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竹林軒出張所

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『フレスコ画への招待』(本)

b0189364_2026945.jpgフレスコ画への招待
大野彩著
岩波アクティブ新書

 フレスコ画家が、フレスコ画の仕組み、魅力、技法について簡単に解説した書。
 一般的に着色絵画では、バインダー(接着剤)と呼ばれるものに顔料を溶かすことで、それを支持体(キャンバスや紙など)に顔料を定着させていく。たとえば、水彩絵の具は、顔料をアラビア・ゴムに溶かしたものであって、これを水で溶かして紙などの支持体に塗っていくと、バインダーであるアラビア・ゴムが乾燥して、顔料が支持体に定着していく。同様に、油絵はバインダーが油で、テンペラ画はバインダーが卵黄や膠である。一方フレスコ画は、バインダーがなく、漆喰が乾く前に直接顔料を塗ることで描画していく(ただしフレスコでもバインダーを使うものもある)。漆喰が乾く過程で顔料が支持体に定着されることになる。そういうわけで、フレスコ画は一般的には壁画ということになる(これも例外がある)。ちなみに、ここに書いたことはすべて本書の受け売りである。こういうことがわかりやすく書かれている上、最後の章では、簡単なフレスコ画の作成方法(本格的な方法ではない)までが写真入りでわかりやすく紹介されている。これ1冊でフレスコ画全般について理解できるというわけ。
 ただし、2章から4章までの「〜のフレスコ画をみる」は少し退屈する。これらの章で本書の半分以上が占められていて、イタリアやシルクロード、インドなどの壁画(フレスコ画)が紹介されているんだが(その技法についても触れられている)、なんとなく観光ガイドみたいで実につまらなかった。もちろん、面白い情報も記述されていて、豆知識みたいで役に立つ(たとえば、ミケランジェロの「最後の審判」は純粋なフレスコ画であるがダ・ヴィンチの最後の晩餐はテンペラ技法で描かれている、など)んだが、全体的に相当退屈した。このあたりは著者の思い入れが強すぎたのだろうか。僕にはあまり面白さが伝わってこなかった。少し残念。とは言え、フレスコ画などの古典技法に関心がある人には、大変役に立つ本である。それは間違いない。

★★★
by chikurinken | 2010-05-30 20:26 |

鉄人の音楽

 私の記憶が確かならば……かつて『料理の鉄人』というテレビ番組があった。
 2人の料理人が、あるテーマに従って制限時間内で料理を作り、それを審査員が判定して勝負をつけるというテレビ・ショーで、結構な人気を誇っていた。その後アメリカでも放送され、こちらも相当な人気を集めていたと聞く。
 番組の仕組み自体は、『美味しんぼ』の「究極VS至高」の対決を地でいくようなもので、最初はパロディみたいな要素があって、やや「バッタもん」の番組かと思ったが(事実最初はそうだったらしい。フジテレビは当時この手の「バッタもん」番組を深夜によく放送していた)、登場する料理人の活躍のせいで、本格志向に変わっていったような記憶がある。
b0189364_1011351.jpg 実際、見るこちら側も最初は少しいかがわしい番組として見ていたが、第3回とか第5回とかそのくらいの初期の放送で、「和の鉄人」道場六三郎が、なんだかわからないがすごいインパクトのある料理を披露し、その料理のすごさがこちら側に伝わってきて、そして審査員もそのすごさをこちらに伝えることに成功したという(バラエティ放送史上)稀有な演出が行われたことがあった。まさに感動を伝えるということが行われた瞬間である。そんないきさつもあって『料理の鉄人』は毎週見るテレビ番組になったのであった。
 この『料理の鉄人』であるが、その内容だけでなく、番組内で使われている音楽も非常に気になるものであった。豪華で壮麗な雰囲気があって、『料理の鉄人』の演出とよく合っており、CDがあるんなら手に入れたいものであることよなあなどと考えていた。最初はオリジナルかとも思っていたのだが、いつまで経ってもサントラCDが出る気配もなく、音楽担当者の名前も番組で紹介されていないので、既存の音楽から使っているんだろうという結論に至った。なんとなくシベリウス風の印象も受けるので、最初はシベリウスの交響曲に的を絞って探していたんだが、これもどうも違うらしい。それらしい音楽のCDをいろいろ当たってみたが結局わからずで、それ以降いろいろなバラエティ番組でこの曲を耳にするも、その正体はわからないままであった。
 で、先日、例によってネットで調べてみると、同じような疑問を持っている人がいたようで、いろいろな質問サイトにその答えが載っていたのだった。そして、15年来の疑問がついに解消したのである。ジャッジャッジャカジャカジャッジャッ! ジャッジャッジャカジャカジャッジャッ!(『料理の鉄人』挑戦者登場の音楽)
b0189364_947885.jpg 答えを言ってしまうと、『バックドラフト』という映画のサウンドトラックということであった。CDも出ており(『バックドラフト オリジナル・サウンドトラック』)、全10トラックのうち、6〜9トラックが番組で使われている。『Ryori no Tetsujin (Iron Chef)』というサイトでは、音楽のどの部分がどの箇所で使われているか詳細に記述されている。
 このCDは結構メジャーで、レンタル・ショップにも図書館にもあったんで、早速借りてきて確認し、想い出に浸ったのであった(ただし15年近く前のことで忘れている部分も多かった)。作曲担当者はハンス・ジマーという人で、いろいろな映画の音楽を担当している有名な方のようだ。不明にしてまったく知らなかった。でもなかなかダイナミックで良い。僕の不明のせいだとしてもシベリウスと間違ったほどである。また『料理の鉄人』でこの音楽を採用したのも見事であった。これほどの組み合わせはないというくらいよく合っていた。大変おいしゅうございました!

