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竹林軒出張所

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『アライグマの国 〜都市生活と“進化”〜』(ドキュメンタリー)

アライグマの国 〜都市生活と“進化”〜(2011年・加Raccoons Inc.)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー「シリーズ 動物と人間社会」

b0189364_7582352.jpg アライグマといえば、オジ世代にとって思い出すのは「ラスカル」。もっとも僕が『あらいぐまラスカル』を見たのは10年くらい前で、当時幼児だった子どもに見せてたときに一緒に見たんであって、世代的にはあまり関係ないかも知れない。『あらいぐまラスカル』は、母親と別れたはぐれアライグマを飼育して最後は森に返すというストーリーで、原作はスターリング・ノースの実話小説だという。あのアニメを見ると、アライグマはとぼけてて愛らしいんだが、実際のアライグマは結構凶暴で、飼おうとするとちょっと大変らしい(このドキュメンタリーで言っていた)。
 そのアライグマだが、現在北米の大都市に進出し、街中を徘徊しているらしい。このドキュメンタリーでは、カナダ、トロントの状況を紹介していたが、そりゃもうすごい。夜の町を普通に闊歩している。野良猫より多いんじゃないかという勢いだ。アライグマは元々北米原産で北米の自然界に棲んでいたわけだが、前足を器用に使えることからゴミ箱あさりなんかも割にうまくやる。そういうこともあって、餌は確保しやすいし、それにねぐらも見つけやすいしで都市部で快適に過ごせることを見つけたんじゃないかと思う。とにかく繁殖状況がすごいことになっている。
 で、このドキュメンタリーの中で、アライグマの研究家が、野良アライグマに発振器を付けたり赤外線カメラで撮影したりして、アライグマの生態に迫るんだが、その過程でアライグマの生態というものが見えてくる。アライグマは高い木の上で子どもを生みそこである程度育てた後、民家のガレージなど、人目に付きにくい場所に一家で引っ越す。ただしアライグマの家族にはオスはおらず、母子家庭である。この過程で、餌の取り方など生きるための方法を子どもに教えていく。アライグマは雑食性であるため、餌はおおむね人間が出したゴミで、複雑な構造のゴミ箱でも器用に開けてちゃんと餌にありつく。雑食性であって生態系の頂点に近いため、天敵はいないらしく、そのためもあって大量に繁殖しているというのだ。現在のアライグマの最大の天敵は自動車で、交通事故死が都市アライグマの最大の死因になっているらしい。アライグマの方もその辺は学習しているようで、車道は素早く渡るし、あまり車道を通らなくても良いようなルートを見つけて活動している。なお、今回の研究家の調査で、それぞれのアライグマの行動範囲は意外に小さいことが判明し(3ブロック程度と言っていた)、よくよく調べてみるとこの行動範囲がそのアライグマのテリトリーになっていて、そこから少し出ると別のアライグマのテリトリーになる。いわばモザイク状に都市全体にアライグマのテリトリーが分布しているわけだ。
b0189364_75849100.jpg 一方で、アライグマが人間の生活に対して有害になっている状況も紹介している。最初に日本とドイツのケースが紹介されていたが、日本にも野生化したアライグマが結構いるようで、元々は案の定『あらいぐまラスカル』の影響なんだそうだ。あのアニメに出てくるアライグマがあまりに可愛いため一時期ペットとして流行したようで、その際に北米から大量に日本に来たらしい。で、飼い主は結局、凶暴化したアライグマに手を焼いて、スターリング(『ラスカル』の主人公の少年)同様アライグマを森に返したため、アライグマが野生化したんだという。で、この野生化したアライグマだが、寺などの古い建物に巣を作ったりするらしい。そうすると建物がぼろぼろになり、古い建築物が想定外の勢いで劣化するんで、お寺さんも大変困っているらしい。結局駆除するしか対策がない…と日本の研究者は語っていた。
 また、アライグマの体内に棲むアライグマ回虫も人間にとって危険な要因になっているという。アライグマの糞を介して、人や家畜に感染して、被害を与えるケースが増えているという(死亡例もあるらしい)。都市生活に適用した野良アライグマが、思わぬ副産物を現代社会にもたらしているという話を紹介するドキュメンタリーで、少々とりとめがない印象もあるが、なかなか蘊蓄に富んだ面白い作品だった。何より珍しい(アライグマの)映像が満載だし。なお、このドキュメンタリーの製作会社はRaccoons Inc.という(「Raccoon」=アライグマ、「アライグマ社」という感じかな)。
★★★☆
by chikurinken | 2012-08-31 07:59 | ドキュメンタリー

