ブログトップ | ログイン

竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

<   2011年 03月 ( 32 )   > この月の画像一覧

『チョコレートの世界史』(本)

チョコレートの世界史 ― 近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石
武田尚子著
中公新書

b0189364_1033368.jpg マヤ・アステカ時代に薬効のために珍重されたカカオが、その後、スペインのアメリカ大陸侵略によってヨーロッパに伝わり、ココアに加工される形で普及しやがてチョコレートに加工されるようになって、国際的な製品として定着するまでを時系列的に紹介した本。
 タイトル通りで看板には一切偽りなく、しかも丁寧かつ律儀にカカオ史を追っているのであるが、なにしろ面白くない。教科書的というのであろうか、ともかく読むのに時間がかかる。文章も読みやすく図表も親切なのだが読むのに苦痛を感じる。ただし、記述が英国でのチョコレート・メーカーの話に移るあたりで読みやすくなり、内容も俄然面白くなった。特にロウントリー社(「キットカット」のメーカー)が、ココア生産で名を挙げやがてチョコレート生産に取り組んでいく過程が非常に面白かった。ロウントリー社の経営者たちが、社内および国内の福祉政策に積極的に取り組み、これがやがて英国の福祉政策に影響を及ぼす過程など、まったく知らない部分で目新しい事実であった。
 著者が本書を書くに至った事情について「あとがき」で明かしているのだが、そもそもがシーボーム・ロウントリー(ロウントリー社の経営者)が行った英国での貧困調査の資料に関心を持ったことが始まりだったそうで、そこから「カカオの種類、ココアやチョコレートの製造、工場のしくみ、労働者の組織などについての知識が必要」と思い至ることになって、それが本書を生みだす遠因になったそうである。どうりでロウントリー社以外の部分はつまらなかったわけである。すべて予備的な調査だからね。だが、当然のことながら、ロウントリー社やその周辺の英国近代史は非常に価値の高いものであり、読み応えがあって面白かった。また、ロウントリー社が生みだした「キットカット」に伺える同社の矜持(戦時中、原材料が十分得られないため質が落ちていることをラベルに明示し、赤ラベルの代わりに青ラベルを使うことでそのことを示した)、製造者、経営者としての気概や良心は、現代においても模範と言えるものであり、感動を呼ぶ。
b0189364_10111651.jpg ちなみに「キットカット」は、1973年に日本でも「マッキントッシュのキットカット」として不二家から販売されるようになった。「ここらで一服しませんか キットカット!」という歌に乗ったCMは当時非常に目新しく、僕などもキットカットをすぐに買ってみたクチであるが、その当時珍しいチョコレート菓子(ウェハースをチョコで包んでいる)だったこともあり、大変おいしいと感じた記憶がある。ロウントリー社がなにゆえ「マッキントッシュ」を名乗って日本で販売したかという事情も本書で簡単にではあるが紹介されている(今はネスレが販売元)。
 なお本書では、終章の「スイーツと社会」という章で、第7章までの記述が非常にうまくまとめられている。つまり終章を読めば本書を全部読んだのとほぼ同じ知識が得られるということである。本書に興味のある方は、退屈な序盤・中盤を読み飛ばし、終章と「あとがき」(この部分もなかなか興味深い)だけを読めば、内容をほぼ把握することができる。さらに興味がわいた方は5章、6章、7章と進めば本書を十分堪能できるだろう。

付記
1. ロウントリー社の良心が本書の中心になっていながら、現在のカカオ生産現場の児童労働などの問題(『竹林軒出張所:甘いチョコレート 苦い現実(ドキュメンタリー)』を参照)がないがしろになっているのは、アンバランスさというか、ちょっと物足りなさも感じた。そのことだけ補足しておく。
2. 日本にはいろいろな種類のキットカットがあるらしく、世界で100以上種類があるがそのほとんどが日本産ということである。興味のある方は『Wired Vision:日本みやげ、11種のキットカット食べ比べ』を参照されたい。

