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竹林軒出張所

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『天海祐希 パリと女と… 魅惑の新オルセー』(ドキュメンタリー)

天海祐希 パリと女と… 魅惑の新オルセー 第一部、第二部(2012年・NHK)
NHK-BS Premium
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 新装なったパリのオルセー美術館を紹介するドキュメンタリー。
 オルセー美術館と言えば印象派の殿堂。元々地下鉄の駅だったオルセー駅を改装したもので、1986年に印象派美術館(ジュ・ド・ポーム)の所蔵品を引き継いで、現在のオルセー美術館となった。数々の有名な印象派絵画を抱える美術館である。一昨年、昨年と日本にも数多くの有名印象派絵画が来たが、今回オルセーの改装のことを知って、オルセー美術館の改装のせいだったのかと納得した。大体有名美術館から有名画が貸し出されて来たり、なんとか美術館展みたいな展覧会が開かれる場合は、その作品を所蔵している美術館の都合が原因になること、特に改装のケースが多いというのはよく知られた事実である。
b0189364_9192734.jpg それはさておき、このドキュメンタリーは、新装なったオルセーを女優の天海祐希が紹介していくという番組。たとえば外光が取り込まれて自然光が絵画に反映されるようにしたり、壁の色を青紫の暗色にすることで絵画が映えるようにしたりという新しい工夫が紹介される。それだけだと美術館の広報みたいでちょっともの足りなかったのか、絵画にまつわるエピソードを紹介したり、それに関連するパリの施設を訪れたりと、紀行番組的な要素も多く取り込んでいる。そういうこともあって、「天海祐希のオルセーを中心とした紀行番組」と捉えるのが正しく、美術の番組と考えるとちょっと肩すかしを喰らったような感じになるかも知れない。
 番組でモチーフとして使われた絵画は、ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」、モネの「日傘をさす女」、ドガの「エトワール」、ベルト・モリゾの「ゆりかご」など。かつての酒場、ムーラン・ド・ラ・ギャレットを天海祐希が訪れたりするのだが、レストランに形を変えて現存しているというのはまったく初耳で新鮮だった(現在は敷地も随分狭くなって、ルノワールの絵のような面影はまったくないが)。また、ベルト・モリゾのエピソードも知らないことが多かったので興味深かった。
 ムーラン・ド・ラ・ギャレットの場面もそうだったが、途中、CGを使って現在の風景をそのまま過去の風景に置き換えるという試み、一種の映像的なお遊びなんだが、それが何度か出てきた。『ブラタモリ』でお馴染みの演出だがもしかしてスタッフが一緒だったのか……。あるいはNHKで今後多用するつもりなのか、その辺はよくわからない。チープな演出と言えば言えるが、『ブラタモリ』よりは、手がかかった高精細なCGだったように思う。
 天海祐希が堂々としている上、振るったコメントも繰り出してくるので、テレビ放送用のプログラムとしては成功していると思うが、全体的にどことなくとりとめのない印象が残った番組であったのも事実である。『ブラタモリ』のオルセー版、『ブラアマミ』になっているように感じたのは僕だけか……。
★★★☆
by chikurinken | 2012-02-29 09:22 | ドキュメンタリー