『小説より奇なり』(本)

b0189364_7462737.jpg小説より奇なり
伊丹十三著
文春文庫

 1972年に発行された伊丹十三のエッセイ集。
 全体の構成は、「この人の塩梅」(各界著名人による食についての話)、「人生劇場」(珍しい経歴を持つ人々の話)、「伊丹十三の編集するページ」(著者の知人の著名人に、頭髪やペットについてインタビューし新聞形式で紹介)の3種類に大きく別れている(もっとも各項の順番はランダム)。どれも伊丹十三お得意の聞き書きで、伊丹十三らしく肉声が伝わってくるような記述である。ただしそのために多少の読みにくさが一部に残っている(「アー」とか「アノ」とかもそのまま入れて書いてるんだな)。
 「この人の塩梅」では、輪島大士、荻昌弘、立原正秋といった人に食のこだわりなんかを聴いていくが、もう一つ面白さを感じなかった。内容もそれほど奇天烈なものがなく、そうなれば、対象となる人間に関心がなければ特に興味が湧かないのも当然である。唯一面白いと思ったのはオペラ歌手の藤原義江の項で、藤原義江の人間性が文章と文章の間から伝わってきた。藤原義江を目の前にしているかのような臨場感もあって、聞き書きとして非常に水準が高いものになっている。
 「伊丹十三の編集するページ」も、学級新聞のようなレベルで、ちょっと悪ノリが過ぎるという印象である。映画『タンポポ』に見られるような「やりたい放題」の部分がある。漢字やカナの表記も意図的に擬古文風にしており、明治文学のような雰囲気は出ているが読みづらいったらない。
b0189364_7471447.jpg この本で一番面白かったのは「人生劇場」で、昭和天皇が行幸で宿泊するときに立ち会った現地の人、元ボクシング世界チャンピオンのプリモ・カルネラと異種格闘技戦をやった柔道家、イエメンのアデンで強盗団に拉致されそうになった人、旧日本軍で蚊取り線香作りをしていた技術者など、変わった経歴の人が変わった経験を語っていき、これが実に面白い。聞き書きの名人、伊丹十三の本領発揮で、まさに「小説より奇なり」の世界である。で、こういったちょっと変わった経験の聞き書きが、この後の『日本世間噺体系』につながっていくんだろうと思う。『日本世間噺体系』は、さまざまな分野の人々のさまざまな珍しい話を聞いているという感覚で、どの話も非常に楽しめる。それにどれも世間話の延長みたいなノリで、実に気軽である(なお、こういう話が出てくるのは『日本世間噺体系』の後半で、前半は伊丹のエッセイ。偏屈な伊丹の本領発揮である)。
 今回、映画の『タンポポ』を久しぶりに見たんで(竹林軒出張所『タンポポ(映画)』参照)、『小説より奇なり』と『日本世間噺体系』(かつて伊丹十三のエッセイを何冊か読んだがこの2冊が群を抜いていた)を25年ぶりに読み直してみたんだが、僕としては『小説より奇なり』より『日本世間噺体系』をお奨めしたいところだ。『日本世間噺体系』に収録されている「プレーン・オムレツ」の項は特に出色で、映画『タンポポ』のオムライスのシーンにも反映されている。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『タンポポ(映画)』
竹林軒出張所『マルタイの女(映画)』
竹林軒出張所『ミンボーの女(映画)』
竹林軒出張所『大病人(映画)』
竹林軒出張所『スーパーの女(映画)』

