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竹林軒出張所

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チョピンとは俺のことかとショパン言い

 前にベートーヴェン全集のところ(竹林軒出張所『ベートーヴェンの使い回し』)で書いたが、ショパン全集が手元にある。いよいよこれを全部聴いてみたという話である。
b0189364_811787.jpg 同じくベートーヴェン全集のところで書いたが、20年以上前にルービンシュタインのショパン全集(10枚組、全集と名うっているが室内楽や歌曲が入っておらず全集とは言えない)を買っているので、ショパンのCDについては手持ちのものが結構ある。ルービンシュタインをはじめさまざまな演奏家のものをすでにiTunesに登録しているため、今回はそれ以外の楽曲を取り込んで聴いてみた。
 今回のショパン全集は、ドイツの名門音楽レーベル、グラモフォンによるもの(『Chopin Complete Edition』)であるため、演奏家もポリーニ、アルヘリッチなど錚々たる顔ぶれで、その点ではまったく不満はない。しかも英国の名門音楽レーベル、デッカから出ているアシュケナージの名盤も数枚収録されていて、この辺、グラモフォンとデッカとの間で何らかの交渉があったんだろうが、非常に贅沢である。おそらくグラモフォンの意向で、グラモフォンに足りない楽曲をデッカからレンタルして補ったんだろうと思う。なお前に書いたように、僕は3800円で売られていたときに輸入盤を買った。今は5000円くらいだが、17枚組であることを考えると、この値段でも十分お買い得であると言える。この企画は、ショパン生誕200年記念として2010年に発売されたアルバムで、日本版も出ている……ようだ(中身が同じかどうかは未確認)。
 内容はと言うと、ルービンシュタインのコレクションを持っていることもあり、楽曲の目新しさはあまりなかったが、それでも声楽曲や室内楽曲は珍しい。ショパンと言ったらピアノ曲しか知らなかったもので、それ以外のものは非常に新鮮である。といってもこういった曲にもピアノ・パートは入っているわけで、ピアノ抜きの曲は実は存在しないのだ、おそらく。さすがピアノの詩人! 演奏はどれも良く、今のところ物足りなさは感じていない。
 今回全集に触れてわかったのは、一般的に「第●番」という番号付きで呼ばれている曲(ワルツ、マズルカ、ポロネーズなど)は、元々その多くが2、3曲のセットで発表されているということである(前奏曲、練習曲は例外)。たとえばポロネーズ第1番と第2番は『2つのポロネーズ』として発表されている。この「第●番」というのはやはり後の人が付けたんだろうが、すべてが出版順というわけでもなく、これ自体にあまり意味がないんではないかということに気が付いた。ショパン自身は出版した作品に作品番号を付けているが、この作品番号にしても、ショパン死後、関係者が勝手に付けたものもある(作品66以降)らしく、少々ややこしい。ちなみにショパン自身は、(作品66以降を含む)未発表の作をすべて破棄してほしいと遺言したらしい。実際にはショパンの意向は尊重されなかったが、しかし作品番号の付いていない作品にも秀作があることを考えれば、結果的には良かったのかとも思う。
 それからもう一つわかったのはマズルカが異常に多いということで、全部で60曲近くある。ショパン自身、マズルカに思い入れがあったということなんだろうか。全集を聴いたといっても、実際のところはそういうことをつらつら考える程度なんだが、それでもやはり「全集は良い」と思う。ある作曲家の生涯の作品すべてに当たることができるわけで、贅沢きわまりない体験と言える。まあしかし、全集を聴いて、この程度の感想しか出てこないというのも少しみっともない気もする。

参考:
竹林軒出張所『ベートーヴェンの使い回し』
by chikurinken | 2012-07-31 08:04 | 音楽

『勇気ある証言者 〜ボスニア〜』(ドキュメンタリー)