追記:
今知ったのだが、音楽についてはWikipediaの「料理の鉄人」の項でも触れられていた……。存外有名だったのかしらん。

参考:
竹林軒出張所『激闘! 美食のワールドカップ(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2010-05-28 09:48 | 音楽

『「ガロ」編集長 私の戦後漫画出版史』(本)

b0189364_8342318.jpg「ガロ」編集長 私の戦後漫画出版史
長井勝一著
ちくまぶっくす

 今となっては伝説になってしまった漫画雑誌「ガロ」を生み出した(これも)伝説の編集者、長井勝一の自伝半生記。
 長井勝一は、NHKの朝のドラマ『ゲゲゲの女房』に登場する、三海社の深沢洋一(村上弘明)のモデルになった人である。『ゲゲゲの女房』では、版元と袂を分かって途方に暮れる水木しげるに仕事を与え、助け船を出す慈悲深い編集者として描かれているが、実際にも多くのマンガ家を発掘し、そして支援した。多くのマンガ家が、作品の中に長井の姿を戯画化して描いているのを見てもその人望がうかがい知れるというものだ(本書にも「マンガ家の描いた長井勝一」という一連のカットが載っている)。
 その長井勝一が、日本漫画社、三洋社、青林堂(ガロの版元)の時代を中心に自分史を語る。途中、3度結核で倒れ長期療養を強いられるが、その過程でマンガ出版を志し、優れたマンガ家を世に送り出すという使命に目覚めていく。特に青林堂時代には、日本のマンガ史に残るような錚々たるマンガ家たちを世に送り出している。先述の水木しげるやガロの花形であった白土三平は、青林堂時代に長井が発掘した作家ではないが、かれらにはときに発表の場を与え、ときに仕事を提供するといった形で貢献している。まさに「トキワ荘」派と双璧をなす日本マンガ史のもう一つの核である。ドラマの『ゲゲゲの女房』では、現在、結核で倒れ三洋社を解散した段階で、これから真の意味でマンガ編集に目覚め青林堂を始めるという時期である。水木しげる夫妻の動向とあわせて、深沢の動向も注目である。
 さて、本書が記述されたのは1982年で、長井氏もガロもまだ健在であった。長井氏は1996年に死去し、その後、「ガロ」も廃刊することになる。さらにその後内部でゴタゴタがあったらしいが、それについてはよく知らない。今のマンガ界の隆盛を見ると、「ガロ」は十分その役割を果たし、長井氏とともにその役割を終えたと考えることもできる。
 そうそう、本書の内容だが、とても読みやすい文章で、長井氏の文筆の才能も垣間見せてくれる。途中、話が前後するため、何度か前に戻って確認しなければならなかったが、意図的な構成のようで、破綻を来しているというわけではない。何度も前に戻りはしたが特に苦にならなかった。途中、さまざまなガロ・マンガ家の人となりや作品が紹介され、カットでも作品が掲載されていて、とてもわかりやすい。また彼らに対する愛情があふれていて、作家たちを惹きつけたと思われる人望をうかがい知ることができる。大きなことをなす人は、とどのつまりは人望ということになるんだろう。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『白土三平伝 カムイ伝の真実(本)』
竹林軒出張所『コミック昭和史 第5巻、第6巻、第7巻、第8巻(本)』
竹林軒出張所『地を這う魚 ひでおの青春日記(本)』
竹林軒出張所『トキワ荘の時代―寺田ヒロオのまんが道(本)』
by chikurinken | 2010-05-27 22:33 |