by chikurinken | 2012-08-29 07:47 |

『タンポポ』(映画)

b0189364_751422.jpgタンポポ(1985年・伊丹プロ)
監督:伊丹十三
脚本:伊丹十三
出演:山崎努、宮本信子、役所広司、渡辺謙、加藤嘉、安岡力也、大滝秀治、桜金造、津川雅彦

 伊丹十三が監督した作品としては『お葬式』に次ぐ二作目で、伊丹十三の趣味全開で、随分好き勝手にやっている映画である。伊丹十三の食へのこだわりは、彼のエッセイ、『日本世間噺体系』『小説より奇なり』でも窺えるが、そういうこだわりが全編に散りばめられているのがこの映画。さまざまな映画へのオマージュみたいなシーンもあちこちに見受けられ(『8 1/2』、『ベニスに死す』、『恐怖の報酬』など)、そもそもストーリー自体が『シェーン』である。方々を渡り歩いている男が、あるラーメン屋を立て直すというストーリーだが、ストーリー以外に食についてのさまざまなエピソードが挿入されていて、そのエピソードをちょっとした仕掛けでつなげていくという斬新な方法が使われている。ルイス・ブニュエルの映画で似たような手法を見たことがあるが、そう考えるとブニュエルへのオマージュにもなっているのかも知れない。
 エピソードは10本あるが少し毛色の変わったものも多く、やや悪趣味みたいなものもある。とにかく伊丹十三がやりたい放題で撮ったシーンという感じで、このあたり、エッセイ『小説より奇なり』と共通する部分である。
 また、登場するキャストも少し変わっていて、映画監督の藤田敏八、のっぽさんの高見映、音楽担当の村井邦彦、それに大友柳太郎まで出ている。ベテランの大滝秀治は伊丹映画にはよく登場するが、この映画では逆さにされたり、口に掃除機の先端を突っ込まれたりとそれこそやりたい放題やられていて、こういうことをやらせる伊丹十三もすごいが、難なくこなしている秀治も大したもんである。
 音楽はリストやマーラーが使われていて、もちろんそれぞれメジャーな作品であるが、BGMで使われることがあまりないような部分が使われていてちょっと珍しいと思った。こういった部分にも伊丹十三の遊び心みたいなものが感じられる。
 私の記憶が確かならば、この映画の発表当時、世間の評価は前作の『お葬式』ほど高くなくて、割合地味な作みたいに受け取られていた記憶があるが、いまやこちらの方がメジャーになっているんじゃないかと思うような扱いである。YouTubeでも部分部分(いろいろなエピソード)がアップされているし、特に国際的な評価が高いようだ。あるフランス人がこの映画を見て日本に関心を持ち移住したという話も聞いたことがある。実際僕が見たYouTubeの映像には英語字幕が付いていた。非常にユニークで毛色の変わった映画であることは確かである。ちなみに見るのは今回で3回目。
★★★☆

参考:
YouTube『How to make an omurice (from Tampopo)』(伝説のオムライス)
YouTube『Tampopo - ramen master』(正しいラーメンの食べ方)
竹林軒出張所『小説より奇なり(本)』
竹林軒出張所『ミンボーの女(映画)』
竹林軒出張所『マルタイの女(映画)』
竹林軒出張所『スーパーの女(映画)』
竹林軒出張所『大病人(映画)』

