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竹林軒出張所

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『核燃料サイクル 半世紀の軌跡』(ドキュメンタリー)

不滅のプロジェクト 〜核燃料サイクル 半世紀の軌跡〜
(2012年・NHK)
NHK Eテレ ETV特集

b0189364_81856100.jpg NHKのETV特集では、これまでさんざん放射能汚染や日本の原子力行政を積極的に取り上げていて、このブログでもかつて『原発事故への道程』『アメリカから見た福島原発事故』を紹介してきた。中でも日本の原子力行政を扱ったシリーズはちょっと見応えがある。どうして日本であんな危険なものが積極的に導入されてきたのかというのは今となってはなかなか理解できない部分で、こういう形で日本の原発行政史を俯瞰するのは非常に有意義である。特にここ何本かの番組は、原子力行政を担ってきた、政・官・財・学の当事者による非公式会議「島村原子力政策研究会」の録音テープを紹介するというもので、当時の担当者たちがどういうメンタリティで原子力に取り組んできたかが窺われて興味深い。
 結論としては、基本的に50〜60年代にかけては原子力が夢のエネルギーであったこと、70年代からは危うさが認識され始めたが、利害が絡んだり、日本人的な事なかれ主義があったりのせいで歯止めがかからなかったことが大きい。またオイルショックなどのエネルギー危機の影響で石油以外のエネルギーを確保する必要性が出てきたことも、原子力推進の大きなモチベーションになった。これで慎重論が一挙に消し飛んでしまうことになる。
b0189364_8204448.jpg 同時にこの頃さらに、使用済み核燃料を再利用して新しいエネルギー源として取り出すという夢のような話が飛び込んでくる。当時米英が積極的に研究していた核燃料サイクルがこれで、日本もこれに取り組むべきということで、官・学がこれに取り組むことになる。使用済みのウラン燃料からプルトニウムを取り出して、これを高速増殖炉で燃やすことで発電を行い、同時に燃料も再生できるというまことにうまい話である。だがうまい話には裏があるのがこの世の常で、その行程で危険物質のナトリウムを使うなど、かなりの危険性が伴う。そんなわけで米英をはじめ原子力先進国はこの計画から次々に撤退することになった。それでも日本では、いまだに核燃料サイクルに固執し続け、「もんじゅ」に莫大な金を投入し続けている。だが「もんじゅ」は現在トラブルのために動かなくなっている。六ヶ所村の再処理施設もなかなか進展していないのが現状である。
 さてこの核燃料サイクルだが、この番組によると、意外なことに70年代に米国から横やりが入ったらしい。要は核拡散の視点からということで、核燃料サイクルでは、核兵器に転用できるプルトニウムが生産されるため、核拡散に危惧を抱いていた当時の米国政府はこのプロジェクトの中止を要求してきたらしい。当時、日本の政治家の間にいつでも核武装できるようにプルトニウムを生産すべきと考えていた人々もおり、こういう人々の働きかけもあって、結局核燃料サイクルプロジェクトは温存されることになった。こういう過程を経て、やがてこのプロジェクトはアンタッチャブルな領域になり、誰も止められない、誰も止めようとしないプロジェクトになり、官僚の間では「不滅のプロジェクト」と囁かれるようになったという。だから合理性の欠如が明らかになってもプロジェクトが止まることはなく、「もんじゅ」が大事故を起こしても(1995年12月)プロジェクトは相変わらず推進されるのだった。
 今では核燃料はリサイクルしない方が合理的であることが明らかであるにもかかわらず、いまだに核燃料サイクルに執着する勢力があるのは、こういった経緯による。一度決まってしまうとなかなか撤回しないというのはいかにも日本的であるが、同時に非常に官界らしいとも思える。
 この番組のような形で原子力行政の歴史を追っていくと、ものごとの本質が少しずつ見えるような気がしてくる。そういう意味でも大変有意義な番組と言える。今後にも期待。
★★★☆
by chikurinken | 2012-06-30 08:21 | ドキュメンタリー

ベートーヴェン 歌劇『フィデリオ』(DVD)