ちょっとだけドライポイント

 相変わらず銅版画などというものを続けておりますが、銅版画といっても興味のない方にとっては「なんのこっちゃ」でしょう。
 日本の学校現場ではおおむね木版画がカリキュラムに組まれていますので、木版画については大抵の方がイメージを持たれていると思います。要は出っ張ったところにインクや絵の具を付けて、それを紙に刷り取る(つまり写す)という作業で、こういうのを凸版画といいます。出っ張っているところ(凸部分)を刷り取るので。
b0189364_20235296.jpg 一方、銅版画は凹版画と呼ばれ、へこんでいる部分にインクを入れて刷り取るのです。銅版画の刷りの現場を見たことがないとこれがもうひとつピンと来ないと思います。どうするかというと、何らかの手段であらかじめ銅板に絵や字を描いておきます。釘みたいなもので金属をひっかくと溝ができますが、ああいったものと思っていただければ結構。その部分が他より少しへこんでいるので、まずそこにインクを詰め込むのです。ローラーを使ったりタンポみたいなものでグイグイ力業でインクを押し込んだりといろいろな方法でやるんですが、この状態のままだとへこんでいない部分にもインクが付いてしまいます。そのため、このへこんでいない、つまり平たい部分は布で拭き取るのですね。そうすると、へこんだ部分に入ったインクはそのままで、平たい部分はインクがないという状態になります。この状態にして、銅板の上に濡らした紙を載せ、上から強い力を加える(通常はプレス機を使う)と、紙が溝に入り込んでインクを吸い取る……こうして絵ができあがるということになります。これが銅版画です。
b0189364_20241047.jpg で、実際に絵や字をどうやって銅板上に描くかというと、一般的に使われるのはエッチングという技法で、これは銅板全体をグランドという石油系の素材で薄く覆い、そこの上から細い鉄筆のようなもの(ニードルなどと呼ばれます)で描くという方法を使います。ニードルで線を書くと、その部分だけグランドが剥がれて銅が露出します。これを腐食液(銅を溶かす溶液)に浸けると、露出している部分だけが融け、そこだけがへこんだ部分になるというわけ。プリント基板を作ったことがある人ならお馴染みの方法でしょう(そんな人、あまりいないか)。
 もっと直接的な方法にドライポイントという技法があります。名古屋では「ドリャーポイント」と言いますが(ウソ)、これはニードルを使って直接銅板をひっかく技法です。通常はこのひっかく技法だとなかなかきれいな線ができにくいので、エッチングが多用されるということになります。ただ短いストロークで線を引けばそれほど汚い線にならないということが最近わかりまして、何枚かドライポイントで銅版画を作ったりしておるのです。上の2枚はどちらもドライポイントでやったもの。目下修行中といったところです……。
 もっとも銅版画、もともとは出版で普及した方法のようですが、今となっては過去の技術で、芸術家と一部の好事家以外、あまり関心のある人はいないかと思います。とは言え、僕も縁で銅版画などに関わることになったわけで、銅版画普及のために、これからもときどき銅版画の解説などを交えていこかなと思っておる次第です、ハイ(要らんとか言わないでね)。
絵はクリックで拡大します。

参考:『武蔵野美術大学 造形ファイル -- 銅版画』
   竹林軒出張所『本場の銅版画に驚嘆……別の意味で』
by chikurinken | 2012-02-27 20:21 | 美術

『水彩学 よく学びよく描くために』(本)

b0189364_9472946.jpg水彩学 よく学びよく描くために
出口雄大著
東京書籍

 タイトルは「水彩学」だが「学」の本ではない。一言で言えば、カルチャースクールで水彩を教えているという著者(イラストレーター)の芸術観・水彩観を表明した本ということになるだろうか。構成も序論、歴史編、技法編と3つに分かれているなど、少し特異である。これもわかりやすく分類し直してみれば、著者の生い立ちを中心に綴ったエッセイ、明治の水彩史、英国の水彩史、水彩技法と4分できるかと思う。
 エッセイの部分は、著者に関心のある人ならいざ知らず、まったく著者のことを知らない僕にとってはかなり退屈であった。ただ芸大の受験事情はまったく知らなかったので、(著者の主観ではなく)本当にこんなバカバカしいことになっているというのなら意外な事実ではある。ただし意外ではあるが、だからと言って僕にはさして関係ない話なので、あまりどうと言うことはない。なんとなく(芸大受験に失敗したという)著者の怨み節みたいなふうにも聞こえて少々辟易してしまう部分もなきにしもあらず。
 水彩技法の部分も、現在では技法書がたくさん出ていることもあり、あまり目新しさもない。一番僕が興味を引かれたのは、明治と英国の水彩史で、この部分についてはよく取材されており内容も充実していた。
 全体的に本としてのまとまりがないといった印象で、そういうことも相まって読み終えるのに相当骨が折れた。また、文章が乱れた部分も多く、記述自体に結構癖があって、この辺は好き嫌いの分かれるところだと思う。時間がなければ「英国水彩史」(約40ページ分)だけ、少し時間があれば「明治水彩史」(約50ページ分)をプラスして読めば十分ではないかというのが、時間をかけて読み終えた僕の本心である。
★★★
by chikurinken | 2012-02-25 09:47 |

『祇園囃子』(映画)

b0189364_8392240.jpg祇園囃子(1953年・大映)
監督:溝口健二
原作:川口松太郎
脚本:依田義賢
撮影:宮川一夫
出演:木暮実千代、若尾文子、河津清三郎、進藤英太郎、菅井一郎、小柴幹治、浪花千栄子

