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竹林軒出張所

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『細雪』(映画)

b0189364_8472828.jpg細雪(1983年・東宝)
監督:市川崑
原作:谷崎潤一郎
脚本:日高真也、市川崑
撮影:長谷川清
美術:村木忍
出演:岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子、石坂浩二、伊丹十三、桂小米朝、岸部一徳、江本孟紀、小坂一也、細川俊之

きれいどころにきれいな桜
これで駄作なら監督失格


 谷崎潤一郎の代表作『細雪』の映画化作品。『細雪』の映画化作品としては、3作目である。没落する旧家の四姉妹が主人公で、それぞれが「家」にとらわれながらも新しい時代に向かって進んでいくという内容である。
 四姉妹が主人公であることから、第1作目は高峰秀子、第2作目は山本冨士子といった具合に、おおむね歴代のどの映画でも人気女優が抜擢されている。なお第1作目で次女を演じた轟夕起子は、その9年後の第2作目で長女を演じているが、この第3作目には出演していない(本作の製作当時、すでに亡くなっていたので当然と言えば当然)。
 で、この映画でもご多分に漏れず、というか歴代の2作品にも増し人気美人女優を4人揃えて、さながらロイヤルストレートフラッシュ級の配役である(なんのこっちゃ)。中でも三女役の吉永小百合は美しく、当時38歳だが20台の役でもまったく無理がないのが恐ろしい。一見のほほんとした性格でありながら同時にしたたかさもあわせ持ち、なおかつコケティッシュな要素もあるという難しい役どころを華麗にこなしている。他の3人の女優はもちろん、石坂浩二もなんだか煮え切らない役どころを好演している。なおこの石坂浩二演じるところの貞之助が、谷崎潤一郎の立場になる(『細雪』は、実際に谷崎の妻の姉妹をモデルにしているらしい)。
 今回この映画を見たのは30年ぶりだが、当時と同様、映像の豪華さがひときわ目を引く。桜や紅葉などまさにジャパネスクな味わい。旧家の室内も非常に見事に再現されており、また登場する着物も贅沢きわまりない。美しい女優に美しい風景、美しい調度。監督の市川崑は、こういった素材を存分に活かしながら、見事な現代絵巻を作り出している。随所に演出の妙が光るのも目に付く。市川崑の絶頂期を彩る傑作の1本である。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『刺青(映画)』
竹林軒出張所『卍(映画)』
竹林軒出張所『痴人の愛(映画)』
竹林軒出張所『春琴抄(映画)』
竹林軒出張所『鍵(映画)』
竹林軒出張所『吾輩は猫である(映画)』
竹林軒出張所『炎上(映画)』
竹林軒出張所『おとうと(映画)』
竹林軒出張所『太平洋ひとりぼっち(映画)』
by chikurinken | 2014-05-31 08:47 | 映画

『春琴抄』(映画)

b0189364_7372734.jpg春琴抄(1976年・東宝、ホリプロ)
監督:西河克己
原作:谷崎潤一郎
脚本:西河克己、衣笠貞之助
出演:山口百恵、三浦友和、中村竹弥、風見章子、井原千鶴子、津川雅彦、小松方正、名古屋章、榊原郁恵

