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竹林軒出張所

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『タリバンに売られた娘』(ドキュメンタリー)

タリバンに売られた娘
(2010年・NHK/スウェーデンNima Film)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー<シリーズ アフガニスタン紛争10年>

b0189364_7215889.jpg タイトル通り、タリバンの男に妻として売られた娘の話。この娘、サベレはあまりの暴力に耐えられず女性シェルターに逃げ込んだ。
 アフガニスタンでは、娘を男に売るといういわば人身売買が今でも公然と行われているという。売買の対象であるがゆえ、どのような扱いをしてもあるいは殺してもかまわないというような発想が男の側にはあるらしい。サベレが嫁いだ男も、実は先妻2人を殺しているという。で、そういった危険な目にあう女性を救うための駆け込み寺みたいな施設もあり、NGOなんかが運営しているらしいんだが、そこに逃げ込むことでこうった女性たちは何とか一命をとりとめることができているというのが現状である。
 やがてこのような女性は、一定の条件の下で親族に引き取られるんだが、サベレも母親とその夫(サベレの本当の父ではない)に引き取られる。だが、この父に至っても仕事がないため、生活は困窮を極めている。あげくに10歳の娘(サベレの妹に当たる)を、羊や土地と引き替えに嫁に出すことにした。要するに売ることにしたのだ。当初は、とりあえず婚約だけで16歳になってから嫁に出すことになっていたが、相手方が強引に迫ってきたために、結局すぐに(嫁として)売ることになった。しかも相手は、これまたタリバンの関係者らしく、不幸が繰り返されるのは目に見えているのだ。
 大変重く、見ていてつらいドキュメンタリーであるが、タリバンが力を持つアフガンの状況というのはこういうものだというのがよくわかる。また貧困と人権蹂躙が表裏一体であることも理解できる。なんとかこういった現状が少しでも改善されることを望むしかない。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『アフガニスタンの少女、日本に生きる(本)』
竹林軒出張所『わたしが明日殺されたら(本)』
竹林軒出張所『祖国に幸せを(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2011-10-31 07:22 | ドキュメンタリー

『バトル・オブ・シリコンバレー』(映画)

バトル・オブ・シリコンバレー(1999年・米)
監督:マーティン・バーク
原作:ポール・フレイバーガー、マイケル・スウェイン
脚本:マーティン・バーク
出演:ノア・ワイリー、アンソニー・マイケル・ホール、ジョーイ・スロトニック、ジョン・ディマジオ

