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竹林軒出張所

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『大市民』(ドラマ)

b0189364_9242527.jpg大市民(1966年・NHK)
演出:和田勉
脚本:山田信夫
出演:植木等、左幸子、吉野謙二郎、北村和夫、伊藤弘子

 NHK劇場「愛のシリーズ」として放送された作品で、団地住まいのサラリーマン一家(父、母、子)が主人公。それぞれが大きな試練を経験して成長していくという話である。小市民を卒業した「大市民」というのがタイトルの由来なんだろう。
 主演が植木等ということで喜劇を期待していたんだが、結構シリアスで、3人に降りかかってくる試練がいじめだったり詐欺だったりと結構ハード。途中見つづけるのが少しつらかった。しかし試練は克服してこそなんぼ……試練を克服すれば人間は大きくなる。そういうわけで試聴後感は割合良い。
 演出は和田勉だが、当時の流行りなのか、意味ありげな接写がやたら多く、これも見る者を疲れさせる原因になっている。登場人物からやたらあふれる汗が緊迫感を生みだすが、これも少し疲れる原因になる。ただし演出はまったく破綻しておらず、優れた映画のように完成度が高い。空撮の映像が何度も出るなど結構力が入っている。モノクロ映像も端正である。テレビで単発で放送したのがもったいないような質の高いドラマであった。DVD化され、映画と同じ感覚で見られるようになったのがせめてもの救いと言える。
第21回芸術祭奨励賞受賞作
★★★☆
by chikurinken | 2012-03-31 09:25 | ドラマ

新解さんと岩波さん

 子どもが今年とある高校に進学することになったが、その高校の新入生向け推奨辞書リストの国語辞典の項に『三省堂新明解国語辞典』と書かれていた。
b0189364_8484317.jpg 『新明解国語辞典』と言えば、赤瀬川源平の『新解さんの謎』でお馴染みのあの「新解さん」ではないか。学校という場で「新解さん」を奨めるというのが僕にとってははなはだ意外だった。『新明解国語辞典』はとかく奇抜な記述が多いという印象で、娯楽として使用するならともかく、教育現場で使うのはどんなものなんだろうと思う。そういうこともあって『新解さんの謎』をもう一度読み直すことにした。
 『新解さんの謎』では、奇抜な記述を紹介するだけでなく、例文についてもさまざまなツッコミを入れて、さながらテレビのバラエティ番組のような面白半分的なおちゃらけで終始していて、かつての『超芸術トマソン』(赤瀬川源平著)のようなキレは残念ながらない。それに、本文の中であれやこれやツッコんでいた例文は、多くが既存の小説(『三四郎』や『高野聖』、『路傍の石』など)から採られたものであり、各項の例文同士に因果関係はない。そのため、さまざまな例文から『新明解』の著者の人格を想像しようとするのもあまり意味があるとは思えず、したがってこの本のように、例文を使ってはしゃいでいるのも、一種のワルノリみたいに思え、正直なところ読んでいてシラけてしまうのだ。むしろ、この辞書でこれだけいろいろな文学作品から例文を集めてきたという、そちらの労力の方が気になったくらいだ、本当のところ。とは言え、例文はともかく、やはり各項目の記述は少し奇妙ではある。たとえば本書で紹介されている「恋愛」の項。

恋愛:特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。

 正直言って(こちらも)ワルノリが過ぎるという印象である。

b0189364_850391.jpg 僕が高校に入ったときに国語の教師から激しく推薦されたのが『岩波国語辞典』であったことを考えると、『新明解』が推奨されている現状はまさに隔世の感がある。ただし僕自身は当時、『岩波』をわざわざ買ったりせず、中学生のときに買った小学館の国語辞典をそのまま使っていた。そのため教師に「君は岩波を使わないんですか?」とたびたび皮肉を言われ、嫌な思いをしたものである。今だったら「家が貧しいので新しいのが買えないんです」くらいのことを言い返すところだが、当時はまだおとなしかったからただ黙っていた。それにその教師のこともあまり好きではなかったし。
 で、ともかく先日、書店の辞書売り場に行ってみたんである。そうするとなんと『新明解国語辞典』が大量に平積みになっており、『岩波』は棚の隅に1冊残されていただけだったのである。そのうえ、『新明解』には「一番売れている国語辞典」というキャッチフレーズが付いていた。子どもに(売れている)「新解さん」を買い与える気はさすがに起こらなかったので、僕は1冊しか残されていなかった『岩波国語辞典』をわざわざ買ったのだった。こういうもの(つまり『新明解』)を奨める教師に対する反発も心の中にはあったのだ。教師に「君は新解さんを使わないんですか?」と皮肉を言われ続けるかも知れないが、良くないと思うものをわざわざ与える親はいないだろう。だからまあ、そういう意味では良い選択だったのではないかと思っている。もちろん子どもには、自分の高校時代の話を伝え、皮肉を言われる可能性は示唆しておいた。一方で、偏屈な人間を親を持つと、しないで良い苦労もしてしまうのだな……と、自分のことは棚に上げてしみじみ思った春の夕暮れなのだった。