勇気ある証言者 〜ボスニア〜(2011年・米Thirteen/Fork Films)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_918412.jpg 1990年代に起こったユーゴスラビア紛争では、歪んだナショナリズムが引き起こす悲劇を嫌というほど見せつけられたが、それでもまだ耳にしていない、目にしていない悲劇がいくらでもあるようだ。このドキュメンタリーで紹介されていたのは集団レイプ事件で、セルビア人によりムスリム(イスラム系住民)女性に対して組織的なレイプが行われたという。こういった事件の根底に流れるのは思い込みによる憎悪であるが、平和の象徴としての性行為が暴力と化してしまうのは、毎度のことながらいたたまれない気持ちになる。
 ともかく1992年にボスニアのフォチャという市でその事件は起こった。この紛争が起こる前は、民族を問わず関係なく接していた隣人同士だったが、ナショナリズムが勃興し始めると、セルビア人武装組織によってムスリムに対し攻撃が加えられるようになった。かつての知人・友人であっても、殺害の対象から外されることはなかったという。殺害を免れた女性たちは、スポーツ施設や学校などに集められて、そこで集団で執拗にレイプが行われたというのである。
 加害者は永らく処罰されることがなかったが、この事件が明るみに出て、責任者3人が国際司法裁判所で裁かれることになる。そして被害者が証人として出席した。顔が見えないようにした上声にも加工を加えたが、報復を恐れて証言を拒んでいく証人が続出する。それでも勇気を出して証言した女性たちもいる。彼女たちの具体的な証言もあり、結局3人の容疑者に「人道に対する罪」による有罪判決が出た。国際司法裁判所で性犯罪が裁かれたのはこれが初めてで、その後これが先例となり性犯罪も戦争犯罪として扱われるようになったという。それもこれもすべて果敢に証言した被害者女性の勇気のたまものというのがこのドキュメンタリーの主旨である。なお、このような事件はボスニア全土で起こったようで、2万人以上(一説では5万人以上)の被害者がいたという。
 その後、ある被害者女性の1人がフォチャに「レイプで苦しんだ女性たちの銘板」を立てようとしたが、セルビア人住民(多くの女性を含む)の抗議行動のために断念せざるを得なかった。過去にしっかりと向き合わないのは、古今東西同じである。
 ドキュメンタリーでは、ボスニア紛争の映像なども交え、実際の法廷の映像、証言などで構成され、人間の愚行と悲劇があぶり出される。目が離せなくなるような構成で、テンポも良かった。
★★★☆
by chikurinken | 2012-07-30 09:19 | ドキュメンタリー

『セント・オブ・ウーマン 夢の香り』(映画)

b0189364_9101588.jpgセント・オブ・ウーマン 夢の香り(1992年・米)
監督:マーティン・ブレスト
脚本:ボー・ゴールドマン
出演:アル・パチーノ、クリス・オドネル、ジェームズ・レブホーン、ガブリエル・アンウォー、フィリップ・S・ホフマン

 視力を失った退役軍人と1人の真面目な高校生による、一種のロード・ムービー。この映画、「アカデミー賞受賞作品特集」というNHK-BSの企画で見たんで、アカデミー賞のどの部門の受賞作かは知らなかったんだが、見ていてこれは主演男優賞だなというのがすぐにわかった。それくらい、盲目の退役軍人を演じたアル・パチーノは見事であった。これまで見たどのアル・パチーノとも違う役柄であるにもかかわらず、嵌まりまくっていた。大したもんである。
 原題は『Scent of a Woman』で「女の匂い」という意味。「セント・オブ・ウーマン」だとわけがわからないが、日本版タイトルをつける担当者が「女の匂い」だと身も蓋もないと感じたのかも知れない。ストーリーはよくできていて、途中までまったく先が見えないほど奇想天外な展開だったが、終盤では結局なるようになってきて、最後は予定調和的に終わってしまい、できすぎなエンディングになってしまった。このあたりはハリウッド映画の限界なのか、もう一波乱あっても良かったような気がする。とは言え、うまく工夫されたストーリーであるとは思う。登場人物の心情もよく伝わってきた。
 全編タンゴが流れるなど、音楽もなかなか心地良い。特にアル・パチーノとガブリエル・アンウォーがタンゴを踊るシーンは圧巻である。どのシーンも細部まで目が行き届いていて完成度の高い映画だと思った。上映時間2時間40分で長めの映画だが途中だれることはない。質の高い「ハリウッド映画」である。
★★★☆
by chikurinken | 2012-07-28 09:11 | 映画