清純派コンビが
谷崎の変態性に挑む


 谷崎潤一郎原作の同名小説の映画化。これも過去何度も映画化されている。脚本に衣笠貞之助の名前があることを考えると、1961年に山本冨士子主演で製作された衣笠貞之助監督作品『お琴と佐助』(原作は『春琴抄』)の脚本を流用したのではないかと推測される。そのせいか、ただのアイドル映画と思えないような重厚な映画に仕上がっている。
 元々この映画は百恵-友和のゴールデン・コンビを起用したアイドル映画で、監督もアイドル映画ばかり撮ってきた西河克己である。ソツはないが面白味もないという映画が多いのがこの監督の特徴で、僕自身は何の期待も抱かないが、この映画については割合よくできていて、そういう点で少々意外だったんである。
 ストーリーは、僕自身も知っていたほど有名で、盲目のこいさん(山口百恵)に献身的に付きそう元・丁稚(三浦友和)という二人の関係がテーマだが、この関係が度を越していて異様なのがいかにも谷崎流。嗜虐的な好みが色濃く反映されていて、マゾ嗜好がある人にはたまらんだろう。谷崎潤一郎もこういった話を妄想しながら楽しんでいたんだろうと推測されるが、とは言え物語としての完成度は高い。もちろん僕自身はまったく共感を覚えないが、なんだか妄想も完成度が高くなると芸術性を帯びてくる。なるほどこれが「耽美主義」なんだなとあらためて認識した次第。
 キャストについては、山口百恵が独特の存在感を示しており、やはりこの人は「持っている」なと思う。特にうまい演技と言うわけではないんだが、佐助に対して「あかん」というのがエロスを感じさせ、とても良い。三浦友和も、山口百恵の相手役をするときはいつもだが、安定感があって、彼女の魅力をうまく引き出している。この二人がコンビで起用されたのは、映画、ドラマ合わせて15本以上になるが、それもよくわかるというもの。この『春琴抄』は、彼らの共演作の中でもよくできている部類だと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『細雪(映画)』
竹林軒出張所『刺青(映画)』
竹林軒出張所『卍(映画)』
竹林軒出張所『痴人の愛(映画)』
竹林軒出張所『鍵(映画)』
by chikurinken | 2014-05-30 07:38 | 映画

『痴人の愛』(映画)

b0189364_892981.jpg痴人の愛(1967年・大映)
監督:増村保造
原作:谷崎潤一郎
脚本:池田一朗
出演:小沢昭一、安田道代、田村正和、倉石功、村瀬幸子

主人公の気が知れないし、
見てられない


 谷崎潤一郎原作の同名小説の映画化。内容がセンセーショナルなためもあって過去何度か映画化されている。
 主人公の奔放な女、ナオミを安田道代、その女に振り回されて身を滅ぼす男を小沢昭一が演じる。映画としてはよくできているが、マゾヒズムやフェティシズムなどの特異な嗜好のある人ならいざ知らず、内容が僕にはどうにも不快で、主人公の気が知れない上、とても見ていられない。原作は高校生時代読んだんだが、小説ではそれほど感じなかった不快さが直撃してくる。映像化されて、より具体的にイメージされるようになったためか、それとも映画自体にそういう要素があったためか知らんが、ともかくあまりに気分が悪く、途中でいったん見るのをやめたほどだ。
 このストーリー自体ちょっと特異なので、この映画を見た後、著者の周辺に似たような話があったのかという興味が沸き上がってきたが、なんとWikipediaによると「谷崎は連載再開の断り書きで、この小説を「私小説」と呼んでいる」とのこと。ということは、実際にこれに近いことを経験したということになる。よくよく調べてみると、谷崎自身、何でも妻の妹に横恋慕していて、その妹というのがこのナオミみたいな女性だったというのだ。あげくに谷崎は、妻を友人の佐藤春夫に譲ることにした上、しかもその後撤回し、佐藤春夫と揉めるなどという事件も起こしていたらしい(小田原事件)。面白すぎるぞ、谷崎潤一郎! 『痴人の愛』は好みじゃないが、谷崎自身には大いに興味が湧いた。しかもそれをネタに小説を書くなんて、なんて見上げた作家だ。
 映画自体は、小沢昭一と安田道代が好演しており、特に安田道代は凄みがあって、すばらしい「ナオミ」像を打ち立てている(先ほども言ったように個人的にはまったく受け付けないが)。なんでも安田道代はそれまで清純派で売っていたらしいのだが、この映画でイメージを変えることに成功したと言う。谷崎潤一郎同様、大したプロ根性である。安田道代のセミヌードも大量に出てくる。乳首が見えている画像と映像は少なく、あるにはあったが顔が映っていなかったんで、おそらくそのシーンおよび写真は吹き替えだろうと思う。もっともヌードが出てきたところでエロ的な印象はあまりなかったというのが個人的な実感ではある。
★★★