追記:現在『新明解国語辞典』は第七版で、『新解さんの謎』で紹介されているのは第四版までである。この新明解辞典であるが、版を追うごとに内容がかなり修正されているため(そのあたりも信頼が置けない理由の1つである)、かつてのようなおちゃらけた記述が残っているかどうかはわからない。興味のある方はご自身の目でご確認ください。
by chikurinken | 2012-03-30 08:51

『Keiko』(映画)

Keiko(1979年・ヨシムラ・ガニオンプロダクション)
監督:クロード・ガニオン
脚本:クロード・ガニオン
出演:若芝順子、きたむらあきこ、池内琢磨、橋本敏夫、中西宣夫

b0189364_8413426.jpg 京都に住む若いOLの日常を描いたドキュメンタリータッチの映画。
 30年以上前の映画だが、自由に生きたいにもかかわらず田舎の親がしきりに結婚を勧めたりとか、現在と状況はあまり変わらないのではないかと思う。そういう点でも今日的と言える。映像は隅から隅までドキュメンタリー風で、隠しカメラで撮ったような室内映像が多く、本当にシナリオがあるのかと思わせるほど至極自然である。キャストは素人に近いと思うが、セリフともどもあまりに自然なので、演技がうまいとか下手とかいう感覚はまったく沸かない。途中ドキュメンタリーかと見まがうほどであった。
 日常を描く映画なので、大きな事件は起こらないが、日常の(映画的に考えれば)小さな出来事は起こる。いきなりでドキッとしたりハッとしたりで、それなりに刺激はある。学生が作る自主映画みたいな趣もあるが、完成度が高いため、安っぽさはまったくない。
 Keiko役の若芝順子は、美人でもなくさりとて不細工でもなく、そのあたりがまたリアルなのだが、男から見たらちょっと疲れるタイプかも知れない。でもこういうタイプの女性は実際にいくらでもいるわけで、その辺も妙にリアリティが感じられるところ。
 映画の方法論としては特に目新しいものはないが、とにかく完成度が非常に高く、よくこれだけの映像が撮れたなというレベルである。一部で評価が高い映画だが、その辺もよく理解できる。また(観光スポットではない)70年代の京都の街並みの映像も興味をそそる。
★★★★
by chikurinken | 2012-03-28 08:42 | 映画

『西洋美術史入門』(本)

b0189364_8121850.jpg西洋美術史入門
池上英洋著
ちくまプリマー新書

 西洋美術の見方をわかりやすく解説する本。
 近代以前の西洋絵画は、絵画を購入するパトロンがいて初めて成立するものであったため、それぞれの絵画には必ずパトロンの意向が反映されている。それは題材であったり、メタファー(暗喩)として使われている素材であったりする。そういう素材の背景を解き明かす学をイコノグラフィー(図像学)と呼ぶ(らしい)のだが、そういうものをひっくるめて、それぞれの西洋絵画の背景を調べ、絵画の成り立ちを知ることで本当の意味で絵画を鑑賞してみようじゃないかというのが本書の主張である。
 中世にキリスト教関係の絵画が多いのは教会が発注主だったためで、描かれた題材にもそれぞれ意味がある。本書では、数多くの矢を受けている聖セバスティアヌスの絵を例としてあげているが、これは当時ヨーロッパに流入してきたペストに関連しているという。多数の矢を受けながら死ななかった聖セバスティアヌスの絵が、ペストという矢を射られながらも生き延びたいという人々の願掛けの対象になったということらしい。こういういきさつで、聖セバスティアヌスの絵が当時流行したんだという(本書ではマンテーニャとゴッツォリの絵が紹介されている)。
b0189364_8211079.jpg 一方、近代では市民階級が台頭し、美術品を市民が購入するようになる。そのために小さめで、なおかつ題材も殉教などの重いものではなく風景、静物などの軽い素材が選ばれるようになった。そのためにたとえばオランダでフェルメールのような作家が職業画家として成立するようになったという。またスペインでは、貧しい人々の絵が多く描かれたが、これも注文主が慈善活動をアピールするためだったなど、これまで知らなかった事実が多く、非常に勉強になった。西洋の近代以前の美術を現代的な見方で見てはならないということがよくわかる本で、文章も非常に読みやすく、大変わかりやすい親切な一冊であった。図版も多く掲載され、口絵には一部の図版のカラー版も(白黒版と重複して)載っている。そういう点でも非常に親切。
★★★☆
by chikurinken | 2012-03-27 08:12 |