『家で死ぬということ』(ドラマ)

家で死ぬということ(2012年・NHK名古屋)
演出:佐藤譲
脚本:大島里美
出演:高橋克典、渡辺美佐子、西田尚美、山口紗弥加、庄野崎謙、佐藤正宏、 国広富之

b0189364_7464964.jpg 『病院で死ぬということ』という映画があった(竹林軒出張所『病院で死ぬということ(映画)』参照)が、テーマはあれと同様で、どういう死に方をすべきかという話である。
 舞台は世界遺産の白川村で、ある家に嫁入りし、大舅、舅、姑、夫を介護し見とってきた主人公、ひさ子(渡辺美佐子)が、今度は自分が末期ガンになるが、死を迎えるに当たって介護施設ではなく家で死にたいと思うという話。ちなみにこのひさ子婆さんだが、現在1人暮らしで、1人娘、恵美(西田尚美)は東京で暮らしており、すでに結婚し、成長した子どもも2人いる。アクセサリーだかなんだかの店を持っており、その収益が家計を支えているらしい。夫(高橋克典)はといえば、有名家電メーカーに勤めるエリートだが、メーカー自体が外国のメーカーに払い下げられ現在閑職に就いている。そういう状況で、恵美が夫に、ひさ子の元に行って東京の病院に入ることを奨めるよう求めるところから話が始まる(夫に仕事を休んで自分の母の面倒を見ろというのは随分身勝手な話で、この恵美というキャラには、全編にわたって身勝手な人間という印象がつきまとう)。
 結局、この夫は、現在就職浪人中の長男を連れて白川村に赴き、一緒に暮らすようになって、ひさ子の生き様を間近に感じるようになっていくというストーリーである。このあたりの展開は使い古しのネタで、その過程で田舎暮らしの素晴らしさが表現されるというのも「ザ・定番」である。
 全体的にしっかり作られたドラマで、ホロッと来るようなシーンもあり見せるドラマになっているが、いかんせん使い古しのネタがあちこちに出てくると、それだけでとたんに白けてしまう。人の好い隣人(佐藤正宏)が、主人公の夫を田舎暮らしにうまいこと引き入れ田舎の魅力を吹き込むような展開も、(ドラマとして)あまりにありふれている。もう少し工夫があったら良かったねと思う。
 「家で死ぬ」という核心の部分にしても、テーマにも展開にも目新しさがあまりなく、少しもの足りない印象である。ただしドラマとしては完成度が高くよくできているのは事実で、「しょせんドラマ」というような見方をするならば佳作と言えなくもない。だがそれはドラマに対してちと失礼というものである。このドラマが放送されたのはNHKの土曜ドラマスペシャルの枠だったが、このドラマの後も『あっこと僕らが生きた夏』『永遠の泉』という、死について考えるドラマが続いて、NHKの意欲が感じられる編成になっていた。だがどのドラマにも共通して言えるが、ストーリーの作り手の力量がちょっと不足しているような気もする。そのあたり今のテレビ業界の限界なのかと思ったりもした。
 そうそう、今日、このドラマのDVD(『家で死ぬということ 完全版』)が発売になるそうだ。DVDが出るくらいだから、放送当時結構評判になっていたのかも知れない。
★★★☆
by chikurinken | 2012-07-27 07:47 | ドラマ

『メルトダウン 連鎖の真相』(ドキュメンタリー)

b0189364_1021080.jpgメルトダウン 連鎖の真相
(2012年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

