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竹林軒出張所

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『“民衆の敵”に迫る』(ドキュメンタリー)

“民衆の敵”に迫る 〜カンボジア人記者の記録〜
(2011年・英Old Street Films/カンボジアThet Sambeth)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_8401347.jpg ポル・ポト政権時代に父を殺された記者、テット・サンバットが、カンボジア各地を訪ねまわり、ポル・ポト政権関係者にインタビューを敢行する。こうすることで、ポル・ポト時代の大虐殺の真相を記録として残しておこうというのが彼の意図である。
 現場でどのように虐殺が行われたか、虐殺に手を染めた当時の人々に話を聞くだけでなく、その上官、さらにその上官とさまざまな人にインタビューを試みる。その人の過去の素行について責めたりすることなく、あくまで客観的に話を聞くという態度で臨む。記者が実際には被害者の家族であり、しかも未亡人となった母は、クメール・ルージュ(ポル・ポト政権)の幹部との結婚を強いられたという不幸な過去を持つにもかかわらずである。だが彼はそのことをインタビュー相手に明かすこともない。静かに話を聞くのである。
 ポル・ポト亡き後、現在政権の秘密を唯一握っていると考えられる、当時ナンバー2だったヌオン・チアにも根気強く会い続ける。当初は何も語ろうとしなかったヌオン・チアも、記者との間である種の信頼関係が築かれるようになると、少しずつ政権について語り始めるようになる。ポル・ポト政権の内実が語られ、それが映像として残される。そして記者の方も最終的に、自分の父がクメール・ルージュに殺されたことをヌオン・チアに語るのであった。
 なおヌオン・チアはその後、カンボジア特別法廷に拘束されるに至る。したがって法廷ですべてが語られれば別だが、そうでなければこのインタビュー映像が、ポル・ポト政権時代を物語る非常に貴重な映像となって残ることになる。そういう意味でも、この記者、テット・サンバットは、彼の意図通りの重要な仕事を成し遂げたことになる。このドキュメンタリーでも、彼が集めたインタビュー映像をつなげて、ポル・ポト時代の悲劇を紹介しているが、現場での生々しい経験談などは非常に強烈なインパクトを残す。内容はかなり衝撃的であるが、記者の忍耐強い態度が全編を貫いているため、ドキュメンタリー自体は静かな語り口になっている。声高に糾弾するようなところもない。結果的に、過去の証言映像として、そして歴史ドキュメントとして一級のものに仕上がっている。
★★★☆
by chikurinken | 2012-04-30 08:41 | ドキュメンタリー

