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竹林軒出張所

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『春の惑星』(ドラマ)

春の惑星(1999年・TBS)
演出:井下靖央
脚本:山田太一
出演:緒形拳、中井貴一、ともさかりえ、いしだ壱成、倍賞美津子、手塚理美、泉ピン子、角野卓造、佐藤慶、洞口依子

b0189364_903488.jpg名人が作った小品ドラマ

 異なる世界で生きるいろいろな人々がとあるきっかけで出会い、そしてお互いの存在が助けになってそれぞれが自身の問題に向き合っていくという、山田太一にありがちな展開のドラマ。とは言っても、ありきたりな感じはなく、またドラマの流れもごく自然なのでまったく違和感はない。
 就職活動で忙しい女子大生(ともさかりえ)が、大企業の面接の現場で、面接担当官(緒形拳)に暴言を吐かれるというところから話が始まる。この女子大生、腹に据えかねて、同棲している恋人(いしだ壱成)にその担当官に復讐するよう迫ることで話が進んでいく。
 登場人物たちが、それぞれの立場を超えて互いに行き来するようになり、そうして大団円で終わるという、いかにも山田ドラマであるが、しかし随所にくすぐりが散りばめられている上、刺激的な部分も多いので、見ていてまったく飽きることがない。山田太一の職人芸が光るドラマである。
 キャストは、主役の2人(ともさかりえ、いしだ壱成)以外、山田ドラマの常連ばかりで、そういう部分もこのドラマの安定感につながっている由縁だろうと思う。演出も山田ドラマでお馴染みの井下靖央で、山田太一らしさを引き出した手堅い演出が光る。結果的に、名人が作った小品といったドラマに仕上がっている。タイトルの『春の惑星』の意味がちょっとわからないが、もしかしたら『猿の惑星』に引っかけたのかしらん。
★★★☆
by chikurinken | 2013-11-30 08:58 | ドラマ

『あなたが大好き』(ドラマ)

b0189364_7585328.jpgあなたが大好き(1988年・TBS)
演出:高橋一郎
脚本:山田太一
出演:真田広之、中川安奈、田中邦衛、春川ますみ、かたせ梨乃、佐藤慶、中原ひとみ、阿藤海

凡庸な「ザ・ホームドラマ」

 1988年作の山田ドラマ。過去見たはずだが、まったく記憶になかった。
 江戸指物の職人を志す青年(真田広之)とそのフィアンセ(中川安奈)、そしてその家族に巻き起こる騒動を描いたドラマ。
 「ザ・ホームドラマ」という称号を与えたいくらい、ありきたりな展開のホームドラマで、同時にあまり見所がなく、山田太一らしいキレはない。この頃の山田作品では珍しいが、見ている途中でだれてしまった。強いて良かった点を挙げるなら、江戸指物の製作風景、つまり職人技が画面によく出てきたことぐらいで、本当にとりたててどうということのないドラマだった。山田太一のドラマとしては珍しい凡庸な作である。もちろん悪くはないが。
 なお、テーマ曲はメラニー・ホリデイが歌うサティの「ジュ・トゥ・ヴ」(あなたが大好き)」。この選択も凡庸であまりキレがない。
★★★
by chikurinken | 2013-11-29 08:00 | ドラマ

『沿線地図(1)〜(15)』(ドラマ)

沿線地図(1979年・TBS)
演出:龍至政美、大山勝美、福田新一、片島謙二
原作:山田太一
脚本:山田太一
出演:岸惠子、河原崎長一郎、児玉清、河内桃子、真行寺君枝、広岡瞬、笠智衆、新井康弘、野村昭子、三崎千恵子、楠トシエ、岡本信人、風間杜夫