b0189364_8361885.jpg このブログを定期的に読んでいただいている方は、今回の投稿について「えっ」と思ったかも知れない。なんせ以前、このテレビ映画のことを「今は英語版のVHSしか発売されていない」と書いた(竹林軒出張所『1ユーザーによるスティーブ・ジョブズ追想』)からね。でもこの間、レンタルのツタヤを覗いてみると、この映画のDVDが大量に置かれていたんだな。もちろんジョブズの死去に当て込んだものだろうが、DVD版も出るには出ていたということだ。「2010年12月からレンタル開始」ということになっているので、ジョブズを当て込んでDVD化したわけではなさそうだが、DVD化にツタヤが絡んでいるようではある。ツタヤのレンタル以外でこのDVDが一般に売られているかどうかはいまだに確認が取れていない。
 そういうわけで借りました、このDVD。見るのは2回目(前回はBS放送)で、ところどころの強烈なシーンはよく憶えていた。内容は、アップルのスティーブ・ジョブズとマイクロソフトのビル・ゲイツの成り上がり物語。原作があるのかどうかわからないが、ノンフィクションを脚色したような内容である。語り部は、ジョブズの相棒であるスティーブ・ウォズニアック(役の俳優)と、ゲイツの相棒であるスティーブ・バルマー(役の俳優)が務める。アップルとマイクロソフトの有名なエピソードがちりばめられているが、こういうのに興味がある人にとってはあまり目新しいものはない。製品に高い芸術性を求め皇帝のように振る舞うジョブズと、抜け目のない経営で成り上がっていくゲイツが対比され、そういう面が特に強調されている。ゲイツがジョブズに取り入ろうとするシーンが多く、ジョブズとゲイツの関係性が僕にとっては少し意外と言えば意外だった。もちろん、脚色もかなり入っているようなので実際のところがどうなのかはよくわからない。
 また、アップルの面々がゼロックスの(伝説の)パロアルト研究所に押しかけ、GUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)を目にして、それを「奪い取る」シーンも劇的に描かれている。この映画で何度も出てくるセリフに「模倣するのではなく奪い取るのだ」というものがあるんだが、つまり「新しい技術は盗んでなんぼ」というのがこの映画の主張のようで、原題が『シリコンバレーの海賊たち』(Pirates of Silicon Valley)になっているのもそのためなんだろう。だからWindowsがMacOSをぱくったとしても、アップルとマイクロソフトがやってきたことは同様でお互い様という主張のようだ。映画の中で、実際にジョブズとゲイツの間でそういうやりとりがある。とは言え、実際のところ、アップルの面々がパロアルト研究所を訪れたとき、アップルのGUIはかなりの程度完成していたというのが事実のようで、最終的にアップルが作り出したGUIはパロアルト研究所のものよりインターフェイス面でかなり進んでいたという(『未来をつくった人々 ゼロックス・パロアルト研究所とコンピュータエイジの黎明』より)。だから奪い合うのが当然みたいな描き方には少し違和感を覚える。アップルのインターフェイスをまねたWindows95がどれほどひどいものだったかは、1ユーザーとして当時から身にしみて感じていた。こういう描き方はマイクロソフト側の言い分を正当化するもので、にわかに受け入れられないというのが僕の実感である。
 この映画で描かれるのは、ジョブズの学生時代から、アップルを立ち上げ、アップルIIのヒット、マッキントッシュの発売を経て、ジョブズがアップルを追放される直前(1985年くらい)までで、ゲイツの方の話も同時進行する。内容についてはもう少し詳細な検討がほしいところで、しかもつまみ食いみたいな描き方がもの足りないが、テレビ映画だしこんなものかなとも思う。1980年代のシリコンバレーの様子を知りたい向きには楽しめると思う。ドラマとしてもそこそこ面白くできている。
★★★

参考:
竹林軒出張所『1ユーザーによるスティーブ・ジョブズ追想』
by chikurinken | 2011-10-29 08:37 | 映画

『ヒカルの碁(1)〜(23)』(本)

ヒカルの碁
ほったゆみ原作、小畑健作画、梅沢由香里(日本棋院)監修
集英社ジャンプ・コミックス

b0189364_7442966.jpg 前にアニメ版を何気なく見始めて結局全部見たという『ヒカルの碁』だが、今回、このブログに載せる絵を探すため(竹林軒出張所『歌謡曲 ―時代を彩った歌たち(本)』参照)図書館で数冊借りて、結局全部読んでしまったというわけで、前回と同じ轍を踏んだことになる。
 それにしても非常によくできたマンガで、ストーリーもよく練られている上、絵も美しい仕上がり。少年ジャンプにこんな上質なマンガが連載されていたとは夢にも思わなかった。
 平安時代の碁打ちである藤原佐為が亡霊となって現代に甦り、主人公である現代の少年、新藤ヒカルに取り憑くというところから話が始まる。こう書くとなんてことのない寓話のように聞こえるかも知れないが、荒唐無稽な要素があるとすればこの部分だけで、あとは自然でリアリティがあり、話の展開はスムーズでよどみもほとんどない。なんと言っても登場人物同士の関係性が魅力で、中でも主人公のヒカルと藤原佐為との絡みが面白い。途中で別れが来るんだが、それがおそらくこの話のハイライトなんだろう。人の出会いと別れが切実さを伴って描かれている。そのためもあって、基本は囲碁を題材にした一種の「スポ根もの」ではあるが、それだけにとどまらない奥行きが感じられる。人生の意味を問うようなセリフまで交わされる。
b0189364_7445499.jpg また、ずぶの素人のヒカルが囲碁界に近付いていくという展開で、周囲の人々から囲碁の情報が随時吹き込まれるため、囲碁や囲碁界についてまったく知らなくても楽しめるようになっている。この辺も原作者の力量を感じるところだ。
 それからこのコミックス版だが、巻ごとに背表紙が黒、白の順になっていて、囲碁を意識した作りになっている(しかも1巻はちゃんと黒)。こういう細部のこだわりもうれしいところ。ちなみにアニメ版はこの原作をかなり忠実に再現しており、(前にも書いたが)アニメ製作者の見識の高さが窺われる部分である。なお、アニメ化された部分は実質的に17巻までで、番外編の18巻から幾ばくかのエピソードと、それ以降の巻からは部分的に少しだけピックアップされている。アニメ版も原作同様できが良かったが、まさか実写版なんてのは作られないよね? それだけはごめん被りたい。頼むよ日本テレビ!(竹林軒出張所『リメイクもういらん党宣言』参照)
第45回小学館漫画賞 、第7回手塚治虫文化賞新生賞受賞作
★★★★