『グーグーだって猫である』(映画)

b0189364_10152380.jpgグーグーだって猫である(2008年・「グーグーだって猫である」フィルム・コミッティ)
監督:犬童一心
原作:大島弓子
脚本:犬童一心
出演:小泉今日子、上野樹里、加瀬亮、大島美幸、村上知子、黒沢かずこ、林直次郎

 ネタバレ注意!

 僕にとってよくわからないものに大島弓子のマンガがある。いろいろな人に勧められて何度か読んでみたんだが、どこが良いのかよくわかなない。だから、大島弓子原作のこの映画も、その世界観がわからなくて当然。
 映画自体の演出にもどうもよくなじめなかった。途中出てくるチャンバラ・シーンなんか何の意味があるんだと思ってしまう。面白ければ意味なんてなくてもいいんだが面白さも感じない。面白いですか?と聴きたくなるようなシーンである。猫を大勢の人間が一生懸命探すシーンも、見ていて馬鹿馬鹿しくなってくる。実際その途中で、この中の一人の女性が「なんでこんなことしなきゃならないの」といきなり怒り出して立ち去ってしまうが、見ているこちらの感覚もあれと同じ。つまり、彼女同様、こちらも大島弓子ワールドと相容れないんだろう。
 という具合で、前半2/3はまったくもって「無理!」と言いたくなるような映画だったんだが、終わりの方でやっとテーマらしきものが出てきて、ああなるほどと思えるようになった。「猫から見た人間世界」ってことで、『吾輩は猫である』の大島版か……と納得した。そう言えばタイトルは『グーグーだって猫である』だ。ということはやはり『吾輩は猫である』を意識してのことか(ちなみに「グーグー」ってのは登場する猫の名前です)。おかげで、僕も昔猫を飼っていたこともあり、最後は少ししみじみしたのであった。
 とは言うものの、大島弓子ワールドとはやはり相容れないなとあらためて実感したのである。これも事実。

★★★
by chikurinken | 2010-05-26 10:16 | 映画

『エゴン・シーレ 愛欲と陶酔の日々』(映画)

b0189364_917111.jpgエゴン・シーレ 愛欲と陶酔の日々(1980年・墺、西独)
監督:ヘルベルト・フェーゼリー
脚本:ヘルベルト・フェーゼリー、レオ・ティシャット
出演:マチュー・カリエール、ジェーン・バーキン、クリスティーネ・カウフマン

 ウィーン世紀末の画家、エゴン・シーレの半生を描く伝記映画。
 少女誘拐の容疑で逮捕(後、この件については無罪放免)されてからスペイン風邪(インフルエンザ)で死亡するまでを、過去と現在を交差させながらゆったりと進行させる。エゴン・シーレについてまったく知らない人であれば新鮮かも知れないが、エゴン・シーレについて語られていることを比較的通り一遍にたどるだけであまり目新しさはなかった。映像的にも平凡(ただしシーレの絵のような画面もある)で、学習映画のようだった。まったくもって悪い映画ではないが、やや退屈した。
 なお、日本版タイトルの「愛欲と陶酔の日々」はちょっと違うと思う(偏見に充ち満ちているんでないかい)。

★★★
by chikurinken | 2010-05-24 09:19 | 映画

『銃・病原菌・鉄 第2話、第3話』(ドキュメンタリー)