★★★
by chikurinken | 2011-03-31 10:04 |

『デジタル・リマスターでよみがえる名作』(ドキュメンタリー)

デジタル・リマスターでよみがえる名作
「東京物語」復活への情熱
「地獄門」世界がみとめた色
(2011年・NHK)
NHK-BShi

 小津安二郎監督の映画『東京物語』と衣笠貞之助監督の映画『地獄門』のデジタル・リマスターの過程を紹介する2本のドキュメンタリー。

b0189364_9551037.jpg 『東京物語』では、極力きれいなフィルムを探してきて、それをデジタル・スキャンするところから作業が始まる。その後、画像のノイズ、音声のノイズ、画像のブレ(当時の機材のせいか映写環境のせいかわからないが、コマごとに少しずつ揺れがある)を修正して、最終的に明るさを調整する。このプロジェクトの監修を担当したのが、『東京物語』で撮影助手に付いていて小津監督に可愛がられた川又昂で、特に明るさの調整で小津監督の意をくんで調整を指示するなど、恰好の人選であったと思わせる。イマジカが行ったこのデジタル・リマスター作業であるが、文化財の修復を思い出させるような丁寧な作業で、とはいうものの、ある意味こちらも文化財の修復と言えるのではあるが。
 それぞれの過程において、修正前と修正後の比較映像が示され、非常にわかりやすかったことも、この番組で特筆される部分である。私見では、画像のブレがなくなったことが、映像品質の向上にもっとも大きく貢献しているのだが、そういったことは知らなければそのままになる。ともかく、このデジタル・リマスターで『東京物語』は、リフレッシュされた(「リフレッシュ」という言葉がホントにピッタリ来る)。そのことはよくわかるのである。

b0189364_954494.jpg 一方『地獄門』の方は、特にその色彩が海外で高く評価されたこともあり(カンヌ映画祭グランプリ、アカデミー賞衣装デザイン賞獲得)、色彩の再現がデジタル・リマスターの大きなテーマになった。しかも『地獄門』は、赤・青・黄の三色に分割されたフィルムがそれぞれ残されており、どれほど色彩に気が遣われていたかがわかろうというもの。
 この三色原版を使用して復元するのだが、これも『東京物語』と同様、画面ノイズ、音声ノイズなどを除去していくことが重要な作業になる。もちろん色彩に最重点が置かれているのはあらためて言うまでもない。色彩は、製作時、画家の和田三造(『南風』で有名)が担当したという話で、和田三造は当時、伝統色の研究に没頭していたようで、この映画の色彩に対しても相当な凝りようであったらしい。その和田三造の傾倒が伝わってくるほどに、デジタル・リマスターでリフレッシュされた画像は色彩がすばらしく、セットの豪華さや衣装デザインの美しさが再現されている。こちらも『東京物語』同様、イマジカの「良い仕事」ぶりが見られる。この二本のデジタル・リマスター版をぜひ通しで見てみたいと思った。ちなみに、二本ともNHK-BSで近いうちに放送されるらしい。ということはこの番組、一種の番宣だったのか……。
★★★★

参考:
竹林軒出張所『地獄門 デジタル・リマスター版(映画)』
竹林軒出張所『デジタル・リマスターでよみがえった「東京物語」』
by chikurinken | 2011-03-30 09:59 | ドキュメンタリー