 福島原発事故を振り返るシリーズ。『シリーズ原発危機 メルトダウン 〜福島第一原発 あのとき何が〜』の続編みたいなものか。いずれにしても、新しい事実が判明したらどんどん報道するのが報道機関の使命であることを考えると、こういった「小出し」ぎみのシリーズも十分存在価値があると言える。
 さて今回は、2011年3月15日に発生した2号機の爆発事故がテーマである。この爆発事故により、福島原発事故で放出された放射能のうちのかなりの部分が環境中に放出されたということだが、2号機建屋自体が破壊されていないためか、1号機、3号機の水素爆発事故ほど目立たない。だが実は(作業員の認識によると)ここが一番危なかったということらしい。そこで、地震による電源喪失から爆発事故に至るまでの過程を、再現ドラマと関係者のインタビューを交えて追うという企画である。
 2号機は、1号機と違い補助電源によって数日間冷温状態が保たれていたが、その後電源を失うことになり、徐々に圧力容器内の水位が下がって、燃料棒が露出するという事態になる。なんとかして炉内に注水しなければならないが、冷却水の蒸発により炉内の圧力がきわめて高く、水が入らない状態になった。そこで、圧力容器に8個ついているSR弁を開けて蒸気を炉外に排出することで、炉内の圧力を下げ、注水できるようにするという方針で、作業が進められていた。ところが実際にSR弁を開けようとすると、この弁が開かないことがわかった。この番組の推測では、炉内の圧力が異常に上がったため、その圧力が影響して弁が作動しなくなったのではないかということだが、いずれにしても炉内の圧力が上がってどうなるかというシミュレーションは行われていなかったようで、ともかく1つとして動作するSR弁がなかったのだ。b0189364_1032162.jpgやがてメルトダウンが発生し、今度は格納容器の圧力が上がりだした。格納容器の圧力が上がった場合は、緊急操作のベントという作業によって、格納容器内の蒸気を施設外に放出し、圧力を下げられる構造になっている。だがこれも、地震の揺れのせいで破損したのか、実際には作動しなかった。こうして格納容器の崩壊という最悪の事態が目前に迫ったのだった。その後、圧力抑制室で爆発・破損が起こり(推定)、結果的に蒸気が大量に施設外に放出されることになって、格納容器の圧力が下がった。このときに大量の放射性物質も施設外に放出されたが、皮肉なことだがそのために格納容器の崩壊という最悪の事態は免れることになったのだった。
 このような状況が、CGなどを駆使してわかりやすく示されるが、それでもやはり一部説明不足でわかりにくい箇所があったのは残念。こちらも理解が不足しているかも知れず、上の説明も若干間違っている可能性はある。とはいえ、全体的に図解説明が具体的で、イメージを掴みやすかったのは確かである。また、2号機の爆発事故についてもかなり具体的に説明していたため、全体像が掴めて大変ありがたかったのも事実。1号機、3号機の事故もあわせて時系列で紹介されていたため、あの事故を振り返るための素材として、非常に有用だったと思う。このシリーズの今後にも期待したいところだ。
★★★☆

参考:竹林軒出張所『シリーズ原発危機 第1回(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2012-07-25 10:05 | ドキュメンタリー

『ことの終わり』(映画)

b0189364_7471492.jpgことの終わり(1999年・英米)
監督:ニール・ジョーダン
原作:グレアム・グリーン
脚本:ニール・ジョーダン
出演:レイフ・ファインズ、ジュリアン・ムーア、スティーヴン・レイ

 グレアム・グリーンの小説『情事の終り』の映画化。夫を持つ女性と不倫関係に陥った主人公(グリーン自身がモデルらしい)が、ふとしたきっかけで愛人と別れ、その後嫉妬に狂い、夫をも巻き込んで探偵を雇い、元愛人の身辺を探らせるというストーリー。
 ストーリーは悪くはないが、特に面白いとも感じなかった。全編に渡り、情事のシーンがふんだんに盛り込まれ、セックスそのもののシーンもある。こういったシーンがこんなに必要かにわかに判断できないが、エロチック・サスペンスみたいなノリの映画なんだろう。サスペンスと言えるかどうかは微妙だが、ある種の謎解きになっているため、サスペンス・タッチではある。だが、それについてもあまり面白さを感じなかったのだ。最終的に、面白かったのかどうかすらよくわからない、物足りなさだけが残ったような、そんな映画だった。
★★★
by chikurinken | 2012-07-24 07:47 | 映画