追記:伊丹十三といえば、伝説の映画監督・脚本家の伊丹万作の子息で、元々は役者である(それ以前はグラフィック・デザイナーだったそうで)。映画を撮り始めたのは1984年からだが、それ以前から彼が書くエッセイも一部で高く評価されていた。『愛川欽也の探検レストラン』という番組では食へのこだわりまで披露していて(最高の駅弁を作るという企画が印象的であった。ちなみにその駅弁の名前は『元気甲斐』)、映画監督として売り出す前から多方面で才能を発揮していた。実はこの映画のモデルになった企画も『探検レストラン』にあったそうだ(Wikipedia情報。これについては記憶にない)。エンディングロールに「企画資料協力 愛川欽也の「探検レストラン」」と出るのはそのためか。
by chikurinken | 2012-08-28 07:52 | 映画

『幸福』(映画)

b0189364_7561921.jpg幸福(1981年・東宝)
監督:市川崑
原作:エド・マクベイン
脚本:日高真也、大藪郁子、市川崑
出演:水谷豊、永島敏行、谷啓、中原理恵、永井英理、黒田留以、市原悦子、草笛光子、浜村純、加藤武

 市川崑の映画ってことで結構期待していたんだが、正直言って期待外れ。市川崑作品にも駄作があるというのを思い知った。駄作といっても、そこはやはり市川崑で、ストーリーがとんでもなく破綻していたり作りが雑だったりというのはないが、しかしストーリーがつまらない上にリアリティもない(結末はこれかい!?と突っ込みたくなるようなストーリー)。刑事物の常連、水谷豊は、他の刑事物と違ったキャラクターを演じていてなかなか好演だが、永島敏行や中原理恵なんかの演技は大雑把でいただけない。加藤武も『犬神家の一族』と同じようなキャラクターで刑事役として登場するが、周辺とあまりかみ合っておらず、まったく効果的でない。
 家族の問題を扱おうというテーマ自体は面白いんだが、全体的な整合性がとれておらず、どこかぶつ切りの印象がある。映像も、70〜80年代前半の映画にまま見られる洗練のない映像といった感じで(にっかつロマンポルノみたいな情緒のない説明的な映像)、面白味がない。市川崑、よっぽど調子が悪かったのか、上層部ともめてたのかよくわからないが、まったく市川崑らしさのない残念な作品になっていた。
★★★

参考:
竹林軒出張所『鍵(映画)』
竹林軒出張所『細雪(映画)』
竹林軒出張所『炎上(映画)』
竹林軒出張所『おとうと(映画)』
竹林軒出張所『太平洋ひとりぼっち(映画)』
竹林軒出張所『ぼんち(映画)』
竹林軒出張所『吾輩は猫である(映画)』
竹林軒出張所『野火(映画)』
竹林軒出張所『プーサン(映画)』
by chikurinken | 2012-08-27 07:57 | 映画

『マルサン — ブルマァクの仕事』(本)