ちょっといい話

 今日は、知り合いのA氏から聞いたちょっといい話を。

 先日A氏は、注文していたCDが届いていることを確認するためか、いつものように郵便箱を覗いた。目的のCDは届いていなかったが、中に封書が一通あって、表には下手な字で「○○新聞社……被災地支援募金云々」宛と書かれていた。その封筒には、日本郵便が貼ったであろうシールが付いていて、「これじゃあ普通郵便で送ることができないよ」みたいなことが宣言されていたのだった。封書を少し振ってみると、小銭のようなものがジャラジャラと音を立てる。送り主は、A氏の、中学生の息子B君であった。
 A氏は、すぐにハハーンと合点した。つまり、B君が、新聞で義援金募集のことを知り、小遣いを普通郵便で新聞社に送ったはいいけれど、小銭があったために現金であることが判明し、返送されてきたのだということを瞬時に理解したのだった。A氏は日頃B君のやけにのんびりした行動にとまどいを感じていたが、しかしこういう心遣いを持っていることが非常に嬉しかった。しかも、義援金を送ったことについて、A氏にも家族にも一切話していなかったのである。だが同時に「現金を普通郵便で送っちゃいけないことも知らなかったのか、この中学生は!」と少し腹も立った。
b0189364_1012073.jpg A氏は、しかしB君の志にいたく感動したため、B君が帰宅後、その事実を問いただし、小銭の部分と送料はA氏が負担するから、現金書留で送り直すようB君を説得し、B君もそれを受け入れた。よくよく聞くとB君は、小銭以外に千円札を2枚同封していたそうで、小銭と合わせて約三千円分入れていたらしい。おそらく手持ちの小遣いをすべて入れたんじゃないかとA氏は思った。A氏は「えらいぞ、B」と心の中で思ったが、同時に自分がこれまで千円しか義援金を提供していないことについて少し恥じたのである。
 もちろん、この現金は後日、B君が直接郵便局に出向き、現金書留で送った。A氏の妻は「銀行経由で送れば送料がタダになるのに」と現実的なことを口走ったが、A氏はそんなことに取り合わなかった。自分の意志で自分のものを自分で送るというその行為こそが尊いのである。たとえ無駄であってもそういうのを尊重することが重要なのだ、それが男ぞ、それが人間ぞ、わかるかテツヤ! という心境なのであった。

 僕は、行きつけの喫茶店でこの話を聞いて感心したが、同時に自分が義援金というものを出していないことを少し恥じもしたのである。そこで、その喫茶店ににわか仕立てでしつらえられた「義援金」ラベルのついた酒瓶に100円硬貨を投入したのであった。もちろん、この酒瓶内のお金が所定の地域に届くであろうことを信じながら、である。
by chikurinken | 2011-03-29 10:02 | 日常雑記

『眠る男』(映画)

b0189364_12455689.jpg眠る男(1996年・群馬県「眠る男」製作委員会)
監督:小栗康平
脚本:小栗康平、剣持潔
出演:安聖基、クリスティン・ハキム、役所広司、田村高廣、野村昭子、今福将雄

 『死の棘』の小栗康平の映画だけに、ああいった濃密な映画を期待していたんだが、どちらかというと『伽倻子のために』に近い薄い映画だった。
 日本の風土が巧みに描かれていて、自然や生活の描写が非常に美しかったのは事実で、そのあたりを狙っているのはわかるんだが、なにしろストーリーの密度があまりに薄く、2時間近くこういう状態を続けられると、見る側としてはさすがにちょっと苦しい。
 また、演技も少々わざとらしく、このあたりも残念な点である。しかも他で見るときはうまいと感じる役者が揃っていたため、このようなわざとらしさは多分に演出のせいだろう。才能のある監督だけに、こういう環境ビデオで終始するみたいな映画は作ってほしくないというのが実感である。
第20回モントリオール世界映画祭審査員特別大賞、
第47回ベルリン映画祭国際芸術映画連盟賞受賞作
★★★