『幸福駅周辺・上野駅周辺』(本)

b0189364_843583.jpg幸福駅周辺・上野駅周辺
山田太一著
ドラマ館

 1978年にNHKの銀河テレビ小説で放送されたドラマのシナリオ本。本書に収録されている『幸福駅周辺』と『上野駅周辺』は、それぞれが10回(1回20分)のシリーズで、この2つの作品は「ふるさとシリーズ」と名うって連続で放送されたものである。
 『幸福駅周辺』は、かつて日本中でブームになった北海道広尾線の幸福駅関連の話だが、実のところ舞台は愛国駅周辺である。かつて「愛国発幸福行き」の切符が爆発的に売れたが、その愛国駅に勤務する中年男(佐野浅男)と娘(木村理恵)を中心とした話で、「愛国駅周辺」とするのが正しいんじゃないかとも思うが、幸福がテーマになっていることからあえて「幸福駅周辺」をタイトルとして採用したのだろう。
 都心に住んでいる若者が観光で愛国駅に来て、そこの駅員、娘らと接するところから話が始まる。この娘を嫁に欲しいという農家の男が2人いて、一生懸命アプローチするが、この娘は東京に出て歌手になりたいと思っている。一方都心から来た男は、すでに東京には未練がなく、この地で働きたいと言う。それぞれの思惑が交錯して一悶着あるがそれなりの結末に行きつくというストーリーで、実に地味なドラマである。
 もう1つの『上野駅周辺』は、逆に東京に出ている地方出身者の交流を描くドラマである。東北のある町から出てきて上野駅周辺に勤めている同郷の若者たちが、東京に出てきたちょっとグズな若者の面倒を見るという話。実はこのグズな若者の父親がかつて中学の教師で、他の若者たちはいろいろ世話になっていたという設定になっている。そのため仕事なんかも世話するが、このグズな男もなかなか東京の生活になじめず、そこで一悶着というストーリーである。こちらは最後意外なところで終わっていて、少し冒険しているという印象。一方で登場人物の過剰なお節介が少々鬱陶しくも感じる。
 どちらのドラマも山田太一作品の中では地味なもので、僕自身タイトル以外知らなかったが、考えて見れば銀河テレビ小説自体地味な作品が多かった。地味ではあっても滋味があるドラマも結構あったような気がする。おそらく今では映像もあまり残っていないのではないかと勝手に想像するが、たとえ残っていても、20分(以前は15分)という枠であったことを考えると、今となっては見る機会もあまりないだろうと思う。シナリオが残っているものはシナリオで読むしかないのかも知れない。
 なお、このシナリオだが、スタッフに向けたト書きが結構多く、読みものとして読むには多少違和感があったことも付記しておきたい。たとえば、『上野駅周辺』の第8回のシーン10の最後、「このシーン、頭の方から妻の哀れさを思わせる音楽で押して、次の次のシーンまで、こぼれる。」とあり、それを受けてシーン12の最初のト書きで「音楽、終わって。」と続く。ドラマの1シーンが思い浮かぶほど具体的だが、読みものとして考えると少し興を削がれるような思いもする。シナリオはそもそも読みものじゃないと言われればそれまでだが。
★★★☆
by chikurinken | 2012-07-23 08:05 |