b0189364_9404793.jpgマルサン — ブルマァクの仕事 鐏三郎 おもちゃ道
くらじたかし著
文春文庫

 あいにく僕は怪獣のソフビ(ソフトビニール)人形にはあまり興味がなかったためマルサンという会社名は元々よく知らなかったが、『開運 なんでも鑑定団』という番組にしばしば名前が登場するのでそのルートで知っているという程度。このマルサンのソフビ人形、ものによってはものすごい値段がついていて、特に関心のない僕にとっては驚き呆れるばかりの世界である。ただし、マルサンについてはよく知らないが、ブルマァクについては結構感じるところがある。かつてTVコマーシャルもよくうっていたし、僕自身『怪獣パチンコサッカー』というゲームを持っていて(親に買ってもらったものだが)、これがまたよくできたゲームだったので、製造者であるブルマァクの名前も記憶に残っていた。当時エポック社のボード・ゲーム(「野球盤」など)が全盛で、エポック社は、僕にとってプラモデルのタミヤみたいな栄光の存在だった。子ども向け雑誌にも頻繁に広告が出ていたため、ゲームといえばエポック社という刷り込みもできていたのかも知れない。ただ実際にエポック社のゲームは質の高いものが多く、他のメーカーのゲームはどこかもの足りないという印象があったのも事実。そういう中でブルマァクの『怪獣パチンコサッカー』は非常に優れたゲームで、メカニカルな風合いとかゲームのシステムとか、子ども心を惹きつける魅力があった。そういうわけでブルマァクには個人的に思い入れがあるのだ。
 さて、そのマルサンとブルマァクだが、マルサンが1968年12月に倒産した後、マルサンに勤めていた数人で翌年興した会社がブルマァクという関係だそうで、本書ではマルサンの発展時代 → 倒産 → ブルマァクの発展 → 倒産という過程を、その両社に中心人物としてかかわった鐏(いしづき)三郎という人物を軸にして描き出す。
 マルサンが玩具の世界で台頭してきたのが1950年代の中頃で倒産したのが68年ということなので、玩具業界のトップに君臨していたのは正味10年ほどだ。一方ブルマァクの方は、77年に倒産しているため、操業していたのはわずか8年に過ぎない。それぞれ結構な業績(商品数)を残していて、玩具業界でもそれなりの地位を築いていたわけで、むしろ、なぜこんなに短命だったかに興味が湧くところだ。で、結論を言うと、マルサンの方は、60年代中頃に大流行したスロットレーシングへの対応がうまくいかず(品質の良い製品を出せなかった)、巨大な在庫と負債をかかえることになったのが直接的な理由だそうだ(タミヤはスロットレーシングで信用と売上を伸ばした)。一方のブルマァクは、マルサンから引き継いだマーチャンダイジング商法(テレビ番組とタイアップして、キャラクター商品を売る)でつまずいたことが直接的な原因になったらしい。ちなみにマルサンの方は、マーチャンダイジングでは結構うまくやっていたみたいで、著者は、スロットレーシングの負債がなければ倒産することもなかったというような見方をしている。だが、マーチャンダイジングというのは考えてみればちょっと安易な発想ではある。品質を極限まで追求して消費者の心を掴んだタミヤと好対照をなしているような気がするがどうだろうか(竹林軒出張所『田宮模型の仕事(本)』)。もっとも、成功かどうかなんていうのは、やはり運に負うところが大きいんじゃないかと思ったのも事実。タミヤが結果的に今も残っていて、マルサン、ブルマァクがすでになくなっているからどうしても「勝てば官軍」的な発想になってしまうが、実際のところはほんのちょっとした差だったような気もする。後者に運があれば立場は逆転していたかも知れない。
 本書の著者は、ソフビ怪獣のコレクターらしく、マルサンとブルマァクの商品に大変思い入れがあるようだ。ただ、思い入れは伝わってくるが、正直言って本の内容はもう一つという感じだった。マルサンとブルマァクの興亡史自体、倒産のところ以外、それほど面白いと思わなかったのも事実である。大体、何年にどういう商品を出してどれが当たってどれが外れたかなどという記述は、その商品に思い入れがなければ特に感じることもないだろう。記述内容がうまく伝わってこない箇所も結構あって、多少読みづらさもあった。ソフビ人形や、マルサンとブルマァクに思い入れがある人じゃないとさして面白味を感じないんじゃないかと思ったりもした。要はそういった類の本である。
★★★
by chikurinken | 2012-08-25 09:41 |

『田宮模型の仕事』(本)