 京都・祇園の置屋を舞台にした、姉妹格の芸妓と舞妓の物語。ということになると『祇園の姉妹』を思い出させるが、実は監督も脚本家も同じで、しかもテーマも共通である。そういうことを考えると、監督の溝口健二にしてみればリメイクの色合いが強かったんではないかと推測する。
 そのせいかどうか知らないが、『祇園の姉妹』と比べると映像もシナリオも演出もあらゆる部分でこちらの方が凌駕している。もちろん『祇園の姉妹』で見られたディテールの美しさはこの映画でも健在で、登場人物の日常的な所作に至るまで優れた絵画のように美しい。非常によく練られた(であろう)カメラワークはさすが宮川一夫というものである。カラーでないのが惜しいほどだ。
 また、キャストもみな嵌まっており、自然でまったく申し分ない。若尾文子の舞妓は非常に美しく、木暮実千代も悩める一人の「働く女」を好演している。脇の男たちもこれが地なんじゃないかという自然さで、浪花千栄子の存在感も相変わらず桁外れであった。
 この映画、見るのは今回が二度目だが、前に見たときは、僕自身、祇園の芸妓・舞妓が出入りする施設でアルバイトしていた関係で、彼女たちを身近に見ていた頃だった。で、若尾文子が演ずる舞妓の振る舞いが実物の彼女たちに実によく似ていて、そのリアリティに大変感心した憶えがある。
 この映画のテーマは、芸妓・舞妓の人権についてだが、実際その施設に出入りしていた当時(25年前)、とある舞妓から似たような話を聞いたことがあって、そのときはいまだにそういうことがあるのかと思ったのだった。かつて読んだ『舞妓の反乱』という本でも、そのことが告発されていた(そのときブログに書いた評もこの後あわせて紹介しようと思う)。
 とは言え、こういうやや重いテーマを別にしても、非常に見所が多く、日本の美意識や伝統が随所に見え隠れして魅力的である。また、この映画で扱われている「弱者への圧力」なども、ある意味非常に日本的と言える題材かも知れない。溝口健二の1つの頂点と言える映画ではないかと思う。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『舞妓の反乱(本) 再録』
竹林軒出張所『祇園の姉妹(映画)』
竹林軒出張所『新・平家物語(映画)』
by chikurinken | 2012-02-24 08:43 | 映画

『舞妓の反乱』(本) 再録

2005年9月11日の旧ブログより
舞妓の反乱 「金権亡者」の巣窟化した祇園の金、かね、カネ
藤花、桃花、萩花、菊花著
データハウス

b0189364_8414514.jpg 20年ほど前、祇園の舞妓さんと知り合う機会があり、「水揚げ」(芸妓になるための費用 --4・5千万円-- を負担し、舞妓のスポンサーになること、実際には愛人みたいなもの)の実態を聞いたことがある。いまだにそんなことがまかり通っているのかと驚いたが、この本で告発されている内容はもっとひどい。もちろん「水揚げ」のことも触れられている。以前聞いた話とまったく同じである。著者は、これについては「現代の人身売買」と切り捨てている。
 著者たちは、かつて祇園の舞妓として、ある置き屋(「置き屋」とは舞妓が所属するプロダクションみたいなもので、一般的にそこで寝泊まりもする。ただし本書ではどこの置き屋かは特定されていない、残念だが)に所属しており、そこでひどい暴行を受け続けて、結局祇園から脱出(!)したという経歴を持つ、本物の元・祇園の舞妓である。彼女たちが所属していた置き屋は特にひどかったようだが、本書によると、多少差はあっても、どこの置き屋でも舞妓がひどい扱いを受けていることに変わりはないという。
 本書を通してさまざまなことが告発されている。その内容は、
 「祇園で私たちが体験したのは暴力、強制労働、通信の秘密侵害、盗聴、二十四時間の身体拘束、私物点検・奪取、労働補償としてのご祝儀強奪など、憲法で保障するあらゆる人権への侵害であり、金品奪取の行為です」(234ページ)という一文に凝縮されている。中でも暴力はひどく、髪をつかんで引きずり回したり、冬に裸で正座させたりとか、現代の女工哀史と言っても過言ではない。ちなみに祇園甲部の舞妓さんが通う芸事の学校は女紅場(にょこうば)学園というが、かつて私は、その前を通るたびに、そのゴロから「女工哀史」をイメージしていた。
 悪徳置き屋から脱出した彼女たちは、その後、自分たちで「舞妓の館」という企業を始めて、現在に至っている(ようだ)。
★★★☆
by chikurinken | 2012-02-24 08:42 |