ドキュメンタリー雑感

 ここ数日、このブログのアクセス数が増えているのでちょっと調べてみたら、数日前に放送された『電球をめぐる陰謀』の記事が原因だということがわかった(竹林軒出張所『電球をめぐる陰謀(ドキュメンタリー)』参照)。以前、『プルパン 〜あずき菓子はオモニの愛〜』というドキュメンタリーを紹介した(竹林軒出張所『プルパン 〜あずき菓子はオモニの愛〜(ドキュメンタリー)』)ときも一時的にアクセス数がかなり増え、内心少し喜んでいたんだが、その後潮が引くように減っていった。だからアクセス数が増えたといってぬか喜びすることはもうあり得ない。それに『プルパン』については、見た直後は確かに良いイメージが残っていてそれでああいった賞賛する内容を書いたんだが、よくよく考えると作り手のずるさが垣間見えてきて、手放しで賞賛できないんじゃないかと思うようになっていたため、内心複雑に感じていた部分もあるのだ。『電球をめぐる陰謀』については、質が高い上面白かったんで、そういう面はない。だから興味を持っている人が多いことも納得がいくが、しかし『BS世界のドキュメンタリー』をそんなに多くの人が見ているのかということも『プルパン』のとき同様少し意外な気がするのだ。
b0189364_8192293.jpg さて、この『電球をめぐる陰謀』であるが、「消費社会はどこへ?」というシリーズの1作として放送された。このシリーズで放送されたドキュメンタリーは他に『ニューロマーケティング 〜消費者は買わされている?〜』、『脱・使い捨てプラスチック 宣言!』、『食品廃棄物は減らせるか』の3作品で、『食品廃棄物は減らせるか』については昨日見たが、テーマは使い古されているようなもので目新しさがなかった。内容は面白くできているし、具体的な数字が示されていて興味深くはあるが、目新しさがまったくないので、コメントするような事柄もないのだな、これが。『脱・使い捨てプラスチック 宣言!』は見そこねたが、こちらもニュース番組などでこれまでさんざん報道されてきたような内容のようだ。b0189364_8195718.jpg『ニューロマーケティング 〜消費者は買わされている?〜』は、僕が『電球をめぐる陰謀』と並んで注目していた番組で、こちらは行動経済学や脳生理学など、個人的に興味のある部分に触れてくるんじゃないかと期待していたんだが、残念ながらテーマだけが大きく、内容は尻すぼみでまったく期待はずれだった(それぞれの作品の内容に興味がある方は、リンク先の『BS世界のドキュメンタリー』のページで確認していただきたい)。
 このように、見る(あるいは読む)には見たが(あるいは読んだが)いろいろと書くほどではないと思う作品も割合あり(特にドキュメンタリー)、そういうものはこれまでこのブログで紹介してこなかった。ただ後になって、自分自身の確認にために記録しておけばよかったと思うことも結構あるので、見た作品のタイトルのみを羅列して書くなどという手段(暴挙?)もありかなという気はしている。もっとも、いつもこのブログを読んでくださる方々にとっては随分腹立たしい所業かも知れない。「人に紹介しようってんなら内容ぐらい書けよな、ケッ」てなもんである。お腹立ちはごもっともと思いつつ、何を隠そう、実は今回の記事もそういった試みの一環というわけなのだった。ごめんなさい。

追記:『BS世界のドキュメンタリー』は、オリンピック放送のせいだかわからないが、今後しばらく放送が少なくなるようだ。内容もスポーツ関連だったりと、オリンピック・ムードを煽っている雰囲気がプンプンする。僕はサッカー以外、オリンピックの放送を見る気はないが(アテネ大会も北京大会もそんな感じだった)、こういうイベントが始まると、毎回見ていたようなテレビ番組が圧迫されたりして、迷惑な思いをすることの方が多い。
by chikurinken | 2012-07-21 08:22 | ドキュメンタリー

『馬鹿まるだし』(映画)