70年代屈指のドラマの1本

b0189364_8171310.jpg これも、若い頃見てその後永らく見たかったドラマで、見たいと思うようになってから30年以上が経っている。ああそれなのにそれなのに、なかなか放送されることはなく、もう一度見たいという思いがあまりに強かったために、結局シナリオを読むことでお茶を濁していた。今回ついにCSのTBSチャンネルで放送されたんだが、過去TBSチャンネルに幾度かリクエストを出してきたこともあり、「やっと」の感が非常に強い。
 さていよいよ今回見ての感想だが、期待に違わず、非常に内容充実で存分に楽しめた。前に見たときは学生だったために、子どもの側の視線だったように思うが、今回は大人の側の視線になっているのが興味深い。見る人の立場によって異なる感じ方を持てるのがこのドラマで、さまざまな視点で見ることができると言える。
 卒業を数カ月後に控えた高校3年生の男女(真行寺君枝、広岡瞬)が通学途中で顔見知りになり、ありきたりの生活に見切りを付けることを決意して、駆け落ちするところから話が始まる。ただし、駆け落ちといっても恋愛感情があふれて思いあまってというものではなく、とにかくパターン化された人生を変えてみたいという思いからしたもので、駆け落ちというより共同戦線といったイメージが強い。そのあたりがそもそも異色である。
 当然のことながら、2人の両親(岸惠子、河原崎長一郎、児玉清、河内桃子)は、かれらを家に連れ戻すためにあれこれ画策するんだが、子どもたちから突きつけられる真摯な思いは、親の方の価値観まで揺るがしてしまうというありさまで、親やその周辺にも影響が徐々に広がっていくという話である。
 女生徒が秀才の男生徒に近付くことで話が動き出すが、そこからその影響が少しずつ波紋のように周囲に広がっていって、大人たちがそれに慌てふためきながら、価値観の転換を余儀なくされるところまで、ごく自然に話が展開していくのも秀逸で、これだけ違和感なく自然に話が展開するドラマもなかなかないんじゃないかと思う。いろいろな問題点が視聴者に突きつけられ、考えることが要求されるのも、この頃の山田ドラマらしい。なんせ第1回目の予告編で「皆さんも一緒に考えてください」というナレーションが入っていたくらいだ。
 前も言ったように、今回は完全に親の立場でドラマを見ていたので、最低限高校は卒業した方が良いんじゃないかなどと思ったが、そもそも主役の2人はそういう考えに反発をもったわけで、もし自分の子どもがこういう風に家を出て行ったらいかんともしがたい。良い高校を出て良い大学を出て有名企業に入るという「ありきたりな生き方」にはまったく共感しないが、この2人の場合はかなり極端な生き方で、客観的に見ていると若気の至りにしか見えない。
 しかしなんと言ってもこのドラマで一番面白かったのは、だんだん変な風になっていく親たちの生活で、世間の常識に対して今まで疑問を持たずに生きてきた人々が、少しずつ歯車を狂わせながら、自分の価値観に向き合うことを余儀なくされていく過程は圧巻である。同時期の『岸辺のアルバム』ほど有名ではないが、それに勝るとも劣らない(個人的にはあれを凌駕しているとさえ思う)傑作ドラマで、シナリオだけでなく、演出、キャストとも申し分ない。それからテーマ曲のフランソワーズ・アルディの『もう森へなんか行かない』も秀逸。ドラマ全体の雰囲気をテーマ曲だけで定義しているかのようである。今回見ることができて本当に良かったと思う。TBSチャンネルに感謝だ。TBSはDVDも出したら良いのにと思う。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その2(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『山田太一のドラマ、5本』
竹林軒『昔のドラマ』
by chikurinken | 2013-11-27 08:18 | ドラマ

『あこがれ雲』(本)