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 以下、アニメ版についての感想。前のブログに掲載したもの(2006年11月16日投稿分)を一部抜粋(竹林軒ネット『アーカイブス:2006ドラマ日記』より)。

ヒカルの碁(2001年・テレビ東京)
監督:西沢晋
原作:ほったゆみ、小畑健
出演:川上とも子、千葉進歩、小林沙苗、かかずゆみ
b0189364_7471640.jpg 2001年に放送されて、子どもたちの間に囲碁ブームを巻き起こしたというアニメ。アニメだからといって侮れない。ストーリー構成がしっかりしていて、それぞれの登場人物が魅力的である。アニメにありがちな向上心や闘争心だけでなく、人との出会いと別れなども盛り込まれて、大人も十分楽しめる奥深さがある。囲碁の素人である主人公、進藤ヒカルが囲碁界に飛び込んでいくという設定なので、見る側が囲碁界についてよく知らなくても、随時周りの登場人物から(ドラマ上はヒカルに対してだが)説明される。この辺もなかなかうまい。原作も少し読んでみたが、かなり原作を忠実に動画化している。その点からも製作者側の見識の高さが窺われる。良いものには過剰に手を加える必要はない。
 ちなみに、このアニメ、最初は僕一人で見ていたのだが、そのうち子どもたちが見るようになり、やがて妻、その後母も見るようになった。何という求心力!
by chikurinken | 2011-10-28 07:48 |

『ロスト・イン・トランスレーション』(映画)

ロスト・イン・トランスレーション(2003年・米日)
監督:ソフィア・コッポラ
脚本:ソフィア・コッポラ
出演:ビル・マーレイ、スカーレット・ヨハンソン、ジョヴァンニ・リビシ、アンナ・ファリス、マシュー南

b0189364_7593295.jpg アメリカ人の男女(男は俳優、女はカメラマンの妻)が、東京に旅をし、疎外感を感じている同士がめぐり逢うという、変わったテイストのラブストーリー(と言って良いのか)。東京が舞台のアメリカ映画ということで興味を持ったんだが、しかし結果的にはそれだけではなく、内容が非常に濃い映画だった。女性監督らしい、感性にあふれた作品で、主人公の二人の間に交わされる細やかな情感もうまく表現されている。また中年男の惑いや若い女性の閉塞感などもストレートに伝わってくる。主役の2人も快演で、スカーレット・ヨハンソン(『真珠の耳飾りの少女』の主演女優)の美しさもカメラが見事に捉えている。
 監督(ソフィア・コッポラ)の経験がなんでも活かされているシナリオらしく、それを考えれば、途中出てくるちょっと蛇足だと思える京都旅行の話も合点が行く。このあたりは女性の主人公の自分探しで、求めているものが見つかった過程だったんだなと思う。そう考えると、作り手にとって一番大事なシーンと言うこともできる。ただ、全体のストーリーからは少し浮いている感じがする。
 東京という街は確かに、この映画で描かれているように無機質な要素があると思うが、それにしてもこの映画に出てくる東京は実にヘンテコである。もちろん、かつてありがちだった「外国人による誤解に満ちた日本像」ではまったくなく、かなり正確に(というより至極普通に)捉えているんだが、外から見るとこんな変な感じなのかと感じずにはいられない。この映画を見るきっかけになったのは、ある外国人が、この映画を見て日本のことを好きになったと書いていたためだが、「この映画を見て日本が好きになるものなのなんだろうか」とマジで思った、いやホント。京都の伝統的な映像は美しく描かれていたが、東京の映像は、がさつで無機質でど派手な街というそんなイメージで、外国人が見る日本というのはこういうイメージなんだなとあらためて思った。もちろんそういう街の特性を映画で表現できるというのもなかなかすごいことなんだろうが。また、音楽も映像の邪魔にならず、心地良いものが多かった。はっぴいえんどの「風をあつめて」も登場。
アカデミー脚本賞、ゴールデングローブ賞作品賞他受賞作
★★★★
by chikurinken | 2011-10-27 08:05 | 映画