ベートーヴェン 歌劇『フィデリオ』(2004年・チューリヒ歌劇場ライブ)
出演:カミラ・ニルンド(フィデリオ実はレオノーレ)、ラズロー・ボルガール(ロッコ)、アルフレート・ムフ(ドン・ピツァロ)、エリザベス・ラエ・マグナソン(マルツェリーネ)、ヨナス・カウフマン(フロレスタン)他
ニコラス・アーノンクール指揮
チューリヒ歌劇場合唱団&管弦楽団
エルンスト・ラフェルスベルガー合唱指揮
ユルゲン・フリム演出

b0189364_7413961.jpg 『フィデリオ』はベートーヴェン唯一のオペラ。25年くらい前に大阪のフェスティバル・ホールで『フィデリオ』のオペラ映画を見たことがあるが、見たという事実以外あまりはっきりした記憶はない。無実の罪で捉えられている男を彼の妻が男装して助けるという話だったよなあという程度で、この妻が悪役の男に体を求められたりしたような記憶もある。ただし体を求められるのはよくよく考えるとプッチーニの『トスカ』のストーリーで、あちこちごっちゃになっていてやはり記憶は曖昧である。
 以前も書いたが(竹林軒出張所『モーツァルト 歌劇ドン・ジョヴァンニ(DVD)』参照)、オペラ映画(ドラマ形式のオペラ)という代物にはどうにも違和感があり、フェスティバルホールで見たときはそれが大層気になっていた上、長い上演時間に退屈した記憶がある。今回は舞台のライブということもあって前ほど違和感はないが、やはり2時間延々と歌が繰り返されるので(オペラなんで当たり前だが)退屈さは感じる。とは言え、ベートーヴェンの音楽はやはりなかなかのもので、感じるところもあった。演技はどの歌手もこなれており、性格付けもしっかり行われていてよくできていたように思う。大道具は簡潔で少しもの足りない印象があり、また衣装も現代的な感じで多少違和感があった。とは言っても、他の『フィデリオ』をたくさん聴いたり見たりしているわけではないので、正直なところこの演奏がどの程度のレベルかはよくわからない。ただレオノーレ役のカミラ・ニルンドは端正で、なかなか素敵な「男装の麗人」だった。このあたりちょっと宝塚を彷彿させるモチーフである。
b0189364_7424053.jpg ちなみにこの『フィデリオ』、発表当初は『レオノーレ』というタイトルで発表されており、ベートーヴェンはその後2回改訂している。そうして最終版の『レオノーレ』バージョン3のタイトルが『フィデリオ』に変えられたんだそうだ。だから当然のことながら『レオノーレ』と『フィデリオ』には共通する部分も多い。『レオノーレ』の上演はあまり行われる機会はないようだが、『レオノーレ』と『フィデリオ』をカップリングしたCDというのもあって聴き比べできる(『ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」、レオノーレ全曲』、このCDが先述のベートーヴェン全集に収録されている)。今回『フィデリオ』を見たのもこのCDを入手したのがきっかけである。僕も少し聴き比べてみたが、構成は違っているが多くが共通しているという印象だ。ま、そりゃそうだわな、改訂版なんだから。バージョン2からバージョン3になっただけだし。そうすると『レオノーレ』の方を上演したりCDを発売したりする意味はあるのかしらんなどとも思うわけだ。ともあれ、外国語のオペラは目で見ないことには音楽を聴いただけではさっぱり意味がわからないので、この『フィデリオ』を見たことで、CD版の『フィデリオ』も『レオノーレ』もある程度堪能できるようになった気がする。少なくとも頭の片隅に各シーンが残っている……今のところは。いずれ忘却のかなたに消えてしまうかも知れないが。
★★★

参考:
竹林軒出張所『ベートーヴェンの使い回し』
竹林軒出張所『モーツァルト 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」(DVD)』
竹林軒出張所『レハール 喜歌劇「メリー・ウィドウ」(放送)』
竹林軒出張所『ベートーヴェン 歌劇「フィデリオ」(DVD)』
竹林軒出張所『ヴェルディ 歌劇「椿姫」(DVD)』
by chikurinken | 2012-06-29 07:43 | 映像