b0189364_8331493.jpgあこがれ雲
山田太一原作、辻村弘子作画
講談社コミックス

少女マンガ版の『パンとあこがれ』

 脚本家の山田太一がかつて書いたというドラマ『パンとあこがれ』は、山田太一の話を聞く限り、大変興味をそそられる(詳細については竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その1(ドキュメンタリー)』を参照)。一度見てみたいという気持ちはあるが、いかんせん古い民放ドラマ、しかも連続ドラマであることを考えると、映像はもう残ってないだろうなと思う。シナリオが我々の目に触れるというのもあまり期待できないだろう(残っているかどうかさえわからない)。そういう事情で、その内容を推測するためにR.B.ボースの周辺を知ろうということで、『中村屋のボース』を読んだのだった。実際『中村屋のボース』を読んでみると、確かにドラマになるような面白い素材であり、脚本家がこの素材を選んだのも頷けるというものである。
 『パンとあこがれ』で主演の宇津宮雅代が演じるのは相馬黒光(そうまこっこう)で、この人が、当時ハイカラだったパン屋さんを夫と開店(これが「中村屋」)し、その後ボースを匿ったり、あるいは芸術家が集まるサロンを作ったりする。この相馬黒光、上京してパン屋を始める前には、彫刻家の荻原守衛とも一時期恋愛関係にあったそうで(『中村屋のボース』にもこのあたりの事情が書かれていた)、そう考えると、この人の周辺にはボース・ネタ以外にもドラマになりそうな素材が随分転がっている。
 素材が面白いためか、相馬黒光の伝記も割合出ているようなので、そういうものを読めばもっと彼女の周辺がわかるんだろうが、その前に見つけたのが今回のこのマンガである。なんと『パンとあこがれ』に触発されて描かれたというマンガで、1977年の作である。原作が山田太一になっていることから、基本は『パンとあこがれ』の内容に沿っていると思われる。ただしこれは、黒光の娘時代から東京にパン屋を開くまでの話で、ボースは出てこない。夫に愛され、一方で若い芸術家(荻原守衛がモデルなんだろう)にも愛され、いろいろ逡巡するというようなストーリーである。『パンとあこがれ』から少女マンガ向けの部分だけ取り出したという感じか。全4話で一応完結していることを考えると、当時、早々に打ち切りになったのかも知れない。
 絵は、当時の少女マンガの典型で、やけに目が大きく足が長い美男・美女が大挙出演する。完全に少女向けにカスタマイズされており、僕のようなオヤジが見たところで大して感じるところはない。正直言って面白いのかどうかさえ判然としない。とは言え『パンとあこがれ』が序盤はこういうふうに展開していったんだなというのはよくわかった。それから当時の少女マンガがこういうふうに展開していたんだなというのもわかった。いずれにしても資料的な価値以上のものは僕にはなかったと言える。だが元々が安い古本だったからそれで良しとする。
★★☆

参考:
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その1(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『中村屋のボース(本)』
by chikurinken | 2013-11-26 08:33 |

『中村屋のボース』(本)

