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竹林軒出張所

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『中国女』(映画)

中国女(1967年・仏)
監督:ジャン=リュック・ゴダール
脚本:ジャン=リュック・ゴダール
出演:アンヌ・ヴィアゼムスキー、ジャン=ピエール・レオ、ジュリエット・ベルト、フランシス・ジャンソン

「ひたむきな12カ月」の間に撮られた映画

b0189364_21551373.jpg アンヌ・ヴィアゼムスキーが主演したゴダール作品。彼女の自伝小説がきっかけでこの映画を見た(竹林軒出張所『彼女のひたむきな12カ月(本)』を参照)。
 ゴダール作品らしく、わけのわからないカットがふんだんに出てきて、ストーリーもわかりにくいが、この映画については徐々に骨組みの部分が見えてくる。中華人民共和国の文化大革命にかぶれた女子学生(ヴィアゼムスキー)が主人公で、同志が集まって革命運動を起こそうとするという筋書きである。当時、フランスだけでなく日本でも同じような動きがあり、日本の場合は安田講堂攻防戦、連合赤軍事件というふうに進んでいったし、フランスでも1968年に五月革命と呼ばれる学生運動に発展した。この映画はそういう意味で当時の時代を反映していると言える。
 先述のヴィアゼムスキーの本によると、ゴダールは中国共産党のシンパで、この映画も中国本国での上映を目指して中国大使館で試写してもらったらしいが、この映画はむしろ逆に、ごっこ遊びのような学生運動、ひいては文化大革命を皮肉ったようなものに見える。事実、中国大使館からは、中国での上映などもってのほかと怒られたらしい。随所に毛沢東語録からの引用が出てくるが、結局のところ思考力を欠いた若者がお経を唱えているかのようにも映る。ゴダールの真意が何だったのか分からないが、本人の意図と違うものができてしまった可能性もある。だがそういう結果になったことで、この映画に普遍的な価値が生まれた(かも知れない)のは皮肉である。
 途中、ヴィアゼムスキーとフランスの哲学者フランシス・ジャンソンとの議論のシーンがあるが、先の本によるとこのシーンも多くはアドリブだったらしい。しかもヴィアゼムスキーは実際にジャンソンの個人授業を受けていて親しかったという関係である。また撮影に使われたアパルトマン(アパート)は、ヴィアゼムスキーとゴダールが実際に住んでいた部屋。このようにゴダールは、プライベートなあれやこれやを映画の中でいろいろと使っており、内輪受けみたいな要素も多いようだ。ゴダールの映画のわかりにくさというのはそのあたりから出てくるんじゃないかと思うが、それはヴィアゼムスキーの著作とこの映画を見比べるような作業をして初めてわかるわけだ。少なくともゴダール作品のセリフの1つ1つに大層な意味付けを行うような評論家的な見方は、的外れであることが明らかである。昔からゴダール作品というのはそういう扱いをされることが多いが、多くの一般の映画ファンが感じていたように、そういう批評は鈍感な人間の自慰的な所産に過ぎなかったわけだ。(すべてのとは言わないが)観客が見て分からないような表現は芸術としては失敗である。そういうものを深読みすることに意味がないということをあらためて確認しておきたいと思う。
 映画自体は、動きが少ない一方でよく分からないシーンが多いため、非常に退屈で、途中で居眠りしてしまった。劇場で1時間半この映画を見せられるのは少々きつい。家で(途中で止めたりしながら)見られる今だからこそ何とか見られるというものである。
1967年ヴェネチア映画祭審査員特別賞受賞
★★★

参考:
竹林軒出張所『彼女のひたむきな12カ月(本)』
竹林軒出張所『軽蔑(映画)』
竹林軒出張所『シリーズ毛沢東(ドキュメンタリー)』
by chikurinken | 2016-11-18 06:54 | 映画
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