ベートーヴェンの使い回し

 以前、輸入CDが異様に安く売られていることを書いたが(竹林軒出張所『輸入CDはウラシマ状態』)、そのときに85枚組のベートーヴェン全集『Complete Beethoven Edition』が安値で売られていると紹介した。で、案の定買っちゃったんだな、これが。買ったのは2月で、そのときは5880円だったが、今Amazonを見てみると1万円を超えている。ある程度適正な価格に戻った(これでも安いが)と考えることもできるが、僕が買ったのは最安値に近く、買い時としてはベストだったということになる。実に良いタイミングで買ったもので、自分をほめてあげたいと思います!
b0189364_8253124.jpg さて、この全集に収録されているCD85枚分のベートーヴェンの作品、せっせとiTunesに入れては聴いてきたが、最近やっとほぼすべての曲を聴き終わった。と言ってもすでにiTunesに入っているベートーヴェンの楽曲も意外にたくさんあり、そういう曲はとりたてて新しく入れていない。そもそもすでに入れているのは世間でも評判の高い名盤の類である。わざわざ並の線の録音を新しく入れることもあるまい。とは言え、全集に収録されている曲目はすべて入ったことになる。そして全部聴いた。全集に入った作品を全部鑑賞するなんぞ、文学ではなかなかできないが、音楽だと時間が一定に限られるんで意外に簡単である。だからCD全集などの企画は非常にありがたいんである。ましてや手の届く価格となると多少質が悪くても大目に見ようという気になる。実は1曲だけ(Disk71の最後の曲『奉献歌 Op.121b』)うちのCDドライブで読み込めないものがあったが、その曲についてはよそで探すことで全曲収録は達成されたのであった。その点を差し引いても、この全集についてはおおむね質は申し分ないと言える。
 こういう全集ということになると、普段聴く機会のない曲というのが結構あって、存在すら知らないものも多かった。この全集では、有名曲は基本的に有名なアーティストがかつてリリースした作品をライセンスを受けて収録しているんだが、演奏の機会さえほとんどないものについては、このレーベル(Brilliant Classics)が、おそらくこの企画のために収録したと思われる録音が使われている。だからアメリカ合衆国のローカル楽団の演奏も入っている。だが他に存在しないのであれば、たとえ演奏が拙くてもしようがないというものである。ちなみに拙いと感じることはなかったのでそれほど不満はない。それどころかこういうマイナーな楽曲までほじくり返して収録しているということに頭が下がる。
 ベートーヴェンの楽曲は、生前出版されたものには作品番号(Op.)が付いているが、出版されていない作品も多い。おそらくベートーヴェンとしては習作のつもりで書いたのか、あるいは単に売れなかった可能性もあるが、そういったものは、後の研究者によってWoO(Werk ohne Opuszahl(作品番号なしの作品)の略語)番号が付けられている。さらにそこからも漏れた作品についてはHess番号が付いている。だから重要性としてはOp.→WoO→Hessということになるんじゃないかと思う。ベートーヴェンは楽曲の管理を結構厳密にしたそうで、そうするとOp.とWoOとの間には大きな溝があると考えることもできる。ベートーヴェンからしてみると、Op.以外の作品は実は発表したくなかったのかも知れないが、すでに全作公開されてしまった。天才の宿命というやつである。もちろん実際に聴いてみるとWoOの作品にも魅力的なものは多い。有名な「エリーゼのために」もWoO.59だ。
 ただ発表することを前提にしていなかったせいか、中には有名な曲のスケッチみたいな形で残っているものもある。たとえば『12のコントルダンス WoO.14』という楽曲があり、若い頃に作曲した気軽な舞曲だが、この第7曲が、交響曲第3番(英雄)の第4楽章の第2主題そのものであったりする。ちなみにこの主題はバレエ音楽『プロメテウスの創造物 Op.43』の第16曲(終曲)でも変奏用の主題として使われているんで、ベートーヴェン自身気に入っていた主題なのかも知れない。他にも、カノン『タ、タ、タ…親愛なるメルツェルよ、ごきげんよう WoO.162』のメロディが交響曲第8番の第2楽章の第1主題、カノン『神は堅きやぐら WoO.188』のメロディが『荘厳ミサ曲 Op.123』の「クレド」の主題、歌曲『愛されない者のため息と愛の答え WoO.118』に『合唱幻想曲 Op.80』の主題が見え隠れしたりと、全集ならではの発見がある。WoO番号が付いた初期の作品でも、その後のベートーヴェンの大作に使われているような技法が見え隠れしたりすることもあった。初期の曲は、ハイドンやモーツアルトを彷彿させるようないかにも古典派という曲が多いが、おおむねどの曲も見所があるというか、聴いていて面白いと思える。唯一僕にとって退屈だったのが民謡編曲の各曲(『25のスコットランド民謡 Op.108』、『25のアイルランド民謡 WoO.152』など計10シリーズ)で、どういういきさつで書いたのか知らないが、あまり面白味を感じなかった。b0189364_8295394.jpgだがこういったものに接することができるのもひとえに全集という企画のおかげであり、そういう意味でもこの全集、個人的には購入しても十分元が取れる素晴らしい企画であったと言える。なお、『Complete Beethoven Edition』というタイトルが付いているが、多少漏れている楽曲があるような気もしている(未確認)。だがほぼ網羅しているのは明らかで、たとえ漏れがあってもマイナス要因にはならないと思う。満足度の高い商品だった。

