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竹林軒出張所

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『これが原発だ カメラがとらえた被曝者』(本)

b0189364_8271957.jpgこれが原発だ カメラがとらえた被曝者
樋口健二著
岩波ジュニア新書

 昨日の『原発ジプシー』に写真を提供している報道写真家、樋口健二氏が自らの活動を語った本。
 四日市公害被害者の悲惨な状況を記録に残したいという動機でフォトジャーナリストになった著者は、その後、原発労働者の実態をカメラで追うことになる。
 原発労働者は、実質的に被曝を前提に作業させられる下請け労働者で、放射線被曝のために健康に問題が出ても、ほとんど明るみに出ないまま社会の闇に葬り去られる。中には裁判で告発した岩佐嘉寿幸氏などのケースもあるが、このような場合でも電力会社はあれこれ手を尽くして、圧力を加えてくる。著者は、こういった被害者にカメラを向け、その実態を明らかにすべく活動している。本書でもそのあたりの事情が詳しく紹介される。
 さらに著者は、原発内の写真を撮ることにも成功している。フィルム1本だけとか指定の場所以外撮ってはならぬとか、いろいろ面倒な制約は課せられるが、それでも原発の内部(しかも労働者がいる状態)が写真で明らかにされたことは画期的なことである。
 また最後の章には、台湾での原発建設と放射能汚染の実態や東南アジアでの放射能汚染(日本の企業が関わっている)の実態についても報告があり、いろいろ考えさせられる。全体的にジュニア向けの本であるため大変読みやすかった。『原発ジプシー』の副読本としても利用できる。

参考:YouTube「隠された被曝労働〜日本の原発労働者1」(著者が聞き手として登場するドキュメンタリー)
★★★☆
by chikurinken | 2011-06-29 08:28 |

『原発ジプシー』(本)

原発ジプシー 「原発=科学」の虚妄を剥ぐ体験ドキュメント
堀江邦夫著
現代書館

b0189364_843153.jpg 体験ルポと言えば、ジャック・ロンドンの『どん底の人々』やシモーヌ・ヴェイユの『工場日記』などを思い浮かべるが、この『原発ジプシー』もそれに匹敵するほどの古典的名著と言っていいだろう。
 著者は、原発の実態を自分の目で確かめたいと思い、原発労働に従事することにした。福井県の美浜でつてを得て、1978年9月に美浜原発に入り、その後福島第一原発、敦賀原発に移りながら、都合約半年間にわたって底辺の下請け労働者として原発労働に携わった。
 原発労働のシステムは、電力会社や原発製造メーカーが下請け業者に仕事を発注し、そこからさらに孫請け、ひ孫請けと進んでいく。そのため現場は、さまざまな中小企業所属の作業員であふれているという。このような発注構造のために、当初の労働報酬は途中の段階で各業者にかなりの額がピンハネされるらしく、最終的に労働者に渡るのは5000円ほどの日当になる。この安い日当でさせられるのは、狭く暗い空間に押し込められ埃を全身に浴びたり、温度・湿度が高い場所で全面マスクを着けての作業を強いられたりで、とてもじゃないがまともな「労働環境」と言えないような代物である。しかも現場の周辺には放射性物質がそこここに飛散しており、常に高放射線被曝の危険と隣り合わせにある。と言うよりも実際は被曝が前提の作業になっている。そのため労働者は、現実的に使い捨ての状態である。
 本書の内容は日記形式で書き進められ、原発に入所するところから退所するところまで時系列で説明されるため、自分が労働者としてそこに立ち会っているかのような臨場感がある。ともすればわかりにくい原発内の構造についても地図やイラストを駆使して丁寧に説明しているため、かなりの程度把握できるようになっている。また、報道写真家の樋口健二氏が撮影した稀少な原発内の写真も何点か掲載されており、理解に役立っている。
 著者は、3箇所の原発をそれこそジプシーのように転々としており、それぞれの原発内で放射性物質に対する扱いが違うことも明らかにする。中でも最古参の敦賀原発のずさんさは群を抜いており、高放射線領域でもマスクを着けないなどまさしく驚嘆に値する。
 読んでいて感じるのは、電力会社が、危険な作業を外注に押しつけるなど、要するに危険性を自分たちの目に見えない場所に置こうとしている構造である。しかも、その押しつけられる作業というのも、とても本来人間がやるような類のものではないということがわかる。また、その作業自体も非常にアナログで、「科学の粋を集めた」と喧伝される原発がほとんどこういった手作業で支えられているということも重要だ。さらには放射能の扱いも非常にずさんで、本来放射能汚染のチェックを受けるはずのものがチェックなしで外部に搬出されているということもあるという。とにかく「原発の安全神話」の影にこれだけのものが存在するわけで、それが白日の下にさらされることになっている。かれらの(決死的な)仕事がなければ、原発自体稼働できないということもよくわかる。
 本書によると、著者も結構被曝したようで(原子炉直下の格納容器内の作業も行っている)、そういうこともあって著者のその後の健康状態が非常に気になるところだが、ネットで調べる限りではよくわからなかった。その後本書を若干改訂して出された『原発労働記』という文庫本に加筆(2011年時点)があるということなので、まだ健在なのだろうとは思う。著者の他の著書や活動についても知りたいところだが、本書(およびその焼き直しの書)以外見つけることができなかった。
★★★★☆
by chikurinken | 2011-06-28 08:45 |