中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義
中島岳志著
白水社

カレーの革命児は本当の革命家だった

b0189364_8202534.jpg インド独立に尽力したラース・ビハーリー・ボースの評伝。
 ラース・ビハーリー・ボースは、若い頃インド国内でインド総督に対してテロを起こした過激な活動家で、そのために当時インドを支配していたイギリス当局に追われるようになり、命からがら日本に亡命することになった。ときに1914年。
 インドにいた頃からすでに活動家のリーダーとして名を馳せていたが、日本では、当時同じく日本に亡命していた孫文や(当時学生だった!)大川周明、頭山満、犬養毅らとも交流する(そのため後には日本でも名士になっていく)。一方、イギリス当局からはテロリストとして狙われていたため、当時イギリスと同盟関係を結んでいた日本に対してもボースを拘束するよう圧力がかかり、結局、日本政府からも国外退去命令が出される。だが退去期日直前に、頭山満らの画策で、ボースは、当時新宿で人気を博していたパン屋の中村屋に匿われることになる。結局4カ月後に退去命令は撤回されるが、それまでボースは中村屋に息を潜ませて潜伏する。その後、この中村屋の娘、相馬俊子と結婚して、やがて日本に帰化することになる(このあたりの事情が描かれたドラマが山田太一作の『パンとあこがれ』。竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その1(ドキュメンタリー)』参照)。
 その後、日本国内でインド独立の機運を高めるべく活動を続けるが、同時に中村屋の経営にも携わっていく。そんな中、中村屋で売り出されたのが「インドカリー」で、これはボース直伝のインド風のカレーであり、(インドを支配している)英国風カレーと違う本当のカレーを提供することでインドに共感を持ってもらいたいという意図がボースにはあったらしい。当時としては高価なカレーではあったが、「恋と革命の味」ともてはやされ当時おしゃれなアイテムとして大人気だったという。
 いったんは革命からも遠ざかってしまったボースだが、その後日本がアジアに進出していく機に乗じて、インドの独立を成し遂げるべく、その人脈も利用しながらさかんに活動するようになる。アジアに散らばっているインドの革命の志士たちを束ねるべく奔走し、インド独立連盟の指揮権を与えられ、インドの独立の気運も高まってくる(この指揮権はその後、チャンドラ・ボースに移譲)。だがこの機運も、内部での対立や「大東亜」戦争のインパール作戦失敗という結果で消沈してしまう。そしてその頃、ビハーリー・ボース自身も病に侵され、やがて帰らぬ人となる。
 元々は反帝国主義の立場だったはずのボースが、日本の帝国主義を利用してインド独立を目指すという方向に転換したために、結果的に帝国主義に協力してしまう結果になるが、そのあたりのボース自身の葛藤も本書では描かれている。むしろそちらが本書のテーマと言ってもよい。分析は的を射ていて興味深いが、やはり本書で一番面白かったのは、日本に亡命して中村屋に逃亡するくだりや結婚に関連するくだりであった。なんといってもこのあたりの展開が一番ドラマチックであるから。
 そうそう、僕自身は中村屋のボースはてっきりチャンドラ・ボースだと思っていたので、そのあたりが整理できたのも良かった。チャンドラ・ボースは今の世界史では、(インドにとって)大日本帝国政府に協力した売国奴みたいな扱いになっているが、この本を読むと、ビハーリー・ボースもそうだが、たまたまそういう結果になっただけで、要は(革命を成し遂げるまでの)想定していた手段が違っていただけではないかとも思えてくる。中国で傀儡政権を樹立した汪兆銘も実は同じようなものだったんじゃないかとさえ感じる。どうしても、過程ではなく結果だけで人間を断定してしまうような部分が歴史にはあるが、そういうところは適宜見直すべきで、そのときどきに応じて歴史に新しい解釈をもたらすことも必要なんじゃないかと、この本を読みながら考えたのだった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その1(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『あこがれ雲(本)』
by chikurinken | 2013-11-25 08:21 |

『山椒魚戦争』(本)

b0189364_84736100.jpg山椒魚戦争
カレル・チャペック著、栗栖継訳
岩波文庫

SFの古典……ついに読んだ

 SFの古典である。ちなみに著者のチャペックは「ロボット」という言葉の生みの親でもある。
 タイトルは『山椒魚戦争』になっているが原題は「山椒魚との戦争」というものらしく、タイトル通り山椒魚との戦争が描かれる。なおこの山椒魚は、日本在来のオオサンショウウオがモチーフになっているようで、似たような形状の二足歩行の山椒魚が東南アジアで見つかるところから話が始まる。やがてある人物がこの生き物に人間の言葉や身を守る方法を教えこみ、山椒魚をさまざまな産業に利用し始めるようになるところから話が動き出す。利用価値が高くなった山椒魚は当然のごとく人間によって売買され、世界中のあちこちで育成されることで、山椒魚人口が爆発的に増えていくというような展開になる。
 全体は三部構成になっており、知性を持つ山椒魚が発見され、そのポテンシャルを見せる過程を描く第一部「アンドリアス・ショイフツェリ」、山椒魚のさまざまな新聞記事を集めた第二部「文明の階段を登る」、山椒魚と人類の抗争を描く第三部「山椒魚戦争」で構成される。第一部、第三部は純粋な小説仕立てであるが、第二部は、さまざまな新聞記事や学術論文を通して山椒魚の文明化を描いていくという趣向で、この新聞記事はもちろんフィクションだが、脚注や図版まで付いていたりして、フィクションではないかのように見せかけられている。しかも随所に当時の政治に対する皮肉が効いていて、思わず口がほころぶ。だがこの記述のせいもあって、チャペックはナチスから目を付けられることになったらしい。
 実際、チャペックが生きていた時代は、彼の母国であるチェコスロバキアがドイツに侵略される時期と重なる。実際、ナチス・ドイツがチェコに侵攻した1939年には、ゲシュタポがチャペックの家に(チャペックを捕らえるために)来たという。ただしチャペック自身はその少し前に死去していたため、ナチスに虐殺されることはなかった。しかし彼の兄(同じく作家のヨゼフ・チャペック)はゲシュタポに逮捕され、後に強制収容所で死んでいる。また、チャペック邸に頻繁に集まっていた仲間たちも、その多くがナチスに虐殺されている。当然この『山椒魚戦争』も、ナチス占領下のチェコでは禁書に指定された。その後、チェコが解放されると『山椒魚戦争』は再び発刊されることになったが、共産主義政権が権力を握ると、本書も部分的に検閲されるという状態になり、そういう状況が1970年代まで続いたということである(以上「解説」より)。
 当時の政治に対する風刺だけでなく、山椒魚の売買などの過程は黒人奴隷貿易を彷彿させるし、人種差別主義や過剰な動物保護主義などに対する皮肉も随所に出てくる。こういった部分が、フィクションの新聞記事で客観を装ってまことしやかに説明されるが、これに伴って、山椒魚が人間社会への影響力を強めていく過程も自然にわかるようになっている。無理矢理なストーリー展開がないのが、下手なSF小説と大きく異なる部分で、そういう意味でもこの第二部の方法論を大いに評価したいところである。
 実はこの小説、随分前から読んでみたいと思っていた本だが、岩波文庫に入っていたのは長いこと知らなかった。10年ほど前にそのことを知って、そのときに購入し、永らく積ん読状態になっていたが、それを読了したのが数日前。苦節10年である。
 本文400ページを超える大著だが、語り口が自然で、しかもスリリングな部分などエンタテイメント的な要素も散りばめられている。そういう意味でも満足度が非常に高い一冊だった。
★★★★
by chikurinken | 2013-11-23 08:48 |