追記:実はショパン全集『Chopin Complete Edition』も3月頃安かったんで買っているのだった(当時3800円ほど)。こちらはこれから挑戦しようと思っている。

参考:
竹林軒出張所『ベートーヴェン 歌劇「フィデリオ」(DVD)』
竹林軒出張所『チョピンとは俺のことかとショパン言い』
by chikurinken | 2012-06-27 08:30 | 音楽

『夏の北アルプス 雲上のアドベンチャー』(ドキュメンタリー)

夏の北アルプス あぁ絶景! 雲上のアドベンチャー(2009年・NHK)
NHK-BSプレミアム プレミアムアーカイブス

b0189364_8285626.jpg 登山歴1年のNHKアナウンサー(内多勝康)が北アルプスの縦走に挑戦するというドキュメンタリー。同行するのは登山のベテラン、田部井淳子。
 挑むコースは、立山から穂高連峰のジャンダルムまでという。ジャンダルムは登山道がないロッククライマー向けの山だが、登山歴1年で岩登りに挑むなんざ、田部井氏という素晴らしいリーダーがいなければ成立しない企画である。コースはすべて田部井氏が案内してくれるという、シロート登山者には恰好のプランである。しかも60kmの距離を2週間かけるという贅沢な山行。富士山のトレイルレースが2日間で156km行くのと対照的である。
 登山経験者なら同意いただけると思うが、登山の体験にもっとも大きく影響するのが天気で、天気が悪かったりすると登山はシンドイだけという印象になったりするが、好天に恵まれるととたんに登山の魅力に引きずり込まれてしまう。この番組のツアーでは、序盤が雨続きで、見るからにつらそうな山行であった。内多アナウンサーもエライ企画に参加しちゃったな……と漏らすほど。だが、後半は天気が回復し、しかもシロート登山者のアナウンサーも身体が慣れてきたせいか山行を楽しむ余裕が生まれてきた。コースは、岩登りあり、沢登りあり、温泉あり、お花畑ありのよく練られた楽しいコースで、そういうこともこのアナウンサーには良かったのだろう。
b0189364_8264372.jpg このコースのハイライトは槍ヶ岳から大キレットを通って穂高連峰を目指し、最終的にジャンダルムという難易度の高いルートで、ここらあたりは別の山岳ガイドも付く。風景の美しさや登山の厳しさなどもカメラがよく捉えており見事である。同行したカメラマンもさぞ大変だっただろうと思う。同時にこちらもハンディカメラの進歩を感じることになった。僕もかつて北アルプスを縦走したことがあるが(ただしこんな超難コースではない)、そのときに見て触れて感じたことがこのドキュメンタリーでも結構再現されている。こんな映像はかつてのテレビ番組では不可能だったと思う。それだけに本当に疑似体験できる映像だと思った。また内多アナウンサーも登山に対する思いの変化をうまく伝えており、この人の登山に対する心情の変化も疑似体験できる。疑似体験ドキュメンタリーとしてはなかなか秀逸な番組であった。
★★★★
by chikurinken | 2012-06-26 08:29 | ドキュメンタリー

『激走! 富士山一周156キロ』(ドキュメンタリー)