メゾチントという絶滅危惧技法

 最近、銅版画で検索してこのブログに当たっている方が何人かいらっしゃいまして、そういうこともあって久々に銅版画の解説などをしてみようかなと思い立ちました。
 銅版画の技法の一つにメゾチントというものがあります。前にも書きましたが(竹林軒出張所『ちょっとだけドライポイント』)、ただでさえ廃れかかったマイナーな技法である銅版画の中でも、さらにマイナーな技法と言えるかも知れません。ではメゾチントとは? ということで今回はメゾチントについて少しご紹介を。
b0189364_1148156.jpg 銅版画の基本は、前にも書いたように、溝にインクを詰めてそれを刷り取るというものです。メゾチントではこの溝を縦横無尽に入れてしまいます。そのまま印刷するとどうなるかおわかりでしょうか。なんと全面真っ黒になってしまいます。これに「夜」などとタイトルを入れて一枚の絵にしてしまうのも一興ですが、もう少し洗練されたものにするために、この溝を一部削り取るようにします。この削り取り具合で、黒の階調を調節することができます。完全に削り取って平坦にしてしまえば白になります。そこら辺をうまいことやると、黒地を背景に白い部分が入った絵を作成できるというわけです(右の図 --文房堂のカタログより-- 参照)。
 このメゾチントという技法、元々は模写のための手段だったらしく、油彩などの大きめの作品を、小サイズのモノクロ版画として転写し、これを普及版として販売するということが行われていたようで、今でも当時の細密なメゾチントが残されています。少しずつ削っていくという地道な作業であるため、技法的にさっさと済ますという類のものではなく、そのために緻密な表現が可能になるということです。
b0189364_11463010.jpg なお、使用する道具は、溝を縦横無尽に入れる(これを「目立て」と言います)ための道具と削り取るための道具の2種類が最低でも必要です。前者は、一般的にはベルソー(ロッカーとも呼ぶ)が使われますが、ルーレットと呼ばれる「コロコロ」みたいな道具や、カッターナイフなどでも代用できます。ベルソーもルーレットも結構お高くなっています。需要があまりないことを考えれば致し方ないとも言えます。目立ては時間がかかる面倒な作業であるため、通常あまり大きな版は作れません(最近は機械を使って大判を作る人もいる)。目立て道具を持っていなかったり自分でやるのが面倒だという人向けに目立て済みの小サイズの銅板も売られています。削り取るための道具はスクレーパーやバニッシャーですが、こちらは銅版画で一般的に使う道具です。こういった原始的な道具を駆使して、銅板に立ち向かっていくのがメゾチントです。
 メゾチントは一度は廃れた技法で、それを長谷川潔という人が復活したという話です。その後、浜口陽三という人がカラーメゾチントの技法を確立したということで、そういうこともあってか、日本ではメゾチントは比較的よく知られていますが、よそではマイナーな存在のようです。
 私も最近メゾチントの作品を何点か集中的に作りました。率直な実感は「手間がかかる!」ということで、とにかく終えるまで、場合によっては何ヶ月もかける必要があります。それでもやはり、メゾチントで表現される黒の魅力はナカナカで、ちょっと「やめられまへんなあ」というところもあるのです。今は少しメゾチントから離れていますが、いずれ再開しようと思っております。

参考:
女子美術大学版画研究室『メゾチント』
竹林軒出張所『模写好きの弁』
竹林軒出張所『アーリング・ヴァルティルソン メゾチント銅版画展』
竹林軒出張所『ちょっとだけドライポイント』

プチギャラリー
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レンブラントとカラヴァッジオ

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メゾチントはやっぱり模写でしょうの一枚と定番のヌード

by chikurinken | 2012-04-28 12:04 | 美術

『宮大工と歩く奈良の古寺』(本)

b0189364_916437.jpg宮大工と歩く奈良の古寺
小川三夫著
文春新書

 先日紹介した『棟梁 技を伝え、人を育てる』の小川三夫が、奈良のいろいろな寺に出向いて、宮大工の目でその建築を語る。今回も聞き書き担当は塩野米松。
 本書では、『棟梁 技を伝え、人を育てる』のようなぞんざいな語り口は影を潜め、きわめて普通の語り口になっている。そのため、読んでいて違和感はない。小川三夫の口から語られる内容は非常に専門性が高く、大変興味深い。残念なのは写真や図が少ないため、語っている内容をよく理解できない箇所が多いことである。この本を持って実際に現場に足を運び、細部をチェックしながら見ればある程度理解できるかも知れないが、それでもやはり図や専門用語の解説がもう少し欲しいところだ。同じように、著者の師匠である西岡常一棟梁が現場に出向いて法隆寺と薬師寺について語る本もあるが(『木に学べ―法隆寺・薬師寺の美』)、こちらは図版や写真が豊富で理解しやすかった。小川三夫の解説も西岡常一と同様、わかりやすくレベルが高いが、図版を省略したばかりにわかりにくくなってしまったところがある。小学館と文春の出版に対する取り組み方の姿勢の違いが現れているのだろうか。
 本書で紹介されている寺は、法隆寺、法輪寺、法起寺、薬師寺、唐招提寺、東大寺、興福寺、元興寺、十輪院、室生寺、秋篠寺、長弓寺で、ちょっと多すぎではないかという印象はある。実際、割かれている紙数も寺によって随分違っていて、付け足しみたいなものもある。だからいっそのこと、いくらかを切り落として、その分写真と図版にページを割けば、小川氏と一緒に現場に出向き、解説を聞いているような錯覚を覚えたんではないかと思う。本書の目的もそういうところにあったんじゃないかと思うんだが、そのあたりが返す返すも残念である。内容が非常に良いだけに惜しい。
★★★☆
by chikurinken | 2012-04-27 09:18 |

