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竹林軒出張所

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『機密情報は誰のものか ウィキリークスを追う』(ドキュメンタリー)

機密情報は誰のものか 〜ウィキリークスを追う〜(2010年・NHK)
NHK-BS1 BS特集

b0189364_8431743.jpg 機密告発サイト・ウィキリークスを紹介する番組。
 ウィキリークスの創設者、ジュリアン・アサンジ氏のインタビューも交え、ウィキリークスのデータ収集システムや、米国政府との闘いなどを紹介していく。それほど目新しい事実は出てこないが、ウィキリークス周辺の一通りの事象が理解できるようになっている。
 告発者から発信された情報は、多くの協力者を経てウィキリークスのサーバーに到達し、その間、告発者や協力者が明るみに出ないようになっている。また告発情報については、協力ジャーナリストが裏を取る。このあたりは初耳で、そういう意味では、通信社などと同レベルの質の高い情報が集積されているということもできる。もちろん、国家の機密情報を公開するということで、各国政府からは疎んじられており、特に米国政府などはウィキリークスをつぶしにかかっている。いろいろな勢力からのサイトへの攻撃も絶えないという。しかし一方で協力者も多く、非常に多くのミラー・サイトができているため、サイトが攻撃を受けてつぶれても問題はないらしい。そういう意味では、ウィキリークスを間に挟んだ、弾圧側の政府当局と情報民主化を求める民衆のせめぎ合いという見方もできる。
 また、一方で国レベルでウィキリークスを支援するような動きも出始めている。アイスランドがそれで、先頃の経済危機のときに機密主義が自体を悪くしたことに対する反省がこのような動機付けになっているという。
 アサンジ氏は先頃逮捕された(その後保釈)が、ウィキリークスのようなサイトはインターネットの真の力を体現するものであり、こういう情報民主化の流れは今後も変わることはないのではないか、そういうことを思ったのだった。
★★★☆
by chikurinken | 2011-04-29 08:43 | ドキュメンタリー

新聞の見出しのナウシカた(直し方)

 2011年4月28日付の毎日新聞西日本版、スポーツ欄の見出し。

b0189364_12575039.jpg「借り暮らしのオリ」
(オリックスバッファローズの4月の負け越しが決まったことを受け)
「耳をすませば 交代伝達ミス」
(オリックスが交代投手を間違えた「珍プレー」にひっかけて)
「ボクの城 強風操り12K」
(強風にめげず、むしろそれを利用したピッチングに対し)
「壁の上のポトリ」
(大リーグの試合で、外野手が差し出したグラブにボールが当たってスタンドに入りホームランになったことを受け)
「内田 悔しさぽろぽろ」
(欧州チャンピオンズ・リーグで内田篤人所属のシャルケがマンUに負けたことを受け)
「タヌキ商売ぽんぽこ」
(大相撲技量審査場所の無料入場券がオークションに出品されたことを受け)

 どうやらスタジオジブリ作品で統一したらしい。ただし、できの悪いものも多くそのあたりは残念なところ。中でも「タヌキ商売ぽんぽこ」はひどすぎ。及第点は「借り暮らしのオリ」くらいかな……。

 なお、僕の中で歴代最高の新聞見出しは
  「阪急 十三でストップ」
 というもの。これは、1984年に阪急ブレーブスの連勝記録が13で止まった翌日の一般紙(関西版、朝日新聞だったような記憶が……)の見出し。当時僕の周りにいた関西在住のプロ野球ファンは皆一様にウーンとうなった(ちなみに十三(じゅうそう)というのは阪急電車の(結構重要な)駅である)。でも同時に、この見出しを付けた人は、阪急が14連勝しなくてホッとしたんではないかというのがわれわれ全員の一致した意見だった。
by chikurinken | 2011-04-28 13:02 | 社会

原発の議論は間違い探しか?