激走! 富士山一周156キロ〜ウルトラトレイル・マウントフジ〜
(2012年・NHK)
NHK-BS1 BS1スペシャル

b0189364_7331355.jpg 2012年5月に山梨・静岡両県で開催されたウルトラトレイル・ マウントフジを紹介するドキュメンタリー。
 この行事、ヨーロッパで盛んといういわゆる100マイル・トレイルレースの日本版ということで、アジア発の本格的トレイルレースだそうだ。番組は前・後編に分かれていて、前編はトップ・トレイラーによる優勝争い、後編は一般参加者の完走を目指した奮闘にスポットを当てる。こういうレースでは、第三者としてはその両方に興味がいくものであり、その両方を同じだけ時間をかけて放送するというのはなかなかの先見の明であると言える。この手の番組はこれまでNHKで何度か取り上げられているが、通常は1つの番組内で、どちらかの比重を大きくしながら両方のエピソードを絡めて番組を作るものである。放送時間は長くなるが、今回の番組作りはその点非常にうまいと言える。
 今回のウルトラトレイル・ マウントフジは、河口湖をスタートして、48時間以内に富士山の周囲をまわるというレースで、途中天子山地(最高の標高は1946m)に入ったりする過酷なレースであるという。標高差の累計は8000mを越すという話で、過酷にもほどがあるってもんである。しかも基本的には眠ることなく、食べたり飲んだりしながら完走を目指すわけで、さぞかし大変だろうと思う。コースも登山道のような悪路が多く、下り道はちょっと走れないような箇所も多いようだ。で、番組ではレース中のトレイラーをカメラが追いかけるようなシーンが非常に多く、カメラマンも結構大変な思いをしたんじゃないかと思う。しかも夜間、赤外線カメラで山中を撮影するという場面も数多く、映像としては非常に貴重である。一昔前では撮れなかったような映像が多く、ハンディカメラの進歩を感じる。当日晴れだったこともあり富士山の映像も非常に美しかった。また登山道の他、樹海の中や湖の畔など、情景も多岐に渡っていて、映像的にも面白かった。
 テレビに映された一般の参加者たちは、純粋に楽しみのために参加しているという印象で、以前NHKで放送された北海道縦断マラソンのドキュメンタリー(NHK『北へ555キロ 〜日本最北端を目指したランナーたち〜』)のように、参加者の背景にある劇的なドラマを描くような部分は少なく、そのためにこういった長距離マラソンが日本で楽しみとして市民権を獲得しつつあることが実感された。僕も100kmマラソンにはいつか参加したいと思ってきたが、このウルトラトレイルについてはまったく食指が動かない。トップランナーは20時間前後で完走できるからまだ良いんだろうが、一般ランナーとして48時間もかけることになったら、2昼夜ほとんど眠らずに走る(または歩く)ことになる。2日間も眠らずに何かを行うというのはいかがなものかと思う。常々一般ジョガーにとってフルマラソンは体に悪いと思ってきたが、ここまで来ると体を相当酷使することになりそう。このドキュメンタリーでこのレースに接したことで、山はゆったり登るに限るとあらためて思ったのだった。こういう番組で疑似体験できれば十分。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『雲上の超人たち(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『人は走るために生まれた(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『激闘!ドロミテ鉄人レース(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『死闘!コスタリカ横断850キロ(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2012-06-25 07:33 | ドキュメンタリー

『日出処の天子 第1巻、第2巻』(本)

