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竹林軒出張所

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『裁きは終りぬ』(映画)

b0189364_8395812.jpg裁きは終りぬ(1950年・仏)
監督:アンドレ・カイヤット
脚本:アンドレ・カイヤット、シャルル・スパーク
出演:ヴァランティーヌ・テシエ、クロード・ノリエ、ミシェル・オークレール、ジャック・カステロ

 陪審員裁判を扱った法廷ものであるが、毛色は通常の法廷ものと少し違う。
 陪審員それぞれの生活(というか人生)まで描きながら、その背景が法廷に反映される構成で、主役が大勢いるような群像劇である。グランドホテル形式に近いと言ってもよい。
 構成に隙がなく非常に密度が濃いため、見ていて飽きない。最初の導入部分など、自分が陪審員として裁判に参加するかのような錯覚さえ受ける秀逸な展開である。また、ストーリーもよく練り上げられている。やはりなんと言ってもストーリーの映画なので、ここでは内容にあまり触れないようにしているんだが、そのあたり書いていて少しつらいものがある。タイトルもなかなかオシャレだが、そこについても触れない方が良いのかなと思うのだ。
1950年ヴェネツィア国際映画祭グランプリ受賞


★★★☆
by chikurinken | 2010-11-30 08:40 | 映画

『怪人マブゼ博士』(映画)

b0189364_925999.jpg怪人マブゼ博士(1932年・ドイツ)
監督:フリッツ・ラング
原作:テア・フォン・ハルボウ
脚本:テア・フォン・ハルボウ
出演:ルドルフ・クライン=ロッゲ、オットー・ヴェルニック、グスタフ・ディーズル

 ドイツ黄金時代を代表するキャラクター、ドクトル・マブゼの第2作目。第1作目は1922年に製作されたサイレント映画だが、こちらはトーキーで、しかも完成度が高く、今見てもまったく違和感がない。非常によく練られた構成で、スリルとサスペンスの要素にあふれている。
 前作で登場したマブゼ博士が甦るという話だが、なにぶん前作を見ていないので詳しいことはわからない。だがマブゼ博士を演じているのはどちらもルドルフ・クライン=ロッゲであるので、ストーリーはつながっているんだろう。ところどころ表現主義的な描き方が出てくるあたり、やはりドイツ黄金時代の映画だと思わせる。当時のドイツの世相などもよく描かれており、そのあたりも見所である。マブゼの陰謀がナチスの登場を暗示するようだとよく言われるが(DVDのパッケージにもなにやらヒトラーを思わせるような写真が使われている)、現在の我々の感覚から行くとオウム真理教の事件に近いような気がする。世情が不安定だと、世の中にこういう危険な雰囲気というものが漂うのだろうか……などと考えながら見た映画である。

★★★☆
by chikurinken | 2010-11-28 23:23 | 映画

『黒い罠』(映画)

b0189364_935363.jpg黒い罠(1958年・米)
監督:オーソン・ウェルズ
原作:ホイット・マスターソン
脚本:オーソン・ウェルズ
出演:オーソン・ウェルズ、チャールトン・ヘストン、ジャネット・リー、マレーネ・ディートリッヒ

 アメリカ-メキシコ国境の町で発生する爆破殺人事件をモチーフにしたサスペンス映画。オーソン・ウェルズが監督、脚色、出演し、チャールトン・ヘストン、ジャネット・リーと共演するという豪華作品。マレーネ・ディートリッヒまで出ている。ちなみに音楽はヘンリー・マンシーニ。
 オーソン・ウェルズが出ている映画を見るのは『市民ケーン』、『第三の男』に次いで3本目であるが、『第三の男』から10年たらずの映画でありながら、風貌はまったく異なってでっぷりと太っていた。晩年の感じに近い。オーソン・ウェルズが演じるのは、地元の警部で一癖も二癖もある謎めいた人物である。チャールトン・ヘストン演じる正義の人と対立しながら事件に当たっていくが、ストーリーはかなりひねっていて、そこいらの安っぽいサスペンスものとは異なる。映像も、『市民ケーン』や『第三の男』を彷彿させるモノクロ映像で、カット割りが短いためか、展開のテンポが非常に良い。ただしこれも『市民ケーン』や『第三の男』と共通するんだが、展開が早すぎてついていけず、最後までモヤモヤしたものが残った。字幕に頼らず英語で聞けばちょうど良いテンポなのかも知れないが、サスペンスや法廷ものだと毎度毎度感じることだ。今回は、録画したものを見て途中何度か止めながら見たため何とかついていくことはできたが、それでもモヤモヤしたものは残ったのだった。
 とは言え、映像上の演出や特異な登場人物など非常に見所は多く、さまざまな技巧も凝らしていて、飽きることなく最後まで楽しめた。そういう映画であった。