『山椒魚・遙拝隊長 他7編』(本)

b0189364_7274822.jpg山椒魚・遙拝隊長 他7編
井伏鱒二著
岩波文庫

今でもべつに『山椒魚』のことを
嫌ってはいないんだ


 井伏鱒二の短編集。井伏鱒二と言えば『山椒魚』、『山椒魚』と言えば井伏鱒二というぐらい『山椒魚』が有名で、僕も高校生のときに教科書で接したが、正直何が面白いのかさっぱりわからなかった。当時は「なんたる失敗作であることか!」程度の感想しかなかったんだが、いつまでも気になっていた小説で、いつかはもう一度読み直してみようと思っていたのだった。理解し合えないままお別れというのもどうかと思ったから。
 さて今回いよいよ読んでみての感想だが、やはりよくわからない。読み終わった後少し妙な感覚は残るが、発表時何が評価されたのかよくわからない。自身が編集者に缶詰めにされた経験を戯画的に描いたのかとか、ストックホルム症候群のことを言っているのかとかいろいろ考えたが、なんだかどれもピンと来ない。
 まあでもそれはそれでしようがないので、他の8編の短編小説も続けて読んでみた。井伏鱒二の味というのがわかるかも知れないと思ったためで、それに元々短編小説は好きだったことだし。で、全部を読み終わってなんとなくこれが井伏鱒二の作風なのかというのは掴めてきた。少し不思議な感覚で何とも表現しようがないが、これが彼の作品の味わいなんだろうなーというのはわかった。終わり方が随分唐突なのもある。小説の既成概念を超えているということなんだろうか。
 本書に収録されている作品は、表題作の『山椒魚』と『遙拝隊長』の他、『鯉』、『屋根の上のサワン』、『休憩時間』、『夜ふけと梅の花』、『丹下氏邸』、『「鎚ツァ」と「九郎治ツァン」はけんかして私は用語について煩悶すること』、『へんろう宿』の9作。個人的に気に入ったのは『「鎚ツァ」……』と『遙拝隊長』で、『夜ふけと梅の花』も変わっていてユニークだと思った。ましかし、いずれにしても、僕にとってそれほど入れ込むような作家ではないというのが正直な感想である。
★★★
by chikurinken | 2013-11-22 07:27 |