b0189364_10484680.jpg銃・病原菌・鉄 第2話 二つの世界の衝突
銃・病原菌・鉄 第3話 アフリカへの旅

(2004年・米 National Geograhic)
原作:ジャレド・ダイアモンド
出演:ジャレド・ダイアモンド

 ジャレド・ダイアモンドのピュリッツァー賞受賞作『銃・病原菌・鉄』をナショナル・ジオグラフィックが映像化したもので、全3巻の第2巻と第3巻。
 第2巻はいよいよ、原作のハイライト(?)、ピサロのインカ帝国侵略である。1532年、退役軍人ピサロが率いる160名あまりの集団が、数万人の兵士を擁するインカ帝国を滅ぼした。このあたりの事情を、後世のヨーロッパ人たちは人種的な優位性を基に説明することが多かったが、実は人種間に優劣の差はなく、単なる偶然の結果に過ぎないのだというのが『銃・病原菌・鉄』の主張である。つまり、それが、銃と病原菌と鉄であり、鉄、銃、馬を持ち、当時武力で優越していたスペイン人が、そういうものを持っていなかった先住民を征服したに過ぎないということ。その差が生じたことも、単に地理的な偶然にすぎないということを著者(ならびにこのDVD)は主張している。さらにそれに加え、ヨーロッパ人がインディオにもたらした副産物として病原菌がある。ピサロの侵略後、インカの人々の間に天然痘が大流行し、なんでも住民の95%が死んだという。この天然痘はピサロ一行がもたらしたもので、当時ヨーロッパ人の多くは天然痘の免疫を獲得していたため、その差も文明の破壊に貢献したらしい。
 第2巻では、このピサロとインカの対決を再現ドラマで描いており、ちょっとした映画みたいで非常に面白かった。映像もすばらしい。非常に見応えがあり、同時に著者の主張がストレートに伝わってくるもので、演出面でも申し分がなかった。

 第3巻は、ヨーロッパ人のアフリカ侵略の話である。こちらはアメリカ大陸のケースと異なり、逆に病原菌(マラリア)にヨーロッパ人が苦しめられたケースを扱う。同時にヨーロッパ人によって破壊された人々の生活、ヨーロッパ人の都市設計のためにマラリアに苦しめられるようになった現地の人々(かつては住民のマラリアに対する抵抗力に加え、蚊の発生しにくい高地に居住地を構えるなどの対策でマラリアに対峙していた)の実情などが紹介される。

 今回、これを機会に書籍版にも当たってみたが、全体的にこのDVDは書籍版のダイジェストみたいなものになっている。書籍版の主張を前面に出し、それに基づいて映像を構築しているため、書籍版とあわせて見ると面白いと思う。第1話を見たときに感じた「考察のいい加減さ」については、書籍版でしっかりと検討されているようだ。書籍版は全2巻、600ページにも及ぶ大著で、内容もぎっしり詰まっていると思われる。もっともまだ読んでいないので、このあたり本当のところはよくわからないんだが。評判も高く主張もしっかりしているんで、機会があったら読んでみようとも思うんだが、ほとんどDVDとかぶっているんで今さらという気もする(ただし先ほども言ったように内容の密度は違う)。その辺少し微妙である。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『銃・病原菌・鉄 第1話 文明の始まり(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『銃・病原菌・鉄 (上)(本)』
竹林軒出張所『銃・病原菌・鉄 (下)(本)』
by chikurinken | 2010-05-23 10:49 | ドキュメンタリー

『アルマ・マーラー ウィーン式恋愛術』(本)

b0189364_9571357.jpgアルマ・マーラー ウィーン式恋愛術
フランソワーズ・ジルー著、山口昌子訳
河出書房新社

 『「もっと知りたい 世紀末ウィーンの美術」(本)』のところで書いたように、アルマ・マーラーの伝記を読んでみた。自伝を含め、今何冊か入手できるようだが、今回は諸所の事情でこの本を選んだ。事前のリサーチ(といってもAmazonの書評を調べた程度だが)では、翻訳に難ありとのことだったが、難ありの翻訳にはある程度慣れているので、内容の深さを考慮したというわけである。
 さて、実際に読んでみると、確かに「翻訳に非常に難あり」であった。今まで読んだ翻訳本の中で最悪と言って良い。根本的にこの翻訳は時制がメチャクチャである。したがって時制をこちらの頭の中で補いながら読まなければならない。Amazonの評者がこれについて触れていたが、まさにどんぴしゃりの批評であった(この点については)。また時制以外にも、文章がぶつ切りでつながりがなく、人に読ませる論文としてははなはだ稚拙である。完成した文章とは到底言い難く、メモのレベルに近い。念のため言うが、何も僕は美文を求めているわけではないのだ。とにかく普通に読むことができない文章なのである(ちなみにこの翻訳者に対しては何ら反感はない……思い入れもないが)。翻訳が悪いのか原文が悪いのか本当のところはわからないが、とにかくめまいがするような文章であった。