★★★
by chikurinken | 2010-11-26 09:35 | 映画

モーツァルト 歌劇『ドン・ジョヴァンニ』(DVD)

モーツァルト 歌劇『ドン・ジョヴァンニ』(2001年・チューリヒ歌劇場ライブ)
出演:ロドニー・ギルフリー(ドン・ジョヴァンニ)、ラースロー・ポルガール(レポレロ)、イザベル・レイ(ドンナ・アンナ)、チェチーリア・バルトリ(ドンナ・エルヴィラ)、リリアナ・ニキテアヌ(ツェルリーナ)他
ニコラス・アーノンクール指揮
チューリヒ歌劇場合唱団&管弦楽団
エルンスト・ラフェルスベルガー合唱指揮
ユルゲン・フリム演出

b0189364_9471567.jpg モーツァルト作曲、ダ・ポンテ脚本のオペラ『ドン・ジョヴァンニ』をDVDで見た。3時間に及ぶ大作で、見る方も大変だが、演じている方はもっと大変。僕としても、意を決して『ドン・ジョヴァンニ』に挑むという感じであった。昨日紹介した『モーツァルトの台本作者 ロレンツォ・ダ・ポンテの生涯』に触発されたことも大きい。『ドン・ジョヴァンニ』を見るのは初めてで、他の上演作と比較できないため、このアーノンクール版がどの程度のできなのかはよくわからない。そういうわけで、『ドン・ジョヴァンニ』というオペラを含めての、見た感想である。なおこのDVDに収録されているのは舞台のライブだが、オペラは(録画ものを含めて)ライブでなければならないというのは僕の持論である。オペラをドラマ化した「オペラ映画」というものもいろいろと出ているが、これはちょっといただけない。舞台でやるからこそ、歌いながらの会話も許容できるんであって(映像にリアリティを追求した)ドラマにしてしまうと不自然でしようがない。歌いながらの会話なんてのはリアリティからもっともかけ離れたところにある。そこにリアルな要素と組み合わせるのは悪い冗談でしかない……と僕は思う。そういうわけでライブ版というのは必須条件である。
 ストーリーは、ドン・ジョヴァンニという好色なプレイボーイ貴族(1800人の女性と関係を持っているという)が、ある女性を暴行しようとして、父親に見つかり、その父親を刺し殺してしまうところから始まる。このあたり、『四谷怪談』や『忠臣蔵』などの歌舞伎を彷彿とさせる。古今東西、同じような発想をするのだろうか。それでも懲りないドン・ジョヴァンニは、次々に手当たり次第女に迫り、いろいろな人間の恨みを買いながら、遍歴を続けていく。とにかく他人がどう思おうとかまやしない。自分の性欲を満たすためには何にでも手を染めるという感じで、そのせいもあって命を狙われたりもするが、最終的には、最初に刺し殺した父親の亡霊に地獄に突き落とされることになる。プレイボーイ伝説のドン・ジョヴァンニ(イタリア語、フランスではドン・ジュアン、スペインではドン・ファン)を題材にしたオペラで、当時このドン・ジョヴァンニ伝説の劇化がよく行われていたらしく、その中の1編ということになる。
 DVD2枚で提供されたこの『ドン・ジョヴァンニ』であるが、印象的だったのがギルフリー演じるドン・ジョヴァンニとポルガール演じる従者のレポレロである。ギルフリーのジョヴァンニは、いかにも利己主義の好色漢という感じで、従者のレポレロもジョヴァンニに振り回される気の良い男を好演している。バルトリが演じるドンナ・エルヴィラは、やり過ぎな感じがあり、僕にはちょっと受け付けられない。DVDのパッケージによると「バルトリは強烈な存在感を放ち、激情とすばらしい歌を披露」しているということになっていて、これがこのDVDのウリになっているようではあるが。舞台では半裸の美女が出たり、楽器演奏者(楽団のメンバー?)が舞台上で演奏したりでなかなか演出に凝っていた。回り舞台を多用し、現代風の書き割りを使っていたのも新鮮であった。
 音楽面では、序曲といくつかのアリアを知っている程度だったため、音楽的にあまり感じるところはなかった(アーノンクールの演奏は良かったと思うが)。もちろんモーツァルトの歌曲はいろいろな楽器が絡んで楽しいのだが、それでも3時間続くと食傷気味である。やはり僕にとって、イタリア・オペラは教養でしかなく、心底楽しむというようなものではないのだな……と感じた3時間であった。