リメイクもういらん党宣言

 映画『切腹』がリメイクされる(三池崇史監督『一命』)という話を聞いて、ついにリメイクの風潮もここまで来たかと思う。
 『切腹』と言えば、小林正樹監督、橋本忍脚本、武満徹音楽という超豪華スタッフによる1962年の松竹映画で、キャストも仲代達矢、岩下志麻、丹波哲郎、石浜朗と一流揃い。カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞するなど評価も高かった。
 中でも橋本忍の脚本は特筆もので、橋本忍と言えば戦後日本映画界のトップに君臨すると言ってもよいほどの優れた脚本家だが、その彼の作品群の中でも最上位にランクされるのではないかという、素晴らしい脚本であった。通常、映画脚本でむやみに回想形式を使うのは御法度なのだが、この映画の回想シーンは、そんじょそこいらの回想形式ではなく、「回想」を再定義するくらいの巧みな技で、シナリオの教科書・見本と言っても差し支えないほどである。しかもそれを100%活かしきった、地味だが骨のある演出と、緊迫感を盛り上げる音楽で、この映画は日本映画界の至宝と言っていいほどの傑作になった。
b0189364_8244088.jpg だからそれを思うと、何もあらためて作り直す必要はないんじゃないかと思うのだ。どうあがいてもこれ以上のものは作れないよと思う。原作がよくて映画がダメな作品を持ち出すとかするんならまだしも、よりによってこんなのをリメイクするなんてその意図がわからない。なんでも製作サイドが三池監督に持ち込んだ企画らしく、三池監督は、持ち込まれた企画はすべて受けるという、職人に徹したなかなか見上げた監督ではあるが、持ち込まれる企画がことごとくろくでもない。『ヤッターマン』、『十三人の刺客』、『忍たま乱太郎』、『愛と誠』……いくら何でもこんなもん受けるなよと思う。そういったわけで映画のデキ云々より、こういったくだらない企画に憤りを覚えるのだな。
 そういや黒澤明の『椿三十郎』や『隠し砦』までリメイクが作られたんだったな。果たして織田裕二や阿部寛が(あの全盛期の)三船敏郎に近づけたのか、見るまでもないような気もするが、リメイクする意味がまったく見いだせない映画群の代表と言える。
b0189364_819486.jpg リメイクばやりはなにも日本映画界だけではなく、ハリウッドでもそうだし、日本のテレビ・ドラマにも当てはまる。特に最近の日本テレビのドラマは何なんだと思う。『怪物くん』に『妖怪人間ベム』と来る。アニメを実写化したという話だが、これなんか意味がわからないどころか、わけがわからない。何を狙っているのかすら見えてこず、何でもかんでもリメイクしたら良いってもんじゃね-ぞと悪態の一つもつきたくなる。貧困な企画力の日本代表、それが日本テレビである。こんなくだらないドラマを作るくらいだったら、過去のドラマを再放送したら良いのだ。こんなドラマ作ってもゴミを増やしているだけのような気さえする。
b0189364_8201287.jpg そうそう、最後に付け加えておくが、ここに取り上げたリメイク作品、僕はどれも見ていないので、実はものすごくデキが良かったりするのかも知れない。おそらくそんなことはないとは思うが、だから今回の批判は「何でもリメイク」の風潮に対してのもので、個々の作品に対してのものではないということをお断りしておく。これはけっして言い訳ではない。

参考:
竹林軒『放送時評:新『赤い運命』の島崎直子役の女優』
5年前の記述だが、ここでもリバイバル(リメイク)の風潮を嘆いていた……。5年経っても進歩がないとも言えるが、ま、それは放送界も同じということ……
by chikurinken | 2011-10-26 08:26 | 映像

『深夜食堂』(1)〜(4)(ドラマ)

深夜食堂(1)〜(4)(2009年・「深夜食堂」製作委員会)
第1話 赤いウインナーと卵焼き
b0189364_744365.jpg第2話 猫まんま
第3話 お茶漬け
第4話 ポテトサラダ
演出:松岡錠司、及川拓郎
脚本:真辺克彦、向井康介、及川拓郎、及川拓郎
出演:小林薫、松重豊、田畑智子、田口トモロヲ、須藤理彩、小林麻子、風間トオル、佐々木すみ江