『黒いオルフェ』(映画)

黒いオルフェ(1959年・仏伊伯)
監督:マルセル・カミュ
原作:ヴィニシウス・デ・モライス
脚本:マルセル・カミュ、ジャック・ヴィオ
音楽:ルイス・ボンファ、アントニオ・カルロス・ジョビン
出演:ブレノ・メロ、マルベッサ・ドーン、ルールデス・デ・オリヴェイラ

b0189364_8112084.jpg タイトルから推察されるとおり、ギリシャ神話のオルフェウスとエウリディーケを現代風にアレンジした「ブラジル風オルフェウス」。
 舞台は、カーニバルに沸き立つリオデジャネイロ。ストーカーに追われる美女(ユーリディス)と色男(オルフェ)の出会いから話が始まる。全編、サンバが流れ続け、カーニバルの踊りが延々と続く。ああいったものが好きな人ならたまらないだろうが、僕などは限りなく続く騒々しさに少々辟易した。ギリシャ神話の要素を現代にうまくちりばめているが、多少無理矢理の箇所も見受けられる。アカデミー賞やカンヌ・グランプリを獲得した名画であるが、正直あまり鮮烈な印象は受けなかった。「黒いオルフェ」と聞いて思い出すのはむしろ有名なテーマ音楽で、あの美しい調べは、ギター伴奏の歌として登場する。踊りと音楽が全編を覆う映画で、ある意味、ミュージカルと言っても良いのかも知れない。
カンヌ国際映画祭パルム・ドール
アカデミー賞外国語映画賞受賞作
★★★
by chikurinken | 2012-04-26 08:13 | 映画

『こうしてソ連邦は崩壊した』(ドキュメンタリー)