『“マメの木”が森を救う!』(ドキュメンタリー)

“マメの木”が森を救う! 〜焼き畑農業からの脱却〜
(2011年・英Notion Pictures)
NHK-BS1 BS世界のドキュメンタリー <シリーズ 森に生きる>

b0189364_843578.jpg 中米の熱帯雨林地域では、現在さかんに行われている焼き畑農業のために年々かなりの熱帯雨林が失われている。焼き畑農業では、山間の森林を伐採しながら焼き払ってそこを畑として使うのだが、最初の年はある程度の収穫を見込めるがやがて収穫は著しく低下し結局放置され、次の森林が焼かれることになる。放置された畑は多くの場合土壌が浸食され森林として再生されないため、結果的に森林破壊、環境破壊がどんどん拡大していくことになる。
 ある英国人の研究者(マイク・ハンズ氏)が、この焼き畑農業に代わる農法として、アレークロッピングという方法を開発した。この方法はマメ科の樹(インガ)を列上に植えておき、その間で農作物を育てるという方法で、マメ科植物が窒素を固定して肥料にするだけでなく、樹から落ちた葉もそのまま養分として農作物の成長を促すことになる。木々がある程度大きくなったら、地上に光が届くようにするために一定の高さで枝を刈り取るため、燃料として薪を確保することもできる。日本の里山を思い出させるような非常に理に適った方法で、すでにハンズ氏自身の畑でも実証しており、ごく一部に実践者もいる。この方法では、従来のように次々に畑を移動させる必要もなく、固定した一定の土地を畑として毎年利用できるというメリットも生じる。
 一方で問題もある。この農法を中米の農家に広く普及させるには、多くの資金が必要になる。元々ハンズ氏は持ち出しで普及活動をしていたが、資金もすでに底をつきかけているのが現状(本人は残り9000ドルと言っていた)。NGOやホンジュラス政府に働きかけるなどしており、国連でも講演する機会を得たりしているが、なかなか資金提供者は現れない。それでもよりよい世界を作るためにハンズ氏は奔走し続けている。
 このドキュメンタリーで紹介された農法は熱帯雨林焼き畑対策として非常に魅力的であるが、僕はむしろハンズ氏の活動や奔走の方に興味をおぼえた。つまり、1人の研究者が、生活を顧みず夢に向かって邁進し頑張っている姿である。資金が足りずに行き詰まりそうになるが、それでもチャンスは到来し、あるいは実現しあるいは頓挫しながらも少しずつ前進している姿がとてもよい。もっともこのようなドキュメンタリーで取り上げられたことで、資金提供者が現れる可能性も一段と高くなったんではないかとも思う。そういう意味で、この英国の製作局の貢献は、ハンズ氏にとって、そして熱帯雨林にとっても計り知れないものになっている。
★★★☆
by chikurinken | 2011-06-27 08:45 | ドキュメンタリー