輸入CDはウラシマ状態

 最近気が付いたんだが、AmazonでクラシックやジャズのCDがものすごい値段で売られている。以前から廉価版CDというのがあったのはもちろん知っているが、今の状況はちょっと「はんぱねぇ」んである。
b0189364_9595278.jpg たとえばEight Classic Albumsというジャズのシリーズがあるが、4枚組で1100円前後とくる。しかも4枚組ではありながら、その実8枚分のコンテンツが入っているという。どういうことかというと、たとえばジョン・コルトレーンの『Eight Classic Albums』には、『The Last Trane』、『Informal Jazz』、『A Blowin Session』、『Black Pearls』、『Settin The Pace』、『Kenny Burrel And John Coltrane』、『Traneing In』、『All Mornin Long』の8枚分のオリジナル・アルバムが収録されている……4枚のCDに(つまり2枚分のアルバムが1枚のCDに収録)。ということは、計算してみると、元のアルバム1枚当たり110〜140円程度ということになる。レンタルより安い!
 このシリーズだが、コルトレーン以外にも、マイルス・デイヴィス(マイルスは10枚組!)、ソニー・ロリンズスタン・ゲッツなどの有名どころもあるし、今の日本ではあまり多く出回っていないようなアーティストのものもある。収録されているアルバムは、特に有名どころのアーティストについては、割に有名なアルバムが多く、マイルスやロリンズについては、個人的には持っているものばかりなので今さら必要ないが、ちょっとマイナーな線になると興味を引かれるものも多い。そういうわけで、試しにキャノンボール・アダレイのものを買ってみた。このCDもご多分に漏れず8枚分のアルバムが入っているが、そのうち持っているものが1枚あったので新旧で聞き比べてみたが、音質的に特にどうこういうような問題はなかった。思った以上に良いもので、少なくともiTunesやiPodに入れて聞く分にはまったく遜色ないのではないかと思う。
b0189364_1025069.jpg 一方クラシックになると、はんぱなさも桁外れになる。たとえば、CD85枚組のベートーヴェン全集が約6000円(輸入盤であるためか毎日値段は変動している)、170枚組のモーツァルト全集が約1万円、157枚組のバッハ全集が約1万3千円である。こうなると、これまでの常識が通じないというか、もうなんかわけがわからない世界である。ベートーヴェン全集の場合でCD1枚当たり70円程度。レンタルするよりはるかに安いときている。この3つの全集は、オランダにある(という)Brilliant Classicsというレーベルが出しているもので、他のクラシック・レーベルからライセンスを受けて販売する会社らしい。そのためか、ラインアップを見る限り演奏自体は割と有名なアーティスト、アルバムのものが多いのである。こういう商品が起爆材になっているのか、名のある老舗レーベルも、同様の企画を出している。RCAからはまもなくトスカニーニ全集(84枚組、7500円前後)が出るというし、カザルスクライバーも大手レーベルから低価格でボックス・セットが出ている。
 こういうのは大抵が輸入盤だが、こうやって通販で普通に買えるようになると、今までのCDの価格体系というものが劇的に変わるんじゃないかと思う。特に、クラシック、ジャズ、ロックなどの古典再版系のものは、今後、二束三文の値段で売られるようになるかも知れない。古典を安く入手できるのは歓迎ではあるが、果たしてこれでレコード会社がやっていけるのか、共倒れになるような価格設定なんじゃないかと老婆心で心配してしまう。
b0189364_10135178.jpg だがベートーヴェン全集が6000円で手に入るというのも何とも魅力的な話である。少し調べてみると、ベートーヴェンの交響曲全集なんかも千円台から出ている。僕もかつてはせっせといろいろなアーティストのものを買い集めたが、どれも1万円近くしたような記憶がある。ルービンシュタインのショパン曲集もたしか2〜3万円程度で買ったような記憶があるが、今見たら11枚組で2360円だそうな(Chopin Collection)。10分の1の値段ということか……。こういうのは何だか少し複雑な気分になる。
 かつて国内盤CDがやたら高値で売られていたときに、クラシックの輸入盤CDを渋谷の専門店で探し回っていたことがあるが、そのときはせいぜい国内盤の2〜3割引程度の値段だった。それから20年以上経ったが、国内盤は、多少は安くなったとは言え旧態依然の売り方を続けていて、一方で海外盤は、完全に価格体系が変わったかのような値段になっている。しばらく輸入版に頓着していなかった間に時代は大きく動いていたのだろうか。僕はウラシマ状態である。国内メーカーもさすがに今までのような殿さま商売を続けるわけにいかなないだろう。今の時代、渋谷をうろつき回らなくてもネットで簡単に手に入れられるわけで、同じ市場で勝負しなければならないわけだから。少なくともクラシックやジャズなどの古典再版系については今後劇的に変動があるかも知れない。「瞑目して待て」という境地の昨今である。