参考:
竹林軒出張所『モーツァルトの台本作者 ロレンツォ・ダ・ポンテの生涯(本)』
竹林軒出張所『ドン・ジョヴァンニ 天才劇作家とモーツァルトの出会い(映画)』
竹林軒出張所『レハール 喜歌劇「メリー・ウィドウ」(放送)』
竹林軒出張所『ベートーヴェン 歌劇「フィデリオ」(DVD)』
竹林軒出張所『ヴェルディ 歌劇「椿姫」(DVD)』
by chikurinken | 2010-11-24 09:49 | 映像

『モーツァルトの台本作者 ロレンツォ・ダ・ポンテの生涯』(本)

モーツァルトの台本作者 ロレンツォ・ダ・ポンテの生涯
田之倉稔著
平凡社

b0189364_10312115.jpg ロレンツォ・ダ・ポンテの波瀾万丈な生涯が面白いということで、今一部で話題になっている本。
 ロレンツォ・ダ・ポンテとは、18〜19世紀のヨーロッパで、オペラの台本作家として活動した詩人で、モーツァルトの『フィガロの結婚』や『ドン・ジョヴァンニ』の台本を書いたイタリア人である。
 イタリアのヴェネツィア近郊の小都市で生まれ、その後、ヴェネツィア、ドレスデン、ウィーン、ロンドン、フィラデルフィア、ニューヨークと転々とし、89歳で世を去る。確かに世界中のあちこちを漂泊しているが、だからといって本書の前評判で聞いたような「冒険譚のような波瀾万丈」の生涯とは言えない。むしろ、あまり才能はないが如才にたけた通俗作家が、居場所をなくしたり新天地を求めたりして流転しているといった印象で、冒険の要素はほとんどない。したがってそういう要素を求めて読むとガッカリする。僕などはそのクチである。ただし、ヨーロッパの音楽事情(特にオペラ周辺)や風俗が非常にわかりやすく描かれているため、一人の人間を中心として描いた風俗史として読めば価値が高い。また、文章も簡潔で読みやすいため、読むのも割に楽である。
 僕などは、モーツァルトの音楽はともかく、オペラの荒唐無稽な展開やでたらめなストーリーはあまり評価できないと思っているので、「モーツァルトのオペラ」の作者だと言われても、特別な感慨を抱かない。ましてや、今名前が残っているのもモーツァルトのオペラの作者としての位置付けであり、本書によると、モーツァルトの台本を書いたのも当時多数書いたオペラの台本の中の数本という扱いに過ぎないようだ。当時、頭抜けた流行作家だったわけでもなく、むしろ皇帝のコネみたいな感じで台本作家としてそこそこ売れていたという感じである。そういうわけでダ・ポンテに対する興味は最初から最後まで湧かなかった。だが「皇帝のコネ」などといった当時の社会システムが身近に感じられてよくわかり、そういう点で優れた本だったと思うのである。本書で展開されている18〜19世紀の音楽界は非常にリアリティがあり、モーツァルトを描いた映画『アマデウス』とは大分違うなという印象であった。そういう意味で、当時の状況を知りたいという人には恰好の書ではないかと思う。
★★★

参考:
竹林軒出張所『ドン・ジョヴァンニ 天才劇作家とモーツァルトの出会い(映画)』
竹林軒出張所『モーツァルト 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」(DVD)』
by chikurinken | 2010-11-23 10:31 |

『キンスキー、我が最愛の敵』(映画)

b0189364_11473166.jpgキンスキー、我が最愛の敵(1999年・独英)
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク
出演:クラウス・キンスキー、ヴェルナー・ヘルツォーク、クラウディア・カルディナーレ