『鋼鉄の巨人(スーパージャイアンツ)』(映画)

b0189364_824111.jpg鋼鉄の巨人(スーパージャイアンツ)
(1957年・新東宝)
監督:石井輝男
原案:根岸伸介
脚本:宮川一郎
出演:宇津井健、池内淳子、中山昭二、岩下亮

 1957年に新東宝で作成されたB級特撮映画。
 当時、地球上で核実験がたびたび行われたことから、他の星に対する影響を危惧した他の星の代表がエメラルド彗星に集まって宇宙会議を開催する。その結果、地球人に核実験をやめさせるため、代表を地球に送り込むことになった。その代表こそが、われらがスーパージャイアンツ! 銃弾を跳ね返す鋼鉄のような身体を持ち、宇宙会議の総力を結集してつくられた腕時計の形をした地球時計(どう見ても50年代のチープな腕時計であるが)を駆使し、核兵器を使う地球の悪を退治する……というような話。
 50年代に作られたSF映画に対しあれこれケチをつけるのは、当時と今とで技術レベルや学術レベルが違うことからあまりフェアでないと言えるが、しかしこの映画は安直にもほどがあると言える。1人なのにスーパージャイアンツなのはご愛嬌だとしても、普通の人間のサイズなのに巨人はおかしいだろと思う(この後大きくなるんだろうか……それとも讀賣と関係あるのか?)。セットは非常に安っぽく、宇宙会議もいかにもスタジオで撮りましたというようなもので、しかも円卓の片側がカメラのためにあけられている。テレビのバラエティ番組のようなセットである。またシナリオもそれに負けず劣らずスーパーご都合主義だ。飛行機の乗客がウランをカバンに入れて運んでいるんだが(これも危なすぎ)、空を飛んでいたスーパージャイアンツが地球時計のガイガーカウンターでそれを感知し発見するというのも随分いい加減な展開である。その後、スーパージャイアンツとこの運び屋の間でカバンをめぐって地上で乱闘が起こるが、それを見ていた子ども達がそのカバンを持っていくというのもまったく理解不能な展開である。もうちょっとストーリーをしっかり作らなければ、小さな子どもだって真面目に見てくれないよと思う。全般的に至極いい加減なSF映画で、作り手がこういった種類の映画をなめていたのではないかという気さえしてくる。なおこの映画は「スーパージャイアンツ」シリーズ(全7作)の第1作だが、なんと完結せず、途中ものすごく盛り上がる箇所で終わってしまい、『続鋼鉄の巨人』へと続く。テレビの連続ものじゃないんだからなと悪態の1つもつきたくなるところだ。もっとも第二作を見たいという気持ちも起きないが。
 スーパージャイアンツに扮するのは怪優、宇津井健。当時はまだ怪優の片鱗はなく、端正な二枚目である。相手役は当時19歳の池内淳子で、後のような低音の魅力はまだなく、非常に初々しい。ウルトラセブンのキリヤマ隊長(中山昭二)も主役級で登場。ただし登場シーンは短い。
★☆
by chikurinken | 2012-03-26 08:25 | 映画

『旧ソ連 原子力潜水艦の末路』(ドキュメンタリー)