参考:
竹林軒出張所『死の棘(映画)』
竹林軒出張所『伽倻子のために(映画)』
by chikurinken | 2011-03-27 12:48 | 映画

500回記念

b0189364_19134349.jpg 500回記念なんですが、こういうご時世ですので、派手な式典は控えさせていただきます。
 今は大分アクセス数も増えて多くの方に見ていただいているんですが、始めた当初は随分長いことアクセス数が4とか5とかで、ほとんど見ている人の顔が思い浮かぶという状況でした。あまりに寂しいため「準会員制」と勝手に宣言しておったのも今となっては懐かしい想い出です。ただあまり少ないのも寂しいですが、今の状況は少し多すぎるという感もあります。「そんなに責任を持てない」という感じですかね。1日20〜30アクセスくらいがちょうど良いのではないかと思っておるのです、ハイ。
 そもそもこのブログが他人にとって面白いのか?という疑問は常について回っています。いや、僕自身が読めば面白いんですがね。今回500回ということもあって、最初の方から読んでいたんですが、思わず読みふけってしまいました。とはいうものの、書いているのは感想文やなんかという非常に個人的な内容なので、他人が読んで面白いのだろうかという頭は常にあります。大勢の目を意識したら書けなくなるので、いまだに自分向けというスタンスは保っているのです。だからつまらなくても文句を言ってはいけません。つまらないなら読まなければ良いのです。世の中、そういうものです。とはいうものの、わざわざアクセスしていただいて読んでいただく方には、心から感謝しているのです。どうもありがとうございます。
 まもなく桜の季節が来ますが、被災された方はそれどころじゃないでしょうね。お悔やみ申し上げます。「日本人が桜を見上げる顔が好きだ」と言ったのは筑紫哲也、「桜の下で死にたいものであることよなあ」と言ったのは西行法師。このように桜は日本人にとって格別な花、そして4月はそういう日本人にとって格別の季節です。せめて、安らぎの心をもって桜の季節を迎えてほしいものです。
 写真は9年前に京都で撮影したものです。今年も桜が皆様の心を華やがせることをお祈りして、500回記念の挨拶に代えさせていただきます。
b0189364_1912753.jpg

by chikurinken | 2011-03-26 19:13 | 日常雑記

『ホルモー六景』(本)

b0189364_9351475.jpgホルモー六景
万城目学著
角川書店

 『鴨川ホルモー』の続編。厳密には「その後の『鴨川ホルモー』」という感じで、『鴨川ホルモー』周辺をネタにした短編を6本集めたものである。
 6編はそれぞれ「鴨川(小)ホルモー」、「ローマ風の休日」、「もっちゃん」、「同志社大学黄竜陣」、「丸の内サミット」、「長持の恋」というタイトルの話(初出は『野生時代』)で、「鴨川(小)ホルモー」と「同志社大学黄竜陣」は続きものと見てもさしつかえない……かな。これも少し難しいんだが、背景が非常にシンクロしているということである。他は、ホルモー関連の小ネタ集みたいなもの。個人的な感想を言うと、「ローマ風の休日」と「もっちゃん」はいただけない、「鴨川(小)ホルモー」と「丸の内サミット」はもう一つ、「同志社大学黄竜陣」と「長持の恋」は「イイね!」である。
 『鴨川ホルモー』は映画で見ただけ(竹林軒出張所:『鴨川ホルモー(映画)』を参照)で原作は読んでいないため、万城目学がどういう文章、表現を使うか大変興味があったんだが、この本を読んでみて、正直、あまり良い印象は抱かなかった。文章が単調で深みがないしセリフも洗練がないように感じた。くすぐり的なユーモアもあまり楽しめない。ただ『鴨川ホルモー』や『鹿男あをによし』で展開された奇想天外なストーリーは注目に値すると今でも思っている。この本でもそういった奇想天外さは見受けられ、「奇想天外・健在」は印象づけられたが、これからも彼の本を読むかと聞かれるとたぶん読まないと答えるだろう。そういうことを考えると、あの映画はものすごく良くできていたナーとあらためて思うのだ。

★★★
by chikurinken | 2011-03-25 22:27 |

『無防備都市』(映画)