参考:竹林軒出張所『ウェーバーとバレエ』
   竹林軒出張所『今月のCD カツァリスのベートーヴェン』
   竹林軒出張所『ホグウッドのモーツァルト』
   竹林軒出張所『ベートーヴェンの使い回し』
by chikurinken | 2012-02-22 10:09 | 音楽

『真実一路』(映画) -- 極私的に淡島千景追悼 --

b0189364_1115344.jpg真実一路(1954年・松竹)
監督:川島雄三
原作:山本有三
脚本:椎名利夫
出演:淡島千景、桂木洋子、須賀不二夫、山村聡、佐田啓二、多々良純

 山本有三原作の同名小説の映画化。先頃逝去した淡島千景が出演。
 山本有三と言えば、僕が子どもの頃、父がやたら『路傍の石』を奨めていたので、その関係で名前を知っているという作家である。この『真実一路』も『路傍の石』と同系の話だろうと思って見ていたが、大分毛色が違った。
 端的に言えば、自分に正直に……というか身勝手に生きる女性の周辺で巻き起こる騒動といったところ。こういう人が近くにいると周りや家族は大変迷惑するのが常だが、本人は至って平然としており、それが余計に癪に障ったりする。到底共感を抱けるような存在ではないが、この話では、自分に正直に「真実一路に生きる」人として肯定している。こんなに周りを振り回して迷惑をかけ続ける人になんか共感できないのだが、その辺は作者とこちらとの間でかなり温度差がある。
 映画自体は、回想や独白を交えるなど、きわめてオーソドックスな作りで、古いタイプの映画と言える。あまり洗練された部分はないが破綻もまったくないので、落ち着いて見ることができる。いろいろな登場人物にスポットが当たるので、誰が主人公かよくわからない部分もある。山本有三原作だけに当初は子どもが主人公だとばかり思っていたが、どうも途中から姉、父、母と、話の中心がめまぐるしく移り変わり、話の芯がはっきりしない。グランドホテル形式に近いのかも知れないが、一方で拙い印象も受ける。
 そういうわけでとりたててどうと言うことはなかったが、東京近郊の田園風景が今となっては非常に新鮮であった。「武蔵野の面影が残る」などとよく言われたりするがまさにそういう風景で、「春の小川」を彷彿させるような美しい小川まで流れていた。ちなみに唱歌の「春の小川」、元々は渋谷あたりを流れていた川がモデルだという。
★★★

参考:
竹林軒出張所『路傍の石(映画)』
by chikurinken | 2012-02-21 11:17 | 映画

『カラヴァッジオ』(映画)

b0189364_8574937.jpgカラヴァッジオ(1986年・英)
監督:デレク・ジャーマン
脚本:デレク・ジャーマン
出演:ナイジェル・テリー、ショーン・ビーン、デクスター・フレッチャー

 16〜17世紀のイタリア人画家、カラヴァッジオの生涯をモチーフにした映画。だが、カラヴァッジオ自身の生涯みたいなものは、この映画を見てもよくわからない。
 全体を通じて、おそらく製作者の趣味と思われる映像が続く。中にはカラヴァッジオの作品を意識したような部分も随所に見られ、映像をよく作り込んでいるのはわかる。ただ見続けるのは正直苦痛だった。
 耽美的というのか退廃的というのか独特の世界観がちりばめられた映画であるが、僕とは趣味が違いすぎてよくわからない。自己満足じゃねーのみたいな気もする。デレク・ジャーマンだけに同性愛系統のシーンもたくさん出る。そういう趣味の男性やボーイズラブ好きの女性であればもっと楽しめるかも知れない。
 また、バイクや計算機みたいな現代的なものを普通に登場させるのもどうかと思う。こういうのは、下手な現代芝居でときどき目にするが、個人的にはあまり趣味が良いとは思えない。