こうしてソ連邦は崩壊した(2006年・NHK)
前編 8月の“クーデター”
後編 森の奥の静かな闘い
NHK-BS1 BSドキュメンタリー

b0189364_88559.jpg ソビエト連邦崩壊の過程を、時系列で追いかける歴史ドキュメントで、前後編の2本立て。
 ソビエト連邦が体制を維持できなくなった1991年、当時のソビエト連邦大統領、ゴルバチョフは、ソ連離れを強めていく各共和国をつなぎ止めるべく新連邦条約の締結を画策していた。しかしこれに危機感を感じた共産党保守派は8月、保養地で避暑をしていたゴルバチョフを軟禁するという手段に出た。これに対し、モスクワではエリツィン・ロシア共和国大統領らが立ち上がり、ゴルバチョフの救出を宣言するも、この動きに対して軍隊が出動し、モスクワは一触即発の状態に陥る。だが市民側がエリツィンらを支持して街に集結し、軍隊も結局この動きを無視することができず、撤退を始める。こうして、保守派によるこの「8月クーデター」は失敗に終わる。が、これに伴い、エリツィンへの求心力が強まって、同時にゴルバチョフの存在感も低下し、ソビエト連邦の崩壊は決定的になってきた。ここまでが前半。
b0189364_882825.jpg 後半では、ソビエト連邦崩壊を決定づけたベロヴェーシ合意にスポットを当てる。ロシア大統領、ウクライナ大統領、ベラルーシ大統領がベラルーシのベロヴェーシに集まり、ソビエト連邦崩壊を宣言した。1922年のソビエト連邦設立の条約に署名した当事国4カ国のうち3カ国が揃うことで、ソビエト連邦終焉の決定を下すことができるという判断の下である。ただしこれに伴って、ユーゴ紛争のような民族紛争が起きるのを懸念した各首脳は、ソビエト連邦に変わる新たな体制として、独立国家共同体(CIS)を設立し、緩やかに統合することを選択する。ベロヴェーシでは各国の思惑があり、紆余曲折はあるものの、民族紛争を回避するという共通の目標を維持しながら、最終的に合意に至った。ただ、ソビエト所有の大量の核兵器が各国に分散するという問題は残る。これについては後にアメリカを介入させることで、ロシアがソビエトの軍事力(および核兵器)を継承することにして解決するに至る。こうして、この合意により超大国、ソビエト連邦を平和裡に葬り去ることに成功した。ここまでの一連の歴史的事件を、映像と当事者のインタビューでまとめ上げ、わかりやすく紹介したのがこのドキュメンタリーである。結果、歴史の証言者としての優れたドキュメンタリーになっている。僕自身、どの事件もリアルタイムで(もちろん新聞やテレビを通じて)経験しているのであるが、ほとんど忘れていたのだった。「CIS」という言葉にも懐かしさを感じたほどである。このようなドキュメンタリーを見ることで、ソビエト連邦の崩壊という事件を歴史的な側面から捉え直すことができるのだが、そういう点でも非常に有意義なドキュメンタリーであった。かつて放送されたNHKスペシャルの『こうしてベルリンの壁は崩壊した』とあわせて見たいところである。とは言っても『ベルリンの壁』の方は1993年のドキュメンタリーだし、この『ソ連邦』の方も2006年放送のドキュメンタリーでなかなか見る機会はないかも知れない。僕も今回、2006年に放送されて録画しておいた映像を引っ張り出して見たのだった。今調べてみたが『こうしてベルリンの壁は崩壊した』の方はDVDが出ているようで、あるいは図書館などに置いているかも知れない。『ソ連邦』の方は見る機会はあまりないかな……とも思う。まあ、座して待つのが吉か。
★★★☆
by chikurinken | 2012-04-24 08:14 | ドキュメンタリー

『帽子』(ドラマ)

帽子(2008年・NHK)
演出:黒崎博
脚本:池端俊策
出演:緒形拳、玉山鉄二、田中裕子、笠原秀幸、朝倉あき、岸部一徳

b0189364_818441.jpg 広島県の呉市にある帽子屋、高山帽子店の老主人が主人公。子どももすでに東京に出ているため、現在一人暮らし。仕事の方も需要が少なくなり、物忘れもひどくなって仕事も以前のようには行かなくなる。そういう状況で、ふとしたきっかけで昔愛した女性の消息がわかり、東京に会いに行く。その女性と生き別れた彼女の息子(主人公と顔見知りの存在)もこれに同行するんだが、この辺の展開は偶然に頼りすぎで思わず「ナイナイ」とツッコミを入れたくなる。こういう過剰な偶然が出てくるドラマに接すると、もう少し軽く流せば良いのにと思う。それはともかく、脚本担当の池端俊策は、呉出身だということで、彼にとってはそれなりに思い入れのあるドラマなんじゃないかと推察できる。偶然に頼りすぎな点を除けば割合よくできた話で、ベタな部分や予定調和な部分もあるにはあるが、よろしいんじゃないかと思う。
 2008年にNHK広島で製作されたドラマで、僕自身は緒形拳追悼企画で一度目にしている。ただしそのときは、あまり期待できそうになかったので、途中で見るのをやめた。今回通して最後まで見たが、見て良かったか?と訊かれれば、見なくても良かったかも知れないと答える……かな。だが、大傑作ではないにしても、テレビ・ドラマとしては及第点と言えると思う。
 主役の緒形拳はこのドラマの撮影後死去した。また途中ちょい役ででてくる牟田禎三もその直後に亡くなり、このドラマが遺作になった。僕としては新作ドラマの感覚で見ているので、死んだ人間が普通に出ているとなんとなく複雑な気分になる。緒形拳が老人役をしている他、田中裕子も初老の婦人を演じていて、そういう設定も僕にとっては何だか複雑。こういう人達は若い頃からテレビで目にしていたため、いまだにその頃の年齢のイメージがあるんだが、老人役の年齢になったのか……と思う。僕も年をとるわけだ。そう言えば、緒形拳と田中裕子は映画の『北斎漫画』(竹林軒出張所『北斎漫画(映画)』参照)でも共演していた。そのときは親子役だったが。
 このドラマで一番感じるところがあったのは、高い技術がありながら需要がなくなって廃業間近という帽子職人の設定である。こういう職人が持つ貴重な技術を、このまま市場原理にまかせて廃れさせるのは本当に良いことなのか……実はドラマのストーリーよりそちらの方がずっと気になっていた。本当に何とかしないと、失ってからでは取り戻せないものが日本からたくさん失われていくような気がして、少し心配になっている昨今である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『無垢の島(ドラマ)』
竹林軒出張所『命のあしあと(ドラマ)』
竹林軒出張所『鯉昇れ、焦土の空へ(ドラマ)』
竹林軒出張所『火の魚(ドラマ) 』
竹林軒出張所『“くたばれ” 坊っちゃん(ドラマ)』
by chikurinken | 2012-04-23 08:18 | ドラマ