無防備都市(1945年・伊)
監督:ロベルト・ロッセリーニ
原作:セルジオ・アミディ
脚本:セルジオ・アミディ、フェデリコ・フェリーニ
出演:アルド・ファブリッツィ、アンナ・マニャーニ、マルチェロ・パリエーロ、マリア・ミーキ

b0189364_1052869.jpg イタリアン・ネオリアリズモの旗手、ロベルト・ロッセリーニのネオリアリズモ三部作の筆頭が、この『無防備都市』である。当時すでにハリウッドの売れっ子女優だったイングリッド・バーグマンが、ニューヨークでこの映画を見て感動し、夫と子供と地位を捨ててロッセリーニの元に走ったという話は有名である(その後2人は結婚、のち離婚)。
 かつて僕もこの『無防備都市』を見ているが、初めて見たとき、ラスト15分だけ見るというあり得ない見方だったことから、それがいまだに尾を引いているのだ。というのもこの映画は、何といってもストーリーの映画であり、ラスト15分は大変重要な意味を持っている。そういうわけで二度目に最初から通しで見たときも、おそらく先入観なしで見たであろうバーグマンみたいな感動はなかったのである。今回は、通しで見るのは二度目ということになる。しかも『戦火のかなた』『ドイツ零年』も比較的最近見ており、それぞれの映画にあまり良い印象を持っていないという、いわば「マイナスからのスタート」なのである。
 で、どうだったかというと、これが意外に良かったのだ。前に見た映画であるにもかかわらず、スリリングで緊迫感があり、戦争映画としても非常にグレードが高い。リアリズムの映画として見ても非常に洗練されている。戦中戦後の物がない時代に作ったとは思えないほどである。映像が暗い(特に序盤)のが難点であるが、これもフィルムや設備が十分でなかったということで、仕方のないことと納得できる。それよりこれだけ物が欠乏していた時期であったにもかかわらず、これだけのものが作れたというのが奇蹟に近いとまで思う。まったくストーリーを忘れた上でこの映画を見ていたらもっと大きな感動が得られたかも知れないが、最近見たドキュメンタリー(『チネチッタの魂 〜イタリア映画75年の軌跡〜』)でも重要なシーンがことごとく紹介されており、うかつに構えているといろいろなところで目に触れてしまうのである。映画史に残る名画であるだけに仕方がないとも言えるが、この映画を見ようという方は、極力予備知識を入れないで見るのが良いだろう。DVDのパッケージの裏にある解説なども見ない方が良いと思う。そういうわけで、このブログでもストーリーについては一切触れていないのであった。なお、この映画でも、『戦火のかなた』同様、フェデリコ・フェリーニが脚本に参加している。
1946年カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『戦火のかなた(映画)』
竹林軒出張所『ドイツ零年(映画)』

by chikurinken | 2011-03-24 10:06 | 映画

今日のつぶやき -- 当面つぶやきません

今日のつぶやき。「つぶやき=心情の吐露」ですので、たとえ不服があってもクレームを付けたりしたらいけません。聞き流すことです。また、個人的にはこれで「腹ふくるるここち」が解消されたので、当面つぶやきません。

つぶやき1
 東北も復興、日本も復興、相撲も(どさくさで)復興。
 閉塞していた日本人の気分が、復興に向かってなんだか一体化しているようで、気分も良くなる。今みたいに、足りないときは皆で分け合う……というのが理想である。ここ10年ほど、新自由主義が推進されて利己主義的な風潮が強くなっていたことを思うと、いろいろなことが好転するきっかけになるようにも感じている(犠牲者のことを思うと不謹慎ではあるが)。

つぶやき2
 日本に災害が起これば、普通であれば円安基調になると思うが、実際には為替レートが1ドル=76円まで円高に転じた。おそらくであるが、これは円安になることを見越してドル買いに走る人間が多かったせいではないかと思う。結局日銀やG7各国が介入して、円安に転じたということらしいが、ということは政府の予算がこういうところに投入され、それがトレーダーの懐に入ったということで、端的に言えば政府の持っている金(元々は税金だね)をかれらが吸い取ったということになるんじゃないか……これはまったくの素人考えだが。こういうのを「火事場泥棒」と言うんだろうね。だから為替取引や株取引には相応の税金をかけるべきで、新自由主義的に金の亡者たちを野放しにしておくとろくなことにならないと、まあ、これは、先ほども言ったように「まったくの素人考え」ではある。
 でも新自由主義が、いずれはすべてを破壊しまくって結局それが「勝者」たちにも跳ね返ってくるという「心中主義」ではないかとは密かに思っているのだ。