b0189364_1012079.jpg 昨日紹介した本『原発と日本の未来 原子力は温暖化対策の切り札か』を読んでからいろいろと考えていたんだが、要は、核開発という国策(アメリカの核による軍事作戦への協力)に則った形で原発が建設されてきただけに過ぎないということで、温暖化や電力不足などといった問題はまったく後付けのテキトーな議論なのだということ。
 こういった話は、「国策民営」を進める主体(つまり政府当局、行政、業界)の関係者が後から本当に適当に付けた理屈なので、こういうものについて一生懸命議論することは、本質を欠いていると言わざるを得ない。言ってみれば、アチラの人達が出してきた「間違い探しの設問」みたいなもので、それについてここが違っていると指摘したところで、所詮は相手の土俵で踊らされているようなものなのだ。そもそも「設問」として考えてみてもどれも質が低い。ウソであることが簡単にわかるようなものばかりである。間違いを指摘して(ある意味)相手の思うままに回答するのも良いが、こんな下らん問題作るな!と一喝してやるのも一つの方法ではないかと思う。事の本質を見誤らないようにしたいものである。

注:写真はクリックすると拡大します。ただし寓意のために作ったものであり、いわゆる「間違い探し」ではありません。しらみつぶしに探しても時間の無駄です。
by chikurinken | 2011-04-28 10:18 | 社会

『原発と日本の未来 原子力は温暖化対策の切り札か』(本)

b0189364_10104496.jpg原発と日本の未来 原子力は温暖化対策の切り札か
吉岡斉著
岩波ブックレット No.802

 原子力発電について経済面から分析すると同時に、日本における原子力政策の特質を明らかにする書。
 著者は科学技術が専門で、内閣府原子力委員会専門委員などを歴任した学者。現在九州大学の副学長という肩書きを持つそうだ。そういうこともあってか、ヒステリックに反原発を訴える書ではないと最初に断り書きがある。そういった信条や感情を抜きにして、原子力発電を客観的に分析した上で必要かどうか判断すべきだとする。
 そういう前提で検討した結果、原発はエネルギー効率も稼働効率も悪く、経済性という点でも他の発電システムと比べて大きなハンデがあり、電力市場が自由化されているような状況では決して導入されるような代物ではないという結論を出す。世界的に見ても原発の総数は現状維持か減少傾向にあり、世間で喧伝されている話(世界的に原発の見直しが進んでいるという話)は現状を正確に反映していないという。またCO2削減に効果があるという話についても疑問符を付けている。日本のこの20年間のCO2排出量を見ると、原発が増えているにもかかわらずCO2排出量も増えているという現状がある。本当に発電で排出されるCO2量を減らしたいのなら、原発を新たに作るのではなく、発電所で燃やす化石燃料の量を減らすしかないと断定する。
 ではなぜ、そういったダメダメづくしの原発が日本で推進されているかというと、すべては1955年に固まった国の原子力体制のためであるという。
「……日本の原子力政策の特徴は、国家安全保障の基盤維持のために先進的な核技術・核産業を国内に保持するという方針(これを「国家安全保障のための原子力」の公理と呼ぶ)を不動の政治的前提としている」(本書42ページ
 つまり、米国の核兵器開発にいつでも協力できるよう、国内に核技術を維持していくため、行政、立法、産業界、自治体を巻き込んで、原子力政策を展開する。そのために、国が「国策民営」という方法で、民間企業に原子力事業を展開させ、それを経済的に支援するという構図が作られたという。要するに、経済効率が悪い原発が次々に作られるのは国策ゆえであり、国の原子力政策に基づく経済的な補助があるから成り立つのであって、市場原理に基づくものではない。必要な電気を作り出すためというよりも、核兵器開発の技術を維持するために原発を作っているというのが本筋だというのが本書の主張である。したがって電力自由化と原発推進は完全に矛盾するものであって、そのためもあり今の日本では電力自由化は不可能ということになる。
 このように政策面、経済面から原発について論じており、僕にとっては非常に目新しい事実が紹介されていて、原発理解の上でとても役に立った。本書の問題は、文章が硬く読みづらい点で、翻訳ものかと感じるほどの硬い文章であった。とは言え、全体で60ページ程度のブックレットなので、読み終わるのもそれほど骨は折れない。原発について疑問を持つ人にお勧めの真摯な本で、この本で展開されている議論は原発論争の「切り札」になりそうな予感すらする。
★★★★
by chikurinken | 2011-04-27 10:11 |