b0189364_1715771.jpg田宮模型の仕事
田宮俊作著
文春文庫

 「タミヤ」と聞いてプラモデルを連想するのはオジ世代で、若い世代はミニ四駆とかになるんだろうか(ミニ四駆の世代も結構な年齢になっているようだが)。ともかく僕らの世代はタミヤの戦争物プラモにどっぷりはまった世代で、僕なんぞもジオラマを作ったり、タミヤのエナメル塗料で色を塗ったりして随分熱中した。今でも銅版画を作るときにタミヤのエアブラシを使ってるほどで、プラモについては当時タミヤ以外のものは買わなかったくらいだ。タミヤの1/35スケール・モデル以外、興味を覚えることすらなかった。それくらいタミヤのものは質が良かったし、塗料やジオラマ用の材料まで広く用意していたりして、模型作りのディープな世界への導き方が非常にうまかったように思う。当時はタミヤのあの星のマークを見ただけで心がときめいたものだ。今思うと、僕にとっての初期のブランド・イメージだったんだろうが、同世代の男たちの多くにとってそうだったんじゃないかとも思う。
 さてそのタミヤであるが、世界中にその名をとどろかしている一大模型メーカーになっている現在を思えば、過去、社員が会社に見切りを付けて次々に辞めていったり、木製模型からプラモデルへの移行に失敗し大借金を抱えた時代があったことなんか想像もつかない。著者の田宮俊作は、現在タミヤの会長であるが、父の木製模型の会社を引き継ぎ(「引き継いだ」と言っても借金だらけの当時完全に斜陽の会社だったらしい)、今のタミヤの地位と信用を築きあげた最大の功労者でもある。本書は、瀕死の町工場の時代から、プラモデルの売り出しに成功して、その後、スロットカー、戦争物シリーズ、ラジコン・カー、ミニ四駆と大ブームを次々に生み出し、世界企業になるまでの成長過程を、企画・製造に直接かかわった著者の目で描いている。そこに流れるのは「売れれば良い」という姿勢ではなく「良いものを消費者に届けたい」という熱意であり、そのために本書も単なるサクセス・ストーリーに終わらず、物作りの熱意が伝わってくるエネルギッシュな本になっている。良いものを作るために全力を注ぐ職人魂が流れているのがタミヤの製品だということがよくわかる。子ども時代の僕のタミヤ・ブランド志向もあながち外れたものではなかったなと、この本を読んで思う。
 モデルの設計のために、世界中の博物館に赴いては、写真を撮ったり寸法を測ったりという取材を納得いくまで続けるという話を聞くと、単なる趣味の製品と片付けることができない奥深さがある。納得のいく良い製品を作り出して、それを消費者に届け、同時に消費者の意見を集約して、さらに高みを目指す。これこそが製造業のあるべき姿で、信用こそが会社を築き上げるということがよく理解できるのである。
 とはいえ、やはり読んで一番面白かったのが、なかなかうまく行かなかった時代の話なのだ。こういう話が共感しやすいということもある。プラモデルに進出して、自信作の製品を売り出すが、消費者の子ども達に手にとってすらもらえない。そこでそれを打開するため、箱絵を充実させたいと思う。そのために、当時すでに人気作家だった小松崎茂に熱烈な思いを綴った手紙を書き、箱絵を依頼したという話も感動的で良い。返事は来ないものだろうと思っていたところ、熱意に感心したのか小松崎氏はすぐにOKを出し、そうして案の定この製品は大ヒットすることになる。
 著者は言ってみれば財界人だが、文章が非常にこなれていて読みやすかったのも特筆に値する。ところどころ挿入される関係者の手記のような短文も(著者以外の)別の視点で捉えられた当時の状況を示す上で大変効果的である。他にも、タミヤの製品をいち早く評価したイギリスのRIKO社の元社長も、さらに別の視点から見た(タミヤの外、日本の外から見た)タミヤ像、田宮社長像を紹介した文章を手記として寄せていて、これも読み応えがあった(ただしこれは文庫版のみ)。特にタミヤに思い入れのある人(僕を含む)にとっては、タミヤのプラモ同様、内容充実の満足度の高い本であると思った。
★★★☆
by chikurinken | 2012-08-24 17:02 |