『トニー谷、ざんす』(本)

b0189364_8343257.jpgトニー谷、ざんす
村松友視著
毎日新聞社

 先日『ジス・イズ・ミスター・トニー谷』というCDに入っている「さいざんす・マンボ」という歌を聴いていたとき、突然「レディースアンドジェントルメン、アンドおとっつぁんおっかさん」というセリフが出てきて思わず笑ってしまった。
 トニー谷と言えば、僕の世代では「あなたのお名前なんてえの」で有名である(『アベック歌合戦』の司会)が、元々は毒舌でならしたボードビリアンで、戦後世代にとってはそちらの方がなじみ深いらしい。CDで少し興味が湧いたのでトニー谷についてWikipediaで調べてみたが、本人が生前自らをあまり語らなかったということで、詳細は長い間わかっていなかったらしい。
 この本では、その詳細がわからなかったトニー谷の生涯について、周辺の人々(永六輔、ジョージ川口、トニー谷夫人など)への聴き取りやトニー谷の生前の週刊誌や新聞記事をたどることで明らかにする。Wikipediaの記述も、多くはこの本が基になっているのではないかと思われる(逆に言えば本書の内容は大体がWikipediaと共通している)。ただ、本書の内容の多くを占めるのはインタビューと記事であり、そういう点では少々物足りなさも残る。しかもその対象となっているのが一介のボードビリアンであるため、正直「だからなんなの?」という感じはいつまでも残る。(著者のように)よほどトニー谷に興味がなければ、この本に面白さを感じることはあまりないのではないかと思う。読みやすいには違いないが。僕自身としては、「プロレスの味方」村松友視が最近こういった伝記物を結構手がけているということの方にむしろ興味を持ったのだった。
★★★
by chikurinken | 2011-06-25 08:36 |

原発を題材にした映画

 フィクション、ノンフィクションを含め、原発を題材にした映画がいくつかあるが、やはりというかあまり見る機会がない。テレビで放送されることもあまりなく、DVDも発売されていないことが多い。市民に考える機会を与えたくないという当局者の意向なのかどうかよくわからないが、それが現状である。福島原発の事故以来世論が盛り上がっているので今後増える可能性はあるが、ここで皆様の参考のために(自分の参考のためでもある)旧ブログで書いた感想文を「原発を題材にした映画」というテーマでまとめておこうかと思う(「竹林軒アーカイブス」より。一部改変しています)。

(2004年7月31日の投稿記事より)
b0189364_12574725.jpgナージャの村(1997・サスナフィルム)
監督:本橋成一
ナレーション:小沢昭一
ドキュメンタリー
 チェルノブイリ原発の爆発事故で放射能の影響をもろに受け、その後立ち入り禁止区域になった、現ベラルーシのある村の話。この村は立ち入り禁止区域に指定されたにもかかわらず、今でも6家族が暮らしている。外見上、放射能の影響はまったく見られず、放射能があるということを知らなければ、普通の暮らしを送っている田舎の農民以外の何者でもない。そういう意味では、タルコフスキーの『ストーカー』のようだ。
 それでかれらは、放射能などないかのように実にのんびりと農的な生活している。ほとんどの人がいなくなったため、自然景観も美しく残され、残った人々は自然と一体化して暮らしている。
 人の生活は、人為が少なくなればこれほど美しく自然に根ざした牧歌的なものになる。それが、原子力で破壊された村の現実であるとは、実に皮肉。
 ただし、映画自体は全体に少し冗長な印象があり途中かなり退屈する。2時間は少し厳しいかなという印象だ。
★★☆

(2005年2月14日の投稿記事より)
東京原発(2002年・バサラ・ピクチャーズ)
監督、脚本:山川元
出演:役所広司、段田安則、平田満、田山涼成、塩見三省、吉田日出子
 悪くはないのだが、劇場映画としてはいかがなものか。反原発集会で行われる寸劇のような印象。
 この映画の主張には全面的に賛同するが、どうにもゴージャスさに欠けるというか何というか。テレビ・ドラマとして見ればOKかな。
 主演の役所広司は、テレビ東京系の番組『ガイアの夜明け』のようだった……
★★★

(2005年5月3日の投稿記事より)
b0189364_12461945.jpgシルクウッド(1983年・米)
監督:マイク・ニコルズ
出演:メリル・ストリープ、シェール、カート・ラッセル、ダイアナ・スカーウィッド
 10年来見たいと思っていたが、なかなか見る機会がなかった映画。
 ついにビデオで見ることができた。BS、CS、地上波を問わず、めったに(というかまったく)放送されない。またレンタルビデオ店にもほとんど置かれていない。
 核再処理施設の問題を追求して謎の死を遂げた実在の人物、カレン・シルクウッドを扱った内容だけに、放送上タブーなのかとも思っていたが(原子力関連はデリケートだし、スポンサーもの力も大きいしね)原子力の問題性を追求するというよりは、むしろ内部告発ものの1つという感じで描かれており、そういう点では少々期待はずれだった。
 しかし、ともすれば説明的になる「原子力の恐怖」の扱い方などは実にうまく、あまり説教くさいところもない(『東京原発』は説明的でいただけなかった。あれが悪い例)。ストーリーの語り口は非常に良い。
★★★