『木嶋被告 100日裁判』(ドキュメンタリー)

木嶋被告 100日裁判(2012年・NHK)
NHK総合 NHKスペシャル

b0189364_8164418.jpg 埼玉、千葉、東京で起こった埼玉連続保険金殺人事件の裁判員裁判に焦点を当てたドキュメンタリー。
 この事件の公判(裁判員裁判)で、被告、木嶋容疑者に対して先日死刑判決が出された。この裁判は100日に及ぶもので、裁判員裁判としては異例の長さだった。そういうこともあり、裁判員の視点でこの裁判を振り返ってみようとする企画である。
 この3件の事件に対して殺人容疑で逮捕された木島被告は、ネットなどでそれぞれの被害者と知り合い交際を始め、結婚話をちらつかせながら金銭的援助を受けてきたが、その交際相手が3人とも練炭自殺していたという(うち1件は出火)。しかもこれらの事件、被告が逮捕される1年以上前に起こった事件で、当初は不審な点のない自殺とされていたため、十分な証拠がないらしい。しかも目撃や自白などの証拠もまったくなく、検察は状況証拠のみで立件したのであった。100日におよぶ審理の結果、先日死刑判決が出て、被告側がすぐに控訴したのはすでにあちこちで報道されたとおりである。
 この番組では、この裁判において裁判員の間でどのような議論があって、どういう過程を経て死刑判決が出されたかを追求するのだが、しかし実際には裁判員には守秘義務があって議論の内容を公表することができない。そのためこの番組では、裁判員経験のある人々を集めて、公判を実際に傍聴してもらい、実際の裁判員と同じような形式で論議してもらうという手段を使った。いわば疑似裁判員である。この辺、なかなか意欲的で良い。
 ここで集められた疑似裁判員は、実際の裁判員裁判と同じような環境で、撮影スタッフ立ち会いの下、証拠について検討しながら議論を進めていくのだが、実際に提出された証拠は多くなく、決定的と考えられるものはない。実際には限りなく灰色ではあるが黒とは言えないという状況である。とすれば、「疑わしきは罰せず」の原則に従って殺人事件については無罪にすべきなのであるが、それで遺族が納得するかなど、さまざまな意見が出される。番組で紹介された議論の内容はどれも非常に鋭く、裁判員裁判もこのように真摯な態度で行われるのだなというのはわかったが、しかしやはりこれだけ少ない証拠しか検察側から提出されていないのであるならば、個人的には有罪にすることは不可能なのではないかと思う。心情的にどうであっても、こういうのは感情の問題ではないのだ。疑似裁判員からも判断材料が少ないということに不平が出ていたが、裁判という場では提出された証拠のみからシロクロを付けなければならないのであるから、この場合十分な証拠が出ていなければ無罪にしなければならない……このようなことを僕は思ったのであった。
 ただし、この番組で紹介された証拠は争点になったもの中心で、実際にどれだけの証拠が提出されたかは本当のところよくわからない。短い放送時間の番組であるためある程度は致し方ないが、十分な説明が視聴者に与えられていないきらいはあった。事件についても説明不足で、この事件の核心に迫るといったようなものになり得ていないのははなはだ残念なところである。非常に面白い試みだったが、中途半端に終わってしまって、結局は裁判員は大変だという結論だけしか残らなかったのも残念と言えば残念。
 この事件を公平に判断するならば、先ほども書いたように殺人については無罪、結婚詐欺について有罪とすべきであると思う。裁判員は被害者遺族の心情に踏み込んだりせず、またや被告の印象で左右されることなく、純粋に証拠だけで黒か白かを判定する審判員に徹するべきではないかと思った。ただそういうふうに考えると、「裁判員の役割って何?」というところまで考えを巡らせなければならくなる。いろいろな意味で考えさせられる番組ではあった。
★★★
by chikurinken | 2012-04-21 08:18 | ドキュメンタリー