『あさきゆめみし完全版(1)〜(10)』(本)

b0189364_86410.jpgあさきゆめみし完全版 110
大和和紀著
講談社KCデラックス

うるわしき御姿さえも
 見分けられず
  あさきゆめみし心地こそすれ


 『源氏物語』のマンガ化作品としては元祖で、数々のマンガ版『源氏』にあってもおそらく最高傑作なんだろうと思われる著作。『源氏物語』全54帖を通しで描いており、もちろん「宇治十帖」も含まれる。大変な労作である。
 内容はというと、もちろん『源氏物語』なんだが、原作にない部分を付け加えたりしていて(冒頭からしてそうだ)、『源氏物語』を原作にした大和和紀の翻案マンガと考える方が事実に即していると思う。それに男女の交わりの描写も一歩踏み込んでいて、女性向けマンガの特徴もしっかり持っている。長谷川法世の『源氏物語』と違い、注釈も非常に少なく、ドラマ優先の展開になっていて、1つのストーリーとしてできあがっている。随時出てくる和歌についてはコマの中に囲みで紹介され、その横または下にセリフとして意味が書かれているため違和感はない。風俗や衣装などもうまく描かれているため、マンガとして一つの独立した世界ができあがっている。
b0189364_85512.jpg 難点は、(これも)登場人物のほとんどがほぼ同じ顔で区別がつかない点で、『源氏物語』が異常に登場人物が多い話であることを考えるとこれはもう致命的である。ただでさえ血縁関係が複雑で、何度も前の巻を参照しなければならなくなるんだが、たとえ前の段を参照しても登場人物の区別がつかないため、その箇所でどういう話が進行しているのかにわかに判定できないという問題もある。
 だがそうは言っても、これだけの分量で『源氏』をまとめた功績は賞賛に値するし、登場人物の関係なども丁寧に描かれているため、『源氏』の世界にどっぷり浸かれるのは確かである。『源氏物語』は、光源氏の幼少期から始まって、源氏の黄金期から、やがて夕霧や明石中宮らの息子・娘の世代、匂宮(におうのみや)や薫らの孫の世代まで続く大河小説である。それを考えると全10巻という長きに渡ってストーリーがゆるやかに展開されるのは理に適っていて、そのおかげで、ともすればややこしい人間関係もある程度整理されて入ってくる。そういう点でも『源氏』の世界を覗いてみるには『あさきゆめみし』はうってつけの素材ではないかと思う。
 『あさきゆめみし』は、文庫版、コミック版などさまざまなシリーズが出ているが、僕が今回読んだ講談社KCデラックスのシリーズは「完全版」と名うったもので全10巻構成である。8巻の終わりで光源氏が出家していったん終了し、9巻と10巻は、薫と匂宮が主人公のいわゆる「宇治十帖」になる。6巻7巻あたりから内容がやたら湿っぽくなって辟易するが、「宇治十帖」は色恋の話に加えてスリリングな要素もあって、こちらの方がストーリーの完成度は高いと感じた(前半部分と「宇治十帖」は作者が違うなどという説もあるらしい)。そうは言っても基本は全編色恋のロマンス小説で、そういうものが好きでない人は読むのに苦労するかもしれない。おかげで僕も、マンガでありながら読むのに大分難儀した。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『源氏物語(上)(中)(下)(本)』
竹林軒出張所『源氏物語 (上)(中)(本)』
by chikurinken | 2013-11-20 08:08 |

『マンガ古典文学 源氏物語 (上)(中)』(本)