 ヴェルナー・ヘルツォークと言えば、かつてニュー・ジャーマン・シネマの旗手と呼ばれた映画監督で、僕も若い頃『フィツカラルド』『アギーレ・神の怒り』の2本を見たが、一風変わった奇妙な映画という印象だった。この2本の映画の中で怪演し、異様な存在感を見せていたのがクラウス・キンスキーという俳優で、女優のナスターシャ・キンスキーの父親でもあるらしい。あの異様なクラウス・キンスキーがナスターシャ・キンスキーの父親という話もにわかに信じられないが、そう言えば顔立ちも少し似ている。
 さて、そのクラウス・キンスキーであるが、このドキュメンタリー映画のタイトルから推測するに、監督のヘルツォークとも何やらいわくありそうな関係のようだが、そのあたりがこの映画でヘルツォークの口から明らかにされていく。
 ヘルツォークは子どもの時分からキンスキーの隣人という関係だったらしく、ヘルツォークの口から語られる、若きキンスキーの奇行の数々はすさまじく、到底まともな人間とは思えないほどである。それでも、演者としての才能は群を抜いていたようで、ヘルツォークが登用したのもそのせいだろう。
 とは言え、現場で周囲にヒステリックに当たり散らすだけでなく、他の面々に暴行したり監督とも衝突したりで、まったく手が付けられないのも事実である。とにかく自分を中心に世界がまわっていないと我慢できないという性格だったという。あまりのことに、エキストラの先住民(南米奥地での撮影だった)がヘルツォークに、あいつを殺してやろうかと持ちかけたらしい(しかしこのあたりの緊張感が映画の画面に反映されているのだから、実はヘルツォーク自身がその辺を狙っていたのかも知れない)。現場での映像もいくつか出たが、確かにとんでもない暴れようで、近くにこういう人間がいたらさぞかし大変だろうと思う。一方で、共演相手には非常に細かい気遣いをするという一面も持ち合わせていたという(クラウディア・カルディナーレとエーファ・マッテスの話)。
 この映画を通じてキンスキーの全体像はなんとなく見えてくるが、それでもこちらの中では、なかなかつじつまを合わせることができない不可解な存在である、キンスキーという人は。だが『フィツカラルド』と『アギーレ・神の怒り』の魅力がこの怪優に負うところが大きいのは明らかである。ヘルツォークのキンスキー映画を見たくなる……そういう映画であった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『アギーレ・神の怒り(映画)』
竹林軒出張所『フィツカラルド(映画)』
竹林軒出張所『ノスフェラトゥ(映画)』
竹林軒出張所『コブラ・ヴェルデ(映画)』
竹林軒出張所『小人の饗宴(映画)』
by chikurinken | 2010-11-22 11:48 | 映画

『食堂かたつむり』(映画)

食堂かたつむり(2010年・「食堂かたつむり」フィルムパートナーズ)
監督:富永まい
原作:小川糸
脚本:高井浩子
出演:柴咲コウ、余貴美子、ブラザー・トム、三浦友和

b0189364_8594174.jpg 全編ファンシー色に覆われたメルヘン映画である。ストーリーもおとぎ話風で、安っぽいと言えば安っぽい。原作は小川糸の小説で、おそらく(童話的な)ストーリーから、こういったタッチの映画にしたのだろうと推測される。
 どれくらいメルヘンかというと、たとえばドラマの背景を語るシーンなど、音楽に乗せてミュージカル風に展開される。映像は、アニメやイラストをふんだんに取り入れたもので、こちらもとってもファンシー。こういうものが好きな人にはたまらないだろう。
 「食堂かたつむり」というタイトルからも推測されるが、とにかく料理を作るシーン、食べるシーンがふんだんに出てくる。近年の日本映画にこういった映画が多く、料理や衣服にひたすらこだわった姿勢から、僕はこういった一連の映画を「ハナコ映画」と呼ぶことにしたが、まさしく「ハナコ映画」の代表みたいな作品である。OLが会社帰りに見て、自分の趣味を思う存分堪能して満足するという、そういった映画なんだろうかな……などと思った。男にはこういう映画は作れない、断じて!
 そういうわけで、このメルヘン世界になじめれば楽しめるし、これを受け付けられなければ「無理!」ってことになるんだろう。僕はと言えば、ぎりぎりOKで、割合楽しめたのであった。ただお腹がやたら空いたのには参った。
★★★