『棟梁 技を伝え、人を育てる』(本)

b0189364_838567.jpg棟梁 ― 技を伝え、人を育てる
小川三夫、塩野米松(聞き書き)著
文藝春秋

 法隆寺の鬼、西岡常一棟梁(竹林軒出張所『宮大工西岡常一の遺言(本)』参照)の最初にして最後の内弟子、小川三夫が語るものづくり、職人観、組織論、弟子育成論など。
 著者の小川三夫は、高校の修学旅行のときに法隆寺の五重塔を目にして、自分もこういうものを造ってみたいと思い立ち、西岡常一に弟子入りした。当初は何度も拒まれたが、結局内弟子として入門し、法輪寺や薬師寺の復興に携わる。その後30歳で独立して鵤工舎(いかるがこうしゃ)を創業し、寺社建設を請け負いながら、独特の徒弟制度で弟子を育成している。本書では、西岡棟梁との関係の他、鵤工舎での弟子との関係などにも言及する。弟子をどうやって育てているかという話は、一般的な組織にも通じるところがあり、非常に深く示唆に富む。組織論としても一級品である。ただし誰でもが真似できるようなものではないというのは読んでいて容易に想像がつく。そのあたりがこの小川氏の偉さなんだろうと思う。ものづくりに携わる工人としての心構えやあるべき態度まで語られており、こちらも感心することしきりである。同時に大変耳が痛い思いをする。ものづくりに当たっては真摯に取り組まなければならないということをあらためて肝に銘じた。
 職人としての矜持や思いが随所にちりばめられた本で、小川氏の人生観が大変心地良い。本書を読んでいて、尊大な印象を受けることはまったくなく、ただただ小川氏の人間性に惹かれる思いがする。
b0189364_8391612.jpg ただ内容はともかく、聞き書きであるためか、言葉遣いが少々乱暴な気がする。小川氏はテレビでもお見受けしたことがあるが、慇懃で非常に人当たりも良いという印象で、本書の記述からはそれとは少し違う印象を受けた。どうも聞き書き担当の塩野米松氏の過剰な演出ではないかと思うがどうだろう。本書で語られている内容は非常に充実しているが、書かれている言葉遣いには違和感を感じる。もう少しどうにかならないものかとたびたび感じた。また改行がやたら多いのもいかがなものかと思う。読みやすいには読みやすいが。
 なお本書には文庫版もあるようだ。また、本書でも何度か言及されているが、『木のいのち木のこころ―天・地・人』という本では、若い頃の小川氏が西岡棟梁との関係などを語っている。こちらも塩野米松が聞き書きしている。
★★★☆
by chikurinken | 2012-04-19 08:40 |

『極楽家族』(ドラマ)

b0189364_7244416.jpg極楽家族(1978年・NHK)
演出:松尾武
脚本:中島丈博
音楽:岸田智史
出演:ミヤコ蝶々、国広富之、大竹しのぶ、レツゴー長作、山本一郎、野川由美子、林美智子