『中盆 私が見続けた国技・大相撲の"深奥"』(本)

b0189364_9203735.jpg中盆 私が見続けた国技・大相撲の"深奥"
板井圭介著
小学館

 大相撲の八百長を告発した本。元・小結板井がその実態を詳らかにする。
 本書は、1996年に出版された『八百長 相撲協会一刀両断』(元・大鳴戸親方著)に応える形で出版された。もっとも著者にしてみれば、別に呼応したわけではないようだが、内容は大鳴門親方の著書と対応しており、言ってみればアンサー・ブックのようなものになっている(そのため内容は詳細である)。ちなみに元・大鳴門親方は、板井の師匠で、『八百長 相撲協会一刀両断』を出した直後、後援者と同日に同病院で謎の死を遂げている。オーこわ。板井の方は、こういう本を出したにもかかわらず今でも健在(のようだ)。ただし相撲界からは干されている。
 内容は、板井が大相撲界に入り、やがて(親方の差し金で)八百長に手を染めて、中盆(八百長の仲介人)として活躍する大相撲時代を経年的に書いたもので、もちろん八百長システムについてかなり具体的な説明がある。大鳴門親方の八百長の説明とほとんど一致するもので、当事者の目による具体性がそれに加味されているという感じである。また、八百長力士が実名で紹介されており、八百長に手を染めなかった力士もあわせて紹介されている。当時のガチンコ(八百長でない本気の取り組み)力士の筆頭格であった大乃国との確執、つまり板井による大乃国への露骨な張り手についても詳しい説明があった。この点については、大鳴門親方の説明と違い、大乃国に対しての敵意やいじめではなく、最初の張り手が見事に入ってから、周りの付き人や力士にもう1回やってよみたいなことを言われて面白半分にやっていたと言うことらしい。板井は個人的には、ガチンコで奮戦する大乃国に好感を持っていたという。そもそも八百長に手を染める力士は、自分の星勘定のことしか頭にないため、集団で何かに対処する(共謀によるいじめとか)ということがないらしい。八百長システムはあくまでも「互助会」的なもので、板井は、要望があれば気前よく星を与えたため(もちろん見返りはもらう)徐々に信望を集めていき、多くの八百長力士が、相手との八百長交渉が暗礁に乗り上げたときに板井に手配を頼むようになったことから中盆の役割を果たすことになったということのようだ。ちなみにこれは本人の説明である(本書では、板井がガチンコではほとんど負けない実力者であり、しかも性格的に大きな人間であるかのように書かれている)。
 もちろん多少のバイアスはかかっているかも知れないが、自ら経験した事実が非常に具体的に書かれているので、相当な説得力がある。これだけの証言を突きつけられたら相撲協会もぐうの音も出ないのではないかと思うが、本書が出版(2000年8月)されてから先日の八百長問題に至るまで状況が一向に改善されていなかったのも事実である。また、本書では野球賭博や相撲賭博、マリファナなどに手を染める力士たちについても詳しく言及されている。どれもこれも先頃の八百長問題のときに明るみに出た事実である。ということは、協会も親方衆も、本書が出てから10年間、何の手も打たなかったということになるのだな。日本相撲協会の自浄作用というのは「ありそうでないもの」の筆頭格なのだということがよくわかった。
 それから、板井と親方の確執も非常に興味深い。実力があってもその親方と相性が悪いために潰れていく力士も多いらしく、部屋を自由に移行できない現制度にも問題を投げかけている。大相撲にまつわるさまざまな問題があぶり出されていて、中身は大変に濃厚であった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所:『今さらヤオチョー』
竹林軒出張所:『八百長はなぜ起きたのか(ドキュメンタリー)』