参考:
竹林軒出張所『しあわせのパン(映画)』
竹林軒出張所『初女さんのおむすび(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『喋々喃々(本)』

by chikurinken | 2010-11-21 09:00 | 映画

『スリーパー 眠れる名画を探せ』(ドキュメンタリー)

スリーパー 眠れる名画を探せ イギリス美術界のシャーロック・ホームズ
(2004年・NHK)
NHK-BShi

b0189364_9195377.jpg 2時間の番組だが、まったく飽きさせない。久々に見応えのあるドキュメンタリーを見た。
 タイトルのスリーパーというのは、巨匠が描いた名画であるにもかかわらず、諸々の理由で日の当たらない場所に埋もれてしまった絵画のことを言う。こういうものを見つけ出してきて、洗浄、修復することで、原型に近い形に戻す。こういうことができると、たとえば200万円程度で手に入れた絵画に数十億円の値段がついたりするので、画商にとっては夢のような話だという。ただ実際にはそう言った掘り出し物はめったに見つかるわけではないようだ。ところが英国に、こういった眠った名品を(次々に)発見する名人の画商がいて、すでに200点以上の名品を探し出しているという。美術界のシャーロック・ホームズなどと呼ばれたりもしているらしい。
 このドキュメンタリーでは、その画商、フィリップ・モウルド氏に密着取材し、これまで発見した3枚の名画を取り上げ、当時の状況を再現しながら、その方法や秘密、モウルド氏の人となりを掘り下げていく。実際にここで紹介されている方法は意外に正攻法で、オークションのカタログでそれらしい絵画を見つけたら、図書館や美術館などを利用し、あらゆる方法で精査していくというものである。オークションでは1週間前に画商向けに公開されるため、その場で念入りにチェックするのは言うまでもない。それだけ調査をしても、最終的な判断は実際に購入した後でないとできないということで、ある程度博打みたいな部分はあるようだ。モウルド氏の場合、自分の専門である肖像画以外手を出さず、しかも画家についても数人に限定しているということで、このあたりに彼が成功している理由があるのではないかと思う。
 このドキュメンタリーで紹介されている3枚の絵は、モウルド氏が最初に掘り出した作品(トーマス・ローレンスによるアンゲルスティーンの肖像のスケッチ)、氏の名前を高めることになった歴史的な作品(アーサー皇太子の肖像 -- 今まで存在しないと思われていたもの、現在ナショナル・ポートレート・ギャラリー収蔵)、最新(2004年時点)のネット・オークションで購入した作品(トーマス・ハドソンによるジェームス・スタンリーの肖像、現在英国の国会議事堂収蔵)で、どれも歴史的価値が高く、よくぞ掘り出したというようなものである。しかも背景が塗りつぶされていたり(アンゲルスティーン像)、パネルが継ぎ足された上で加筆されていたり(アーサー皇太子像)して、原型をとどめないくらい改変されており、氏の目の確かさをうかがわせる。
 番組のテーマ、構成、展開の仕方、解説など、あらゆる点でレベルが高く、非常に面白いドキュメンタリーであった。ちなみにナレーションは、フリーになる前の当時NHKアナウンサー、宮本隆治である。
★★★★
by chikurinken | 2010-11-19 09:20 | ドキュメンタリー

『中国人の本音』(本)