つぶやき3
 「電気が足りない」などと脅しながら、危険なものを次々に建てて補助金をせしめ、一方で電化住宅などという非効率なものを奨めるというのは矛盾していないのか。「原発が温暖化防止に貢献する」というのもおかしな話だ。本当に温暖化を阻止したいのなら、新しく発電所を作ったりしない方が良い。発電所を作るのにも莫大なエネルギーが必要(特に原子力の場合)で、こういった形でエネルギーを浪費すれば温暖化はますます加速される。
 温暖化を防止するためにCO2の排出を減らしたいのであれば、消費するエネルギー量を減らす以外にない。そもそも、現代はガソリン+プラスチック文明であり、今みたいな形でガソリンを消費していれば、重油や軽油もあわせて生産せざるを得なくなる(原油を分離精製することでガソリン、重油、軽油、プラスチック原料などを作る)。で、生産された重油はどこかで消費しなければならないが、今は重油が余る傾向にあるとも聞く(ガソリンの消費量の方が多いみたいですよ)。余って消費しないとしても、精製しちゃったからにはCO2になるんだ、いずれは。重油をもっとも消費するのが火力発電所ということを考えれば、結局はガソリン+プラスチック文明には火力発電所がもっとも適しているということになる。だからCO2を減らすには、ガソリンやプラスチックの消費量を少なくしなければ、根本的な解決にはならない。したがって、ガソリン使用量の減少とあわせて電気消費量を減らすというのが、CO2排出量を減らす上でもっとも有効な方法だと思うんだが、いかがでしょう?
 誰もが少しずつ我慢すればなんてことないということは意外に多いと思う。欲望を野放しにして浪費を極めるよりも、少し足りないくらいでなんとかやっていけば、結局は皆が幸せになると思う。

つぶやき4
b0189364_9124585.jpg 興業にしても、一部の人間の意見をゴリ押ししたりせずに、皆さんの意見を聞いて、ほんの少しだけ我慢したらどうってことないんじゃないかと思う。「お上が決めることかよ!?」などと言う発言をして(「滝鼻オーナー「お上が決めることかよ!?」」nikkan-sports.comより)、大勢の敵意を集め顰蹙をかうよりも、もう少し柔軟になった方が自分のためにもなりますよ。「そもそも中曽根時代から「お上」べったりだった新聞社が言うことかよ!?」という意見も一部にはあるようです(僕はそんなことまったく思いもしませんでしたが)。世論に影響を与えられるマスコミであるからこそ、「みんなで少しずつ節約してやっていこう」という主張を率先して実践してほしいものですな。
 他人の意見を聞いて考えを変えることは決して恥ずかしいことではありません。経験を積んだはずの長老的存在が、頑迷かつ固陋で、思考に柔軟性がないということの方がよほど恥ずかしいような気がする……これは、彼らから見たら若輩に過ぎない私の意見です。
by chikurinken | 2011-03-24 09:04 | 社会

『一刀斎、最後の戯言』(本)