b0189364_8521628.jpg日出処の天子 第1巻第2巻
山岸凉子著
白泉社

 タイトルの日出処(ひいずるところ)の天子というのは聖徳太子こと厩戸皇子のことで、厩戸皇子が超人的な力で政治力を発揮していくというストーリー。厩戸皇子の超人性は、蘇我蝦夷(本作では毛人--えみし--と表記)の視点から描かれる。
 著者が本作を描くきっかけになったのが梅原猛の『隠された十字架』だそうで、参考資料もこの本が中心だったという。それだけにストーリーはSF的で、梅原の超現実世界が随所にあふれている。史実として考えれば荒唐無稽も甚だしいが、しかしそういう話を1つのドラマとして実に巧みにまとめ上げているのはさすがに実力者、山岸凉子の面目躍如というところ。以前NHKで『聖徳太子』という、内容の乏しいドラマをやっていたが、同じモチーフであってもあれより格段の面白さである。登場人物も非常に多くてややこしいが、狡猾な人は狡猾風、純真な人は純真風と性格に合わせてうまく描きわけされているため意外にわかりやすい。正直あまり期待せずに読み始めたんだが、意外な掘り出し物という印象である。
b0189364_853287.jpg 今回読んだのは第2巻までで、ストーリーとしては第2巻の後半で物部氏が滅ぼされることになる。その間、厩戸のスーパーマン的な能力と欠如している家族愛が描かれる。また毛人--えみし--とののっぴきならない関係や、毛人の政治的な位置づけなどもここまででわかるようになっている。なお、文庫版第2巻の巻末に山岸凉子と氷室冴子の対談が掲載されていて、ここで本作執筆の裏話が作者によって紹介されており、内容が興味深い。先ほどの『隠された十字架』が原作だというのもここで明かされていた話だが、何より興味深いのは、著者が本作を執筆しながら聖徳太子は架空の人物ではないかと感じていたというくだりである。実際、聖徳太子架空説は昨今メジャー化しており、個人的にはおそらく実在していなかったんだろうとは思うが、著者の洞察力を窺わせるエピソードである。
第7回講談社漫画賞少女部門受賞
★★★☆
by chikurinken | 2012-06-23 08:54 |

『ショパン 愛と哀しみの旋律』(映画)

ショパン 愛と哀しみの旋律(2002年・ポーランド)
監督:イェジ・アントチャク
脚本:イェジ・アントチャク、ヤドヴィガ・バランスカ
出演:ピョートル・アダムチク、ダヌタ・ステンカ、ボジェナ・スタフーラ、アダム・ヴォロノヴィチ

b0189364_8192449.jpg ショパンの伝記映画で、ショパンとジョルジュ・サンドとの関係を中心に描く。というかほとんどがその部分で、音楽的な面や故郷ポーランドに対する愛国心などはあまり描かれない。サンドおよびその子ども達との確執がメインである。
 サンドとショパンは同棲生活を10年近く送っていたが、2人の子どもも同居していたため、当然のことながらトラブルも多発する。そういったことが多く描かれるが、その辺は実際のところあまり重要性を感じないわけで、サラリと流しても良かったんじゃないかと思う。サンドはショパンより6歳上だが、映画に登場するサンドは結構なオバサンである。映画ではショパンとサンドは親子くらい年が離れているという印象で、サンドの息子のモーリスとショパンは同年代くらいに映っている。サンドはショパンにとってほとんど母代わりで、モーリスと母を取り合うというような描かれ方である。こういう鬱陶しい人間関係ばかり登場するんで少々辟易するんだが、一方でポーランドが当時置かれていた様子は撫でるように扱われるだけで、ワルシャワ蜂起などもほとんど出てこない。ポーランドで作られた映画だけに当然のこととして流されているのかも知れないが、少々不親切な印象も受ける。また音楽面の描写ももの足りない。もちろんショパンの作品は随所に流されるが、作曲に至ったいきさつなどは一切出てこない。作曲家の伝記映画としてははなはだもの足りない。
 要はショパンとサンドとの人間関係のみに焦点を当てた映画ということで、作曲家の伝記映画を期待する向きは失望を免れないだろう。ちなみにこの映画、日本で公開されたのは2011年だが制作年は2002年である。ということは2010年のショパン生誕200年を当て込んで公開されたということなんだろう。こういうイベントがなければ、日本公開はなかったのではないかと思わせる作品で、輸入するほどの映画ではなかったような気もする。
★★☆

参考:
竹林軒出張所『別れの曲(映画)』
by chikurinken | 2012-06-22 08:20 | 映画

『苔とあるく』(本)

b0189364_7585144.jpg苔とあるく
田中美穂著、井沢正名写真
WAVE出版

 昨日の『わたしの小さな古本屋』の田中美穂が、自分の趣味であるコケの世界を紹介したムック風の本。
 内容は専門的ではなく、愛好者がその楽しみ方を奨めるという入門者向けのたたずまいである。写真やイラストがふんだんに掲載されていて、見開き2ページ単位で、図解ページ(写真やイラスト)とエッセイのページが交互に配置されている。写真が多いこともあって軽いタッチの雑誌感覚の本になっていてとても読みやすく、どのページにもコケに対する愛情があふれている。
 ただやはり個人的には、この本を読んでもあまりコケに対して興味が湧かなかった。周囲でコケを見かけたら多少注目するようにはなったが、この本で紹介されているような、コケを見に行ったり標本を作ったりという作業はおそらくやらないだろうと思う。それでも、専門家以外にこういう世界を志向する人があって、皆さん自分の趣味を楽しんでおられるという情景は大層興味深いとも感じる。『タモリ倶楽部』あたりでテーマになりそうなマニアックなネタだなと思った。