参考:竹林軒出張所『カラヴァッジョ 天才画家の光と影(映画)』
★★☆
by chikurinken | 2012-02-20 09:00 | 映画

山田太一のドラマ、5本

b0189364_11274749.jpg山田太一のドラマ・ベスト5
1. 高原へいらっしゃい(1976年、TBS)
2. 日本の面影(1984年、NHK)
3. 二人の世界(1970年、TBS)
4. 沿線地図(1979年、TBS)
5. 岸辺のアルバム(1977年、TBS)

 少し前の『ありふれた奇跡』とか、この間の『キルトの家』とかを見てしまうと残念な気持ちがふつふつと湧くが、しかしドラマ作家としての山田太一はやはり偉大である。これだけオリジナル脚本の名作を立て続けに出し続けた人はもう現れないんじゃないかと思う。僕の中では、ドラマの深遠さやストーリーのレベルといった点において、脚本の神様、パディ・チャイエフスキーをもしのぐのである。
 実際、山田太一のドラマは、80年代後半以降、見る機会があれば必ず見るようにしていたし、今でもCSやBSで再放送があれば極力録画するというほど見ている。おそらくすべての山田ドラマ(150本くらい?)のうち、半分以上は見ているんじゃないかと思う。そういうわけで、山田太一の代表作は5本と言わず、ベスト10でもベスト15でも選ぶことができるんだが、とりあえずの5本。『午後の旅立ち』や『チロルの挽歌』など、見たいと思っていながらいまだ見ていない代表作もあるので、ベスト6以降は、またいずれ機会があれば、付け加えてまとめたいと思う。

b0189364_11202539.jpg 『高原へいらっしゃい』は、高原ホテル建て直しのドラマで、2003年にTBSでリメイクされた。リメイク版は、脚本に山田太一が加わっていなかったこともあって(「山田太一原作」ということになっていた)、どうしようもないものになっていて、リメイクの意味というものを考えさせられる結果になった。だがオリジナルの方は、スリリングな展開といい人間関係の絶妙さといい、まさにテレビ・ドラマ脚本の金字塔と言ってもよい出来映えであった。初めて見たのは中学生くらいのとき(リアルタイムの放送)で、その後再放送を見たくて見たくてしようがなかったが、なかなか見る機会に恵まれなかった。結局数年前にCSのTBSチャンネルで再放送されたものを30年ぶりに全部見ることができたんだが、その感動は子ども時代に見たときと何ら変わっていなかった。昨今も、落ちぶれたレストランの再建ものドラマは頻繁に作られているが、その原点ともいうべき傑作である。また予想外の意外な結末も特筆に値する。出演は田宮二郎、由美かおる、前田吟、北林谷栄、益田喜頓ら。北林谷栄と益田喜頓のオムレツのシーンはあまりに強烈で、はじめに見たときからずっと記憶に残っていたほどである。
b0189364_11184698.jpg 『日本の面影』は、ラフカディオ・ハーンをモデルにした全4回のドラマ。出演は『ウエストサイド物語』のジョージ・チャキリス、壇ふみ、津川雅彦など。先日から何度もこのブログで触れている「江戸期の日本の面影」がドラマ全編を通じて登場し、ハーンが目にしたであろう「古き良き日本」が再現されている。もちろんドラマとしても質が高いのは言うまでもない。
 『二人の世界』は、初期の山田太一の代表作で、「木下恵介アワー」の1本。その少し前に同じ枠で放送された山田ドラマ『三人家族』の続編みたいな話で、キャストも栗原小巻、竹脇無我、あおい輝彦、三島雅夫と共通する。当初は『三人家族』の恋愛ドラマの部分を抜き出したメロドラマと思っていたんだが、その後急展開してスナック経営話になる。あおい輝彦が歌うテーマ曲もメロウで、子どもの頃から主題歌だけが記憶に残っていた。
b0189364_11235632.jpg 『沿線地図』は、個人的にドラマ全体の雰囲気が非常に好きで、特にフランソワーズ・アルディのテーマ曲(「もう森へなんか行かない」)が何とも言えない。ドラマにもアンニュイな雰囲気が漂っていた。主人公は高校生(真行寺君枝と広岡瞬)だが、思春期独特の閉塞感や焦燥感がよく伝わってくるドラマで、当時同年代だった僕も、共感はしないにしても感ずるところがあったように思う。登場する周囲の大人たち(岸恵子、河原崎長一郎、児玉清、河内桃子)にもそういった閉塞感、焦燥感が伝染していくのも新鮮である。再放送を見たいドラマの筆頭だが、いまだに見れないでいる。
 『岸辺のアルバム』も『沿線地図』と同じTBSの金曜ドラマ枠で放送されたもので、台風による増水で流されるマイホームのシーンが有名なドラマである。家族内にいろいろなゴタゴタが出てきてはこんがらがりながらも、それでも家族はなんとかやっていくという話で、『それぞれの秋』以来、山田太一が何度か取り上げているテーマである。展開に不自然さがなく、また視聴者の目を釘付けにするプロットも見事である。山田太一の名を一挙に高めた作品でもある。出演は、八千草薫、杉浦直樹、竹脇無我、中田喜子、国広富之など。
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 と、こうやって紹介したところで、実際見る機会はあまりないのが現実なのである。どれもDVDは出ていないようで、必然的に再放送に期待するしかないのだが、それもあまり望めないと来ている。僕自身、CSのTBSチャンネルにリクエストしたりしているがいまだにかなわないものが多い。ただ山田太一の作品は脚本が書籍として出版されているものも多く(大和書房など)、こちらも絶版になったものが多いが、図書館には割合置かれているようだ。興味のある方は、そちらから当たられたら良いかも知れない。僕も以前、ブックオフで見つけて、まとめて10冊以上購入したことがある。なお、『日本の面影』については、今でも入手可能である。