旧ソ連 原子力潜水艦の末路(2010年・独Context TV)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_8455094.jpg 原発の解体が大変だという話は以前から耳にする上、かつてNHKのドキュメンタリーでも放送された(竹林軒出張所『原発解体(ドキュメンタリー)』参照)ので、ある程度実情はわかっている。だが原子力潜水艦の解体についてはあまり公にされていない。一体どうなっているのかというのは前から気になっていた。原発の原子炉同様、同じような困難さがつきまとうのではないかというのは容易に察しが付くが、実際どうなっているのかはまったく知らない。
 このドキュメンタリーでは、旧ソ連の原子力潜水艦が現在どういうふうになっているか、どのように処理されているかをレポートする。結論を言えば、原潜を輪切りにして原子炉の部分だけ取り出し、それを巨大な密閉容器に入れて、一箇所(コラ半島のサイダ湾)に集めておくというのがその回答である。放射能が減少する数十年後を待って解体処理するということらしいが、要は次の世代にやらせるというのが骨子のようだ。すでにロシアだけで200基もの原潜がこの方法で処理されているらしく、処理が(とりあえず)進んでいるのは何よりだが、本質の部分については手も足も出ないというのが実情のようだ。
 番組では、米ソ冷戦時代に、核ミサイルを搭載した原潜が多数造られた事実やその背景などにも触れており、状況が非常にわかりやすかった。また、90年代に魚雷爆発事故を起こして沈没した原潜クルスクについても詳細に語られる。なお、クルスクの原子炉も現在サイダ湾に集められているという。
 テンポが非常によく、情報が一杯詰まった濃密なドキュメンタリーだったが、米国の古い原潜は今どうなっているのかという疑問が最後まで残る。続編として、是非米国の原潜事情についてのドキュメンタリーをやってほしいところだ。
★★★☆
by chikurinken | 2012-03-24 08:47 | ドキュメンタリー

『イエローケーキ 〜ウラン採掘の現場から〜』(ドキュメンタリー)

イエローケーキ 〜ウラン採掘の現場から〜
(2010年・独Um Welt Film Produktions)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー

b0189364_17401973.jpg 原子力発電で使用されるウランの採掘現場のレポート。取り上げられるのは、旧東ドイツのヴィスムート、ナミビアのロッシング、カナダのウラニウム・シティの各鉱山。
 どこのウラン鉱山にも共通するのが、採掘と共に放射性物質が地上に放出されて環境内に流出するということである。しかも多くの場合、何の手立ても打たれていないと来ている。たとえばどこのウラン鉱山にも、鉱滓(こうさい)と呼ばれる放射性を帯びた廃液が大量に溜められている場所(「鉱滓ダム」)が存在する。放射性を帯びているため、これに対してはなかなか対策を講じることができず、ほとんど溜められたまま放置されている(しかもいまだに廃液が出るため拡大している)。放射線を発生させる点を鑑みれば、環境汚染の程度は他の種類の鉱山をはるかに上回ると言える。そしてそのツケは、後の世代に先送りされることになるのだ。
 たとえば旧東ドイツのヴィスムートの場合、結局現在のドイツ政府がその負の遺産を引き継ぐことになって、放射能除去のためさまざまな方策が実行に移されている。しかしそれには莫大な費用がかかるというし、しかもその進捗状況はきわめて遅く、常に困難さがつきまとう。「未来の世代に残される原子力の負の遺産」の構図がそこにある。
 もう一つ、ウラン採掘鉱山で注目しなければならないのが労働者の被曝状況である。労働者には、ウランは危険なものという意識がどこかにあるが、それをどこかに置き去りにしなければ仕事にならないという側面がある。そのため会社側が「大丈夫」と言えばそれを信じ込む。そういう経過を辿って、労働者は大量の放射線を浴び続けることになる。結果、自分の体の中に大きな爆弾を背負い込むことになるのだ。
 このドキュメンタリーでは、このような状況が淡々と紹介され、(普段あまり公開されることのない)採掘現場での取材も果敢に行っている。「クリーンなエネルギー」原子力の正体を採掘という側面から暴き出すドキュメンタリーで、テンポも良く、見ていてまったく飽きることがない優れた作品であった。なおタイトルの「イエローケーキ」は、採掘して精錬されたウラン製品を表す。
★★★☆
by chikurinken | 2012-03-23 17:41 | ドキュメンタリー