(2006年9月11日の投稿記事より)
生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言(1985年・ATG)
監督:森崎東
脚本:近藤昭二、森崎東
出演:倍賞美津子、原田芳雄、平田満、片石隆弘、泉谷しげる
b0189364_1246014.jpg 原発ジプシーを題材にした映画であるためか、めったに上映、放送されることがない異色映画。85年頃に公開されたことは知っていたが、まったく見る機会がなかった。しかしこのたびついにCSで放送されたので、やっと見ることができた。ちなみにビデオもDVDも出ていない(注:VHSビデオは現在出ています)。
 映画作品としては、森崎東風というか、ストーリーも映像もごちゃごちゃしていて窮屈なのだが、なにしろ原発ジプシーを素材にするという、それだけで十分評価に値する。しかも原子力問題(ひいては原発の存在)について正面から問いかける内容になっている。
 こういう映画が普通に上映される状況になってほしいものである。また、映画の(題材ではなく)内容自体を批評できる時代になってほしいものだ。
★★★

 その他、原子力映画の古典、『チャイナ・シンドローム』も見ているのだが内容はあまり憶えていない。『シルクウッド』に似た展開だったような印象もあるが曖昧である。いずれまた見るかも知れない。

参考:竹林軒出張所『原発を知るための本 5冊+1冊』
by chikurinken | 2011-06-24 12:47 | 映画

『みえない雲』(映画)

b0189364_8323026.jpgみえない雲(2006年・独)
監督:グレゴール・シュニッツラー
原作:グードルン・パウゼヴァング
脚本:マルコ・クロイツパイントナー
出演:パウラ・カレンベルク、フランツ・ディンダ、ハンス=ラウリン・バイヤーリンク

 ドイツ青年文学賞を受賞したという同名小説の映画化作品。
 ある日、ドイツの田舎町で原発事故が起こる。近隣の町では、人々はわれ先に放射能から逃れようとし、町は大パニックになる。道路は渋滞し、鉄道は人であふれかえる。
 主人公の女子高生は、このような状況に巻き込まれて、やがて被曝し、さまざまな悲劇に見舞われていく。言ってみれば、一種のシミュレーション・ストーリーであるが、シミュレーションであるだけにもう少し細部の検討がほしかったところ。
 たとえば主人公は、放射能の雲から降った雨で被曝して、その後髪がすべて抜けたりするが、彼女が住んでいる町は原発から80キロ離れているときている。80キロ地点で被曝したにしては少し被曝量が多すぎやしないか。また、原子力行政は一般的に隠蔽体質があり、そうするとこの映画で見られた空襲警報のような方法で事故が市民に通知されることはないんじゃないかとも思う。その後のパニックのシーンも演出過剰のような気がする。
 ドラマの方法論として、髪が抜けたりパニックになったりしなければなかなか成立しにくいというのはわかる。放射能が目に見えないため演出上難しいというのもわかる。だが、福島原発事故を目の当たりにした今この映画を見ると、必要以上に煽るような展開にちょっと白けてしまう。事実の方が小説よりも奇だったということなんだろうか。
 もっとも、ドラマとしてはわりにうまく仕上がっていてそれなりに楽しめた。
★★★
by chikurinken | 2011-06-23 08:34 | 映画

『大地動乱の時代 地震学者は警告する』(本)