 2年前にTBS系列で放送された、漫画が原作の深夜ドラマ。最近第2シリーズの放送が始まったということで、第1シリーズの最初の4話だけDVDで見てみた。
 オープニングはなかなかしっかり作られており、雰囲気のある音楽が流れる(鈴木常吉の「思ひ出」)。それに続いて、「深夜食堂」のマスター(小林薫)のナレーション。

1日が終わり人々が家路へと急ぐ頃
俺の1日は始まる
メニューはこれだけ
(「豚汁定食 600円、ビール(大) 600円、酒 (二合) 500円、焼酎 (一杯) 400円」の貼り紙)
あとは勝手に注文してくれりゃあ、できるもんなら作るよってのが俺の営業方針さ
営業時間は夜12時から朝7時頃まで
人は「深夜食堂」って言ってるよ
客が来るかって? それが結構来るんだよ


 毎回、この「深夜食堂」に来る客にまつわるドラマで、基本的に1話完結である。で、やはり、それぞれの客にはこだわりのメニューがあって、最初に「深夜食堂」に現れてそのメニューを注文するところからドラマが始まり、その客のエピソードがそれに続くという趣向。
 ドラマ自体は、深夜ドラマとは思えないほどしっかり作られているが、話自体は割にありきたりである。個人的な印象としては、第1話がそこそこ、2、3話がもう一つ、4話がまずまずという感じで、全体的に演出がややオーバーなため見ていて少し恥ずかしいところがある。第4話に登場するAV男優、エレクト大木(風間トオル)がなかなか良いキャラだと思った。
 仕事が長引いて疲れて帰宅し、寝るまでのちょっとしたくつろぎの時間にウイスキー片手に見るような、そういう軽めのドラマである。深夜に放送されて人気があったというのも頷ける。
★★★
by chikurinken | 2011-10-24 07:49 | ドラマ

『「原子力ムラ」を超えて』(本)