(本書による)相撲一口メモ:
1. 現・日本相撲協会理事長の放駒親方(元・大関魁傑)は現役時代、ガチンコ力士だったらしい。この人事を見ると、相撲協会もそれなりの意気込みで八百長に取り組むつもりのようである。ちなみにほとんどの親方衆は元・八百長力士である。
2. 当時の主流派、出羽の海部屋は、八百長をしない力士が多かった。また、藤島(のちの二子山)部屋の力士も八百長をしなかった。
3. 元・横綱千代の富士(現・九重親方)には53連勝という大記録があるが、このうち34番は八百長の取り組みであった。つまり正味19勝で、そのほとんどは下位力士である。また連勝記録を止めた大乃国は、当時数少ないガチンコ力士だった。
4. 千代の富士は、八百長の取り組みについても非常に利己的であったため(たとえば弟弟子の横綱・北勝海の星を回したりする)、いまだに協会内で人望がない。
5. 元・横綱北の湖(現・北の湖親方)も八百長力士であるが、もっぱら星を売るだけであった(あまりに強かったため?)。優勝決定戦では必ず星を売ると言われていた。そういうこともあって協会内では人望があるらしい。
by chikurinken | 2011-04-26 09:21 |

『若者たち』(映画)

若者たち(1967年・俳優座、新星映画)
監督:森川時久
脚本:山内久
出演:田中邦衛、橋本功、佐藤オリエ、山本圭、松山省二、小川真由美、井川比佐志、石立鉄男、栗原小巻、大滝秀治、江守徹

b0189364_9432974.jpg 何の先入観もなく見たので詳細はわからなかったが、佐藤オリエが「佐藤オリエ」役で出ていたり(役名と芸名が同じ)、どことなくダイジェストみたいな雰囲気だったり、そういった意味でいろいろ興味を抱かせる映画であった。また、キャストが超豪華だったのも印象的。
 で、調べてみると、元々テレビドラマで放送されたものが好評だったために映画化されたというもので、それでダイジェストみたいな雰囲気を醸し出していたのかと合点が行った。確かにダイジェストみたいではあったが、中身が盛りだくさんであったためそれがかえってテンポを生んでいて、今見るにはちょうど良いくらいのスピード感で、途中まったく飽きることがなかった。またキャストが豪華なのは劇団俳優座が関わった映画だからだ。そう考えると、俳優座は多くの名優を輩出しているということになる。佐藤オリエについては、初の出演作の役名をその後も芸名として使ったんだろうと思っていたが(つまり「早乙女愛」などのパターン)、佐藤オリエといえば彫刻家の佐藤忠良の娘だし、忠良には「オリエ」という作品もあるようで、そうすると本名?ということになる。で、よくよく調べてみると芸名(あるいは本名)がこのドラマの役名になったという話で、言ってみれば「早乙女愛」の逆パターンだ。そう言われてみれば、主役の兄弟は、佐藤太郎、二郎、三郎、末吉ととても安易な名前になっている。オリエだけがちょっと特異だが、元々ここからきていると言うことであればそれも頷ける。
 この映画では、主役の5人きょうだいのそれぞれの人生が描かれるが、末っ子以外の4人は、家族という場以外での出会いや成長が描かれるため、正味4つ分のエピソードが含まれていて、それプラス家族間の葛藤の5つのモチーフで構成される。ダイジェスト的で盛りだくさんと感じたのはそのためだ。盛り込まれる要素が映画にしては非常に多かったので、もしかして元々はドラマ?と思ったのだった。ただし、その少し多すぎるとも思えるモチーフが、家族という場でぶつかり合いながらも1つに統合され、新しい局面へ昇華されるかのような過程はなかなかのものだった。それぞれのきょうだいが身をもって感じた社会観を身につけて、それが家族の中でぶつかり合いながら議論を生み、争いが生じていくという場面は、当時の社会の縮図のようでもあった。
 まあともかく、いろいろな謎や発見があった映画で、そういう意味でも面白かったんだが、いろいろな社会問題が集約されていき、やがて前向きな姿勢を生みだすプロセスは大変すばらしく、見たあとは非常にさわやかな気分になったのであった。
★★★☆