参考:
竹林軒出張所『刺青(映画)』
竹林軒出張所『卍(映画)』
竹林軒出張所『鍵(映画)』
竹林軒出張所『細雪(映画)』
竹林軒出張所『氷点(映画)』
by chikurinken | 2014-05-28 08:09 | 映画

『卍』(映画)

b0189364_6571088.jpg(1964年・大映)
監督:増村保造
原作:谷崎潤一郎
脚本:新藤兼人
出演:若尾文子、岸田今日子、川津祐介、船越英二


同性愛&マゾヒズム入りの
(変態)文芸作品


 谷崎潤一郎原作の『卍』は、過去何度も映画化されているが、女の同性愛を扱っていることからそのたびにセンセーショナルに扱われることが多い。個人的には1983年の映画化が記憶に残っており、この映画では樋口可南子と高瀬春奈が主役で、男性雑誌でもスチール写真がたびたび取り上げられていた。当然、どの雑誌も「エロ」映画としての切り口である。だから『卍』については常にそういう見方がつきまとう。
 最初に映画化されたのはおそらく1964年版のこの作品で、主役は若尾文子と岸田今日子である。若奥様の園子(岸田今日子)が、光子(若尾文子)の美しさに惹かれていき、やがて夫までも巻き込まれていくというストーリーで、モチーフを少し変えれば『痴人の愛』になる。若尾文子はこの映画でも毒婦を演じており、セミヌードになるなど体を張った演技が光る。化粧が非常に濃くて、若いんだかどうなんだかよくわからないが、園子が惚れ込むのもよくわかるような美しさを披露している。園子を演じる岸田キョンキョンも、その後の姿からは想像できないほど初々しく、可愛らしさも美しさもあって魅力的である。
 映画自体は丁寧に作られていてよくできていると思うが、何というか、個人的にあまり趣味じゃないストーリーで、そういう点で僕には受け入れられないが、こういう堕ちていく話が好きな人には堪らないかも知れない。ちょっと気になったのは、園子が船場のお嬢様という設定だったことで、これはまさしく『細雪』の世界である。園子の夫が弁護士の設定で、なんとなく谷崎潤一郎自身を彷彿させるようなところがあるんで、谷崎の奥方が船場の出身のお嬢様なのかと思って調べてみたが、実際はそうでもないようだ。とは言え、多少の接点はなきにしもあらずで、やはり身辺をモデルにするのは作家の常なのかなと思ったりもした。
★★★

参考:
竹林軒出張所『つれなかりせばなかなかに(本)』
竹林軒出張所『刺青(映画)』
竹林軒出張所『痴人の愛(映画)』
竹林軒出張所『鍵(映画)』
竹林軒出張所『細雪(映画)』
竹林軒出張所『巨人と玩具(映画)』
竹林軒出張所『しとやかな獣(映画)』
竹林軒出張所『ぼんち(映画)』
竹林軒出張所『雁の寺(映画)』
竹林軒出張所『好色一代男(映画)』
竹林軒出張所『祇園囃子(映画)』
竹林軒出張所『氷点(映画)』
by chikurinken | 2014-05-27 06:57 | 映画

『刺青』(映画)

b0189364_75127.jpg刺青(1966年・大映)
監督:増村保造
原作:谷崎潤一郎
脚本:新藤兼人
撮影:宮川一夫
美術:西岡善信
出演:若尾文子、長谷川明男、山本学、佐藤慶、須賀不二男、内田朝雄