ジャクリーヌ・デュ・プレ関連のCDなど

b0189364_1034397.jpg 昨日紹介したジャクリーヌ・デュ・プレ(竹林軒出張所『風のジャクリーヌ 〜ある真実の物語〜(本)』)だが、CDはおおむねEMIから出されている。個人的にお奨めなのはエルガーのチェロ協奏曲で、映画『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』でも、効果的に使われていた名演である。値段もお手頃だと思う。
 デュ・プレの演奏をまとめて聴きたいという向きには『ジャクリーヌ・デュ・プレ〜EMI完全録音集』という17枚組のCDセットもある。EMIに録音したものを全部集めてセットにしたという企画である。10年ほど前は定価27,000円で売られていたらしいが、現在、輸入盤がAmazonで9,000円で売られている(2012年3月21日現在)。実は僕も1カ月ほど前にこのボックス・セットをAmazonで買ったのだが、そのときは4,400円(76% OFF!)だった。この価格も毎日変動しており今は高値で推移しているようだ。おそらく6,000円台までは確実に下がると思われるので、買おうと思っている方は、価格動向に注目して「ここぞ」というタイミングで買うのが吉。相場師にでもなったつもりで価格変動をウォッチングしてはいかがだろうか(今確認したが、HMVでは現在もっと安く売られている)。
b0189364_1051636.jpg このセットでは、それぞれのCDが薄目の紙ジャケット(かつてのLPレコードのようなものを想像していただければ良い)に入っていて、17枚分のジャケットと解説書が13×13×5cmの箱に入っている。昔の2枚組CD、2個分くらいの大きさなので、17枚という枚数の割にはかさばらない。解説書は23ページで、中身は英語、独語、仏語で書かれている。日本語はないのかなどと文句を言ってはいけない。輸入盤とはそういうものである。曲目はHMVのページにすべて載っているのでそちらを参照されたい。さまざまなチェロ協奏曲(エルガーももちろんある)と室内楽がメインで、小品も若干ある。室内楽は、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲がほぼ全曲(第8番は見当たらなかった)入っている他、ブラームスやショパン、フランクのチェロ・ソナタなどもある。フランクはヴァイオリン・ソナタをチェロに編曲したもので、ショパンともども珍しいっちゃあ珍しい。

b0189364_1054925.jpg 映像については、劇映画『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』のDVDは現在絶版のようで、見ようと思ってもなかなか見ることができないと思う。この映画、1本の作品としてはよくできていて面白いが、昨日書いたように少し「興味本位の悪意」が感じられる。
 その他にはデュ・プレのドキュメンタリー映像が5本残っているらしく、輸入盤であればすべてDVDを入手できる。ただ輸入盤であるため日本語字幕がないわけで(それにリージョン・コードなどの問題もあるかも知れない)、ドキュメンタリーとして見るには少々苦しいかも知れない。純粋に演奏の映像として見れば問題ないのかも知れない。ともかく手元にないので何とも言えない。国内盤としては『ジャクリーヌ・デュ・プレの想い出』があるが、これも今は販売されていないようだ。
 なお余談だが「ジャクリーヌ・デュ・プレ」という名前のバラもあるそうだ。なんでもジャクリーヌにちなんで名前がつけられたらしい。そのあたりの事情も『風のジャクリーヌ 〜ある真実の物語〜』で紹介されていたので、興味のある方はこの本に当たってくだされ。
by chikurinken | 2012-03-21 10:11 | 音楽

『風のジャクリーヌ 〜ある真実の物語〜』(本)