b0189364_982819.jpg中国人の本音 中華ネット掲示板を読んでみた
安田峰俊著
講談社

 著者は、中国のネット掲示板を日本語に翻訳するというサイトを運営している人で、中国通と言ってよい。その著者が、中国のネットへの書き込みからうかがわれるリアルな中国人の声を紹介し、マスコミに作られた中国人の虚像を打ち破ろうとする試みである。
 日本のギャル文化やオタク文化に熱を上げる若者や日本のAVのコレクター、中国政府や日本政府の対応を比較的冷静に判断する人々、日本で言う「ネット右翼」のような扇動的な「憤青」と呼ばれる一団など、基本的には日本のネット・ユーザーと大差ない。中国についてマクロ的な印象だけで物語るだけでなく、こういったミクロ的な接し方も必要である。
 本書ではまた、70〜80年代にかけて政府レベルで作られた「日中友好」外交からの脱却も説く。作られた「日中友好」(中国のご機嫌取りと著者は規定する)よりも、新しい対等な関係を築くべきだと訴えている。
 日中関係が難しい局面を迎えている現在、なかなか貴重な中国論であり、感情論に走らず冷静に中国を見ようとする姿勢に好感が持てる。もっとも個人的には、日中はもう少し距離を置くべきだと考えていて、そのあたりはこの本を読んでも一向に変わらないのだ。

★★★☆
by chikurinken | 2010-11-18 09:08 |

『セクシィ古文』(本)

b0189364_944657.jpgセクシィ古文
田中貴子、田中圭一著
メディアファクトリー新書

 高校生時代『宇治拾遺物語』や『今昔物語』に惹かれており、大学に入学できたあかつきには国文学を専攻しようと思っていたこともある。その後、進路は多少変わったが、こういった中世の説話文学には今でも魅力を感じている。
 で、この本なんだが、日本の古典文学(いわゆる古文でかかれたもの)の中から、エロティックなものを抜粋して紹介し、「古文」の魅力を伝えようという試みで、受験生向けの本みたいな印象もある。一般の学生(特に男子学生)に、文学関係の興味を持たせようとするときに一番効果的なのが「エロ」であるのは周知の事実。僕などもポルノ漢文やポルノ英文で勉強したクチである。ただし、どちらもエロの素材としては割合つまらなかった記憶がある。今思えば、こういった学習方法は所詮お遊び的なものに過ぎなかったのだ。本書で取り上げられている題材も、エロティックではあるが、まったくもってポルノ的ではない。微に入り細をうがった描写などはなく、たとえばここで取り上げられている『源氏物語』などは、肝心の部分はまったく描かれていない。というより完全に省略されているので、ほとんどないに等しい。エロと言えば言えなくもないが、これなどはちょっと無理があるような気もする。
 とはいうものの、『古事記』から『懺悔録』(江戸時代初期に日本に滞在した宣教師が書いたもの)まで、非常に広範に題材が取られており、なかなか多彩で、中には少しきわどいものもある。日本人の性に対するおおらかさが伝わってくるようである。(面白話を沢山収録している)説話集などについてはさもありなんという気もするが、『とりかへばや物語』や『とはずがたり』などにも性的な要素が盛り込まれているというのはまったく意外であった。
 全体の構成は、さまざまな古典文学を題材にして、その中のエロティックな部分を(ほぼ)原文のまま取り出し、次のページにそれを現代語訳した文章+マンガが続き、その後に解説ページが続くというもの。マンガの担当がマンガ家の田中圭一、解説の担当が国文学者の田中貴子で、それぞれになかなか面白い。特に田中圭一は、手塚治虫のパロディ・エロ・マンガ家として有名だそうで、絵のタッチも手塚治虫によく似ていて非常にきれいである(ただし内容は少々お下劣)。田中貴子の解説も、そのものズバリの言葉がてらいもなく記述されており、実にストレートでおおらかである。途中、田中圭一と田中貴子の対談が収録されていて、こちらもストレートでなかなか面白い。
 僕なども古文による古典を再発見した気がしているくらいで、学生のみならず、一般人も楽しめるなかなかの好著であると感じた(個人的には、女の半生を描いたという『とはずがたり』に非常に興味を持ったのでいずれ挑戦してみようかなと思っている)。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『源氏物語(上)(中)(下)(本)』
竹林軒出張所『今昔物語(上)(下) マンガ日本の古典8、9(本)』
竹林軒出張所『とはずがたり マンガ日本の古典13(本)』
竹林軒出張所『平家物語(上)(中)(下)(本)』
竹林軒出張所『太平記(上)(中)(下)(本)』
竹林軒出張所『御伽草子 マンガ日本の古典21(本)』
竹林軒出張所『奥の細道 マンガ日本の古典25(本)』
竹林軒出張所『春色梅児誉美 マンガ日本の古典31(本)』
竹林軒出張所『日本人なら知っておきたい日本文学(本)』
by chikurinken | 2010-11-17 09:05 |