美しい薔薇にはトゲがある

 谷崎潤一郎の『刺青』の映画化。ということで「しせい」と読むのかと思ったら「いれずみ」とルビが振られている。原作との違いを強調しているのか知らんが、映画のストーリーは原作と大分違う。というより、『刺青』のストーリーも盛り込まれているが、同じ谷崎潤一郎原作の『お艶殺し』がストーリーの核になっていて、2つの作品を1つの作品として構成し直すというアクロバティックなシナリオなのである。この辺は新藤兼人の豪腕が伺える。
 原作の『刺青』という作品自体は僕はまだ読んだことがないが、谷崎潤一郎と言えば変態的なイメージがあって、教科書に載せてもいいものかという疑念が高校生のときから僕にはあった。僕自身は高校生のときにエロ目的で『痴人の愛』を読んだが、露骨な性描写もなく、なんだかエロいんだかエロくないんだかよくわからないというのが読後感だった。ただこれはあまり大っぴらにすべきものではないという意識はあった。実際に谷崎作品が教科書に載っているのは見たことはなかったが、高校の授業では谷崎潤一郎の名前は普通に出てきた。しかし谷崎作品には、いつもなんだか少し後ろめたさを感じるというか、少なくとも「私、谷崎作品が好きなんです」などと大っぴらに言えるような雰囲気はない(実際、僕自身、谷崎作品はまったく好きではないが)。
 したがってこの映画についても、文芸作品というよりも少しばかりB級……というかポルノ映画寄りのイメージを持っているわけだ。ここのところ、大映時代の若尾文子の映画を何本か借りたのでこれからしばらく紹介していくわけだが、谷崎作品も何本かあって、これもその1本というわけだ。もっとも製作者側は、スタッフが豪華なのを見ると、僕が感じるような後ろめたさみたいなものはまったくないようで、あくまでも文芸作品という位置付けなのかなとは思う。ただ内容は結構突っ込んでいて、若尾文子のセミヌードも随所に出てくるし、ラブシーンや血なまぐさいシーンも多い。非常に丁寧に作られていて、『お艶殺し』の映画化としてはよくできているが、正直良いのか悪いのかよくわからないという印象も残る。エンタテイメントに終始しているような印象がある一方で、これは果たして面白いのだろうかと感じる部分もある。そういう点では『痴人の愛』の読後感に近いわけで、谷崎作品の映画化としては存外うまくできているのかも知れない。
 この頃の若尾文子は、毒婦をたびたび演じていて、この映画もご多分に漏れない。この映画でも、男を食い物にする恐ろしい女をあっさり目に演じている。この『お艶殺し』のストーリー自体、『痴人の愛』や『卍』なんかと共通する部分が多く、どの作品も言ってみれば舞台を変えただけと言えるかも知れない。谷崎潤一郎の趣味なんだろうなと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『卍(映画)』
竹林軒出張所『痴人の愛(映画)』
竹林軒出張所『鍵(映画)』
竹林軒出張所『細雪(映画)』
竹林軒出張所『しとやかな獣(映画)』
竹林軒出張所『ぼんち(映画)』
竹林軒出張所『雁の寺(映画)』
竹林軒出張所『好色一代男(映画)』
竹林軒出張所『祇園囃子(映画)』
竹林軒出張所『氷点(映画)』
by chikurinken | 2014-05-26 07:52 | 映画

『英国一家、日本を食べる』(本)