b0189364_759688.jpgマンガ古典文学 源氏物語 (上)(中)
花村えい子著
小学館

『源氏』を華麗に再現したが
これも登場人物が区別できない


 先日紹介した『方丈記』と同じ『マンガ古典文学』シリーズの2冊。著者は、中央公論社の「マンガ日本の古典」シリーズで『落窪物語』を描いていた花村えい子である。ちなみに下巻はまだ未刊である。
 この花村版『源氏』であるが、長谷川法世が描いた中央公論社の「マンガ日本の古典」シリーズの『源氏』と好対照で、表紙を見ていただくとわかるように非常に少女マンガ風な麗しい絵柄である。源氏もとっても美しく描かれていて、話の展開の中でも、女房たちの間でアイドル並みの人気を持つ。長谷川版『源氏』が、絵巻物的な構図を多用していたのと対照的に、花村版の構図は非常に映画的で、俯瞰ありクローズアップありで良く工夫されている。物語としての面白さが存分に発揮されている。時代考証もしっかりしていて、安心して見られる華麗な『源氏』である。
b0189364_7593539.jpg 最大の難点は登場人物の描き分けがあまり行われていない点で、ただでさえ源氏の愛人が大勢出てくるのに、どの女性もほとんど同じ顔(さすがに末摘花は違うが)でまったく区別できない。そのため、途中のページをいきなり開いても、源氏が誰と関係しているのかにわかにわからない。さらに源氏と(その友人の)頭中将も(描き分けはされているが)よく似ていて紛らわしい。(源氏の息子の)夕霧なんかもいずれは源氏と区別できない顔になるんじゃないかと想像される。登場人物が多い『源氏物語』であることを考えると、ちょっとこれは大きな失点である。また、全3巻と比較的短いためもあるんだろうが、あまりにダイジェスト的でコマとコマの繋がりが怪しい部分もある。そういう部分も残念な点である。全体的によくできた作品であるだけにこういった点が非常に惜しい。
 このマンガを読みながら時折長谷川版『源氏』も参照したが、どちらもストーリー展開は非常に似ており、原典を忠実に再現したことが窺われる。そういう意味でも、『源氏物語』の翻案としてはどちらも非常に優れた作品と言えるのではないかと思う。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『源氏物語 (下)(本)』
竹林軒出張所『源氏物語(上)(中)(下)(本)』
竹林軒出張所『あさきゆめみし完全版(1)〜(10)(本)』
竹林軒出張所『落窪物語 マンガ日本の古典2(本)』
竹林軒出張所『マンガ古典文学 方丈記(本)』
竹林軒出張所『マンガ古典文学 古事記 壱(本)』
by chikurinken | 2013-11-19 08:02 |

『古典文法質問箱』(本)

b0189364_843563.jpg古典文法質問箱
大野晋著
角川ソフィア文庫

参考書だけど参考書じゃなかった!
学の本質に迫った本


 竹林軒出張所『日本語の文法を考える』の大野晋が古文学習者向けにまとめた古文文法の書。とは言っても、そこは古典研究者、某ゼミナールの人気教師が出しているような学習参考書とは趣を異にしており、「活用を憶えろ」だの「格助詞と接続助詞を区別しろ」だの、そういうことは書いていない。むしろ、なぜ係り結びの法則が存在するかとか、助動詞がどういう動詞から転化してきてどういう意味を持つのかとか、根源的なというか、学術的なアプローチが多い(ただし、こういった記述の多くは『日本語の文法を考える』にも共通した事項で、あの本を読んだ人にはあまり目新しさがないかも知れない)。
 本書全体を通じて、古典文法についての質問を立て、それに対し著者が回答していくという構成になっていて、それぞれの質問は「文法の基礎知識」、「用言(動詞)」、「助動詞」、「助詞」、「諸品詞・敬語・修辞」の各章に分類されている。内容は相当深く、知的興味がそそられる項目が多い。が、古典学習入門者にとっては少々敷居が高いかも知れない。ある程度古典文法の知識がある人か、あるいは純粋に知的関心で読む人でなければ、あまり役に立たないと感じるかも知れない。ただ、高校のありきたりの古典教育にうんざりしているような人が読めば、得るものは大きいと思う。学問の目的は憶えることではなく、感じて探求していくものだということがわかるだろう。そういう点で(優等生以外の)高校生にもお奨めできると思う。
 何よりも古典文法が時代によって変遷しているという(実に当たり前の)ことを明言しているのが良い。こういうことは通常高校では教えない。だから係り結びの法則を憶えろなどと頭ごなしに言われたりするんだが、そもそも鎌倉時代以降、係り結びはほとんどなくなるわけで、本当はそのことの方が大事なんじゃないかと思う。言葉が生き物であることを考えれば、文法が変わるのは当たり前であって、そういう前提で古文にアプローチするのは至極当然である。この本は、そういった、学問に対する態度など根源的な部分を学習者に教えるという点で、学問を志す人に適した良書だと思う。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『日本語の文法を考える(本)』
by chikurinken | 2013-11-18 08:05 |