 さて、アルマ・マーラーの生涯であるが、こちらもめまいがするようなものである。演劇人であるマックス・ブルクハルト(よく知らない)や画家のグスタフ・クリムトと浮き名を流すも、23歳のときに作曲家(で当時ウィーン宮廷オペラ劇場音楽監督)のグスタフ・マーラーと結婚する。その後、建築家のグロピウス(バウハウスの創設者として有名……らしい)と不倫関係になるも、その過程でマーラーが死亡し、結果的にグロピウスとも破局を迎える。その後今度は新進画家のオスカー・ココシュカと関係を持ち、やがて堕胎、破局。再びグロピウスとの関係が再燃しやがて結婚。その後、今度は作家のヴェルフェル(僕は知らなかったが当時トマス・マンと並び称されるような大作家だったらしい)と不倫関係に陥り、やがてグロピウスと離婚してヴェルフェルと結婚という、もう「何ですかこれは!」と言いたくなるような生涯である。
 僕がもっとも興味があったのはアルマ・マーラーの心の移り変わりというのか、要するにどういうメンタリティだったのかということだった。本書では、このあたりの事情を比較的客観的に淡々と書いており、何となくそれが伝わってくるようなところもあった。アルマ・マーラーが、男を惹きつける美貌と知性の持ち主だったということ、何より男にあがめられることを望んだということ、地位や金よりも才能を好んだということなどは本書で触れられているが、それでも全面的に納得というわけにはいかない。特に後半生については、やはり著者なりの分析が不足しているような印象を持った(マーラーとの結婚生活とグロピウスとの不倫関係については、非常にわかりやすい解釈があった)。
 というわけで、僕なりに勝手に解釈してみると、アルマ・マーラーは(グスタフ・マーラー同様)相当なエゴイストでナルシストであり、それに加えてメンタリティがきわめて男性的であったということになる。なによりも最後まで理解できなかったのが、なぜアルマ・マーラーが、これだけ多くの才能(つまり男)を惹きつけたかである。写真を見る限り、絶世の美女のようにも見えない……。そうそう、この本では巻頭に、アルマやマーラー、グロピウス、ココシュカらの写真が何枚か掲載されていて、イメージを掴みやすくなっている。その点はとても良い。もっと写真が多くても良かったくらいである。
 ともかくなんかモヤモヤするような感じで読み終わった本であった。もちろん、内容だけでなく、文章もモヤモヤ続きであったんだが。

★★★
by chikurinken | 2010-05-22 22:56 |

『カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 上 』(本)

カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 上
アレクサンダー・ヴェルナー著
喜多尾道冬、広瀬大介訳
音楽之友社

b0189364_18523739.jpg 天才という名を恣(ほしいまま)にした伝説の指揮者、カルロス・クライバーの伝記の上巻。
 カルロス・クライバーの周辺の人々の聞き語りを中心にクライバーの個人史を編年体で綴った本で、内容が非常に細かく、全編を読み通すというより、むしろ史料として使用するような類の本である。もちろん読み通すことを前提として作られたような本ではあるが、クライバーに相当興味がなければ、最後まで読み通す気にならないと思う。談話などで登場してくる人々も、相当なマニアでなければ知らないような名前ばかりで、しかもこれも相当数登場して、誰が誰だかわからなくなる。おかげでますます読むのに難儀するという具合だ。文章のつながりなども若干おかしい部分があり、読むときに苦労する原因になっている。翻訳に問題があるのか、原文の問題かはわからないが、文章は平易であるにもかかわらず、読みにくい箇所が結構あるのだ。
 このように、本の完成度から見ると少々疑問が残るが、ただ、他にカルロス・クライバー関連の本がなく、しかも微に入り細を穿つような記述があることを考えれば、この本の価値は高い。正直買いたいという衝動にも駆られるんだが、なんせ4000円もする。見た感じ2000円くらいのたたずまいなんでますます割高に感じる。よっぽどのファンか、研究機関が公費で買うかなんだろうなと思う。価値はあると思うが4000円はちょっと高すぎるような……。というわけで僕は図書館で借りて読んだのだった。しかも読み終わるのに1ヶ月半もかかった(おかげで何度も延長する羽目になった)。
★★★

参考:
竹林軒出張所『伝説甦る……カルロス・クライバーの場合』
竹林軒出張所『カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 下(本)』
竹林軒出張所『カルロス・クライバーのドキュメンタリー2本』
by chikurinken | 2010-05-21 18:53 |

