ブログトップ | ログイン

竹林軒出張所

chikrinken.exblog.jp

『森の探偵』(本)

森の探偵
宮崎学、‎ 小原真史著
亜紀書房

森の巨匠が見たヒトと動物

『森の探偵』(本)_b0189364_19133951.jpg 森に入って動物写真を取りまくっている宮崎学が、動物写真から読み解く「現代日本の環境」論。
 赤外線を使いカメラのシャッターが自動的に降りるようさまざまな工夫を重ねることで、森、林の生きた動物を撮影することをライフワークにしている宮崎学。彼の写真には動物たちの生々しい生態が記録される。宮崎自身が、森に入れば足跡や糞などからどんな動物が近くにいるかわかるようになっているらしいが(何せ森の生活が長いから)、彼によると動物が人に接近しているその近さはかつてないほどになっているということ。
 実際、あちこちでツキノワグマに襲われたとか、イノシシが町に出没したとかそういったニュースはよく耳にする。「専門家」は、森林破壊によって山に食べ物がなくなったため、動物が命がけで里に下りてきたなどと語るが、宮崎によると山の食べ物がなくなったという事実はないらしい。むしろ人間が何気なく捨てたり放置したりするものが、知らず知らずのうちに動物たちの餌になっている、つまり人間が間接的(または直接的)に餌付けしていることが、野生動物を身近に引き寄せている……というのが宮崎学の実感らしい。
 たとえば犬を散歩させる人々がよく通る公園の道などにカメラを仕掛けていると、人が通ったすぐ後にクマが出てきている様子が映っていたりする(しかも割合多いという)。つまりクマの方が身を潜め、人が通り過ぎるのを待ってから、出てきて用事をしているということになる。ヒトを避けているクマが誤ってヒトに遭遇し(一般には「人間が誤ってクマに遭遇する」と言われるが)、接触事故が起きるというのが本当のところではないかと宮崎は言う。
 他にも動物たちには死体処理の役割を担っているもの(スカベンジャー)があり、そのために環境が浄化されるなどの興味深い話が展開される。野生のクマ自体がそもそもスカベンジャーであり、肉に対するこだわりがない(つまり事故で死んだ人の肉も普通に食べたりする)ため人の肉にも抵抗がないということが、「人喰い熊」の存在の説明になるらしい。宮崎の言葉は、実際に森や林の動物を写真を通じてつぶさに見続けている(野生に近い)人間から発せられるものであり、非常に説得力がある。動物写真もふんだんに紹介されており、そういう点では大変良質な本である。「目からウロコ」の話も数多い。
 ただし、1つ大きな難点がある。この本は「キュレーター」という肩書きの小原真史という人と宮崎学の対談形式になっているんだが、この「キュレーター」がしゃべりすぎというか、知識をひけらかしたいのか知らないが蘊蓄を語りすぎである。これがかなり鬱陶しいレベルで、これさえなければ良い本なんだがと思うこと数知れず。話の聞き手に徹して、宮崎学という森の巨匠から実感に基づくいろいろな素晴らしい話を聞き出せば良いものを、自分が聞きかじったような知識を必要以上(!)に披露するその感覚が理解できない。はなはだ残念。
★★★☆

参考:
竹林軒出張所『一瞬の野性(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『アニマルアイズ 宮崎学(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『獣害を転じて福となす(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『被曝の森は今(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『被曝の森 〜原発事故 5年目の記録〜(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『ダムはいらない! 新・日本の川を旅する(本)』
竹林軒出張所『アファンの森よ永遠に(ドキュメンタリー)』
竹林軒出張所『電柱鳥類学(本)』

--------------------------

 以下、以前のブログで紹介した宮崎学の著作に関する記事。

(2005年5月6日の記事より)
『森の探偵』(本)_b0189364_19140854.jpgフクロウ
宮崎学著
平凡社

 動物写真家、宮崎学が、胃潰瘍になりながら5年かけて作ったという渾身の写真集。
 フクロウの生態を非常に細かく追っている。写真として強烈なインパクトを持っているのは言うまでもないが、巻末に書いているフクロウの生態についての解説が非常に面白く、わかりやすい。これを読みながら写真を見直すと、またまた新しい発見がある。著者が実際に写真を撮りながら体験したことを追体験できるようになっている。著者の驚きや喜びが伝わってくるようだ。
 「渾身」という言葉がぴったり来る写真集で、粗末に扱うことができない本。まさに「フクロウ」学(そういうのがあるかどうか知らないけど)のバイブルというべき本だ。
★★★★

--------------------------

(2005年5月10日の記事より)
『森の探偵』(本)_b0189364_19141717.jpg鷲と鷹
宮崎学著
平凡社

 動物写真家、宮崎学が、15年かけて作ったという写真集。
 良い写真集だが、宮崎学の猛禽類に対する思い入れはあまり伝わってこない(この点『フクロウ』と異なる)。むしろ、猛禽写真コレクションといった感じ。なんでも日本に生息する16種類の猛禽類をすべて撮影したらしい(プラス1種類--渡り鳥のオオワシ)。なかなかの労作ではある。猛禽類に興味のある人にはたまらないだろう。
★★★☆