b0189364_8223070.jpg大地動乱の時代 地震学者は警告する
石橋克彦著
岩波新書

 東海地震、関東地震が間近に迫っていることを警告する、地震学者による書。
 過去数百年、マグニチュード7クラスの小田原地震が約70年の周期で起こっており、それにあわせるように同等クラスの関東地震、東海地震がそれぞれ別の周期(小田原地震の倍数に相当)で起こっている。本書では、これまでの経緯とその構造やしくみについて詳細に解説し、(関東大地震に備え)現在のような過度の首都圏一極集中を解消し、政治や経済の機能を1日も早く地方に分散すべきだと説く。
 著者の主張にまったく異存はないが、地震の構造やそのしくみを解説した部分(第3章〜第5章)がなにしろ読みづらく非常に難儀した。専門用語が唐突に出てきたり(おそらく地震学者の間では常識的な用語なんだろうが)、参照されている図版があちこちに散らばりすぎていたりで、とにかくページを前後に執拗に移動しながらでないと読み進めることができない。拙い学術論文のような印象さえ受ける。しかも解説は過剰なんだが、言っていること自体はそれほど複雑なことではない(ようだ)。研究者にありがちな、他者から突っ込まれないような「防衛的な」記述のせいでこれだけややこしくなったんだと思うが、もう少しバッサリと記述を整理しても良かったんではないかと思う。
 第1、2章の関東地震・南海地震の歴史は非常に読みやすく面白かったし、第6章の首都圏地震の対策の必要性の項も説得力があって良かっただけに、アンコの部分がもう少し改善されるともっと良い本になったと思う。いずれにしても、今という時代(そして首都東京)が、非常に危うい、まさに「砂上の楼閣」みたいな状況にあることはよく伝わってきた。ちなみに著者の予測では、1990年代末から2010年代の間に東海、関東大地震が発生する確率がきわめて高いということだ。

参考:竹林軒出張所『3年目のつぶやき……くらい大目に見てよ』
★★★
by chikurinken | 2011-06-22 08:23 |

『地下室のメロディー』(映画)

b0189364_935175.jpg地下室のメロディー(1963年・仏)
監督:アンリ・ヴェルヌイユ
原作:ジョン・トリニアン
脚本:アンリ・ヴェルヌイユ、アルベール・シモナン
音楽:ミシェル・マーニュ
出演:ジャン・ギャバン、アラン・ドロン、ヴィヴィアーヌ・ロマンス、モーリス・ビロー、カルラ・マルリエ

 ハラハラドキドキの犯罪映画(いわゆるフィルムノワール)。原作はアメリカ製だが、舞台をフランスに移植して映画化したらしい。
 ジャン・ギャバンとアラン・ドロンの魅力もさることながら、セリフや映像、音楽など、あらゆる面で優れたエンタテイメント映画である。また仕掛けも巧妙で、見所の一つになっている。
 「イヤー映画ってホントに良いですね」と言いたくなるような映画らしい映画であった。
1963年ゴールデン・グローブ賞外国映画賞受賞作

追記:「お金は泥棒たち自身を貴族にする」
(『カルミナ・ブラーナ』「地上では至高の王様だ、今の時代、お金が」より)
★★★★

参考:
竹林軒出張所『暗黒街のふたり(映画)』
竹林軒出張所『若者のすべて(映画)』
竹林軒出張所『山猫(映画)』
竹林軒出張所『太陽がいっぱい(映画)』
竹林軒出張所『霧の波止場(映画)』
竹林軒出張所『望郷(映画)』
竹林軒出張所『地の果てを行く(映画)』
by chikurinken | 2011-06-21 09:05 | 映画

『プルトニウムの恐怖』(本)