馬鹿まるだし(1964年・松竹)
監督:山田洋次
原作:藤原審爾
脚本:加藤泰、山田洋次
出演:ハナ肇、桑野みゆき、犬塚弘、植木等、長門勇、花沢徳衛、長門勇

b0189364_8103954.jpg 山田洋次初期の喜劇。多分に『無法松の一生』を意識したつくりになっている。実際、劇中劇として『無法松の一生』が登場する。
 少し頭の弱い男、安五郎が主人公で、復員して寺に小間使いとして入り、やがて偶然が重なって大人物として名前をあげていくが、寺のご新造さんには頭が上がらない。このご新造さんと安五郎の関係が「無法松」になっている。「安五郎」という名前も「松五郎」を意識したものだろう。原作は藤原審爾の『庭にひともと白木蓮』で、原作がどのくらい取り込まれているかわからないが、ありきたりではないにしても安直なストーリーである。
 主演の安五郎はハナ肇で、その後も山田洋次映画にたびたび登場する。他にも犬塚弘、植木等、桜井センリ、安田伸、石橋エータローが登場し、クレージーキャッツ総出演といった趣だが、なぜだか谷啓が出ていない。ちなみに植木等はナレーション担当で、終わりの方に少しキャストとして出演する。ただしタイトルバックには名前が表示されていない。他にも渥美清や藤山寛美もゲスト出演していて、今見ると非常に豪華な布陣である。
 「馬鹿まるだし」というタイトルは、松竹の首脳陣がつけたもので山田洋次自体は気に入っていなかったそうだが、僕から見ても良いタイトルとは思えない。いかにも松竹らしい「鈍感さまるだし」のタイトルで、映画の内容を反映しておらず、当時はどうだか知らないが今となってはマイナス要因になっているように思う(このタイトルではそもそも見ようという気が起きない)。
★★★

参考:竹林軒出張所『無法松の一生(映画)』
by chikurinken | 2012-07-20 08:11 | 映画

『電球をめぐる陰謀』(ドキュメンタリー)

電球をめぐる陰謀(2010年・仏Arte France/ArticleZ/西Media3.14)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー「シリーズ 消費社会はどこへ?」

b0189364_811148.jpg 以前何かの書評で、家電製品が壊れるように作られていることを書いた本を見つけて読みたいと思っていたのだが、なにぶんタイトルを忘れてしまって、結局読むことができないでいる。そのため、今回このドキュメンタリーが放送されることを知って、非常に楽しみにしていた。
 家電製品にはあらかじめ一定の稼働期間が設定されており、その期間が過ぎると壊れるようにできているというのがこのドキュメンタリーの主旨で、まさしく件の本と同じ内容である。
 1925年頃、白熱電灯の寿命は2500時間に達しようとしていたが、寿命が長いと電球の需要がなくなり成長を維持できなくなるという考え方から、メーカー各社が集まり上限稼働時間を1000時間と設定し、それに違反すると罰金を徴収するというシステムが作られた(ポイボス・カルテルの1000時間寿命委員会)。そのためメーカーはそれぞれ創意工夫を重ね、耐用時間を短くするためのイノベーション(意図的な老朽化)に邁進したという。そしてこのような習慣は、他の電器業界にも踏襲されて今に至っているという。
 このドキュメンタリーでは、例としてインクジェット・プリンター(エプソン製)を取り上げていたが、なんと驚くことに一定の枚数(この機械では18000枚)をプリントしたら動作を停止させるEEPROMが組み込まれていた。メーカー側は、動作を停止したら、修理に応じるのではなく新しい機種を奨めるというアコギな商売をしているということなのだ。キヤノンで似たような話は聞いたことがあったが、エプソンまでそうだったとは。そしてこういう悪習が世界中の電気製品ではびこっているらしいのだ。アップルのiPodのリチウム電池が速く消耗する設計になっていたという話も紹介されていた。ちなみに当時(2004年)アップルは電池の交換に応じておらず、このために消耗した製品は買い換えなければならないということになる。これが元になって消費者側がアップルに対し集団訴訟を起こし、その後和解に至ったらしい。
b0189364_8132390.jpg で、こういう成長のための戦略が何を生みだしているかというと、大量のゴミの生産につながっていくわけだ。しかもそのゴミのうちかなりの量がアフリカなどの途上国に送られ、かの地で大地を埋め尽くし汚染する結果になっている。こういう悪い循環を断ち切って、正常な消費活動を取り戻すべきだというのがこのドキュメンタリーの主張である。なかなか面白いテーマなので、このテーマについては今後興味を持って接していきたいと思った。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『LED電球導入記……エコのためかエゴのためか』
by chikurinken | 2012-07-18 08:12 | ドキュメンタリー