b0189364_7555660.jpg英国一家、日本を食べる
マイケル・ブース著、寺西のぶ子訳
亜紀書房

外から見た日本食

 フランスで料理修行したこともある英国人ジャーナリスト、マイケル・ブースが、日本のさまざまな食べ物を味わいつくすために来日し、その顛末を綴ったのがこの本。日本には3カ月滞在したが、なぜだか妻と2人の子供達もついてくることになった(結果的にこのことが話を面白くしているのだが)。
 本書を読む前は、バラエティに富む日本の食べ物にトライして、結局あれがうまかった、これはいけなかったという感想で終わるような本かと思っていたんだが、あに図らんや、著者のバイタリティたるやジャーナリストの鑑。なんと、相撲部屋でちゃんこ鍋をごちそうになったり、『ビストロスマップ』の収録現場に立ち会ったり、日本の料理教育界の双璧、服部幸應や辻芳樹にインタビューしたりと実に果敢である。しかも来日した当初は元々何のコネもなかったというんだから驚く。もっとも来日して最初の食事が新宿の思い出横町だった(しかも家族で)ことを考えると、ただ者でないことはわかる。またその後も、日本酒の蔵元と味噌の蔵元を訪ね、幻の名店、東京の『壬生』や京都の『いずう』まで訪れるというんだから、まさしく日本の食を味わいつくしたと言えるんじゃないかと思う。
 もちろん、食べ物でもしっかりチャレンジしているのは言うまでもなく、北海道のカニ、博多のラーメン、大阪のお好み焼き、京都の湯豆腐など一通りのものは食べている。同時に日本の食に対して、歴史的な側面、文化的な側面からアプローチしながら、最終的にその真髄にまで迫っている点も評価に値する。しかもそういうものは、日本人でもあまり意識していないような部分であり、外から見た日本論としても価値が高い。
 記述は全編乾いたユーモアが漂っていて楽しい。台風の中買い出しに行くエピソードやドッグカフェから子供達を連れ出すエピソードは映像が目に浮かぶようで楽しく、京都でハルキ(という名の同性愛者)に迫られる話も秀逸である。また食べ物の好き嫌いが多かった子供達が鶏の軟骨好きになったり、魚の目玉を食べ尽くしたりという話もいい話だ。
 翻訳文も読みやすく質が高いが、ところどころ何が言いたいのかさっぱりわからない箇所があった。とは言え、おすすめの本であるには違いない。ただカバーデザインが奇怪で、ちょっといただけないと思った。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『英国一家、ますます日本を食べる(本)』
竹林軒出張所『中国嫁日記(本)』
竹林軒出張所『激闘! 美食のワールドカップ(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『鉄人の音楽』
by chikurinken | 2014-05-24 07:57 |

『日本に恋した中国人オタク 脳残君ものがたり』(本)

b0189364_725273.jpg日本に恋した中国人オタク 脳残君ものがたり
脳残君著
二見書房

日本語とマンガは拙い

 中国人留学生の「脳残君」によるマンガ。元々はネットで連載し注目を集めていた個人的な作品だが、当初から、彼が通っていた日本語学校、武蔵浦和日本語学院がスポンサーを務めていた、つまりバイト代を払っていたらしい。なかなか粋なことをする。
 マンガについては、日本語学校の様子や留学生から見た日本社会の描写などは大変興味深いが、書かれた日本語が非常に拙いのとマンガが少々雑なのがマイナス点。スポンサーの日本語学校に日本語をチェックしてくれる人はいなかったのかと思うが、逆にこういう拙いタッチの方が良いという判断があったのかも知れない。いずれにしても読みにくい。
 著者は自称オタクということで、確かにオタクっぽい描写が多くてちょっと引いてしまうが、そういう点を除けば、異文化コミュニケーションの題材としてなかなか面白いと思う。
★★★

参考:
竹林軒出張所『中国嫁日記(本)』
by chikurinken | 2014-05-23 07:24 |

『良心をもたない人たち』(本)