『もっと知りたい 世紀末ウィーンの美術』(本)

b0189364_10165167.jpgもっと知りたい 世紀末ウィーンの美術 ―クリムト、シーレらが活躍した黄金と退廃の帝都
千足伸行著
東京美術

 ここで取り上げるべきかどうか少し迷ったが、結局取り上げた。「もっと知りたい」シリーズは、入門者向けのちょっとしたムック本である。写真や絵がふんだんに使われていて、しかも分量も適度で読みやすい。入門者にはうってつけである。ちなみに「ウィーン世紀末」については僕も入門者である。
 世紀末ウィーンというと、分離派、クリムト、エゴン・シーレなどがその代表格で、本書でもそのあたりを中心に扱っているが、他にも時代背景や風俗が述べられていて、芸術家と社会との関わりを含めトータルで理解できるようになっている。そういう意味で大変勉強になった。当時のウィーンが性的に退廃していて、しかも自殺者が多かったなど、そのあたりはあまり知らない事実であった。確かにクリムトやエゴン・シーレの作品を見るとそのあたりの事情も頷けるのだ。かれらのポルノまがいの性的な描写はてっきり作家(クリムトやエゴン・シーレ)の趣味世界だと思っていたのだが、社会の側にそういう事情があったわけだ。当然といえば当然であるが。
 個人的に興味深かったのは、クリムト、エゴン・シーレに続く第三の画家として紹介されているオスカー・ココシュカであった。作曲家、グスタフ・マーラーの未亡人、アルマ・マーラーとの間で激しい愛欲関係があったらしく(この部分、狂気がかった印象を受けた)、そのあたりを作品としても表現している。本書で紹介されている、ココシュカの『風の花嫁』という作品(アルマとの関係を表現した作)は特に興味を惹くものであった。ココシュカの絵はこれまでも実際に数点見たことがあり、特に気を惹かれるものもなかったが、この絵についてはなかなか面白いと思った。それにアルマとの「激しい愛欲関係」というのも興味がある。そのうち、アルマ・マーラーの自伝でも読んでみようかしらんと思った。

★★★☆
by chikurinken | 2010-05-20 10:17 |

『銃・病原菌・鉄 第1話 文明の始まり』(ドキュメンタリー)

b0189364_1036313.jpg銃・病原菌・鉄 第1話 文明の始まり
(2004年・米 National Geograhic)
原作:ジャレド・ダイアモンド
出演:ジャレド・ダイアモンド

 ジャレド・ダイアモンドのピュリッツァー賞受賞作『銃・病原菌・鉄』を、ナショナル・ジオグラフィックが映像化したもので、全3巻の第1巻。『銃・病原菌・鉄』はいずれ読もうと思っていた本で、こんなDVDが出ていたのを知ってびっくり。しかもナショナル・ジオグラフィックから!
 内容は『銃・病原菌・鉄』に沿っていると思われるが、まだ読んでいないので本当のところはわからない。(少なくともDVDは)文明の格差がどこから生じてきたかを考察するというテーマのようで、この第1話では、約1万年前に遡って、文明の始まりについて考察している。
 文明の始まりのきっかけは農耕が可能になったことであり、これにより蓄財が可能になって、食料確保に従事する以外の人間(つまり専門職)を養う余裕が出てきた(これによって技術の発達が可能になった)ことで文明の発達が促進されたという。その際、農耕の対象となる農産品(多くは穀物)によって、次のステージに進むかどうかが決まった。大量に生産が可能なもの(麦や米など)とそれ以外のもの(ヤムイモなど)によって、専門職を養える能力に差異が生じ、それが鉄などのテクノロジーを生み出す原動力に差が出たというのが著者(製作者?)の主張で、ここまでが第1話の範囲である。
 個人的には考察が少しいい加減な気もする(文明の多様性には気候変動が大きな影響を与えていると思っているんだ、個人的には)が、まあ第1話ということで、これから面白い展開になるような気がする。著者のダイアモンドが重きを置いているのも「文明の衝突」の部分で、それが原題の「銃・病原菌・鉄」に結びついているというし。内容は少しもの足りなかったが、さすがにナショナル・ジオグラフィックの作で、どの部分をとっても映像がすばらしかった。
★★★

参考:
竹林軒出張所『銃・病原菌・鉄 第2話、第3話(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『銃・病原菌・鉄 (上)(本)』
竹林軒出張所『銃・病原菌・鉄 (下)(本)』
by chikurinken | 2010-05-19 10:37 | ドキュメンタリー