b0189364_10411632.jpg一刀斎、最後の戯言
森毅著、福井直秀編
平凡社

 「森毅、おもろいオッサンやった」と上から目線で言うのも何だが、森毅氏自身がそういうことを言いそうな人だったから許してもらえるだろう。
 元京大教授で、テレビのバラエティ番組にもよく出て、妙なことを言って受けていた森毅氏。昨年7月に亡くなったことで出版されたオマージュ本だと思うが、似たような本が他社からも同じタイミングで出ている(『森毅の置き土産 傑作選集』)。本人が生きていたら「もうちょっと工夫したらどお?」などと言いそうだ。
 森毅氏自身は、非常にユニークなものの考え方をする人で、それこそ死などとは縁のなさそうな仙人みたいなお方だった。僕なども京大に忍び込んで森センセイの授業を受けたりしたが、正直言って授業は著書ほど面白くなかった(ごめんなさい)。それでもサービス精神にあふれ、学生を楽しませようとする姿勢はうかがえた(これは本人が著書で何度も主張していることである)。余談であるが、他にも梅原猛(京大文学部)や河合隼雄(京大教育学部)の授業にも忍び込んでみたが、どちらも休講であった。どんだけ休講が多い大学なんだとも思ったが、かれらにはそもそもサービス精神が欠乏していたという見方もできる。
 閑話休題。本書は、そんな森センセイの数々の著書から、部分部分をテーマごとにピックアップしてまとめた本で、編者は森センセイの教え子で、死ぬ直前まで交流があった人である。ピックアップしているのが数行程度の「部分」ばかりであるため、どれも何となくアフォリズム(警句)みたいに響き、森センセイのユニークさ、発想の面白さは存分に伝わってくる。ただし、ごく一部ずつの抜粋であるためか、どれも印象は薄く、読み終わった後、さて内容はどんなだったかなと考えて何も思い出せないということもある(僕がそうなんだが)。森センセイの底辺に流れるのは「なんでも自由でなんでもいい加減にやった方が面白い」という発想だと思うんだが、もちろんこういうふうに要約してしまうこと自体、森センセイの主張に反することなのかも知れない。「もっとええ加減でええやろ」という声が聞こえてきそうである。そういう意味で、この本のようなまとめ方は、存外、森センセイの意志に沿うものではないかとも思う。
 なお、タイトルの「一刀斎」というのは、森センセイのニックネームで、長髪の妙な風貌からつけられたものだそうだ。
 そうそう、震災関連の記述があったので、記録しておく。

……ぼくは震災後の神戸で講演をしたときに思いきって言ってみた。
「こけたりせんほうがいいし、こけてすりむいたら痛いし、こけて死んだらかなわんけれど、生き残ったら、せめてなんぞ拾うて立ちあがりましょう」
 会場は大喝采。神戸の人々はいい感じで生きている。


★★★☆
by chikurinken | 2011-03-23 10:42 |

『死の棘』(映画)

死の棘(1990年・松竹)
監督:小栗康平
原作:島尾敏雄
脚本:小栗康平
出演:松坂慶子、岸部一徳、木内みどり、松村武典、近森有莉

b0189364_818951.jpg 島尾敏雄の私小説を映画化したもの。
 序盤は淡々とした展開で、どこかとぼけたユーモアが漂っていて、それだけでもなかなか面白かったんだが、これがだんだんエスカレートしていき、途中からホラー映画みたいな迫力になった。
 特に前半は、小津安二郎ばりの穏やかかつ端正な絵作りで、小栗康平の力量を見せつけてくれる。もちろん後半でも、激しい展開になりはするが、エレガンスは失わない。イメージ・ショットなども詩的で非常にグレードが高いと思った。
 だがやはり、何といっても主演2人(松坂慶子、岸部一徳)の好演が光る。松坂慶子については、絶叫芝居が多いこともあり、これまであまりうまい役者だと思っていなかったが、この映画では、不安定な揺れ動く心情をノーメイク(たぶん)で演じきり、すごみを見せた。一方の岸部一徳は、例のごとく淡々と演じており、特にこの映画では平板な台詞回しが多かったが、それも大いに効果を上げている。小栗康平の実力がいかんなく発揮された映画で、彼の最高傑作と言っても過言ではない。すばらしい。
カンヌ映画祭「グランプリ・カンヌ1990」、国際批評家連盟賞受賞

★★★★

参考:
竹林軒出張所『伽倻子のために(映画)』
竹林軒出張所『眠る男(映画)』
by chikurinken | 2011-03-21 08:19 | 映画