 これも過去数度見ている名作ドラマ。ストーリーはほとんど憶えており、いくつかのシーンも鮮明に憶えている。それくらい初見のときからインパクトがあった。脚本家、中島丈博の名前を知ったのもこのドラマがきっかけだ。登場人物の心の動きが実に巧みに表現されている上、ストーリーも非常によくできていて展開が自然である。よくよく考えると荒唐無稽な話ではあるが、シナリオと演出が巧みなため、「荒唐無稽」という言葉すらまったく意識の外にあった。
 ミヤコ蝶々と山本一郎の老人夫婦のもとに国広富之が転がり込んで疑似家族を営むという話なんだが、とにかくシナリオの質が高く、当時の中島丈博が絶頂期であったことを窺わせる。出演陣の演技もまったく破綻がなく、ミヤコ蝶々と国広富之が特に印象的。国広富之はデビュー作の『岸辺のアルバム』の直後で、同じようなキャラクターを演じており、ミヤコ蝶々の老婆役もこれ以上ないくらいのはまり役である。ちなみにこのとき、蝶々さん58歳である。シナリオ、演出、演技がどれも一級だと、これほど素晴らしいドラマができあがるという例で、ドラマの古典と言うべき作品であった。
第33回芸術最優秀賞
第19回モンテカルロ・テレビ祭UNDA賞受賞作
★★★★

参考:
竹林軒出張所『郷愁(映画)』
竹林軒出張所『シナリオ無頼(本)』
by chikurinken | 2012-04-17 07:25 | ドラマ

『空飛ぶゆうれい船』(映画)

b0189364_8224041.jpg空飛ぶゆうれい船(1969年・東映動画)
演出:池田宏
原作:石森章太郎
脚本:辻真先、池田宏
声の出演:野沢雅子、田中明夫、里見京子、岡田由紀子、名古屋章、納谷悟郎(アニメーション)

 1969年に「東映まんがまつり」(当時は夏休みと春休みに全国の劇場でこういう企画があった)で上映されたアニメ映画。子どもの頃、劇場に見に行った記憶がある。その後も、小学校の映画上映会(当時、年に1、2回こういうのがあって16mm映写機を使って講堂で上映した)などで見て、都合3回ほど見たと思うが内容についてはほとんど忘れていた。映画の中に出てくる「ゴックリゴックリコンとボアジュース」というCMソングはなぜかよく憶えていた。しかし忘れていたというのも頷ける部分がある。というのも映画で使われているモチーフが少し高度というか、子どもには少々難しいようなところがある。たとえば、軍需産業(クロシオ・コンツェルン)が防衛機関を牛耳っているという状況で、武器や兵器を国に売り込むために、破壊ロボットを街に登場させて戦車や戦闘機で迎撃させるというマッチポンプ式の商売が出てきたりする。大人になった今見ると、なかなか示唆に富んでいて面白いと思うが、子ども時代にどのくらい理解できたか怪しいところである。もちろんそれ以外の部分にも、メカやバトルなどの面白さは多分にあって、初めて見たときは面白いと感じた記憶がある(だからこそ挿入歌を憶えているのだ)。
 全体のストーリーは割によくできていると思うが、ところどころ果たして必然性があるのかと思う箇所が割にあった。ボアジュースの効用(人を溶かす)をはじめとする細かいストーリー展開などがそれで、子ども向けということで安直に済ませたのかも知れないが、最後まで引っかかる部分が多かったのは事実である。興味深いストーリーだが、(映画やドラマに慣れた)大人が見ると少々もの足りないという印象である。
 なお余談だが、冒頭のクレジットの原画(担当者)の項に宮崎駿の名前があった。それから、ボアジュースが人を溶かすというのは、当時コーラが人の骨を溶かすと言われていたことの皮肉であるようにも感じられた。また、最後の展開は、映画『スター・ウォーズ』の最後の展開そのものである。『スター・ウォーズ』の方が作られたのが後だが、このネタをパクったかどうかについては僕は知らない。
★★★

参考:
竹林軒出張所『ちびっ子レミと名犬カピ(映画)』
by chikurinken | 2012-04-16 08:22 | 映画