b0189364_7463699.jpg良心をもたない人たち
マーサ スタウト著、木村博江訳
草思社文庫

ママ、こわいよー

 多くの人間は何らかの良心に従って、他人や他の生き物への愛や共感を抱きながら生きているものだが、中には他人に対する共感などを一切抱かず、自分にとって他人は単に利用するだけの存在でしかないという自己中心的な考え方をもつ人々がいるらしい。そういう人々は「反社会性人格障害(APD)」、「ソシオパス(社会病質)」、「サイコパス(精神病質)」などという名称で呼ばれているんだが(本書では「サイコパス」で統一)、なんでもこういった人々は、我々の中に4%(つまり25人に1人)も存在しているらしい(ただしこのデータはアメリカ社会、東アジアではもう一桁少ないという)。本書では、こういったサイコパスの人々の実例を取り上げ、彼らが正常な人々にどれほど災厄をもたらしているかを示し、彼らに対する対処法について提案する。
 幸か不幸か、この本で取り上げられるような人間がこれまで自分の周りにいなかった(あるいは単に遠ざけていたのかも知れないが)ため、本当にこういう人間がいるのか容易に想像できないが、Amazonのレビューを見ていると、周りにこういう人間がいてひどい目に遭ったという投稿が結構ある。たしかにニュースやなんかで知るストーカー殺人やDVなどもこういうケースに当てはまるのかも知れないとは思うが、いずれにしても本書で取り上げられるサイコパスの面々については、恐怖を感じざるを得ない。普通の感覚からいくと冷酷さが尋常でなく、そばにこういう人間がいたら、ちょっと参ってしまいそうだ。日本でも、アメリカより少ないとはいえ数百人に1人程度は存在するわけで、これまでの人生で何度か遭遇していてもおかしくない。そう言えばあいつは倫理観が欠如していたようだとかジコチューだったとか思い返すが、かれらがサイコパスだったかどうかはわからない(基本的にかれらを遠ざけていたから)。
 本書では、こういったサイコパスは一種の障害であって、とにかく彼らは周りの人間を巻き込み利用したり陥れたりすることで自尊心を満足しようとすると説く。そういった人間には近付かないのが一番の対処法であるが、万一近くにいたら関わり合いにならないことが第一と言う。自分のためなら平気で嘘泣きをしたり嘘をついたりするが、下手に同情したりすると結局は良いように利用される。
 生物的な視点からも、彼らの存在価値について論考する他、彼らが仮面を付けたまま成功しつづけることがまれであることも説いている。もちろん中には独裁者になって多数の人々を巻き添えにした者もいる。だがほとんどは、みじめな生涯を送ることになるので、こういった連中は遠ざけておけば良いというのが本書の主張である。
 最初からグイグイ引き込まれる著述で、内容も非常に興味深いので、読むのに骨が折れることもない。翻訳も悪くなく読みやすい。それにこの草思社文庫だが、紙がやや厚めで質が高く、めくりやすい。草思社文庫のラインアップも非常に充実していて、ジャレド・ダイアモンドの著作をはじめ、ちょっと硬派の翻訳本が大量に入っている。今後の展開にも注目したいところである。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『女の影に犯罪あり?』
竹林軒出張所『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学(本)』
by chikurinken | 2014-05-21 07:46 |

『家に帰ると妻がカフェをやりたがっています。』(本)

b0189364_7564475.jpg家に帰ると妻がカフェをやりたがっています。
ichida著
PHP研究所

夫婦の日常が飄飄と描かれる

 『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』というマンガの続編のような位置付けの本。ただし『死んだふり』の方は、K・Kajunskyという原作者がいるが、こちらは原作と作画が同一でichidaという人(『漫画・日本霊異記』の作者)。
 この本、Amazonのレビューによると、『死んだふり』の方を先に読んだ人には不評のようだが、僕は『死んだふり』の方はまだ読んでいないんでなんの先入観もない。読んだ感想としては、それほど悪くないという感じ。「下町夫婦」、「ルームランナー夫婦」、「カフェ夫婦1〜3」、「仕立屋夫婦」、「どうでもない絵の夫婦」、「妻はイラストレーター」の8編構成で、おおむね1話完結である(「カフェ夫婦」は3話連続)。「どうでもない絵の夫婦」は高野文子(竹林軒出張所『火打ち箱(本)』参照)を思わせるような味わいのもので面白いし、「仕立屋夫婦」も緊張感やオチの奇想天外さが秀逸。「下町夫婦」はダメな部類かな(Amazonで試読できる箇所)。全体的に飄飄とした雰囲気で、世間の夫婦の日常を淡々と描いている。登場する夫婦の日常は確かに淡々だが、多少の緊張やいざこざやぶつかり合いはあり、そういったものが照らし出されていて、個人的には面白いと思ったエピソードも多いが、刺激を求めるタイプの読者にはわかりにくいかも知れない。なお「ルームランナー夫婦」については僕自身よくわからなかった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『漫画・日本霊異記(本)』
竹林軒出張所『火打ち箱(本)』
by chikurinken | 2014-05-20 07:57 |