b0189364_8194645.jpgプルトニウムの恐怖
高木仁三郎著
岩波新書

 1981年初版の本、ということは初版からすでに30年過ぎている。僕が前に読んだのはチェルノブイリ事故以後だったと思うので、87年くらいか。今回あらためて本棚から取り出してみたが、付箋と書き込みが一杯でビックリ。しかし今回読んでみてその理由もよくわかった。とにかく密度が濃く内容が豊富な本で、勉強させていただいたという感じが強いのである。
 しかも、30年後の今読んでも内容はまったく古くなく、現在の時点から30年前に戻って内容を検討しているかのような錯覚も覚える。ちょっとタイムスリップしたみたいな感覚だが、チェルノブイリの事故も福島原発の事故も、そしてもんじゅのナトリウム漏れ事故も、ことごとく想定されているかのような記述に驚く。すでに想定されていたことにもかかわらず、何度も何度も失態を繰り返す原子力行政にもあきれかえってしまうが、いい加減ここいらで立ち止まって考えてみたらどうだとも思う。
 今回この本を再読することにしたのは、先日見たドキュメンタリー『終わらない悪夢』(竹林軒出張所『終わらない悪夢 前編、後編(ドキュメンタリー)』を参照)で、放射性物質(ウラン、プルトニウム、ストロンチウムなど)に関する僕の知識が著しく欠落していることを痛感したためである。本書には、ウランより重い人工の「超ウラン元素」がどのように生成されるかについて詳細な記述があって、おかげで大分理解できた(ような気がしている)。『終わらない悪夢』の関連で言えば、あのドキュメンタリーで僕が初めて知ったと思っていた「アメリカ・ハンフォード核施設の放射性物質漏洩」や「ロシア・マヤーク核施設の爆発事故」などについても本書に記述されていた(つまり実際にはあの番組で初めて知ったわけではなかったことになる)。他にもラ・アーグ核燃料再処理工場の周辺領域の汚染についても触れられていただけでなく、書籍『原子力帝国』(竹林軒出張所『原発を知るための本 5冊+1冊』で紹介したもの)やカレン・シルクウッド事件(『シルクウッド』というタイトルで映画化されている)まで紹介されていて、とにかく原子力に関連するありとあらゆる問題が網羅的に記述されているという印象である。今読んでも、その内容の豊富さと正確さに驚く。
 本書では特に、高速増殖炉(日本の「もんじゅ」など)の危険性と非現実性に多くのページを割いているが、実際高速増殖炉の計画は(日本のもんじゅを含め)世界中で頓挫しており、著者の先見の明を感じさせる。だがそのように危険なものでありながら、いまだにもんじゅの計画を推進しようとしている人々がいることも知っておく必要がある。今まで莫大なエネルギーと金を投入したので取り返さなければいけないとでも思っているのかそのあたりはわからない。何やら大負けしたギャンブラーが、無くした資金を取り戻すべく、すべての財産をかけて大ばくちを打つという構図に似ているが、この場合、担保に入るのは本人たちの財産ではなく住民の生活なのである。とにかく恐ろしいことが進められていることを思い知らされる一冊であった。高木仁三郎の集大成と言ってもいいような快著である。
 また、原子力に代わる新しい電気エネルギーの議論についても、欲望を限りなく増殖させる方向ではなく、身の丈にあった生活を模索することが重要なのではないかという、ある種哲学的な論考もある。このあたりは松下竜一の暗闇の思想(竹林軒出張所『原発を知るための本 5冊+1冊』を参照)を彷彿とさせるもので、大いに共感できるものである。
b0189364_8213024.jpg
追記:出版されてから時間が経っていることもあり、今回読むにあたってその後の事故についていろいろ調べながら読んだりしたため、大変なエネルギーを投入することになって、頭がものすごく疲れた。内容的にはやや難しいかもしれない(と言っても僕のような文系の人間でもスラスラ読める)。
★★★★
by chikurinken | 2011-06-20 08:26 |

『忍ぶ川』(映画)

b0189364_8393080.jpg忍ぶ川(1972年・東宝)
監督:熊井啓
原作:三浦哲郎
脚本:長谷部慶次、熊井啓
出演:加藤剛、栗原小巻、永田靖、井川比佐志、岩崎加根子、信欣三

 三浦哲郎の芥川賞受賞作品『忍ぶ川』を映画化したもの。自伝的な小説なんだろう、おそらく。
 前にこの映画を見たのは学生の頃で、そのとき正直なんじゃこりゃと思ったのだが、今見るとまた印象も大分違う。
 知らない男女が知り合って結ばれるというメロメロのメロドラマで、前回見たときはそれだけの映画だと思っていたんだが、この年になって見ると主人公の二人の背景の重さに共感でき、単なるメロドラマで終わっていないことに気付く。こういうのはこちらもさまざまな経験を経たからこそよくわかるというもの。
 家族や人間の宿命というものが色濃く打ち出されており、運命に翻弄される人々の再生の物語になっていて、モチーフである恋愛が「苦難からの再生」の表現になっている。とは言え、全編を通じて過剰なまでに繰り出されるメロドラマ的要素にはちょっと辟易する。もちろんこのあたりがこの映画の人気の背景であることは重々承知しているけども。若い二人とは言え、ちょっとやり過ぎかなと思うのだな。苦難を通じて到達した生の喜びを表現するという意味で必要なのはわかるんだがね。
 栗原小巻が美しく魅力的で、加藤剛もかっこよろしい。キャストもこの映画の魅力になっている。モノクロ映像も美しい。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『日本の熱い日々 謀殺・下山事件(映画)』

by chikurinken | 2011-06-19 08:40 | 映画