参考:
竹林軒出張所『続・山田太一のドラマ、5本』
竹林軒出張所『100年インタビュー 脚本家 山田太一(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その1(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『テレビがくれた夢 山田太一 その2(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『その時あの時の今 私記テレビドラマ50年(本)』
by chikurinken | 2012-02-18 11:28 | ベスト

『キルトの家』(ドラマ)

キルトの家 前編・後編(2012年・NHK)
演出:本木一博
脚本:山田太一
音楽:加古隆
出演:山崎努、杏、三浦貴大、松坂慶子、織本順吉、上田耕一、正司歌江、緑魔子

b0189364_912396.jpg 久々の山田太一のドラマということで、毎度ながらかなり期待したが、残念な結果だった。特に前半は、焦点もはっきりしない上テンポも悪く、かなり失望した。後半は、それなりに仕上げてきたが、それにしてももの足りなさは残る。
 老人問題をテーマにしているが、過去、同じ老いをテーマにした山田作品に『男たちの旅路』の「シルバーシート」がある。テーマに対する切り口が全然違ったのは山田太一自身が老いたからかどうか知らないが、切り口としては『男たちの旅路』の方が断然鋭かったし、何よりも冒頭から視聴者をグイグイ引きつける独特のテンポがあった。この『キルトの家』は特に間延びした感じが全体を漂っており、しかもセリフもわざとらしさを感じるようなものが多く、その上キャラクターにも魅力が乏しくて、見続けるのがちょっと苦痛になった。
 加古隆の音楽も、テーマ曲は独特の雰囲気があって良かったが、ドラマの中で使われている音楽は、少しうるさく感じるようなものだった。山崎努や緑魔子が爺さん婆さん役というのも時代を感じる。ついでに言えば、主演の2人が二世俳優(渡辺謙の娘、三浦友和の息子)というのもそう。
 後半は、東日本大震災の被害者に対する山田太一のエールみたいな要素も見られ、その辺を中心に描きたかったのかなとも思ったが、それでも物足りなさは最後まで続いた。「あの」山田太一がこういう脚本を書くようになったのか……という残念な思いが最初から最後までつきまとったドラマで、見ているこっちが、ドラマの意図とは別の意味で「老い」について考えさせられたのだった。
★★★
by chikurinken | 2012-02-17 09:13 | ドラマ