「原子力ムラ」を超えて ポスト福島のエネルギー政策
飯田哲也、佐藤栄佐久、河野太郎著
NHKブックス

b0189364_7482719.jpg 福島第一原発事故を承けて、いわゆる「原子力ムラ」の構造や、今後目指すべきエネルギー政策について書かれた本。
 著者は、飯田哲也、佐藤栄佐久(元福島県知事)、河野太郎(自民党の代議士)の3氏で、それぞれ原発やそれを取り巻く政治構造の問題点について追求してきた人々。全8章のうち5章が飯田哲也、2章が河野太郎、1章が佐藤栄佐久に割り当てられている。河野太郎の2章は、彼が主宰するブログがほぼそのまま収録されている。河野太郎の主張や、福島原発後の彼周辺の動きはわかるが、正直言って無くても良いという程度の内容である。ブログをそのまま載せるってどうよと思う。また、佐藤栄佐久の1章もなんだか食い足りなかった。割り当てられている紙数が少ないので仕方がないのかも知れないが、佐藤栄佐久著の『福島原発の真実』(竹林軒出張所『福島原発の真実(本)』を参照)や『知事抹殺』(竹林軒出張所『知事抹殺 つくられた福島県汚職事件(本)』を参照)が非常に面白かっただけに余計中途半端な印象が目に付く。
 そういうわけで、この本は事実上飯田哲也の本と言ってよく、彼の官僚分析、持続可能エネルギーのビジョンなどは非常に目新しく面白かった。中でも官僚分析は秀逸で、本人もかつて官庁とのつきあいもあって(原子力安全委員会の答申文書の下書きを書いた経験があるという)官僚の内実をよくわかっているらしく、官庁、官僚が原子力行政でどのように振る舞っていたか、何を求めているかが具体的によくわかるようになっている。実はこれまで原子力関係の問題をいろいろ調べていて一番わかりにくかったのが「原子力推進の本丸」であって、電力会社も議員も、それに役人さえも、元々はあまり本気で原子力を推進したいと思ってなかったんではないかとうかがわせるフシがあるのだな。最終的に推進の旗振りをしていたのは通産省(経産省)だということは何となくわかるんだが、基本的にはかれらは保身しか考えていない人間の集まりで、そういう人々の集まりが、どうしてこういう原子力依存症のような状況を作り出したのかそのあたりがよくわからなかったのだ。
 この本では、役所の内部にスポットを当てているため、かれらの構造がどうして原子力推進の力になったかが解明されている。たとえば、経産省内に大きく分けて、スーパーキャリア系のグループ(「市場メカニズム、市場原理主義を信奉し、原子力に対しては嫌いでも好きでもない」)と技術系キャリアのグループ(「”巨大技術フェチ”であり、原子力もこよなく愛している」)があって、かれらのせめぎ合いがこれまでの原子力政策に影響を及ぼしてきたと言う。また、経産省、文科省、資源エネルギー庁の省庁間の綱引きで、原子力政策がミスリードされているという実態もあるらしい。こういう町内会レベルの争いが、産業界や政界、学界も巻き込んで(これが「原子力ムラ」)ややこしいことになったのが今の状況ということのようだ。このレベルまで引き下げて解明してくれると、とても把握しやすい。つまり原子力政策については、日本の官僚制度の非常に悪い部分が動員されているということになる。ただしこのあたりの関係性は複雑で、1回読んだだけでは憶えられない。したがってここで示している僕の認識も間違っているかも知れない。興味のある方はこの本に直接当たってください。
 この本ではこういう後ろ向きな議論だけでなく、今後のエネルギー政策についての提言も書かれていて、読めば視野も広がると思われるが、やはり僕にとっては官僚の構造解明が一番役に立った。それに自然エネルギーの見通しについては、少し楽観的すぎるような気もしているんで、このあたりはもう少し調べてみなければならないと思う。個人的には留保したい部分である。
 飯田哲也が書いた章には、佐藤栄佐久や河野太郎もその文脈の中で出てきて、かれらが当時どういう活動をしていたかが示されている。だから彼らには、そのあたりについての記述を中心に書いてほしかったと思う。そうすれば、飯田の章を軸にして、同じ事象を別の視点から書いたものが加わるという多層的な厚みが出てきて、当時の原子力行政を多角的に白日の下にさらすこともできたかも知れない。本としてもう一段階グレードが上がったんじゃないかと思うがどうだろう。いずれにしても、この本については飯田哲也の部分以外は蛇足で、全体的に(飯田哲也の章も含めて)、まとまりがない寄せ集めの本という印象が残った。
★★★☆
by chikurinken | 2011-10-23 07:51 |

『武士の家計簿』(映画)

武士の家計簿(2010年・「武士の家計簿」製作委員会)
監督:森田芳光
原作:磯田道史
脚本:柏田道夫
出演:堺雅人、仲間由紀恵、中村雅俊、松坂慶子、西村雅彦、草笛光子、伊藤祐輝

b0189364_7545839.jpg 原作は新潮新書の『武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新』(未読)で、こういうものがドラマとしてはたして成立するのだろうかと思っていたが、予想に反して、きちんとしたドラマに仕上がっていた。監督と脚本担当、どちらも良い仕事をしている。
 好みから行けば、最後の30分、つまり明治維新に関わる部分(たぶん原作の中心部分なんだろうが)はちょっと大げさでいただけなかった。そこまでの何となく「のほほん」とした雰囲気が良かっただけに少し残念。途中展開された、断捨離を思わせるような家財整理や緊縮財政も、非常に心地良い。江戸時代の平和な世相もわりにうまく表現されており、時代考証もよくできているという印象である。だからなおさら、大げさな「ドラマドラマした」演出はそぐわない。あの大げさなシーンは全部すっ飛ばして最後まで一気に行った方が良かったんじゃないかと考えるんだが、そこはシロートの浅はかさか……。宮川一朗太は久々の森田映画登場!(『家族ゲーム』以来か?)
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『森田芳光の映画、3本』
竹林軒出張所『阿修羅のごとく(映画)』
竹林軒出張所『断定する人』
竹林軒出張所『39 刑法第三十九条(映画)』
by chikurinken | 2011-10-22 07:56 | 映画