--------------------------

(2005年5月22日の記事より)
森の365日 宮崎学のフクロウ谷日記
宮崎学著
理論社

『森の探偵』(本)_b0189364_19141104.jpg 動物写真家、宮崎学のフクロウ観察日記。
 著者は、70年代(だと思う)から長野県伊那谷のフクロウの営巣地近くに小屋を造り、数年間キャンプしながら、フクロウの生態をカメラに収めた。この間、胃潰瘍を起こし(フクロウの撮影作業は神経をすり減らすという)、2カ月間入院している。退院してからも精神的に不調だったらしいが復活し、それからさらに5年を費やして作り上げたのが、写真集『フクロウ』だ。
 『フクロウ』を見るとわかるが、密度が非常に濃く、それはこの副読本とも言うべき本書にも反映されている。
 本書では、フクロウの生態が微に入り細を穿って描かれており、動物学者が書いたのではないかと疑うほどだ(実際、著者は自然を非常によく観察してから撮影に入るらしい)。
 その姿勢は、自然に対峙するのではなく、自然の一部となって生きるというもので、フクロウだけでなく森の中のさまざまな動物のさまざまな行動にも敏感に反応する。感覚はとぎすまされ、やがては他の動物の気配さえわかるようになったという。こちらの気配を感じてじっと様子をうかがっている200m先のキツネにまで、気配で気がつくようになったというから驚く。
 自然の一部となり、野生動物の活動を目や耳で感じる。本書では、その様子がありありと描かれている。
 動物の生態だけでなく、自然と一体となった目で見た現代文明評も明快で面白い。
 リンゴ農家は、有機肥料をまくことが多いが、それを狙ってノネズミやモグラが寄ってくる。ノネズミやモグラはともすれば木の根をかじるので、リンゴ農家に被害が出ることがあるが、フクロウの巣が近くにあるとこのような被害が出ないという。フクロウがネズミなどを餌にしているためで、特に子育て期は、毎晩相当量のネズミを捕獲するという。ところが、農家がしかけたカラス対策ネットに、あやまってフクロウがひっかかって死んだりすると、ノネズミが大発生して、リンゴの木に被害が出るということになる。こういう自然の因果関係がわからないので、結局「ネズミが増えたといっては、有線放送などを通じていっせいに劇薬の毒餌をばらま」くことになる。「地球のほんの片すみに住まわせてもらっているということ」を忘れて、「植物や動物たちが発するさまざまなサイン」を見落としているため、こういう天につばすることをしてしまうのだ。
 このような文明批評も押しつけがましくなくさらりと書いているのは、日記という性格のゆえか。現代文明の歪みを五感と身体で感じている人の言葉だけに説得力がある。文章も簡潔で非常に読みやすい。写真もカラーで掲載されている。さすがにフクロウの写真は秀逸なものが多いが、それ以外にも撮影セットの配置や撮影小屋内部の様子を示した写真もあって、日記に書かれている様子をリアルに感じ取ることができる。写真に過不足がなく、本文を読みながら写真を眺めると臨場感を味わえる。
 この本を読むと、自然の中に溶け込み自然を感じた宮崎学のキャンプ生活を追体験できる。森に入って、自分の感覚器で自然を感じてみたくなった。
★★★★

--------------------------

(2005年4月19日の記事より)
青春漂流
立花隆著
講談社文庫

『森の探偵』(本)_b0189364_19141405.jpg 立花隆が、異色の分野で仕事をしている若者たちにインタビューした雑誌『スコラ』の一連の連載をまとめたもの。
 表紙の若い立花隆を見てもわかるように、20年前に出版された本で、インタビュイー(インタビューされる側)の方は、当時は若者だったが現在では良いオヤジになっている。実は先日、テレビのドキュメンタリー番組で「その後の青春漂流」みたいなものをやっていて、この本に登場している何人かの元・若者が出ており、それで興味を持ってこの本を読んだのだ。つまり、通常の逆パターンで、タイムマシンで過去にさかのぼるような感じで本書を読んだわけだ。
 しかしそういうのを抜きにしても、本書に登場する若者たちの話は非常に面白い。生い立ちから学生時代(落ちこぼれだった人が多い)、彷徨時代、今の職に出会う過程、その中から新しいものを見出す過程などが語られる。登場する若者の仕事は、塗師、手づくりナイフ職人、猿まわし調教師、精肉職人、動物カメラマン(宮崎学)、鷹匠(!)など多岐に渡り、どの職業もユニークだが、若者たちの経歴も実にユニークだ。かれらのほとんどの仕事は、一般人にはあまりなじみがないので、目新しく楽しい。どの若者も貧しい時代、苦しい時代を過ごし、それを乗り越えて今のポジションを探り当てている(今でも貧しい人もいる)。まさに青春の漂流時代を経て今の場所に流れ着いているわけだ。どの若者も非常に前向きで、元気をもらうことができる。
 立花隆の聞き手としての才能がいかんなく発揮されており、良書である。

参考:
森安常義(精肉職人)著『牛肉』(肉をさばくための技術を自費出版でまとめた本)
宮崎学(動物カメラマン)著『鷲と鷹』、『フクロウ』(それぞれ15年、5年かけて作った力作写真集。上記参照)
★★★☆

by chikurinken | 2017-12-15 07:13 |
<< 『カリスマ指揮者への道』(ドキ... 『ビギナーズ・クラシックス 小... >>