追記:
1. 夕食時の乱闘シーンは、後のドラマ『寺内貫太郎一家』を彷彿とさせるもので、激しくもなかなかユーモラスな面があった。ここらあたりが源流だったんだなと思った。
2. 人々が飯をワシワシと食べるシーンがあちこちに出てきて、当時のエネルギーを感じさせる。下品さもなくはないが、そのダイナミックさは爽快でもあった。
3. 途中、足の悪い「戸坂」という青年が登場する。どこかで見た顔なんだが、最後まで誰が演じているのかわからないでいた。あとで調べてみるとこれが石立鉄男だそうで、道理で見慣れた顔だと思った。だがやはり、あの雀の巣のような頭がなければ印象がまったく違うもので、石立鉄男の第一印象は結局あの頭だったんだなと思う。
4. 「若者たち」のテーマ音楽(ブロード・サイド・フォーの『空にまた陽が昇るとき』:「君の行く道は〜」というアレ)も非常に効果的な使われ方だった。僕などはどちらかというと、この歌は森田健作のイメージが強く、ブロード・サイド・フォーの歌を最初に聴いたときはなんて暗いんだと思ったが、この映画については別で、非常に良かった。
by chikurinken | 2011-04-25 09:45 | 映画

『北の夢』(ドラマ)--田中好子追悼--

 田中好子が亡くなったというニュースには心底驚いた。
 僕などはキャンディーズ世代で、同級生にもキャンディーズに浮かれていたやつらがいて、誰が良いとか何とか言っていたのを今でも憶えている。キャンディーズとは同世代というような身近な感覚もあり(実際は同世代とは言えないが)、そういう人が病気で死んでしまうというのもいろいろ考えるところが多いものである。
 だんだん年を重ねてくると、周辺にもそれから芸能界にも、あちらに行った人の方がだんだん多くなってくる。遠からず自分のところにもお鉢が回ってくることになるんだろうが、知人がアチラの方に多くなってくると、死への恐怖心というのもだんだん薄れてくるものなのかも知れない。うん、そういうものなのかも知れない。
 かつて田中好子が好演していたドラマについて、旧ブログで書いたことがあったのでここで再録したいと思う(ここのところ再録続きで申し訳ないです。また一部改変しています)。ドラマの内容については、スーちゃんがすごい良かったということ以外、あまり憶えていない。お恥ずかしい限り。

(2005年9月21日の投稿記事より)
b0189364_15293449.jpg北の夢(1992年・HBC)
演出:松田耕二
脚本: 山田洋次、高橋正圀
出演:田中好子、いかりや長介、杉本哲太、松田勝、音無真喜子

 92年にTBSで放送された1時間40分の単発ドラマだが、映画並みに完成度が高い。とは言え、なかなか再放送されないドラマであるため、あまり人の目に触れることはないだろう。もったいない。Mottainai(by マータイさん)。
 山田洋次のオリジナル脚本らしいが、「遙かなる山の呼び声」の焼き直しみたいな内容(かな? この映画見てないので)。ストーリーはともかく、善人ばかりが出てきて心温まる。それになんといっても、田中好子が抜群に魅力的だ。田中好子が出演したものの中では最高ではないだろうか。田中好子のプロモーション・ビデオと言っても良いくらいだ。1956年生まれだから、田中好子、36歳のときだ。「実にい〜〜い女」の田中好子が拝める。僕はCSで見たが、地上波で再放送できないものなのだろうか。惜しい。Mottainai。
★★★☆