『快楽なくして何が人生』(本)

b0189364_812519.jpg快楽なくして何が人生
団鬼六著
幻冬舎新書

 SM小説の大家、団鬼六の自伝エッセイ。団鬼六氏、若い頃からいろいろ変わった職業に就いており、経歴が大変興味深い。前から自伝みたいなものがあれば読んでみたいと思っていた。大分前『本の雑誌』で読んだ話だが、SM小説『花と蛇』は、著者が高校の教師をしているときに教壇で書いていたという。無茶苦茶にも程があるが、こういう話が体系的に聞けるのであれば、是非自伝を読んでみたい、とまあそういうことである。
 で、この本であるが、冒頭から自分は末期の腎不全だと宣言する。で、死を前にして過去を振り返るという趣向で、自叙伝としてはこれ以上ないシチュエーションである。
 ただ自叙伝と言っても、語られる内容は、(著者自身を含め)一風変わった男女関係が極端に多い。これまでにめぐり逢ったそういった人々を振り返りながら、あわせてそのときの自分の人生もたどると言った語り口で、読みやすいには読みやすいが少し変わっている。いかにもエロ小説家というような展開である。
 著者は、小説家以外にも、バーの経営、教師、ドラマの翻訳、ピンク映画の製作などいろいろな経歴を持っているが、この本ではドラマの翻訳を始めるくらいまでが語られ、唐突という感じで話が終わってしまう。紙数の関係か、それとも聞き書きであるせいか(聞き書きというのは僕が読んでいて何となく感じただけで実際のところはわからない)はよくわからないが、自叙伝としてははなはだバランスが悪いと言わざるを得ない。もしかしたら書いている途中に病状が悪化したのかとも思ったが、この本が出たのが2006年で、亡くなったのが2011年であることを考えると、必ずしもそういうことではないようだ。ともかくトータルで見ると、著しくバランスを欠いた本である。
 とは言え、書かれている内容はどれも面白く、ちょっと変わった経歴を持つ金持ちの道楽人の体験談を聞くという姿勢で読めば、結構楽しく読める。自身の愛人の話やセックスの話、父の愛人の話なんかも率直に語られていて、そういう興味から読んでも面白いと思う。著者の「快楽こそ人生」という哲学に至るまでの半生は興味深いが、自分を含め、一般人とはやはり少し世界が違うという気もする。「快楽こそ人生」などとぬけぬけと言えるのは、やはり金銭的に恵まれた人々で、なおかつ周囲に平気で迷惑をかけるジコチューな人々だけではないかと思うのだ。

追記:高校の教壇で『花と蛇』を書いていたという話もきちんと紹介されていた。
★★★
by chikurinken | 2011-10-21 08:01 |

『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』(映画)

生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言(1985年・キノシタ映画)
監督:森崎東
脚本:近藤昭二、森崎東、大原清秀
出演:倍賞美津子、原田芳雄、平田満、殿山泰司、小林トシ江、梅宮辰夫、泉谷しげる

b0189364_813223.jpg 先日の『原子力戦争』(竹林軒出張所『原子力戦争(映画)』)に続くマイナー原発映画。今回見るのが2回目だったが、いやー、内容はすっかり忘れていた。こちらも『原子力戦争』に続いて原田芳雄主演。
 この映画も正面切って原発に取り組んでおり、原発ジプシーとそれを取りしきるヤクザ組織が話の中心になる。テーマは意欲的であるが、映画としては何ともはや……疲れる映画であった。画面は暗いし接写は多いし、場面は唐突に変わるし、状況設定はわかりにくいしで、かつての「日活ロマン・ポルノのできの悪い作品」みたいな印象である。ストーリーのとりとめのなさも共通してる。ただ(おそらく)敦賀原発の遠景ショットが多数出る上、原発ジプシーの作業風景の再現映像なども出てきて、原発映像として見るならば、なかなか貴重である。
 映画の内容はショボイにもかかわらず、登場する俳優陣は、今見るとかなり豪華である。上に挙げた役者以外にも、『原子力戦争』の阿藤快同様、小林稔侍がちょい役で登場。こちらはもうすでに当時名前が出ていたのかも知れない。泉谷しげるはゲスト出演みたいな扱いのようだ。
 この映画、今までVHSもなかなか入手できず、DVD化もされていない、ちょっとした「幻の映画」だったんだが、やはり福島原発事故の影響か、来年早々DVDが発売されることになったようである。

追記:以前綴っていたブログで、2006年9月7日付でこの映画のレビューを書いていた(竹林軒ネット「2006映画日記」)。原発を扱っていること自体を非常に評価しているようだが、今読んでみても、映画の内容がまったく何も伝わってこない。それにタイトルも間違ってる。お恥ずかしい限り。
★★☆
by chikurinken | 2011-10-20 08:14 | 映画