追記1:今Amazonのレビューを見ていたら「タモリ倶楽部で過去に「苔」について取り上げている回があった」という記述があった。納得。
追記2:著者が次に予定している本は亀に関する本らしい。こちらも著者の趣味から来た本で、随分またマニアックな世界である。
★★★
by chikurinken | 2012-06-20 07:59 |

『わたしの小さな古本屋 倉敷「蟲文庫」に流れるやさしい時間』(本)

わたしの小さな古本屋 倉敷「蟲文庫」に流れるやさしい時間
田中美穂著
洋泉社

b0189364_6383630.jpg 岡山県の倉敷で古本屋を営業している若い女性のエッセイ集。
 21歳のときに思い立って古本屋を開業したは良いが、商売だけではなかなかうまく行かないということでバイトを兼務し、しかしやがて父の死をきっかけにバイトを辞め、古本屋一本に絞って今日まで営業を続けている。古書店組合にも入らず、もっぱら仕入れは店頭での買い取りのみという、はなはだのんびりした仕事ぶりである。そののんびりさ加減は著者特有のもののようで、だから書かれた文章もなんだかのんびりしていて心地良い。困った客などについても書かれているが、不快さはあまり伝わってこず、どちらかというとのどかな雰囲気が伝わってくる。店の写真も随所に出ているが、店全体にのんびりした雰囲気が漂っているような気がする。「羊歯のぬいぐるみ」(!)とか自作のコケ観察キットなども販売しているらしく、ときどき店の中でライブや展覧会もやるらしい。独自の世界を持つフォーク歌手の友部正人もこの店でライブをやったという。
 エッセイはどれも正統派で、よくまとまっていて読みやすい。内容もウィットが効いていてレベルが高い。古書店の営業という体験の特異さはもちろんあるが、エッセイとしても質が高いと思った。中でも、友部正人がかつて所蔵していた本が店に届いたという「置きっぱなしのブローティガン」が秀逸で面白かった。著者はこの本以外に苔の本も出しているらしくこちらにも興味が湧く。店にも興味が湧くが、訪れるのはちょっと勇気が要るなと勝手に思ったりもしている。
★★★☆
by chikurinken | 2012-06-19 06:40 |

『ある機関助士』(映画)

b0189364_8193975.jpgある機関助士(1963年・岩波映画)
監督:土本典昭
脚本:土本典昭
撮影:根岸栄
音楽:三木稔
出演:中島鷹雄、小沼慶三(ドキュメンタリー)

 国鉄(当時)常磐線で蒸気機関車に乗務する機関助士の目線で描かれる鉄道ドキュメンタリー。描かれている内容は、乗務、休憩、準備、乗務、それに訓練の様子とただそれだけなんだが、なんせ全編異様な緊迫感が漂っている。僕は鉄道ファンじゃないのでまったくこの記録映画のことを知らなかったが、鉄道ファンでなくても映像にあふれる迫力はよく伝わってくる。
 まったく知らない映画だったため当初は何の気もなしに見始めたんだが、すぐにこの映画の尋常じゃなさに気付いた。まずカラー映像が尋常じゃない。メリハリが利いたそれは素晴らしい映像である。さらに映し出される情景にもやたらに緊迫感がある。乗務も訓練もまったく手抜きがないが、それも映像から十分に伝わってくる。これを見ていると蒸気機関車の乗務の厳しさがよく伝わるが、同時に機関士、機関助士が抱いているであろう仕事に対するプライドも存分に伝わってくる。だから見ていてとても気持ちの良い映画である。
第18回芸術祭文部大臣賞、キネマ旬報短編ベストテン第1位
毎日新聞日本映画コンクール記録映画最高賞等受賞
★★★★
by chikurinken | 2012-06-18 08:20 | 映画