『ニッポンの旅 江戸達人と歩く東海道』(本)

b0189364_8213243.jpgニッポンの旅 江戸達人と歩く東海道
石川英輔著
淡交社

 講談社から出ている『大江戸シリーズ』の石川英輔の著書。新刊本かと思って読んだんだが、新刊ではなかった。それに講談社の本でもない。内容は江戸時代の旅についてで、江戸の旅については、これまで『大江戸シリーズ』でも何度も触れられている(竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』参照)。『雑学「大江戸庶民事情」』で詳細に触れられているし、『大江戸泉光院旅日記』でも、江戸時代の旅を甦らせるような試みが行われている。本書も上記の2冊と同じような狙いで、江戸時代の旅について解説しながら、東海道五十三次の旅を疑似的に再現してみようという試みで、この本も「過去の著作の焼き直し」みたいな内容であった。ただしこれも他の石川英輔の著作と共通するが、内容は非常に蘊蓄に富んでいて面白い。
 江戸時代の人々は、とにかく旅好きで、実際に、街道しかり宿泊施設しかりで旅のためのインフラも随分整っていたらしい。文政十三年の伊勢神宮遷宮の際は、日本全国から500万人が伊勢神宮を訪れたという(当時の総人口が3,100万人だったため国民の6人に1人が伊勢に行った計算になる)。関所なんかもわりに良い加減でフリーパスに近かったというし(例外もある)、治安も非常に良かったという。あげくに子どもたちだけのグループとか無銭旅行者までいたらしいが、それがまた、実際に伊勢参詣までできていた(街道沿いの人々の支援もあったらしい)というからすごい。装いや持ち物、駕籠や馬などの交通機関、貨幣などについても詳細な解説があり、「疑似旅行」をする上で十分な知識が得られる。
 こういう本を読むと、江戸への憧憬がいやが上にも増してくるんだが、今の感覚からいくと、つくづく不可思議な世界であると思う、江戸時代の社会というのは。
★★★

参考:
竹林軒出張所『石川英輔の本、5冊』
竹林軒出張所『大江戸庶民いろいろ事情(本)』
竹林軒出張所『実見 江戸の暮らし(本)』
竹林軒出張所『江戸時代はエコ時代(本)』
竹林軒『書籍レビュー:江戸の新発想』
by chikurinken | 2012-08-22 08:22 |

『過疎地帯』(映画)

過疎地帯(1973年・岩波映画)
演出:秋山矜一
脚本:秋山矜一
ドキュメンタリー

 1973年当時、日本中で問題になっていた過疎の状況を報告する文化映画。
 この当時、僕は小学生だったが、その頃の小学校の授業でも過疎の問題を扱っていたくらいなので、当時大きな懸念材料になっていたんだろう。この映画で紹介されている過疎地帯は、中国山地の農村、鹿児島沖の離島、北海道の酪農地帯などで、どこも第一次産業の衰退が原因の過疎である(映画では、政府の減反政策が過疎のきっかけになったという事例も紹介)。第一次産業の生業で食べられなくなって都市に移転する人が増える → 村の人口が減って学校や病院などの施設がなくなる → ますます過疎に拍車がかかる、という過程がこの映画で紹介されていく。
 ご存知のようにその後も過疎は日本のあちこちで進展し、今では過疎の問題が取り上げられることも少なくなった。この映画は第一次産業の衰退で過疎が始まった頃の状況をあぶり出しているわけだが、70年代から80年代は、第二次産業の産業転換で生じる過疎も増えてくる(炭鉱など)。そしてさらにその後は、第三次産業の産業転換によって町の商業施設の空洞化なんかが生まれるわけだが、突き詰めていけば、産業構造の転換に伴って人口分布が変わっているという見方もできる。とは言っても、江戸時代から営々と続いてきた生活がなくなる、その結果として産業の配分に偏りができるというのは、決して見過ごすことができない問題なのであって、真剣に向き合わなければいけないなとも思う。それもこれも結局は、グローバリゼーションを含め経済偏重の文化の産物なんだろうが、江戸時代に築き上げられた大切な文化が失われているような喪失感も少し感じるところなのだ。