合掌。
by chikurinken | 2011-04-23 15:30 | ドラマ

『博士の愛した数式』(映画)

博士の愛した数式(2005年・「博士の愛した数式」製作委員会)
監督:小泉堯史
原作:小川洋子
脚本:小泉堯史
出演:寺尾聰、深津絵里、齋藤隆成、吉岡秀隆、浅丘ルリ子

b0189364_1894839.jpg 『世にも美しい数学入門』竹林軒出張所:『世にも美しい数学入門(本)』を参照)の関連でこの映画を見たが、あの本を読んで面白いと思ったことが、この映画にことごとこく盛り込まれていた。もっともあの本は、この映画の原作をテキストにして数学的な解説を進めるというものだったため、当然と言えば当然ではある。ただ、あの本はあれで十分面白かったことだし、この映画をことさら見る必要はなかったかなとも思う(映画を見た今……)。
 この映画は、確かに数学の面白さが盛り込まれていて切り口が斬新ではあるが、ドラマとしてはありきたりでいかにもとってつけたような設定、展開であった。そういうこともあって、数学入門学習映画というような位置づけがピッタリ来るような気がする。話の構成もそれなりにしっかりしているので、退屈したり疲れたりということはあまりないが、特別に感心するようなこともなかった。僕としては、友愛数、完全数、オイラーの公式の復習になったので役に立ったが、そういった知的な側面以外あまり得るところはなかった気がする。
 深津絵里と吉岡秀隆がなかなか好演しており、寺尾聰も『失楽園』の気色悪い中年よりずっと味があって良かった。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『リーマン予想 天才たちの150年の闘い(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ポアンカレ予想 100年の格闘(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『世にも美しい数学入門(本)』
竹林軒出張所『物語 数学の歴史(本)』
by chikurinken | 2011-04-22 18:10 | 映画

『サムスン栄えて不幸になる韓国経済』(本)

b0189364_9442010.jpgサムスン栄えて不幸になる韓国経済
三橋貴明著
青春出版社

 全体に断定口調で、使っているデータもどこかうさんくさい。いや、使われているデータ自体は割と一般的なデータだと思うんだが、そこから引き出される結論は、一般的な解釈とかなり違う。というわけで注意が必要な本である。
 タイトルが示すとおり、韓国の経済は、世間で言われているほど良いものではないよと言う主張の本。今の韓国は、主要産業を1つないし2つの企業が寡占するという状況になっているため、その結果、賃金や国内投資が減り、同時に投資家(多数を外国人が占める)の収益のみが増える構造になっているという。このあたりは僕にとって目新しく、真実であれば評価したい記述である。他方日本は、製造業者にとって過当競争の状態で、結果的に消費者が恩恵を受ける構造になっているという。したがって、真の意味で国民にとって価値があるのは日本型のシステムで、デフレさえ克服すれば日本経済は明るいという主張である。
 途中、それを裏付けるために、経理で使うような(比較的単純な)計算式をいろいろ並べて、これで国家レベルの経常収支を説明しようという試みが続くが、話がややこしくなるばかりで、大して意味のある説明になっていない。このあたりはまったく不要で、読むときは適当にとばすのがよかろう。
 著者によると、日本の貿易黒字の多くを構成するのは資本財(製造機械やロボット)であり消費財(家電や自動車)でないため、事実上関税を撤廃するTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に参加することにはメリットがないらしい。また同時に、TPP参加国の合計GDPに占める各国別GDPは、そのほとんどが日米であるため、TPPに参加しても日本の市場価値を狙うアメリカだけが儲かり、日本にはデメリットしか発生しないという。僕の立場からいくとTPPについてはもちろん反対だが、著者の理論的裏付けが正しいかどうかは正直にわかに判定することができない。どうもGDPとか、とにかく大きなデータばかりが出てきて、解釈が単純すぎるんじゃないかという印象がある。もう少しミクロ的に見た方が良いのではないかというような気もする。
 結論として、著者の主張はかなりうさんくさいというのが僕の印象なのである。版元もうさんくさい本をいっぱい出しているようなところだしね。
★★★
by chikurinken | 2011-04-20 09:45 |

