝』に関する記事。

(2006年5月1日の記事より)
b0189364_7584339.jpg文盲 アゴタ・クリストフ自伝
アゴタ・クリストフ著、堀茂樹訳
白水Uブックス

 『悪童日記』で有名な(らしい)ハンガリー人の作家、アゴタ・クリストフの自伝的エッセイ集。
 ハンガリー時代の貧しい幼年時代、亡命による移民生活、作家になるまでの過程などが平易な文章でつづられている。
 子供時代、一種の活字中毒者だった著者が、スイスに亡命することになり、母国語に接する機会がなくなって、活字がいっさい読めない生活を送らざるを得なくなった(フランス語が読めないために「文盲」になったのだ)。その波乱万丈な生き方に驚きもし、そういった苦難に負けずに強く生きようとする姿勢に感心しもする。
 『悪童日記』を超える作品を書けなくなったために新作を発表しなくなった(「訳者あとがき」より)という潔さにも敬服する。
★★★☆
by chikurinken | 2014-12-16 07:58 |