追記:さすがにこの映画はDVD化されていないようだ。
★★★
by chikurinken | 2012-08-21 07:52 | 映画

『新しい製鉄所』(映画)

b0189364_7404837.jpg新しい製鉄所(1959年・岩波映画)
演出:伊勢長之助
構成:伊勢長之助
音楽:池野成
出演:芥川比呂志(ナレーション)

 製鉄所での製鉄の過程を紹介する無骨な文化映画。
 船で搬入された鉄鉱石が細かく粉砕され、コークスとあわせて溶鉱炉に入れられて銑鉄が作られる。次にこの銑鉄とくず鉄、マンガンなどを別の溶鉱炉に投入し、こうして鋼(はがね)ができあがる。これをさまざまな過程を通して圧延し、規格通りの鉄板が作られていく。
 装飾を一切廃して、この過程をただただ紹介していく映画で、製鉄会社の新人研修のために作ったのかと思わせるような硬派な作品だ。もちろん僕は、こういう分野についてはまったくの素人だが、ちょっとした工場見学みたいで意外に楽しめたんである。ただ、製造される鉄は最後の最後までずっと熱いまま、つまり赤い状態で、見るからに熱い。さぞかし工場の中は灼熱なんだろうと思う。労働者の方々は大変だろうなと思うと同時に、高度成長期の日本のもの作りのエネルギーを感じられる一本で、なかなか見応えがあった。僕は放送されたものを見たんだが、なんとDVDも出ているそうで、放送されることすらめったにないのに需要があるのかとも思うが、ともかく出ている。図書館なんかの公共施設に置かれるんだろうかと思い、今、近所の図書館のデータベースで調べたら案の定あった。他にも「重厚長大・昭和のビッグプロジェクトシリーズ」と名うった作品シリーズ(この『新しい製鉄所』もその中の1本)が目白押しで、中には有名な作品もあり、興味をそそられるところだ。
 映画の最後に出てくるキャプションによると、企画は川崎製鉄ってことで、やっぱり新人研修のために作ったんだろうか……という疑問が頭をもたげる。
★★★☆
by chikurinken | 2012-08-20 07:41 | 映画

『間諜X27』(映画)

間諜X27(1931年・米)
監督:ジョセフ・フォン・スタンバーグ
脚本:ダニエル・N・ルービン、ジョセフ・フォン・スタンバーグ
出演:マレーネ・ディートリッヒ、グスタフ・フォン・セイファーティッツ、バリー・ノートン、ヴィクター・マクラグレン

b0189364_7182736.jpg 第一次大戦時、オーストリアの諜報部に一人の娼婦がスパイとしてスカウトされる。X27というコードネームで呼ばれるこのスパイ、女を武器にさまざまな任務をこなす優秀なスパイになる。ただ女であることから恋愛感情なども芽生え葛藤が生じるというストーリーで、なんとなく往年のドラマ、『キイハンター』を彷彿させる。もちろんこちらの方がずっと前の映画で、ああいったスパイ関連のドラマというのは、この映画に多大な影響を受けているんじゃないかと思わせる、そういう内容である。ちなみに『キイハンター』のテーマ曲、「非情のライセンス」の歌詞はこんなの。

ああ あの日 愛した人の
墓に花をたむける あした
ああ きのう恋して燃えて
きょうは 敵と味方の二人
恋も夢も希望も 捨てて
命賭ける 非情の掟
ああ だから ああもっと もっと 愛して
(作詞:佐藤純彌、作曲:菊池俊輔、歌:野際陽子)

まさしくこの映画のストーリーを要約しているような歌詞である。
 美貌の女スパイは、マレーネ・ディートリッヒが演じている。他の役者もなかなか個性的で良い。スパイ映画といっても単なるアクション映画ではなく(というよりまったくアクション映画ではない)、反戦色を前面に打ち出した映画で、ルイス・マイルストン監督の『西部戦線異状なし』に通じるようなメッセージ性もあった。
★★★☆
by chikurinken | 2012-08-18 07:20 | 映画