『独立時計師たちの小宇宙』(ドキュメンタリー)

独立時計師たちの小宇宙 〜スイス・超複雑時計の世界〜(2002年・NHK)
NHK-BShi ハイビジョンスペシャル

b0189364_92029100.jpg 僕自身腕時計にはまったく関心がなく、いつもは安物のクオーツ腕時計(シチズン製)を身につけていて、しかもその軽さがわりに気に入っていたりする。したがって世間でロレックスだカルティエだと騒がれても、僕にはまったく関係のない世界であって、成金の悪趣味ぐらいにしか思っていなかった。
 1970年代に日本でクオーツ腕時計が実用化され、これが低価格化していくにつれ、それまで機械式腕時計で世界の市場を席巻していたスイスの時計産業は壊滅的な打撃を受けた。だがその後、再び機械式腕時計の見直しが進むにつれて、スイスの時計産業は復興し、現在のような高級腕時計全盛の時代に至るのである。僕が腕時計を使うようになったのはクオーツ全盛の時代で、そう言えば僕の子ども時代は腕時計と言えば高級品であって、うちの兄なんかも高校入学のプレゼントで買ってもらっていた。もちろん高級スイス時計などではなくセイコーのものであるが。それでも値段は2万円前後したと思う。すでに良い中年男の僕が3千円程度のクオーツ時計を身につけているのと好対照である。
 このドキュメンタリーでは、現在のスイスの時計産業を紹介すると同時に、大手の時計メーカーではなく、個人で時計を作って販売する独立時計師(キャビノチェ)に焦点を当て、その精密な仕事を高倍率カメラを駆使しながら紹介していく。
 この番組で紹介されるのは、スイスのバーゼルで開かれる見本市に作品を出展する2人の独立時計師で、1人(プレジウソ)は2000個以上のダイヤをちりばめた最高級腕時計「スターダスト・トゥールビヨン」、もう1人(デュフォー)は一生壊れない堅牢性と簡素さを追求した優美な腕時計「シンプリシティ」の製造に取りかかる。作る時計の方向性も対照的であるが、プレジウソの方はチームで、トゥールビヨンの方はすべて1人で製作するという点でも好対照の2人の時計職人である。この2人の作業を丹念にかつ丁寧に追っていくカメラワークはすばらしいもので、撮影されたミクロの映像も、驚嘆に値する。同時にその細かい手仕事を黙々とこなす職人芸もすごい。彼らの手で、小さな筐体の中に小さな宇宙が生みだされていく過程が巧みに捉えられており、人間の手仕事のすごさも垣間見ることができる。
 また番組では、随時小型時計の歴史が紹介される。たとえば、現在の小型時計の基本設計はブレゲが発明したものであり、その技術の多く(たとえばトゥールビヨンというメカニズム)が当時のまま現在に引き継がれているなど、僕にとって目新しい事実ばかりであった。同時に、スイスの機械式腕時計(ロレックスとか)の本当の価値というのも、あらためて理解できたような気がする。
 「イタリアが30年間支配された時代、戦争と流血が続いたが、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、さらにはルネッサンスを生んだ。しかし、スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」
 これは、映画『第三の男』でハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)が語るセリフである。しかし、彼がちっぽけなもののたとえとして出したその時計にしてみても、このように小さな宇宙と究極の人間技が詰め込まれているのである。まったくバカにできないものなのだ。
★★★★
by chikurinken | 2011-04-19 09:20 | ドキュメンタリー