『古文の読解』(本)

b0189364_7335061.jpg古文の読解
小西甚一著
ちくま学芸文庫

「上から」目線が不快

 小西甚一センセイの入試参考書が文庫になったという話を聞いたので即購入。僕など大学入試のときは小西センセイの著書(『古文研究法』)で勉強したクチで、他の参考書と一線を画す硬派な内容に驚嘆しながらも感心したのを憶えている。この『古文研究法』だが、当時すでに初版から30年近く経っていて外観からして古さが漂っていたが、本屋でちょっと立ち読みしただけでただものではないことがわかったのだった。ちなみにこの本、現在絶版(もしくは品切れ)になっているようだが、つい最近まで売られていた。初版から60年にもなろうとするが長寿なのも合点が行く。本物志向の受験生には是非こういう本を選んでいただきたいものである。
 先ほども言ったように、『古文研究法』は現在入手困難ということで、小西甚一の参考書と言えば現状で入手できるのはこの本くらいのものである。それに参考書が文庫化されるというのもなかなか乙なものだ。僕がこの本の購入に至ったのはこういう次第であった。
 さて、実際に今回読んでみると、内容自体は『古文研究法』に近いが、語り口がものすごく「上から」目線で、エラそうな高校(もしくは予備校や大学)のセンセイが生徒に偉そうに語っている雰囲気がプンプンと漂う。この本、本書の「解説」によると『古文研究法』の7年後(1962年)に出版されたらしいので、こういう語り口は著者の意図的なものなんだろうが、ちょっとしつこくてうるさい。偉そうな態度をとる教師なんぞ不快な存在以外の何ものでもない。
 それに本書で要求されているレベルが高すぎるのも気になるところ。正直こんなのが理解できれば国文学者になれるぞというものが多い。実は本書で著者は、受験生の多くは国文学を専攻するわけではないので必要以上にコミットすることはない、要は入試で必要なレベルで良いみたいなことを書いているにもかかわらず、どうも本書で要求されているレベルはそうではないような印象を受ける。他にも似たような矛盾はあちこちに感じる。そういう点で、内容についてはそれほどひどいものではないが(なんせ『古文研究法』と重なる部分も多いし)、本として、あるいは参考書としてはどうにも食えないものになってしまっている。出版社には、文庫化するんなら完成度の高い『古文研究法』の方をぜひお願いしたいものである。今回この文庫本を隅から隅まで読んだが、満足感はあまりなく、むしろ不快感の方が大きかった。
b0189364_7364812.jpg 参考書の文庫化といえば『漢文法基礎』も講談社学術文庫に入っていた。こういう参考書の文庫化というのは、「かつて受験生だったが現在ある程度出世して金がある世代」をターゲットにしてのことだと思うんだが、『漢文法基礎』についても、目玉だった「ポルノ漢文問題」の部分をカットしているなど、どうもこの文庫本の製作者の側に十分な理解があると思えない部分が見受けられる。それは本書『古文の読解』が(『古文研究法』ではなく)、文庫版の対象として選ばれたこととも共通する。上司から命令されて仕方なしにやった仕事なのか知らんが、なんとなく「画竜点睛」みたいな印象を受ける。
 この『古文の読解』については、今まで書いてきたように内容には非常に物足りなさを感じているが、唯一良かったのが、先ほども少し言及した「解説」である。小西甚一の経歴はもちろん、本書がどういういきさつで出されたかや、改版時にどういう点が変更されたかまで細かく記述されている。ちなみにこの「解説」を書いているのは武藤康史って人。小西甚一が旺文社の『大学受験ラジオ講座』の講師をしていたなんて、今の今まで知らなかった……。
★★★

参考:
竹林軒『大学受験ラジオ講座回顧』
竹林軒出張所『白文攻略 漢文法ひとり学び(本)』
竹林軒出張所『古典文法質問箱(本)』
by chikurinken | 2014-05-19 07:37 |