風のジャクリーヌ 〜ある真実の物語〜
ヒラリー・デュ・プレ、ピアス・デュ・プレ著、高月園子訳
ショパン

b0189364_1023350.jpg 悲劇のチェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレの伝記で、ジャクリーヌの思い出を姉と弟が書き綴ったもの。
 ジャクリーヌ・デュ・プレは、若い頃から天才と言われたチェリストで、その後ピアニストで指揮者のダニエル・バレンボイムと結婚するも、若くして多発性硬化症(MS)を発症し、20代後半に引退を余儀なくされて、その十数年後この病気で死ぬ。その容貌や言動などから特に英国でアイドル的な人気があったらしいが、彼女の悲劇的な生涯はそれに一層拍車をかけることになって、今では伝説的な存在になっている。またエルガーのチェロ協奏曲は、ジャクリーヌ・デュ・プレの代名詞となっており、残された録音はいまだに名演の呼び声が高い。
 そういう伝説的なジャクリーヌ・デュ・プレであったことから、本書でその素顔が公にされたとき、一大センセーションを巻き起こしたらしい。本書を承けて「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」という映画も作成された。僕もこの映画を見たとき、そのあまりの内容にたまげてしまった。ジャクリーヌ・デュ・プレが、わがまま放題で、周囲の家族に嵐を巻き起こすような人間として描かれ、あげくに姉の夫まで盗んでしまうという、とんでもない素行まであぶり出されていたためだ。もちろんその多くは事実ではあるが、本書を読んでみると、映画はセンセーショナルに描きすぎていると感じられる。当事者の思いを無視したゴシップ的な興味本位の扱いだったと本書を読んだ今では思える。
 本書におけるジャクリーヌの姉と弟の記述は、ジャクリーヌに対する愛情にあふれている。姉の夫と通じていたとしても、当時ジャクリーヌは躁鬱状態で誰かの助けが必要だった上、姉夫婦がジャクリーヌをなんとか助けようと必死だったという側面も同時にある。姉のヒラリーは、ジャクリーヌと夫の関係を知って非常に傷つきながらも、ジャクリーヌの精神状態を気遣っていたという面もあったようだ。特に症状が重くなるにつれて、わがままや攻撃的な面が表に現れて周囲に迷惑をかけ続けるが、家族はつきあいきれないと感じつつも彼女への愛情は変わらずに持ち続ける。したがってあの映画のような一面的な見方は、多分に覗き見的な悪趣味と言わざるを得ない……こういうことを本書を読みながら感じた。
 本書では、姉のヒラリー、弟のピアスの視点で、ジャクリーヌの生い立ちから死去までが語られる。一人の妹(同時に姉)に過ぎなかったジャクリーヌが、チェロに取り憑かれ、突然「天才」へと変貌していく過程は迫真の描写である。その後家族は、この「天才」を中心に回らざるを得なくなる。ジャクリーヌはその後、世界的に名声を博すまでになり、世界を演奏旅行で飛び回るようになるが、一方でヒラリーは自身の音楽的才能に限界を感じて、やがて平凡に結婚していく。それでも姉妹、姉弟の関係は以前と同じであり続ける。だが環境の変化(そしておそらくジャクリーヌが自身の病気に気付き始めたこと)からジャクリーヌは徐々に精神的に不安定になっていき、結局ヒラリーの家族、ひいてはヒラリーの夫に救いを求めるようになったというのが真相のようである。ジャクリーヌは、精神的な不安定さから一時期演奏活動を中止していたが、やがて精神面も改善して舞台への復帰を遂げる。だがしかし、今度はMSのために体が思うように動かなくなり、73年のコンサートを最後に引退を余儀なくされるのである。こういったジャクリーヌの生涯が、姉、弟のみならず、家族や夫との関係性を中心に記述されているのが本書である。
 そういうわけで「本当のジャクリーヌ・デュ・プレ」を知りたいのであれば、映画ではなくこちらの本を読むべきだと思う。本書を読んだ今となっては、あの映画には少しばかり悪意さえ感じるのだな。
 それから本書だが、翻訳がやや拙いのと誤植が割合残っている点がマイナスで、装丁もあまり好感を持てないが、まずまずの仕上がりではないかと思う。原題は「A Genius in the Family」(家族の中の天才)で、こちらの方が日本版タイトルよりも適切だと思う。「風のジャクリーヌ」というタイトルとこの装丁は、内容とミスマッチという気がしないでもない。それに写真がもう少し掲載されていれば、想像の幅も広がってもっと良かったかなと思う。
★★★☆
by chikurinken | 2012-03-20 10:03 |

『王将』(映画)

b0189364_7581070.jpg王将(1948年・大映)
監督:伊藤大輔
原作:北条秀司
脚本:伊藤大輔
出演:阪東妻三郎、水戸光子、三條美紀、滝沢修、三島雅夫、斎藤達雄

 大阪の将棋指し、阪田三吉をモデルにした映画。1947年に発表された北条秀司の戯曲が原作だそうで、その後何度もリメイクされた。村田英雄の歌「王将」もこれに関連したものらしい。
 そういった多数のリメイク映画の大元になったのがこの映画であるが、この映画、阪東妻三郎の阪田三吉が大変魅力的で、それが再三のリメイクに拍車をかけることになったのではないかと推察する。ストーリー自体は特にどうということもなく、阪田三吉のエピソードを集めてつなげたエピソード集といった内容である。しかも展開に小気味良さがなくダラダラと流されたという印象が強い。演出は正攻法だが、阪妻以外、あまり見所がない映画だった。実は今回で見るのは2回目(25年ぶりくらい)であるにもかかわらず内容をまったく憶えていなかったが、それもいたしかたないなと頷けるような作品であった。なお、将棋の監修は、阪田三吉とも繋がりがあったという升田幸三が担当している。
★★★
by chikurinken | 2012-03-19 07:58 | 映画